交通事故例調査への EDR データ活用検討 沼尻 到 1.まえがき 1990 年代後半以降のアンチ・ロック・ブレーキ・システム(ABS)の急速な普及拡大は、制動タイ ヤ痕が残らないため交通事故現場における事故状況の把握を困難にした。また、種々の理由から、交通 事故現場に急行して調査する「臨場調査」が困難になっている。 衝突による車体変形及び事故現場状況を基に、エネルギー保存則と運動量保存則を用いて解析を行っ ているものの、計算に用いている車体変形エネルギー平均値と調査対象車両の車体変形エネルギーに差 があるため、調査した事故について、すべてが正確にかつ完全に把握できるとは言えない状況にある。 自動車メーカーは、自らが製造販売した車両に装備されたエアバッグなどの安全装置が適正に作動し たことをモニターするための故障診断装置を装備してきた。最近、故障診断装置の記録内容を充実させ た EDR(イベント・データ・レコーダ)が普及しつつあり、EDR の搭載は車両の取扱説明書に記載さ れている。 EDR データを交通事故例調査に活用することは、より精度が高く、客観性のある交通事故解析につな がる期待が大きい。 ここでは、交通事故解析への EDR データ活用の可能性を検討するため、数例の EDR 搭載車両の事故 例調査結果について報告する。 2.背景 2-1 EDR(イベント・データ・レコーダ)とは エアバッグの展開を伴う衝突などの事象の前後の時間において、車両速度等の車両状態に係わる情報 を時系列で記録する装置または機能がある。これをイベント・データ・レコーダ(Event Data Recorder 、 以下「EDR」という。)という。EDR の多くはエアバッグ制御コンピュータボックスに収納され(図1)、 車両の重心位置付近に搭載されている(図2)。 近年、タクシー業界、運輸業界の車両に搭載されている映像記録型ドライブレコーダとは異なるもの である。 図1.エアバッグ制御コンピュータボックスの例 図2.搭載例 2-2 EDR の搭載 2006 年9月に発売された普通乗用車に EDR が搭載されたのを始まりとして、EDR 搭載車が増加し ている。なお、2006 年9月以前にも EDR と同様な装備をしていた車両も見受けられるが、取扱説明書 に EDR の搭載について掲載されたのは 2006 年9月からである。 2-3 EDR 搭載車両の事故例調査経緯 財団法人 交通事故総合分析センター(以下、 「ITARDA」という。 )は平成 19 年度に国土交通省の委 託を受け、 「EDR データを活用した交通事故例調査」を実施した。平成 20 年度以降は、一般の事故例 調査の一環として EDR 搭載車両の事故例調査を実施してきた。 3.調査方法 3-1 事故例調査解析の手順 ITARDA が実施している事故例調査は、図3に示すような手法で実施している。車両による変形エネ ルギーの違い(平均値との差による)や事故状況が十分に把握できない場合には、事故時の衝突状況な どは解析できないことも起こりうる。 人担当 車担当 道路担当 交通事故発生 調査票事項調査 事故現場調査 車両変形測定 調査票事項調査 調査対象事故選定 写真撮影 調査希望の連絡依頼 車両変形図作成 道路図作成 バリア衝突速度算出 当事者への連絡 傷害情報入手 同意とりつけ 傷害状況・加害部位 インタビュー 人・車・道路担当にて 事故状況図作成 事故要因分析・事故解析 図3.交通事故例調査解析の手順 3-2 事故例調査対象地域 ITARDA の交通事故例調査の対象地域は次の警察署の管轄地域である。 ○つくば中央警察署 ○つくば北警察署 ○土浦警察署 ○石岡警察署 ○取手警察署 ○常総警察署 ○茨城県警察高速交通警察隊 3-3 EDR 搭載車両交通事故例調査 ITARDA の交通事故例調査においては、当事者の同意を得てから調査に取り組んでいる。加えて EDR 搭載車事故例調査においては、次の事項について記載した書面を使用して説明し、同意書に署名をいた だいている。 ○ 調査の主旨 ○ エアバッグが作動したときは交換部品となること ○ 事故の責任や違反を追及するものではないこと ○ プライバシーに関する情報の保護 ○ 交通安全対策の目的のみに使用すること 4.調査結果 4-1 EDR 搭載車両の現状 EDR は 2010 年5月末現在、5社 47 車種に搭載されている。