農協金融の回顧と展望 ㈱農林中金総合研究所 目 はじめに 1 (1) 家計の金融資産の現状と展望 2 次 3 農協貯金を取り巻く外部環境 農協の個人貯金の動向と展望 (1) 農協貯金と個人貯金 調査第一部 農協貸出を取り巻く外部環境 (1) 家計負債の現状と展望 (2) 住宅と住宅ローン市場の動向 (3) 地方公共団体と地方債の動向 (4) 民間競合分野における公的融資 (2) 他業態との比較 制度の拡充 (3) 震災後の個人預貯金の動き (4) 被災3県以外の農協貯金の動き (5) 農協の個人貯金の展望 (5) 東日本大震災の影響 4 農協貸出金の動向と展望 (1) 農協貸出金の推移と今後の展望 おわりに はじめに 日本銀行の「資金循環統計」によると、 2011 年に入り、やや明るさが出始めていた 11 年 6 月 末 の 家 計 の 金 融 資 産 残 高 は 、 日本の金融市場は、3月の東日本大震災や欧 1,490.9 兆円と、前年同月に比べて 17.7 兆 米の金融市場の混乱を受けて、円高、株安と 円増となり、4期ぶりの増加となった。 非常に大きく揺れた。特に東日本大震災は、 金融資産の内訳では、預金(外貨貯金を 被災地を中心に金融機関経営にも大きな影響 除く)が前年同月から 14.1 兆円増と、増加 を及ぼしている。農協では、かつてない規模 分の約8割を占めた。また、預金の中でも、 の災害に際して、全国組織としてのネットワ 定期性預金は前年同期から 1.1 兆円減であ ークや総合事業の機能を発揮して、被災地支 るのに対し、流動性預金は同 14.7 兆円増で 援、及び復旧・復興に向けて様々な取組みを あった。それ以外の主な金融資産は保険準 行ってきている。本稿では、貯金・貸出金の 備金が 3.3 兆円増加し、リスク性金融商品 動きを中心に近年の動向を取りまとめ、中長 では外貨預金が 0.5 兆円、株式が 0.2 兆円 期的な観点からの若干の展望を試みた。 増加したにとどまった。 金融資産が流動性預金を中心に増加した 1 農協貯金を取り巻く外部環境 (1)家計の金融資産の現状と展望 8 背景としては、①東日本大震災後の消費の 抑制、②資産選択におけるリスク回避の動 農業信用保証保険 2012・1 雇用者報酬は、復興需要による増加が見 き、③被災県での保険金等の受け取りが考 込まれる建設業等を除き、全体的には円高 えられる。 ①について、内閣府の「国民所得統計」 や世界経済減速などを受け、伸び悩む懸念 によれば、雇用者所得はほぼ横ばいで推移 がある。また家計の収入の一つである公的 したが、消費は震災後、自粛ムードの強ま 年金は、団塊の世代が年金受給者となり、 りなどから夏場まで減少した。この結果、 受給者数が3%程度増加することが見込ま 雇用者所得と消費の差額は拡大し、その一 れることから、全体として、家計収入に占 部が貯蓄に向かったと考えられる。 める年金収入の割合は増加することが見込 まれる。 ②については、震災後に手元資金を確保 一方で、民間最終消費支出の実質増加率 する動きに加え、株安が続いたことから家 は 1.0%、名目増加率では 0.1%のわずかな 計はリスクをとる行動を避けたと思われる。 増加にとどまると予測している。 ③について、震災や東京電力福島第一原 子力発電所事故(以下、「原発事故」とい こうしたことから、消費抑制に伴う貯蓄 う)の被害を受けた地域において、保険金 の増加は、2011 年度4~6月期ほどではな や義捐金等が家計に支払われた。震災に係 いものの、2012 年度も続く可能性がある。 る保険金・共済金は、主なもので損害保険 が9月までに約 1.2 兆円、JA共済が7月 2 中旬までに約 5,300 億円が支払われている。 (1)農協貯金と個人貯金 家計金融資産の展望のために、当総研が 農協の個人貯金の動向と展望 農協貯金は、10 年前半に前年比増加率が 予測した経済見通し(2011 年 12 月 9 日時 1%台前半まで低下した後、やや持ち直し、 点)を見ると、12 年度の日本経済の実質成 震災直前まで同 1.5%台近辺で推移してい 長率は、復興需要に支えられ、1.7%となる た(第1図)。 