報告:シンガポールのナイトサファリ 心理的抑制と動物展示

報告:シンガポールのナイトサファリ
心理的抑制と動物展示
桧垣 小百合・親川 千紗子・熊崎 清則・上野 吉一
(京都大学霊長類研究所)
もくじ
I.はじめに
I.はじめに ............................... 1
欧米を中心に生まれた動物福祉の考えは、動物
を飼育する施設−動物園、実験・研究施設、畜産
II.沿革とねらい .......................... 2
農場などで広く取り入れられてきた。その観点に
もとづき、欧米の多くの動物園では、人間を中心
III.園内概要 ............................. 3
にした飼育方法から、動物の心理学的幸福に重き
をおいた飼育方法に転換を図ってきた。近年、日
1 トレッキングコース ................... 3
2 トラムコース ......................... 3
本の動物園にも動物福祉の考えが浸透しつつあ
り、従来の飼育方法を見なおし、さまざまな制約
IV.展示・演出技術 ........................ 4
はありながらもより良い飼育方法を模索している
ところである。
1
2
3
4
展示デザイン: OPEN ZOO ..............
植物 .................................
暗闇と照明 ...........................
用水 .................................
4
6
8
9
V.飼育・管理技術 ......................... 9
1 心理的抑制 psychological restraint ... 9
2
3
4
5
電柵・柵 .............................
訓練 .................................
繁殖 .................................
展示例:アジアゾウ ...................
10
11
12
12
VI.感想 .................................. 14
VII.旅行行程 ............................. 14
しかしすでに 1960年代、このような欧米の歴史
的な流れとは異なる独自の次元で、動物の心理学
的幸福を十分に満足させる飼育を実現したのが、
日本と同じアジアのシンガポール動物園とナイト
サファリである。シンガポール動物園は、恵まれ
た熱帯気候と緑ゆたかな二次林を存分に生かし、
OPEN ZOO というコンセプトのもと、柵や塀を
使わずに堀に囲まれた島に動物を飼育している。
シンガポール動物園に隣接するナイトサファリ
は、世界初の夜だけに見て回る動物園である。シ
ンガポール動物園の OPEN ZOO のコンセプトと
飼育技術を受け継ぎ、観客が夜のジャングルを探
索しているような錯覚を起こす工夫が数多くなさ
れている(図 1)。
著者ら 4 名は、シンガポール動物園とナイトサ
VIII.ナイトサファリの一般情報 ............ 16
IX.添付資料 .............................. 16
桧垣 小百合
京都大学霊長類研究所 人類進化モデル研究センター
〒 484‑8506 愛知県犬山市官林 41
Sayuri HIGAKI
Primate Research Institute, Kyoto University
41 Kanrin, Inuyama, Aichi 484‑8506, Japan
e‑mail: [email protected]‑u.ac.jp
図 1.ヒマラヤ丘陵を再現した岩場で
餌を食べるバーラル
環境エンリッチメント │ 1
報告:シンガポールのナイトサファリ 心理的抑制と動物展示 / 桧垣 小百合 ほか
ファリにおける動物飼育の技術や工夫を視察し報
告することを目的として、2002 年 9 月 27日から 29
日までの3日間、当施設を訪問した。ナイトサファ
リは、滞在初日の夜に一般観客として20時から24
時まで見学し、3 日目の 10 時から 11 時までスタッ
フの運転する移動車で、特別に昼間の園内を見学
することができた。
本報告は、計 5 時間の調査とスタッフへのイン
タビューに各種資料の内容をおり込み、ナイトサ
ファリを動物福祉の観点から概観し、評価したも
のである。
II.沿革とねらい
ナイトサファリの誕生は複数の要因が結びつい
た結果である。第一に、熱帯動物の 90%は日没後
に活動を開始する夜行性動物とだと言われる(図
2)。昼間に動物園へ行くと動物が眠っているとい
うことは、よく見られる光景である。動物が本来
活動している夜の時間帯に展示することで、まさ
に動物の姿かたちだけでなく行動を 見せる と
ともに、動物への負担を減らすことが可能にな
る。中には明らかな夜行性と言い切れない動物も
含まれているが、たとえば、多くの草食動物は常
に捕食者への警戒心を持っているために、明確な
活動時間を持っていない。つまり夜も活動するの
である。動物の 生きた姿 を見せるためには、夜
の展示は有効な方法の一つといえる。第二に、シ
ンガポールは赤道近くに位置するため、年を通じ
て日没はほぼ 19 時 30 分で一定しており、すでに
暗闇に包まれた 20 時には開園することができた。
また夜の間は涼しく雨が降ることも少ない。さら
にシンガポール動物園で既におこなわれていたナ
イトツアーの反響から夜の動物園観光の観客層が
存在することがわかっていた。このような背景の
もと、ナイトサファリは計画に 4 年、建設に 3 年
図 2. 餌を探して活発に動くヒョウ
を費やし、1994 年 5 月 26 日 Goh Chok Tong 首相
によって公式に開園した。
図 3. ナイトサファリの園内ガイドマップ(公式パンフレットより引用)
2
III.園内概要
深い二次林を利用した40haの敷地を有するナイ
トサファリでは、大きな 3 つの大陸、アジア、ア
