第3章 第1節 人権の国際的保障〔目次〕 国際機関による人権保障制度 (a)人権の国際的保障のしくみ ・国内的保障 ・国際的保障 …⑴(国際法たる)人権条約に保障された権利の,国際機関による保障(b)。 ⑵ 国内法化された人権条約の,国内機関による保障(第 2 節)。 (b)国際機関による人権保障制度 ・人権保障機能を果たす国際機関 …⑴ 国連機関(政府代表機関 + 個人資格で構成される機関)によるもの 例,国連人権委員会の 1235 手続・1503 手続/ 国連人権小委員会・社会権規約委員会 cf. 世界人権宣言・国際人権規約(A 規約・B 規約)の性質【資料 17】 ⑵ 人権条約により設置される機関によるもの(例,自由権規約(B 規約)人権委員会) ・保障方式 …⑴ 国家報告制 / ⑵ 国家通報制 / ⑶ 個人通報制 第2節 国内機関による人権条約の実施 (a)人権条約の国内的実施の概念 ⇒自国が批准・加入した人権条約上の義務を,同国が国内で実現すること。 (b)人権条約の「国内法化」 ・人権条約の国内的効力(一般的受容方式/変型方式) ・国法体系における条約の効力順位 …⑴ 憲法・「条約=法律」型(アメリカ合衆国) ⑵ 憲法・条約・法律型(フランス・日本) ⑶ 条約最優位型(オーストリア・オランダ) ⇒cf. 砂川事件最高裁判決(最大判昭 34・12・16)【資料 18】 (c)条約の規定内容と,国内的実施の態様 ・自由権/社会権(非自由権) ・自動執行条約(self-executing treaty)/ 非自動執行条約(non-self-executing treaty) ・司法機関による条約の「直接適用」と「間接適用」【資料 19】 基本的⼈権I 1 第3章 人権の国際的保障 2009/05/18 第1節 国際機関による人権保障制度 (a)人権の国際的保障のしくみ ・国内的保障 人権保障の方式には,大別して 2 種類がある。すなわち,①国内的保障と②国際的保障 の二者であるが,①の国内的保障とは, ... ⑴ 憲法典で基本権として保障されている権利や, ...... ⑵ 各種の憲法付属法によって,法律上の権利として保障されているもの を対象にして, ......... ⑶ それらの権利が侵害された場合には,国内の機関を通じてこれを保障する,という システムを意味している。 この救済の方法としては,①裁判所に訴え出て,裁判で保障してもらうというもの(=司 法救済)や,②行政機関による侵害の場合には,当該行政庁や,その監督官庁に異議を申し 立てる制度(=行政救済)が存在する。 ・国際的保障 .......... これに対して,人権の国際的保障のポイントは,⑴国際的な機関を通じて人権を保障す る,という仕組みを採用している点に存する。また時にこれと混同されるものに,⑵人権 条約の国内的実施という仕組みが存在するが,これは,国際的な条約で定められた「人権」 ......... の内容を,国内の機関を通じて保障しようとするシステムである。 (b)国際機関による人権保障制度 ・人権保障機能を果たす国際機関 …⑴ 国連機関によるもの 国連機関による人権保障システムにも幾つかの類型が存在するが,特に重要なのは, ①各国の政府代表者により構成される国連人権委員会,並びに②学者等が個人の資格 で参加する国連人権小委員会および社会権規約委員会である。 ①国連人権委員会は,本来,第 2 次大戦後に「国際人権章典」を作成することを任 務として設置された機関であり,実際,1948 年に世界人権宣言,1966 年には社会権規 約(A 規約)および自由権規約(B 規約)を成立させている。 しかし,その作業が終わった翌 1967 年,同委員会による人権保障を一層拡充する目 的で, 「経済社会理事会決議 1235」が採択され,これによって,人権侵害事例に関する 公開審議や,特定の人権侵害に関するテーマ別の調査・研究が実施されている(1235 手 。 続=公開審議とテーマ別調査研究手続) 基本的⼈権I 2 これに対して 1503 手続は,個人や NGO から通報を受けて,特定国家の大規模な人 権侵害を非公開で審査するという仕組みである(1503 手続=大規模人権侵害の非公開審 議)。ただし,対象国の選定が政治的に決定されたり,非公開手続による審査を受けた 国家は,公開の場では告発されないという暗黙のルールが存在している旨の指摘もあ る。 ②国連人権委員会(及び社会権規約委員会)は,学者や実務家が個人の資格で参加する 制度であるが,特に重要なのが国連人権小委員会である。