ここで車種と表現したのは、通称名(ク ラウン、フーガ、レジェンドなど)である。 4-2 取扱説明書の記載例 参考に、車両購入者に提供される取扱い説明書中の EDR 関連の記載内容の一例をここに示す。 4-2-1 記録するデータ要素(例) ○ エンジン回転数 ○ 車速 ○ ブレーキペダルの操作状況 ○ アクセルペダルの操作状況 ○ オートマチックトランスミッションのシフトポジション ○ 助手席乗員の有無 ○ 運転席のシート位置 ○ 運転席および助手席乗員のシートベルト着用の有無 ○ エアバッグ作動に関する情報(加速度を含む) ○ エアバッグシステムの故障診断情報 4-2-2 データの開示について(例) ○ 記録されたデータは車両の研究開発を目的に取得・流用することがあること ○ 以下の場合を除き、第三者へ開示・提供しないこと 使用者の同意がある場合 裁判所命令などの法的強制力のある要請に基づく場合 統計的な処理をおこなうなどの使用者や車両が特定されないように加工したデータを研究機 関などに提供する場合 4-3 J-EDR 技術要件策定 国土交通省は平成 20 年3月、J-EDR の技術要件を策定して公表した。この技術要件は強制的なもの ではなく適合は任意である。規定されている内容は、データ要素の種類(必須 12 要素、任意 35 要素) 、 サンプリング率、データ精度と分解能、データ保存能力などである。紙面に限りがあるので、ここでは 情報が掲載されている国土交通省のウェブサイトのアドレスを示す。 (http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha08/09/090328_.html) 2010 年3月末現在、J-EDR 技術要件を完全に満たした EDR を搭載した車両はない。 4-4 EDR 搭載車事故例発生状況 2008 年1月に調査を開始して、2010 年5月までに調査対象とした EDR 搭載車事故例は 10 件であ った。10 件のうち当事者の同意が得られ、EDR を回収してデータを読み出すことができた事故例は、 表1の5件である。 表1.調査事故事例 A B 事故類型 事故例1 普通乗用車(EDR 搭載) 普通乗用車 右直 事故例2 普通乗用車(EDR 搭載) 大型貨物自動車 追突 事故例3 普通乗用車 普通乗用車(EDR 搭載) 正面衝突 事故例4 普通乗用車(EDR 搭載) 普通乗用車 追突 事故例5 普通乗用車(EDR 搭載) 単独(工作物) 4-4-1 事故例 1 Aは往復4車線道路の右折専用車線から右折する際、対向車線の安全確認不十分のまま右折を開始し、 対向から直進通過予定で進行してきたBと衝突したもの。 図4.事故状況 車両速度(km/h) 最大速度変化(km/h) 40 30 20 10 0 25 20 ブレーキ操作 オン 15 オフ アクセル操作 フル 最大速度変化 10 中間 ⊿V:20.5km/h オフ 1500 1000 500 エンジン回転(rpm) 5 エアバッグ展開時間:22msec 0 0 -5 -4 -3 時間(sec) -2 -1 0 衝突判定演算開始時間 図5.衝突前 EDR データ 0 50 100 150 時間(msec) 図6.衝突後 EDR データ 200 A乗員(大人3名)は負傷なし。B乗員は4名(大人 2 名、子供 2 名) 。後部右座席の乗員が顔面、 頭部、右肩、左前脛部をいずれも打撲、頚椎捻挫の負傷(シートベルト非着用)。運転者はシートベルト 着用、子供はチャイルドシートを着用していて負傷なしであった。 A、Bともに運転席、助手席エアバッグは正常作動した。 図4に事故状況を示す。Aが EDR 搭載車両である。 図5には衝突の約5秒前からの EDR データを示す。衝突の4秒前と3秒前の段階でブレーキを操作 していたことがわかり、速度も低下している。アクセル操作の記録はオフ状態を示しており、詳細な操 作状況は不明である。衝突前 1 秒から 500ms を経過したところが衝突判定演算開始時間となっている。 衝突前の 1 秒間隔のサンプリング率と衝突判定演算開始時間はリンクしていない。 図6には、加速度データから得られる最大速度変化(以下「⊿V」という。 )を示す。この衝突による ⊿V は 20.5km/h であった。