なのは対さくら: 魔法少女最後の戦い マイソフ 作品とネタバレについて この作品は、次のアニメ作品に関するネタバレを含みます。 「魔法少女リリカルなのは」 「魔法少女リリカルなのは A's」 「魔法少女リリカルなのは StrikerS(なのは 13 才当時までの出来事に限る)」 「カードキャプターさくら」 オリジナルキャラが登場しますが、原則として敵役です。 高町なのは、木之本桜はいずれも 13 才(中二)で、作中で出会います。 小狼は「カードキャプターさくら」コミックス版最終話の通り、中学校進学以降日本で 暮らしています。 「ツバサクロニクル」等、その他の CLAMP 作品とは別世界です。 強いて言えば「ユーノ×なのは」ですが、カップリングにこだわった作品ではありませ ん。 「いよいよなのはちゃんも、撃つ側から撃たせる側に回るのねえ。クリームはどう」 「あ、いえ、…アイスだけで」 時空管理局提督、リンディ・ハラオウンはちょっと残念そうな顔をすると、自分の抹茶 フロートにだけ、たっぷりとホイップクリームをかけ回した。ここは時空管理局本局、総 務統括官であるリンディのオフィス。巡行艦「アースラ」を降りてから、彼女の本拠はこ こになった。別段、実力派提督の居城であることをうかがわせる高級感はない。 高町なのは、中学 2 年生。小学生のころから地球的規模の大事件に巻き込まれることが 多く、ついにそれが一生の進路を決めてしまうことになった。砲撃魔法の使い手として実 績を積んだなのはは近々、時空管理局武装隊で戦技教導官をつとめることが内定している。 一連の事件で時空管理局を代表して事に当たったリンディは、時空管理局での親代わりと 言ってもよかった。 「それで、御用は何」 なのはは微笑んだ。リンディの温容の下には、能吏の顔がある。願い事があることなど お見通しなのだ。 「あたし、もう中 2 だし、魔法少女って名乗れるのも、もう少しだと思うんです」 「あら、そんなことは心の持ち方よ」 リンディはさらりと言った。なのはは曖昧に微笑した。 「スルーしたわね」 「あ、あの、その」 「続けて」 「えーっと、あたし、小さいころから、魔法って言ったら攻撃とか防御とか、そんなのばっ かりで」 「回復魔法も覚えたい?」 「いえ、もっと、その、お花を出すとか、きれいな服装に変身するとか、そういうのをやっ てみる、最後の機会だと思って」 「そういうことなら、あたしにできるのは、不在を取り繕うことくらいね」 リンディはため息をついた。 「行き先はクロノとか、エイミィとか、ユーノくんとかに相談なさい」 「はい、ありがとうございます」 リンディはテーブル越しに身を乗り出して、声を潜めた。 「いいところがあったら、あたしとフェイトにも教えて」 「魔法少女ねえ。そういえば無限書庫でいくつか読んだことがある」 ユーノは無限書庫の応接室で即座に言った。本の虫を捕まえるには書庫に行けばいいの で簡単だ。ユーノ・スクライアはトレジャーハンターを志して悪巧みに巻き込まれ、その ユーノを助けることでなのはをこの世界に引きずりこんだ張本人である。いまは時空管理 局の無限書庫で司書をつとめながら、所蔵された資料と、ときどき行く発掘の成果で論文 を書いている。 「戦国時代に、アンデッドの巫女さんや人面犬と一緒に戦う女子中学生がいたらしい」 「もうちょっと近い時代のはないの」 「1960 年代に魔法の国の王女様が日本に来ていたが」 「あっ、それいいなあ」 「帰った」 「なによーそれ。あたしが弟子入りしたいんだから、現役の魔法少女っていないの」 「魔法が使えるんなら、結界を張っているかもしれない。別の種類の力を持つものから、 自分たちの活動を隠すような。人に魔法を見られるだけで蛙に変えられるような術式もあ るみたいだから」 「そうなると、あたしの領分かな」 エイミィ、続いてクロノが入ってきた。 「立ち聞きする気はなかったんだけどね。リンディ提督から協力を頼まれちゃった」 エイミィはリンディのもとでオペレータをつとめてきた。クロノはリンディの息子で、 すでに自分の巡行艦を任されるまでになっており、エイミィと正式婚約したばかりである。 「母さんはかなり本気で魔法少女になる気だぞ。ピンク色のデバイス(この物語世界で魔 法の杖などをいう)を通販カタログであさってた」 見てはならない母の顔を見てきたらしいクロノは、つとめて冷静を保とうとしていた。 「フェイトちゃんとおそろいで 2 本買うんだっていってたよね」 フェイトはリンディの養子、クロノの義妹である。エイミィはクロノの表情をたっぷり 楽しんだ後、続けた。 「怪しい結界とか感覚遮蔽とか、かかっているところを調べてみる。もちろん魔力反応も ね」 「あ、ありがとう」 毒気を抜かれたなのはは、そう言うのが精一杯だった。 同じ時空管理局本局のとある一室では、そろそろ 20 才になろうかという女性が通信を 受けていた。陰気な表情が、やや年齢を高く見せている。 「高町なのはが地球で他の魔法術式継承者と接触する模様です」 声の主は、50 才近い外見の男性である。その声色は、外見の年齢以上に年を経たもの に聞こえた。 「何が起こっても不思議ではない…んだよね」 女性の声にはわずかな抑揚しかない。 「彼らが何をやったとて、我々の法で裁かれることはございません」 「分かった。私も予定を空けるよう手配する」 「では、詳しいことは改めて」 男は恭しく一礼すると通信を切った。女性は椅子から立ち上がると、窓から時空管理 局本局の庭園区画を見下ろした。この景色が得られる部屋は希少で、よほどの高位者でな ければこのような個室は堪能できない。 「私はここにいる。いつかそれを、わからせてやる」 女性は窓の外に向かってつぶやいた。 イギリスの治安事情はともかく、グレアム提督の隠宅に限って言えば、普通の意味での 防犯設備は必要ではない。ある程度の敷地を確保し、多少の悲鳴が上がっても-もちろん 侵入者の悲鳴という意味だが-周囲に迷惑がかからないようにしているのが、唯一の防犯 対策だった。 「ロッテ、なにやってるの」 グレアム提督の使い魔リーゼアリアは、ディスプレイを見て、双子のリーゼロッテをに らみつけた。リーゼロッテはそれに気づかないような顔で、ディスプレイから目を離さず に言った。背後の尻尾が肩をすくめるように左右に揺れる。 「指の運動」 「公用回線へのハッキングが運動? お父様に迷惑がかかったらどうするの」 「闇の書」事件で、違法な捜査介入やハッキングが露見したグレアム提督と使い魔たちは、 依願退職のうえ故郷・地球のイギリスに隠遁することで決着を見ている。実際にやったこ とはそれどころではなかったのだから、身を慎む必要があった。 「平気よ。一般公用回線へのハッキングなんて、誰でもやってることよ」 リーゼロッテは気にする風もない。 「公用通信だってだけで、暗号化通信はこの帯域通しちゃいけないことになってるんだか ら。予防接種のお知らせとか、公開録画のお知らせとか、そういうのばっかりよ。だいた い事件もないのに、このへんに送受信源があるわけ、あれ」 何気なく送受信者一覧を表示したリーゼロッテが何かに気づいた。地球のすぐ近くで公 用通信を正式に受信しているものがいる。 「アンペリヤル号って、たしか」 リーゼロッテが船名データベースへのアクセスを開始する。そのアクセス先が正真正銘、 禁じられた管理局非公開データベースであることに気づいたリーゼアリアは、有無を言わ さず端末機の電源コードを引き抜いた。 「あー、端末が傷むじゃなーい」 「いいかげんにしてよね」 「どうしたんだね」 グレアム提督が悠然とダイニングキッチンに姿を見せた。ダイニングキッチンと言って も、寝室を除けば 2 部屋しかないうちのひとつだから、リビングを客間とすれば、ダイニ ングキッチンには残り全部の機能が集中している。 「ああ、あの、その」 「今度ネズミを捕まえたらどっちが食べるかって言う相談で」 リーゼたちはもともと地球の猫だった使い魔である。照れ笑いをするふたりの様子に気 づかない提督でもなかったが、あえてそれ以上尋ねようとはしなかった。 「はやても上級キャリア試験に通ったことだし、そろそろ真相を話すとするかなあ」 「あっ、でも、ほら、その」 「まだ 13 才よね、はやてちゃん」 「地球の成人って、30 才だっけ、40 才だっけ」 口々にあわてるリーゼたちに、グレアムは微笑を残して、庭へと出て行った。 かつてこの世界には、「闇の書」があった。 「闇の書」は、守護騎士を使って魔導士や凶暴な野生生物から魔力と魔法を収集し、持ち 主に無限の力を与えるかに見せながら、その実は持ち主の魔力を取り込んでやがては破滅 に導く、恐るべき魔法道具だった。遠い昔の邪悪な改造失敗によって永遠の暴走を繰り返 すそれは、いちど持ち主もろとも破壊されても、転生してまた収集、起動、無差別破壊を 繰り返すのだった。 前回の暴走で、グレアムは闇の書に乗っ取られたリンディ・ハラオウンの夫、クライド の指揮する艦を、艦長ごと撃沈する羽目に陥った。