アメリカ少年司法と合衆国憲法修正1条 (2・完)

( )
アメリカ少年司法と合衆国憲法修正1条
(2・完)
青
目
野
篤
次
はじめに
第1章
アメリカ少年司法の展開
第2章
少年審判の公開制限 (以上前号)
第3章
少年事件報道の制限
第4章
少年の更生の利益と合衆国憲法修正1条との適切な調整
おわりに
第3章
第1節
少年事件報道の制限
規制の現状
少年事件報道の制限も, 少年審判の公開制限と同様に, 年代以降, 少年
犯罪の増加・凶悪化を背景として, 多くの州で緩和される傾向にある。 そのた
め, この点も, もはや少年手続の特徴の1つとはいえなくなってきている。
アメリカ司法省の年の報告書によれば1), まず, ①審判の公開を通じて
少年の身元情報の公表が許される州が州2), ②年齢・犯罪類型・犯罪歴・刑
事裁判所への移送の有無等を基準とする一定の要件を満たした場合に, 審判ま
たは記録の公開を通じて身元情報の公表を認める州が州3), ③裁判所の許可
を条件に, 審判または記録の公開を通じて身元情報の公表を認める州が4州4)
となっている。 一方, ④審判と記録へのアクセスを認めず, 身元情報の公表も
認めない州が2州5), ⑤適切な利益を有する者に審判へのアクセスを認めるが,
その際に身元情報の公表禁止を条件とするのがコロンビア特別区となっている。
(
)
アメリカ少年司法と合衆国憲法修正1条 (2・完)
注目されるのは, 審判を原則非公開としながらも, 一定の要件を満たした場
合に, 記録の公開を通じて, 身元情報の公表を認める州が少なからず存在する
ことである6)。 これによって, ②のタイプの州法が過半数を超える状況となっ
ている。 もっとも, ④のタイプのように, 更正理念を堅持して身元情報の公表
を認めない州もわずかながら存在し, 公表を認める場合でも, ③のタイプは裁
判所の許可を必要とし, ②のタイプも主に過去に犯罪歴がある比較的高い年齢
層の少年による重大な犯罪に限定されている。 では, このような州法の状況は,
憲法上どのように評価されるべきであろうか。 そこで, 次に, 少年事件報道の
制限に関する判例と学説の状況を見ておくことにしたい。
第2節
判
例
連邦最高裁判例
()
少年事件報道の制限に関する連邦最高裁判例として, まず, 判決をあげることができる。 本判決では, 郡の地方裁判所によっ
て発せられた, 少年手続に関わる少年の氏名および写真をいかなる方法であれ
公表, 放送または配布してはならないとの差止命令が違憲と判断されている。
本件は, 鉄道職員に対する殺人容疑で逮捕された歳の少年の報道に関する
ものである。 新聞記者らは, この少年が拘置決定の審判に出席した際に審判の
傍聴を通じて少年の氏名を知り, 少年が退廷する際に少年の写真を撮影した。
そして, その氏名と写真を用いた事件の報道を郡内で度々行った。 その後, 少
年は非公開の審判で罪状認否を行い, その際に問題とされた裁判所命令が発せ
られたのである。 オクラホマ州法のもとでは, 少年審判は裁判官によって特別
に公開が命じられない限り非公開とされており, 少年事件の記録についても,
正当な利益を有する者に対して裁判所の許可があった場合にのみ閲覧が認めら
れていた。 州最高裁は, この州法の規定に依拠して, 本件命令を支持した。 し
( $)
かし, 連邦最高裁は, 裁判官が拘置決定の審判を公開するとの命令を明示的に
発したか否かにかかわらず, ①裁判官, 検察官, 弁護士が十分に知っている状
況のなかで, 新聞記者が傍聴していたこと, ②新聞記者の傍聴と写真撮影に対
して何ら異議が出されなかったこと, ③少年の身元情報が違法にまたは州の黙
示の承認を得ずに入手されたものではないことを指摘し7), 本件命令は修正1
条, 修正条に反すると判示したのである8)。
このように判示するに際して, 連邦最高裁は, 刑事裁判に関する真実情報の
公表制限の合憲性が争われた () (以下 判決) および !
"
#
$() (以下 !
判決) の両連邦最高裁判決に大きく
依拠している。
判決では, ある放送局の記者が休廷中に起訴状を見ていて入手したレ
イプ事件の被害者の氏名について, その公表を制限できるか否かが問題となっ
た。 連邦最高裁は, ①公衆は政府活動についての情報の入手をマス・メディア
に依存せざるを得ないこと, ②犯罪の実行, 起訴, 裁判手続は明らかに公衆の
正当な関心事であることを指摘し9), 「公的な裁判記録を通じて公衆に開示さ
れた真実の情報の公表を禁止することは許されない」) と判示している。
また, !