同委員会は国連人権委員会 の下部機関であり,⒜すべての国における人権侵害問題を公開で審議し,かつ,⒝大 規模人権侵害に関する通報を審査して,人権委員会に上げるかどうかを決定している。 これに対して,1985 年に設けられた社会権規約委員会(【資料 17】)は,社会権規約 ............ の実施状況について各国から提出される報告書を審査する任務を与えられている。 cf. 世界人権宣言・国際人権規約(A 規約・B 規約)の性質 世界人権宣言(1948 年)は,法的拘束力を持たない「宣言」であって,各国が各々の 国内システムを通じて実現すべき共通の目標を掲げるという性格を有していた。その ため,これに法的拘束力を与えるために,別途,条約の形で人権条約を締結する必要 があった。この作業には実に 18 年を要したが,その理由を検討するためには,人権(基 本権)の分類と各々の特徴について理解する必要がある。 ・人権の分類・特徴(⇒第 2 章を参照) 自由権は国家に対する不作為請求権であるのに対して,社会権は,国家に一定の作 為を要求する内容の権利である。東西冷戦期(1940 年代後半~)の時代状況においては, 自由権/社会権の性質・条約化をめぐる議論が纏まらなかった。1960 年代に入ると AA 諸国の国連加盟に伴い,法的文書において社会権の保障を行うことが一層困難になる。 そのため,世界人権宣言の条約化に際しては,これを二分する方針が採用された。 こうして 1966 年,世界人権宣言に含まれる権利のうち,いわゆる社会権だけをまと めて社会権規約(正式には経済的,社会的および文化的に関する国際規約(=A 規約))が 制定され,他方で,自由権と手続的権利(裁判を受ける権利/参政権等)をまとめた自 由権規約(正式には市民的および政治的権利に関する国際規約 (=B 規約))が作成される ..... こととなった。両者は,その実現の方法を異にしていた(【資料 17】を参照)。 …⑵ 人権条約により設置される機関によるもの 人権条約により設置される機関は数多く存在するが,重要なものとして,B 規約人権 委員会,人種差別撤廃委員会(1969 年条約に基づくもの),及び女子差別撤廃委員会(1981 年条約に基づくもの)等がある。 また,地域的なものとしては,1950 年のヨーロッパ人権条約に基づいて設置された, 基本的⼈権I 3 ヨーロッパ人権裁判所やヨーロッパ人権委員会が重要であるが,その他にも米州人権 条約(1978 年発効)やアフリカ人権条約(1986 年発効)に基づくものがあり,相応の重要性 を有している。 ・保障方式 ⑴ 国家報告制:締約国に対して,条約上の義務の履行状況を(数年ごとに)報告すること を義務づけるもの (この報告を実施機関が審査する)。 ⑵ 国家通報制:締約国が他の締約国の条約上の義務違反を通報して,この通報を受けた 実施機関が,審査や調停を行うというシステム (例,自由権規約,ヨーロッパ人権規約)。 ⑶ 個人通報制:国家による条約上の権利侵害につき,個人が直接,国際機関に対してそ の救済を申し立てるシステムである(例,自由権規約やヨーロッパ人権規約,人種差別撤 廃条約など)。ただし,個人通報が受理されるためには,一定の要件を具備する必要が 存する。一般的には,次のような諸要件が設けられる。 ⒜ 個人通報制を受諾した締約国の管轄下にいる個人からの通報。 ⒝ 条約上の権利に関する通報であること ⒞ 条約が当該締約国に対して効力を発生した後の事件に係る通報であること。 ⒟ 当該国で利用可能な救済手段を尽くしていること ⒠ 他の国際手続との併行利用の不可。 第2節 国内機関による人権条約の実施 国際法たる人権条約は,各国所定の手続により「国内法としての効力」を与えられて初 めて,当該国で実施することが可能となる(条約の国内的実施)。 (a)人権条約の国内的実施の概念 人権条約の国内的実施とは,「自国が批准・加入した人権条約上の義務を,同国が国内で 実現すること」を意味する。それゆえ, ⑴ 人権に関わる国際慣習法,国際機関による勧告等は対象外である。 ⑵ 法的効果を持たないもの(例,勧告)も、対象外である。 条約の国内的実施という概念が殊更問題になるのは,次のような事情が存在するためで ある。即ち,①現在の国際社会においては主権国家が併存していて,超国家的政府(個別国 家に法的拘束力をもつ命令を一般的に行える世界政府)が存在しないこと。