グレアムは、新たな闇の書が天涯孤独 の少女、八神はやてを主に選んだことを知ると、あえて闇の書の起動を待って氷結させ、 宇宙の一角に閉じ込めることを企図した。そうなればはやても永久凍結の道連れになる。 グレアムは亡き父親の友人を装ってはやての生活を援助し、それまでのあいだ食うに困ら ないようにした。はやては今でも、「グレアムさん」に手紙をくれる。 はやては小学校 3 年のとき直面した闇の書の覚醒で大魔導士の片鱗を示し、なのは、フェ イトらと協力して闇の書管制人格を味方につけると、防衛プログラムを切り離して破壊し た。はやてからリインフォースの名をもらった管制人格は、自らの改変された部分が新た な防衛プログラムを修復し、再び暴走の輪廻に入ることを感じ、自ら願って消滅した。グ レアムの悲願は、彼が見捨てようとした、はやて自身によって果たされたのである。 そのはやては、リインフォースから切り離された守護騎士たちと家族同然の交わりを結 び、時空管理局の特別捜査官として働き始めていた。先ごろ、上級キャリア試験にも合格 したばかりである。 はやてが大人になったら、グレアムの口からすべてを話す。それは依願退職するとき、 グレアムが事件に関係した時空管理局の人々と交わした約束であった。 それを終えてしまったら、もう思い残すことはないと、グレアムが生きることをやめて しまいはしないか。それがリーゼたちの密かな、最大の気がかりなのだった。 ぞくり、とする感覚を最初に感じたのは、桜だったろうか。ケルベロスだったろうか。 ほとんど同時に、自宅の部屋にいたふたりは周囲をきょろきょろと見回した。 「なに、この感じ」 「魔力やな。せやけどこんなタイプの魔力、感じたこともない」 カードキャプター・木之本桜。かつて往年の魔法使い、クロウ・リードが作ったカード を誤ってまき散らし、それが友枝町に巻き起こす大小の災厄をつかんでカードを捕まえて いったのが、桜と封印の獣・ケルベロスだった。しかしそれは結局のところ、クロウ・リー ドが自分の跡継ぎたるべき桜を鍛え、試そうと慎重に仕組んだことであった。 そしてすべてのカードをそろえ、審判者・ユエを納得させ、ケルベロスとともに配下に おさめた桜だったが、クロウ・リードのたくらみはまだあった。クロウカードを桜の力で 書き換えさせ、桜を力の源とするさくらカードにしようとしたのだ。それによって桜の魔 力はいや増し、カードの寿命も守られる。しかしそれは桜にとって、体力の限界と戦う旅 路でもあった。 そんな日々も遠い記憶となった。いまや、桜も中学2年生になっている。 玄関のチャイムが鳴った。 桜がドアを開けると、そこにはひとりの女子中学生が立っていた。 「あ、あの」 「はい」 「魔法少女の、木之本桜さんのお宅ですか」 「ほえ?」 その意味不明な反応を消極的な肯定と受け取ったなのはは、いきなり玄関先で深々とお 辞儀した。 「師匠っ。私を魔法少女にしてくださいっ」 「ほえ~~」 桜は目を点に変えた。 夜中だというのに、グレアム邸のダイニングキッチンには明かりがついている。 リーゼアリアの背後からディスプレイを覗き込んだリーゼロッテは、思わず不満の声を 上げた。 「なあんだ、アリアもやることはやってるんじゃない」 「一緒にしないでくれる。これは普通に公開されているデータベース。危ない目をしなく ても、あんな有名なフネはエントリーがあるのよ」 リーゼアリアが読みふけっているのは、アンペリヤル号とハンバー家のデータである。 「ハンバー家の持ち物で時空管理局の嘱託船。といっても目ぼしい任務はなし。私有の船 に時空管理局御用船としての特権を与える、お手盛りってやつ?」 「50 年間にハンバー一族から出た提督 17 人、うち 3 人が殉職、現役だけで 7 人か。この 程度のわがままは通りそうよね」 リーゼロッテは気のなさそうに相槌を打ったが、その視線は家の外に向けられていた。 リーゼアリアは端末の電源を切ると、壁に歩み寄って照明を消した。そのままふたりは 無言で家の外に出ていった。 「ほう」 短いコメントを発しただけで、侵入者は大振りな杖らしきものをかざして、リーゼアリ アのバインド(拘束魔法)を無効化した。すでにふたりの従者は、接近するリーゼロッテに 応じて飛び出している。 素早くのしかかろうとするスピネル・サンは、蝶の羽を持つ黒豹。それを避けつつ一撃 を狙うリーゼロッテの背後をルビー・ムーンが取った。後ろから腕で首を圧迫されて、リー ゼロッテはもがいた。 「かわいい子猫ちゃんね。でも主にもらった力じゃあ、頂くわけに行かないか。あなた死 んじゃうし」 ルビー・ムーンは快活にしゃべった。ゆっくりと近寄ってきた柊沢エリオルは、リーゼ ロッテに優雅な一礼をしてみせた。 「夜分に恐れ入ります。こちらのご主人はどなたで」 しょうか、とエリオルは言い終わることができなかった。エリオルの背後にもうひとつ の影が立ち、喉元に短刀を擬して見せたからである。 「ようこそいらっしゃいました。お茶でもいかがですかな。それとも、もっと冷たいもの でも」 ゆったりとした部屋着姿のグレアム提督はぐいっ、とククリーナイフの冷たい腹をエリ オルの頬に押し当てた。エリオルの表情に、珍しく狼狽の色が浮かんだ。 「エリオル、地球一のエリオルも、宇宙じゃ二番目ってとこね」 ルビー・ムーンはからからと笑うと、リーゼロッテを開放して、自分の両手を挙げた。 「友枝町の認識結界が、破られたというのですな。私たちと同じ術式の魔法で」 グレアム提督は、その聞きなれない地名を反芻するように、口に出した。 柊沢エリオル。魔術師クロウ・リードの生まれ変わりであり、クロウカードからさくら カードへの転換を強引に導いていった人物である。すべてが完了すると、エリオルはしも べのスピネル・サン、ルビー・ムーンとともにイギリスに隠遁した。 「そうなのです。友枝町にはいろいろと異変が集中する時期があったので、弱い認識結界 が張ってありました。それが昨日、突然破られました」 友枝町のニュースを聞いて、へえと思った人が、すぐにその記憶を思い出しづらくなっ てしまう。そういえばあのニュースの続きはどうなったろう、と一瞬思っても、他のこと が頭を占めて、それっきり忘れてしまう。それがエリオルのかけた弱い認識結界だった。 そうしなければ毎週事件の起こる友枝町が人々の注意を引きすぎる。すべてが終わった後 も、結界は張りっぱなしになっていた。 「私もこう見えて、なかなかの悪党でしてな。ここに隠居してからは、管理局の事情を 聞くに聞けない立場なのです。だが日本が関係するとなると、友人の手を煩わすしかあり ますまい」 「私の言うことを、信じてくださるのですか」 エリオルは微笑したが、グレアムも負けず劣らず人の悪い微笑で応じた。 「我が家に侵入する勇気ある人間はほとんどおりません。よほどのことだと思いますよ」 ルビー・ムーンとスピネル・サンが顔を見合わせて、あきらめたように首を振った。 「うんまいなあ、うんまいわ」 なのはの実家はケーキが売り物の喫茶店である。おみやげの「翠屋」特製ケーキを頬張 るケルベロスを、なのはは不思議そうに見つめた。 「この子、デバイスですか」 「この子とは何や、この子とは」 ケルベロスはわめいた。桜は話題を変えた。 「デバイスって、何」 「これです」 なのはは首飾りについた赤い宝石を差し出した。宝石に文字列が浮かんだが、小さくて 読み取れない。それから発せられる音声はよく聞こえた。 「Glad to meet you, mates(はじめまして、みなさん)」 「おー、グラッチューミーチュー、チュー(Glad to meet you, too)」 「ケロちゃん、英語できるんだ」 「わいはもともと、イギリス人のしもべやっちゅうねん。日本語しゃべってることに驚け」 「レイジングハート、お部屋の中だから、変身だけやって見せるね」 「Stand-by ready, setup(準備よし、装着)」 「リリカルマジカル、甲冑を我にまとわしめよ」 成り行きを見つめる桜とケルベロス。レイジングハートは杖状のデバイスモードに変化 するとともに、なのはの全身にバリアジャケットを装着させた。 「これが私の魔法少女としての…どうしたんですか」 桜はケルベロスの両目をしっかり手で覆っている。一時的になのはが全裸になったせい らしい。 「見てないで。わいは何も見てないで」 ケルベロスはじたばた叫んだ。 「いつも、そういう変身してるの」 「あ、そうですよね。もう、感覚が麻痺しちゃって」 桜は懸命に話題をつないだ。 「あたしは全手動って言うか、その」 「衣装と衣装屋が、車でついてきよるさかいな」 玄関のチャイムが鳴った。 「まあ、時空を超える友情のコスモですわ。ウルトラ姉妹の誕生ですわ。パワーとファイ トが燃え上がるのですわ」 なのはの登場に、大道寺知世は目をきらきらさせた。 知世は桜の級友であり、またいとこでもある。