衝突判定演算開始時間と図6のエアバッグ展開時間の△マークとは同時間 ではない。また、衝突瞬間と衝突判定演算開始時間とは、ほぼ同時と推定されるが、衝突形態により時 間間隔が異なるものであろう。 4-4-2 事故例2 往復4車線道路の信号機つき交差点において、Bが赤信号による停止から信号が青に変わって発進し た直後、後方から直進してきたAが追突したもの。 図7.事故状況 図7に事故状況を示す。Aが EDR 搭載車両である。 図8には衝突の約 5 秒前からの EDR データを示す。ブレーキ操作の記録では衝突1秒前と衝突の間 で操作したものの、衝突までの速度低下は小さく、ほとんど空走中に衝突したとみなされる。アクセル 操作の記録はオフ状態を示しており、詳細な操作状況は不明である。衝突前 1 秒から 900ms を経過し たところが衝突判定演算開始時間となっている。 図9に加速度データから得られる⊿V を示す。この衝突による⊿V は 48.4km/h であった。 この事故においては、A、B(乗員各 1 名)ともに乗員の負傷はなかった。Aのエアバッグならびにシ ートベルトプリテンショナーは正常作動した。 この事故例のように大型貨物自動車後部への潜り込み現象が発生している衝突形態では、車両の変形 エネルギーデータが不足しているために事故解析は難しく、EDR データの活用が有効と考えられる。 車両速度(km/h) 最大速度変化(km/h) 80 60 60 40 50 20 0 ブレーキ操作 40 アクセル操作 30 オン オフ エアバッグ オン 展開時間:4msec 中間 20 オフ 最大速度変化 エンジン回転(rpm) 2000 ⊿V:48.4km/h 10 1500 1000 500 0 0 -5 0 -4 -3 時間(sec) -2 -1 50 100 150 200 0 衝突判定演算開始時間 図8.衝突前 EDR データ 時間(msec) 図9.衝突後 EDR データ 4-4-3 事故例3 Aは往復2車線道路の緩やかな左カーブを進行中、対向車線に入り、対面進行してきたBと正面衝突 したもの(図 10)。Bが EDR 搭載車である。この事故でAは外傷性くも膜下出血、右膝蓋骨骨折、左 肋骨骨折、右踵骨骨折の重傷を負った。Bの運転席乗員は肋軟骨損傷、頚椎捻挫の軽傷、助手席乗員は 頚椎捻挫の軽傷であった。 Aはシートベルト着用、エアバッグは装備されていない。Bのエアバッグ、シートベルトプリテンシ ョナーは正常作動した。 図 10.事故状況 4-4-4 事故例4 Aが往復2車線道路を進行中、脇見運転となって前方停止中のB認知が遅れ、急制動するも間に合わ ず追突したもの(図 11) 。Aが EDR 搭載車である。Aは負傷なし、Bは頸椎捻挫、腰部打撲の軽傷を 負った。Aのエアバッグ、シートベルトプリテンショナーは正常作動した。 図 11.事故状況 4-4-5 事故例5 Aは高速道路の追越し車線を走行中に脇見運転となり、気付いたら左に斜行していたので、慌てて右 にハンドルを切った為に進路右側の側壁に車両右側面を接触(図 12 の A1)、続いて左側の側壁に前面 を衝突(同 A5、A6)させ、スピン状態となり右後部を右側壁に衝突(同 A7)させて停止(同 A8)し た。 A運転席乗員は軽傷(詳細不明) 、助手席乗員は膵損傷、後腹膜出血により9時間後に死亡した。運転 席、助手席のエアバッグ、シートベルトプリテンショナーは正常作動した。 A1 A4 A5 A2 A3 A6 A7 A8 図 12.事故状況 4-4-6 従来手法による解析と EDR データの対比 表2は前述した5例の事故について、これまで ITARDA が実施してきた解析手法と EDR データとの 対比を行った結果である。 表2.従来手法による事故解析と EDR データとの対比 直前速度 km/h 従来手法 不明 バリア衝突 最大速度変化 換算速度 (⊿V) km/h km/h 衝突速度 km/h 8.6 18.6 備考 30.0 事故例1 Y 軸方向の加速度あり EDR データ 18.0 6.0 従来手法 73.6 70.1 EDR データ 78.0 74.0 - 36.3 20.5 49.6 事故例2 従来手法 不明 52.0 - 45.0 48.4 50.0 事故例3 Y 軸方向の加速度あり EDR データ 従来手法 64.0 不明 38.0 35.0 - 25.0 44.9 25.0 事故例4 EDR データ 60.0 28.0 従来手法 124.0 92.0 EDR データ 122.0 92.0 - 50.0 23.3 不明 事故例5 Y 軸方向の加速度あり - 43.3 EDR データの衝突速度は、衝突判定演算開始時における車両速度を、直前速度は回避操作前の車両速 度を読み取ったものである。