②そこで,人権条 約の立案に際しても,個別国家同士が条約の国内実施義務を相互に受諾する,という仕組 みが採られること。③その意味で,国家の活動を抜きにして,国際的な人権保障を図るこ とが不可能であること。 基本的⼈権I 4 (b)人権条約の「国内法化」 ・人権条約の国内的効力 . 一般的受容方式では,条約は,当該国家が条約を批准・公布すれば,直ちに,条約に国 ........ 内法としての地位が与えられる(例,フランス憲法 55 条1)。わが国もこの体制をとるという のが通説・判例・実務の立場である。具体的には,内閣による条約の締結(憲法 73 条 3 号), 国会による事前または事後の承認(憲法 61 条),天皇による公布(憲法 7 条 1 号)によって,国 際法上の条約に,国内法としての効力が与えられる。 変型方式の場合には,条約は,批准・公布されるだけでは国内的効力をもたない。国内 法律として改めて制定されたり,既存の国内法律を改正したり,あるいは(行政協定の場合 のように)管轄を有する国内行政機関が関与することによって,初めて国内法的効力が与え られる(例,イギリス法系諸国,ドイツなど)。 ・国法体系における条約の効力順位 国際法は,他の国内法形式と比較した場合の条約の効力順位について,各国の自由に委 ねているが,一般的には,法律と同等か,これに優位する効力が承認されている(例,フラ ンス,日本)。 ....... 憲法典と条約の効力関係については,わが国の場合には,条約の締結手続(とくに国会承 . ........... 認手続)と,憲法改正の手続とを比較した場合に,後者の方が相当に厳格な手続が採用され ていることから,条約でもって憲法典を改正するような効果を生むことはできないと考え られる。したがって,憲法典に反するような内容の条約を仮に締結したとすれば,そのよ うな条約は憲法違反のゆえに,国内法上無効となる(⇒【資料 18】)。 (c)条約の規定内容と,国内的実施の態様 ・自由権/社会権(非自由権) ・自動執行条約 人権条約の国内実施という場合,その実施主体に着目して, ....... ① 条約批准時における,立法機関による国内法律の整備(例,難民条約加入時における 社会保障関連法律の国籍条項の撤廃), ....... ② 条約批准時における,行政機関による命令の整備や,条約批准時を離れても,⑴関 係法令の適用,⑵行政救済制度を通じた人権保障など, ....... ③ 最終的には,司法機関による救済 などの諸形態が考えられる。ただし,一般的受容方式をとる国であっても,条約規定の 性質如何によっては,裁判所その他の法適用機関で直接には適用できない場合が存する (非自動執行条約)。 1 「適正に批准または承認された条約は,その公布ののち直ちに,法律に優越する権威をもつ。」 基本的⼈権I 5 自動執行条約の場合には,一般的には,条約規定をそのまま適用できることから,法 適用機関(とくに裁判所)の果たす役割が増大する。これに対して,非自動執行条約の場合 には,そのままでは条約規定を適用しえないことから,執行可能な形に(法律などで)具体 化する必要が存する。そのため,法律を制定する立法機関や,命令を制定する行政機関 の役割がポイントとなる。 ・司法機関による条約の「直接適用」と「間接適用」 ...... 裁判所による人権条約の(国内的)実施には,条約のⓐ直接適用と,ⓑ間接適用という,二 種の態様が存する。条約の直接適用とは,自国が加入しており,かつ国内法としての効力 を与えられた人権条約の規定を,さながら適用する,というものである。 その有名な例が,指紋押捺制度が自由権規約 7 条の「品位を傷つける取扱い」に当たる かどうかが争われた,平成 6 年大阪高裁判決である。同判決は,この点につき,結論的に は消極に解したが,その過程で, ① 自由権規約は,その内容に鑑みて,原則として自動執行的性格を有する,それゆえ, ② 自由権規約に違反する国内法はその効力を否定されることになる, 旨を判示している。 条約のⓑ間接適用の場合,裁判所が直接の判断基準として用いるのは,あくまでも国内 の憲法典や法律規定である。しかし,その憲法典や法律の規定を解釈する際に,その解釈 の基準や指針,補強材料として,人権条約を用いる点に着目して,これを人権条約の「間 接適用」と呼んでいる(⇒【資料 19】)。 以上 基本的⼈権I 6
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