桜の秘密を知るや、桜の活躍をビデオに おさめることを無上の楽しみとするようになり、カメラ栄えがするようにお手製衣装を次々 とあてがってくるのであった。大資産家である大道寺家のひとり娘にはボディーガードの 一団がついているのだが、彼らが衣装の運び屋ともなっていた。 「なのはさんの衣装も、ぜひぜひ私に」 「あ、あの、バリアジャケットは魔法で作るものだから」 「そうですのー」 知世は残念そうな声を出した。 「ああ、でも、私がイメージしたとおりのカタチになるから、デザインだけ教えてもらえ れ」 「まああっすてき」 なのはは最後まで言葉が継げなかった。 このあたりで人に見られずに魔法を使おうと思ったら、大道寺家の庭がいちばん広い。 衣装換えをした桜を真似て、なのはもおそろいの魔法少女装束に衣替えした。 「じゃあ、いくね。花の精なるカードよ、彩と香りにて、まれびとをもてなせ」 桜はフラワーのカードを呼び出した。フラワーは一陣の花びらをなのはの周りに舞わせ ると、それをプードルの形にまとめた。花びらでできたプードルはなのはにじゃれ付き、 吠え立てた。 「あはは、あははは」 なのはは逃げ回っては喜んだ。 「今度はなのはちゃん、なにかやって見せてよ」 「はい、ラウンドシールド、つづいてアクセルシューター」 「round shield, accel shooter」 なのはの足元に複雑な魔法陣が描き出された。レイジングハートを起動させないまま指 で誘導弾を撃つ動作は、すでに闇の書事件が始まる前からできるようになっている。魔法 の誘導弾アクセルシューターが、なのはの指先にピンク色の光球として形成された。左手 の先には小さな円形の魔法陣が盾として形成されている。 なのははアクセルシューターのコントロールに念を集中した。 左手の魔方陣、ラウンドシールドを空中に放り投げると、かん、かんとアクセルシュー ターを下から当てて、それを空中にとどめ続けた。10 回もそれを続けたとき、なのはは 叫んだ。 「レイジングハート、デバイスモード」 「device mode」 レイジングハートは宝石から魔法の杖に変じた。その先端を突き出したなのはは、ラウ ンドシールドの中心を杖でふわりと受け止めて、すぐ天に突き返した。くるくる回って落 ちてくるラウンドシールドを左手に戻したなのはは、それを消すと桜たちにお辞儀をした。 「ほえ~」 桜はあんぐりと感嘆した。 「あたしをなんで師匠にするの。こんなにすごいのに」 「あたしには、戦闘魔法しかないんです。もっとリリカルな魔法を覚えたくて」 「そう言われても、普通の人に力を分けてあげることなんか」 困る桜に、なのはは目を輝かせた。 「なんだか、普通の人って言われたの、久しぶり」 「いや、そういう問題じゃなくて。でももう、日も傾いてきちゃった」 「ああ、幸せな時間は、たつのが早いなあ」 嘆くなのはに、知世が尋ねた。 「なのはちゃん、今夜のご予定は」 「えーと、うちに帰って…」 「私のうちに、泊まって行きません? 魔法のお話とか聞きたいし、衣装のデザインを語り 合いたいし」 「い、いいんですか」 「はい、今夜は寝かせませんわ~」 目を点にする桜に、知世は追い打ちをかけた。 「これで本格的な怪獣映画が撮れそうですわね~」 「ところで知世ちゃん、きょうはわたしの家、何しに来たの」 知世はにっこり笑った。 「用事なんかありませんわ。退屈していたので、なにか撮らせてもらおうと思っただけ ですの」 アンペリヤル号は地球への旅路をひた走っている。 「今度のことが終わったら、もうあたしをリトルマスターって呼ぶの、やめてくれるかな」 チヨ・ハンバーは、デバイスのドリーミングモルフォに語りかけた。スタンバイフォー ムのドリーミングモルフォは、青い蝶の髪飾りである。 若くして殉職した叔母を、チヨは写真で見たことがあるだけだった。その持ち物だった デバイスを引き継いだのは、執務官任官のとき。ハンバー家の工夫による、捜査用の少し 珍しい魔法がプログラムされたデバイスを引き継ぐことは、ハンバー家では普通だった。 ドリーミングモルフォが自分にリトルをつけるのは、叔母と引き比べているのに違いなく、 そのことがチヨには気に入らない。 「I don't like your plot, little master(今度の計画、気に入りません)」 「私だって、気に入ってるわけじゃない」 チヨは一族から見ると、それほど傑出した管理局員ではなかった。たったひとつチヨが 他人に誇れるのは、砲撃魔法の強力さ。執務官試験に合格したころは、「一撃ちで七隻の チヨ」と呼ばれて、将来を嘱望されていた。 しかしチヨはそこで伸び悩んでしまった。 最近話題になるのは、地球から新たに管理局に加わった少女、高町なのは。いつか一撃 で星を割るだろう、一個艦隊と模擬戦をやらせてみたい、と話題に上っているのを聞くた びに、チヨは自分の存在意義が薄れていくのを感じていた。一族の関心も弟や従姉妹たち に移ってしまっているようだ。チヨは技を磨くという名目で閑職に回され、そのあいだに 同世代のものたちが赫々たる成果を上げているのを、無言で見ているしかなかった。 「Beware of them. They keep some secret. I know it(奴らに気を許さないで。何か隠 してます。わかるんです)」 「お前から見れば、奴らは新入りだな」 チヨははぐらかした。 10 年前、一族のものが担当した事件で、邪悪な実験で生まれた生き物が何人か、一族 の私的な保護を求めてきた。ハンバー家はそれを受け、彼らを使い魔のように私的に使役 してきた。今回のなのは暗殺計画も、彼らが提案してきたものだった。こっそりと、チヨ にだけ。 チヨがアンペリヤル号を使いたいといったとき、一族が理由も聞かずにそれを許したの は、たぶん哀れみからだったろう。決して第一線艦艇の艦長に就くことができないチヨの、 空しい憂さ晴らし。そう受け取られたのだ。 「チヨさま、何かお飲み物でもお持ちしましょうか」 ドライジンが尋ねた。50 がらみの小男。エタニティ計画の落とし子で、ハンバー家の 保護を受ける生き残りは 3 人。ドライジンはそのリーダー格だった。 エタニティ計画は、不老不死の人間をつくる、幾度となく繰り返された試みのひとつだっ た。小奇麗ないでたちだが、IM-1 ドライジンは吸血鬼である。他者の生命エネルギーを 直接吸収するコンセプトだったが、奪うエネルギーのうち自分のものに出来るのはほんの わずかで、延命効果などなかった。 「いや…いい」 チヨはデバイスを髪につけ直すと答えた。ドライジンは恭しく引き下がった。 「はやてちゃんはまだ仕事? それは残念ね」 時空管理局本局からの定期便がやってくる異星の港。地球から一番近いこの港まで、リ ンディはユーノを迎えに来ていた。そしていま、はやてと守護騎士たちが休暇を取れない ことを、フェイトから携帯電話で聞いたところだった。 フェイトは我が娘を失った魔導師が作り出した、娘のクローンである。人間扱いされな い境遇の中でその表情は硬かったが、それもずいぶん昔のこと。リンディの養子となり、 なのは、はやてと小学校、中学校時代を共に過ごして、失われた時を取り戻しつつある。 白兵戦の名手だが、法務と捜査を主任務とする執務官の道に進んだ。 「ユーノくんの都合がついてよかった」 リンディは愛想よくユーノに声をかけた。ユーノはいつものように、はにかみ笑いをし た。 リンディとフェイトは地球に住み、リンディも個人転送と定期便を組み合わせて地球か ら本局に通勤している。リンディはきょうは本局を休んで、ユーノやフェイトと地球で有 給休暇を過ごすことにした。グレアム提督からリンディへの私信で、友枝町での不審な魔 力使用が報告されたからである。正式に管理局部隊を動かせるほどの話ではなかった。 「さあ、食べるわよ」 リンディのバッグには、和菓子店紹介記事の切抜きが一束詰まっていた。 「おはよー」 桜は眠そうな声を出した。結局誘われるままに桜も大道寺邸にお泊りして、突発パジャ マパーティになってしまった。 「おはようございます」 なのはの声にはほとんど眠そうな様子がない。 「なのはちゃん、さすが」 「さすがに、小さいころから他人の飯食うとるだけのことはあるな」 ケルベロスが引き取った。 「あの、きのう寝てから考えたんだけど、チェンジのカードを使って入れ替わるのはどう かな」 「そらええな。カードは桜の言うことしか聞かんし、って中身変わってても納得してくれ るやろか」 「聞いてみよう」 桜はポシェットからさくらカードを取り出すと、空中に並べた。 「いまからこの子とチェンジで入れ替わるから、言うことを聞いてあげてくれる」 桜が尋ねると、カードがそれぞれゆらゆらと揺れた。 「まあ、最低限のことだけはやったろか、という空気やな。事件が起きたわけでもないし、 遊ぶくらいは遊んでくれると思うで」 ケルベロスがカードたちのざわめきを聞き取って言った。 