青少年と薬物犯罪 - Biglobe

青少年と薬物犯罪
講演録から
小森 榮(弁護士)
1949 年栃木県生まれ。
現在,東京都内で法律事務所を開き弁護士として業務に当たる。民事調停
官(非常勤裁判官)などの公職や弁護士会の委員などを歴任し,現在は東
京都麻薬中毒審査会委員など。
1994 年ころから若者の薬物事件の増加に注目し,覚せい剤事件を中心にこ
れまでに 900 件以上の薬物事件を担当。薬物事件に関わった若者の生活再
建にも関心を寄せ指導している。
薬物犯罪について
薬物事件の発覚パターン
警察署への相談について
逮捕されると、どんな事が起きるのか
そのとき家族は何をすればいいのか
生活のどこを、どう変えるのか
逮捕から裁判まで、家族の仕事は 4 段階
青少年と薬物犯罪
薬物犯罪について
いま、日本では毎年 15,000 人くらいが、薬物犯罪に関わって検挙されています。最も多いの
が、覚せい剤取締法違反で、年間 1 万人強ですが、その大半が、自分で使うために覚せい剤を
持っていたり、使っていたりした人たちです。
2 番目が毒物劇物取締法違反、つまりシンナーです。従来は少年に多いのが特徴でしたが、
近年になって大幅に減ってきています。大人のシンナーは、数は少ないのですが、重症の依存
症者をよく見かけます。
次いで大麻、麻薬・向精神薬と続きます。検挙されて事件になる件数は、少数ですが、大麻
を中心に、いろんなドラッグを使っている若者が、潜在的には増加しているようです。
薬物事件の発覚パターン
職務質問------覚せい剤が多い 車両不整備 交通検問 挙動不審
特定情報------集会、イベント、器具店
急性中毒------通報 怖くなって自主 救急車や病院
相談通報------重度の依存者 家庭内暴力 借金
実際に、薬物事件として上がってくるなかで、とくに目立つのが「職務質問」がきっかけで
逮捕された、というパターンです。街頭をパトロール中の警察官や、巡回しているパトカーが、
様子のおかしい人や車をみつけて、職務質問をするわけです。乱暴な運転や、車両不整備でひ
っかかることが多いようです。
たまたま、この車に薬物使用者が乗っていると、その瞬間ドキッとして、オドオド、キョト
キョト、慌てて小さな紙包みをシートの隙間に隠そうとしたり、窓から何かを捨てたり、時に
はいきなり車から走り出して逃げようとしたり。
度胸のいいヤツは、しらばっくれて押し通そうとするけれど、覚せい剤を使っていると、顔
は青ざめ、きつね目になって、ひたいはじっとり汗ばんだりして、てきめんに顔に出てしまう。
これを「シャブ顔」
、
「シャブ目」などと呼ぶのだそうです。日本の警察官は、覚せい剤に関し
ては経験豊富で、
「シャブ顔」
、
「シャブ目」を見破ってしまいます。だから、覚せい剤は職務質
問で出くわしたら、検挙率が高いのです。
大麻や麻薬の場合は、それほどはっきりと外見に表れませんが、その代わり、ドラッグ大好
き人間の集まる、特定の場所があります。都内では、喫煙具を売る、専門店がいくつかありま
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「はっかパイプ」
という名で喫煙具を売っています。
すし、
若者の集まるデイスカウント店では、
代々木公園あたりでは、いろんな集会やイベントがあって、こうした場所で見張っていれば、
薬物ファンの若者がひっかかって来る、というわけです。
最近増えてきたのが、急性中毒を起こして大騒ぎになって、薬物乱用が発覚した、というケ
ースです。これも、覚せい剤が多い。急性中毒とは、適量を越えて使った薬物の作用が急激に
現れるのですが、急性症状に直面した家族が、不安を感じて警察に相談する例が、増えている
そうです。呼吸困難や激しい動悸、からだのひきつるような痛みで救急車を呼んだり、病院へ
行ったことから、発覚したケースもあります。急性中毒におそわれ、不安にかられて、自ら警
察署に飛び込んだ例もあります。死にそうになって、とにかく怖かった、だれでもいい助けて
欲しかった、というわけで警察や交番に駆け込むようです。
警察への相談について
