「逸脱した」呼称の定義 - 東北大学教育学研究科・教育学部

東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 58 集・第 1 号(2009 年)
「逸脱した」呼称の定義
横 谷 謙 次* 長谷川 啓 三**
背景:家族内の呼称はそれを使用する家族の家族関係を示すとされる。家族内の呼称が適切な場合、
家族関係も適切と考えられるが、家族内の呼称が逸脱した場合、家族関係も逸脱すると考え
られる。
目的:
「逸脱した」呼称の概念的・操作的定義を示す。
定義:
「逸脱した」呼称を 3 種類に分けた。1. 無規定な呼称:相手との関係を全く考慮せずに使用さ
れ る 呼 称、2. 奇 異 な 呼 称: 相 手 と の 関 係 を 奇 異 に「 拘 束 」
(Bateson, Jackson, Haley, &
Weakland, 1956)したまま使用される呼称、3. モデル不一致な呼称:親との関係が同性の子
ども間で異なる呼称
考察:本研究の含意と限界が考察された。
キーワード:
「逸脱した」呼称、親族呼称、家族関係、定義
1. はじめに
家族内の言語活動は家族の様々な側面を表す(Ferguson,1996;Fishman,1971;Giles & Smith,
1979;金田一,1992;Labov,1994;Miller,1973;Sapir,1985;時枝,1973)。支援的で、かつ、語彙
が豊富な母親の幼児への話しかけは、
彼女の高い学歴(Hoff & Tian,2005)、高い社会的地位(Mistry,
Biesanz,Chien,Howes,& Benner,2008)
、そ し て、居 住 地 域(Vernon-Feagans,Pancsofar,
Willoughby,Odom,Quade,& Cox,2008)までも反映する。また、日頃の家族の相互交流は家族
内の権力やジェンダー役割(Abu-Akel,2002)や地位(Nilep,2009)を露見させる。これらの役割や
地 位 は、同 様 に、家 族 の 相 互 交 流 に も 影 響 を 与 え る(Ferguson,1996;Fishman,1971;Giles &
Smith,1979)
。実際、中国語と英語のバイリンガルである母親とその娘との間では、英語風に話そ
うとする娘に対し、母親は中国語で適切な敬称を使うように指示している(Williams,2005)。
これらの言語活動の中でも、家族内の呼称は特に家族関係を反映する。家族内の呼称は、その呼
称を共有する文化の人々にとって、家族というものに対する心理的な表象と考えられている
(Jones,2004)
。家族内の呼称は、血縁、世代、性別という価値を、ほとんどの文化で共有している
*
**
教育学研究科 博士課程後期
教育学研究科 教授
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「逸脱した」呼称の定義
(Widmer,Romney,& Boyd,1999)
。一方、これらの呼称は、その使用される文化的環境に応じて、
その意味(Alo,1989)や発音(Sakurai,1984)を変化させる。また、家族内の呼称は、呼び手と呼ば
れ手とが互いの関係を了解した現象ともいえる(Hale,1989;Kang,2003;鈴木,1972;Wilaiwan,
1988)
。例えば、子どもがある人物を「父さん」と呼ぶとき、子どもはその人物を父親として認めて
いると同時に、その人物も子どもを「息子(娘)
」
と認めていることを示している。
仮に、これらの家族内の呼称が逸脱した場合、家族関係は悪化することが予想される。例えば、
子どもが父親を「山田さん」と呼んだ場合、子どもは彼を父親として認めていないのかもしれない。
もしくは、父親がその子どもを自分の子として認めていないのかもしれない。いずれの場合にして
も、父子関係は悪化していると捉えられる。実際特定の人称代名詞は悪化した家族関係と関連して
いる。例えば、問題解決の会話中、二人称(you)が多くなればなるほど、夫婦間の満足が低下する、
ということが示されている(Simmons,Gordon,& Chambless,2005)。また、家族に「私が何かさ
れる me-focus conversation」という会話は家族内の敵意や批判と強く相関する、ということも示さ
れている(Simmons,Chambless,& Gordon,2008)。
本研究の目的は、家族内の逸脱した呼称を適切に定義することである。
2. 定義
家族内の逸脱した呼称とは、A. 家族関係を規定しない呼び方、B. 家族関係を奇異に規定する呼
び方、C. 家族関係を混乱させる呼び方、の三つを考え、それぞれ、無規定、奇異、モデル不一致な呼