フリカ、南アフリカに生息する 100 種 1000 点以上
の動物を見ることができる。それぞれの動物は自
然の生態を模した 8 つの地理エリアでまとめられ
ており、セレター貯水池による自然の境界線で大
きく 2 つのループ、East Loop と West Loop に分
けられている(図 3)。
スから決まった時間に出発し、ガイドによる生の
解説を聞きながら約 45 分の時間をかけて、3.2km
のコースに沿って園内全体を回る。解説は動物の
生態と、特に絶滅に瀕した動物については、いか
に生息地が破壊されその生存が脅かされているか
を強調していた。
West Loop ではトラム道が動物のいる敷地の中
を通っていて、サンバーなどの中型草食動物をほ
んの数メートル先に見られることもある。観客を
トラムに乗せて人の動きを制限しているからこ
1. トレッキングコース
そ、逆に動物の方を自由に歩き回らせることがで
きているのである。しかしトラムや観客との接触
East Loop の 5つのゾーンは3つのトレッキング
コースに沿って歩いて探索するようにデザインさ
事故が起きないように、かつ観客がよく見える距
離まで動物を寄せるためにエサをまく場所を調節
れている(表 1)。夜のシンガポールは昼の暑さか
らは信じられないほど涼しく、蚊などの虫もいな
している。
またトラムの進む道から動物が移動して他のエ
いので快適にトレッキングできる。深い暗闇の中
を自分のペースで歩いて、月明かりほどの照明の
リアに行ってしまわないように、境界にはトラム
道に脱出防止溝(cattle grid:柵囲いの切れ目
中に動物を見つける感覚は、まるでジャングルを
探検しているかのようだ。いつも身の回りに情報
に設ける、溝にスノコ状の桟などを渡して動物の
足がとられ越えられないようにしたもの)が設け
があふれ、確実で安定した環境の中で生活してい
る現代人にとって、暗闇は新鮮な刺激である。暗
られている(図 5)。これは、不安定な足場を怖が
る動物の心理を利用して、移動範囲を制限してい
闇に放り出された無防備な人間が、自由に動き回
る動物と出会ったとき、テレビや写真からは得ら
るのである。
れない動物の力強さを体感する。完全に囲われた
安全な車やバスに乗って動物を見て回る観察で
は、観客が高みから動物を見下ろすような体勢に
なる。一方、ウォーキングコースは自分から動物
の営みを垣間見るという能動的な観察をすること
で、観客を動物と同じ目線で対峙させる空間と言
えるだろう。
2. トラムコース
トラム(両側に窓もドアもない列車のような乗
り物)に乗れば(図 4)、ウォーキングコースでは
見られなかった残りの 3 つのゾーン(West Loop)
も回ることができる(表 2)。トラムはエントラン
図 4. 開放的なトラムで
動物の動きを肌で感じることができる
(公式パンフレットより引用)
表 1. トレッキングコースのゾーニングと配置される飼育動物
Fishing Catトレイル
ネズミジカ
スナドリネコ
カワウソ
レッドパンダ
ヤマネコ
ホエジカ
インドワニ
オオコオモリ
Leopard トレイル
オウゴンヤマネコ
ビンツロング
スローロリス
ヒョウ
マレージャコウネコ
フサオヤマアラシ
メガネザル
ウンピョウ
アミメニシキヘビ
Forest Giantトレイル
シンガポールの原生林
※動物は飼育されていな
い。貴重な原生林の植物
層を散策し、35mの高さの
つり橋から熱帯林の樹冠
部を観察できる。
環境エンリッチメント │ 3
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表 2. トラムコースのゾーニングと配置される飼育動物
East Loop
1.ヒマラヤ丘陵
2.ネパールの谷
ヒマラヤタール
フラミンゴ
バーラル
カワウソ
マーコール
サンバージカ
ムフロン
インドサイ
コンドル
スイギュウ
フ ィ ッシ ン グ キ ャ ッ ジャッカル
アクシスジカ
3.インド亜大陸
バラシンガ
シロエリオオツル
シマハイエナ
アジアライオン
ナマケグマ
ヤマアラシ
West Loop
6.アジア河川地域
バンテン
アカドール
アジアゾウ
8.ビルマ丘陵
インドヤギュウ
タミンジカ
7.南米草原地帯
オオアリクイ
カピバラ
タテガミオオカミ
図5
4.アフリカ赤道付近
キリン
サーバルネコ
ブレスボッグ
ウォーターバック
アフリカスイギュウ
ボンゴ
ブチハイエナ
ナイルカバ
バク
5.インド‑マレー地域
ヒゲブタ
アノア
バビルサ
マレートラ
各境界に設けられた cattle grid
IV.展示・演出技術
1. 展示デザイン:OPEN ZOO
シンガポール動物園の OPEN CONCEPT はナイ
トサファリにも適用されている。動物と観客との
間に、従来の動物園に典型的な太い鉄格子やコン
クリート壁はない(図 6)。動物を前に立っている
と、何の隔たりもなく手を伸ばせば届くような感
じさえする展示である。実際には、水堀や空堀、電
柵、網、シェードなどを駆使して動物を確実に保
持しながらも、それらが観客の視界から目立たな
いように配置し、植物でカモフラージュすること
で開放感あふれるリアルな展示が可能となってい
るのである。
この OPEN CONCEPT を軸に据えて、個々の種
の特性に応じたさまざまな展示タイプと工夫が見
られた。
4
図 6. 観客と動物の間に立つのは
動物名を記したキャプションだけである
展示タイプ 1:
もっとも一般的で、多くの動物に取り入れられ
ている方式は、水堀で動物を囲い、島の中に飼育
する展示である(図 7)。ブチハイエナでは、水堀
の外からだけでなく、展望台のようなガラス張り
のブースで、動物を上から観察できる(図 8)。
図 7. 展示タイプ 1 の模式図:
堀はあまり観客の目に付かないように
草木でカモフラージュされている
図 8. 展示タイプ 1 の模式図:
高台からハイエナの群れを観察できる
図 9. 展示タイプ 2 の模式図:
柵の中は平坦な地面ではなく倒木、岩や池が配置された起伏のある展示場になっている
展示タイプ 2:
トレッキングコースに見られる方式で、高い
メッシュ状の柵(天井部をネットで覆っている場
