植物性ステアリン酸マグネシウムの付着特性と混合特性 ○谷口洋子 a 、三宅由子 a 、日比野剛 a 、長谷川正樹 a 、砂田久一 b a:三重県科学技術振興センター工業研究部医薬品研究センター b:名城大学薬学部 1.はじめに 滑沢剤ステアリン酸マグネシウム(Mg-St)は過剰添加または過剰混合により、打錠時の 成形阻害や成形品の崩壊不良を引き起こすことが知られている 1 ∼ 3 ) 。これはMg-Stの混合 がまばらでなければならないと信じられているためと考えられる。また、適度な混合性と 適当な添加量は顆粒の形態や表面硬さにも影響することが考えられる。したがって、現在 ほぼ慣例的におこなわれている条件、すなわち「0.5%添加し、5分間混合する」は必ずしも 共通的な条件ではないと思われる。Mg-Stは凝集性が強く、混合による分散が困難ではな いかと考えられているが、混合条件及び混合後の効果、欠点などは今まで検討されてきて いない。 昨年度はBSE問題から、Mg-Stの植物性への移行をすすめるために従来から使用されて きた動物性Mg-Stとの比較実験を行った。その結果、植物性Mg-Stの混合分散性は動物性の それとほとんど同じであり、動物性Mg-Stに代替しうる滑沢剤であることを示した。Mg-St メーカー(国内4社、海外2社)の出荷状況調査を行ったところほとんどのユーザーが既 に植物性に変換していることが分かった。 昨年度の実験 4 ) ではV型混合機の缶体等へ粉体の付着が見られた。そのため添加した分 量が検出されなかったことから、添加した滑沢剤が分量分だけ有効に働いていない可能性 が考えられた。付着等を減らすことができればMg-Stの添加量を減らすことができるかも しれないし、また混合過多による打錠時の圧縮障害を減少させることができるものと考え られる。 今回、滑沢剤の添加法を薬包紙から直接投下する方法に加え、篩過後添加及び予製末添 加の3方法を採用して同様の混合実験を行った。ここで用いた試料は3社の植物性Mg-St、 賦形剤は直打用乳糖2種類である。これら混合粉体中のMg-St含量を昨年度と同様の方法 で定量することにより検討した。付着状態の観察、実験及び付着量の検討も合わせて行っ たので報告する。 2.実験 2−1.試料 滑沢剤:ステアリン酸マグネシウム(Mg-St) Mg-St -A:A社製植物性ステアリン酸マグネシウム(Lot.No.30xxxxxx) Mg-St -B:B社製植物性ステアリン酸マグネシウム(Lot.No.010xxxxx) Mg-St -C:C社製植物性ステアリン酸マグネシウム(Lot.No.xxxxxxxx) 賦形剤:直打用乳糖 スプレードライ乳糖:Pharmatose DCL11(DMV INTERNATIONAL社製) Lot.No. 10092189001 造粒乳糖:Tablettose 70(MEGGLE社製) Lot.No. L 0214 A 4033 ○たにぐち ようこ、みやけ ゆうこ、ひびの つよし、はせがわ まさき、すなだ ひさかず 表−1 DCL11 Tablettose 70 試料として用いた賦形剤の粒度分布(wt%) 300μm以上 0.2 8.1 300-150μm 29.4 60.6 150-75μm 51.6 29.1 DCL11 75μm以下 19.0 2.2 Tablettose 図−1 賦形剤のSEM写真 2−2.試料の物性測定 水分測定:カールフィッシャー法及び乾燥減量法(赤外線水分計)により行った。 粒度分布:セイシン企業製レーザー式粒度分布測定機LMS-30により行った。 比表面積:Quantachrome製NOVA1000により行った。 粉体物性:セイシン企業製マルチテスターにより行った。 2−3.混合実験 すべての操作は室温で実施した。混合には株式会社ダルトンのV型混合機DMV-4型を 用い、回転数は30 rpmに設定した。容量2Lの賦形剤 (DCL11:1220g、Tablettose:1120g) を採り滑沢剤0.5 %(外割り)を3つの方法により添加し、3、5、10 及び 30 分間混合後 サンプリングを行った。すなわち混合器に賦形剤を充填し、30 秒間回転させて表面を平ら にならした後、滑沢剤を中央位置に投入し、所定時間混合した。Mg-Stの投入方法は①薬 包紙から直接投下する方法、②30号の篩で篩過して添加する方法及び③Mg-Stの10 倍散の 予製末を調製し添加する方法により行った。サンプリングは昨年度 4 )と同様に3個所より、 シオノギクオリカプス社製槍式サンプラ−の1.2 mLカップを使用し、この全量をMgの定量 試験に供した。サンプリングは標準処方研究会の設定した方法 5 ) により行った。 