称と言う。なお、これらのいずれにも該当しない場合は、逸脱した呼称はないと判断する。
2-1. 無規定な呼称
無規定な呼称とは、相手との関係を規定しない呼び方である。例えば、父子にもかかわらず、子
供が親を「お前」と呼んでいる場合と「父さん」と呼んでいる場合を比較する。前者の場合、「お前」
という呼び方は父親だけでなく、友人、恋人、見知らぬ子供など、誰に対しても使用できる。一方、
後者の「父さん」
はこの親子間でしかできない呼び方である。こう考えてみると、前者は親子関係に
もかかわらず、親子関係を表し、
「拘束(bind)する」
(Bateson,Jackson,Haley,& Weakland,
1956)呼び名を使用していない。一方、後者は親子関係を表し、拘束する表現をしている。したがっ
表 1 無規定な呼称の定義
関係レベル
カテゴリー名
罵倒二人称
貴様、おまえ、おめぇ、おめ、てめぇ、
おのれ
呼びかけ拒否
呼ばない、特になし、不明、知らな
い、忘れた、・・・
通常二人称
あなた、君(きみ)
呼びかけ
ねぇ、おい、ちょっと
全体レベル
夫婦関係以外 b
該 当
非 該 当
? a、呼ばない? a、名前は呼ばない a 名
まえは呼べない(赤ちゃんだから)a
a:両者が無視している関係かどうか不明瞭なため、非該当とされる。
b:夫婦関係ではお互いを示す呼称として使用されるため、無規定には該当しない。
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東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 58 集・第 1 号(2009 年)
て、前者は家族関係を規定していない呼称、つまり無規定( unbound )な呼称、といえる。
表 1 に具体例を示す。まず、どの家族関係が使用しても無規定となる呼称を説明したあとに、特
定の家族関係が使用した場合に無規定となる呼称を説明する。便宜的に前者を全体レベル、後者を
関係レベルの無規定な呼称とする。
全体レベルの無規定な呼称には、
「罵倒二人称」と「呼びかけ拒否」の二つが該当する。「罵倒二人
称」とは、
「貴様」
「お前」
「手前」
「おのれ」のいずれかから派生した言葉を示す。「貴様」は室町末期
に使用され、当時は目上のものに対する二人称として使用されたが、江戸時代中頃から対等なもの
に使用され、江戸時代末期から明治にかけては、目下のものに罵辞として使用されている(柏谷,
1969;辻村,1953)
。
「お前」は、平安朝以前は、高貴な人間の傍を示す言葉として、御前(おほまえ)
として遣われていたのを起源と考えられ(辻村,1968)、江戸前期までは、敬意の強い語として自分
よりも上位の者に使用されたが、文化・文政頃から、自分と対等もしくは自分よりも下位の者に使
用されるようになった(尚学図書編集,
1981)
。
「手前」は自分の領分や力の範囲を当初示していたが、
対称詞として、
対等もしくは目下のものに対して言う表現になった(尚学図書編集,
1981)。
「おのれ」
は、
「称格の如何に関せずして専ら実体その者につきて指すもの」
(山田,1936)と定義され、「貴様」
と同様に相手を罵倒した表現とされる(岡野,1969)。
「呼びかけ拒否」
とは、
相手を意図的に無視する行為である。例えば、
「呼ばない」
「特になし」
「不明」
「しらない」
「忘れた」
「・・・」など、呼びかけていないことが明確な場合である。一方、「?」
「呼ば
ない?」
「名まえは呼ばない」など、相手を無視していない可能性が少しでも考えられる場合は、呼
びかけ拒否とはしない。
「罵倒二人称」
は、
相手を罵倒し、かつ、相手との関係を考慮していない。「呼
びかけ拒否」
は、相手との関わり自体を拒否している。これらの呼称はいずれも「相手との関係を規
定しない」
という点で無規定な呼称の定義に合致している。
次に、関係レベルの無規定な呼称である「通常二人称」と「呼びかけ」を説明する。「通常二人称」
とは、
「あなた」
「君(きみ)
」から派生した二人称である。「あなた」とは、対等もしくは上位者に対
して使用され、現在でも「貴男」
「貴女」
「貴方」という当て字が使われ(尚学図書編集,1981)、目上
の人間に対して使用される(岡野,1969)
。
「君(きみ)」とは、当初一国の君主を示していたが、現代
では敬愛の意を示し、男女間で使用される(尚学図書編集,1981)。呼びかけとは、「ねぇ」
「おい」
「ちょっと」などの相手を呼びかける行為である。これらの呼称を夫婦関係以外で用いた場合は、無
規定な呼称とするが、夫婦関係の場合は無規定な呼称とは見なされない。なぜなら、夫婦間では「呼
