アメリカ著作権論争知的財産をめぐる攻防 ――エルドレッド対アシュ

久保文明研究会 2003 年度卒業論文集
アメリカ著作権論争 知的財産をめぐる攻防
――エルドレッド対アシュクロフト訴訟を中心に――
小久保 峰花
序章
第1章
アメリカの著作権法
第1節
アメリカ著作権法延長の歴史
第2節
Sonny Bono CTEA(1998 年法)について
第2章
Sonny Bono CTEA を巡る訴訟
第1節
CTEA の問題点
第2節
エルドレッド訴訟
第3章
アメリカ経済における著作権延長
第1節
なぜ延長が必要なのか
第2節
ハリウッドと議会
第4章
―著作権延長を望む企業―
著作権の文化的な意味
第1節
延長よりもコピーレフトを
第2節
新たな試みへ
終章
序章
現在アメリカでは知的財産を保護するための様々な法律か制定、もしくは議会に提出されている。本論
文ではこの中でも 1998 年に成立した著作権保護期間延長法、通称 Sonny Bono Copyright Term
Extension Act1に対して起こされたエルドレッド対アシュクロフト訴訟を取り上げ、その背景を分析していく。
本法案を取り上げたわけは、本法案に対して初めて、著作権延長自体が違憲かどうか裁判所で争われたこ
と、それに対する最高裁判所判決が 2003 年 1 月に出されたことにある。アメリカではレーガン政権が知的
財産の保護強化を宣言して以来、著作権ビジネスは国家経済を支えるビジネスとして定着している。1 年で
約 10 億円以上の売り上げがある音楽業界や世界中で年間のべ百億円からの収益をだしているハリウッド
映画、コンピューターソフトなどアメリカの知的財産は国の経済に大きな影響を持っている。知的財産戦略
が注目され今後ますます保護強化が進んでいくと考えられる中、知的財産の一つである著作権の保護に
反対して一市民から訴訟が起こされたことは非常に興味深い。また、本法案は別名「ミッキーマウス保護法」
とも呼ばれている。なぜなら本法案がなければミッキーマウスの著作権は 2003 年で切れるはずだったから
である。ミッキーマウスの他、近年内に著作権切れが予定されていた 1930∼40 年代のハリウッド作品など
の著作権保護のため本法案成立の陰には映画業界や大手レコードレーベルの思惑があったといわれる。
特にその中でもディズニー社はその筆頭であり、それを揶揄したのがこの法案名である。Sonny Bono
Copyright Term Extension Act(通称 CTEA)の成立を巡ってアメリカ国内ではどの様な議論があり、訴
訟、判決までにはどのような攻防が存在していたのか。これらを明らかにしていくことは今後の知的財産に
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アメリカ著作権論争 知的財産をめぐる攻防
関する政策を見ていく上で異議があると思う。
また現在、アメリカで進んでいる知的財産保護強化の流れには問題も多く、例えばデジタルミレニアム・
アクト2では複製防止技術の解除の全てを禁止してしまうため、違法なコピーだけではなく、バックアップ用
のコピー作成や、自分の PC で音楽や映画を再生する事までが違法行為になってしまう。こうした利用は
「公正な使用(fair use)」3として法律で認められているにもかかわらず、合法的なバックアップをとるための
ソフトでも販売すれば刑事告訴される、という問題が起きている。また P2P4防止のために著作権者に自衛
手段を認める、ということはレコード会社や映画会社に個人の PC にアクセスする権限を与えることに他なら
ず、消費者の権限を侵害することになりかねない。規制の強化が進むことでコンテンツを提供する企業側と
自由にコンテンツを使用したいと望む消費者との間には溝が生じつつある。
知的財産の保護か、自由な情報の流通か。知的財産を巡る攻防にはいったいどの様な背景が存在して
いるのだろうか。訴訟という形で、著作権のあり方に疑問を呈したエルドレッド訴訟を取り上げることで、双方
の理論を明らかにしていく。本論文のオリジナリティもそこにあると考える。訴訟の判決に対する憲法解釈に
関する論文はいくつかあるものの、背景に注目し CTEA を巡る双方の考え方を取り上げた研究はまだない
のでそこがオリジナリティになると思う。
まず 1 章ではアメリカにおける著作権法の歴史について取り上げ、これまでの著作権延長の歴史と
Sonny Bono CTEA の内容について述べる。2 章では、この CTEA に対して起こされたエルドレッド対アシ
ュクロフト訴訟について、起訴から判決までの流れを見ていく。3 章では、CTEA 成立にあたり議会に働き
かけていた企業、特に著作権ビジネスを扱う映画業界に注目し、彼らにとって著作権延長とは何だったの
かを取り上げる。また 4 章では CTEA に反対し、エルドレッド訴訟の原告側をとりあげ彼らの考える著作権
のあり方について取り上げる。
第1章
第1節
アメリカの著作権法
アメリカ著作権法延長の歴史
アメリカにおいて最初に著作権法が成立したのは 1790 年のことである。それ以前に合衆国憲法には著
作権条項が規定されており、“science and useful arts”の発展のために、連邦議会は著作者に対して一
定期間の独占権を与えることを認めている5。この憲法上の著作権条項に基づいて制定されたのが1790 年
の最初の著作権法である。1790 年法では、著作権の保護期間は 14 年とされており、さらに一度の更新期
間 14 年が認められていた。この 14 年という期間はイギリスの著作権法に倣ったものである。イギリスでは最
初の著作権法が 1710 年に成立している。これが最初の著作権法であり、アメリカ連邦議会はこれに倣って
基本期間 14 年+更新期間 14 年の計 28 年間を著作権の保護期間とした。この14 年間というのは現在の
著作権保護期間から考えると非常に短い。この背景には、憲法制定時のジェファーソンらの考えが反映さ
れている。“科学と技術”の発展のために“一定期間”だけ著作者には独占を認めるが、それ以後、知的財
産は公共に還元されるべき、というものだ。この考えに基づき、著作権保護期間は出来る限り短くすべきで
あるという意向が働いている。つまり憲法の著作権条項の一番の目的は文化の発展のために知の独占を
防ぐこと、であり著作者の著作物に対する報酬というのは二番目の目的であった。
次に著作権保護期間が延長されたのが 1831 年のことである。この 1831 年法では保護期間が 28 年間
+更新期間 14 年となり計 42 年間の保護が認められることになった。この法案も 1814 年にイギリスで著作
