[アイディ英文教室連載コラム of のいろいろ] 2013 年 3 月号 柴田耕太郎

[アイディ英文教室連載コラム
2013 年 3 月号
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of のいろいろ]
柴田耕太郎
前説
「ギリシャ悲劇の哲学者、ギルバート・マレーが…」(福田恒存の評論より)と言われて、
「ギ
リシャ悲劇」と「哲学者」の関係をすぐ理解できる人がどれくらいいるだろう。このマレ
ー(Gilbert Murray)は、オックスフォード大学の古典学者でエウリピデスの研究で有名。演
劇に心得のある人でなければ、
「ギリシャ悲劇に出てくる哲学者」ととってしまうかもしれ
ない。
「斬られの仙太」(三好十郎の戯曲)とあっては、「仙太」が「斬られた」のか「斬られ役」
なのか作品を読むまで分かるまい。
これは日本語の「の」が多義、曖昧であるからだ。
government of the people, by the people, for the people
ご存じリンカーンによるゲティスバーグ演説の名文句。大方の邦訳は「人民の、人民によ
る、人民のための政治」となっているが、
「人民の」が何か分かりにくい。of を「の」と充
てているからだ。だがこれは訳者のせいではない。of 自体が「の」と同じく意味の多義・
曖昧性を有しているのだ。だから場合により、of を解釈し「の」でない適切な訳語を選ぶ
ことが必要になる。
of は元々「分離」をあらわし、そこから⇒「根源」「所属」⇒「部分」「関連」へと広が
っていった。この意味の多義性を嫌い、分離・根源には from、関連には about、所属・部
分には of、と分けて使うことが多くなっている。
1 of の五つの意味
(1)所有・所属「…の」
the book of hers(彼女の本⇒彼女が所有する本)
the floor of the kitchen(台所の床⇒台所に付属する床)
the courage of the hero(英雄の勇気⇒英雄に付随する勇気)
(2)主格「…が」
the absence of his father(父親の不在⇒父親がいないこと)
the rise of the sun(太陽の上昇⇒陽が昇ること)
the love of a mother for her child(母親の子に対する愛情⇒母が子を愛すること)
(3)目的格「…を」
the education of his son(息子の教育⇒息子を教育すること)
the discovery of oil by the farmers(農夫による石油の発見⇒農夫が石油を見つけたこと)
a statement of the facts(事実の陳述⇒事実を申し述べること)
(4)同格「…という」
the city of London(ロンドンの市⇒ロンドンという市)
an angel of a girl(天使な少女⇒天使のような少女)
*an angel of が次の名詞に形容詞的に掛かる
the name of John(ジョンの名前⇒ジョンという名前)
(5)関連「…についての」
a story of adventure(冒険の物語⇒冒険に関する話)
I know little of him.(彼をほとんど知らない⇒彼についてはほとんど知らない)
Boswell’s biography of Dr.Johnson(ボスウェルのジョンソン伝⇒ボスウェルが記したジョ
ンソンについての伝記)
*類別は私の恣意的なもの。所有、所属、関連はどちらともとれる場合がある。
文例:
(1)He is the President of France.
フランス大統領⇒フランス国の大統領
[所属]
(2)It is salutary to realize the fundamental isolation of the individual mind.
個人の精神の根本的な孤立⇒個人個人が根本的に他人と切り離されたものであるという事
[主格]
(3)I am myself so nervous a lover of accuracy.
精確さの神経質な愛好者⇒精確さをとても気にする性質 [目的格]
(4)They have a certain power of acting without taking thought.
じっくり考えずに行動するある種の力⇒四の五の言わず行動するという力 [同格]
(5)We have no certain knowledge of any consciousness but our own.