びかけ(おい)
」や「通常二人称(あなた)
」で婉曲的に相手を呼び合う風習が古くから日本に存在す
るためである(Sakurai,
1984)
。
「通常二人称」
は、
相手との関係を考慮していない。また、
「よびかけ」
は相手との特定の関係を規定していない。これらは共に「相手との関係を規定しない」という無規
定な呼称の定義に合致している。
2-2. 奇異
「奇異」な呼称とは相手との関係を奇異に規定する呼び方である。例えば、成人した娘が自分の母
親を「田中さん」などと過度に形式的な表現で呼んだり、母親がその娘を「花子ちゃま」と過度に依
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「逸脱した」呼称の定義
存的な表現で呼んだりした場合に該当する。
全体レベルの(どの関係が使用しても)
奇異な呼称は「敬意を示す接尾辞」
「罵倒を示す接尾辞」
「動
物を含んだ呼び名」
「紹介用親族名」
「その他」である。また、関係レベルの呼称は、夫婦関係、親か
ら子への関係、及び子から親への関係に分かれており、夫婦関係においては「依存を示す接尾辞」と
「敬意を示す接尾辞」が、親から子への関係には「敬意を示す接尾辞」が、子から親への関係には「本
名を含んだ呼称」
と「直系を誤った親族名」
がある。これらを表 2 に示す。
全体レベルの奇異な呼称の「敬意を示す接尾辞」には「様」と「殿」が挙げられる。「様」
「殿」は共に
公文書に使用され、改まった形と考えられている(櫻井,1992)。特に殿は、世間一般には使用され
ていない言葉である(櫻井,
1992)
。
「罵倒を示す接尾辞」には、
「くそ」と「ばか」が挙げられる。
「くそ」
は、罵倒語の一つであり、排泄物を利用したところからも容易に想像できる(絓,2001)。また、「ば
か」も日本語で広く使用されている罵倒語の一つである(川崎,1980)。なお、ここには含んでいな
いが、
「○○すけ」
(例:ちびすけ)
、
「○○さく」
(例:ぬけさく)もいずれも罵倒を示す接尾辞と考え
られる(岡野,1969)
。
「動物を含んだ呼び名」には、「サルすけ」
「たぬき」
「しまりす君」
「とら氏」が
挙げられる。
「サルすけ」
「たぬき」は、人の身体的特徴、もしくは、性格的特徴を動物のようにたと
えた罵倒語と考えられる(堀内,1978)
。一方、
「しまりす君」
「とら氏」は、動物のたとえとしての罵
倒語としての一部を持つ一方で、
「君」
という親しみや「氏」という敬意を含んでいる点で、やや特異
と考えられる。
「三人称親族名」
には「はは」
「ちち」
「父親」
「兄」
「山田さん」
「田中くん」が挙げられる。
表 2 奇異な呼称の定義
関係レベル
全体レベル
夫婦関係
親から子への関係
子から親への関係
カテゴリー名
該 当
非 該 当
敬意を示す接
尾辞
殿、様(ちゃま)
罵倒を示す接
頭辞
くそ、ばか
動物名
サルすけ、たぬき、とら氏、ねこ、
あだ名全般(ぶー、ちー、ぽん、)
しまりすくん
三人称親族名
はは、ちち、父親、兄
その他
山田さん、女
依存を示す接
尾辞
本名+ちゃん
本名+君
敬意を示す接
尾辞
本名+さん
敬意を示す接
尾辞
本名+さん
本名を含んだ
呼称
本名+さん
本名+ちゃん
本名+君
本名
直系を誤った
親族名
おじさん
おばさん
ひろちゃん、あきちゃん
本名
ぱぱ、まま、
じじ、ばば、おとうさん、おかあさん
祖父母―両親間は義理の関係が含まれるため、「本名+さん」は奇異な関係にはならない。
思春期の息子「ぱぱ」
「まま」も該当する。
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東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 58 集・第 1 号(2009 年)
「はは」
「ちち」
「父親」
「兄」
は、二人称として使用されずに、三人称として使用される。例えば、誰か
に説明する際に「母は現在所用で出掛けております」という場合である。また、「その他」には「山田
さん」
や「女」
が挙げられ、これらの呼称は通常の家庭では使用されない。
「敬意を示す接尾辞」
は、家族という私的な関係に対して、公式な関係を持ち込んでおり、「罵倒を
示す接頭辞」と「動物名」は、家族という日常的に接する関係に対して、常に罵倒を示す関係を示し
ており、
「三人称親族名」は、家族関係という私(二者)的な関係を、三者的関係としてとらえなおそ
うとしており、
「その他」
は明らかに奇異である。これらの呼称はいずれも家族関係を奇異に規定し
ている、という点で、奇異な呼称の定義に合致する。
次に関係レベルの奇異な呼称を示す。夫婦関係においては「依存を示す接尾辞」