判決では, 公正な裁判の確保を目的として裁判官が
発した, 被告人の自白等の報道を禁止する命令の合憲性が問題となった。 連邦
最高裁は, 裁判地の変更や陪審員の隔離等の他の方法では目的達成に十分でな
いことが認定されていないとして, 当該命令を違憲の事前抑制であるとした)。
そしてさらに, 本件命令が公開の予備審問で提出された証拠の報道にも及んで
いる点を指摘し, 「一旦審理が公開で行われたならば, そこで生じたことを事
前抑制にかからしめることはできない」 との確立した原理にも反すると判示し
ている)。
%&
'!#&
事件では, この両判決の射程をどうとらえるかがポ
( )
アメリカ少年司法と合衆国憲法修正1条 (2・完)
イントであったが, 州最高裁は, 審判を公開とする特別な裁判所の命令がなかっ
たことを指摘して, この両判決は本件には適用されないと判断した。 しかし,
連邦最高裁は, 上述の本件状況から, 審判は 「事実上公開されていた」) とみ
なし, 本件でも両判決の法理が適用されると判断したのである。
()
少年事件報道の制限に関するもう1つの連邦最高裁判例として, 判
決をあげることができる。 本判決では, 少年事件の容疑者の氏名を新聞が少年
裁判所の書面の許可を得ることなく公表することを禁止したウエストバージニ
ア州法が違憲と判断されている。
本件は, 中学校内でクラスメートを射殺し, 逮捕された歳の少年の報道に
関するものである。 新聞社2社は警察無線を傍受していて事件を知り, 記者を
直ちに現場に派遣し, 目撃者や警察官等への取材活動を通じて, 容疑者の氏名
を知った。 1社は州法の存在を理由に氏名の報道を避けたが, もう1社は氏名
を報道し, ラジオ局も氏名を報道した。 そのため, 当初氏名の報道を避けた1
社も氏名を報道し, 2社とも起訴されることになった。 そこで2社は, 起訴は
違憲の州法に基づくものであると主張し, 起訴を禁止するよう州裁判所に令状
を求めたのである。 州最高裁は, 同法を違憲の事前抑制であるとして禁止命令
を発した。
これに対して, 連邦最高裁は, まず, 事後的な刑事制裁であってもそれが合
憲とされるためには 「最も重要な政府利益」 に仕えるものであることが必要で
あるため, 州法を事前抑制と見るか, 合法的に入手された真実の情報の公表に
対する事後的な刑事制裁と見るかは決定的ではないという ) 。 そのうえで,
判決, 判決等を引きつつ, 「新聞社が公共的重要
性をもつ事柄についての真実の情報を合法的に入手した場合, 州は, 最上級の
州の利益を促進するために必要でない限り, 情報の公表を合憲的に罰すること
( )
はできない」) とする。 そして, 本件の場合, ①少年の匿名性を保護し, 少年
の更生を促進するという州の利益は, 新聞社の修正1条の権利を上回るほど十
分なものではない, ②州法は, 新聞のみを対象としており, 放送その他のメディ
アによる公表は禁止されておらず, 目的を達成することができない, ③州す
べてで少年の匿名性を保護する措置が存するが, 少年の氏名の公表に刑罰を科
しているのは5州に過ぎず, 少年の匿名性保護のために刑罰が不可欠であると
もいえないとする)。 それゆえ, 本件州法は修正1条, 修正条に反すると判
示したのである。
このように, 連邦最高裁は, 少年の身元情報の公表制限について, その身元
情報が事実上の公開の場合を含めて公開の審判または審判外で合法的に入手さ
れたものである場合, その制限は憲法上許されないことを明らかにしている)。
そして, このような連邦最高裁の姿勢は, 判決および 判決において見られた刑事裁判に関する真実情報の公表制限に対する姿勢と同
様であり, 連邦最高裁は, 少年の匿名性の保護を重視してきた少年手続におい
ても, 合法的に入手された真実の情報を公表する修正1条の権利を重視する姿
勢を堅持している点が注目される。
州裁判所判例
公開の審判または審判外で合法的に入手された身元情報の公表制限
上記の連邦最高裁判例を受けて, 州裁判所判例においても, 少年の身元情報
が公開の審判または審判外で合法的に入手されている場合, その公表に対する
制限は, 憲法上許されないことが確立しているといえる)。
たとえば, (
!"
#$$)
において, ニュージャージー州控訴審は, 歳の少年による甥の殺人事件に関
して, 少年の身元情報の公表を禁じる裁判所命令を違憲と判断している。 本件
では, 新聞社は, 検察当局で行われた記者会見や捜査当局を通じて少年の氏名
( /)
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その他の身元情報を入手し, 報道を行っていた。 州控訴審は, 本件命令がこの
ような取材活動を通じて合法的に入手された情報にも及んでいる点を指摘し,
過度に広範な命令であると判示したのである)。
また, (
) でも, ウエストバージニア州最高裁が, 幼児
に対する性的暴行を犯した少年の精神記録について, 新聞社による公表を差し
止める裁判所命令を違憲の事前抑制にあたると判示している!)。 本件において
も, 当該記録は, 検察官から新聞社側に提供されており, 合法的に入手された
ものであった)。
さらに, "#$ %
! &
'
(
&
)(
*&&) では, カリフォルニア州控
訴審が, 州法上公開とされている殺人事件に関する少年審判に出席して入手し
た少年の身元情報の公表を差し止めることは, 合法的に入手された情報に対す
る違憲の事前抑制にあたると判示している)。
少年審判へのアクセス条件としての身元情報の公表制限
連邦最高裁は, 少年審判へのアクセスを認めるに際して, そこで入手した身
元情報を公表しないことを条件とすること (コンディショナル・アクセス) が
憲法上許されるか否かについて, 見解を示していない。 しかし, 上述のように,
学説においてもこのような利益調節の方法は有力に主張されているところであ
り(), この点をどう解すべきかは, 重要な論点となってきている。 この点, 州
裁判所判例では, 一定の法理が形成されてきている。
まず, +
,
(-
.
)/(01
)) において, ニューヨー
ク州ニューヨーク郡家庭裁判所は, 審判で開示される身元情報を公表しないこ
とを条件にマス・メディアの審判へのアクセスを認めることは, 23
%1
4
%
判決および 1
%判決に照らして疑問があるとし), コンディショ
( .)
ナル・アクセスに否定的な立場に立っている。
しかし, その後の州裁判所判例では, コンディショナル・アクセスを支持す
る判断が下される傾向にある。
まず, !"#
($
%"
) において, サウスダコタ州最高裁は, 少年審判へのアクセスに際
してそこで入手された少年の身元情報を公表しないとの条件をマス・メディア
が拒否したケースにおいて, 裁判所による審判の非公開命令を支持している。
その際, 州最高裁は, マス・メディアのアクセスにこのような条件を課すこと
は, 違憲の事前抑制にも, 合法的に入手された情報の公表に対する違憲の制裁
にもあたらないとしている)。 その理由として, 州最高裁は, 前者の点につい
ては, マス・メディアが少年の身元情報を公表することを決して禁止したり抑
制するものではないことをあげ, 後者の点については, 裁判所は合法的に入手
された情報の公表に対する制裁として非公開としたのではなく, コンディショ
ナル・アクセスはむしろ完全な非公開に代わる手段として提示されたにすぎな
いことをあげている&)。
また, 児童虐待の審判に関するケースであるが, '
(
!
"('
)
)
"
) や *)
+
$ +, -$
)
!&&.