「レイジングハートはどう」 「It's up to you, master(あなた次第です、マスター)」 「こっちも気乗り薄な感じだなあ。でも、楽しそうだよね。あ、でも、やっぱりリンディ 提督にだけは相談してみないと」 なのはは携帯を取り出した。 「もしもし、なのはです。えーっ。みんなこっちに来てる?!」 「さくらが命じる。しばしのあいだ、さくらとなのはを入れ替えよ。チェンジ」 リンディたちは、封印の杖が忙しく動くのを珍しそうに見ていた。 「じゃあ、いくよ、なのはちゃん」 「うん、桜ちゃん」 ふたりは同時に、チェンジのカードに触れた。 傍目には、何も起こったように見えなかった。 「レイジングハートさん、デバイスモードお願いします」 「Yes, deputy master(はい、ご主人代行)」 応じて伸びたレイジングハートを、なのはに見える少女がくるくる回転させ、背中でロー ルして見せたので、やっとみんなが入れ替わりを実感した。桜はバトントワリングが得意 なのだ。これからチェンジが解けるまで、ふたりの少女は中身の名前で呼ぶことにしよう。 「それじゃ、きょう 1 日、なのはちゃんをよろしくね」 「はい、桜ちゃん、楽しんできてくださいね」 リンディと知世が挨拶を交わし合って、それぞれの友人たちとともになのはと桜は分か れた。なのはは大道寺邸でカードと遊び、桜はリンディに付き合って京都で和菓子を買い 込んだ後、伊豆諸島にある無人島で射撃遊びをすることになっていた。 かん。かん。かかんかんかん。砂浜でピンク色と黄色のエネルギー弾がめまぐるしく小 石を飛ばしあう。 「あー、ゴールだぁ。これで 3-0 だぁ」 桜がはしゃいで言った。桜のエネルギー弾がはじいた小石が、砂浜に描いたフェイトの ゴールを通過したのだ。ふたりはエネルギー弾で小石を飛ばすサッカーをしていた。 「すごいよ。初めてアクセルシューターを触ったのに、11 個いっぺんにコントロールす るなんて」 「運動だけは得意なの」 「こういう制御は、得意じゃないのよ」 フェイトは正直に言った。フェイトのエネルギー弾は直線的な動きばかりで、ジグザグ に動いたり曲がったりする桜のエネルギー弾たちに押されていた。 「ふたりとも、休憩しませんか」 ユーノが木陰から呼びに来た。サングラスをかけたリンディが、和菓子の空箱の脇でく つろいでいる。 「桜ちゃん、冷やし飴に砂糖はいくつ」 「あ、ブラックで」 リンディから甘い冷やし飴を受け取ったなのはに、ユーノが話しかけた。 「桜さん、なのはと代わってくれて、ありがとうございます」 「あ、いえ、とっても新鮮です」 「なのはをこの世界に引きずり込んだの、僕なんですよ。なんだか、普通の暮らしを取り 上げちゃったような気がしてて」 さくらカードと過ごす一日も普通とはいえないと桜は思ったが、口には出さなかった。 「あたしも、ある日突然魔法使いだって言われたの。でも、いろんな人に会えて、今は幸 せ」 「なのはが危ない仕事をしてるのに、僕はいつの間にかデスクワークって言うか、バック ヤードって言うか、裏方になっちゃって、なんだか悪くて」 桜はすこし横を向いて、独り言を大きな声で言い始めた。 「入れ替わってる間に、なのはちゃんに黙って、いいひと作っちゃおうかなあ」 「えっ。そんな、あの、その」 「ユーノくんの世界ではそういうの、なんと呼ぶか知らないけど」 桜はほがらかに笑った。 「日本じゃ、語るに落ちるって言うのよ」 「あ…まいったなあ」 「気にしてるんだ。なのはちゃんを自分の世界に誘ったこと」 ユーノは黙った。 「考えてみると、あたしの人生もクロウさんって人に、ずいぶん決められちゃったの。で もね」 桜は笑った。 「それが普通なんじゃないかな。自分の人生を自分だけで決めてる人なんて、いないよ」 「そうか。ユーノは、なのはが」 「わわわわわっ」 フェイトが後ろから声をかけたので、ユーノがあわてた。 「ごめん。5 年一緒にいて、ぜんぜん気づかなかった」 フェイトは淡々と謝ったので、ユーノのほうがどう答えていいかわからなくなった。 「えーと、その、いいよ。影薄いし。幸薄いし」 「フェイトちゃんは、好きな人、いるの」 桜が苦笑しながら話題をそらした。 「あたしは…ダメだな。やっと、人間だって気がしてきたところだから」 「あたしの周りって、最近分かってきたけど、あらゆる愛の形があるの。男同士とか、先 生と生徒とか、片方が人間じゃないとか」 「苦労してるね」 「いえ、それほどでも」 桜は冷やし飴をすすった。リンディの脇にある冷やし飴のビンには、「特選超甘タイプ」 と書いてある。 「だから、フェイトちゃんの好きの形が、必ずあるよ」 「そう…かな。でも子供は欲しい」 「ほえ~」 桜は目を点にし、ユーノは「私は石ころです」という顔をした。 「リンディ母さんがくれたものを、誰かに渡したい」 「あ…ああああ、そういうことね」 桜は愛想笑いをしたが、フェイトは邪推されたことすら気づかないようだった。 「今度は何して遊ぼうか。いっぺんにたくさん操るの大変だから、魚雷戦ゲームでもやろ うか」 「なにそれ」 「石を飛ばしてお船を倒すの。教えてあげるね。ユーノくんもやらない?」 「えーと、ぼくはそういうの苦手だから。結界魔導師だし」 「じゃあ、ラウンドシールドでフリスビーやろうよ」 その様子をそっと見ていたリンディが、新しい和菓子の箱を開けながら、さりげなくエ リアサーチをかけた。何も起こっていない。今のところは。 ウッド、ソング、フラワー、スイートとなのはは、知世のピアノ伴奏でくるくる踊って いた。木の枝と花がバックダンサーのように周囲を飛び跳ねている。 「ごめんね、私一番リズムが合ってないね」 「誰も気にしてませんわ」 なのはに知世はにこやかに応じた。もちろん固定カメラが回っている。 「戦闘ばかりしてるのに、運動はだめなのよ」 スイートが 3 色のねじり飴を手品のように手の中からひねり出すと、なのはに差し出し た。スイートの体のサイズが小さいので、飴も 10 センチくらいしかない。 「あっ、ありがとう」 なのはは飴を受け取った。 「えらい気に入られとるな。あんまりこういうこと、する子やないねんで」 自分も飴をなめながらケルベロスは言った。 「いつもは戦うお仕事が多いから、そんな魔法ばっかり。変身とかもできるんだけど、な んていうか、こっちの世界の変装と同じだから」 「もひとつ夢がないな。まあ、桜の生活も、きついことがけっこうあった」 ケルベロスは腕を組んで回想にふけった。 「さくらちゃんの心を傷つけるカードも、いっぱいありましたわ」 「そういう知世も、声を取られたりしとったやないか」 「私にはいつも、桜ちゃんとカメラがありましたから」 「ああ、さよか」 ケルベロスは軽く受け流した。 「なのはちゃん、ミッドチルダの歌を何かご存知ありませんの」 「あっちは仕事で行くだけだから、はやっている歌とか、正直わからないんだけど、この あいだ研修で教わった歌ならあるよ。ちょっと殺風景だけど」 なのはは、座ったまま体を揺らして歌い始めた。 [時空管理局武装隊の歌] 輝くシールド はじけるビーム 泥にまみれて 夜討ち朝駆け 歴史の底なし沼から浮かんだ ロストロギアを 闇へと押し戻せ 起床! 神速! 団結! 勝利! 集合! 参上! 献身! 凱旋! 命令が下された 守るものある限り 我らは心ひとつ おつかれ乾杯! 子供が育って 尋ねられたら 武装隊稼業を 何と教えよう 危険で汚い 最悪の仕事 誰もやらぬで 俺たちがやる 「兵隊歌っていうのかな。もともとは地球から持ち込んだ、乾杯の歌なんだって」 「なのはちゃん、兵隊さんになるんですか」 知世が何気なく尋ねた。 「うん、どっちかというと、警官かな。区別がよくわかんないけど」 「大変な世界ですね」 「どうなんだろう。案外、この世界も危ないことだらけなのかもしれないよ。私たちが知 らないだけで」 「今日は、くつろいでいってくださいね。あら、猫」 知世は、窓からのぞいていた猫の影を探してピアノ室から外に出たが、猫はもういなかっ た。 「どこの猫かしら」 知世がドアを閉めると、猫は物陰から二本足で立ち上がり、グレアムに念話を送り始め た。 「今のところ何も起こっていないようです、父さま」 すでに成層圏に入り、地球の縁は青くぼんやりと彩られている。 「何が面白くて、私たちが宇宙空間まで出てこなきゃいけないんですか」 スピネル・サンは、エリオルにぶつぶつ言った。エリオルはアンペリヤル号を探る役目 を引き受け、空気の泡のような空間を宇宙船代わりにして接近を試みている。 「我々には彼らの法律は通用しない。桜さんは私たちの気配を知りすぎている。合理的な 分担だと思うよ」 エリオルたちは、桜となのはが入れ替わっていることをまだ知らない。 アンペリヤル号は巡行艦アースラより少し小さい程度で、長距離航行可能なぎりぎりの サイズである。エリオルは艦内の様子を探った。 「中にいるのは、ひとりですね、どうやら」 「お邪魔してみるか」 エリオルは船体に手を当てると、めり込むように体を宇宙船の中へ移した。