合もある)で動物を囲い、観客は正面の大きなガ
ラスを通して観察する(図 9)。観客からよく見え
るように、ガラス面に近いところにエサがまかれ
る。このような展示でトラ、ジャコウネコ、また
メガネザル、スローロリスなどの小型霊長類が飼
育されている。
図 10. 展示タイプ 3 の模式図:
小動物は複数種で飼育されていることが多い
展示タイプ 3:
小動物の展示は水堀や空堀などの大掛かりな障
壁で囲むのではなく、高さのある壁と突出した
メッシュ、電柵で動物を囲んでいる(図 10)。ネ
環境エンリッチメント │ 5
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ズミジカ、カワウソなどが飼育される。
『ナイトサファリの展示場写真』
(夜のナイトサファリはフラッシュによる撮影
ことはもっとも効果的な環境エンリッチメントの
一つである。
ナイトサファリは深い二次林の中に位置し、
青々とした自然の植物に恵まれている(図11)。ナ
禁止のため個人の写真資料なし)
イトサファリは建設の計画段階で、できる限り多
くの自然林を残そうと大変な努力がはらわれた。
2. 植物
最終的に施設や歩道を造るために伐採されたの
すべての動物にとって植物は生きていく上でな
くてはならないものである。動物と植物の関係
は、採食や探索の対象、身を隠す場所などあらゆ
る形で存在する。草食動物は言うまでもなく肉食
動物にとっても、飼育場に木や草などの緑がある
写真 4. アリクイのための蟻塚。
写真 1. 野生のトリやリスが
敷地内に入り込んでいることも多い。
写真 5. ネコ科動物の展示場に吊り下げられた肉の塊。
写真 2. 動物によっては
昼間もずっと展示場に出している。
写真 3. 実際にものすごいスピードで突進するアリク
イを見ることができた。(公式パンフレットより)
6
写真 6. 草を食べるカピバラも終日、
緑の多い展示場に出されている。
写真 7. 青々とした下草に覆われる展示場。
写真 8. グラスファイバー強化コンクリート(GFRC)
が使われたヒマラヤ丘陵の岩肌。
写真 10. 動物が風景に溶け込むように
計算された展示。
写真 11.free‑ranging で飼育される鳥類は
昼夜を問わず展示場に滞在している。
て 900 点の木本類を含む 20000 点の植物がナイト
サファリに加えられている。ネイティブの動物で
ないものに関しては、それらの生息地の特質を導
入するため、例えばイッカクサイのためにはネ
パールからガマを、スリランカから黒檀やステイ
ンウッドを取り寄せるというように、約 80種の植
物を輸入して飼育場に植樹している。
写真 9. アカドールに少し脱毛が見られた.
原因はまだ明らかではない。
は、もとの二次林のわずか12%だけだったという。
夜しか開園しないために、観客に遠くを見通せる
ような開放感を与える必要がなく、日光を遮る
うっそうとした森林もそのまま残し、効果的な展
示ができていると考えられる。これによって自然
林に生息していた野生動物の生態を保護するとと
もに、動物園動物をより自然に近い形で飼育する
ことが可能となった。さらに、自然の植物に加え
図 11. ウラジロ(Gleichenia truncata)は
ナイトサファリで多く見られるシダ類の一種
(公式パンフレットより引用)
環境エンリッチメント │ 7
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図 13. クジャクも敷地内でよく見られる
野生動物の一つ
できた。メリットとして、動物を保持するための
図 12. シカなどの展示場の木は
ほとんど金網が巻かれている
もともと木のない場所に木を植え、動物による
破壊に耐えながら緑を増やすのは非常に困難なの
で、シンガポールの安定した気候と熱帯雨林は大
きな利点である。しかし、いくらしっかりと根付
いた自生の植物でも、限られた範囲しか移動でき
ない飼育動物はすぐに食いつぶしてしまう。ナイ
トサファリでも、動物を飼育場内に入れた当初は
かなりの草木が食べ尽くされた。しかし電柵や金
網を巻きつけて木をある程度保護し(図 12)、常
に採食のチャンスがあるように、数回に分けてエ
サとなる十分な植物や果物を入れることによっ
て、自生の植物が食べられることはほとんどなく
電柵やメッシュ板が目につきにくいということが
挙げられる。さらに、暗闇の中では奥行きを感じ
取るのが難しいため、深い森の中で突然目の前に
動物を見たときに臨場感が増し、ジャングルの中
で動物と間近に対面しているような雰囲気をかも
しだすことができる。一方、観客に動物をはっき
りと見せるためにライトアップしすぎると、この
ナイトサファリ独特の雰囲気は損なわれてしま
う。照明をどの程度の強さにして、どのように配
置するかは設計者たちが直面した大きな課題で
あった。最終的に、スポットライトや舞台照明、ま
た所々に強弱の異なるライトを使って極力やわら
かい照明を作り上げた。高いポールの上についた
太陽灯と白熱灯を組み合わせて用い、全体として
自然の月明かりよりもわずかに強い、青みがかっ
なり、緑ゆたかな飼育場を維持できているという
ことである。
またナイトサファリの敷地内で、将来的に飼育
場として使う森をつくるために建築物などをあえ
て建てずに放置し、植物を育てている場所もあ
る。ナイトサファリの敷地周辺は、保護林で野生
動物に影響があるため木を切ってしまうことはな
いが、高い木は剪定をするなど森林管理は積極的
におこなっている。周辺や貯水池の野生動物がナ
イトサファリ敷地内に入ってくることも多く、そ
れもまた展示効果に一役かっているそうだ(図
13)。
3. 暗闇と照明
ナイトサファリは夜だけに開園することに徹し
たため、暗闇のメリットを最大限に生かすことが
図 14. 高いポールの上についた電灯
8
図 15. ガラス面近くにまかれた餌を
取りにくるスローロリス
図 17. シンガポール公益事業庁(PUB)の管轄下に
ある国内 19ヶ所の貯水池の一つ、セレター貯水池
た色合いになっている(図 14)。
実際に見学していると、ウォーキングコースで