「敬意を示す接尾
辞」
があり、
親から子への関係には「敬意を示す接尾辞」があり、子から親への関係には「本名を含む」
と「直系を誤った親族名」
がある。
「依存を示す接尾辞」には「ちゃん」
「くん」の二つがある。
「ちゃん」
(例:花ちゃん)
は目上から目下に、もしくは、同輩同士に親しみを込めた表現である(尚学図書編集,
1981)
。接尾辞の君(くん)
(例「山田君」
)も同様に目上から目下に向かって、もしくは、同輩同士で
かわされ、身内意識を意識させる機能があると考えられる(任・井出,2007)。また、「敬意を示す接
尾辞」に「さん」がある。
「さん」とは、様の略語であり、最低限の経緯を示す表現と考えられる(卜,
2004)
。
「本名を含む呼び名」
とは、
相手を名前で呼ぶ場合である。「直系を誤った親族名」とは、父親・
母親という直系にも拘らず、傍系として「おじさん」
「おばさん」と呼ぶ場合である。
夫婦関係において、
「依存を示す接尾辞」―「ちゃん」
「くん」―は、夫婦が共に甘えた関係を示し
ている。子どもがこれらを頻繁に聞く、ということは、両親が子どもの前でも親役割よりも夫婦役
割をより多く取っている、ということが考えられる。日本社会においては、第一子の出生と同時に
夫婦間の呼び名を「お父さん」
「お母さん」と呼び変え、親役割をとることが報告されている(金,
2002;佐藤,2007)
。ここから、思春期の子どもの前でも夫婦役割を頻繁に取り続けているのは、親
役割を適切にとっていないと見なされ、奇異と考えられる。また「敬意を示す接尾辞」は相手に敬意
を示しおり、他人行儀な面が考えられる。家族という私的な関係に対して、他人行儀的な関係を持
ち込んでいる点を考えると、奇異と考えられる。また、親から子への関係の「敬意を示す接尾辞」も
親が子に対して他人行儀な関係を持ち込んでいることが考えられる。これも同様に奇異と考えられ
る。
子から親への関係には「本名を含む」と「直系を誤った親族名」とがある。「本名を含む」とは、子
どもが親を本名で呼んでいることを示す。
日本においては、通常、家族内で自分よりも目上の者には、
本名ではなく、親族名が使用されている(鈴木,1972)。この点を考えると、本名を含む呼び名は、
親を目上の者として見ていない関係と考えられる。また「直系を誤った親族名」は子どもが親を第
一親等ではなく、第三親等としてみていることを示す。日本においては、現代でも家父長的風土を
維持しており、血縁・直系を重視していることが指摘されている(大竹,1977)。このような直系を
強く意識する社会において、直系を誤った表現は、親との血縁関係を暗に否定するものと考えられ、
奇異な表現と考えられる。なお、
「父親」
「母親」に対して「じじ」
「ばば」を使用している場合は、奇
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201
「逸脱した」呼称の定義
異な表現と考えない。なぜなら「じじ」は年老いた男子の称として用いられ(尚学図書編集,1981)、
必ずしも罵倒を含まないと考えられるからだ。また、家族に子どもや孫が誕生することによって、
父親を「おじいちゃん」
として呼ぶことは頻繁に見られ、奇異な表現とは見なしがたい(金,2002)。
2-3. モデル不一致
「モデル不一致」な呼称とは、家族関係を混乱させる呼び方である。例えば、姉が父親を「親父」と
呼ぶが、妹は「お父さん」と呼んでいる場合である。ただし、異性のきょうだい間で親への呼び方が
異なる場合はモデル不一致な呼称とはしない。なぜなら、異性のきょうだい間の場合、親との関係・
役 割 が 異 な っ て も、そ れ を 理 に 適 っ た も の と 受 け 入 れ る 傾 向 が あ り(Shanahan,McHale,
Crouter,& Osgood,2008)
、家族関係を混乱させにくいと考えられるからである。
「モデル不一致」
に該当するのは「接尾辞不一致」と「詞不一致」である(表 3 参照)。
「接尾辞不一致」
とは、呼称の接尾辞が異なる場合である(例:
「お父さん」
「お父」)。なお、接頭辞が異なる場合はモ
デル不一致とはしない(例:
「お父さん」
「父さん」)。なぜなら、接頭辞の「お」は文脈に基づいて敬
意を示すかどうかが判断されるためである(Mikyung,2003;染谷,1985)。一方、日本語の接尾辞
は接頭辞に比べて敬意や親しみをより多く表しやすいためである(Hale,1989)。母親及び兄弟につ
いても同様である。もう一つは「詞不一致」である。「おとう」と「親父」と「パパ」はいずれの場合も
異なった呼称と考える。なぜなら、
「おとう」の「とう」は幼児語のトトから変容したものであるの