2−4.Mgの定量 Mgの定量は昨年度 4 ) と同様に原子吸光光度法による新たに考案した方法により行った。 すなわち2−3に示す方法で得た試料の全量を100mL容のパイレックス製ビーカーに精秤 し、硝酸と過塩素酸による湿式分解法により処理し、精製水を加えて定容とした後、原子 吸光分析法により定量した。 3.結果と考察 3−1.物性の比較 滑 沢 剤 Mg-St の 物 性 比 較 表 を 表 − 2 に 示 し た 。 Mg-St-A は 水 分 が 多 く 、 平 均 粒 径 が Mg-St-B、Mg-St-Cより大きいが凝集性が低いこと、Mg-St-Bは比表面積が非常に大きく粒 子が細かいこと、Mg-St-CはMg-St-A, Mg-St -Bに比べて嵩高いことが分かった。各滑沢剤 の粒度分布を図−2、SEM写真を図−3、X線回折パターンを図−4に示した。 粒度分布図よりMg-St-A及びMg-St-Cは粒度分布がシャープであるのに対し、Mg-St-Bは ブロードの波形を示すことから、Mg-St-Bは粉砕品であることが推定された。図−3より Mg-St-Aは粒子が大きくMg-St-Bは粒子が細かいことが観察された。図−4より3社の Mg-Stはそれぞれ結晶化度の異なることが分かった。 表−2 ステアリン酸マグネシウムの物性比較表 Mg-St-A Mg-St-B Mg-St-C 測定機器名 項目 水分 カールフィッシャー 5.4 5.4 5.8 カールフィッシャー水分計(京都電子工業) (%) 乾燥減量法 4.8 1.3 1.9 赤外線水分計(ケット科学研究所) 平均粒径(μm) 15.18 4.46 4.82 レーザー式粒度分布測定機(セイシン企業) 比表面積(m2/g) 10.86 21.77 12.07 NOVA1000(QUANTACHROME) 3 1.11 1.09 1.10 UltraPycnometer(QUANTACHROME) 真密度(g/cm ) 嵩密度 (ゆるめ) 0.165 0.182 0.105 マルチテスター(セイシン企業) 2 (g/cm ) (固め) 0.298 0.313 0.196 マルチテスター(セイシン企業) 比容積 (ゆるめ) 6.06 5.49 9.52 マルチテスター(セイシン企業) 3 3.36 3.19 5.10 マルチテスター(セイシン企業) (cm /g) (固め) 圧縮度(%) 44.7 41.8 46.4 マルチテスター(セイシン企業) 安息角(°) 39 48 46 マルチテスター(セイシン企業) 崩壊角(°) 11 13 27 マルチテスター(セイシン企業) 差角(°) 28 35 19 マルチテスター(セイシン企業) スパチュラ角(°) 63 71 58 マルチテスター(セイシン企業) 分散度(%) 56.0 36.0 38.3 マルチテスター(セイシン企業) 凝集度(%) 2.8 15.5 18.4 マルチテスター(セイシン企業) Mg含量(%) 4.12 4.84 4.82 原子吸光光度計(パーキンエルマー) 100 Mg-St-B Mg-St-A Mg-St-C 80 累積頻度 (%) 頻度 (%) 10 60 5 40 20 0 -1 10 100 101 粒子径 (µm) 102 10310-1 100 101 粒子径 (µm) 102 10310-1 100 粒子径 (µm) 図−2 ステアリン酸マグネシウムの粒度分布 図−3 Mg-St-B ステアリン酸マグネシウムのSEM写真 Mg-St-A 101 102 Mg-St-C 0 103 Intensity Mg-St-A Mg-St-B Mg-St-C 10 図−4 2θ(゚) 20 30 ステアリン酸マグネシウムのX線回折パターン 次に、図−5に吸湿性試験(40℃/75%)の結果を示した。図−6は赤外線水分計による 乾燥後の吸湿性(40℃/75%)である。Mg-St-Bは他の2社より吸湿性が高く、またMg-St-A はほぼ元の水分値を示すに至った。 水分増加率 (%) 水分増加率 (%) A B C 6 4 2 0 0 2 4 経過日数 6 4 2 0 6 図−5 Mg-Stの吸湿性(intact) A B C 0 2 4 経過日数 6 図−6 Mg-Stの吸湿性(赤外線乾燥後) 3−2.混合実験 3−2−1 DCL11を用いた実験 混合時 間 と試料中 の Mg-St含量 の関係を 添 加法別に 示 したもの を 図−7a)∼c)に、ま た 、 図−8d)∼f)には各メーカー別に混合時間に対するMg-St含量のCV値を示した。混合後10 分で付着と混合がバランスし、ほぼ平衡状態に達しているが、メーカー間で付着量に差が 見られた(Mg-St-A>Mg-St-B>Mg-St-C)。また、滑沢剤の添加方法で付着量に差が見ら れた(薬包紙>予製末>フルイ)。