しもべたち も後に続いた。 「何者だ」 若い女の声が艦内に響いた。カスタムのバトルスーツは、所属を隠してしまう。もっと もエリオルが管理局の制服を見たところで、それが管理局のものとはわからないのだが。 「地球の住人、柊沢エリオルと申します。ちと、お尋ねしたく存じます」 エリオルはうやうやしく挨拶した。 「失せろ、地球人め」 女は名乗ろうとすらしない。何の会話も始まらないうちに、艦宛に通信が入った。 モニターには、またエリオルの見知らぬ女性、というより少女の姿があった。 「おじゃまします。管理局特別捜査官、八神はやてです」 はやては、身分証らしきものを示した。艦内の女性は口を結んだまま何も言わない。 「特別捜査官の職権で、官姓名をお尋ねします」 「本局教育部付、二等空尉兼執務官、チヨ・ハンバー」 「ハンバー二等空尉、職権によりアンペリヤル号を捜索します」 「私有船を令状なしで捜索することは認められない」 「アンペリヤル号は管理局嘱託船です。緊急避難と認められない状況で、管理局に属さな い原住生物を許可なく乗船させている現状を認め、捜索と事情聴取を要求します。拒否す れば強制捜査に切り替えます」 原住生物? 私か。原因は私なのか。エリオルは戸惑った。しぶしぶ開かれたエアロック から数名の管理局員と、服装の個性的な 4 人、そして八神はやてが乗り込んできた。どう もエアロックの向こうにドッキングしているのは、小さなシャトルらしい。はやてはエリ オルに近づくと、小声で言った。 「どなたか存じませんが、助かりました。ここに入る口実を探してたんです」 「政治的に難しい船だそうですね。グレアム提督から伺いました」 はやての表情が厳しく一変した。 「グレアム提督を、知ってはるんですか」 「昨日からね」 ブリッジの外、機関区画あたりから大きな音がした。警報が響く。はやてがチヨをにら んだ。 「あんた」 「事故でしょ。私は何もしてないもの」 「思念スイッチやな」 チヨはふふんと笑って、言った。 「脱出します。まさか止めないよね」 「みんな、行くで。よかったら皆さんも」 「許可なしに乗って、まずくないんですか」 エリオルは小声で聞いた。 「いやあ、ただの張り込み用シャトルで、嘱託契約も結んでないんです。外宇宙用の艦は 慢性的に足らんよって、近くの港からシャトルを片道転送しました」 はやては笑った。シャトルを使い捨てにしてもよいだけの裏予算が、この子を「政治的 に難しい船」に突撃させる、上のほうの誰かから出ているのだろう。 「地球で何が起きとるのか、聞かせてくれますか」 はやては言った。シャトルは間もなく発進する。尋ねるまでもなく、行く先は地球以外 になかった。 「よーし。次はうーんと遠くへ行くよー」 桜のラウンドシールドを使ったフリスビー遊びが続いている。桜の手から、ラウンドシー ルドが放たれた。それはゆるやかな放物線を描き、そして空中で静止した。 「えっ」 桜の虚を衝くように、ラウンドシールドは逆に桜めがけてまっすぐに飛んできた。桜の 足元に大きな八重桜が描かれ、そこから花びらがふつふつと飛び出してはラウンドシール ドにぶつかった。ぱりん、とラウンドシールドは割れて消滅した。 「桜ちゃん!」 フェイトが叫びながらバルディッシュを空中に放り投げた。アサルトフォームに変じた それをフェイトがつかむと、気配を頼りにプラズマランサーを放つ。 「桜だと、別人と入れ替わっておるのか。ふむ。ぬかったわ。まあよい」 ドライジンがその姿を海上にぼんやりと現したが、それはオトリだった。すぐに、フェ イトたちの背後から悲鳴に続く爆発音が聞こえた。 「きゃあああぁぁぁっ」 どくろのように黒くくぼんだ目。毛のない頭。あばらの浮き出た上半身。ベロモの姿は あまりラブリーとは言えない。寄生を繰り返し長寿命を実現する生物として作られた IM4 ベロモは、憑依を狙って背後からリンディに近づいたが、驚いたリンディが零距離で指 から撃ったエネルギー弾をまともに食らってしまった。 桜やフェイトが二人の攻撃者に注意を分散させたとき、第三の攻撃が桜を見舞った。重 さ数キロの岩が、猛スピードで飛来する。 「あぶないっ」 ユーノが声をかけながらラウンドシールドを展開し、岩と桜の間に割って入った。シー ルドは破られなかったが、岩の持つ運動エネルギーでユーノは吹き飛ばされ、地面に叩き つけられた。気絶してフェレットモードになったユーノをテレキネシスで持ち上げたのは、 IM-9 ダルマン。全身が緑色で顔は肩から直接生えており、首がない。トンボの 4 枚羽の ようなものが背中から生えているが、よく見るとそれは葉である。ダルマンはミドリムシ のように、植物として光合成で栄養補助ができる生物だった。 ダルマンはユーノを手にすると、ドライジンに向かってつぶやくような口調で言った。 「ねむいよ、ドライジン。とてもねむい」 「エネルギーが切れたか。ここは人質に満足して引き上げだ」 「逃がさないっ」 飛ぼうとしたフェイトの背後にベロモが迫った。くるりと振り返ったフェイトはベロモ と目を合わせ、反射的に零距離ブレイカーを放った。 「来るなぁ!」 吹き飛ばされたベロモはそのまま逃げ出す。距離をとったドライジンとダルマンは、ダ ルマンが眠りこける前の最後の力でテレポートした。 「なのはちゃんたちを呼ぶわ。フェイト、追尾できてる?」 「遠くには飛んでいません」 「こうなれば、管理局も動かせるわね」 「もう、動いてるようですよ」 フェイトが指すほうをリンディが見ると、はやてと守護騎士たち、捜査官らしい管理局 員たち、そして見慣れない三人組が空から近づいていた。 「これで大事件になる。準備も整ったところだしな」 ドライジンは通信のコールを受けて、独り言を中断した。ベロモも合流して、向かう先 はさらに南の無人島。 「はい、これはチヨさま。アンペリヤル号が? それはそれはようなさいました。こちらへ? もちろんでございます。誘導波を出しますのでおいでください」 「ユーノくんが、捕まった?」 グレアムたちはすでに出発していた。携帯電話を下ろしたなのはは呆然と立ち尽くして いた。ミッドチルダの人間が加わった事件なのは間違いなさそうだ。そしてなのはの周囲 にいるのは、桜のカードと友人たち。 「なのはちゃん、それ自体ちょっと力を使うんやけど」 見かねたケルベロスが言った。ケルベロスはすでに、知世を乗せるために本来の姿、翼 を持った虎の形態になっている。 「ライトとダークを呼んでくれるか。カード労働組合の委員長みたいなもんや」 「う、うん」 ごそごそとポシェットのカードを探して、ライトとダークを取り出したなのはは、目を 閉じてそれらに念じた。涙の筋が頬を伝った。 「捕まった方、なのはちゃんの大切な方ですの?」 知世がなのはの顔を覗き込んだ。なのははそのまま泣き出してしまったが、ライトとダー クは勝手にカードから出てきて、なのはに向き合った。 「仮の主、元気をお出しなさい。桜ちゃんもそこにいるのでしょう」 「世界のためといわれたら、私たちは戦わないかもしれない。でもね、なのはちゃん」 ライトとダークはなのはに微笑みかけた。 「好きと言う気持ちのためだけに、桜ちゃんと私たちは、何度も戦ってきたのですよ」 「なのはちゃん。大好きという気持ちを持って。それが魔法少女の力なのよ」 なのははうつむいたまま、首を縦に振った。ポシェットから、カードが 1 枚飛び出した。 ライトが紹介する。 「ループのカードです。このカードを呼んで、近道をしましょう」 なのははごしごしと涙を拭いた。 「そうよね。私は行かなきゃ」 ライトが言った。 「行きましょう、なのはちゃん。大好きの気持ちのままに」 なのははうなずいて、封印の杖をループの上にかざした。 「おかしいわね。これだけの事件を起こすロストロギア、まったく指定がないなんて」 スピネル・サンの背中に便乗して携帯端末を広げたリンディの、突風のようにキーボー ドを駆け抜けていた指が止まった。 「意図的な消去? 管理局のデータベースから?」 ありえないことではなかった。今回の事件は底なしだ。リンディは思わず目を閉じた。 その島は、潅木の森に覆われていた。木々は高くはないが、空から身を隠すには困らな い。 「まずは様子を探らんとな。リイン、エリアサーチかけるで」 「はいっ、マイスターはやて」 はやての杖から、リインフォース・ツヴァイが飛び出してきた。 「端末さん、端末さん、様子を聞かせて、端末さん」 リインの呼びかけを媒介として、はやては無数の索敵端末を島に放った。 島のどこで端末がコンタクトを失うか。そこに敵がいる。神経を研ぎ澄ますはやて。 砲撃魔法! 経験の浅い敵が位置を暴露した。狙いは、なのはの姿をした桜。桜は難なくラウンドシー ルドで防ぐ。 「シグナム、任せた」 任務を受けて出動してきたはやてたちがいるので、リンディもフェイトも協力者として はやての指揮下に入る。まだ端末からの報告を受け続けているはやては、砲撃者への対応 を守護騎士のリーダー、シグナムに任せた。 