酸 化 物 半 導 体 In-Ga-Zn-O ス パ ッ タ リ ン グ タ ー ゲ ッ ト の 開 発 研 究 者 :細 野 秀雄 東京工業大学 応用セラミックス研究所 教授 開 発 企 業 :大 井 滋 JX 日 鉱 日 石 金 属 株 式 会 社 代 表 取 締 役 社 長 (推 薦 者 :鈴 木 章仁 J X 日 鉱 日 石 金 属 株 式 会 社 電材加工事業本部 薄膜材料事業部 細野 秀雄氏 液晶・磁性担当ユニット長) 大井 滋氏 1.技術の背景 現在、液晶ディスプレイの画素制御に用いられている薄膜トランジ ス タ (TFT) に は 水 素 化 ア モ ル フ ァ ス シ リ コ ン ( a-Si:H)が 主 に 使 用 さ れ て い る 。 し か し 、 a-Si:H TFT で は 移 動 度 が 低 い ( 電 界 効 果 移 動 度 : <1 cm 2 /(Vs))た め オ ン 電 流 が 稼 げ ず 、有 機 EL の よ う な 電 流 駆 動 の デ バ イ ス の 駆 動 素 子 と し て 使 用 す る こ と は で き な い 。 ま た 、 a-Si 膜 を レ ー ザ ー ア ニ ー ル 処 理 に よ っ て 結 晶 化 さ せ る 低 温 ポ リ シ リ コ ン (LTPS) は 、 移 動 度 が 大 き い こ と か ら 高 解 像 度 小 型 液 晶・有 機 EL に 使 わ れ て い る が 、 結晶粒界の電気特性のばらつきにより素子特性にも大きなばらつきが 生 じ て し ま う 。そ の た め 、有 機 EL を 駆 動 す る 際 に は 輝 度 む ら を な く す た め に 、 数 個 の TFT を 各 画 素 に 形 成 す る 必 要 が あ り 、 パ ネ ル 開 口 率 が 低下するという問題がある。 本技術は、従前には半導体材料として殆ど認識されていなかったア モ ル フ ァ ス 酸 化 物 が 、実 は Si を 凌 駕 す る 長 所 を 持 つ と い う 独 自 の 視 点 に 発 す る 。 ア モ ル フ ァ ス 膜 の 状 態 で も 10 cm 2 /(Vs) を 超 え る 移 動 度 の TFT が 作 製 で き 、 現 時 点 で 65 型 有 機 EL テ レ ビ ま で 実 用 化 さ れ て い る In Ga Zn O (以 下 I GZO と 表 記 )に つ い て 、 2 メ ー ト ル 超 の 大 型 ス パ ッ タ リングターゲットに関するものである。 2.技術の概要 従来、アモルファス半導体では構造の乱れに起因する裾状態や欠陥 の密度が非常に高いために、良い半導体デバイスはできないというの が一般的な認識であった。実際、アモルファスカルコゲナイドなど数 多 く の ア モ ル フ ァ ス 半 導 体 が 報 告 さ れ て き た が 、TFT と し て 動 作 し た 例 は a-Si:H に 限 ら れ て い た 。そ の 場 合 で も 結 晶 に 比 べ る と そ の 移 動 度 は 3 桁 も 低 下 す る 。そ の た め 、ア モ ル フ ァ ス 半 導 体 の TFT で 結 晶 に 匹 敵 す る移動度を実現できるとは考えられていなかった。 一 方 、 透 明 酸 化 物 半 導 体 (Transparent Oxide Semiconductor: TOS) の 研 究 は SnO 2 、 Zn O、 In 2 O 3 な ど の 結 晶 を 中 心 に 行 わ れ て き た が 、 こ れ らの材料は大面積ガラス基板上で形成される多結晶膜では、酸素欠陥 を容易に生成し、デバイスの特性制御、安定性確保が難しい。実用に 耐える半導体デバイスを作製するためには、キャリア濃度を適正な範 囲 で 安 定 さ せ る こ と 、必 要 と さ れ る 以 上 の 移 動 度 を 有 す る こ と 、2 メ ー トル超のガラス基板へ均質なデバイスを高速で作製できる必要がある。 研 究 者 ら は 、 In 2 O 3 -ZnO-Ga 2 O 3 三 元 系 酸 化 物 に お い て 、 必 要 と さ れ る 高移動度を持ち、キャリア濃度制御性・安定性を示し、かつ、均質な デ バ イ ス を 形 成 可 能 な 組 成 の 探 索 を 行 っ た 。 当 時 、 In 2 O 3 -ZnO 系 酸 化 物 が 40cm 2 /(Vs)程 度 の 高 い 移 動 度 を 有 し 、 ア モ ル フ ァ ス 膜 を 形 成 す る こ と は 知 ら れ て い た が 、TFT の 必 要 条 件 の 1 つ で あ る 低 い キ ャ リ ア 濃 度 を 安 定 し て 制 御 で き る と は 考 え ら れ て い な か っ た 。研 究 者 ら は Ga 2 O 3 自 体 も透明導電膜として電子伝導性を示す一方で、高濃度のキャリアドー ピ ン グ が 困 難 で あ る こ と か ら 、 In 2 O 3 -ZnO-Ga 2 O 3 三 元 系 酸 化 物 に 着 目 し た 。 