CV値ではMg-St-B>Mg-St-A>Mg-St-Cの順であった。 Mg-St-Cは添加方法によらず付着量は低値を示した。 0.5 0.4 0.3 0.2 A B C 0.1 0 0 10 20 混合時間 (min) 30 図−7a) 薬包紙添加の混合性 (Mg-St含量) M g-St含量 (wt%) M g-St含量 (wt%) 0.5 0.4 0.3 0.2 A B C 0.1 0 0 10 20 混合時間 (min) 30 図−7b) フルイ添加の混合性 (Mg-St含量) M g-St含量 (wt%) 0.5 0.4 0.3 0.2 A B C 0.1 0 0 10 20 混合時間 (min) 薬包紙 フルイ 予製末 CV値 (%) 10 5 0 30 図−7c) 予製末添加の混合性 (Mg-St含量) 薬包紙 フルイ 予製末 10 5 0 10 20 混合時間 (min) 30 0 薬包紙 フルイ 予製末 10 5 0 10 20 混合時間 (min) d) Mg-St-A 30 0 0 e) Mg-St-B Mg-Stの混合性(CV値) 図−8 10 20 混合時間 (min) 30 f) Mg-St-C 3−2−2 Tablettoseを用いた実験 混合時間と試料中のMg-St含量の関係を添加法別に示したものを図−9a)∼c)に、また図 −10 a)∼c)には対応するCV値を示した。DCL11の場合と同様に混合後10分で平衡状 態に達しており、DCL11に比べて混合性は良好で全般に缶体等への付着は少なかった。結 局Mg-St含量はそれぞれの添加法、メーカーすべてにおいてDCL11より高値を示した。特 にMg-St-Cの予製末添加法ではほぼ100%の添加量が検出された。しかし、メーカー間では DCL11より付着の差は少ないものの付着に差が見られた(Mg-St-A>Mg-St-B>Mg-St-C)。 Tablettoseで付着が少ない理由の1つは顆粒が付着粉体を擦り落としつつ混合が進み、 賦形剤に分散するためと考えられた。 0.5 0.4 0.3 0.2 A B C 0.1 0 0 10 20 混合時間 (min) 30 図9−a) 薬包紙添加の混合性 (Mg-St含量) Mg-St含量 (wt%) Mg-St含量 (wt%) 0.5 0.4 0.3 0.2 A B C 0.1 0 0 10 20 混合時間 (min) 30 図9−b) フルイ添加の混合性 (Mg-St含量) Mg-St含量 (wt%) 0.5 0.4 0.3 0.2 A B C 0.1 0 0 10 20 混合時間 (min) A B C 10 CV値 (%) 30 5 0 図−9c) 予製末添加の混合性 (Mg-St含量) A B C 10 5 0 10 20 混合時間 (min) 30 0 A B C 10 5 0 a) 薬包紙添加 図−10 10 20 混合時間 (min) 30 0 0 b) フルイ添加 Mg-Stの混合性(CV値) 10 20 混合時間 (min) 30 c) 予製末添加 以上3社の製品について物性の測定を行うと共に、2種類の賦形剤を用いて混合性と付 着性の評価試験を行ったが、いずれの賦形剤の場合とも付着量はMg-St-Aが最大であり Mg-St-Cは最小であった。Mg-St-AとMg-St-Cの物性値を比較するとき、前者の乾燥減量値 (すなわち自由水の値)は後者が1.9 %であったのに対し4.8 %と高い値を示した。このこ とから、高い乾燥減量値が缶体への付着量を大きくした理由の1つとして考えられた。ま た最も付着の少なかったMg-St-Cは極めて嵩高い物性を示したが、付着との関連性につい ては今後の研究課題としたい。 今回の研究により、Mg-Stの製品間に物性値や混合性、付着性に差のあることが分かっ た。今後さらに検討を加えて付着性を予測する評価法を検索したい。 4.参考文献 1)津田恭介、野上 寿 編、医薬 品 開発基礎 講 座Ⅹ“18製 剤工学” pp170∼173、 地人書館 、 東京(1971) 2)砂田久一、長谷川正樹、“打錠用顆粒に関する研究”PHARM TECH JAPAN 、9、 1139(1993) 3)砂田久一、長谷川正樹、槙野正、坂本浩、藤田完治“標準処方を用いた流動層造粒に よる打錠用顆粒に関する研究”、粉体工学会誌、 33 、676 (1996) 4)谷口洋子、日比野剛、長谷川正樹、砂田久一“固形製剤の物性評価技術に関する研究滑沢剤の物性評価と混合分散性について-”平成13年度標準処方研究会講演要旨集、 pp55(2001) 5)長谷川正樹、平成12年度標準処方研究会講演要旨集pp9(2000)
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