!"&&(
,,") でも, コンディショナル・アクセスは支持されて
いる。 前者のケースでは, イリノイ州最高裁が, 児童の氏名をもらさないとの
誓約書にマス・メディアの代表者が署名した場合に限ってマス・メディアの審
判へのアクセスを認めるとする裁判所命令を支持している.)。 後者のケースで
は, メリーランド州控訴審が, 非公開の審判において入手された情報のマス・
メディアによる利用については, 裁判所は合理的な制限を課すことができると
している#)。
このように, 州裁判所判例上は, 少年審判へのアクセスを認めるに際して,
そこで入手した身元情報を公表しないことを条件とすることは, 憲法上許され
( )
アメリカ少年司法と合衆国憲法修正1条 (2・完)
るとの見解が有力であるといえよう)。
第3節
学
説
公開の審判または審判外で合法的に入手された身元情報の公表制限
学説では, まず, 公開の審判または審判外で合法的に入手された身元情報の
公表制限が憲法上許されないことについては, 異論はほとんど見られない。 そ
れゆえ, 連邦最高裁判例と同様, 学説においても, 少年の匿名性の保護を重視
してきた少年手続についても, 真実の情報を公表する修正1条の権利が重視さ
れるべきであるとの理解が幅広く共有されているといえよう。
このような状況のなか, 判決を批判している唯一といってもよい論
は, 判決によって通常の取材活
者が である)。 動を通じて合法的に入手された身元情報の公表がマス・メディアの完全な裁量
に委ねられてしまったことで, プライバシーについての根本的な観念とともに,
州が少年司法制度の構築にあたって依拠してきた更正理念が破壊されてしまう
と主張する)。 すなわち, 事件発生から審判開始までの間, 合法的に入手され
た身元情報であれば自由に報道できるため, 審判段階での秘匿性の保護が実質
上無意味に帰するというのである)。 また, は, 判決は少
年手続の秘匿性に理解を示してきたこれまでの連邦最高裁判決とも整合性を欠
くと主張する)。 すなわち, 判決や 判決では, 更正の実現に
とって手続の秘匿性が果たす重要な役割に対する理解が示されていたはずであ
るというのである)。 このような指摘をしたうえで, は, 少年の
身元情報を保護することは, 決して修正1条からその生命力を奪うものではな
く, むしろ少年司法制度が長きにわたってその根本に位置づけてきた, 匿名性
を通じての更正の実現という目標と政策を維持しながら, マス・メディアに対
して身元情報以外の少年司法制度のあらゆる側面の完全な報道を認めるもので
あると主張するのである)。
( )
少年審判へのアクセス条件としての身元情報の公表制限
上述のように, 州裁判所判例では, 少年審判へのアクセスの条件として, そ
こで入手した身元情報の公表を制限すること (コンディショナル・アクセス)
は, 憲法上許されるとする見解が有力であったが, 学説においては, 見解が鋭
く対立している状況にある。
違憲説
違憲説の代表的論者といえる は, このような制限も 「公
開」 の審判から合法的に入手された情報に対する許されない事前抑制であり,
判決に抵触すると主張している。 すなわち, は, 判決以降は少年審判にマス・メディアが出
席すればそれだけで直ちにその審判は 「公開」 になるとし, それゆえそこで入
手された少年の身元情報の公表を禁じることは許されないと主張する)。 さら
に, 判決以降は審判外で合法的に入手された身元情報の制限は違憲と
されることになるのに対して, マス・メディアが出席している審判においては
そのような制限が合憲になるとすることは, 連邦最高裁にとって一貫性を欠く
ことになるはずであると指摘するのである)。
また, 少年審判への修正1条のアクセス権を主張する も, この の主張を支持し, 「 このような制限は
仮に修正1条のアクセス権
が認められない場合でも, 判決および 判決の法
理のもとでは違憲となるであろう」) とする)。
なお, 同様に違憲説に立つ は, 少年についての情報は審判外の情
報源から得られることが多いことを指摘し, このような制限は 「公衆の詮索か
ら少年を保護するうえでごくわずかな効果しかもたない」 とする)。 それゆえ
「マス・メディアに対するコンディショナル・アクセスによっては, 匿名性の
利益は保護されえないのであるから, ……マス・メディアの修正1条の権利に
( )
アメリカ少年司法と合衆国憲法修正1条 (2・完)
重きが置かれるべきである」 と主張している)。 要するに, 判決を前提
とすれば, コンディショナル・アクセスでは, 少年の保護に資さないというの
である。
合憲説
これに対して, 修正1条のアクセス権を主張する立場からも, 法律上のアク
セス権を主張する立場からも, 少年審判へのアクセスの条件として, そこで入
手した身元情報の公表を制限すること (コンディショナル・アクセス) は, 合
憲であるとの主張が出されている)。
まず, 前者の立場に立つある論者は, このような制限も合法的に入手された
情報の公表を禁じる点で, 連邦最高裁が敵視してきた事前抑制の問題と密接に
関係することは認めている)。 しかし, この制限は, いくつかの点で古典的な
事前抑制とは区別できるとしている。 すなわち, 第1に, この制限は, 情報そ
のものの公表を禁じるわけではなく, マス・メディアが審判でその情報を入手
した場合にのみその公表を禁じるにすぎないことである ) 。 この論者いわく
「情報の積極的抑圧」 である検閲と 「情報の消極的保持」 であるコンディショ
ナル・アクセスは決定的に異なるという
)。 第2に, この制限は, その効果の
点で, 古典的な事前抑制とは大きく異なることである。 つまり, 古典的な事前
抑制は, 公衆に対する情報の流通を減少させるが, コンディショナル・アクセ
スは, 審判に出席を認められた者が犯罪や手続の内容をコミュニティーに伝え
ることを可能とする点で, 情報の流通を 「最大化」 させるという)。 それにも
かかわらず, これに対して事前抑制の原理を厳格に適用することは, 公衆に対
する情報の流通を制限するという異常な結論を生むことになるとする)。 第3
に, 連邦最高裁が, () (以下
判決) において, とその職員との間で雇用時と退職時に交わされ
た, 職務において入手したいかなる情報も の事前承認なしには公表しな
( ##)
いとの契約を有効と判断していることである)。 この契約が事前抑制にあたら
ず違憲とされないのであれば, コンディショナル・アクセスも違憲の事前抑制
にはあたらないというのである)。
また, 放任少年・要扶助少年に関する手続についてであるが, この手続に修
正1条のアクセス権を主張する も, 審判で入手された身元情報に限定
された公表制限であっても事前抑制の可能性があるとしつつ, 事前抑制が直ち
に違憲となるわけではなく, 利益衡量のもとで許される場合があるとしてい
る
)。
一方, 法律上のアクセス権を主張する論者も, このような公表制限の合憲性
を主張している。 たとえば, は, 開示手続 (
) を通じた
情報へのアクセスが 「特権」 であるのと同様に, 少年の身元情報へのアクセス
も 「特権」 であるとし, そうであるならば, 開示手続に関して連邦最高裁が
!