「ヴィータ、それから…桜さん」 最も元気の良い、白兵戦主体の守護騎士ヴィータ。なのはの体に慣れていない桜を投入 するにはためらいもあるが、敵がなのはを狙っている以上、上空に置いても撃たれる危険 が高い。シグナムは桜を連れて降りることにした。 「白兵戦できるのかよ」 ヴィータが無遠慮に尋ねた。 「あたしだって、ソードにシールドに、ファイトとだって戦ったんだから」 「わけわかんね」 ヴィータの逆切れにはかまわず、桜は尋ねた。 「レイジングハートさん、剣の形になれる?」 「Imagine it, deputy master (イメージしてください、ご主人代理)」 桜は、使い慣れたソードの形をイメージして伝えた。 「レイジングハートさん、ソードモード」 「Long Sword」 レイジングハートは、両刃の片手剣となった。左手にはラウンドシールドが明滅してい る。シグナムはふっと笑って、前に注意を集中した。案外やれそうだ。 攻撃が来た。誘導弾だ。シグナムはヴィータのシュワルベフリーゲンで迎撃させようと したが、桜の反応が速かった。腕の一振りで 11 個のエネルギー誘導弾を空に並べた桜は、 短く指示した。 「Set, Hap, Ha!」 誘導弾は敵の誘導弾に向かって飛んでいった。アメフトのタックルをイメージしたのだ。 レイジングハートがほめた。 「You are quick to imagine, deputy master(イメージするのが速いですね)」 「ありがと」 誘導弾を出し遅れたヴィータが不機嫌な顔になって、出してしまったシュワルベフリー ゲンをでたらめに潅木群に叩き込んだ。 「ちったぁおとなしく護衛されろ。あたしたちの仕事がなくなるだろうが」 「ここはあたしの星なの」 ふたりは空中でにらみ合った。ヴィータの背後には釣りあがった目ののろいうさぎ、桜の 背後には怖い目のモコナが浮かんだ。 「いいかげんにしないか」 シグナムは叱り付けた。もう潅木群が目の前に見えるほどの低空だ。 「憑依してくる奴に気をつけろ」 シグナムが言い終わらないうちに、ヴィータにベロモが後ろから抱きついた。しかし擬 似人格には憑依のしようがない。戸惑っているうちに、ヴィータがベロモを振りほどいた。 「くぉの、ドスケベロギアああぁぁ」 「Himmlische Bestrafung(ヒムリッシェ ベシュトラフンク、 天の罰)」 ハンマーフォルムになったヴィータのデバイス、グラーフアイゼンがベロモに天誅を加 えた。木が 1 本倒れたが、ベロモはダルマンのテレポートでハンマーを逃れた。 「気ぃつけや。空間がゆがんどる。なんか来るで」 はやてからの念話がシグナムたちに届いた。地上にほど近い空の一部が四角く切り取ら れ、そこから何かが出てくる。ヴィータはハンマーを振り上げて待ち構えた。 「ヴィータちゃん?!」 「な、なななんだその格好は。なのは、なんて格好してんだよ」 「あんまり変わらないような気もするけど」 ループのつないだワープホールから出てきたなのはは、互いの格好を見比べた。 「まああっ。かわいいうさぎさんっ」 ケルベロスに乗ってきた知世は、ヴィータの帽子についているのろいうさぎをほめた。 「おっ、そ、そうか。わかる奴にはわかるんだな」 ヴィータはコロッと機嫌を直した。 「ヴィータちゃん、フリルは後で増やしてあげるさかい」 「いらねえよっ」 「熱源の位置がわかった。いま場所を送るな」 はやてから、いや実際にはリインなのだろうが、地形のイメージと熱源の位置が頭の中 に直接送られてきた。あからさますぎる、とシグナムの心には疑問が浮かんだが、今はこ の熱源、おそらくは人間をつついてみるしかなかった。 「なのはちゃん、ソードとシールドを呼び出して」 「え、うん。木之本桜の名において、高町なのはが願う。地には安らぎ、天にはさえずり、 右手に剣を、左手に盾を。ソード、シールド」 2 枚のカードが舞い、なのはは剣と盾を得た。 「ごめんね、大砲とか鉄砲とかのカードはないの」 「ないのが普通だと思う」 なのはは桜に答えると、熱源に迫って行った。 黒い背広でサングラスの男が、そこにいた。両腕から誘導弾を放って抵抗して来る。一 言も発しないのは、念話で誰かに救いを求めているのであろうが… 「後ろめたさがあると、ああいうことになるんかなあ。サングラスなんかかけたら変身魔 法ですと言うてるようなもんや」 「そ、そうですねえ。サングラスはちょっとねえ。ベタベタですよねえ」 シャマルが弱弱しくはやてに答えた。 「行くよ、桜ちゃん」 「合わせる、なのはちゃん」 ふたりは同時に剣を振り上げ、男にダッシュした。 「ダブル・リリカル・ブレード!」 攻撃を受け止めた両手のラウンドシールドが相次いで割れ、敵は後ろに吹き飛ばされた。 変身も解ける。 「チヨ・ハンバーやな。おとなしゅうバインドを頂戴せえ」 はやてがドスの利いた声を出した。フェイトが冷静に評した。 「はやてちゃん、芸風が変わったね」 「ほっといてんか」 脊髄反射で応じながら、はやての心にも疑問が浮かんでいた。下っ端戦闘員はテレポー トで助けるのに、主犯を見殺しにするのはおかしい。わざと姿をさらさせたとしか思えな い。 潅木の陰から、男の姿が現れた。気づいたチヨが、はやてのほうを向きながら声をかけ た。 「我が事、終わった。降伏しよう」 「それは違います、チヨさま。我々の目的は」 「我々だと。だれに向かって物を言っている」 「世間知らずの小娘にだよ」 チヨが振り向いてみると、うやうやしいドライジンはそこにはいなかった。目をぎら ぎらさせて笑う、見たことのない男がそこにいた。 「我々の目的は、安定した地球の環境で IM-17 の培養を加速すること」 「IM シリーズは IM-9 で終わりのはずだ」 「ハンバー家が管理局データベースから消去したデータは、IM-9 までなのさ。その意味 がわかるね、小娘」 「だましたな」 チヨがデバイスをドライジンに向けたが、ドライジンのバインドが速かった。 「紹介しよう。エタニティ計画最後の作品、IM-17、ガタクリィだ」 ドライジンとダルマンに続いて、潅木の陰から出てきたそれは、広い意味で人型の体と、 あまり知性的とは言えない目を持っていた。全身を覆う緑がかった灰色の体毛は類人猿よ り薄く、人間よりは濃い。力なくきょろきょろと視線を動かしていたガタクリィの背中が 唐突に割れ、中から小ぶりなガタクリィが現れた。 「肉体の老化を上回る速度で単性生殖出来れば、同じ個体を永遠に生かしておくことが出 来る。アイデアは良かったが、問題はね。増えすぎるのさ」 ドライジンが話す間に、2 体目のガタクリィはすでに 1 体目と同じ大きさに成長してい たし、1 体目の背中に再び切れ目が出来始めていた。 「1 体目を生殖可能な状態に持っていくのに時間がかかってねえ。怪しまれずに地球のよ うな星へ行く方法もなかったものだから、今までチャンスがなかった」 ドライジンは愉快そうに言った。チヨがののしった。 「だがこれでは、お前たちも生きてはいけないだろう」 「ああ、管理局は地球ごとガタクリィを処理しなければいけなくなる。管理局の権威は地 に落ちるだろうね。それがわれらを家畜同然に扱った、お前たちへの復讐さ」 ドライジンはチヨを指差した。彼らにとって、なのはたちは一連の出来事への証人であ り、ダルマンのテレポートで正体露見は絶対に防げるというドライジンの口車に乗せられ て、チヨは攻撃に参加してしまったのだ。 チヨは右手から左腕すれすれに誘導弾を飛ばし、強引にバインドを焼き切った。火傷に かまわずチヨが呼ばわる。 「ドリーミングモルフォ、セイバーフォーム」 チヨが立ち上がり、斬撃しようと踏み込んだところを、ダルマンがテレキネシスで持ち 上げた。ゆっくりとチヨはガタクリィたちのあいだに運ばれた。チヨを 2 体のガタクリィ が腹で挟み込むと、腹の皮が伸びて融合し、チヨを包み込んだ。 「!!」 チヨの叫びはもはや言葉にならなかった。すぐにガタクリィは離れたが、片方の腹が異 様に突き出していた。そのガタクリィは、無造作に青い蝶の髪飾りを吐き出した。チヨの デバイス、ドリーミングモルフォだ。 「なんてことを…」 リンディはしばし目を閉じて祈ると、声を励ました。 「戦闘地域に結界を張らないと」 「お手伝いします」 リンディが振り返ると、エリオルが潅木にもたれていた。 「でも、術式が」 「合わせますよ」 ためらうリンディに、エリオルは無造作に答えると、右手の指を鳴らした。人差し指に はめた指輪が、ふわりと浮き上がる。 「始めようか、ウィッキーチェリー」 呼ばれて変じたデバイスフォームは、剣にあらず、槌にあらず。なんとそれは桜の小枝 だった。 「Waitin' your order, mylord (なんなりとお申し付けを、旦那様)」 「強装結界(複数の術者が協力する結界)に参加する。ミッドチルダ式魔法陣展開」 「Yes, mylord」 ウィッキーチェリーを軽く振ると、エリオルの足元に魔法陣が現れた。