権法が延長されたのを踏襲している。1831 年法の主な目的はアメリカの著作者が他国(主にイギリス)の著
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久保文明研究会 2003 年度卒業論文集
作者と保護期間の違いに寄る不利益を被らないようにするため、であった6。その後も 1909 年には 28 年+
更新期間 28 年の計 56 年間に延長され、1976 年には著作者の死後 50 年間にまで保護期間が延長され
た7。20 世紀に入り著作権保護期間が大幅に延びたわけだが、ここで注目したいのはアメリカが著作権保
護期間を延長する以前にヨーロッパではさらに長い著作権保護期間が認められていた点である。ヨーロッ
パでは著作権に関してベルヌ条約(the Berne Convention for the Protection of Literary and Artistic
Works)というものがあり、加盟する国は共通の著作権保護期間が設けられていた。このベルヌ条約とは
1886 年にヨーロッパ諸国を中心に創設され、全世界の知的所有権保護の促進・改善を目的とする世界知
的所有権機関(World Intellectual Property Organization、略称 WIPO)がその管理を行っている。ベ
ルヌ条約では 1909 年の段階で、すでに著作者の死後50 年間の保護期間を認めていた。つまりヨーロッパ
では著作権の基本保護期間は著作者の死後 50 年が基準になっていた。一方、それに対してアメリカの著
作者は最大で 58 年の保護期間しか認められていなかったことになる。1909 年法案の草案ではもちろんヨ
ーロッパ基準に合わせて著作者の死後 50 年というのが提示されていた。しかし、この草案に対してはアメリ
カの著作権の伝統からはずれるべきではない、という反対が根強く、28 年+28 年の計 56 年間が採用され
たにとどまった8。アメリカがベルヌ条約の基準に追いつくのは 1976 年の著作権延長法からである。1908
年にはベルヌ条約加盟国が著作者の死後 50 年の保護期間を設けていた9のに対しその約 70 年後にはじ
めてアメリカはヨーロッパの基準に追いついたことになる。1976 年法の成立目的として下院の司法委員会
があげた主な点は、まず①医療技術等の発展により平均寿命が延びたこと、これにより固定された期間で
は充分に著作者に報いることが出来ない、また、②ベルヌ条約の基準に合わせることでアメリカ国内の著作
者を保護すること、が掲げられている。1976 年法でようやくベルヌ条約の基準に追いついたもののアメリカ
がベルヌ条約に正式に加盟するのは 1989 年のことであり著作権に関してはアメリカの伝統が重視されてい
たことが窺える。その後、アメリカで著作権法が改正されたのが 1998 年の CTEA である。
第2節
Sonny Bono CTEA(1998 年法案)の成立へ
1998 年に議会で成立した Sonny Bono CTEA は 1976 年法にプラス 20 年の延長期間を認めたもので
ある。これにより、著作権は個人の場合、著作者の死後 70 年間に、また企業に属する著作物の保護期間
は出版後 75 年から 95 年もしくは製作後 100 年から 120 年に延長された。アメリカにおける著作権延長の
流れは図表 1 を参照。
図表 1
著作権延長の流れ一覧
年
基本の保護期間
更新可能期間
最大保護期間
1790
1831
1909
14 年間
28 年間
28 年間
個人:著作者の死後 50 年間
企業:出版後 75 年間
もしくは制作後 100 年間
個人:著作者の死後 70 年間
企業:出版後 95 年間
もしくは制作後 120 年間
14 年間
14 年間
28 年間
28 年間
42 年間
56 年間
著作者の死後 50 年間
出版後 75 年間
もしくは制作後 100 年間
著作者の死後 70 年間
出版後 95 年間
もしくは制作後 120 年間
1976
1998
なし
なし
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アメリカ著作権論争 知的財産をめぐる攻防
1976 年著作権延長法に対する保護期間延長の試みが初めて議会に提出されたのは 1995 年のことで
ある。1995 年に議会の小委員会に提出された法案の最大の目的は、著作権保護を EUと同レベルにまで
引き上げることにあった。EUでは基本的に著作権は著作者の死後 70 年間になっており、それに保護期間
を同調させることが求められた。EUとアメリカの保護期間を統一させる試みは 1993 年からたびたび議会の
小委員会で取り上げられている。しかし、アメリカ自身の著作権法の伝統を維持すべきという声が根強かっ
た。当時の公聴会の記録を見てみると、50 年から 70 年に保護期間を引き上げることで 20 年間パブリックド
メインに入る作品がなくなってしまうことに対する批判が多いことがわかる10。
パブリックドメインとは、著作権または特許によって保護されていない出版物、発明の領域のことであり、
いわば知的財産における共有財産である。パブリックドメインはしばしば著作権に相対する語として取り上
げられている。基本的には 1923 年以前に公表された全ての作品があてはまり、パブリックドメインに入った
著作物は一般の人が自由に無料で利用することが出来る。例えば、ディズニー社のキャラクターの大半は
パブリックドメインにある物語からつくられている。ピーターパン、人魚姫、白雪姫、シンデレラ、不思議な国
のアリス、など原作がすでにパブリックドメインに入っている場合、原作者から権利を取得する必要はなく、
使用量を支払う必要もない。ディズニー社が著作権延長に反対する立場からやり玉に挙げられるのには、
自身はパブリックドメインから多大な恩恵を受けているのに還元しないからである。このパブリックドメインと
いう考え方はアメリカの著作権法に多大な影響を持ってきた。先に述べたようにアメリカ著作権法制定に際
してはジェファーソンの思想が深く関わっている。彼は、国家を発展させるためにはアイデアや表現が誰か
に独占されることを規制し、あらゆる人が共有し、自由に利用できる状態、つまりパブリックドメインの状態に
知的財産がおかれることが重要だと考えた。これがもとになりアメリカの著作権は当初からなるべく短く、とい
う伝統が貫かれてきたのである。また、パブリックドメインの有効性はインターネットが普及した現在では特に
注目されている。例として LINUX(リナックス)があげられる。LINUX とは、UNIX 互換の OS(基本ソフト)