ことが見込まれている。 第1図 農協貯金前年比増加率の利用者別寄与度分解 (%) 3.0 公金貯金(以下 前年比) 2.5 個人貯金 その他 貯金計 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 △ 0.5 3月 6月 9月 12月 3月 09年 6月 9月 12月 10年 3月 6月 9月 11年 資料 農林中金総合研究所「農協残高試算表」 農業信用保証保険 2012・1 9 東日本大震災が発生した 11 年 3 月以降は く全業態で個人預貯金の前年比増加率は 前年比増加率が急激に上昇し、9 月末で 2.7 2011 年3月以降、上昇傾向にある。ゆうち %となった。農協貯金の増加率を利用者別 ょ銀行については、これまで前年比で減少し でみると、個人貯金の寄与度は 2.0%であ ていたが、それにも歯止めがかかってきた。 農協の個人貯金の前年比増加率がこれま った。 以下では、農協の個人貯金の動向と展望 で国内銀行や信用金庫より低かった背景に を他業態の個人預貯金と比較しつつ、考え は、農協の個人貯金残高の約4割を占める てみたい。 3大都市圏以外の地域で景気が伸び悩んだ ことがある。それに加えて、農協利用者が 積立型の共済に資金をシフトする動きがあ (2)他業態との比較 ったとみられる。 第2図に示すように、ゆうちょ銀行を除 第2図 業態別個人預貯金の推移(前年同月比) (%) 4.0 国内銀行 3.0 信用金庫 ゆうちょ銀行 農協 2.0 1.0 0.0 1.0 2.0 3.0 1 月 4 月 7 月 10 月 1月 09年 4月 7月 10 月 10年 1月 4月 7月 11年 資料 日銀「預金者別預金」、ゆうちょ銀行財務データ、農協残高試算表 注1 農協貯金は個人貯金(末残)、国内銀行、信金は個人預金(末残)、ゆうちょ銀行は、要求払貯金と定 期性貯金の合計(末残)。 注2 ゆうちょ銀行は四半期データ、 それ以外は月次データ。 (3)震災後の個人預貯金の動き 10 農協と国内銀行の個人預貯金を震災の被 第3図は、流動性の預貯金(注1)につ 害の大きかった岩手県、宮城県、福島県の いて業態別にみたものである。09 年後半か 3県(以下、被災3県とする)とそれ以外 ら、ゆうちょ銀行を除く全業態で流動性預 の地域に分けて、それぞれの個人預貯金増 貯金は前年比増加率が上昇していたが、 加への寄与をみたのが、第4図と第5図で 2011 年3月以降、一段とその傾向が強まっ ある。 た。9月末には、全業態で前年同月比4% これらをみると、東日本大震災後から被 以上と高水準にあり、震災後の流動性預貯 災3県の個人貯金増への寄与度が大きくな 金の増加は全ての業態で確認された。 ってきていることがわかる。9月時点にお 農業信用保証保険 2012・1 ける農協個人貯金の前年比増加率は 2.3% げられるが、国内銀行の預金増にはこのこ 上昇し、被災3県の増加寄与度は約 0.6% とに加え、被災3県以外の地域における家 であり、国内銀行の個人預金は 3.1%上昇 計の消費・貯蓄行動の変化の影響も大きか し、被災3県の増加寄与度は約 0.3%であ ったとみられる。 った。震災後、農協貯金では被災3県の変 (注1)農協とゆうちょ銀行の流動性預貯金は個人 化の影響が国内銀行と比べると大きくなっ ではなく貯金全体の計数であるが、ほぼ個人貯金 ているのが特徴的である。 に相当すると思われる。 この要因のひとつに、共済金の支払が挙 第3図 流動性預貯金の推移(前年同月比) (%) 8.0 国内銀行(個人) 6.0 信用金庫(個人) ゆうちょ銀行 農協 4.0 2.0 0.0 2.0 4.0 6.0 8.0 3月 6月 9月 12月 3月 6月 09年 9月 12月 3月 10年 6月 9月 11年 資料 日銀「預金者別預金」、ゆうちょ銀行財務データ、農協残高試算表より作成 注1 農協貯金は当座貯金、ゆうちょ銀行は要求払貯金、国内銀行、信金は個人預貯金の合計。 注2 全データは、四半期ごとの末残。 