は動物がすぐ見つけられないこともしばしばあ
ているわけではなく、ナイトサファリ全体で一つ
につなげられており、貯水池の水を何の処理もせ
り、じっと目をこらして捜すのもまた楽しいもの
だった。また開園中 2、3 時間ごとに柵の一歩手前
ず、そのまま取り込んで園内を回している。貯水
池の生態を破壊しないよう、使用後の水は何度も
あたり(エサが堀に落ちるのを防ぐため:V‑1 参
照)にエサをまくようにしているので、動物が観
フィルターを通してから貯水池に戻している。シ
ンガポールの数多くの貯水池が物語っているよう
客に近いところまで出てきて、エサを探索する姿
を見ることができた(図 15)。
に、この国で水は一番大事なものであると同時
に、ナイトサファリを運営する上でもっともお金
のかかるものである。
4. 用水
ナイトサファリはシンガポール動物園と同様
V. 飼育・管理技術
に、水堀や小さな小川、滝など水を使った展示を 1.心理的抑制 psychological restraint
頻繁に取り入れている(図 16)。それだけでなく (IX.添付資料−参照)
人と動物の飲料水、園内の施設で使われる下水
等、独立した大規模な施設において、水はもっと
も大切なライフラインだといえるだろう。
ここナイトサファリでは隣接するセレター貯水
池で必要な水をすべてまかなっている(図17)。展
示の水堀に使われる水の流れは各飼育場で独立し
動物園建築の歴史において、1907 年にカール・
ハーゲンベックが初めて堀を使った展示場を造っ
て以来、できる限り観客の目に付かないような障
壁が工夫されてきた。しかしナイトサファリがた
だ観客の見た目に開放的な園になってしまわない
のは、 OPEN ZOO コンセプトの基礎に、 心理的
抑制 psychological restraint によって動物を
展示場にとどまらせるという独自の理念を据えた
からである。鉄骨や電熱線などの物理的な抑止力
のみに依存するのではなく、展示される動物の側
の視点で保持・管理をおこなおうとする姿勢が感
じられる。シンガポール動物園とナイトサファリ
が謳う 心理的抑制 の言葉の意味は、自ら展示
場に留まることを選択するよう動物の心理的欲求
をコントロールして、展示場の外へ出る行動を抑
制するという方法である。たとえば、ナイトサ
ファリでしばしば見られる「水堀に囲まれた島」
図 16. 水堀に魚を入れるのは、展示効果だけでなく
蚊(ボウフラ)の発生をおさえるという目的もある
で動物を飼育する展示は、その動物が 水 いう
要素をおそれる性質をうまく利用したものであ
環境エンリッチメント │ 9
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る。動物の種特異的な行動をよく理解した上で、 ルスの間隔を変えている。夜のナイトサファリで
このように動物と観客を隔てるために必要な障壁 は電柵は暗闇にまぎれてほとんど目につかない
を物理的に設けるものではなく、精神的な壁を動
物に対してつくりだし、越えることのできない障
が、昼間見ると予想以上に多く用いられているこ
とがわかった。水堀や高低差という要素だけに頼
壁としているのである。ただし、水堀や高低差、電
柵などはどれも外へ「逃げよう」とする欲求を抑
らず、省スペースで済む電柵を多く用いると、よ
り大きなスペースを動物が実際に使える部分に充
えるには拘束力の低いものである。それでも動物
が逃げてしまわないのは、内に「とどまろう」と
てることができる。結果的に、ナイトサファリは
動物をより自由に動かせるスペースを確保できた
する欲求を高めるために、飼育場内に十分なエ
サ、身を隠すことのできる場所、自由に動き回れ
ため、それが繁殖成功にもつながっているのでは
ないかと思われる。
る適切な広さを与えているからである。これら多
方面からの動物の行動・心理特性を考慮した工夫
当然のことながら、電柵は毎回実際に痛みを感
じさせるためにあるのではなく、近寄らせないた
を組み合わせ、絶妙なバランスをとることによ
り、 越えさせない のではなく 越えようと思わ
めにある。したがって、できる限り電柵に近づく
可能性がないように、電柵より手前に低木などを
せない 心理的抑制が実現していると考えられ
る。さらに、心理的な嫌悪感は維持されなければ
植え込み、動物がアプローチしにくい工夫がなさ
れている。とはいっても、実際に機能しないダ
ならない。いったん空堀の中に足を踏み込み、大
丈夫だと経験した動物は次からも同じことをする
ミーの電柵になってしまっては困るので、周辺の
ゴミはこまめに取り除き、1週間に1度は草刈りを
ようになる。そのため、スタッフは絶対に堀の中
にエサが落ちないように常に気をつけているとい
して、電圧線をショートさせないように気をつけ
ている(図 19)。園内は細かいブロックごとに分
う。
けて電柵の管理がおこなわれているので、万が
一、ある部分で電柵がショートしても被害を最小
2. 電柵・柵
限にとどめることができるそうだ。
電柵の利用は展示場だけではなく、昼間、動物
堀と同様に必ず用いられているのが、電柵であ
る(図 18)。電柵というとマイナスのイメージで
とらえがちであるが、実際の電圧はとてもマイル
ドで、わずかに嫌悪感をいだかせる程度のもので
ある。電柵の嫌悪感を形成するために、最初は経
験によってある程度学習させる場面も設定すると
が生活する飼育場にも同様に利用されている。ア
ジアゾウの屋根のある飼育場は、コイル状に巻か
れたバネのような太い電圧線で囲われていた(図
20)。身体の大きさに合わせるとこれだけ太いコ
イル状の電柵が必要になるのだが、その代わり、
ゾウによく用いられる鎖と重り付きの足かせは使
のことだった。その後、堀の幅に対して電柵の高
さをどれぐらいにすればよいかといった具合は、 われていない。電柵の内側ではゾウはまったく自
動物によって試行錯誤を重ね、ベストなものを見 由に振舞うことができるのだ。
つけていくのだという。また動物の身体の大きさ
や敏捷性に応じて、電圧の大きさや電気を流すパ
図 18. 水堀に覆い被さるように張られた電圧線
10
ナイトサファリで利用されている柵は、従来の
