ロシアの経済動向と日系企業の ロシア市場に対する見方

ロシアの経済動向と日系企業の
ロシア市場に対する見方
浅
元
薫
哉
JETRO 海外調査部 欧州ロシア CIS 課
2013 年のロシア経済は減速を余儀なくされた。2014 年は幾分回復する見
込みだが、持続的に成長するためには、様々な課題を解決する必要があ
ることを指摘されている。それでもロシアに進出する日本企業の 8 割は
今後 1 〜 2 年の事業を拡大するとしており、ロシア市場の潜在性に対す
る評価が高い。
1.2013 年のロシア経済と 2014 年の見通し
< 2013 年の経済:需要供給両面で成長減速>
需要での要因にもなる企業投資需要が減退したこ
ロシア経済は 2008 年のリーマンショック直後の
と、主力商品である鉄鋼など金属、木材、農産品の
急激な落ち込みから順調に回復、2011 〜 2012 年に
価格が下落する一方、国内の電力、ガス、水道など
はほぼリーマンショック前の水準に回復した。しか
の料金引き上げによるコストが上昇したことが影響
し 2013 年は回復基調が大幅に減速、実質 GDP 成長
した。業種別では、金属・金属製品(前年比 2.3%減)、
率は 1.3%となった。減速の要因は、供給・需要の両
機械・設備(7.6%減)における生産減が顕著であった。
面から指摘できる。
金属・金属製品では、主要生産物である鉄鋼、アルミ、
供給面の要因として、鉱工業生産の低迷が指摘で
銅、ニッケルの価格が 2013 年を通して下落が続い
きる(前年比 0.4%増)。特に製造業が伸び悩んだ。
た。鉄鋼や金属は、国内需要だけでなく、主要輸出
表1
ロシアの主要経済指標と政府経済見通し
(単位:%)
2010 年
実質 GDP 成長率
4.5
鉱工業生産
固定資本投資
2011 年
2012 年
4.3
3.4
7.3
5.0
6.3
10.8
実質可処分所得
5.9
小売売上高
6.5
消費者物価(前年 12 月比)
輸出(国際収支ベース、10 億ドル)
2013 年
2014 年
(見通し)
1.3
2.5
3.4
0.4
2.2
6.6
△ 0.3
3.9
0.5
4.6
3.3
3.1
7.1
6.3
3.9
3.5
8.8
6.1
6.6
6.5
4.8
442
573
528
523
503
輸入(同上)
321
410
336
344
350
対ドル・レート(ルーブル/ドル)
30.4
29.4
31.1
31.8
33.9
(注)単位はことわりがない限り、前年比伸び率。政府経済見通しは 2013 年 12 月時点のもの
出所:連邦国家統計局、ロシア中央銀行、経済発展省
Vol.55(2014)No.3
SOKEIZAI
9
先である欧米や中国の需要減による影響も大きく響
程度減少し、7,011 億ルーブル(約 2 兆 1,000 億円)、
いた。機械・設備では、エンジン、蒸気およびガスター
ロシア鉄道の 2014 年の資本投資額も約 16%減少し、
ビンの生産減が大きかったが、2013 年にこれらの製
3,931 億ルーブル(約 1 兆 1,800 億円)となる見通しだ。
品の生産の端境期に当たったことも影響したとみら
この背景には、ロシア政府が鉄道、ガス、電力など
れている。
の自然独占産業の料金を 2013 年と同水準に維持する
製造業のうち好調だったのは、繊維・同製品(4.9%
と決定したため、投資のための自己資金を確保でき
増)、化学(4.9%増)、ゴム・プラスチック製品(5.2%
ないことにある。経済成長のネックとして、特に輸
増)であった。家電製品の生産も前年と比べ増加し
送インフラの発展が求められているだけに、インフ
た。実質可処分所得の向上や消費者ローンの拡大に
ラ開発が滞ることが成長の足かせになる恐れがある。
伴う消費需要の伸び、2011 年以降続いていた住宅整
第 2 のリスクは企業向けの資金供給だ。見通しで
備も要因だ。鉱業でも、主要輸出品である原油(2013
はこれが増加するとみているが、あくまでもその前
年の採掘量 4 億 9,900 万トン、前年比 0.4%増)、天
提は、①国内外での景気が改善することで、企業の
然ガス(同 6,010 億立方メートル、1.5%増)の生産
資金需要が増加すること、②中央銀行が金融緩和策
は堅調で、鉱業分野全体が底堅く推移した。
を推進し、現状では海外へ資本が純流出していると
需要面の要因としては内需の停滞が挙げられる
ころ、2016 年には純流入に転換させる政策をとる、