第4図 農協の個人貯金の動き(前年同月比) (%) 2.5 被災3県以外の地域 被災3県(宮城県、岩手県、福島県) 2.0 全国 1.5 1.0 0.5 0.0 1月 7月 09年 1月 7月 10年 1月 7月 11年 資料 農中総研「農協残高試算表」 農業信用保証保険 2012・1 11 第5図 (%) 国内銀行の個人預金の動き(前年同月比) 3.5 3.0 2.5 2.0 1.5 被災3県以外の地域 1.0 全国 被災3県(宮城県、岩手県、福島県) 0.5 0.0 1月 7月 1月 09年 7月 1月 10年 7月 11年 資料 日本銀行「預金者別預金」より作成 (4)被災 3 県以外の農協貯金の動き さらに、被災3県以外の地域の農協貯金 の地域(被災3県を除く)では 10 年半ばと について触れたい。被災3県以外の地域を みられるが、関東では 11 年春以降とずれが 3大都市圏の①関東と②東海・近畿、及び 生じている。 ③3大都市圏以外の地域(被災3県除く) の3地域に分けた。 なお、全地域で 11 年5月以降、定期性貯 金前年比増加率が上昇している。消費の抑 第6図は、この3地域の農協流動性貯金 制により流動性貯金に留まっていた部分が の動きをみたものである。3大都市圏の中 ボーナスキャンペーン等で定期性貯金に回 でも被災県に近い関東では流動性貯金の前 った可能性もある。定期性貯金の今後の動 年比増加率が震災後一段と上昇した。その 向には、消費の抑制傾向が続くかどうかが 一方、東海・近畿や3大都市圏以外の地域 大きなポイントとなろう。 (被災3県を除く)における前年比増加率 (5)農協の個人貯金の展望 は、上昇しているものの、その度合いは緩 やかである。 以上、これまでの農協貯金の動きを振り 返ったが、これを踏まえて、12 年度の注目 これは、被災県に近い地域は、茨城県を 12 した時期は、東海・近畿と3大都市圏以外 点を考えてみたい。 はじめ共済金の支払いがあったと考えられ まず、被災県の貯金の動きについて述べ る上、自粛ムードや停電など、より強く震 る。第8図は、被災3県における農協の個 災の影響を受けたと見られる。 人貯金、国内銀行の個人預貯金を季節調整 同様に農協の定期性貯金をみると、いず し、前月比でみたものである。これによる れの地域においても 09 年以降における前 と、前月比増加率はともに 11 年5月にピー 年比増加率の低下傾向が続いていたが、直 クを迎えた後、徐々に低下し、9月末には 近では持ち直してきた(第7図)。底入れ 横ばいに近くなった。今後は、被災者の生 農業信用保証保険 2012・1 第6図 被災3県以外の地域の農協流動性貯金(前年同月比) ( %) 6.0 3大都市圏(関東) 5.0 3大都市圏(東海・ 近畿) 3大都市圏以外の地域(被災3県除く) 4.0 3.0 2.0 1.0 0.0 1 月 7 月 1 月 7月 09年 1月 10年 7月 11年 資料 農林中金総合研究所「農協残高試算表」 第7図 被災3県以外の地域の農協定期性貯金(前年同月比) (%) 3.5 3大都市圏(関東) 3大都市圏(東海・近畿) 3.0 3大都市圏以外の地域(被災3県除く) 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 1月 7月 1月 09年 7月 10年 1月 7月 11年 資料 農林中金総合研究所「農協残高試算表」 活再建に伴う個人預貯金の取り崩しから減 10 月から本補償が始まり、3か月ごとの支 少に転じる可能性もある。前年比ベースで 払いが当面継続する模様である。原子力災 は、12 年の3月以降から共済金や保険金等 害に関しては、農協だけでなく系統全体と の影響が剥落し、増加率がマイナスになる して被災農家の救援に向けた取組みを強化 おそれがある。 していく必要がある。 なお、原発事故に係る損害賠償は、11 年 被災県以外の地域について、復興需要に 農業信用保証保険 2012・1 13 よる雇用者報酬の増加に地域的な濃淡があ 選択行動の動向が注目される。 