自閉症の研究は、ここ20年の間目覚しく発展し

自閉症の研究は、ここ20年の間目覚しく発展し、様々な治療法の実践によって、絶望的と言われた回
復の道に希望をもたらせています。しかし、どんなに画期的な方法が提唱され、実行されたとしても、
その恩恵を受けられるのは、まだまだごく一部の人です。有能な医師やセラピストが、需要に足りるだ
け何万と各地に配置されている訳ではないのですから、実際に子供たちが接するのは、各理論の基に大
きく枝わかれした中のまさに一個人であり、その時の子供の運命は、その一個人の力量に委ねられてし
まうと言っても過言ではないと思います。特に、一日の大半を過ごす学校は、その明暗を分けます。教
育現場にいる人たちの、無理解、事務的な 対応は、親たちに不信感を与え、最大の援護者になるはず
の親と学校の間に軋轢をうみます。この最悪な状況を避けるために、親たちは、子供を取り巻く人々と
協力関係を作り上げなければならないのです。また、療育に一応の成功を修めて、社会人として職場に
出て行ったとしても、それがゴールではありません。周囲の人たちに、自閉症の理解と協力を求めて、
自閉症を抱えていても、その能力を発揮できる環境を整えてあげる必要があるのです。
このように、自閉症を抱えた子の親たちには、超えていかなければならない壁がいくつもあります。
子供の障害を見極め、療育に関わり、必要なプログラムを作り、管理し、周辺の環境に気を配る−。
そして、情報の氾濫の中で混乱と戦い、何が我が子に必要かを探り、様々なストレスをかわしながら、
時には、奇妙な振る舞いをする我が子に落ち込んだり、また時にはこの上なく愛らしいと思ったり、
絶対に治ると信じたり、何度も葛藤を繰り返しながら療育は進められていきます。長い療育の中で、
時々ふうっと、休憩する時間が訪れます。教育だ、訓練だ、等といった一切の事から一時解放されて
みると、親に出来る事は、子供にかかわって、かかわって、かかわる事だ…と、思えてくるのです。
『 治療計画の最も重要な構成因子は、自閉症児に働きかける、愛にあふれた人が存在していることで
ある。』− テンプル・グランディン −
(文:廣木衞子/協力:のりこレクレア、本田晴子、エイあきこフォング)
参考資料
『自閉症治療の到達点』(日本文化科学社 発行)/太田昌孝・永井洋子
『自閉症の人たちのらいふステージ』
横浜市自閉症児・者
親の会
編著
編
『我・自閉症に生まれて』(学習研究社 発行)/テンプル・グランディン&マーガレット M.マカリア
Autism/Anita Rrley, M.A.C.C.C.
ハンドブック/Autism Society of Los Angeles
FEAT Capital Autism Conference 1997
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わが子の障害を学ぶ/ダウン症
■ダウン症候群
ダウン症とは
■ダウン症の歴史・名前の由来
ダウン症は常染色体異常によって、いろいろな似通った症状が特徴的に見られる、発達遅滞を伴う障
害です。1886年にイギリスの眼科医ジョン ラングトン ダウンによって、初めて
症候群
として
その特徴が一まとめにして報告され、1959年には、その原因が染色体異常であることが確認され
ました。発見者の名前から
ダウン症
と呼ばれるようになりました。
■ダウン症の原因
私達の身体の一つ一つの細胞は、生きていくために最も大切な遺伝情報(遺伝子)を持っています。
それぞれの遺伝子は
染色体
と呼ばれる部分に、たくさん繋がって一まとめになっており、私達は
普通、22対の常染色体と2本の性染色体を併せ、46本の染色体を持っています。常染色体は大き
さ、すなわち遺伝子の情報量の多い順に、1から22までの番号が付けられていますが、ダウン症を
持つ人は21番染色体が1本多くあり(21番染色体が3本あることから21トリソミーと呼ばれて
いる)、この1本多い染色体が、身体と脳の規則正しい発育をわずかに変化させているのです。
ほとんどのダウン症は、卵子か精子のいずれかができるとき、もしくは、受精卵の初期に染色体の分
裂がうまくいかずに起こります。両親は共に正常な染色体を持っており、ほとんどの場合、遺伝とは
関係がありません。なぜ染色体の分裂異常が起こり、1本過剰な染色体ができてしまうのか、今でも
原因は判っていません。尚、ほとんどの染色体異常は出生前診断が可能で、羊水検査・血液検査(カ
リフォルニア州では無料で血液検査が受けられるが、必ずしも正確な結果が得られる訳ではない)が
行われています。
■ダウン症の種類
ダウン症は次の3つの種類に分けられます。
・標準型21トリソミー
ダウン症全体のほぼ95%を占め、両親は正常な染色体を持っていますが、卵子や精子の発達また
は受精のときの細胞分裂の異常によって、偶発的に21番染色体が3本になったものです。
・モザイク型
偶発的な染色体の分裂異常が受精後、体細胞の分裂時に起こったもので、限られた幾つかの細胞が