が、内需のなかでも消費の動向を示す小売売上高は
ということだ。この前提が狂うと、ビジネス自体に
2012 年と比べ伸び率が落ちたものの、前年比 3.9%
悪影響が出るだけでなく、ビジネスの原資を獲得す
増と堅調だった。伸び率が落ちたのは、欧州などで
る機会も失い、経済が混乱に陥るリスクが生じる。
の経済不安定のため消費者信頼感が悪化し、同時に
第 3 のリスクは、ロシア企業の競争力低下である。
消費者物価の上昇が続いたことが響いた。一方、投
2012 年 8 月にロシアは WTO に加盟、段階的に輸入
資活動は、リーマンショック以降順調に拡大が続
関税を引き下げているため、輸入品と比べた競争力
いていたが、2013 年は 0.3%減と落ち込んだ。特に
低下が懸念されている。研究開発の振興や産業の高
2013 年後半から建設活動全体が低迷し、前年比マイ
付加価値化が進まないと、経済を押し下げる要因と
ナスに落ち込んだことが要因の 1 つである。また、
なろう。
投資規模が大きい石油、天然ガス、金属、通信、運
第 4 のリスクは、インフレ動向である。2013 年
輸の大手各社による 2013 年の資本投資額は軒並み
10 月以降、また特に 12 月に米国で金融緩和縮小が
前年投資額を下回った。
発表されて以降、ルーブル安が大幅に進んだ。ルー
ブル安はインフレ圧力となるため、現行の見通し
< 2014 年の経済:前年よりやや回復の見込み>
2014 年のロシア経済は、ロシア政府の見通し(2013
(4.8%)を超える可能性もある。
第 5 のリスクは、消費動向とその信用リスクだ。
年 12 月)によると、2013 年より幾分回復し、2.5%
現在、消費は堅調に推移しているが、消費者ローン
成長すると予測されている。主要国際機関の見通し
貸付額の拡大がこれに寄与している。しかし、貸付
は、IMF が 2.0%(2014 年 1 月時点)、世界銀行が 2.2%
金利は約 20%と極めて高く、家計が悪化するとロー
(同年 2 月時点)としている。
ロシア政府見通しを 2013 年 10 月時点のものと比
較すると、0.5 ポイントの下方修正となった。要因は
ンが不良債権化するリスクを抱える。消費を腰折れ
させないためにも、中央銀行は政策面で難しい舵取
りを迫られることになる。
消費支出および資源関連輸出が当初の想定以上に伸
び悩むと予測したためである。2013 年には失業率が
5.2%まで低下したが、同年第 4 四半期には上昇に転
10
<国際機関も潜在成長力引き上げに提言>
世界銀行や経済協力開発機構(OECD)もロシア
じた。2014 年も前年と比べ労働需給が緩むとみられ、
の経済成長に対して課題を投げかけている。失業率
それに従い実質賃金の伸びも鈍化、消費支出も当初
がこれまでになく低水準になっていること、投資活
より伸びないと予測したためだ。資源輸出の減少は、
動が不振に陥っていることから、現状のままでは更
カザフスタンからの原油輸入量が減少し、ロシア国
なる成長余力は限られるとし、ロシアに構造改革を
内産原油の精製向け需要増が見込まれるためだ。
求めている。
ロシア政府は 2013 年 10 月時点の経済見通しにお
世界銀行の「第 30 回ロシア経済報告」(2013 年 9
いて、経済成長におけるリスクを指摘している。第
月)では、新しい経済循環を生み出すために、経済
1 のリスクはインフラ投資が進まない点だ。例えば、
多様化を促進し、新しい産業または市場でのビジネ
ガスプロムの 2014 年の資本投資額は前年と比べ 1 割
スを創出させる必要があるとする。業種によっては
SOKEIZAI
Vol.55(2014)No.3
特集 グローバル市場は今
一部の企業による寡占状態が進行しており、外的環
いる。科学的成果や特許に基づく事業活動の割合も
境の変化に脆弱になっていると分析する。このため、
OECD 加盟国と比較して極めて低い状態にとどまっ
中小企業の活動に対する支援や競争政策を強化する
ており、企業のビジネスモデルとしてのイノベー
ことを提言している。
ションが確立していないと指摘した。2013 年に行わ
OECD は、2014 年 1 月に公表した「対ロシア経済
れたプーチン大統領の年次教書演説の中でも OECD
審査報告 2013 年版」の中で、生産性の向上とエネ
と同様の問題意識に触れ、教員の待遇改善と養成や
ルギー効率の改善を求めている。前者については教