自分の意識以外何等確かな知識を有さない⇒自分以外の如何なる意識についてはっきりと
は分からない [関連]
2 of のそれ以外の意味
(1)分離(もしくは方向)
free of custom duty(成句的)
免税の⇒関税から自由
within a mile of the city
市から 1 マイル以内に
(2)出所(=from)
a man of Texas
テキサスの男⇒テキサス出身の男
(3)原因・理由(=from)
die of cancer
ガンで死ぬ
(4)材料(形状を留める/構成成分)
My new jacket is made of leather
革製の上着⇒革でできた上着
(5)内容
a package of cheese
チーズ一包み⇒チーズを包んだ一袋
(6)部分(もしくは分量・種類)
three of the boys
少年のうち三人
(7)時(古い言いかた)
He died of a Monday
月曜に死んだ
(8)性質
a matter of importance
重要な事柄⇒重要な性質を有する事柄
3 演習
(0)Nihon University Tokyo University the University of Tokyo
「日本大学」は the University of Nihon とは言えない。Nihon は「日本を代表する」とい
う意味でなくいわば形容詞的に使われているからである。「東京大学」の正式名称は the
University of Tokyo、東京といえば東大(ではないという人もいるだろうが)とみなされるか
らである。Tokyo University は略称。
「京都大学」は Kyoto University。the University of Kyoto としてもよさそうなものだが、
沿革からすると同志社の方が古いので、遠慮したのかもしれない。
(1)Ueno Zoo pandas Ueno Zoo’s pandas the pandas of Ueno Zoo
意味は同じだが Ueno Zoo pandas は「商社マン」という言い方と同じように特徴・一体化
を示し、Ueno Zoo’s pandas は他の動物園との比較が含意され、the pandas of Ueno Zoo
は中立的(上野動物園がもつ、にいるパンダ)。
(2) a person of courage a person with courage
of+抽象名詞=性質。with だと附随的
(3) a way of living abroad a way to live abroad
名詞+of+動名詞=同格「海外で暮らすという方法」⇒狭めて充足、目的「暮すに足るだけ
の」
「暮すための」⇒to 不定詞の意味に近くなる
(4) a painting of my father a painting of my father’s
a+名詞+of+名詞=目的格「父の絵」⇒「父を描いた絵」
a+名詞+of+所有格=所有格が主格化⇒「父の絵」⇒「父が描いた(または所有する)絵」
(5) a book of logic a book on logic a book about logic
of は中立的、on は専門書(的を絞っているため)、about は一般書(周辺を含意するため)
(6) the love of God
the+名詞+of+名詞=主格の場合が多い。「神の愛」⇒「神が愛すること」だが、場合によ
り「神を愛すること」ともなる
(7) He is envious of my car.
目的格「私の車をうらやむ」
(8) a mite of a little woman
同格「か弱い女性」*a mite of が形容詞的に a little woman に掛かると考えてもよい
(9) He is guilty of murder.
目的格「殺人を犯している」
(10)the plays of Shakespeare
所有「シェークスピアの全戯曲」
(11) It is very kind of you to come.
性格・分別「来て下さるなんてご親切さま」
(12)They (the celebrated) play the part that is expected from them.
これモームのエッセイの抜出しでわかりにくいだろうが、あとの them は一般大衆(people)
でなく the celebrated を指す。
「大衆から期待される役割を演ずる」との訳が散見されるが
不可。それなら from が by でなければならない。ここは expect A of B「B に A を期待する」
の of が from で代用され(割と古い用法)受身形になったもの。例:We expect nothing of
her.(彼女には何も期待しない)。them は themselves の略形。
「有名人は有名人であることで期待される役割を演ずる」
(13)Americans are hysterically anxious to have the good opinion of others.
主格「アメリカ人は他人が良い意見を持つことを非常に切望する」⇒「アメリカ人はとて
も人から良く思われたがる」
(14)It is well to be thoroughly impressed with a sense of the difficulty of judging about
others.
前の of は関連、後の of は同格と読むのがよいだろう。
「他人を判断するという困難さの感
覚を充分思い知っているのは結構なことである」