"
(#) (以下 判決) において認めたように#), そこで入手された情報の利用に対して裁判所
または議会は制限を課すことができると主張する")。 それゆえ, 少年の身元情
報を公表しないという条件で少年の身元情報へのアクセスを認めることが許さ
れるというのである$)。
ここで が指摘しているように, 連邦最高裁は, 判決において, 開示手続を通じて入手された情報の公表を禁止する裁判所の保
護命令について, ①重要なまたは実質的な政府利益を促進する), ②その利益
の保護のために限定的に定められている) との点を指摘し, 修正1条に反し
ないと判示している。 は, 審判で入手された身元情報に限定され
た公表制限は, この2段階のテストを満たすと主張するのである。 すなわち,
第1に, このような公表制限は, 少年の身元情報を保護し, 更正を促進すると
いう実質的な政府利益を促進するものであることである)。 第2に, このよう
な公表制限は, 審判で入手された少年の身元情報のみを保護し, その他の情報
( )
アメリカ少年司法と合衆国憲法修正1条 (2・完)
源から合法的に入手された情報の公表を禁じるものではないことである)。
また, も, 少年審判へのアクセスを 「特権」 と位置づけ), そ
こで入手された情報は 「合法的に入手されたもの」 ではあるが), 審判で入手
された身元情報に限定された公表制限であれば, 判決の2要件
を満たすと主張する)。 は, このような公表制限は少年裁判所の
構造を動揺させることなく, 公衆が価値ある情報を受け取ることを可能にする
点で, すべての関係者にとって公平な妥協策であるという)。
第4節
小
括
以上, 少年事件報道に関する規制の現状, 判例, 学説について見てきたが,
ここでは, 以下の点を確認しておくことにしたい。
まず, 規制の現状については, 年齢・犯罪類型・犯罪歴・刑事裁判所への移
送の有無等の一定の要件を満たした場合に審判または記録の公開を通じて少年
の身元情報の公開を認める州が最も多く, 過半数を超えているが, 審判の原則
公開を通じて少年の身元情報の公表を認める州も少なくなく, 裁判所の許可を
条件に少年の身元情報の公表を認める州もある。 その一方で, わずかではある
が, 審判と記録へのアクセスを認めず, 身元情報の公表も認めない州も存する
という状況である。
次に, 判例の状況については, まず, 事実上公開の場合を含む公開の審判ま
たは審判外で合法的に入手された少年の身元情報の公表制限が憲法上許されな
いことが, 連邦最高裁判例上および州裁判所判例上, 確立している。 一方, 少
年審判へのアクセスの条件として, そこで入手した身元情報の公表を制限する
こと (コンディショナル・アクセス) については, 連邦最高裁の判断は示され
ていないが, 州裁判所判例上は合憲であるとの見解が有力である。
学説の状況については, まず, 事実上公開の場合を含む公開の審判または審
判外で合法的に入手された少年の身元情報の公表制限については, 連邦最高裁
( )
判例および州裁判所判例と同様, 憲法上許されないと考えられているといえる。
一方, 少年審判へのアクセスの条件として, そこで入手した身元情報の公表を
制限すること (コンディショナル・アクセス) については, 州裁判所判例の傾
向とは異なり, これを違憲とする説と合憲とする説に分かれている状況にある。
違憲説は, この場合も 「公開」 の審判を通じて合法的に入手した情報に対する
許されない事前抑制であると主張する。 これに対して, 修正1条のアクセス権
を主張する学説, 法律上のアクセス権を主張する学説の双方から, 合憲との主
張が出されている。 前者の学説からは, このような公表制限は, 連邦最高裁が
敵視してきた古典的な事前抑制とは区別でき, 情報の流通を最大化させるもの
であることが強調される。 後者の学説からは, 少年審判へのアクセスは 「特権」
であり, そうであれば, 同じく 「特権」 である開示手続へのアクセスを通じて
入手した情報の利用について, 一定の要件のもとでその公表を禁止することが
できるとした連邦最高裁判決に照らせば, 少年審判へのアクセスについてそこ
で入手した情報を公表しないことを条件とすることも許されるとの主張が出さ
れている。
このような判例・学説の状況からすると, 現在過半数を占める, 一定の要件
を満たした場合に少年の身元情報の公表を認めるタイプの州法および裁判所の
許可を条件に少年の身元情報の公表を認めるタイプの州法は, 審判外で合法的
に入手した情報についてその公表を禁止するものでない限り, その合憲性が支
持されることになろう。 また, 少年の身元情報の公表を禁止する州法は, 審判
外で合法的に入手した情報の公表も禁じる場合は, 違憲とされることになろう。
一方, コロンビア特別区法のようなコンディショナル・アクセスは, 学説では,
違憲と合憲の評価が分かれることになる。
( )
アメリカ少年司法と合衆国憲法修正1条 (2・完)
第4章
第1節
少年の更生の利益と合衆国憲法修正1条との適切な調整
少年審判の公開制限
争点:修正1条のアクセス権の存否
少年審判の公開制限については, 何よりもまず, 修正1条のもとで少年審判
に憲法上のアクセス権が認められるか否かが問題となる。 仮に憲法上のアクセ
ス権が存在しなければ, 立法政策上の当否は別として, 少年審判を一律に非公
開とすることも違憲ではない。 上述のように, 連邦最高裁はこの点について未
だ判断を下していないが, 下級審では修正1条のアクセス権を否定する見解が
有力であった。 一方, 学説では, 修正1条のアクセス権を肯定する学説が少な
くなかった。 では, この点について, どう解すべきであろうか。
「経験と論理」 のテストの妥当性
まず検討しなければならないのは, どのような基準ないしテストで, 修正1
条のアクセス権の存否を判断すべきかという点である。 この点, 連邦最高裁は,
刑事裁判へのアクセス権に関する一連の判決で 「経験と論理」 のテストを確立