に対し(陳,2001)
、親父は自分の父親や祖父を示す語であり、頭立ったものを示すのに対し(尚学
図書編集,1981)
、パパは英語もしくはドイツ語の外来語であり、パトロンに甘える表現を含み(尚
学図書編集,1981)
、それぞれ語源及び意味が異なるからである。
なお、モデル不一致な呼称と一致した呼称がある場合は、一致した呼称を優先するため、モデル
不一致な呼称とはみなさない。なぜなら、一致した呼称は、親の子どもへのかかわりがある場面に
おいては同等であることを示すからだ。加えて、祖父母と孫関係はモデル不一致に該当しない。な
ぜなら、孫と祖父母が両親と同程度接触することは比較的まれであり、祖父母は第一子を溺愛する
傾向があり、対等に扱おうとする傾向が低いからである。
表 3 モデル不一致な呼称の定義
関係レベル
カテゴリー名
親子と同性きょう 接尾辞不一致
だい関係
詞不一致
該 当
おとう≠おとうさん
おとう≠おっつぁん
おとう≠とうちゃん
非 該 当
おとうさん≒とうさん
おやじ≠おとん≠ぱぱ
注:祖父母孫関係はモデル不一致に該当しない。
注:呼称がふたつあり、ひとつは該当例であり、もうひとつが非該当例である場合は、該当例を優先する。
3. 最後に
本研究は、
逸脱した呼称を A. 家族関係を規定しない呼び方、B. 家族関係を奇異に規定する呼び方、
C. 家族関係を混乱させる呼び方、の三つをそれぞれ定義した。これらの定義を用いて、呼称と家族
― ―
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東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 58 集・第 1 号(2009 年)
関係との関連が検討された。
全ての研究と同様に本研究にも限界がある。まず、これらの定義はすべて、思春期の子どもが家
族の呼称を書き取った場合を想定している。
そのため、聞き手が子どもではなく、親になった場合は、
逸脱した呼称の定義が変わるかもしれない。同様に、聞き手である子どもの年齢が変わっても、修
正を迫られるかもしれない。また、呼称は世代的・地域的差を非常に受けやすい。例えば、本研究
で蔑称としたいくつかの名前は、アイヌ文化や昔の日本においては、親が悪霊から守ろうとするた
めにつけた呼称でもある(金田一,1933)
。また、敬意を示す言語は時代とともに変遷していくため
(辻村,1968)
、本研究での定義が 10 年後も同様の効力を持つかは疑わしい。
にもかかわらず、本研究の定義は、これから呼称の研究をしようとするものにとって、利便性の
高いものになるだろう。まず、
「逸脱した呼称」
という概念を、「家族関係の規定」という観点から簡
潔に整理した点は評価しうる。先行研究において、「呼称」は文化的産物として扱われていたため
(Jones,2004)
、その呼称が家族内で逸脱しているかどうかということは研究されなかった。また、
仮にその呼称が逸脱しているとしても、それは一時的な談話機能(Kang,2003)として解釈されてい
た。本研究は、
「逸脱した呼称」を家族関係が混乱した指標として、一時的なものではなく、より長
期的なものとして捉えなおした。また、
「逸脱した呼称」とされる個々の具体例の一つ一つに対し、
その語の語源や変遷を鑑み、文化的背景を基にして示したことにも意義がある。この点は、先行研
究(Simmons,Chambless,& Gordon,2008;Simmons,Gordon,& Chambless,2005)が実用的視
点で、その歴史的・文化的変遷をほとんど顧みていない、という点と一線を画す。今後はこの定義
を使用して虐待や家庭内暴力などの家族問題と関連を検討していく必要がある。
言葉はその国の文化を端的に示す(金田一,1992)。言葉の原義や変遷を理解していくことは、そ
の国の文化や歴史を理解していく際、大きな手助けとなる。家族の中の特定の呼称に着目し、その
意味を考えていくことは、その家族の文化や歴史を理解することに役立つのかもしれない。
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205
「逸脱した」呼称の定義
資料 1.(質問紙)ご家族について質問させていただきます。なお、この質問以降、母親・父親という
欄(らん)
が出て参りますが、
様々な事情で書きたくない方もしくはあまり覚えていない方は空欄(く
うらん)
のままお進み下さい。
1. ご家族の方は何人いらっしゃいますか(本人自身を含めて)。
人
2. ご家族の中にはどのような方がいらっしゃいますか?下の中から当てはまる方を全て○で囲ってください。
実母、 実父、 姉、 姉、 妹、 妹、 兄、 兄、 弟、 弟、