高等・専門教育を強化する方針に言及している。資
育の重要性を強調している。ロシアでは就学率は高
源エネルギー以外の産業発展を促し、自立的で持続
いものの、OECD 加盟国と比べて教育や労働政策に
的な経済成長を促すためにも、これらの課題解決が
対する公的支出が少なく、現状不十分な職業教育や
急務となっている。
生涯教育の機会提供の環境を整備すべきと分析して
2.在ロシア日系企業によるロシア市場の見方
<欧州企業と事業拡大方針が一致>
「拡大」と回答した企業にその理由を聞いたところ、
2013 年 10 〜 11 月にジェトロが実施した在ロシア
「売上の増加」が最多であった(85.7%)。次に多かっ
日系企業実態調査(63 社回答、2013 年 12 月発表)
たのは「成長性、潜在力の高さ」(79.6%)で、ロシ
によると、在ロシアの日系企業のロシア市場に対す
ア市場の潜在的な成長力が評価されている(図 2)。
る期待は大きい。同調査で、今後 1 〜 2 年の事業展
在ロシア欧州ビジネス協会(AEB)が、ロシア
開を聞いたところ、回答企業のうち 77.8%が「拡大」、
に進出する欧州企業を対象にした同様のアンケート
20.6%が「現状維持」、1.6%が「縮小」であった(図 1)。
(2013 年 3 〜 4 月実施)においても、同じような結
縮小
1.6%
果が出ている。欧州企業がロシア市場に進出する理
第3国(地域)
へ移転・撤退
0%
由として、① 潜在性の高さ(回答企業の 95%、複数
回答)、② 市場の大きさ(89%)、③ 経済のダイナミッ
クさ(89%)の 3 つが最も多く挙がった。
現状維持
20.6%
< 56%の企業が 2014 年は業績改善>
ジェトロが実施した在ロシア日系企業実態調査に
拡大
77.8%
戻ると、2013 年の営業利益見込みについては、回答
企業の 55.6%が「黒字」、30.2%が「赤字」、14.3%が「均
出所:ジェトロ「在ロシア日系企業実態調査」、以降の図表も同じ
図1
今後 1 〜 2 年の事業展開の方向性
売上の増加
衡」となった(図 3)。2014 年の営業利益は 2013 年
と比べて「改善」
(回答企業の 55.6%)と回答する企
業が最も多く、「悪化」の回答はゼロで、「改善」の
要因として、「現地市場での売上増加」に対する期
85.7
待が大きい(図 4、図 5)。
79.6
成長性、潜在力の高さ
生産・販売ネットワーク見直し
悪化
0%
18.4
高付加価値製品への
高い受容性
16.3
取引先との関係
16.3
赤字
30.2%
横ばい
44.4%
6.1
規制の緩和
コストの低下
(調達コストや人件費など)
4.1
労働力確保の容易さ
均衡
14.3%
0
その他
改善
55.6%
黒字
55.6%
4.1
0
20
40
60
80
100(%)
図 2 今後 1 〜 2 年に事業を拡大する理由<複数回答>
図3
今後 1 〜 2 年に事業を拡大
する理由<複数回答>
図4
2014 年の営業利益見通し
Vol.55(2014)No.3
SOKEIZAI
11
77.1
現地市場での売上増加
25.7
販売効率の改善
行政手続きの煩雑さ(許認可など)
79.0
税制・税務手続きの煩雑さ
79.0
その他支出(管理費、光熱費等)
の削減
67.7
人件費の高騰
17.1
調達コストの削減
66.1
法制度の未整備・不透明な運用
11.4
現地政府の不透明な政策運営
48.4
不安定な為替
48.4
8.6
人件費の削減
為替変動
5.7
生産効率の改善
(製造業のみ)
5.7
43.5
インフラ(電力、物流、通信など)の未整備
2.9
輸出拡大による売上増加
22.9
その他
0
図5
20
40
60
80
土地/事務所スペースの不足、地価
/賃料の上昇
38.7
不安定な政治・社会情勢
37.1
取引リスク(代金回収リスク等)
37.1
(%)
100
2014 年の営業利益見通しが「改善」する理由<複数回答>
<市場の成長に高い期待、行政手続きの煩雑さやテ
ロがリスク>
投資のメリットとして、「市場規模/成長性」の
回答(91.9%)が最も多かった(図 6)。
知的財産権保護の欠如
17.7
関連産業集積の未成熟・未発展
17.7
出資比率制限など外資規制
4.8
労働争議・訴訟
4.8
消費者運動・排斥運動
(不買運動、市民の抗議等)
投資のリスクとして、投資環境面で、「行政手続
その他
きの煩雑さ(許認可など)」「税制・税務手続きの煩