21トリソミーとなったもので、全体の1%程度です。標準型に比べ症状は軽くなります。
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・転座型
21番染色体が折れて、他の染色体に付着したもので、全体の5%程度です。ダウン症はほとんど
が突然変異によって起こりますが、転座型の半数は親のいずれかが遺伝的な素因を持っています。
■ダウン症の出生頻度
ダウン症は出生児の中では最も多い染色体異常です。それは、原因となる21番染色体が小さく、遺
伝子の情報量も少ないため、他の染色体異常よりも比較的軽度で、胎児の内に死亡することが少ない
からです。一般にダウン症の出生頻度は、1000人に1人で、人種や社会環境には左右されないと
言われています。アメリカでは毎年5000人のダウン症を持つ子供が生まれており、現在、全米の
ダウン症人口は25万人と推定されています。また、ダウン症は高齢出産ほど発生率が高くなること
でよく知られており、母親の年齢が35才以上では400人に、40才以上では100人に1人とい
う調査結果もあります。しかし、実際には35才以下の出産が圧倒的多数を占めることから、約8
0%のダウン症を持つ子供は35才以下の母親から生まれています。これは誰もがダウン症を持つ子
供の親となる可能性を持っていることを示しており、ダウン症という障害が決して珍しいものでない
ことを表しています。
ダウン症の症状・特徴
■心理的特徴
ダウン症の特徴として先ず挙げられるのは発達遅滞ですが、その原因やメカニズムはよく判っていま
せん。生後1年頃から遅滞が現れ始め、その後年齢と共に顕著になってきます。ダウン症の多くは軽
度から中度の発達遅滞と判定されます。また、発達遅滞の中でも特に、舌の動き、鼻・喉・耳の発育
不全などから、言語の発達が遅くなります。しかし、発達に遅れはあっても、その発達の道筋は健常
者と何ら変わるものではありません。性格や行動面では、人懐っこく、おとなしく従順で、人まね上
手と言われています。学習能力の弱さから、固有の能力や才能などが隠されてしまうこともあります。
抽象的な概念形成など複雑な学習を苦手としますが、機械的な作業や具象的な動作・学習などを得意
としており、ダウン症を持つ子供の社会適応は、かなり高いように思われます。
■身体的特徴
ダウン症には、一見して判る独特な顔つきなど、共通するいくつかの身体的特徴があります。小頭・
短頭で、顔だちは平べったく、特に鼻や目と目の間が低くなっています。目は切れ上がっており、瞳
にはブラッシュフィールド斑と呼ばれる白い斑点が点在しています。口の割に舌が大きく、首は短め
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わが子の障害を学ぶ/ダウン症
です。手足は小さく、四肢も指も短めで、小指の間接がひとつ足りなかったり、掌の襞が少ないとい
う特徴も見られます。もちろん個人差があり、これらの特徴が誰にでも現れる訳ではありません。
■運動機能
一般にダウン症を持つ子供は関節が弛緩しており、筋肉も弾力性がありません。これが動作の緩慢さ
を引き起こしています。また、神経系統のコントロールがうまくいかないこともあって、運動機能に
も様々な遅滞が見られます。首座り・寝返り・お座りなどは2ないし6ヶ月、歩行は6ないし18ヶ
月程遅れてきます。更には、腰の力が弱いことから、押す・引く・持ち上げるなどの動作が苦手です。
指の力や握力も弱く、不器用な原因にもなっています。
■感覚機能
目・耳自体にあまり障害はありませんが、様々な理由から二次的に視覚・聴覚認知能力が劣る傾向に
あります。色彩識別(特に青)が悪く、焦点を合わせるのにも時間が掛かることから、いつも霞んだ
ように見え、物事を正確に理解するのが困難だと言われています。その原因は眼球を支える筋肉が弱
かったり、神経系統のコントロールがうまくいかないためです。また近視や遠視・斜視が見られるこ
ともあります。聴覚も脳の聞き分けに関連する部分の発達が遅いため、音の識別が大変不正確だと言
われています。また耳道が細いことから中耳炎になり易く、難聴の原因にもなります。触覚識別能力
も、痛みの感覚や寒冷識別が少し低いようです。味覚は襞の入ったような舌を持つことから敏感なよ
うです。
■合併症
ダウン症の合併症として最も多いのが、先天性の心疾患(約3分の1)です。その他にも、消化器系
では十二指腸閉鎖や鎖肛などがありますが、ほとんどが手術によって治療可能です。上記で述べたよ
うに、眼科・耳鼻科的な問題や、頚椎に異常がある場合は重大な身体的障害を起こすこともあり、い
ずれも各専門医の精密な検査が必要です。また、一般に感染症に対する抵抗力が弱いため、風邪を引
き易く、鼻道や喉が狭いことなどから長引くことが多く、肺炎に罹ることもしばしばあります。治療
可能な合併症は早めに治療し、乳幼児期には感染症から身を守り、健康管理に心がけることがとても
大切です。