動物園から想像されるような太い鉄の棒が並んで
図 19. 広いゾウの展示場を一人で清掃するスタッフ
3. 訓練
ナイトサファリを見学していてもっとも驚かさ
れたのが、大型鳥類の展示である。両側に低い柵
のついたウォーキングトレイルを進んでいくと、
片脇に一つのキャプションがあり、ふと見上げる
と、わずか 2、3 メートルほど離れた一本の木にマ
ネキンのように鳥がとまっている(図 24)。空を
飛べば逃げていってしまう鳥が、柵も天井ネット
もない木にただ留まっているのである。これはテ
リトリーをもつという動物独自の特性を生かし、
事前に十分時間をかけて訓練をすることで、まっ
図 20. ゾウの体に合わせて作られたコイル状の電圧線
たく物理的拘束なしに(free‑ranging)、心理的抑
制だけで一定空間内に留まらせる展示を実現させ
いる柵とは違う。草食動物を例にとると(図 21)、 た例である。
まず展示場の前面部には細い鉄のメッシュ板(図
鳥類の訓練は、まず室内で止まり木にじっと止
22)が傾斜をもたせて設置されている。草食動物 まる練習から始まる。次に外に出る練習を始め
は特に、足が入り込んでしまうメッシュに踏み込
むことを嫌うため、心理的抑制がかかる。そして
展示場の奥は、太い鉄の棒を支柱にしてメッシュ
が張られた柵で囲まれている(図 23)。上のほう
は、少し展示場側に覆いかぶさるように突出して
いて、動物が乗り越えにくいようなっている。
る。このとき、最初のうちは飛んで逃げる場合が
あるので、風切り羽を切る。その後、外に出す時
間を徐々に長くしていき、長時間外に出ることが
できるようになると、再び風切り羽を生やし、訓
練終了となる。まったくの free‑ranging のため、
カメラの強いフラッシュなどで急に驚かされると
図 21. 複数の柵を効果的に配置した展示場の模式図
図 22. メッシュ板
図 23. 細い鉄(直径 5mm ほど)のメッシュ
(5cm × 5cm ぐらい)が張られた柵
環境エンリッチメント │ 11
報告:シンガポールのナイトサファリ 心理的抑制と動物展示 / 桧垣 小百合 ほか
図 25. 数十羽の大きな群れをつくっているフラミンゴ
4. 繁殖
繁殖率は、動物の福祉を評価するよい指標の一
つと言っていいかもしれない。ここナイトサファ
リでは、1994 年に公式に開園する前からすでに、
4 3 種の絶滅危惧種のうち 1 8 種で繁殖が可能に
なっていた。シンガポール動物園ではいまだ達成
されていない種でも成功しており、アジアゾウや
図 24. 私の目の前、数メートル先の枝に
じっと留まるフクロウ
フラミンゴもその一例である。フラミンゴでは、
展示場の水の深さを調節したり、足場や巣を作る
その場から逃げていってしまう。しかしその場所
ための土の質を変えたりして、産卵、抱卵をうま
く促すように工夫している(図 25)。また飼育動
がすでに動物にとって自分の居るべきテリトリー
となっているため、しばらく経つと戻ってくるの
物の生息地のフロラ、ファウナを再現し、維持で
きるように綿密に計算して植樹している。100 種
だそうだ。
free‑rangingによる展示は心理的抑制の究極の
の展示動物の約半数が絶滅危惧種というナイトサ
ファリにおいて、こうした繁殖プログラムを確立
姿であるが、その他の飼育形式でも、展示場に細
かい工夫を施した上で、動物を段階的に訓練して
し促進させることは、種の保存施設としての役割
を高める上でますます重要になっている。
初めて心理的抑制が可能になっていると考えられ
る。たとえば、開園前の昼間はほとんどの動物が
滞在 1 日目の夜にナイトサファリを見学してい
たとき、幸運にもガラスケージのすぐ近くでジャ
飼育場や室内ケージにいるが、夜、動物を「展示
場に出してそこにとどまらせる」という基本的な
コウネコが交尾をしているのを見ることができ
た。警戒心の強い夜行性の動物にとって、観客の
タスクも、訓練によって達成させる。毎日決まっ
た時間に展示場に放し、そこでエサをやることか
喧騒はかなりのストレスになっていそうだと思っ
たが、繁殖行動、その他の活発な行動を見ると影
ら始め、30 分、1 時間と徐々に時間を延ばしてい
く。また完全に夜行性ではない動物は、
「夜にエサ
響はあまりないかもしれない。
を食べる」という生理的な行動も、徐々に給餌時
間をずらしていくことによってかなり順応させる
5. 展示例:アジアゾウ
ことができるのだという。動物にとるべき行動を
しっかりと 学習させる ことが、逃避欲求を持
が、実際に一つの展示の中でどのように応用され
ているかを、アジアゾウを例にとって示す。
最後に、今まで挙げた多方面からの技術と工夫
たせないコツなのではないだろうか。またこの場
ゾウは肉食獣などと同様に危険性が高く、飼育
合、いわゆる ムチ により訓練するのではなく、 がもっとも難しい動物の一つだと言われている
アメ による正の強化で訓練すべきことは言う が、ここナイトサファリではアジアゾウの展示も
までもない。
OPEN CONCEPT の例外ではない。アジアゾウの
展示場はトラムのみで見学する West Loop の一角
12
図 26. ゾウの展示場を上からみた模式図
図 27. ゾウの展示場を横からみた模式図
図 28. コドモを含む 4,5 頭の群れで展示されている
ゾウ(公式パンフレットより引用)
図 29. トラム道の土手の縁から見た展示場
にあり、観客は深い森を背景にして 4,5 頭の群れ
で動くゾウの迫力を間近に感じることができる。
動物が自由に動き回れる敷地は、横幅の広い U
字の形をしていて、奥行き 30 m、横幅 100 m程度
の広さだった(図 26)。体長 5.5 m〜 6.4m、体高
2.5 m〜 3 m、体重 3 〜 5 t、1 日 18 時間を採食に
費やして 150kg の植物を食べ、200 リットルの水
を飲むというアジアゾウの形態的、生態的特徴か
ら見て、けっして十分な広さとはいえない。それ
に対して、動物を保持するための障壁は、トラム
が通る道と飼育場を隔てる高さ 2〜 3mほどの土手
図 30. ゆるいコイル状の電柵
と電柵である(図 27,29)。これは、跳躍が苦手な