⊿V は加速度を積分して得られた値である。 従来手法による解析では、車両変形量からバリア衝突換算速度を算出後、状況図により衝突後の移動 距離と移動方向(角度)を求め、車両の飛出し速度を算出して、運動量保存則、エネルギー保存則の連 立方程式により、衝突速度、⊿V を求めている。 なお、直前速度は衝突前の挙動(事故状況)が明確に把握できない場合は不明とせざるを得ない解析 項目である。 従来手法の解析では、車両の変形エネルギーは同クラスの複数車種の平均値を用いており、事故車両 の変形エネルギーが平均値からかけ離れると事故時の衝突状況が正確に把握できない場合がある。同様 に衝突位置、最終停止位置の情報が正確でなければ事故の実態を完全には把握できないことが発生する。 表2において、⊿V の値に従来手法と EDR データとの間に差が発生している原因の主体は EDR デー タが衝突後の Y 軸方向の加速度が検出されていないことにあると考えている。 衝突速度の差(赤文字部分)については、第5項で考察する。 表3.自動車アセスメント試験における衝突速度対比 衝突速度 EDR データ 従来手法 km/h km/h (車外計測) km/h 車両1 車両2 車両3 フルラップ衝突 55.0 54 59.0 オフセット衝突 64.2 63 68.8 側面衝突 55.0 フルラップ衝突 54.9 55 62.0 オフセット衝突 64.2 64 64.6 側面衝突 55.2 フルラップ衝突 55.3 55 62.7 オフセット衝突 63.8 64 66.6 側面衝突 55.3 フルラップ衝突 55.1 55.9 56.9 オフセット衝突 64.3 64.3 60.8 - 55.6 - 52.5 - 54.9 車両4 協力:独立行政法人 自動車事故対策機構 4-4-7 衝突試験車両の EDR データ 表3に独立行政法人 自動車事故対策機構の協力により得られた自動車アセスメント衝突試験車両の EDR データの衝突速度と ITARDA が従来から実施してきた手法で算出した衝突速度を示す。表中の「車 外計測」とは衝突試験時に計測された値であり、信頼性が検証されている値である。 車両1、2、3の EDR データはエアバッグ展開判定時の車両速度、車両4の EDR データはエアバッ グ展開判定演算開始時の車両速度を示している。側面衝突試験では、試験車両は停止状態であるため EDR データは記録されない。従来手法の側面衝突速度は、試験時の車体変形エネルギーに相当する質量 950kg のムービングバリアの衝突速度を計算した値であり、車外計測値もムービングバリアの衝突速度 を示している。 EDR データは、車外計測値とほぼ一致しており、衝突速度に関しては信頼性があるとみられる。 ITARDA の従来手法では、車両の変形量から算出されるバリア衝突換算速度の違い、すなわちバリア衝 突速度を求めている変形エネルギー量と調査対象車両の変形エネルギーとの差が影響して、差が表れて いる。 5.考察 4-4-7項において、EDR データが示す衝突速度は信頼性があると述べたが、表2に示す事故例3 および事故例4において従来手法と EDR データとの衝突速度の差が大きく表れている。 図 13 に事故例3の衝突前 EDR データを示す。 事故例3では、衝突前 2 秒から 1 秒の間にブレーキ操作が行われている。ブレーキ操作による減速度 は最大でも 1g 程度である。衝突判定演算開始時間は衝突前 1 秒から 300msec 後である。 この 300msec の間の減速度は 1.7g と計算され、衝突による減速も含まれていると推定される。 事故例4でも 1g を超える減速度が示されており、同様に衝突による減速が含まれているものと推定 される。 4-4-7項の衝突試験では、衝突による減速は殆ど含まれていないものと考えられ、EDR 搭載車両 の事故例調査を積み重ねて、実事故における EDR データの衝突速度の信頼性を確認することが必要と 考えている。 