しており, 州裁判所判例と学説においても, このテストを踏まえて, 修正1条
のアクセス権の存否を判断する傾向にある。 では, このテストは修正1条のア
クセス権の存否を判断するうえで妥当なテストといえるであろうか。
先に紹介したように, このテストは, ①その場所と手続が歴史的に公衆とマ
ス・メディアに公開されてきたか否か (「経験」 の要件), ②公衆とマス・メディ
アによるアクセスがその手続の作用に重要な積極的役割を果たすか否か (「論
理」 の要件) という2つの要件から構成される。
後者の 「論理」 の要件については, アクセス権の承認がその手続にもたらす
積極的価値とアクセス権の承認がその手続にもたらす消極的価値とを比較衡量
するものと解され, 修正1条のアクセス権の存否を判断するうえで, 不可欠の
( )
要件であるといえよう。 一方, 前者の 「経験」 の要件は, 公開の歴史に着目す
るものである。 連邦最高裁は, この 「経験」 の要件に重きを置いてきたとの指
摘も存するところであるが), この要件は重視すべきではないように思われる。
というのも, 「論理」 の要件に基づいて, アクセスによってその手続に重要な
積極的価値がもたらされると判断される場合に, もっぱら公開の歴史が欠如し
ていることをもって, 修正1条の権利性を否定してしまうことは妥当ではない
からである。 この点, ある論者も, 「連邦最高裁が修正1条の平穏な集会の権
利を歴史的に修正1条の権利の行使のために用いられてきた場所にのみ限定す
ることを拒否したように, 司法手続へのアクセスの権利は, 歴史的に公衆に開
かれてきた手続にのみ限定されるべきではない」 ) と主張している。 また,
が指摘しているように), 連邦最高裁は, この要件の適用に際して, 憲
法採択前の歴史に焦点を合わせており, 歴史の浅い手続に対しては必ずしも適
切に機能しえない。 さらに, 連邦最高裁は, 判決において, 「特に未成
年者に対する性的暴行については, 事実審から公衆を排除するという長きにわ
たる伝統」 を無視したとの指摘も存するところであり), この要件の有用性に
は限界があるように思われる。 それゆえ, 「経験」 の要件は, 完全に無視する
ことはできないとしても, あくまで参考程度にとどめ, 修正1条のアクセス権
の存否を判断するにあたっては, 「論理」 の要件を重視するべきであろう。 す
なわち, 検討の中心はあくまで 「現時点で」 アクセスがその手続において重要
な積極的役割を果たすか否かに置かれるべきである。
「論理」 の要件の充足判断
そこで, 次にこの 「論理」 の要件の充足をどのように判断すべきかが問題と
なる。 ここでも検討されるべきいくつかの重要な点があるように思われる。
( )
アメリカ少年司法と合衆国憲法修正1条 (2・完)
積極的価値と消極的価値の内容
上述のように, この要件は, アクセスがその手続にもたらす積極的価値が消
極的価値を上回る場合に, 充足されるものと考えられる。 そこで, まず, 積極
的価値と消極的価値の内容を明確にする必要がある。
積極的価値については, 基本的に刑事裁判へのアクセスがもたらす積極的価
値と重なるといえる。 これまで指摘されているところでは, ①重要な統治情報
の公衆への提供とそれに基づく議論の促進, ②公衆の監視による司法権の濫用
抑制と裁判の公正の確保, ③裁判関係者の良心的行動の促進による裁判の質の
向上, ④裁判の公正さの外観の確保による裁判への国民の信頼の向上, ⑤コミュ
ニティーに対する精神的浄化作用といった価値がある)。 いずれの価値もその
重要性を肯定することができると思われるが, このなかでも, 原則公開を主張
する学説の多くが強調するのは, ①や②の価値である)。 まず, ①の点につい
ては, 少年司法といえども司法権の行使に関わる情報が民主政における重要な
情報であることは明らかである。 が指摘しているように), 少年司法
制度への公衆の信頼の欠如が情報不足に由来している側面があるとすれば, 少
年裁判所廃止論も現れてきている現状では, 少年司法制度を維持していくうえ
においても, 公衆に対する情報提供の必要性は高いといえるだろう。 ②の点に
ついても, 多くの学説が指摘しているように
), 少年裁判所の裁判官には広い
裁量が与えられ, 刑事裁判では憲法上保障されている陪審裁判を受ける権利が
合衆国憲法上保障されていないことからすると, 刑事裁判以上に公衆による監
視機能を重視する意味は少なくないであろう。
これに対して, アクセスによってもたらされる消極的価値とは, 審判の公開
による少年の更生の阻害である。 具体的には, ①非行のスティグマが永続化す
る, ②世間の注目を集めるために非行に走るおそれがある, ③家族にも付随的
なスティグマが付与され, 家族との関係が悪化し, 家庭への復帰が困難になる,
④少年とコミュニティーとの関係が悪化し, 将来における教育や雇用の機会が
( )
奪われるといった点があげられている)。 これらの点については, 原則公開を
主張する論者から, 経験的証拠が存在しないとの指摘がなされており), その
ような証拠が必要か否かが問題になると思われるが, 必ずしも経験的証拠が必
要とまではいえず, 実質的な関連性が推定できれば足りると解すべきではなか
ろうか)。 もしこの点について経験的証拠が必要であるとすれば, アクセスに
よる積極的価値の存在についてもそのような証拠が必要ではないかとの反論も
考えられる。
積極的価値と消極的価値との衡量のあり方
次に, 積極的価値と消極的価値との衡量のあり方については, 以下の2点が
重要であるように思われる。
積極的価値と消極的価値の等価性
第1に, アクセスによってもたらされる積極的価値と消極的価値は, それ自
体としては, 等価的なものとしてとらえられるべきであるということである。
この点, アクセスによってもたらされる積極的価値が 「公的議論の促進」 や
「裁判の公正」 といった憲法的裏付けをともなう価値である一方で, 少年の更