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年齢別対策及び留意点
■早期診断
どんな障害でも、早期診断・早期療育は大変重要ですが、ダウン症が他の障害と違うのは、染色体検
査によって何よりも早期診断が可能なことです。90%以上の親が、生後3ヶ月以内にダウン症の宣
告を受けていると言われています。生後直ぐに障害を告知されることは、親にとってはとても辛いこ
とですが、逆に考えれば、乳幼児期から適切な療育を施すことができるので、子供の発達の可能性を
伸ばすのにとても有利です。
■早期介入(Early Intervention)
近年、ダウン症に対する早期療育効果はますます高まっており、0才からの専門家による適切な指導
や、親の普段からの忍耐強い働きかけによって、発達の遅れを最小限に食い止められることが判って
きました。1971年に世界で最も早く開始された、ワシントン法という早期療育プログラムがあり
ます。これは0から5才のダウン症を持つ子供を対象にして、主に粗大運動(gross motor activities)、
微細運動(fine motor activities)、言語(language acquisition)
、身辺自立能力(self-help skills)
の4パターンに分け、それぞれの年齢に応じて発達課題を設け、チェックしていくというものです。
その他にも発達遅滞の子供全般を対象とした、ポーテージプログラムという、ひとつのことを何段階
かの細かいステップに分けて習得させ、ステップ毎にリストを使ってチェックしていく方法も効果を
挙げています。現在、UCLAなど様々な大学や療育機関で早期療育プログラムが行われています。ま
た、普通の子供と同じようにプリスクールに通うなど、どんどん外に連れ出し、いろいろなことを経
験させ、より多くの社会的能力を身につけることが大切です。
■学齢期
ダウン症を持つ子供の多くは、公立学校で特殊教育を受けています。スピーチセラピー・オキュペイ
ショナルセラピー・フィジカルセラピーなどを必要に応じて受けることによって、療育効果を高めて
います。社会性に優れていることから、フルインクルージョンやメインストリームのクラスで、健常
児と一緒に過ごすことも発達を促す良いチャンスです。日常生活に必要な習慣を身につけるために、
自分のことは自分でやらせ、たとえ時間が掛かっても、根気よく、繰り返し教えていかなければなり
ません。また、思春期以降は甲状腺機能の低下によって、肥満傾向になるので、幼い頃から正しい食
習慣を身につけることも大切です。
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わが子の障害を学ぶ/ダウン症
■成人期以降
現在、ダウン症を持つ人の多くは職業訓練を受け、様々な職場や作業所で働いています。以前に比べ、
いろいろなことができることが判ってきたので、地域の人々のサポートによって、いろいろな職業に
就くチャンスも増えてきました。中には特別な才能を発揮している人もおり、社会に対し、ダウン症
という障害を見直させる存在となっています。医療面で注意しなければならないことは、ダウン症を
持つ人は老化が早く進むと言われている点です。しかし、これまでに医療の発達によって平均寿命も
50才位まで伸びており、十分な医療ケアの下、娯楽や趣味などを持ちながら、豊かな生活を送るこ
とも決して不可能ではありません。
親からのアドバイス
■健康管理
感染症に対する抵抗力が弱いダウン症を持つ子供にとって、最も重要なことは、何と言っても健康管
理に心がけることです。風邪を引くと長引き、悪化し易いので、普段から鼻・喉・耳は清潔にしてお
くことが大切です。また、ちょっとした風邪のために長期間、学校を欠席しなければならない場合も
多く、予防接種や抗生物質等の薬の使用について、かかりつけの医師と何度も相談することが必要で
す。心臓に代表される先天性のものや、目・耳など二次的なものも併せ(可能性も含め)、いくつかの
合併症を持っているので、ダウン症と判ったら直ぐに、各専門医の精密検査を受けなければなりませ
ん。特殊なノウハウをもった専門医なら、乳幼児のうちからほとんどの検査が可能です。また、たと
え異常がなくても、少なくとも心臓・目・耳は、定期的に健康診断を受けることが肝心です。
■家庭での訓練
ダウン症を持つ子供の発達を促すには、全身運動に関係するフィジカルセラピスト、手先の動きを見
るオキュペイショナルセラピスト、言葉はもちろんのこと、噛む・飲むなど顎を使った運動全てを含
むスピーチセラピストの存在は欠かせません。しかし日常生活に必要な基本的動作・習慣や、言葉の
習得は、ほんの僅かな負荷を掛けたり、ちょっとした工夫によって、毎日の暮らしの何もかもが訓練
になります。セラピスト達は、子供の身の回りにあるおもちゃなどを使って、家庭でできる様々な訓
練のノウハウを持っています。そうしたセラピストのノウハウを聞き出し、積極的に活用し、いつも
子供に働きかけることを忘れてはなりません。
■忍耐力