であり、ソースコードが公開されているため、自由に改造のできるソフトウェアである。リナックスはインターネ
ット上で自由にかつ無償でダウンロードできるため、それによって収益を上げることはできないが、ユーザー
に利用しやすい形に改良をしていくことで全世界に広がった。知的財産を共有することで、新しい創造が可
能になった好例として取り上げられている。
また、1995 年に著作権延長法の制定を阻んだ理由の一つとして合衆国憲法の著作権条項への違反の
可能性があげられる。先にも述べたとおり、アメリカには独自の著作権法の伝統と言えるものがある。知的財
産は独占させるべきものではなく公共に還元されるべき、というものだ。その為、憲法には“一定期間”の独
占ならば認めると記されているのである。これが EU をはじめとするベルン条約国との大きな違いである。こ
の条項があるためにアメリカではEU 並の長い著作権保護期間を設けることがなかなか出来なかった。それ
では何故、1998 年に著作権延長法が成立できたのであろうか。考えられる理由の一つとして、著作権ビジ
ネスからのロビー活動が強くなったことがあげられる。ディズニー社をはじめとする近日中に著作権が切れ
る可能性がある著作物を保有する企業からの大きな働きかけがあったものと考えられる。
1995 年には不成立となった著作権延長法が次に議会に提出されたのが 1998 年の第 105 議会である。
上下両院とも法案は通過し、1976 年以来の著作権延長が成立した。ヨーロッパの基準からアメリカ著作権
法が大きく遅れていることと経済的な理由が決め手になった。また 1995 年当時よりもインターネット技術が
普及ぼし議員達に理解が深まった成果とも言える。法案成立の理由については 3 章で取り上げる。
著作権延長法の成立時の議会記録をみていくと必ずしも延長がスムーズに行われたのではないことがわ
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久保文明研究会 2003 年度卒業論文集
かる。これはやはり知的財産の独占に対して懐疑的な見方が根強く残っているからだと思われる。1995 年
に最初に著作権延長に対する法案が出された際も、結局はこの考え方があったからこそ反対派からの強い
運動が見られなかったにも関わらず法案が不成立になったのではないか。また CTEA に関わらず、アメリカ
の著作権延長法はイギリスをはじめとするヨーロッパの著作権法と同レベルの保護に追いつくのに何十年も
かかっている。ここにもアメリカ独自の著作権法にこだわったことが現れている。次章ではこの 1998 年の著
作権延長法 Sonny Bono CTEA に対して起こされた訴訟についてとりあげる。
第2章
第1節
Sonny Bono CTEA を巡る訴訟
CTEA の問題点
なぜ 1998 年の著作権延長法に対して訴訟が起こされたのであろうか。訴訟の原告となったのはエリッ
ク・エルドレッドという元コンピューター技師の男性である。彼は著作権が切れた文学作品を集めインターネ
ット上に公開し電子図書館を作っている人だ。1 日に約4 万人が訪れる人気のあるサイトであり、中学、高校
でも教材として用いられる程である。エルドレッド氏にとって 1998 年の著作権延長法の制定は、電子図書
館に新しい文献を掲載出来るのが 20 年先になってしまうことを意味した。電子図書館を通して、子供達に
文学作品を提供することを目指しているエルドレッド氏にとっては、著作権延長は憲法の精神、「学問や芸
術を促進するための著作権法」に違反しているものであった。そこで彼は 1998 年にこの法律が成立したと
同時に訴訟を起こしたのである。エルドレッド訴訟の中で係争点となったのはこの 2 点である。
①憲法の著作権条項に対する違憲性
憲法では議会に対し著作権法の制定を認めているが、それは一定の期間に限られることを前提
としている。これは著作者には一定期間の独占を認めるが文化の発展の為には独占期間は短けれ
ば短いほどよい、という考え方が根底にあるからである。しかし、CTEA のように、既存の著作物の保
護期間を事後立法によって延長していくことは、従来の法によって著作物の保護期間を限定した趣
旨を損なうことになってしまう。議会がこのように保護期間の延長を繰り返せば、“一定の期間”では
なく実質的に永続的な著作権を作り出すことになり、憲法に規定される著作権条項に違反するので
はないか。
②憲法修正第 1 条への違反性
憲法修正第 1 条では、議会が「市民の言論、出版の自由を縮減するような法律を制定してはなら
ない」旨を規定している。本訴訟で問題となったのは CTEA が合理的な理由なしに著作権の期間
延長をはかったため、エルドレッド氏の主催する電子図書館の運営は不当に制約されている、点で
ある。そのため CTEA は修正第 1 条に反していると言える。
以上の 2 点は以前から著作権延長法が議会に提出される際に、問題として法律家達からあげられてい
たことである。しかし、訴訟にまで実際に発展したのはこのエルドレッド訴訟が初である。
それでは実際の訴訟過程を次節でみていく。
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アメリカ著作権論争 知的財産をめぐる攻防
第2節
エルドレッド訴訟
1998 年の Sonny Bono CTEAが成立した直後の翌年1月に提訴がなされており、最終的に決着が付い
たのが 2003 年の1月である。訴訟はどの様に展開したのだろうか。一連の裁判は 3 段階に分けられる。ワ
シントン D.C 地方裁判所、次の控訴裁判所、最後に連邦最高裁判所である。それぞれを順に追ってみる。
最初のワシントンD.C 地方裁判所では、1999 年 10 月 28 日に判事により原告の訴えは棄却となっている11。
その理由としては、
① 憲法修正第一条には他者の著作物を使用する権利に関して記述がないので著作権延長法が
修正第一条に違反することはない。
② 著作権保護期間の決定は議会に認められた権利であり、議会の判断に沿うべきである。また著
作者の不利益にはなっていない。
③ 今回の著作権延長法では保護期間は「一定」期間であり「永遠」ではないので違反していない。
と、いった 3 点が上げられていた。その後、2000 年 5 月 22 日に地方裁判所の棄却に対する上訴が行
われた。この控訴審では原告側からも Amicus Brief(法廷助言書類)が提出されており運動の広がりが見
受けられる。しかしこの上訴も 2001 年 2 月に棄却となってしまう。やはり上記の理由により違憲性は認めら
れなかった。最終的に原告団は連邦最高裁判所に再審理の請求を出している。この再審理請求が提出さ
れた 2001 年 10 月から再審理が受理される 2002 年 1 月まで、原告団を支持する様々な団体から法廷助
言書類が提出されている。法律家、図書館協会12、イーグル・フォーラム(Eagle Forum)13 、ケイト・インス
ティチュート(Cato Institute)14などがその代表例である。一般的に本訴訟を推進していたのはリベラルな
法律家たちでありイーグル・フォーラムやケイト・インスティチュートなどの保守系団体が訴訟を支持していた
のは意外に感じるが、著作権の問題が超党派の問題であることよく示している。当時の世論として、この再
審理が受理される見込みはないと見られていた。しかし、おおかたの予想を裏切って再審理が 2002 年 1
月に受理されることとなり、著作権法のあり方を占う上で判決に注目が集まったが、結果として 2003 年 1 月
に原告団の敗訴が決定し、著作権延長法に対する司法的アプローチは失敗に終わることになる。では以
下、最終的な判決要旨と判事達の意見をあげてみる。
・
Ginsburg の法廷意見 原判決(棄却)支持
①著作権条項に関して
著作権条項にある”limited time“は事後的な変更が許されないほど厳格に解釈されるべきではない。も
し原告の主張のように既存の著作物にたいして遡及的な効果を一切認めないということになれば、延長法
が制定される前に出版したか後に出版したかで茶作者に不平等が生じる。従って、既存の著作物に遡及
的に保護期間を延長することは、著作者間の公平性をきすための措置であり合理的なものといえる。
また、遡及的な延長期間を認めても、依然として著作権の保護期間は限られているので、原告が指摘
するような永続的な著作権保護にはあたらない。よって、CTEA は憲法が議会に与えた立法権限の正当な