一般的に言えば、若者のドラッグ問題は、警察に逮捕されたことがきっかけで、解決に向か
うことが少なくありません。お子さんに向って、1 度や 2 度は「今度見つけたら、警察に知ら
せるからね」と宣言した親御さんは、少なくないでしょう。でも、言いっぱなしになっている
例も多いはずです。
私は最近、とても立派なお母さんに会いました。厳しく意見しても、また覚せい剤を使って
しまう息子に、このお母さんは、
「次は警察に通報する」と言い渡し、毅然と実行したのです。
おばあちゃん、お兄ちゃんとも協同作戦で、しかも判決を終えて帰ってきたら、家族が信仰し
ている教団の本部で 2 ヶ月間の奉仕活動をさせる、それが嫌なら出て行きなさい、とアフター
ケアの具体案まであります。私にとって、これほど楽な事件は初めてでした。
一方、思い切って警察に相談したのに、期待通りにならなかった人たちもいます。ある男性
は、自分の妻が友達に誘われて覚せい剤を使っていると知って、警察に電話しました。
「妻をそ
そのかす悪い友達が居るから、捕まえてください」と頼んだつもりだったのですが、最初に逮
捕されたのは、彼の妻だったのです。
ある母親は、娘が家出を繰り返し、覚せい剤を使っていることに気づいて、何年もの間悩み
続けていました。
「薬はやめて、ママと一緒に暮らそうね」と言い続け、息をつめるように暮ら
してきたのですが、ついに娘の様子がおかしくなって、思い余って近所の交番に駆け込みまし
た。迷いぬいた挙句、刑務所で薬を断つしかないと、決心したのです。
ところが、この娘は前科・前歴がなく、今回が始めての裁判ですから、相場から言えば、刑
務所には行きません。私がこの娘を担当することになって「あなたの娘さんは、3 か月もすれ
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ば帰ってきます」と言った時、このお母さんのポカンとした表情は、実に印象的でした。
ところで、子どもの部屋で、ドラッグを見つけたらどうしますか。たとえば、子どもが覚せ
い剤を吸っている場面に遭遇した時や、
「実は、こんなものを持っている」と打ち明けられたと
き、
「それは預かっておこう」と言うのが、誰でも最初に考えることだろうと思います。
しかし、覚せい剤などは、持っていること自体が犯罪行為です。安直に「預かる」ことはで
きません。ましてや、人に預けることなどできません。
家族だけでなく、教育関係者や保健機関の皆さんにとっても、警察に届ければその子が逮捕
されてしまう、という切実なためらいがあるようです。これは、地域ごとの防犯連絡会などで
話し合い、具体的な対応策を作り上げていかなければならない問題だと思います。
逮捕されると、どんな事が起きるのか
覚せい剤の場合、一般の若者が関わるとしたら、覚せい剤を所持していた、あるいは使用し
ていた、というケースがほとんどです。
所持の場合は、透明な小さい袋に入った状態が多いのですが、注射するために水溶液にした
もの、あぶりという方法で吸引した後、アルミ箔や吸引具についた残りかすなども、所持の対
象になります。警察官が所持品検査をして、覚せい剤らしいものを見つけると、その場で検査
を行ないます。本格的な鑑定ではないけれど、覚せい剤の成分が含まれていれば色が変わる試
薬を使って、成分を見分けるわけです。
覚せい剤を所持していた、となれば、その場で逮捕手続きが取られます。
一方、いかにも覚せい剤を使っている様子だが、現物を持っていない、という場合は、尿の
検査をすることになります。警察署へ連れて行かれ、採尿に応じ、所定の手続きをしたら、普
通は一旦帰してもらえます。尿の鑑定が出るまで待て、ということなのですが、ここで勘違い
を起こす人が結構います。さすがに数日の間は、警察から呼び出しがあるかと緊張して居るけ
れど、音沙汰がない、やがて、今回は大丈夫だったのかな、と安心して、また覚せい剤を使い
始める、そこへ、逮捕状をもった警察官がやってくる。逮捕された時には、またしても覚せい
剤を使っていて、しかもかなり大量に持っていたりもする。この前、挙げられたばかりなのに、
反省していないということになります。