生は, 立法政策上の理念にすぎないため, 積極的価値の方が重要な価値である
との考え方も成り立ちうる)。 しかし, ここで求められているのは, あくまで
憲法上のアクセス権が存在するか否かを確定するための利益衡量であり, 憲法
的裏付けをともなう価値か否かは, この段階では考慮する必要はないように思
われる。 もっとも, 一旦修正1条のアクセス権が認められれば, 公開が原則で
あり, その制限には厳格な審査が必要とされるため, 当然その段階では修正1
条の利益に重きを置いた判断がなされなければならない。
( )
アメリカ少年司法と合衆国憲法修正1条 (2・完)
個々の少年法に即した具体的な衡量の必要性
積極的価値と消極的価値との衡量において, 第2に重要であると思われるの
は, 当該衡量は, 個々の少年法に即して具体的に行われなければならないとい
うことである。 すなわち, ここで重要なのは, 単にその手続が少年手続かどう
かということではなく, その少年手続が, 個々の少年法において, 具体的にど
のように規定されているのかということである)。 アメリカの少年司法制度も
決して一様なものではない。 上述のように, 近年, 厳罰政策への傾斜が加速し,
少年司法制度の目的として, 少年の更生だけではなく, 少年犯罪からのコミュ
ニティーの保護や, 少年に犯罪行為に対する責任を自覚させることを掲げる州
が増加している。 しかし, 必ずしもすべての州でそうであるというわけではな
く, またこのような目的を取り込んでいる州でも, それぞれの目的をどう位置
づけるかについては, 州によって当然違いが生じうる。 それゆえ, アメリカ少
年司法全体として, 修正1条のアクセス権の存否を論じるのではなく, 個々の
少年法, 特にその少年法が少年手続の目的としてどの点を重視しているのかに
着目して, 州ごとに個別的な検討を行うことが必要ではないかと解される)。
ここでは, そのような検討を行う余裕はないが, 一般的には, 少年の更生を重
視する少年法であれば, 修正1条のアクセス権が否定される可能性が高くなり,
少年の更生よりもコミュニティーの保護や責任の自覚化を重視する少年法であ
れば, 修正1条のアクセス権が認められる可能性が高くなるといえよう。
第2節
少年事件報道の制限
公開の審判または審判外で合法的に入手した身元情報の公表制限
アメリカの判例・学説の分析枠組みにしたがえば, 少年事件報道の制限につ
いては, まず, 公開の審判または審判外で合法的に入手した身元情報の公表制
限が許されるか否かが問題となる。 連邦最高裁判決でいえば, 判決と 判決をどう評価するかの問題である。
( ")
この点, まず確認されなければならないことは, 判決が指摘していた
ように, 少年による事件といえども, 犯罪の実行, 起訴, 裁判手続は明らかに
公衆の正当な関心事であることである。 は, 「人的または財産的損
害が加えられた場合, 公衆にとってその損害が少年によって引き起こされたも
も, 「困難を抱
のであるか否かは重要なことではない」
) と指摘し, えた少年の問題や彼らによって引き起こされた問題を軽減し改善する責任を負っ
た社会的施設として, 少年裁判所はまさしく公衆の特別な関心の対象であ
る」
) と指摘する。 これに対して は, 「身元情報の公表は正当な関心事
ではない」
) と主張するが, そのように解することは困難であろう。 少なくと
も罪を犯した少年については, 身元情報を公表されない権利が憲法上保障され
ているとはいい難く, 身元情報も正当な公衆の関心事といえるはずである。 ま
た, 身元情報が公表されなくても, 少年に関するそれ以外の情報が正当な関心
事として公表を認められれば, それらの情報が詳細に公表されることによって,
特に少年の住むコミュニティーにおいては, 少年の身元が特定されることは十
分にありうる。 その場合に, そのような公表も身元情報の公表であるとして,
制限が許されることになれば, およそ少年事件に関する意味ある公的議論が成
り立たなくなるおそれがある。 そうすると, 少年の身元情報が公開の審判また
は審判外で合法的に入手されている限り, その情報の公表制限を憲法上正当化
することはきわめて困難であると解される。 それゆえ, 判決と 判決は, 妥当な判決として評価することができよう
)。
また, 裁判所の命令によって, 身元情報の公表を禁止することは, 事前抑制
にあたり, この場合は, 事後的な刑事制裁の場合よりもさらに厳格な審査が必
要であると解される。 この点, は, 正当にも, 「少年裁判制度が歴史
的に秘匿性の原理に依拠してきたというだけでは, 少年裁判手続における事前
抑制は正当化されえない」!) と指摘している。
( )*)
アメリカ少年司法と合衆国憲法修正1条 (2・完)
少年審判へのアクセス条件としての身元情報の公表制限
では, 次に, 少年審判へのアクセスの条件として, 審判で入手した身元情報
の公表を制限すること (コンディショナル・アクセス) については, どのよう
に解すべきであろうか。
この点については, 上述のように, 学説ではその合憲性をめぐって見解が分
かれていたが, 結論からいえば, 違憲の事前抑制にはあたらず, 合憲と解すべ
きであろう。 違憲説は, 判決との抵触や 判決と
の不整合性を指摘するが, 説得的ではないように思われる。 たとえば, は, 判決に依拠して, マス・メディアの出
席それ自体が審判の 「公開」 を意味すると論じていたが, 事件は, マス・メディアが裁判官らの黙示的承認のうえで身元情報を一旦
取得した後に, その公表等を差し止める命令が発せられた事例である。 また,
判決が依拠する 判決や 判決も,
公的記録または審理の公開を通じてすでに公衆に開示されていた情報の公表禁
止を認めなかった事例である。 それゆえ, 未だ公衆に公開されていない少年審
判へのアクセスに際して, そこで入手した身元情報の公表の禁止を条件とする
ことは, これらの判決の事例とは同列には論じられないというべきである。 こ
の点, !"