行使であり、著作権条項に違反していることにはならない。
②修正第1条に関して
もともと著作権法は修正第1条の要請を充足する形で作られている。つまり、著作権者以外のものは著
作物の表現をそのまま使用することは出来ないが、著作物中のアイデアや事実は自由に利用することが出
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久保文明研究会 2003 年度卒業論文集
来る。また、著作物の表現を利用する場合でも、それが報道や研究目的であれば公正な使用として著作権
の効力が及ばない。このような内在的な調整原理が著作権法に存在するので、著作権の期間延長によっ
て修正第1条の権利が侵害されたとはいえない。
結論
著作権条項は、議会が自ら相応しいと思う形で知的財産制度を創ることを認めている。原告は議会が
CTEA を制定したことは最悪の政策であると主張しているが、議会の政策の当否を批判することは司法の
職分ではない。よって CTEA は憲法が議会に与えた立法権限の範囲内に属するものとする。
以上が、多数派意見である15。地方裁判所での一審判決から変わらず CTEAの違憲性を否定している。
しかし、判事のうち 2 人は CTEA が違憲である可能性を指摘し、議会主導の著作権法制定に疑問を投げ
かけた。彼らの意見書をあげると以下のようになり、経済重視の立法を懸念する考え方も存在していたこと
が分かる16。以下、2 人の判事の意見である
・
Stevens の反対意見
著作権法は著作者が一定期間著作物を独占することを認め、その経済的な利益を保証するものである。
と同時に保護期間が過ぎたものはパブリックドメインとし、誰でも自由に著作物を利用できるようにしている。
CTEA は既存著作物への遡及的な期間延長を認めることで、このような一般市民の著作物への自由なアク
セスを犠牲にし、著作権者への一方的な利益を図ろうとするものである。それは、著作権の保護期間を短
縮することで著作権者に一方的な不利益を課すことが許されないのと同様に許されるべきではない。著作
権条項の真の目的は、著作権の私益を保護することではなく、一般大衆の著作物へのアクセスを保障する
ためにある。著作権の保護はその目的を達成するための手段にすぎない。著作権条項が著作権の保護に
“limited times”という制限を付けているのは、一般大衆の著作物への自由なアクセスが文化や学術の発
展にとって重要だと考えている証拠である。著作権の遡及的な期間延長はこのような一般の利益を過度に
制約するものであり、著作権条項の目的に反するから許されない。
・
Breyer の反対意見
著作権条項と修正第 1 条は、情報の創作と流通の促進という共通の目的を持ち、相互に深く関連して
いる。著作権条項が著作権の保護に期間制限を設けているのも、著作者の利益と表現の自由流通とのバ
ランスを図った結果である。著作権の延長法は、純粋な経済規制ではなく、表現の規制としての性格を有し
ており、裁判所はその合憲性について経済規制よりも厳格な司法審査を行う必要がある。
CTEA による長期間の著作権保護は、その経済的な効果に着目すれば、事実上永続的な著作権を認
めたのと同じである。一般に古い作品ほど商業的価値は乏しいが、その反面、学術、研究的な価値は増大
するため、一般大衆のフリーアクセスを認める必要性が高くなる。ところが CTEA のように著作権の長期保
護を認めると、相当古い作品でも未だに著作権が残存していることになり、著作物の利用者は一々著作権
者の承諾を得なければ行けなくなってしまう。しかし、古い作品になればなるほど著作権の処理コストがかさ
み、利用者の著作物へのアクセスが困難になり、学問研究や表現活動の停滞を招くことになる。一方で
CTEA の受益者の多くは著作者自身ではなく著作者の遺族や権利継承者達であるから、長期の著作権保
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アメリカ著作権論争 知的財産をめぐる攻防
護を認めたところで創作に対するインセンティブ効果はほとんど期待できない。このように CTEA は学問や
文化の発展を促進するどころか、かえって阻害するものであるから、CTEA の立法目的には合理性は認め
られず、CTEA は修正第 1 条に対して違反である。
この最高裁判決が下されたことで Sonny Bono CTEA に対する一連のエルドレッド訴訟に決着が付き、
以後、司法的なアプローチから違った方向に原告団側の運動が進んでいくようになる。これについては 4
章で触れる。次章からは CTEA とエルドレッド訴訟にかかわる相対するアクターをそれぞれ取り上げてい
く。
第3章
第1節
アメリカ経済における著作権延長
―著作権延長を望む企業―
なぜ延長が必要なのか
なぜ著作権の延長が必要だったのだろうか。当たり前のことであるが、それは著作物の使用料でビジネ
スが成り立っているからである。映画産業や音楽業界では会社が保有している著作物の全てがヒットすると
は限らない。製作に膨大な金額がかかっていてもヒットしなければ利潤を上げることが難しいのである。必然
的にこういった企業では一部のヒット作からの収入が非常に大切になってくる。ミッキーマウスやガーシュイ
ンの楽曲等、CTEA の成立により 20 年間寿命が延びた作品達は何れも今後とも大きな収入が見込める商
品なのである。これらは、著作権ビジネスにとってこれからのいつ出るか分からないヒット作を待つよりも確実
に得られる収入源として失うことが出来ないものなのである。ここで問題となるのが、これらの著作物が知的
財産であるということだ。一般的な私有財産とは異なり知的財産は性格上、恒久的な所有権が認められて
いない。合衆国憲法に所有権の一つとして保護が認められていても、それは期限付きなのである。著作権
保護推進派の中には極論として、著作権の扱いを不動産と同じように永久にすることを要求している人たち
もいる。彼らのスローガンは“限りなく永久に近く”である。憲法上の制約により、永久に著作権を保持するこ
とは出来ない。しかし、限りなく永久に近づけていくことは可能なのである。それが著作権延長法を随時更
新していくことに他ならない。
とはいえ著作権延長派もやみくもに延長を要求している訳ではない。彼らはどの様な理由で議会を説得
させていったのであろうか。上院、下院の司法委員会に提出された CTEA の為のレポートによると、以下の
様な理由が掲げられている17。
① EUとの保護期間の調和をはかる。EUでは第 1 章にもあるように著作者の死後 70 年間の保護が
認められている。そのためヨーロッパ市場においてアメリカの作品が受ける不平等を是正しなけれ
ばならない。
② 著作権ビジネスにおいて世界の主導的な立場にあるアメリカが、ヨーロッパに追随するのではなく、
アメリカこそが知的財産保護の世界基準を作っていかなければならない。
③ 著作権保護はアメリカの国際収支を強化する上で重要である。過去 20 年間に著作権ビジネスは
アメリカのGNPにおいてその他の産業の 2 倍の成長率を誇っており、またその他の産業に比べ3
倍近くの雇用を創りだしている。このようなアメリカ経済にとって重要な産業は保護していかなけれ
ばならない。
④ 既存の著作物への投資を促進する。過去の作品をデジタル化していくなど、延長によって新たな
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久保文明研究会 2003 年度卒業論文集
投資機会が与えられる。
⑤ 著作者の子孫への適切な保護を与える。著作権による利益は著作者の孫の代までは保証される
べきである。死後 50 年間の保護では孫の代までカバーが出来ない。不動産と同じように遺産とし
て著作物を残すことが創作のインセンティブにつながる。孫の代まで権利が保障されていれば安
心して創作活動に携われる。
これらが推進派の持ち出した延長の理由である。見て分かるように創作のインセンティブの為というよりは
経済的な理由が議会を説得する上で一番役だったということは否定できない。現にアメリカの著作権ビジネ
スは年間 600 億ドルからの収入を海外から得ており、アメリカの輸出収入の中では断然に多きいのである。
また、アメリカのGDPに占める割合も約6%に達し、議会としても業界からの声を決して無視できるものでは
なかったことが窺える18。 CTEA の成立は、これだけ大きな産業に成長しアメリカ経済の一翼を今後も担っ
ていくだろう知的財産ビジネスの重要性を議会が再認識したことの現れだとも言える。