義父、 義母、 義姉、 義妹、 義兄、 義弟、 祖父、 祖母、 その他( )
3. 家の中では家族同士をどういう風に呼び合っていますか?次のページに下の図表と似たものが出てきます。下の例
を参考にして、次のページに書き込んでください。
参考例(この表は参考です。次のページにご記入ください)
参考例の場合:まず、家には両親と自分の他に兄がいるので、灰色欄(呼ばれる人と呼ぶ人)に二つ「兄」と書く。父親
は母親を「かあさん」と呼んでいるので、「かあさん」のところを囲む。次に父親は自分を「本名(花子)」で呼んでいる
ので、同じように「本名」のところを囲む。父親は兄を「本名(ひろし)+兄ちゃん」で呼んでいる。このとき、欄の中
には適当な呼び名がない。したがって、「その他」のところを囲んで、「本名+兄ちゃん」と書き込む。同じようなやり
方で、母親、本人、兄の分もやる。
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東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 58 集・第 1 号(2009 年)
ご家族の中に「父親」
「母親」
「自分」以外の方(例えば兄等)がいる場合は、その方を灰色の横と縦の欄(らん)に書
き足して下さい。次に、お互いの呼び方を書いて下さい。表の中に適当な呼び方がある場合は、その呼び方を○で囲
んで下さい。もしない場合は、「その他」を○で囲み、具体的な呼び方を書いてください。なお,呼び方が多くある場
合はその中で最も多いものをお書き下さい。決められない場合は全てお書き下さい。
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「逸脱した」呼称の定義
Definition of the ‘deviant’ family nicknames
Kenji YOKOTANI
(Graduate Student, Graduate School of Education, Tohoku University)
Keizo HASEGAWA
(Professor, Graduate School of Education, Tohoku University)
Background: Family nicknames reportedly reflected family relationships in which these
nicknames were used. If the nicknames were appropriate, the relationships were appropriate. If
the nicknames were ‘deviant’, however, the relationships, were deviant too.
Aims: The aim of the present study was to suggest conceptual and operational definitions of
the ‘deviant’ family nicknames.
Definition: The ‘deviant’ family nicknames were categorized into three types. 1. Unbound
family nickname: this type reflects that a family member does not consider any relationship with
another member. 2. Bizarre family nickname: this type reflects that a family member ‘bind’
(Basteson, Jackson, Haley, & Weakland, 1956) another member bizarrely. 3. Incongruent nickname:
this type reflects different parent-child relationships between the same-sex siblings.
Discussion: Implications and limitations of the present study were discussed.
Key words:Deviant family nicknames, kinship terms, family relationships, definition
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