ゾウの性質に基づく高さを利用した心理的抑制で
るようにしたところ、あえて外の枝葉を食べなく
ある。
さらに奥にある森と隔てるために、ゾウの飼育
なったとのことだった。このように展示場の広
さ、電柵の負荷、採食のチャンス等のバランスを
場でも使われていたコイル状の電圧線(V‑2 参照) うまくとることで、ゾウのように大きく危険な動
で囲まれている(図 30)。この電圧線が張られて 物さえも、けっして大掛かりなシステムを用いず
いる位置はそれほど高くなく、ゾウが身をのりだ
すことも可能だったので、動物を導入した当初
に飼育できている。
は、柵のむこうの枝葉をかなり食べつくしたらし
い。しかし、飼育場内に十分なエサを頻繁に入れ
環境エンリッチメント │ 13
報告:シンガポールのナイトサファリ 心理的抑制と動物展示 / 桧垣 小百合 ほか
VI. 感想
今回のシンガポール動物園、ナイトサファリ視
察見学は、多くの意味でショックを受けた。私に
とって海外の動物園を見学するのは初めての経験
だったが、私の中にある「動物園」という概念を
くつがえされる衝撃を受けたのは、それが単に外
国にあるものだったからでないことは確かだ。
ナイトサファリは、シンガポールのもっとも有
名なアミューズメントスポットとして海外からの
ろう。
ナイトサファリはシンガポール動物園で培われ
た 20数年の技術を受け継ぎ、安定した気候と緑豊
かな二次林に恵まれていたという点で、他の動物
園に真似ができない部分もある。
それでも、ナイトサファリが目指そうとする動
物の飼育・展示手法の中に、動物を飼育する上で
学べるものは非常に多かった。
観光客も多い。しかし観客を夜の森に連れ込み、 VII. 旅行行程
単に刺激を与えて楽しませるだけの空間ではな 日程:
い。短い開園時間の中でも、動物園で観客に何を
みてもらいたいかというメッセージがまっすぐに
9 月 27 日〜 9 月 30 日
伝わってくる展示だった。動物の獰猛さ、かわい
らしさ、奇抜な色、珍しい姿かたちなど、ある一
参加者:
檜垣 小百合、親川 千紗子、熊崎 清則、
面だけを切り取って見せるのではなく、彼らが野
生でいかに生きているかを文脈の中に示そうとし
上野 吉一 (京都大学霊長類研究所)
ている。生物は同じ 生きる という目的のため
に、それぞれ固有の営みをしている。地球を共有
する動物たちの、そのような生き様を見せること
が動物園の役割なのだと改めて思った。そのため
には、動物が自分の欲求どおりに振舞うことがで
き、持っている能力を最大限に発揮できるような
舞台−展示場を造ってやらなければならない。観
客にとって視覚的に美しく開放感を与えるだけの
動物園ではそれは不可能である。
観客側から見てオープンな展示は、物理的なバ
リアを用いるほうが低コストで時間も労力もかか
らない。しかしナイトサファリがあえて 物理的
抑制 ではなく 心理的抑制 を掲げるのは、動
物側の心理学的幸福を重視した展示をできる限り
目指そうとしているからである。現実的に野生動
物と同じ環境に置くことはもちろん不可能であ
り、飼育できるスペースの限界や、観客と動物の
安全性、飼育管理において直面する多くの難題が
ある。しかし、動物それぞれの行動特性にした
がって心理的にコントロールできる要素を見つ
け、実に細かなところまで計算して植物を植え、
電柵を工夫して配置し、さらに時間をかけて動物
を訓練するといった手間のかかる作業を積み重ね
ることによって、動物に応じた柔軟な展示が可能
になるのではないだろうか。そうして動物が 閉
じ込められている 逃げられない という事実か
ら心理的に解き放たれてはじめて主体的に振る舞
い、かつストレスをあまり受けることなく生活す
る中で、彼らなりの姿を見せることができるのだ
14
ツアー予約依頼:
HIS 名駅バザール
Tel 052(586)6621
日程表(4 日間)
担当 フクナガ トモヒサ
旅行費用:
ツアー代金
ランド代金
出入国税(シンガポール)
出入国税(名古屋)
¥ 58,800
¥ 5,000
¥ 1,600
¥
750
¥ 66,150
(一人あたり)
日程表(4日間):
日付 都市名
時間 スケジュール
08:20 空港集合
9/27 名古屋空港
名古屋発(SQ981) 10:20 名古屋空港発
シンガポール
チャンギ空港へ
チャンギ空港着
15:50 着後
現地係員と共にホテル
へ
9/28 シンガポール滞在 終日 自由行動
(シンガポール泊)
9/29 シンガポール滞在 〜夜 出発まで自由行動
現地係員と共に空港へ
9/30 チャンギ空港発
01:15 シンガポール
チャンギ発 名古屋へ
名古屋着(SQ982) 08:35 名古屋着、解散
現地旅行記録:
9 月 27 日(金)
15:50
16:20
予定通り着陸。
送迎バスでホテルへ。
18:00
タクシーで地元屋台ホーカーズの K o h
Fong へ行き、晩御飯。
19:30
タ ク シ ー で ナ イ ト サ フ ァ リ へ 。( S ㌦
14.60)
20:00
ナイトサファリに到着。一般観光客と同
様にエントランスでチケット(入場料と
21:00
21:00
24:00
トラムで S ㌦ 20.45)を購入。
出発のトラム(日本語解説)に乗るまで
13:00
Rides エリアでゾウに乗せてもらう。
また別の霊長類飼育担当者に話を聞きな
がら Primate Kingdom と The Great Rift
Valley of Ethiopia を見学。
16:00
オランウータンの母子と Animal Photog‑
raphy コーナーで記念撮影。その後、4 人
だけで Small Mammals、Heliconia Val‑
ley などを見学。
18:00
タクシーでオーチャードエリアに戻り、
中華料理のお店で晩御飯。ホテルに戻る。
9 月 29 日(日)
フィッシングキャットトレールを散策。 09:30
時間がほとんどなかったため途中で引き
タクシーでシンガポール動物園へ。エン
トランス横のケンタッキーフライドチキ
返してエントランスに戻った。
トラムで出発。
ンで朝食。
ナイトサファリのスタッフ Hanif さんと