り、前述のように家計の収入増加があまり 期待できない中で、家計の消費や金融資産 第8図 被災3県の個人預貯金の動き(季節調整済前月比) (%) 7 6 JAの個人貯 金 5 国内銀行の 個人預金 4 3 2 1 0 -1 11年1月 11年4月 11年7月 資料 日本銀行「預金者別預金」、農中総研「農協残高試算表」 最後に農協の貯金財源として比重が高ま 右肩上がりであり、年金受給口座が預金の っている年金についての他業態の動きにつ 財源として徐々に存在感を高めていること いても留意したい。第9図は、預金量上位 がわかる。これらの地方銀行でも給与振込 の地方銀行(注2)における年金受給口座 口座数は、2008 年以降、伸びが鈍化、また 数を、同じく安定的な資金源である給与振 は減少傾向となっている。その一方、年金 込口座数との対比で表したものだが、概ね 受給口座数は安定的に増加している。 第9図 年金受給口座の動向(対給与振込口座) (給与振込口座数 =1) 0.55 0.50 千葉銀行 八十二銀行 広島銀行 京都銀行 0.45 0.40 0.35 0.30 05 06 07 08 08 09 10 資料 千葉銀行、八十二銀行、広島銀行、京都銀行の会社説明会資料、ディスクロージャー誌 注 2011年度については、2011年9月末の数値 14 農業信用保証保険 2012・1 11 (年度) すでに若年層を中心とした現役世代の預 貯金市場は細っているが、今後は人口減少 により一層、個人リテール預貯金市場が縮 小することが見込まれる。 おける前年同期比での増加率は約6%とな っている。 政府は 10 年度に、新築住宅の取得に対す る一般住宅の住宅ローン減税、住宅版エコ そのため、他業態も年金受給見込みの顧 ポイントの導入、フラット 35S(優良住宅 客への推進を強化しており、農協にも対応 取得支援制度)の金利引下げ幅拡大等、個 強化が求められよう。 人の住宅投資を促す制度を拡充した。その (注2)メガバンクについては、年金受給口座数及 うち、住宅版エコポイントは 11 年7月で、 び給与振込口座数を開示していない。 フラット 35Sの金利引下げ幅拡大は 11 年 9月で終了したが、10 月 21 日に閣議決定 3 農協貸出を取り巻く外部環境 次に、農協貸出の主力となっている個人向 け貸出及び地公体貸付とそれらを取り巻く外 部環境について整理するとともに、2012 年度 された「平成 23 年度第3次補正予算案」に 基づき、それぞれ内容を一部変更した上で 再開されることとなった。 住宅ローンの動向に大きな影響を及ぼし を展望する。 てきたフラット 35Sの金利引下げ幅拡大 (1)家計負債の現状と展望 の影響は、数値の上でも確認できる。第1 資金循環統計によれば、家計への貸出残 表で一見してわかるように、引下げ幅が拡 高は 2000 年3月をピーク(約 354 兆円)に 大された 10 年2月以降の住宅金融支援機 減少傾向にあり、11 年6月には約 295 兆円 構の買取債権残高(この残高にフラット 35 となった。 Sを含むフラット 35 の残高が含まれる)の 家計負債の内訳をみると、民間と公的金 増加は著しく、11 年3月末の前年比増加率 融機関を足し合わせた住宅貸付が家計負債 は 58.8%にもなっている。一方で民間金融 の約6割を占めている。住宅貸付の前年比 機関である国内銀行、信用金庫・信用組合、 増加率はマイナスとなっており、11 年6月 労働金庫および農協の前年比増加率は、信 では△0.1%であった。住宅貸付の内訳項目 用金庫・信用組合を除いて 10 年6月以降低 のうち前年比で増加しているのは、民間金 下傾向にある。 融機関の住宅貸付で公的金融機関の住宅貸 今後について、新規の住宅ローン市場に 付は減少が続いている。この傾向は 06 年9 比し、市場が伸びる可能性があるのは中古 月から変わっていない。 住宅およびリフォームの分野である。総務 12 年度も住宅貸付が大きく伸びること 省「住宅・土地統計調査」によれば、1971 は想定しにくく、家計への貸出残高は減少 年から 1990 年の 20 年間に建設された住宅 傾向が続くことが見込まれる。 