特にリスクはない
雑さ」(ともに 79.0%)、「人件費の高騰」(67.7%)
が多く挙がった。安全面では、
「治安、テロ」
(88.7%)、
「紛争、民族/宗教対立」
(61.3%)が多く挙がった(図
29.0
労働力の不足・人材採用難
0
3.2
0
0
図7
20
40
60
80
100(%)
投資環境面でのリスク<複数回答>
7、図 8)。
91.9
市場規模/成長性
17.7
安定した政治・社会情勢
従業員の雇いやすさ(一般ワーカー、
一般スタッフ・事務員等)
土地/事務所スペースが豊富、地価
/賃料の安さ
従業員の雇いやすさ(専門職・技術職、
中間管理職等)
61.3
紛争、民族/ 宗教対立
14.5
従業員の質の高さ
88.7
治安、テロ
40.3
駐在員・家族の居住・生活トラブル
6.5
外国人が巻き込まれ易い事故の存在
4.8
デモ、ストライキ
27.4
4.8
外国人・企業を対象とした犯罪(殺傷害、
誘拐、強盗・盗難、詐欺など)
27.4
インフラ(電力、運輸、通信など)の充実
3.2
当局等による外国人の取り締まり
25.8
取引先(納入先)企業の集積
3.2
環境汚染
17.7
従業員の定着率の高さ
1.6
政争
16.1
(法人税、輸出入関税など)税制面での
インセンティブ
1.6
自然災害
14.5
投資奨励制度の充実
1.6
サイバーテロ(ハッキング等)、
産業スパイ等
8.1
言語・コミュニケーション上の障害の少なさ
1.6
民事トラブル
8.1
裾野産業の集積(現地調達が容易)
0
疾病(深刻な感染症など)
各種手続きなどが迅速
0
その他
駐在員の生活環境が優れている
0
特にリスクはない
3.2
その他
0
図6
12
40
60
80
投資環境面でのメリット(長所)<複数回答>
SOKEIZAI
Vol.55(2014)No.3
100
3.2
6.5
0
0
(%)
20
32.3
図8
20
40
60
安全面でのリスク<複数回答>
80
100 (%)
特集 グローバル市場は今
3.停滞脱却に向けた方向性に関する一見解
現地生産の課題として最も多く挙がったのは、
「品
質管理の難しさ」(46.2%)であった。このほか、
「調
達コストの上昇」、「原材料・部品の現地調達の難し
ある
22.6%
不明
38.7%
さ」
(いずれも 38.5%)といった調達面での課題が多
かった(図 9)。
ない
38.7%
品質管理の難しさ
調達コストの上昇
38.5
原材料・部品の現地調達の
難しさ
38.5
物流インフラの未整備
ロシアの WTO 加盟による事業へのメリット
図 10
46.2
WTO 加盟のメリットとして、「関税の引き下げ」
30.8
(71.4%)をメリットとする回答が最も多く、「通関
限界に近づきつつあるコスト
削減
7.7
手続きの簡素化」、「外国投資に関する規制緩和」が
電力不足・停電
7.7
いずれも 14.3%であった(図 11)。
環境規制の厳格化
7.7
設備面での生産能力の不足
関税の引き下げ
短期間での生産品目の
切り替えが困難
資本財・中間財輸入に対する
高関税
通関手続きの簡素化
14.3
外国投資に関する規制緩和
14.3
0
0
その他
その他の行政手続きの簡素化
7.1
その他の規制緩和
7.1
情報公開の強化
7.1
知的財産権保護の強化
7.1
15.4
特に問題はない
23.1
0
図9
71.4
0
20
40
60
80
100(%)
生産面での問題点<製造業のみ、複数回答>
14.3
その他
< WTO 加盟によるメリットを実感するのは 2 割>
ロシアの WTO 加盟(2012 年 8 月)のメリットが
「ある」と回答した企業は 22.6%にとどまり、8 割近
0
図 11
20
40
60
80
100(%)
ロシアの WTO 加盟による具体的なメリット
<複数回答>
くの企業が加盟のメリットを実感できていない。こ
の要因は、関税引き下げが加盟から 4 〜 8 年かけて
行われること、その他市場開放も加盟から一定の年
数を経て実施されるためとみられる(図 10)。
上記以外の課題として指摘されたもののなかに
は、日本や海外でのロシアのイメージが良くない、
ロシアに深い理解がないことから、日本の本社から
ロシア事業に対する理解や支援を得ることが容易で
はないことが挙がった。このほか、広大な国土を有
するロシアならではの物流に関しても問題点として
挙がった。
Vol.55(2014)No.3
SOKEIZAI
13