もし、あなたの家族が逮捕されたとしたら、未成年なら保護者に連絡がありますが、大人の
場合、本人が連絡して欲しくないと言えば、親には連絡がない場合もありますし、最初の取調
べが済むまでは家族にも連絡しないということもあるようです。
息子が出かけたまま帰ってこない、交通事故でもあったのかと、一晩中探し回って、捜索願
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青少年と薬物犯罪
も出したところへ、思いがけない場所の警察署から連絡があった、という話をよく聞きます。
その一方、逮捕され、裁判を受けるという時になっても、田舎の家族には知らせたくないと、
頑張る若者もいます。覚せい剤で逮捕されたなんて、親には言いにくい、できればこっそり誰
にも知られないうちに終わらせたい、と考えるのでしょう。
知らせを受けて、びっくりして駆けつけても、面会できない場合もあります。夜間や土日は
会えませんし、取調べなどの都合で会えない場合もあります。また、
「接見禁止」という措置に
なっていて、弁護士以外の人には会わせないという場合もあります。これは、外部の人間と連
絡して、証拠を隠したり口裏を合わせたりしないように、という措置で、捜査が終了するまで
は会えません。複数で一緒に逮捕されて共犯がいるような場合に、つくことがあります。会え
るかどうかは、勾留されている警察署へ電話で問い合わせすれば、分かります。
そのとき家族は何をすればいいのか
自分の身内が警察沙汰を起こすなんて、普通は、とんでもないことです。家族は、たいてい
パニックを起こします。ある母親は、息子の弁護を頼みに来たときに「実は、主人にはまだ話
していないんです。何とか、内緒にして置けないでしょうか」と切り出しました。また「親戚
に知れると困ります」
、
「社宅で、ご近所の目がうるさいんですが、パトカーが来たりするんで
しょうか」などと、いろいろな心配ごとが押し寄せるものです。
でも、一番肝心なことは、なかなか意識にのぼって来ません。本人と薬物との関係は、どん
な状態だったのか、これから、どうやって薬物と縁を切っていけばよいのか、それが問題なの
です。
逮捕されるような事態になったのは不運だけれど、これこそ、薬物問題に切り込む、最良の
チャンスなのです。逮捕の知らせを受けたとき、たいていは「やっぱり」と感じるものがある
はずです。うすうす気づいていたけれど、突っ込んで話し合う機会がなかった家庭や、少し意
見もしたけれど「やってないよ」と言われて、それ以上切り込めなかったお母さんたちにとっ
て、絶好の機会が訪れたのです。
私が若者の薬物事件を担当するときに、家族に勧めている、標準的な手順をご紹介してみま
しょう。私は東京に住んでいて、主に東京の裁判所の薬物事件を扱っているので、首都圏の事
情以外は、あまりよく知りません。地方によっては、まだ体制が整わないこともあるでしょう
が、あくまでも首都圏の話として聞いていただければ、と思います。
生活のどこを、どう変えるのか
目標は具体的でありたいものです。ドラッグを使う若者は、たいてい、生活上のさまざまな
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青少年と薬物犯罪
問題を抱えています。この機会に、本人に納得させ、約束させたいことはたくさんあるでしょ
うが、私は、次の 3 項目から、目標を絞ります。
1、薬物を使わない生活へ歩み出す
薬物の使用が習慣化している場合や、使用量が多い、使用していた期間が長いといった場合
には、具体的に治療や回復のプログラムに参加することを約束させます。
具体的には
●病院で治療を受ける
●ダルクなどの回復施設に通ったり、入寮する
●エヌエーなどの自助グループに通う
●定期的に専門家のカウンセリングを受ける
ということになります。
私は、薬物使用が 1 年以上の場合は、とにかく一度病院で診察を受けることを本人にも、親
にも強く勧めますが、これには、本人は特に抵抗を示します。親も、できれば避けて通ろうと
する。
「あなたの子どもは精神病院へ行かなければならない」と言われるわけですから、嬉しく
ないのは当然です。