七重の同心円を 六つの小円が取り巻き、小円をふたつの正三角形が結んで六芒星を成している。 「おまえたちも、要になってくれるか」 スピネル・サンとルビー・ムーンの足元にも五重魔法陣が描かれた。リンディは主客転 倒した力の差にため息をつきながら、結界へのパワーバランスを調整する作業に入った。 「ふふふ。我らが策もなく姿を現したと? 見るがいい」 ドライジンが突き出した手には、ぐったりとしたフェレットが握られていた。 「ユーノくん!」 「ふふふ。引いてもらおうか。管理局の犬ども」 「このままじゃ、だめ…」 なのはは力なくつぶやいた。このまま時間を与えれば、ガタクリィが際限もなく増殖し てしまう。だがユーノを助けようとすれば、ダルマンが自分たちか、攻撃するなのはたち をテレポートしてしまう。 「仮の主、私がダルマンを引きつけます」 なのはにささやいたのは、闇をつかさどるカード、ダーク。レイジングハートも桜に指 示を促していた。 「call me 'accel shooter'. Control it to his arm(アクセルシューターを撃たせてく ださい。それをあの腕までコントロールして下されば)」 「わ、私が、この距離からあいつの腕を狙うの」 レイジングハートに促されて、桜はうろたえた。その桜の肩に、そっと置かれた手があっ た。 「コントロールは、うちがやる。シュベルトクロイツ、ラフェッターフォルム(三脚形態)」 はやてが手にした杖にそっと命じると、杖は複雑に折れ曲がって、レイジングハートを 固定する三脚架になった。立てひざをついたはやては、じっとドライジンの手元を見つめ た。 「チェンジのカードで、なのはちゃんに戻ってもらえば」 「あかん」 桜を止めるはやての口調はいつになく厳しかった。 「なのはちゃんには撃たせられへん。手元が狂うたら、うちが死んでから地獄に行ったら 済むことや。なのはちゃんでは…生き地獄や」 「我が主、擬似人格は地獄へ行きませんので、私が」 シグナムにはやては応じた。 「身内が撃っても同じことや。手、添えてくれるか」 シグナムがそっとはやての右手を包むと、はやての震えが伝わってきた。 桜は、突然耐え切れなくなったように、早口で言い出した。 「ユーノさんが守ってくれたのは、あたしなんです。あたしが誘導します」 「桜ちゃんやったな。うちは同い年やけど、仕事で来てるんや。訓練も一通り受けてるん や。ここは、うちに大人の仕事をやらせてくれるか」 はやての言葉にしぶしぶうなずいて、桜が静かに言った。 「レイジングハートさん、アクセルシューター」 「Yes, deputy master」 ダークが身を翻し、その体は一気に大きくなった。ドライジンが目をむいて威嚇したが、 変化はダルマンに生じた。 「眠い…眠いよ、ドライジン」 光合成を阻害されて、ダルマンの動きがまた鈍り始めたのだ。 「アクセルシューター、ブレイク」 「当てるでぇ」 はやてが思わず叫んだ。シグナムが暗い空をにらむ。ドライジンも事態を悟った。ドラ イジンの腕が闇雲に振り回される。 「わああああぁっ」 桜が泣き叫んだ。雷光が走ったのは、そのときである。結界にぽっかり穴が空くと、雷 光に続いて人影が入ってきた。 「雷帝招来、急々如律令!」 わずかに遅れて、声が届いた。 「小狼くん!」 小狼の雷がドライジンの腕を打ち据えてユーノを吹き飛ばし、アクセルシューターがそ れに続いた。猛速力で飛び込んだ小狼はユーノを空中でふんづかまえると、自分の鼻先に ユーノを持って行った。 「お互い、苦労するな」 返事も聞かず、小狼はユーノを放り投げた。放り投げられた先には、リーゼロッテがい た。 「わーお」 「きゅーきゅーきゅーきゅー」 てっきり食べられると思ったユーノは必死でもがいたが、リーゼロッテはなのは目がけ てまっすぐ飛んでいった。 「小狼くん、来てくれたの」 「桜が悲しそうだったからな。どこにいても、それはわかるさ」 「言ってくれるわね、まったく」 リーゼアリアが、桜と小狼に向かって肩をすくめた。エリオルが微笑むと、ウィッキー チェリーを振って、さっき結界に空けた穴を無造作にふさいだ。すでにダークは広がった 自らの姿を縮め、陽光が戻っている。 「ユーノくん」 「きゅーきゅーきゅーきゅー」 なのはに抱きしめられたユーノは、照れくさがってもがいた。 「アリア、ロッテ、久しぶりに突撃するぞ」 「わーお」 グレアムに声をかけられたリーゼロッテは歓声を上げると、金属甲冑姿へとバリアジャ ケットを変化させた。リーゼアリアは馬ほどの大きさの虎猫となっている。 「管理局の竜騎士、ギル・グレアムの押し出し、二度は見られぬと思え」 グレアムが左袖からカフスボタンをはずして投げ上げると、それはククリーナイフの形 を取った。右腕で握ったナイフを左肩前で祈るように構えると、グレアムは咆えた。 「ジャガーノート、カービンフォーム(騎兵銃形態)」 「Ai,master」 グレアムが水平に右腕を伸ばすと共に、彼のデバイス、ジャガーノートは短めの小銃へ と変化した。リーゼアリアにまたがったグレアムは、それを高く差し上げて叫んだ。 「ハイヤァ!」 リーゼロッテが展開するラウンドシールドの後ろを、リーゼアリアに乗ったグレアムが 疾駆する。右腕を飛ばされたドライジンだったが、くわっと眼光をグレアムに浴びせて、 叫んだ。 「人質はひとりではないぞ」 増殖を続けるガタクリィの隙間から、押し出されるようにチヨの姿が現れた。グレアム は短く言った。 「アリア、先を取れ」 歴戦の使い魔にはそれで通じる。リーゼアリアの尻尾がくるりと半周すると、バインド 魔法がドライジンたちにかかる、ように見えた。ダルマンのテレポートでさっと移動する ドライジンたち。 「アウェイ(行け)!」 グレアムの 5 連カービンから、5 発のエネルギー弾が放たれた。間髪を入れないテレポー トの連続使用は出来まい、と踏んだのだ。3 発はガタクリィの群体をえぐってチヨを空中 に放り上げ、1 発はダルマン、1 発はドライジンの体をちぎり取った。地面に叩きつけら れる激痛で意識を取り戻したチヨを、グレアムが抱え上げて飛び去った。 チヨを下ろすと、グレアムもひざをついた。バリアジャケットが消失し、ジャガーノー トはカフスに戻る。それを左の袖におぼつかない手つきで戻すと、グレアムはそのまま地 面に寝転がってしまった。息が荒い。 「父さま」 「疲れているだけ、今手当てを」 昔のようには行かない。リーゼたちが消耗しきったグレアムを介抱した。取り残され たチヨの傍らに、フェイトが降り立った。 「チヨさん、私もむかし、悪しき力の発動に手を貸したの」 「…フェイト・テスタロッサ」 「知ってるのね」 チヨは無言で消極的に肯定した。 「慰めは言わない。でも、いまあれを倒さなければ」 フェイトはガタクリィを指した。 「あなたの明日は来ない。管理局も、家のことも忘れなさい。あなたは戦える?」 フェイトは、チヨのデバイスを差し出した。青い蝶の髪飾り、ドリーミングモルフォ。 「私に、武器を?」 「私は本物の、敵の一味だった。あなたは局員でしょう」 フェイトの話し方は淡々としていた。 「あなたには、まだ選べることがある」 チヨはフェイトを見つめていたが、うなずいてドリーミングモルフォを取り上げた。心 を鎮めるように、チヨはそれを高く差し上げた。 「我が炎は消えず。我が心は折れず。我が罪は…消えず。なおしばし乞い願う、安寧を守 る力」 チヨの頬を、大粒の涙が伝った。 「ドリーミングモルフォ、セットアップ」 「Yes, master」 「チヨさん」 フェイトがいつものように、静かに声をかけた。 「死んじゃダメよ」 その様子をグレアムは薄目で見ながら、今はもういない部下の名を呼んだ。 「クライド…見ているか。たいしたもんじゃないか、君の娘は」 ガタクリィははやてと守護騎士たちの攻撃を受けながら、ゆっくりとその群体数を増 やしていた。2 匹倒す間に 3 体のガタクリィが増える。はやてが魔法陣を出し、なのはと タイミングを合わせて詠唱に入った。 「アーテム・デス・アイゼス」 「フリーズ!」 つかの間、ガタクリィたちが凍結していく。 だが、ぼこり、ぼこりと氷結した表面が盛り上がり、ガタクリィが活動を再開する。生 物が自然に放出する熱が、凍結を長続きさせないのだ。 「ドリーミングモルフォ、パラリティック・スケイル(麻痺鱗粉)」 「Yes, little Hamber」 しびれ粉のぼやけた帯を引きながら、チヨが飛ぶ。 「なぜシールドを張らない」 シグナムがうめいた。ザフィーラが歩み寄った。 「シールドを張っては肝心のしびれ粉が排出できない。これは捨て身だな。かばってやり たいが、こちらがしびれ粉を浴びてしまう」 まだ体の動くガタクリィが氷の破片をチヨに投げつける。全身を襲う破片にチヨはなす すべもないが、歯を食いしばって飛び続ける。 「バルディッシュ、リングバインド」 「Yes, sir」 フェイトのデバイス、バルディッシュから次々に放たれる光輪が氷つぶてを止め、跳ね 飛ばす。