#
$$( %$&) において,
カリフォルニア州最高裁も, 判決および 判決の事
前抑制に対する絶対的な禁止は, すでに 「公的領域 (
'(
)」 に置
かれていた情報にのみ適用され, 公衆には非公開であるがマス・メディアには
条件付きで出席を認められた少年審判には必ずしも適用されないとしている&)。
もっとも, このように, 少年審判へのアクセスの条件として, 審判で入手し
た身元情報の公表を制限することは, 事件の場合とは
区別できるとはいえ, 公衆またはマス・メディアが合法的に入手した情報に対
する事前抑制にあたる可能性は否定できない。 しかしながら, 合憲説が指摘す
( )
るように, 事前抑制の可能性があるとしても, 憲法上正当化しうるように思わ
れる。 この点, 有益となる正当化判断の枠組みは, 判決で連邦
最高裁が示した, ①重要なまたは実質的な政府利益を促進するか, ②その利益
の保護のために限定的に定められているか, との2段階テストであろう。 とい
うのも, 判決は, 憲法上のアクセス権が認められない手続から
入手した情報の公表禁止に関する指導的判例とみなすことができるからであ
る
)。 2要件のうち, まず, ①については, 当然個別のケースごとに検討する
必要があるが, 少年の匿名性の利益が憲法上の権利ではなくとも満たすことは
可能である。 次に, ②については, 審判で入手した身元情報のみに厳密に限定
されていれば, これを満たすことが可能であろう
)。 それゆえ, 少年審判への
修正1条のアクセス権を承認する場合であると否とを問わず, コンディショナ
ル・アクセスは, 少年の更生の利益と公衆の利益とを調節する1つの優れた方
法として, 憲法上採用しうるものと考えられる
)。
第3節
日本法への示唆
少年審判の非公開
まず, 少年審判の非公開 (少年法条2項) については, 裁判の対審および
判決の公開を定めた憲法
条の観点からのみならず, アメリカ法に照らせば,
言論・出版の自由を保障した憲法条の観点からの考察も必要となろう。 すな
わち, 少年審判がたとえ憲法
条にいう 「対審」 には該当せず, それゆえ憲法
条の保障の外に置かれるとしても, そのことは, 少年審判の非公開が憲法上
許されることを直ちには意味しないであろう。 そして, 憲法条の観点からの
考察に際しては, アメリカ法の 「経験と論理」 のテストが有益となるであろう。
但し, このテストで重視されるべきは, 公開がその手続において重要な積極的
役割を果たすか否かを問題とする 「論理」 の要件であろう。 この 「論理」 の要
件のもと, アクセスがもたらす積極的価値と消極的価値とを比較衡量すること
( )
アメリカ少年司法と合衆国憲法修正1条 (2・完)
になるが, その際は, 積極的価値と消極的価値がそれ自体としては等価的であ
ることを前提としたうえで, 日本の現在の少年法に即した具体的な衡量を行う
必要があると解される。 そして, 比較衡量の結果, 消極的価値が積極的価値を
上回り, 憲法上のアクセス権が認められない場合は, 一律非公開も合憲である
が, コンディショナル・アクセスの可能性も考慮されるべきであろう。 もっと
も, その際には, コンディショナル・アクセスが憲法条のもとで違憲の事前
抑制ないし検閲にあたらないことが論証されなければならない。
推知報道の禁止
次に, 推知報道の禁止 (少年法条) については, 少なくとも罪を犯した少
年については, その身元情報も公衆の正当な関心事であることから, 当該制限
が公開の裁判または審判外で合法的に入手した情報にも及ぶ以上, アメリカ法
に照らせば, 厳格な審査が適用されなければならないことになろう。 但し, こ
こで問題となるのは, 少年法条違反に対する法的な制裁の存否である。 刑事
罰は法定されていないため, 残された可能性は, 民事責任であるが, 最高裁は
この点について, 未だ判断を下していない)。 仮に, 民事責任を含む法的制裁
が存在しないとすれば, 端的に違憲とすることには困難がともなうであろう。
お
わ
り
に
以上, 少年審判の公開制限と少年事件報道の制限をめぐる憲法上の問題につ
いて, アメリカの判例・学説を素材に, 検討を行ってきた。
以上の検討から, 次の3点を明らかにすることができたと思われる。 まず,
第1は, 日本の少年法の母国であるアメリカにおいては, 年代以降, 少年
犯罪の増加・凶悪化を背景として, 少年審判の公開制限および少年事件報道の
制限という, 少年の更生を制度的に支える役割を果たしてきた少年手続の秘匿
性が大きく緩和され, 公開・公表の傾向が進んでいることである。 第2に, 少
( *)
年審判の公開制限をめぐっては, 修正1条のアクセス権の存否に関する連邦最
高裁判決は未だ下されていないが, 州裁判所判例では, 修正1条のアクセス権
を否定する見解が有力である一方, 学説では, 修正1条のアクセス権を肯定す
る説や法律上のアクセス権を主張する説が少なくないことである。 そして, 第
3に, 少年事件報道の制限をめぐっては, 連邦最高裁判例および学説において
も, 公開の審判または審判外で合法的に入手した少年の身元情報の公表制限に
ついては, きわめて厳しい態度がとられている一方, 少年審判へのアクセスの
条件として, 審判で入手した身元情報の公表を制限すること (コンディショナ
ル・アクセス) は, 州裁判所判例では支持される傾向にあるものの, 学説では,
その合憲性をめぐって見解が対立していることである。
もっとも, 以上の検討結果は, 憲法上のアクセス権の有無, 事前抑制の合憲
性, 少年の更正に対する利益の憲法上の位置づけ等, 表現の自由の原理・原則
論や未成年者の人権論に深く関わる点が少なくなく, 本稿では, これらの各論
点の分析・検討が不十分におわったところも多い。 そして, 当然ながら, これ
らの検討を通じて得られた示唆をもとに, 日本の少年司法制度・判例・学説を
詳細に検討することは, 筆者に課せられた課題である。 また, 児童虐待のよう
に少年が被害者となるケースとの比較検討も, 少年審判の公開制限および少年
事件報道制限に関する問題を考えるうえで, 有益な示唆をもたらすであろう。
この点も, 筆者の今後の検討課題とすることにしたい。
注
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) アリゾナ, アーカンソー, コロラド, フロリダ, アイオワ, ミシガン, モンタナ,
ネブラスカ, ネバダ, ニューメキシコ, ノースカロライナ, オレゴン, テキサス, ワ
シントン。
( )
アメリカ少年司法と合衆国憲法修正1条 (2・完)
) 年齢・犯罪類型の要件に基づく審判の公開による州 (
州):アラスカ, カリフォ
ルニア, デラウェア, ジョージア, ハワイ, アイダホ, インディアナ, カンザス, ル
イジアナ, メイン, メリーランド, マサチューセッツ, ミネソタ, ミズーリ, ノース
ダコタ, オクラホマ, ペンシルベニア, サウスダコタ, ユタ, バージニア, ウィスコ
ンシン。 年齢・犯罪類型の要件に基づく記録の公開による州 (4州):コネティカッ
ト, ニューハンプシャー, テネシー, ワイオミング。 刑事裁判所への移送に基づく
記録の公開による州 (2州):ケンタッキー, ロードアイランド。 年齢・犯罪類型・
犯罪歴の要件または刑事裁判所への移送に基づく記録の公開による州 (3州):ミシ
シッピ, サウスカロライナ, ウエストバージニア。
) イリノイ, ニュージャージー, ニューヨーク, オハイオ。
) アラバマ, バーモント。
) 前掲注3) の の9州。
) ) なお, 本件では, 州法自体の合憲性は争われていない。
) !