薬物を常用していた人は、病院=長期の監禁生活と思い込んで、かたくなに拒否する傾向があ
ります。自分は重症だという意識があるから、その場で監禁されてしまうと恐れるようです。
絶対に嫌だと言い張る。ところが裁判をテコに説得して、一度でも行ってみると、思ったほど
怖いところじゃないとわかる。次回からは素直に通うようになった例もあります。
多いときには1日に 1 グラムの覚せい剤を使っていた 20 歳の女の子は、
執行猶予つきの判決
を受けて釈放された翌日、約束どおり自分で病院に予約し、いまも治療を受けています。2 年
間にわたって覚せい剤を使った男性は、それまで婚約者がしつこく勧めても病院へ行かなかっ
たのですが、保釈を受けたい一心で、病院へ行くことを約束し、期限ぎりぎりに、専門病院へ
行きました。大麻を使っていた青年は、受診を約束して保釈を受けたものの、あれこれ理由を
つけて 1 日延ばしにしていましたが、それでも裁判の直前に、心理カウンセラーに会いに行き
ました。
今のところ、たいした健康被害はないと思っても、ドラッグ問題が表面化した機会に、病院
へ行くことを体験させるのは、大切だと思います。これからの長い人生、必ずしも良い時ばか
り続かない。ドラッグに逃げたくなる時もあるかもしれない。そんな時、お医者さんに相談す
ることを思い出して欲しい、という気持ちで、専門医との接点作りを勧めているのです。ドラ
ッグを再開した時には、私達司法関係者は、敷居が高いかも知れないけれど、お医者さんなら
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青少年と薬物犯罪
相談しやすいのではないかと思います。
医療機関によっては、違法薬物が関係していると、一歩退いてしまう場合もあるようです。
私が担当したある被告人は、かなり長期間覚せい剤を使っていたので、心身の健康に影響があ
るかもしれないと、医師の診察を受ける決心をしましたが、精神科の病院へ行くには抵抗があ
ったようで、大学病院の精神科へ出かけました。
初診の理由を聞かれて、自分が覚せい剤を使ったので、その影響を診察してほしいと告げる
と、受付の婦長さんは顔色を変えて、
「ちょっと待ってください」と引っ込んでしまい、その後
約 3 時間、健康診断の受付デスクに行かされたり、総合案内で待たされたり、健康相談室とか
いう部屋へ行ったり、病院中をぐるぐるまわされた末、
「それは、うちの担当ではない、保健所
へ行ってください」と言われ、
「俺は犬じゃない」と怒鳴って帰ってきたそうです。
2、経済的な自立をめざす
次に、借金の問題です。薬物問題を起こす若者のほとんどが、サラ金などに借金しています。
いままでは何とか本人が払っていたけれど、勾留されて支払ができなくなると、すぐに督促
状が来ます。滞納が数ヶ月になると、内容証明郵便が来ることもあります。それを見て親が大
騒ぎする、という話が頻繁にあるのです。明日にでも、暴力団が取りたてに来るんじゃないか、
支払わないと利息がどんどん増えてしまうんじゃないか、親はいろんな心配をします。
ドラッグと同様に、サラ金についても親はほとんど実態を知らないまま、やたらに恐ろしが
ってしまうところがあります。ひとくちにクレジット・サラ金と言っても、その内容はピンか
らキリまであって、暴力的な取立てをしたり、10 日で 1 割などという高利で貸すような金融業
者も、ないわけではありません。しかし、何の保証力もない、きちんとした給料さえもらって
いない、無職やアルバイターの若者がお金を貸りるには、大手消費者金融会社のカードでキャ
ッシングするわけです。カードで借りるには限度額がありますから、客観的にみると大した金
額になっていない場合がほとんどです。
ひところ大騒ぎされた商工ローンは、
商工業者向けの事業貸付で、
ある程度の資金力や財産、
保証を受ける力のある人に貸し付けるお金です。とりたてて財産を持たない一般の若者が、カ
ードでお金を借りるのは消費者金融で、名の知られた大手の会社はそれなりの上場会社で、別
に胡散臭い借金というわけではないのですが、本人の収入では、簡単に返済できない借金を抱