チヨに短く微笑んだフェイトは、並行して飛び続けた。地上を掃射しては、ます ます氷が解けてしまう。空中でつぶてをひとつずつ止めるしかない。 ひとり、またひとりとガタクリィの動きが止まり、やがて全体の動きが止まった。ふら ふらと着地したチヨにリーゼアリアが駆け寄る。 「The last battle of the old good Hambers has ended. You honored me, rookey(伝統 あるハンバー家最後の戦い、加われて光栄です、新兵さん)」 「さっき初めて、マスターと呼んでくれた」 「I lived long. Too long, rookey(私は長生きしすぎました)」 「私が、ハンバー家を終わらせてしまったのだな」 「You still have your future, master. Be happy (あなたにはまだ先があります。お幸 せに)」 チヨは気づいた。チヨは死刑にならないとしても、おそらく魔法を禁じられる。デバイ スは壊されるだろう。 チヨは泣いた。デバイスのために。たったひとりの戦友のために。 「よっしゃあ。タイミング合わせて、総攻撃や」 はやての勝ち誇った声は、しかし次の行動につながらなかった。すっかり動きを止めた ガタクリィたちの上に現れた、ひとつの影、ベロモ。 「ミ~スルト~ウ」 ベロモが寄生した相手は、ガタクリィの群体、その全体。 地面が盛り上がる。偽りの骨、偽りの肉が形作られる。先ほどまでガタクリィであった ものは、巨人の姿になった。地面が揺れ、潅木が踏みつぶされる。 「ミ~スルト~ウ」 のしりのしりと巨人は歩く。その歩みが時折引きつるのは、しびれの残った固体が融合 したためであろう。 「増殖は止まってる。一気に行くでぇ。リイン、ユニゾンイン」 「はいっ、マイスターはやて」 人形のようなユニゾンデバイス、リインフォース・ツヴァイが杖の中から現れると、は やてに融合した。 「バルディッシュ、ザンバーフォーム」 「Yes,sir」 フェイトのバルディッシュから黄金の両手剣があらわれた。 「レイジングハートさん、お願いします」 「Take it easy, deputy master(肩の力を抜いて、ご主人代行)」 「高町なのはの名において、木之本桜が願う。悪しきもの、歩みを止めたまえ。レイジン グハート、エクセリオンモード、バレル展開」 桜の足元に咲いた大輪の八重桜が散って、無数の花びらがレイジングハートを中心に渦 巻いた。 「Drive Ignition(動力炉起動)」 レイジングハートは前部構造・後部構造を展開し、フルドライブモードに変じた。 「師匠木之本桜の名のもとに、高町なのはが願う。浄化の光、浄化の炎、鏡もてひとつに 集え。ミラー、ライト、ファイアリィ」 小さな鏡がパラボラ状に浮かび、その焦点でライトとファイアリィがきらきら光りなが ら、二連星のように回転を始めた。 「よーし、あたしも」 「やめておけ」 シグナムはヴィータを止めた。 「この規模に我らの力が加わったとて、何ほどのこともない。結界の維持に力を貸せ」 シャマルとザフィーラはすでに、リンディやエリオルとの共同詠唱に加わっている。 「対閃光防御。手の空いている人は伏せなさい。空いていない人は、せめて後ろを向いて」 リンディは叫んだ。 「なのはちゃん、タイミングは任せた」 はやてはすでにシュベルトクロイツを構えている。陽光を一杯に浴びたライトとファイ アリィに、なのはは命じた。 「ファイアリィ・ライトバスター、レリース!」 はやてとリインも必殺の一撃で応じた。 「響け終焉の笛、ラグナロク!」 フェイトの両手剣が振り下ろされた。 「プラズマザンバーブレイカー!」 桜は、花びらを巻き上げるバレルに蓄積されたエネルギーを解き放った。 「エクセリオン・チェリーバスター、ブレイクシュート!」 腕組みをして螺旋を描きながら飛んでゆくライトとファイアリィ。それに 3 本の光条が 続いた。 閃光が収まったとき、島だったはずの戦場は、ほとんど岩礁と化していた。 わずかに残った岩に腰掛けるグレアムに、近づくものがいる。 「グレアムさん、やね」 はやての声音には、いくらかの震えがあった。それが何を意味するのか、リーゼたちに はわからなかった。グレアムが何か言おうとしたが、はやての言葉のほうが早かった。 「うち、ここんとこちょっと出世して、昔の事件のファイルを、見られるようになったん です」 グレアムは息を呑んだ。 「はっきりとは、書いてなかった。全部は、書いてなかった。でも、だいたい、わかりま した。闇の書事件のとき、誰が、何をしたのか」 はやての声にははっきりとした悲しみが込められていた。グレアムは目を伏せていった。 「自分のしたことは、わかっている」 「わかってへん」 リーゼたちとグレアムは、はやての叫びに思わず顔を上げた。 「全然わかってへん」 はやての声は、だんだん泣き声に変わって行った。リーゼたちは身を縮めた。グレアム だけが、まっすぐはやてを見ていた。 「グレアムさんは、本物の父さんの友達ではなかったけど」 はやては、大粒の涙をこぼしながら、精一杯笑っていた。 「うちに、本物のおうちと、本物の家族をくれたやん」 はやては一歩一歩ゆっくり歩いて、グレアムの手を取った。 「なにを遠慮してるのん。うちが怒るてか。うちが恨むてか」 はやてはグレアムの手をゆっくりと振った。 「うちは、なのはちゃんと、ヴィータちゃんと、一緒に育ったんやで。クロノくんのお父 ちゃんは、うちにとっても、もう身内なんやで」 はやてはうつむいて、自分の涙を片手でぬぐった。グレアムは銅像になったように、は やてを見つめたままだった。 「グレアムさん、長生きして。うちのお父ちゃんと、クロノのお父ちゃんの分まで長生き して、うちらのこと見てて。本物の伯父さんになって」 リーゼアリアががっくりと膝をついた。重い重い荷物を下ろすように、前のめりに身を かがめると泣き出した。リーゼロッテは涙をこらえようと上を向き、そのままの姿勢で泣 きじゃくっていた。 「チェンジ」 ようやくもとの体に戻ったふたりは、苦笑いを交し合った。何と言う 1 日だったことか。 桜が尋ねた。 「どうだった、魔法少女は」 「大好きっていう気持ちだけで生きるの、楽しかった。だけどあたしは、自分の気持ちだ けで魔法を撃ちたくない」 「なのはちゃん、あたしより…クロウさんより大人だね」 「なにか言われてますよ」 「げほっ、げほっ」 スピネル・サンに突っ込まれて、エリオルはむせ返った。 桜は静かに言った。 「でも、人のためなら人を撃っていいって言うのも、それはそれで危ない気がするよ。お 友達が大事。一族が大事。他の人より大事。どうしても、そういうことになっちゃうから ね。みんな、自分の一番な人がいるから。大好きと大好きが、つながるときと、つながら ないときがあるから」 ふたりは、はやてとグレアムを見た。守護騎士たちにリーゼたちがぺこぺこしている。 そういえば一度殺しちゃったんだった、となのはは思い出した。 なのはは暗い顔で言った。 「あたしの世界の人が迷惑を持ち込んじゃって、本当にごめんね」 桜はいたずらっぽく目を輝かせていった。 「でも、みんなで見事に何とかしたじゃない。すごいなと思った」 「みんなと話して、みんなの目と力でバランスを戻すのは、大切だと思う」 なのはは言った。 「でも、自分で感じて、自分で決めて、みんなが止めるのに泣きながら人を撃つ日が、あ たしにも来るのかもしれない。人のバランスを、あたしが直す日が」 「悲しいけど、もうすぐ少女じゃなくなるんだよね。あたしたち」 桜は自分の衣装を見下ろしながら、言った。 「半分っこしよう。大好きな気持ちと、泣きながら人を撃つ気持ち。さっき、撃たせても らえなくて、ちょっとだけ悔しかった」 「うん。またいつか、今度は大人のお話をしたいな。師匠」 「ふふふ。そうだね。なのはちゃん、流派木之本桜は」 桜が上げた手にハイタッチしようとしたなのはは、桜が拳を握っているのに気づいた。 拳と拳をこつんと合わせ、なのはは叫んだ。 「癒しの風よ!」 完 人名・船名の元ネタについて チヨ・ハンバー 現在の日野自動車が戦前に使っていた乗用車・トラックの商標「ちよだ」と、イギリス 陸軍が第二次大戦当時に使ったハンバー装甲車から。 ドライジン 世界最初の自転車、ドライジーネ型から。 ダルマン 前輪の大きいペニー・ファージング型自転車の日本での異名「だるま」から。 ガタクリィ 振動の大きいベロシペード型自転車の日本での異名「がたくり」から。当時の乗合馬車 は「がたくり馬車」と呼ばれており、たぶん「がたごと」の同義語。 ベロモ 流線型のボディをかぶせた高速自転車の総称「ベロモービル」から。 アンペリヤル号 元ネタはありません。なにか偉そうな名前ということで、Imperial のフランス語読み。
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