走行速度(km/h) 70 60 50 40 この部分の 30 減速度が 1.7g 20 10 0 ブレーキ操作 オン オフ -5 -4 -3 -2 -1 0 時間(衝突前) 単位:秒 衝突判定演算開始時間 図 13.事故例3の衝突前 EDR データ 6.EDR データ活用の課題 EDR は科学的かつ客観的な事故解析に有効な装置であるが、活用の検討を進める中で以下のような課 題があると考えた。 6-1 EDR 搭載のユーザーへの周知活動 EDR 搭載車両の事故例調査を行った結果、EDR 搭載を認識しているユーザーは皆無に等しいことが わかった。また、自動車販売、整備の関係者でも EDR 搭載について適確に把握していないことがあっ た。車両の取扱説明書も十分には読まれていないようであり、EDR 搭載をユーザーに周知徹底すること が必要であると感じられた。 6-2 Y 軸(車両の左右)方向の加速度記録が必要 ⊿V は乗員の傷害程度と相関が高いとされており、事故例調査解析においては必須の項目である。現 在市販されている乗用車には、正面衝突対応エアバッグはほぼ 100%の車両に搭載されており、X 軸(車 両の前後)方向の加速度が記録される。衝突後の車両は回転運動などの姿勢変化を伴うことが多く、X 軸方向の加速度だけで⊿V を算出することには無理がある。 よって、⊿V の精度を高めるためには Y 軸方向の加速度記録が必要である。 6-3 低衝撃での記録が必要 現在普及が始まっている EDR は、エアバッグの作動を条件に記録される設定になっているため、歩 行者、自転車、二輪車との事故においては記録がなされない。事故例調査では、四輪車対四輪車、四輪 車対構築物以外に歩行者事故、自転車事故、二輪車事故も調査することが必要であり、歩行者事故のよ うに車両側の加速度(減速度)が小さな衝突の場合でも記録がなされ、科学的なデータが得られること を望みたい。 6-4 ブレーキおよびアクセルの操作状況把握 図5及び図8に示した衝突前 EDR データでは、1 秒に 1 回のサンプリング率のため、ブレーキ操作 のタイミングが正確にはわからない。また、アクセル操作は、記録がオフのままとなっているため、詳 細がわからない。この車両の EDR ではブレーキ操作の記録はオンとオフ、サンプリング率は毎秒 1 デ ータである。アクセル操作の記録は、踏込み量はフルと中間、オフの3段階であり、サンプリング率は 毎秒 1 データである。 事故時のドライバーの回避操作をより詳しく知るためには、ブレーキ操作の記録は毎秒 10 データ程 度のサンプリング率が望ましい。さらに望むならば、ブレーキの踏込み量の程度、あるいは ABS の作 動状況が把握できるとよい。 アクセル操作の記録では、踏込み量は中間よりもオフ側をより細かく把握でき、サンプリング率もブ レーキ同様毎秒 10 データ記録できることが望ましい。 平坦路を 60km/h で走行するときのアクセル開度は 10%程度であり、EDR の記録では殆どオフ状態 の記録となると考えられるからである。この報告例の EDR では、アクセルペダルとブレーキペダルの 踏み間違いのような場合にのみ、アクセル操作状況が記録されるものと思われる。 7.おわりに 交通事故調査解析に EDR データを活用することによって、さらに科学的かつ客観性の高いデータが 得られる可能性が示唆された。EDR データにより、交通事故解析作業の多くを省略することができれば、 大きな工数削減が期待される。 考察の項で述べた、衝突速度の課題は、今後さらに EDR 搭載車両の事故例調査を継続して、EDR デ ータの信頼性を確認することが必要と考えている。また、側面衝突対応エアバッグ作動事故例の調査経 験がないので、サイドエアバッグ、カーテンエアバッグ作動の事故例を調査し、⊿V データの信頼性を 確認するなどの経験を積み重ね、EDR データを交通事故解析のために定常的に活用することを目指した い。 最後に全車への EDR 搭載を願うとともに、調査にご協力いただいた関係各位に厚くお礼申し上げ、 おわりとする。
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