第2節
ハリウッドと議会
CTEA をはじめとする一連の知的財産保護強化の立て役者となっているのが全米映画協会の会長であ
るジャック・バレンティである。彼は映画業界のいわゆる代表的なロビイストである。ジョンソン大統領の広報
官をつとめていたこともあり、議会とのコネクションを生かして活動を行っている。ジョンソン政権に加わって
いたことからも分かるように彼は民主党支持者である。元来、映画業界は民主党支持者が多数を占めてお
り、バレンティ自身も例に違わず民主党支持者である。しかし、CTEA をはじめとする知的財産保護法の
数々が成立したのは共和党議会においてである。民主党支持の映画産業と共和党議会をバレンティはど
の様に結びつけ、法案制定にまでこぎつけたのだろうか。第 1 章でも述べたように、CTEA は 1995 年に議
会に提出された際は、不成立に終わっている。1998 年は共和党議会に変わり、新しい環境でハリウッドと
議会の双方が歩み寄りを求めていた時期である19。 1998 年 6 月にはニュート・ギングリッチ議長と共和党
議員のデビッド・ドレイヤー議事運営委員会副委員長らがハリウッドを訪れている。ここでギングリッチは、共
和党への映画業界からの支持を取り付けるために、共和党は「私有財産を護る」、事を言明している20。ハリ
ウッドにとっての私有財産つまり知的財産の保護を約束したのである。このハリウッド訪問でギングリッチは、
著作権保護と親ビジネスの政策をとくに強調し、見返りに大手 5 社以上の映画会社らの共和党への資金援
助を取り付けている21。
ギングリッチ議長がハリウッドとの関わりを始めたのは共和党が議会を獲ってからすぐのことである。彼は
1998 年 CTEA の通称ともなったソニー・ボノ議員をハリウッドへのパイプ役として登用し、彼の事後死後は
ボノ議員の妻であるメリー・ボノ議員と議事運営委員会副委員長のドレイヤー議員をハリウッドとのパイプ役
にした。ここには長年、民主党の支持基盤であったハリウッドの映画産業や音楽業界の票とお金を共和党
へ導きたいというギングリッチの思惑があった。
一方で、ハリウッドの著作権産業は議会での助けを何よりも必要としていたのである。議会での著作権延
長法導入がなかなか思うようにいかず、その他の著作権保護の為の様々な法案をどうにかして議会に通し
たいと焦れていた22。6月のギングリッチとの会合ではワーナーブラザーズやディズニー社、MGM など大手
映画会社の代表や音楽業界の代表らが顔を揃えていた。この 6 月の会合で、ハリウッドと共和党議会との
間に協定が結ばれたと言える。CTEA 成立の見返りに、共和党が映画産業から得た献金額は約6300 万ド
266
アメリカ著作権論争 知的財産をめぐる攻防
ルにおよぶ23。1995 年の CTEA 不成立から確実にハリウッドはやり方を変えて来たと言える。従来の民主
党支持だけでは法案は成立に持ち込めないことをバレンティはよく分かっていた。バレンティは CTEA の一
番の推進者でもあったディズニー社のアイズナー会長にも、直接ワシントンに出向いて超党派的に働きか
けることを薦めており、実際、この 2 人は CTEA 成立の為にワシントンでのロビー活動を映画産業の代表と
して積極的に行っていた24。特にディズニー社はワシントンでの活動に関して、CTEA の共同提案に名を
連ね支持にまわってくれた議員に対してディズニーの PAC を通じて最高 6000 ドルの献金を行っている。
下院では CTEA の共同提案に名を載せた 13 人のうち 10 人に、上院でも 12 人のうち 8 人に PAC からの
献金を行っている。実際にアイズナー会長がおもむいて支持を取り付けた議員には民主、共和にかかわら
ず、対価として献金が行われていた25。
それではこの両者の関係は恒久的に続くのであるか、というとそれはかなり曖昧であると言える。映画を
はじめとする娯楽産業は共和党議会に対して矛盾する考えを持っているからである。一般に、共和党の持
ち出してくる減税やアメリカに有利な貿易政策などは企業として非常に歓迎はするものの、価値観という点
で娯楽産業は他の企業と同じように共和党に支持を表明するわけにはいかないのである。宗教保守的ない
わゆるファミリー・バリューについて、同性愛者の権利、妊娠中絶問題など、これらの社会的な問題に関して
共和党の考えはいわゆる“ハリウッド的”ではなく、ハリウッドの住人には受け入れがたいものである。6 月の
共和党との会合に参加したヒラリー・ローゼン全米レコード協会の会長によると、ハリウッドは共和党の経済
政策には同意しても、社会的な問題に対しては、“同意出来ないということに同意した”のである26。
こういったハリウッドの矛盾した態度が良く分かるのが 1998 年度の政党に対する献金額である。1998 年
度の娯楽産業自体からの献金は、民主党、共和党への献金額がだいたい同じようになるように行われてい
るのが窺える27。それに対して、娯楽産業に勤めている役員や社員からの個人献金になると 9 対 1 の割合
で献金は民主党に行われているのである28。これらは、ハリウッドの構成員の大半が民主党員であることを
如実に反映しており、それに対するバランスをとるように会社からの献金は PAC を通じて共和党に多めに
献金がなされている。事実、1998 年の PAC を通じての娯楽産業からの献金は総額約 200 万ドルでありそ
のうち 55%、半分以上が共和党への献金となっている29。
その一方で、共和党側もハリウッドと近づく事を満願一致で歓迎している訳でもない。ギングリッチをはじ
めとする党首脳部の考えとは裏腹に、共和党の一般党員の中にはハリウッドが根っからの民主党の血統で
あるとして冷めた考えを持っている者もおり30、また、図書館や大学での教育的な使用まで制限を求めるハ
リウッドのやり方に疑問を抱く共和党議員も存在していることから、全員が全員、CTEA を支持している訳で
はなかった。とはいえ、バレンティは共和党上層部と提携する事で、著作権保護の問題を超党派的な問題
にしたて、民主党からだけではなく、共和党からも議員の支持を取り付けることに成功したのである。これが
1998 年に CTEA 成立を成功させた一つの理由である。主要作品の著作権切れを目前に控え、映画業界
は非常に戦略的に法案成立にまでこぎ着けた事がわかる。
それでは、映画業界のこのようなアプローチに対して、訴訟の原告団をはじめとする延長反対派はどの
様に行動していたのであろうか。
第4章
著作権の文化的な意味
第1節
延長よりもコピーレフトを
3 章に見るように、CTEA 成立の理由にハリウッドの映画産業と議会の双方の思惑がかみ合っていた事が
267
久保文明研究会 2003 年度卒業論文集
あげられる。それでは、著作権保護反対派はどのような活動を行っていたのだろうか。反対派が組織的に
目立った活動を見せるのは法案成立後、エルドレッド氏が訴訟を起こしてからである。CTEA が議会にかけ
られている間は、著作権延長というのは法律家たちの間での議論と図書館協会などの一部の人たちの間で
問題にされているに過ぎなかったように思われる。ところが実際に、法案が成立するとなると様々なジャンル
での著作権による弊害も注目を浴びるようになる。CTEA が成立したことで今後少なくとも 2018 年までは、
著作権フリーになる、つまりパブリックドメインに入る作品がなくなることになってしまった。これは今後 20 年
近くも自由に人々が利用できる文化的な財産が登場しないということである。現行の著作権法では、一般市
民の文化的な財産に対するアクセスが非常に困難になっている。
例えば、エルドレッド訴訟の原告団の一員でもある Luck’s music libraryという会社をはじめとする小規
模の音楽出版会社では CTEA 成立によって今後 20 年間に新たに出版する事が出来なくなっている。これ
らの会社では埋もれてしまっている著作権フリーになった昔の名作を 5000 曲以上再出版しており、学校や
アマチュアの団体に安く提供している。今回の法案成立により 1920 年代から 1930 年代にかけての過去の
作品が 20 年待たなければ再出版できなくなってしまったのである。ほんの一部の作品を護るために 20 年
間保護期間を延長したためにかえって、それ以外の作品へのパブリックアクセスが阻害されているのである。
特に、使用料の発生という点で学校の課外活動や一般の音楽団体には現行の著作権法が大きな負担とな
っている。最近の楽曲を演奏出来ないのである。1 回の演奏に対して 1 曲につき 400 ドル∼500 ドルの著