何もかも普通より時間は掛かりますが、ダウン症を持っていても発達の道筋が変わることはありませ
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ん。歩く・食べる・着替える・話す・ひとりで排泄するなど毎日の生活に必要な技術は、たとえ個人
差はあっても必ずできるようになります。とにかく忍耐強く、何度も何度も繰り返して教えなければ
なりません。身辺の自立は集団生活には不可欠ですから、子供の将来のために、何事も自分でできる
ようになるまで、我慢して付き合わなければなりません。ダウン症を持つ子供を躾るポイントは、計
画的に、 同じ条件・同じ方法
で、簡単なものから徐々に行うことです。言葉に関しては、聞いて理
解できる言葉と、自分で実際に表現できる言葉の差が激しく、子供の反応が乏しくても、あきらめず
に忍耐強く話し掛け、決して馬鹿にするような態度を取ってはいけません。
■TNI(Targeted Nutritional Intervention)
近年、ダウン症特有の生理代謝のシステムが解明されつつあり、その独特な代謝システムに焦点を合
わせたビタミン、ミネラル、アミノ酸、酵素などを配合した総合栄養剤(NuTriVene-D)と、認識、
記憶能力と学習能力を促進すると報告されているスマートドラッグ(ピラセタム)を併用して採るこ
とにより免疫力を向上させるとともに発達遅滞を緩和する方法が発見され、現在、いくつかの機関が
リサーチを進めています。アメリカ国内だけでも、何千人のダウン症を持つ子供がこのセラピーを受
け、効果を上げています。今はまだリサーチの段階ですが、子供の可能性をより一層伸ばす上で、親
として期待したいセラピーです。
TNIに関する詳しい情報は:
Trisomy 21 Research Inc.
11718 Barrington Court, #511, Los Angeles, CA 90049
Phone: (310) 472-8778 / Fax: (310) 472-5251
http://members.aol.com/TheRagans/index.html
e-mail:[email protected]
個人的に相談されたい方はDr. Leichtmanまで。TNIに関する第一人者です。
Lawrence G. Leichtman., MD
Genetics & Disabilities Diagnostic Care Center
933 First Colonial Rd., Suite 109, Virginia Beach, VA 23454
Phone (757) 425-1969/ Fax (757) 425-1822
http://www.exis.net/leichtman/
(文:深谷三代子/協力:並木靖子、光増美香子、守本智子)
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わが子の障害を学ぶ/ダウン症
参考文献:
「ダウン症児の早期教育」
ヴァレンタイン ドミートリーヴ著
「ダウン症児の早期教育プログラム」
「ダウン症児の育児学」
池田由紀江編著 ぶどう社
藤田弘子編著
「ダウン症児の家庭教育」
同朋舎
丹羽淑子編著
同朋舎
学苑社
インターネット http://rg4.rg.med.kyoto-u.ac.jp/triangle/down-s
巽純子
京都大学医学研究科分子医学系遺伝学講座放射線遺伝学教室
インターネット http://infofarm.cc.affrc.go.jp/˜momotani/welbaby.html
http://infofarm.cc.affrc.go.jp/˜momotani/dsmedfaq.html
JDSN日本ダウン症ネットワーク
メディカルインフォメーション&データベース
・インターネット http://members.aol.com/TheRagans/index.html
・News letter、Summer 1997 by FRIENDS.Trisomy 21 Research Inc.
「ダウン症ってなあに?」
日本ダウン症協会
National Down Syndrome Congress
リーフレット
リーフレット
March of Dimes Birth Defects Foundation
リーフレット
NICHY(National Information Center for Children and Youth with Disabilities)
ット
私が学んだこと
以前どこで読んだか、誰から聞いたか忘れてしまい
ましたが、障害のある子を育てるにあたって心に残
った言葉があります。それは「あせらず、あきらめ
ず、あまえさせず」といった言葉です。
たった3つの言葉ですが、子供と
どう接してよいか分からなく
なった時いつもこの言葉を
思いだします。(N)
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リーフレ