えて、多重債務に陥っている人がいます。一般的に、借金の元利合計額が年収の半分程度だと、
要注意、年収に近い額になると、債務の整理が必要だと言われます。
借金の問題は、
「本人に解決させる」ことが大切です。私が勧めるのは、消費者センター、弁
護士会のクレジット・サラ金相談や、消費者金融業の協会などが運営している相談センター、
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青少年と薬物犯罪
こうした信頼できる相談窓口に、本人が相談することです。勾留されている場合は、社会復帰
してから自分で相談すればいいのです。暫くでも放っておくと利息が増える、と心配される方
がありますが、きちんとした解決をすれば、普通は利息の引きなおしということをして、法定
利息の範囲内で計算しなおしますから、1、2 か月の遅れは、それほど心配しなくても良いはず
です。
サラ金問題を解決しようとして、落とし穴にはまる例を、ご紹介しましょう。まず、ハンコ
の危険性です。息子の債務がたまっているから、期限を書き換えると勧められて、よく確かめ
ずに判を押したところ、それは親が債務保証する書類だったという話が、時々あります。時に
は、債務者をそっくり親に変えて、借り換えをする書類を作ってしまっていた例もあります。
次が「サラ金相談」などのキャッチフレーズで、危ない金融業者に引っかかってしまうケー
スです。債務の一本化などという名目で、結局は不明朗な高利の貸し付けを行う業者もありま
す。無数にある業者のそれぞれについて、信頼性を調べることなどできないわけですから、相
談先は公的機関など信頼できるものを選ぶことが第一です。
3、きちんと仕事につく
次は、職業訓練や生活訓練、就職活動です。たいていの親は「まじめに働け」
「ちゃんとした
会社に就職しろ」
程度のことは言っているのですが、
では自分の子にどんな仕事ができるのか、
はっきりと考えていない。
親は、とにかく堅実な仕事を望みます。これまで失敗したのは、覚悟がたりなかったせいで、
今回はしっかり反省して覚悟したから大丈夫、
と期待してしまいがちです。
根は聡明な子でも、
社会的な訓練ができていないのに、親は一足飛びに解決を望んでしまうようです。
若者の場合、薬物乱用が始まって生活が破綻し始めた時期が早ければ、ほとんど社会的な経
験をしないまま、年齢だけが進んでいる場合が多く、相応の技能や知識が身についていないこ
とから、就職しても、うまくいかず、挫折感を深めてしまうことがよくあります。
たとえば、26 歳で初めて裁判を受けたある青年のケースです。彼は、中学 3 年の頃から学校
が嫌になって、17 歳で高校を中退しました。その後は、アルバイターで、定職に就かないまま
10 年経っているわけです。アルバイトの内容も、風俗店のチラシまきや、水商売、ホストなど、
働く場所も仕事の種類も決まっていないという生活を続けていました。さて、彼がきちんと働
くとしたら、15 歳くらいに遡って社会経験をやり直しすることから始めないといけないわけで
す。
まず昼夜逆転の生活を直し、毎朝定刻に起きて仕事に行く訓練から始めなければなりません。
1日8時間、とにかく同じ場所にいて決まったことを続けることだって、身についていないの
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青少年と薬物犯罪
です。いきなり、真面目なサラリーマンになってほしいなんて、急ぎ過ぎではないでしょうか。
親の家業を手伝っているというケースでは、親が長い目でみながら、だましだまし仕事させ
ているうちに、やがて一人前になったという例がたくさんあります。
手伝わせる家業がなければ、親がまず、ハローワークなどで求人の実態を知ることも、いい
と思います。
薬物を使う人たちの生活再建には、多様な問題がつきまといます。問題を抱え込まずに、ま
ずは相談されることをお勧めします。
健康チェック
仕事を考える
治療
基礎訓練 技術習得
専門病院
大検 資格
自助グループ
精神の健康
経済立て直し
債務整理
こづかい帳
昼夜逆転
借金問題
犯罪との関わり
生活の乱れ
サラ金 クレジット