作権料が発生し、長期の使用権を得るには 2500 ドルからの料金が発生するため団体の運営に著作権料
が多大な負担となっている現状がある31。また極端な例ではあるが、American Society of Composers,
Authors and Publishers(アメリカ作曲家・作家・出版者協会、通称 ASCAP)によって、ガールスカウトが
サマーキャンプのキャンプファイアの時に歌った曲に対してさえも使用料請求がなされているのである32。
一見、過剰とも思われる事が著作権保護の推進される中、アメリカでは起こっている。以上は、音楽という知
的財産の例ではあるが、その他、文学作品、映画など各種の知的財産が CTEA 成立によって影響を受け
ているのである。
エルドレッド訴訟はこのような流れに対して、警告をもたらしたと同時に世間の目をパブリックドメインという
存在に向けさせることに成功したと言えるだろう。パブリックドメインについては前述したように、誰でも自由
に使用できることに特徴がある。シェークスピアの作品がウェストサイドストーリーを産んだように、自由に使
える情報、アイデアというのは文化の発展上、非常に重要なのである。現在の著作権法では一部の作品を
護ることばかりが重視されており、文化財の循環というのがおろそかになっている。エルドレッド訴訟に賛同
する人々は、憲法解釈上の理由もさることながら、建国時からあるアメリカの著作権法の伝統である文化の
発展のために独占期間は短ければ短いほどよい、という考えを非常に重視している。保護の名の下に、著
作権が延長されていくことに反対してコピーレフトという考え方が登場している。Copyright の right に対し
ての Copyleft である。これは著作者自らが権利を放棄(left)する事で著作物をパブリックドメインに入れさ
せることである。こうすることで、著作権保護の陰で世に出ることなく埋もれている作品を再利用する事が可
能になるのである。訴訟が展開していく過程で、著作権の問題は単なる法律家たちの議論のテーマから、
N.Y.タイムス、ワシントン・ポストなどのメディアで広く取り上げられるテーマになり、知的財産のあり方がどう
あるべきかを人々が考えはじめる契機となった。とくにインターネットが普及した現在では自分自身が著作
権をどうとらえるかがモラルやネット上のルールの上でも大切になってくる。技術の進歩とともに知的財産の
扱いも変化していかなければならない。知的財産を保護することは大切であり、海賊版や不正使用というの
268
アメリカ著作権論争 知的財産をめぐる攻防
はきちんと規制されるべきである。しかし、こういったものの保護と著作権延長というのは全く異なるものであ
る。保護期間を延長したところで、それが知的財産を本当の意味で保護することになるのか、など現実に現
在の著作権法がマッチしていないことも今回の訴訟は明らかにしたと思われる。
第2節
新たな試みへ
エルドレッド訴訟は結局、原告の敗訴という形で決着がつけられた。CTEA は合憲であるとされたので著
作権法に対する司法的なアプローチは失敗に終わったと言える。訴訟終了後、原告をはじめとする著作権
保護の反対派はどのような活動を始めたのだろうか。現在の彼らは新たな著作権法の作成を目指している。
前節で述べたように、現行の著作権法では一部の作品の為にその他大多数の作品へのアクセスが制限さ
れるという現実がある。レッシグ教授らによれば CTEA の影響を最初に受ける 1923 年から 1942 年の間の
作品のうち、現在も何らかの商業的価値を保有しているのはわずか 2%に過ぎない33。司法的に CTEA 成
立を阻止出来なかったのであれば新しく現実に合った著作権法を作ればよいのである。
その一つが登録型著作権延長というシステムである34。レッシグ教授らが中心になり、実際に法案作成が
スタートした。具体的に法案の中身を見ていくと、著作権保護期間を公表後 50 年間とし、延長する場合に
は 10 年ごとに1ドルの登録料を支払うというのが骨子である。この再登録を著作権者にさせることにより、年
月とともに埋もれてしまった権利の所在をはっきりさせることが可能になる。50 年を過ぎた著作物は著作者
の意志により、コピーレフト(著作権の放棄)をしても良いし、さらに著作権延長を選択することも出来るので
ある。登録型にすることで、商業的価値のなくなってしまった作品の死滅を防ぎ、こういった作品がパブリッ
クドメインに入ることで新たに人々に利用される可能性をもたらす。もし、再登録をし忘れたとしても、その著
作物の派生商品が売れた場合には得た利益の最大 2%までを著作権者が取得できるなど、著作者の為の
条項も盛り込まれている。法案推進派は、この法案によって1923 年から1952 年に公表された作品の 90%
以上は 3 年以内にパプリック・ドメインに加わる見込みであるとしている35。パブリックドメインを豊かにしつつ
利用のコストを下げることを提示し、現行の著作権法の欠点を補えるよう法案成立へ働きかけが進められて
いる。2003 年 6 月には Public Domain Enhancement Act(パブリックドメイン増進法、PDEA)36として 9
人の議員による共同提案として実際に議会に提出された。訴訟で敗訴したことから著作権延長反対派もよ
り組織的に活動を行うようになっている。とくに PDEA を議会に提出した際には Electronic Frontier
Foundation(電子フロンティア財団)37が議会での支持者集める上でも大きな役割はたしており、提携して
新法案成立をめざしている。
終章
著作者の権利と文化全体の発展にどう折り合いをつけるのか、その疑問を投げかけたのがこのエルドレ
ッド訴訟であった。知は誰のものなのか、これはインターネットが普及した現在だからこそ考える必要が出て
きた問題なのかもしれない。CTEA とそれを巡るエルドレッド訴訟はアメリカ的なものの現れだとも言える。
著作権法の伝統というアメリカ独自の知的財産に対する考え方が現在も根付いているからこそ起こされた
訴訟だからである。
情報は元来、公共財であり、情報の自由な利用は民主主義的な社会の基本でもある。著作権法はアイ
デアや芸術を生み出すために、特にその著作物の創作者に一定期間の独占権を認めているが、著作権の
保護があまりにも長期に及ぶと、情報の自由な流通が阻害され、かえって文化の発展や産業の発展にとっ
269
久保文明研究会 2003 年度卒業論文集
て悪影響を及ぼすことになる。故に、著作権の保護期間は著作物の創作者とその他一般の利用者との利
益に折り合いを付けて慎重に決定される必要がある。不当に長い保護期間が定められた場合には、それを
是正する必要も出てくる。しかし、現在のアメリカでは著作権法の制定は全て議会にゆだねられているため、
著作権延長については議会の立法過程において抑止効果が働きにくいという問題がある。知的財産の中
でも特許とはことなり著作物の使用者は一般市民が大半である。一般市民は、特許を使用する様な業者と
は異なり、組織化されていないためそこまで政治力を発揮できない。とくに、著作権延長法を制定する際に
議会において反対の立場からの議会に働きかけるというのは難しくなるだろう。むしろ、多くの一般市民にと
って、著作権の延長は自分たちの日常生活に直接不利益を及ぼすことは少ないために是正するために運
動を起こそうというインセンティブは持たないのが普通だと思う。一方で、著作権の保有者にとっても著作権
延長が自己の不利益になることはないので、著作者自身が著作権延長に反対を唱えるということもあまりな
い。このような中で、一市民であるエルドレッド氏が著作権延長に疑問を投げかけたことが、アメリカ全体に
著作権、ひいては知的財産とは何なのか、を考えさせる機会をもたらしたのである。経済重視の立法ではな
く、情報化社会に適応した著作権のあり方を模索する方向にアメリカ社会はエルドレッド訴訟を契機に変わ
りはじめている。ただし、その根底にあるのはアメリカの著作権法に昔から根付いている伝統的な考え方へ
の再帰だといえる。4 章で前述したパブリックドメイン増進法PDEA など、従来の著作権法とは異なり、企業
側にも消費者側にも利益があるような新しい著作権法を制定する方向に向かっているのは注目に値する。
知的財産保護強化の推進派にとっても、知的財産に関する世界基準をアメリカが率先して作る上で、
PDEA の様な考え方は非常に有効であると思う。今後もアメリカの文化というソフトパワーを世界に発信、広