が約4割あることから、リフォームとそれ (2)住宅と住宅ローン市場の動向 に伴うリフォーム資金の潜在的な需要が存 住宅貸付と一定の関係があるとみられる 在するとみられている。さらに、政府は 10 10 年度の住宅着工戸数は、約 81.9 万戸で 年6月に閣議決定された「新成長戦略」の あり、11 年度は4月から9月の6か月間に 中で、20 年までに中古住宅流通市場および 農業信用保証保険 2012・1 15 リフォーム市場を整備し、市場規模を倍増 の住宅政策を推し進めることとしている。 することを盛り込んでおり、ストック重視 第1表 住宅ロ 09.3 国内銀行 3.4 信用金庫・信用組合 0.5 労働金庫 6.3 JA 4.7 住宅金融支援機構(買取債権残高) 18.1 ンの前年比増加率(業態別) (単位 %) 09.6 09.9 09.12 10.3 10.6 10.9 10.12 11.3 0.4 0.7 1.5 1.0 3.6 3.6 3.2 2.7 0.1 △ 0.4 △ 0.5 △ 0.6 △ 0.3 △ 0.4 △ 0.2 △ 0.1 6.5 5.9 5.2 5.4 4.6 3.3 2.4 2.2 4.1 3.6 2.9 2.4 1.9 1.1 1.0 0.5 17.0 18.0 19.8 23.4 29.1 37.4 48.5 58.8 資料:住宅金融支援機構HP (3)地方公共団体と地方債の動向 総務省の「24 年度地方債計画(案)」に (4)民間競合分野における公的融資制度の 拡充 よれば、12 年の地方債発行計画額は約 14.1 フラット 35Sの金利引下げ幅が拡大し 兆円であり、前年比で約 2.5%増加する計 た後、住宅金融支援機構の買取債権残高が 画となっている。 急激に伸びてきたことについては既に説明 今後の地公体と地方債の展望として、財 したとおりである。その他にも、農業融資 政健全化への継続的な取組みが地方公共団 分野では、国の政策反映を目的として、日 体およびその関連団体に求められているこ 本政策金融公庫資金の制度的拡充がなされ とから、著しく地方債残高が増加すること ている。例えば、10 年8月からは農業改良 は考えにくい。但し、地公体およびその関 資金が公庫へ移管され、加えて 11 年4月か 連団体が 11 年5月により利用しやすいよ ら同資金の貸付限度額が個人で 1,800 万円 うに改正された PFI 法に基づき PFI を利用 から 5,000 万円へ、法人等で 5,000 万円か したり、レベニュー債(注3)を検討する ら1億 5,000 万円へ引き上げられた。同資 等、調達手段の多様化へ向かう可能性があ 金は主に普及指導員が農業経営の改良のた る。その場合、農協も含めた地域に根ざす めに農業経営者に勧め、利用されてきたが、 事業者は、多様化への対応が求められる可 貸付限度額が比較的小さかったこと、近年 能性もある。検討の際には、民間側に発生 ではスーパーL資金等との競合もあったこ するリスク、例えば PFI 対象物件からの収 と等から、残高が減少し続けていた。しか 益が費用を下回ることや、事業計画の確認、 し、本来農業改良資金が対象とする新たな 運用が長期にわたること等に留意する必要 技術や加工事業の導入等の分野は、国が現 があろう。 在推し進めている6次産業化と密接な関係 (注3)レベニュー債とは、特定事業および施設か にあるうえに、同資金の利用限度額の引き らの収入を原資として、元本および利子を償還す 上げにより利便性が高まったことから、今 る債券のことである。 般の移管により農業改良資金が公庫の有力 な商品として、公庫の融資実績に一定程度 16 農業信用保証保険 2012・1 一方、個人の住宅ローンについては、個 寄与することも考えられる。 人債務者の私的整理に関するガイドライン (5)東日本大震災の影響 研究会による「個人債務者の私的整理に関 貸出分野における大震災の影響として第一 するガイドライン」が 11 年8月より適用さ に挙げられるのは二重ローンの問題である。 れ、私的ルールの下で二重ローンを回避す 二重ローンは、損壊し、便益を受けるこ る道が作られた。 