金銭トラブル
交友関係の変化
恐喝 万引き
暴力団との関係
ドラッグが
ドラッグが
ドラッグが
面白い
大好き
やめられない
無断欠勤 欠席
定職なし
社会性なし
不登校 中退・退社
フリーター 無職
就業困難
仕事嫌い 怠け者
薬物への認識を変え
自立困難
社会適応訓練
る
薬物を使わない生活
生活の建て直し
仕事 交友関係
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青少年と薬物犯罪
逮捕から裁判まで、家族の仕事は 4 段階
準備期間(逮捕から起訴されるまで)
最初は、準備期間です。逮捕から起訴されるまでの間は、本人にとっては取調べを受けてい
る期間です。警察署や検察庁で、自分がどんな風に薬物を手に入れて使ったか、なぜ止めなか
ったのかなど、事細かに聞かれています。この時期に、家族は、今後の対策を考えるのです。
留置されている本人の事を案じても、それは問題解決の助けにはなりません。とりあえず、不
自由ではあっても、安全な環境で生活しているのです。
私はまず、親が薬物について勉強することを勧めます。保健所や精神保健福祉センターに相
談したり、本を探して読むなどです。なぜ薬物を使ってはいけないのか、治療や回復とはどん
なことなのか、しっかり把握していただきます。
裁判までの手続きの流れを把握するには、弁護士に相談されるといいでしょう。弁護士会の
相談や、当番弁護士の制度を利用されると良いと思います。
捜査が済むと「起訴」されますが、このときから「本人への働きかけ」を本格的に始めます。
起訴されることがはっきりしてくると、本人の関心は保釈に集中します。留置されている本
人は、短期間で結構、情報通になっていて、留置場には、必ず経験者がいますから、裁判のこ
となどもいろいろと知識を仕入れているわけです。自分は、保釈を請求すれば許可される可能
性が高いと知ると、もうたまらず「保釈、保釈」と騒ぎ立てるのです。
働きかけ、その 1(起訴された後)
本人への働きかけ、その 1 は、保釈をめぐる話し合いです。
保釈とは、取調べを終えて起訴された後、保証金をつんで、勾留を解いて釈放してもらう手
続きです。保証金は、裁判所の定める保釈の条件を守らなかった時には、没収されることがあ
ります。保釈の条件としては、指定の住所に住むこと、よびだしがあれば出頭することなどで
す。
薬物の使用や所持で初犯という人なら、
手続きをすれば許可されるケースが多いのですが、
裁判を控えているのですから、安定した住まいがあって、家族の監督が期待できて、といった
生活環境が望まれます。つまり、ほとんどの人にとって、保証金はもちろん、生活環境の調整
さえも親頼み、ということなのです。
これが、親子の話し合いのテコです。保釈というアメと引換えに、これまでできなかった何
かをさせるのです。最も効果を発揮するのが、病院やダルクへの相談や受診です。これまでど
んなに説得しても行かなかった病院に、保釈中に行った人が何人もいます。
もうひとつ、成功率が高いのが、生活拠点の移動。都会で一人暮らしをしてきたけれど、ど
うも生活が乱れているらしい。仕事も辞めているのだから、親元へ戻そうと説得してきたが、
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青少年と薬物犯罪
なかなか聞き入れないでいた、という場合です。親元に同居することを条件に保釈して、アパ
ートを引き払い、しぶしぶ田舎に引っ込んで、その後も安定して暮らすようになった例は、珍
しくありません。
しかし、薬物にのめりこんでいた人や、まだまだ止めそうにない人の場合は、保釈などとん
でもない、ということになります。勾留される期間をフルに活用して、少しでも意識を切り替
えさせるために、本人に働きかけをするわけです。
働きかけ、その2(裁判の前に)
次のステップは、裁判をにらんでの話し合いです。
逮捕されてから、
裁判の手続きが終わるまでに、
東京では最近 60 日から 70 日位が標準です。
この間は、否応なしに断薬を継続している重要な期間です。日数の経過と対応して、本人の考
えることも変化していきます。