10:30
閉園ぎりぎりまで滞在。閉園後、エントラ
ンスに並ぶタクシーに乗ってホテルに
動物園から園内移動車でナイトサファリ
エリアに行き、昼間のナイトサファリを
帰った。
(S ㌦ 14.65)
車で案内してくれた。
9 月 28 日(土)
09:00
ホテル 1 階でバイキング形式の朝食をと
10:00
る。タクシーでシンガポール動物園へ。
Michael Marshall さんを呼んでもらい、
まずアニマルショーを見せてもらう。
Spirits of the Rainforest Show Foun‑
dation Amphitheaterにてテナガザル、オ
ランウータン、アシカのショーを見た。
その後、Marshall さんと霊長類飼育担当
者に話を聞きながらチンパンジー、マン
ドリル、テングザルを見学。
11:30
シンガポール動物園に戻り、Makan Ter‑
13:00
race でランチ。
Marshall さんと待ち合わせ、オランウー
タンの居室を専門担当者 2 人の説明を受
けながら見学。さらにチンパンジーの居
室を専門担当者の説明を受けながら見学。
その後、Marshall さんと Fragile Forest
を見学して、挨拶をしてお別れ。4 人で
Tropical Crops Plantation と貯水池横
12:00
18:00
のルートを通ってエントランスに戻る。
タクシーでオーチャードエリアに行き、
22:00
晩御飯。ホテルでシャワーを浴びる。
フロントに集合。HISスタッフとともにバ
スでチャンギ空港へ。
トラムに乗って Makan Terrance へ行き、
01:15(9/30)予定通り離陸。
カフェテリア形式のランチをとる。
Animal
環境エンリッチメント │ 15
報告:シンガポールのナイトサファリ 心理的抑制と動物展示 / 桧垣 小百合 ほか
VIII.ナイトサファリの一般情報
Presentation for Indian Zoo Directors Meeting, Veermata
Jijibhai Bhosale Udyan
交通:
Mumbai (ZOOS' PRINT Vol XIV, No. 1, January 1998)
より一部抜粋、日本語訳
ナイトサファリへは、タクシーを使うのがもっ
とも便利である。シンガポールの中心市街地オー
「心理的抑制」
チャードロードからタクシーで約 30 分($ S15 〜
非危険動物種に対する障壁は大概、動物の飛躍
20 程度)で行ける。市内交通 MRT を使う場合はア
距離よりも狭くすることができる。これは心理的
は MRT チョア・チュー・カン駅(Yio Chu Kang) な障壁と言及されることもある。たとえば、水は
から 927 番バスに乗る。帰りはエントランスを出 テナガザルのような霊長類のいくつかの種にとっ
たところにタクシーが待機しており、ほとんど並 て抑止力となる。
ンモキオ駅(Ang Mo Kio)から 138 番バス、また
ぶこともなく乗ることができる。
野生では、多くの種がテリトリーをもつ。彼ら
はテリトリーに閉じこもり、同種の他個体からの
開園:
侵入に対して防衛する。飼育下で動物を 閉じ込
める ためにテリトリーの概念を利用することが
オープン時間帯は 19:00 〜 24:00(エントラン
スプラザのレストランとギフトショップは 18:00
から営業)。日本語解説のトラムが運行されてい
るので、あらかじめ出発時間をチェックして徒歩
ルートを見学するのがよい。出発 5 分前にはエン
トランスのトラム乗り場に引き返し、約 45分間の
トラムコースを回る。トラムは 3 〜 4 台ほどの車
が連結されているので、後ろのほうの車に乗ると
一番前でおこなわれている解説と自分の見ている
動物がずれるので、1 号車に乗るのがおすすめ。
2.8km の徒歩ルートの最低所要時間は 45 分。
入場料:
入場料とトラム乗車料で $ S20.45。
(シンガポール動物園とパックになったチケッ
できる。テリトリーは採集や狩猟のためのもので
あり、餌が与えられる限りはそのサイズはかなり
縮小することができる。
心理的抑制の原理を用いて、タマリンのような
種を障壁なしに木に留めるということが達成でき
る。
たとえば木や食物、水、配偶者などにおいて、生
態的に適切な地位と安全性において、中心に巣穴
を据えてやることに注意したい。
動物は 1 〜 2 週間のあいだ巣穴に閉じ込めてお
く。もっとも劣位の個体が最初に解放される。2、
3 日後、次に劣位の個体が解放される。結局、す
べての動物が解放され、うまくいけば動物はとど
まりその巣穴の周りにテリトリーをもつようにな
る。
トも販売されている)
「障壁タイプ」
謝辞
1. 垂直フェンス(Vertical Fence Barrier)
本報告の視察にあたって、シンガポール動物園
(Singapore Zoological Gardens)の Michael
両側と後ろ側の障壁として使われる基本的な柵
である。閉じ込める方法としてはもっとも効果的
Marshall 氏をはじめ、ナイトサファリ(Night
Safari)の飼育スタッフ他、多くの動物園関係者
であるが、動物や嵐、木の落下によって害を受け
やすい。立脚地の奥行き(footing depth)はフェ
が貴重なお時間をさいて大変暖かく応対してくだ
さいました。またこの視察のために京都大学霊長
ンスの 1/3 になるのがよい。色は見た目を損なわ
ないようにつや消しの黒にするか、他の方法で隠
類研究所 松沢哲郎教授のご支援をいただきまし
た。以上の方々に心から感謝の意を表します。
すとよい(3.参照)。熱帯地域では有効な腐食対
策が不可欠である。
IX.添付資料
2. 折り返し付き垂直フェンス
http://www.zooreach.org/ZooDesign/Basics/ModernZooExhibits
The living animal and its exhibit as interpretor
: Exhibition Techniques in Modern Zoos