とのなくなった物件の残債が、改めて物件 また、中小企業金融円滑化法に基づいて を取得するための負債に加えて債務者の負 金融機関から返済猶予措置を受けている企 担となる現象である。二重ローンについては、 業および住宅ローン借入者の数が、被災地 政府により債務を買い取る「産業復興機構」 で増加している。被災県を含む東北財務局 が被災各県で設置されるとともに、11年11月 管内の四半期ごとの貸付条件変更の申込み に東日本大震災事業者再生支援機構法が成立 件数、実行件数をみると、10 年度第4四半 した。これにより、同機構が債務者である事 期(11 年1月から3月)および 11 年度第 業者の残債を債権者である金融機関から買い 1四半期(11 年4月から6月)は、09 年 取り、最大で15年間返済を猶予する等によっ 12 月の同法施行以降のどの四半期よりも て債務者を支援することとなった。 多くなった(第 10 図)。 第 10 図 中小企業金融円滑化法に基づく貸付条件変更申込み等の推移(東北財務局管内) (千件) 16 14 申込件数(中小企業) 実行件数(中小企業) 申込件数(住宅資金) 実行件数(住宅資金) 12 10 8 6 4 2 0 09年 12月 09年 10年 第4四半期 第1四半期 第2四半期 第3四半期 第4四半期 11年 第1四半期 資料:財務省東北財務局HP 4 農協貸出金の動向と展望 農協貸出金は、11 年2月から大震災のあ (1)農協貸出金の推移と今後の展望 った同年3月にかけて前年比増加率が約 1 農協残高試算表によれば、農協貸出金(公 ポイント低下した(第 11 図)。全国の貸出 庫・共済・金融機関貸付を除く)の前年比 金の前年比増加率に占める被災3県の寄与 増加率は、09 年5月の 3.8%をピークとし 度は、貯金ほど大きなものではないが、5 て低下傾向にあり、11 年9月には△1.7% 月以降増加率低下への被災3県の寄与度が となった。 高くなってきていることが見てとれる。 農業信用保証保険 2012・1 17 農協貸出金の動向について、2011 年6月 自己居住用住宅資金(以下「住宅ローン」 に当総研が実施した「平成 23 年度第1回農 という)は 2.0%に留まり、県市町村・公 協信用事業動向調査」を用いてみてみると、 社公団貸付は△3.4%とマイナスとなった 全ての項目で前年比増加率が低下してい (第2表)。 る。これまで増加率の牽引役となってきた 第 11 図 (%) △ 0.0 0.0 △ 0.4 農協貸出金の前年比増加率と被災3県の寄与度 △ 0.1 △ 0.2 △ 0.2 △ 0.2 △ 0.2 △ 0.3 △ 0.3 △ 0.3 △ 1.4 △ 1.4 △ 1.6 △ 1.6 △ 1.5 △ 1.5 △ 1.4 4月 5月 6月 7月 8月 9月 △ 0.5 △ 0.5 △ 0.8 △ 1.2 △ 1.6 △ 2.0 被災3県以外の寄与度 被災3県の寄与度 11年1月 2月 3月 資料:農協残高試算表 第2表 農協貸出金の用途別残高の伸び率等の推移 残高 増加 構成比 寄与度 11年3月末 自己居住用住宅資金 33.5 0.6 賃貸住宅等建設資金 19.6 0.5 県市町村・公社公団貸付 17.7 △ 0.6 農外事業資金 10.5 △ 1.0 生活資金 5.3 △ 0.5 農業資金 3.8 △ 0.3 貸出金合計 100.0 △ 1.3 (単位 百万円,%) 前年比伸び率 06.3 07.3 08.3 09.3 10.3 8.0 12.4 8.5 8.1 5.3 △ 2.2 1.3 △ 0.1 3.1 7.3 4.6 17.3 17.7 21.6 6.8 △ 5.6 △ 6.7 △ 6.7 △ 6.0 △ 7.9 △ 6.4 △ 2.5 △ 11.1 △ 7.6 △ 8.1 △ 2.2 △ 7.3 △ 5.6 △ 6.6 △ 3.3 △ 0.2 3.7 2.6 5.4 3.2 11.3 2.0 2.7 △ 3.4 △ 8.5 △ 8.5 △ 7.4 △ 1.3 資料:農中総研『農協信用事業動向調査』 (注)前年比伸び率は、各年度第1回調査結果による。回答組合数は、07年318、08年350、09年 328、10年317、11年329組合である。