薬物を使っている人は、なかなか薬物と自分の関わりを見つめることができません。自分を
冷静にみつめることができにくくなっているのです。逮捕されると、強制的に薬物を断つこと
になりますが、覚せい剤を常用していた人の場合、逮捕から数日は、ほとんど寝込んでいます。
1 週間くらい経つと、身体から薬物はぬけて元気を取り戻しますが、今度はドラッグのことを
考えがちな時期で、いらいらすることも増えます。次第に、落ち着いてくると、ようやく、こ
れまでのことを考えはじめますが、今度こそ薬をやめようと具体的に考えるまでに、30~40
日くらいはかかるのが普通です。
もちろん、放っておいて自然にそんな事を考える人はまれで、周りからいろいろな働きかけ
を受けて、ようやく気持ちが動き始めます。逮捕後の手続きと連動して、段階的な働きかけを
していくと、驚くほど変わっていく人がありす。初めての裁判を待っている時は、緊張感のあ
る時期です。面会室での話し合いは、制約が多く、疲れるものですが、日ごろと違う緊張感が
プラスに作用する場合もあります。
初めて裁判を受ける時には、誰でも非常に緊張しています。少しでも印象を良くして、刑を
軽くして欲しいと、真剣に考えています。そんな被告人に、私はいつも「薬物を使わずに、生
活を再建する誓い」の文書を書かせます。自分が、なぜ薬物を使ったのかをみつめ、今後、二
度と使わないために、何をするのかを、具体的に約束させるのです。裁判の場で、証拠として
提出するために、じっくり考えて念入りに書かせます。考えること、書くことが苦手な若者が
ほとんどですから、ときにはお手本を示したり、書き方の初歩的なことも教えたり、時間はか
かりますが、多くの若者が、この過程を通じて、自分と薬物の関係をきちんと考えることがで
きるようになっていきます。
裁判の場限りのこととして、
要領よく書いて済まそうという人は、
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ほとんどいません。
薬物について、しっかり考えてもらうには、本を読んでもらうことも有効です。読書が苦手
な若者が多いので、私はいろんなタイプの本を用意して、本人の生活状況に合ったものを選ん
でいます。イラスト入りの読みやすい本から、ドラッグにとりつかれた若者の哀しい実例を紹
介したもの、回復機関に集う仲間からのメッセージ、若い女性には、自分を愛するためのメッ
セージも好評です。
働きかけ、その 3(裁判の場で)
若者の薬物事件では、公判の場で、本人の自覚を強く促す話をしてくれる裁判官も増えてき
ました。どうやって薬物をやめるつもりか、不安定な生活を建直せるのか、不明朗な付き合い
を断つことができるのか、具体的なポイントにまで踏み込んで、本人の考えを聞き、また意見
するといったやり取りが、よくみられるのです。乱用の進んだ人に対しては、
「きちんと病院へ
行くように」と、裁判官も検察官も繰り返して説得します。
公判に向けて、
本人の心構えができていれば、
この場での決意は心に深くしみこむはずです。
出直しの約束(判決の直後)
4つ目のステップが、判決の直後です。薬物の使用や所持で、初犯という場合なら、私が最
も重視するには、裁判を終えて社会復帰した後の体制作りです。判決の緊張感が続いているう
ちに、ぜひともこれからの目標を確認し、明日からの行動を約束し直すような、きちんとした
話し合いをしていただきたいものです。
ずっと勾留されていた人にとって、釈放された直後は、反動でわがままも出やすい時です。
留置所の生活は、確かに不自由で辛いものでしょう。なかでも、勾留されている若者が、いち
ばん望んでいるのは、自由に遊び回ること、のようです。釈放されたとたん「いろいろ友だち
に迷惑かけたから」と言い訳して出かけたきり、数日の間戻らない、なんてこともよくありま
す。こうして、なし崩し的に、以前の生活パターンに戻ってしまう例をよく見かけるのです。
勾留が解かれた最初の数日がとても大切なのではないかと、私は考えています。
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