めていく為には闇雲に知的財産に対する利用規制を行うのではなく、パブリックドメインを有効に活用し活
性化していくことが必要になってくると思う。
1998 年成立の著作権延長法。同年にスキー事故で亡くなった元歌手でもあるソニー・ボノ議員(カリフォルニア選出、
共和党)を悼んでこの通称が付けられた。
2 1998 年成立。主な特徴として、電子媒体に組み込まれている複製防止技術の解除を一切禁止している。
3 著作権者は定められた排他権(exclusive right)を持っているが公正使用と称される連邦議会が決定したいくつか
の制限がある。長年の間、著作物のある種の複製は認められるべきではないかと言うことが、法廷において議論されて
きた。ある状況に置いて複製は社会的に望ましいことであり、著作権者に対して不公正ではないと考えられる。このこと
は、社会全体の利益が著作権者の比較的小さな潜在的な損害より重要であることを考慮すると正当化される。著作権
の改正法ではどの様な使用が公正とされるかの指針が示されている。
1, 使用の目的及び性質が商業性を有しない。
2, 著作物の性質。社会的恩恵があまりないものであれば使用頻度が少なく、教育目的、知的目的であれば公正使
用と認められやすい。
3, 著作物全体との関連における使用された部分の量および実質性。他の者の著作物の一部を使用することは許
容されるがその量が多すぎてはならない。
4, 著作権のある著作物の潜在的市場または価格に対する使用の影響。絶版の書籍からの引用には寛大である、
などがあげられる。
4 ピア・トゥー・ピア。ファイル共有サービスのこと。ナップスター等で問題になった。
5 U.S Const. Art 1. §8, cl 8.
6 Report of the Committee on the Judiciary of the House of Representatives, 7 Resister of Debates,
appendix CXIX Lexis Nexis(TM) Congressional
7 Dennis S. Karjala, Judicial Review Of Copyright Term Extension Legislation, The Loyola of Los
1
270
アメリカ著作権論争 知的財産をめぐる攻防
Angeles Law Review Fall 2002
8 H.R. Rep. No.2222、60 TH Cong. 2 nd Sess. (1909)
9 Berne Convention Art. 7(1) (Berlin text)
10 104 th Congress “Copyright Term Extension Act of 1995,” hearings before the Committee on the
Judiciary. Senate, Sep. 20, 1995. CIS-NO:97-S521-42
11 http://eldred.cc
12 アメリカ歴史協会、アメリカ図書館協会、北米芸術ライブラリー協会など文書保管に関わる機関など全 15 の協会が
参加している。
13 保守派の団体。エルドレッド訴訟に関しては反ディズニー社という理由もあると思われる。以前、同性愛問題に際し
てディズニー社に対するボイコットを行ったことがある。
14 保守派のシンクタンク。「著作権の問題を解決するために技術を禁止すべきではない」という論考を出しており著作
権保護に対しては懐疑的な立場をとっている。
15 Syllabus、majority opinion (Ginsburg),
Stevens dissent、Breyer dissent, United States Supreme
Court, January 15, 2003 ELDRED ET AL. v. ASHCROFT, ATTORNEY GENERAL
16 lbid.
17 http://www.copyrightextension.org
18 Senator Orrin Hatch, Mar. 20, 1997 議会での発言から。
19 Alan K. Ota, Aug. 8, 1998 Building bridges between Hollywood and Congress, CQ weekly
20 lbid.
21 lbid.
22 CQ weekly, p. 1953
23 Alan K. Ota, Aug. 8, 1998, Disney in Washington: The Mouse That Roared, CQ Weekly,
24 Alan K. Ota, Aug. 8, 1998 Building bridges between Hollywood and Congress, CQ weekly
25 October 17, 1998, Disney Lobbying for Copyright Extension No Mickey Mouse Effort Chicago Tribune,
26 lbid.
27 http://www.opensecrets.org
28 Alan K. Ota, Aug. 8, 1998 Building bridges between Hollywood and Congress, CQ weekly
29 http://www.opensecrets.org
30 Alan K. Ota, Aug. 8, 1998 Building bridges between Hollywood and Congress, CQ weekly
31 Marsha Stopa、Sept. 21, 2002
MADISON HEIGHTS - They probably won't call it Luck v. Mickey
Mouse, The Oakland Press
32 Steve Zeitlin, April 25, 1998
Strangling Culture with a Copyright Law , New York Times
33 http://eldred.cc/ea_faq.html
34 lbid.
35 lbid.
36 HR 2601 108th CONGRESS 1st Session
June 25, 2003
37 インターネット上のプライヴァシーや言論の自由の問題を扱う団体で、選任弁護士を抱えており訴訟活動などを支援
している。パブリックドメインや P2P などを政府が規制することに反対している。
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273
久保文明研究会 2003 年度卒業論文集
あとがき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小久保峰花
長いようであっという間でした。テーマ自体の設定は早くできていたものの情報収集がおいつきませんでした。比較
的最近の事象を取り上げたために、情報のアップデートが早く日本語文献がほとんど存在しておらず英文資料の整理
に手間取りました。資料集めの段階で Lexis Nexis でアメリカ議会の記録などを調べたのですがあまりの情報量の多さ
に圧倒され、アメリカ政治の奥深さを感じました。自分のアメリカ政治に対する知識というのはほんの表層に過ぎず、数
多くの公聴会や委員会の記録を見るにつけこんな事を毎日やっているワシントンの人間や政治学者というのはすごい
なぁと感心することしきりでした。
一つの法案を巡る動きを追うことは非常に面白い作業でした。どんな団体が支持にまわっているのか、掲げている理
論など、特に公聴会の発言記録などはバラエティに富んでいて楽しめました。また、法案成立にこぎ着けるエネルギー
に感心させられました。パブリックドメイン増進法 PDEA などは直接的な利益をもたらす法案ではけっしてないのに、こ
ういった法案にも政治的なエネルギーを注げるのはアメリカならではだと思います。
論文を終えてみて、まだまだ調べなきゃいけないことがあったのではないかなという気がしています。議会や新聞の
記録を読んだだけではわからないことが多すぎました。名前が載っている議員一人一人の背景とかまで調べたら、州ご
とによる議員投票傾向などまで調べたら・・・などなど引き出しがたくさんあり、消化しきれない力不足を痛感しました。ゼ
ミに入るときに感じていたアメリカに対する不可思議さは今も変わらずにあります。論文を書いたことでさらに深まった気