なお、貸出金合計にはその他の科目も含むので、各科目の 合計は100%とはならない。 a 18 住宅ローン に最も寄与してきたのはマンションであり、 農協の住宅ローン残高は引き続き増加し マンション建設が都市部に集中しているこ ているものの、増加率は低下している。10 とを考慮すると、農協の住宅ローンへのプラ 年度から11年度にかけて残高の前年比増加 スの寄与は限定的だった可能性がある。 率が低下している背景のひとつに、住宅着工 前年比増加率低下の主要因として挙げて の動向が挙げられる。住宅着工件数全体は09 おかなければならないのは前述のフラット 年度以降増加しているが、10年度からの増加 35Sの影響であり、これについては既に第 農業信用保証保険 2012・1 1表で見たとおりである。 の囲い込みに関してイベント・ベースド・マ 12 年度へ向けての住宅ローンの見通し ーケティング(EBM)という考え方が広く は、フラット 35Sエコの登場等により農協 普及してきた。これは、顧客のライフステー にとって厳しいものとなるとみられる。 ジの変化や行動などからニーズを捉え、商品 一方で、前述のとおりリフォーム市場が やサービスを利便性の高いチャネルで提供す 拡大することが見込まれているが、リフォ るものである。そして、これを行うためには、 ーム資金についてはリフォーム業者への営 顧客の取引履歴などのデータの蓄積と高度な 業が必要となってくるので、今後リフォー 分析が必要である。 ム需要をローンとして取り込むためには、 これまでは個別にEBMシステムを活用す リフォーム事業者との密接な関係を築くこ るのが一般的であったが、11 年 11 月には、 とも求められてこよう。 地方銀行6行が、個人リテール分野における 金融マーケティングで提携することを発表し b 地方公共団体貸付 た。これは、システムを共同開発・共同利用 農協の地公体貸付(県市町村貸付と公社 するとともに、そこで蓄積されたデータを分 公団貸付の合計)は、10 年度に入ってから 析し、マーケティング戦略を構築することを 増加率が低下し、11 年6月にはマイナスと 目指している。この取組みの中で、各行の営 なっている。日銀の資金循環統計によれば、 業ノウハウやデータ活用技術の共有、全国規 地公体貸付における農協と他業態との間の 模のデータ分析などが行われる見込みであ 前年比増加率には、10 年度から差が生じて る。地方銀行6行は他の地方銀行の参加も呼 いる。その要因のひとつとして、他業態で び掛けており、今後、商品開発などで大きな は法人を中心とした貸出額が減少している 潮流になる可能性がある。一方、個人リテー 中、運用手段として地方債にこれまで以上 ル市場で存在感を持つゆうちょ銀行において に資金を供給していることが挙げられる。 は、若年層や年金受給見込み者に焦点を当て また、個別の農協ごとの地公体貸付への取 た取組みを始めている。 組みスタンスも影響しているであろう。 JAバンクでは、2010 年度から始まった中 既に農協の貸出金に占める地公体貸付の 期戦略で、農業者と生活者のメインバンクと 割合は、他業態よりも高く、地公体が財政 しての機能強化を目指している。他業態では 健全化を進める中で、農協の地公体貸付が データベースをもとにしたマーケティング等 顕著に伸びることは考えにくい。ただ中長 で一人一人の顧客への対応強化を進める中、農 期的には、地公体等が PFI 等を利用する等、 協も事業間連携を更に強化し、組合員、利用者 調達手段を多様化することが見込まれる。 との密接な関係に基づいたきめ細やかな対応 地域に根ざした金融機関としてこれに対応 などで独自性を発揮していく必要があろう。 することも求められるであろう。 おわりに (㈱農林中金総合研究所 調査第一部) <はじめに、1、2、おわりに 田口さつき> 近年、個人リテール業務においては、顧客 農業信用保証保険 2012・1 <3、4 若林剛志> 19
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