Bernard Harrison, Director, Singapore Zoological Gardens
16
(Vertical Fence Barrier with return)
前述に加え、トップに折り返しのあるものは垂
直フェンスをよじ登る動物にも利用可能である。
フェンスの垂直面や折り返し部分のすべて、ある
いは一部に金属シート、ファイバーグラスや他の
7. 片面水堀(One‑sided Wet Moat)
滑らかな素材を使えば、さらに効果的である。
にならないほうがよい。手前の傾斜は、視覚的手
掛かりが得られない場合、動物に深みが増すこと
3. 沈み込み型垂直フェンス
を前もって警告するために必要である。それぞれ
の種に対して、傾斜の勾配と足場の質を考慮すべ
(Depressed Vertical Fence Barrier)
とても狭くないかぎりは、原則として両面が堀
隠すもの(植物など)がうまく利用できない場
所やフェンスが展示の一部になってしまう場所に
きである。水面より上の部分の高さと、折り返し
は随時加える。水生動物や重量の大きい動物で
利用される変形タイプである。
は、埋め込まれた縁は腐食をおこしやすい。
4. 隠れ垣 (Ha‑ha Barrier)
沈み込み型垂直フェンスと、例えば隠すという
点で同様の視覚的効果がある。動物にジャンプす
る能力があるか、よじ登る能力があるかによって
この2つの障壁を正しく選択しなければならない。
この隠れ垣は他の多くのフェンスよりも利用が制
限されており、高さも低くなる。しかし省スペー
スで済む。
5. 両面空堀(Two‑sided Dry Moat)
この堀タイプは視界に入らないようにすべきで
ある。これは観客と展示の相対的高さをコント
ロールすることで可能になり、それができない場
所では前景を際立たせるために展示場の外に細道
を作ったり、植樹したりすることでうまくいく。
(解説に基づいて著者が作成)
8. 片面空堀(One‑sided Dry Moat)
驚きやすい動物や、堀が見えてしまうがどうし
ても必要な場合に適している。この場合は目に触
れる外観に、よりしっかりした景観処理(生息地
を模す)が必要となる。その代わりに、傾斜部分
を(適した植樹を施した)地面のままにすること
もできる。しかし侵食の危険性がある。
(解説に基づいて著者が作成)
6. 家畜脱出防止溝(Cattle Grid Barrier)
(解説に基づいて著者が作成)
家畜のためにしばしば用いられるので、この障
壁はシカなどの野生動物にも取り入れられる。棒
の間隔、深さや全体の幅は、動物の気質と身体能
力を考慮して決める必要性がある。
動物を心理的に抑止できれば、もっともうまく
機能している。寸法についてはグリッドをわたる
乗物との関係も考慮する必要がある。
9. 浅狭水堀(Shallow Wet Moat)
水を積極的におそれる(水を越えてジャンプす
ることさえ抑止させるかもしれない)動物または
テリトリー性の強い動物に適している。水深は落
下する事故の危険性を減らすため、浅くするべき
である。
環境エンリッチメント │ 17
報告:シンガポールのナイトサファリ 心理的抑制と動物展示 / 桧垣 小百合 ほか
10. 強化パイプ壁(Reinforced Pipe Barrier)
サイやバンテン、スイギュウのような大型有蹄
類に適している。高さは動物の肩に合わせるのが
よ い か も し れ な い 。そ れ ぞ れ の 垂 直 柱 は 支 柱
(つっぱり)で補強し、制御装置を取り付けるよう
にする。または水平柱を押し上げてしまわないよ
のインパクト、そして囲われているという印象を
減らすことができる。
14. 壁(Wall Barrier)
主に背面の障壁に用いられ、たとえば侵食され
てできた土手など生息地を模して常に造られる必
うな柱で補強すべきである。
要がある。壁ははっきりと視覚的に目立ってしま
うからである。前面の障壁として用いれば、片面
11. 水平フェンス
これは狭い溝堀を、メッシュを張った金属枠で
空堀(8.参照)の代わりになる。低くなった平地
は、それを見る側に立って注意が払われなければ
水平に覆った障壁である。ネコ科以外のブタやバ
ク、ハイエナなど広くに用いることができる。こ
ならない。また壁の土台部には潜在的に目に見え
づらくなる部分もあるだろう。
の原理は車両が通らないという点を除けば家畜脱
出防止溝 cattle grid と同じである。
15.V 型空堀(V‑Shaped Dry Moat)
12. 電圧線(Hot Wire)
サイのような敏捷性に乏しい動物に対して、両
面空堀の妥協策として使われる。主なメリットは
これは第二の障壁としてのみ利用されるべきで
ある。たとえばもしこれが役に立たなければ、第
建築の簡易さと保持する壁が必要ないことであ
る。斜めになった壁面は侵食や崩壊の危険もな
一の抑制包囲網(動物が観客と接しうる直前の) く、険しい崖のような働きをもつ。しかし、土壌
を越えられる場合である。電圧線は、特に動物の のもつ傾斜許容能にも依存している。
導入期と最初の条件づけの際、第一の障壁を補強
することができる。草本や木を保護したり、同じ
16. フリーレンジ行動学的障壁
展示場内の気性の合わない種を分けたりするのに (Free Range Behavioural Barrier)
も使われる。電気が切れたときのことを常に考え
マーモセットのような極端にテリトリー性の強
ておかなければならない。
い動物は、適切な条件が与えられ維持されれば、
13. メッシュ囲い柵(Mesh Enclosure)
うろつくことなく一所に留まるように条件づける
ことができる。食物、シェルター、安全性、適切
ヒョウのように非常に危険な動物や、オープン
エリアでうまく展示できない鳥に用いられる。方
な社会集団、よい樹上環境(マーモセットの場合)
が与えられる必要がある。また、居住環境パッチ
法を見せるさまざまな構造システム(枠組み、引
張りなど)や技術(視覚的統合)によってメッシュ
が同様の環境から比較的孤立していればなおよ
い。
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