もします。ゼミに入ればアメリカ政治について何かわかるかなあと考えたのは甘かったです。皮が一枚めくれただけ。や
っぱりアメリカ政治は面白いです。それが再認識出来たのも論文を書いた一つの効果かなと思います。出来はともあれ
書き上げられて良かったです。
小久保峰花君の論文を読んで
【飯田遥】
本論文では、エルドット対アシュクロフト訴訟を取りあげ、その背景を分析している。この訴訟は、著作権の保護期間
延長自体が違憲か否かという点について裁判所で争われ、それに対する最高裁判所判決が2003 年 1 月に出されたと
いう点で、また一市民が著作権の保護期間延長に対して疑問を抱いたという点で注目すべき訴訟である。
小久保さんの論文では、データが詳細であり、一つの意義ある訴訟に焦点を絞って研究を進めていることから、内容
が濃く、この訴訟に対する深い研究の様子が伺える。特に本訴訟判決の内容についての章が詳細であり、理解の深ま
る情報量を提供してある。
知的所有権は、現在最も注目を浴びている分野であるといっても過言ではない。その中でも著作権というのは人格権
保護の観点から一品製作物や芸術作品というものの保護強化を図っている。同じ知的所有権であっても、特許や商標
といった分野ではその保護対象が発明や、商標に化体した業務上の信用である。従って保護期間を定める際には以
下の二つの側面からの要請が働くこととなる。まず、当該発明者等の研究投資に対する「保護」という側面。そして一定
の期間を経過した後に特許化された発明等を公表することによって公共技術として「利用」出来るようにする側面である。
すなわち、特許や商標に関しては保護と利用の調和の下に保護期間が決められる必要があるというわけである。よって
不当に長い保護期間を与えれば発明者等の過剰保護となるし、一方で不当に短い保護期間を与えれば発明者等の
保護を十分に図れず、発明に対するインセンティブを損なう可能性も出てくる。
しかし、同じ知的所有権であっても著作権の場合は、その保護対象が人格権保護という側面に徹している。技術の累
積的進歩が少ない分野であるといえるからである。従って、私は著作権に関しては保護期間の延長を認めたとしても第
三者に不当な不利益を与える可能性は低く、延長を認めないことによる著作権者の蒙る不利益の方が大きいように感
じる。すなわち当該著作権保護期間の延長を認めることには何ら抵抗を感じなかった。
論文の中では本訴訟の意義が大きい点については理解することができるが、この判決の社会的影響力という点につ
いての研究結果をより厚く論じてみてもいいのではないかと考える。本訴訟の意義は大きいと考えるからである。
【小出壮一】
この論文では、1998 年に成立した著作権保護期間延長法と、その違憲性が争われたエルドレッド対アシュクロフト訴
訟を取り上げて、アメリカにおける近年の著作権に関する動向を分析し、そこからアメリカにおける知的財産に対する考
え方を考察している。
ヨーロッパと異なり、「知的財産は共有されるべきである」とするアメリカ固有の伝統的価値観がありながら、著作権の
保護機関が延長された。アメリカの著作権が法制度上どのように変遷を遂げてきたかということは、非常に興味深く読ま
せてもらった。しかしそれに対して一市民が違憲性を裁判で争うということ自体、いかにもアメリカらしいと感じてしまった。
それに加えてアメリカの著作権に関する憲法の精神が、著作者の権利保護ではなくパブリックドメインに入るまでの猶
予期間の設定にあるというところが、この訴訟の背景にある最大の問題であると感じました。
立法過程における法律制定の後、司法に問題が持ち込まれ、そこで争われた二つのポイントの解説もひじょうにわか
りやすく解説してあり、読んでいて大変勉強になりました。判事の中の賛成意見だけでなく、反対意見についても言及
してあるので、先ほども言ったとおりこの訴訟の背後にある問題点がいっそうはっきりと浮き彫りにされていると思いま
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アメリカ著作権論争 知的財産をめぐる攻防
す。
またこの問題をめぐる企業の動きを探る上で政治献金について調べてあり、これが非常に面白いと思いました。また、
連邦最高裁の判決が出た後の動きとして、原告側が再び立法府に争いを持ち込んでいるという事実は、非常に興味深
く、今後の動向に注目していきたいところである。
全体的な感想としては、テーマも面白く、内容もわかりやすく開設してあるのだが、一つ一つのトピックについての情
報量が少ないために、論文を読みながらもっと知りたかった、もっとこの点に関する記述があってほしかった、といった
思いをたびたび抱いた。たとえば、政治献金額の動向については預かった論文に直接コメントを書き込んだし、アミカ
ス・ブリーフによってこの訴訟に関係してきたアクターの主義主張をもっと詳細に検討することで、裁判の判決において
言及されていないような対立軸が存在するかもしれないと思った。また著作権に関する理念がジェファーソンらによる憲
法制定時から現在にいたるまで、法制度上の改革に伴いどのように変遷を遂げてきたのか、もしくは理念の変遷が法制
度をどのように変えてきたのか、あるいは理念の変遷は起きていないのか、といった点が法律の内容の変遷と合わせて
記述されていれば、現在における知的財産の保護に関する問題を歴史的に把握することも可能になると思う。最終稿
がどのようなものになるか、おおいに期待するところである。
【吉田和則】
アメリカの著作権法をめぐる論争、なかでも 1998 年に成立した著作権延長法に対するエルドレッド訴訟を中心にそ
の様々な論点がコンパクトに整理されており、興味深く読めた。テーマがとても現代性に富んでおり、研究意義は大き
いのではないかと思う。表やグラフなども適時添えられており、理解しやすかった。ただ、率直にいってまだ荒削りだとい
う印象を受けたのも事実だ。字数的にも加筆の余地はあるので、以下の指摘を参考にしていただけたらと思う。
* 「ジェファソンの思想」、「著作権保護期間は短いほうがよいとするアメリカの伝統」という類の語句が繰り返し出てく
るが、ややくどく、読みにくかった。(第 1 章)
* 従来の伝統に反して著作権延長法が成立したのはなぜだろうかと疑問を提示した後、その要因をいくつか挙げて
いるが、その妥当性にも関わらず、末尾の表現がすべて弱い。「考えられる」「思われる」「ように見える」「∼ではな
いか」など。ここは言い切ったほうがいい…んじゃないかなぁ。(第 1 章の終わり)
* "Amicus Brief"という英単語が唐突に登場する。第 1 章の「公正な使用(fair use)」のように日本語も(翻訳が無
理ならカタカナでも)併記した方がよい。用語自体もなじみの薄いものなので本文中か脚注に説明が欲しい。
"limited time"や"forever less one day"も同様に英語だけだと浮く。(第 2 章)
* ケイトー(Cato)は「保守」に分類されがちだが、正確には政府の管理を徹底して嫌う「リバタリアン」的立場であるの
で、著作権延長法反対の原告支持にまわったことは「意外」ではない。よって、本当に「著作権の問題が超党派の
問題である」のかも疑問になってくる。むしろ党派性の強い問題ではないのか。業界の献金額も民主党と共和党と
ではっきり違いが出ている。ディズニー社の延長法成立までの両党への働きかけは例外的現象だろう。逆になぜ、
ディズニー社と同じように著作権、知的財産ビジネスである音楽業界、映画業界は圧倒的に民主党寄りなのか、と
いう疑問が湧くが、それに対する解説があれば論文の説得力も増すと思う。(第 2 章)
* エルドレッド訴訟の連邦最高裁判所での少数派判事の反対意見を引用(要約?)しているが、出典を示す脚注が
必要だろう。他にも脚注が必要だと思われる箇所が散見された。(第 2 章)
* 「インターネット時代」というキーワードが何度か登場したが、著作権や知的財産をめぐる論争のどういう点がインタ
ーネット時代ゆえの特性なのかがいまひとつ明確でないように思われた。序章で出てきたデジタルミレニアム・アク
トに関してはその後言及がない。(全体的に)
* 表記のぶれが多いことが気になった。ここでは逐一指摘しないが、法案や用語の表記はできるだけ統一したほうが
読み手に親切。(全体的に)
* 序章と終章との対応関係が弱い。
…偉そうに好き勝手言ってごめんよ。テーマはすごく興味深いものだから、最終稿を楽しみにしています。お互い頑
張ろう。
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