そ の 結 果 、 In-Ga-Zn-O 組 成 を 持 つ ア モ ル フ ァ ス 酸 化 物 半 導 体 を 活 性 層 に 用 い る こ と で 、 10 cm 2 /(Vs)程 度 の 電 界 効 果 移 動 度 を も つ TFT を 室温プロセスのみで作製できることを世界で初めて報告した。 図 1 は 、 そ の 透 明 フ レ キ シ ブ ル TFT シ ー ト の 写 真 で あ る 。 こ れ は 、 アモルファス半導体であっても、適切な材料設計指針に従って物質系 を選択すれば、大きな移動度を実現することが可能であることを実証 したものである。 図1 a-IGZO を チ ャ ネ ル 層 に 、 ITO を 電 極 に 用 い た 透 明 フ レ キ シ ブ ル TFT ( A: デ バ イ ス 構 造 B: TFT シ ー ト ) IGZO は 、 す で に TFT に 用 い ら れ て い る ITO (In 2 O 3 :Sn) と 似 た 特 徴 を もつことから、同様にスパッタリング法による大面積薄膜の製造が可 能 で あ る 。そ の た め 、半 導 体 層 の 作 製 の み を IGZO 用 ス パ ッ タ リ ン グ 装 置 に 置 き 換 え る こ と で 、 既 存 の a-Si:H TFT の 製 造 ラ イ ン を 転 用 で き る な ど 、 現 有 技 術 と の 親 和 性 が 高 い 。 IGZO の ス パ ッ タ リ ン グ 技 術 を 確 立 するためには、均質、高密度で不純物相がなく安定に長時間のスパッ タ リ ン グ が 可 能 な 大 型 の タ ー ゲ ッ ト 材 料 の 開 発 、製 造 が 不 可 欠 と な る 。 開 発 企 業 で は 、焼 結 条 件 、機 械 加 工 条 件 な ど 大 型 IGZO タ ー ゲ ッ ト 製 造 に 必 要 と さ れ る 生 産 技 術 の 開 発 に 成 功 し 、2010 年 に 第 8 .5 世 代 基 板 ( 基 板 サ イ ズ 2,2 0 0mm × 2 ,50 0m m) 用 の 大 型 ス パ ッ タ リ ン グ タ ー ゲ ッ ト ( 長 さ 約 2, 700 m m) を 一 般 に 公 開 し た ( 写 真 1 )。 ま た 、 製 造 条 件 を 最適化することで組成の均一性、強度等の材料特性の安定化も達成 した。この結果、面内の組成ばらつきが無くなり、ターゲットの使 用初期から終了時にわたり、大型基板に特性の均一な膜を得ること が可能となった。また、成膜時におけるパーティクル発生が抑制さ れたことで、欠陥の少ない良好な膜を得ることが可能となり、パネ ルメーカーの生産性が向上した。 0 1,000 写真1 2,000 第 8.5 世 代 基 板 用 IGZO タ ー ゲ ッ ト 2,700mm 3.効果 研 究 者 ら が 透 明 ア モ ル フ ァ ス 酸 化 物 半 導 体 ( Transparent Amorphous Oxide Semiconductor: TAOS) の 探 索 、 設 計 を 独 自 に 行 い 、 IGZO を チ ャ ネ ル 層 に 用 い た 透 明 TFT を 作 製 、 動 作 実 証 し て 以 降 、 国 内 外 の パ ネ ル メ ー カ ー が 実 用 化 に 向 け た 取 り 組 み を 開 始 し た 。 2012 年 か ら ス マ ー ト フォン、タブレット端末への搭載が始まっており、超高精細小型液晶 パ ネ ル や 大 型 有 機 EL テ レ ビ な ど に も 実 用 化 さ れ て い る ( 表 1)。 表 1 TFT チ ャ ネ ル 用 の 代 表 的 な 半 導 体 の 比 較 TFT 半 導 体 材 料 電子移動度 (cm 2 /Vs) 最大量産ライ ン 基板サイズ (mm) ターゲット サ イ ズ (mm) IGZO a-Si:H LTPS 10~ 50 <1 50~ 100 第 8.5 世 代 第 10 世 代 第 6 世代 2200×2500 2880×3500 1500×1800 200×2700 程 度 200×3500 程 度 1950×2300 程 度 超 大 型・高 精 細 適用可能な 液晶テレビ アプリケーシ 大 型 有 機 EL、 ョン スマートフォ ン等 液晶テレビ PC モ ニ タ ー 、 スマートフォ ン等 小 型 有 機 EL、 スマートフォン 等 前 述 の 通 り 、 IGZO 膜 は ス パ ッ タ リ ン グ 法 で 製 造 さ れ て お り 、 開 発 企 業では品質改善、コストダウンの取り組みを続けつつ、透明半導体デ バイスの市場拡大に向けた生産体制を構築している。 最 後 に 、 研 究 者 ら が 開 発 し た IGZO TFT に つ い て は 、 室 温 で の 形 成 も 可能なことから、電子ペーパー、フレキシブルなディスプレイ、透明 電子デバイスなどへの展開も期待されている。更に、今後はディスプ レイ用途だけではなく、集積回路への応用など、より広い分野での利 用、展開が期待される材料として、産業界への貢献、影響は大きいと 言える。
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