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) 判決が 「憲法上の権利は少年を保護する州の利益よりも優先する」 と明確に
述べていることからすると, この立場は例外を許さない絶対的なものと理解しうる。
なお, 連邦最高裁は, 少年の匿名性を保護する州の利
益を理由として被告人の修正6条の権利 (反対尋問権) を制限することが許されるか
否かが問題となった &'
'(
() (以下 &'
判決) にお
いて, 州の政策は被告人の憲法上の権利に劣位するとし, このような制限を認めなかっ
た。 判決は, この &'
判決の法理が妥当するとしている。 ) 以下に取り上げるもののほか, 同趣旨の州裁判所判例として, ロードアイランド州
最高裁の )#*%
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), イリノイ州控訴審の "
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), イリノイ州最高裁の (
)等がある。
) ) ) なお, 州最高裁は, 本件記録は州法上本来秘匿されるべき情報であったことを指摘
し, すべての法実務家に対して今後の慎重な対応を求めている。 ) !"#$ %&
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'
) 第2章第3節()参照。
) 郡家庭裁判所は, 「事実審裁判所は特定の状況下では正式事実審前手続を非公開と
することが認められるが, その選択肢は, 公衆の傍聴が認められている審理から生じ
た情報の公表を事実審裁判官が抑圧することを認めるものではない」 との ()
&*
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判決の一文に重きを置いている。 .
) /,&
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) イリノイ州最高裁は, コンディショナル・アクセスが事前抑制にあたる可能性を認
めつつも, 事前抑制が当然に違憲となるわけではないことに注意を促している。 ) 2
*
,
) なお, 少年被害者が証言を行う間非公開とされた刑事事実審へのアクセスの承認に
あたって, 新聞社に対し審理で開示される少年の氏名その他の秘密の情報を公表しな
いことを条件とした裁判所命令について, ミネソタ州控訴審は, 当該命令は新聞社が
すでに保有している情報や将来他の情報源から合法的に入手した情報の公表を禁じる
ものではないとして, 違憲の事前抑制にはあたらないと判示している。 ,
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に保有している情報や将来他の情報源から合法的に入手した情報の公表禁止をアクセ
スの条件とすることは, 違憲の事前抑制にあたることが示唆されている。 この判決は
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判決および *
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言及していないが, この点は ()
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アによる公表に先立って, 裁判所によって承認された公開の審判から身元情報が流出
したケースであるとして, 特に批判を加えていない。 ) ( ")
アメリカ少年司法と合衆国憲法修正1条 (2・完)
) ) ) この点に関する 判決および 判決の立場に
ついては, 第1章第2節(
)参照。
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対して非公開とすることによってのみ少年手続の完全な秘匿性を維持できる」 と主張
している。 ,
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) 修正1条のアクセス権を主張する論者は, 厳格審査のもとで審判を非公開とするこ
とが例外的に正当化されうる場合に, 全面的な非公開に代わりうる 「限定的に定めら
れた」 手段として, コンディショナル・アクセスを主張する。 そして, そのような主
張をする前提として, コンディショナル・アクセスが違憲の事前抑制にはあたらず,
憲法上採用しうる手段であることを主張している。 また, ここで取り上げる法律上の
アクセス権を主張する論者は, このようなコンディショナル・アクセスをもって, 法
律上認められるべきアクセス権ととらえている。 そして, そのような主張を憲法上可
能とするために, コンディショナル・アクセスが違憲の事前抑制にはあたらないとの
主張を展開している。
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) 本件は, 宗教団体の指導者が複数のマス・メディアの代表者を相手取って起こした
名誉毀損およびプライバシー侵害訴訟に関するものである。 開示手続に際して, この
指導者は, 団体への寄付者の身元情報を開示することは, 寄付者と団体のプライバシー
侵害になるとして拒否した。 しかし, 事実審裁判所は, この指導者に対して保有して
いる情報を開示するように命じるとともに, マス・メディアの代表者に対して開示さ
れた資料に含まれるいかなる情報も公表してはならないとする保護命令を発した。 %
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#判決は, この保護命令の合憲性を支持したのである。
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) ) 法廷意見は, 公表による名誉・プライバシーの侵害によって, 開示手続が濫用され
ることを防止する利益をあげている。 %
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)
) 法廷意見は, 保護命令によって公表が禁止されるのは, 開示手続を通じて入手され
た情報のみであり, 手続とは独立に入手された情報であれば, たとえ保護命令の対象
となっている情報と同一であっても, 自由に公表できることをあげている。 ) *
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アメリカ少年司法と合衆国憲法修正1条 (2・完)
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) 第2章第3節()参照。
) 同上。
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) 第2章第3節()参照。
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(
)
) この点に関し, 公開のもたらす短期的な悪影響についての経験的証拠は存在すると
の心理学者による研究結果がある。 この研究は, 76
'-9
事件におい
て殺人罪に問われた歳の少年に関するものであるが, 公開にともなう少年の氏名と
写真の報道が仲間との対立とクラスメートの拒否反応を導き, コミュニティーにおけ
る困難な調整期間に少年に付加的なストレスを与え, コミュニティーにおける調整を
妨害したと結論づけている。 "*
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) なお, 少年の秘匿性に対する利益は, 立法政策的な配慮ではなく, 少年の憲法上の
権利である (少年には非公開の審判を受ける権利が憲法上保障されている) との主張
が実際の訴訟においてなされることがある。 しかし, このような主張は, 州裁判所判
例や学説では否定的に解される傾向にある。 州裁判所判例では, たとえば, 8
4
(8
)において, イリノイ州最高裁が, 修正6条は非公
開の審判を保障しているとの6歳の非行少年による主張を退けている。 8
$ ;
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) (以下 $ 判決) 3
2
8
&
*$''3
4
(!
). 学説
では, たとえば, 先に紹介したように, 2 が 「少年の
秘匿性の権利
は正当な
( )
政府利益ではあるが, 性質上憲法上のものではないことに注意すべきである」 と主張
している。 !"
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(,)
+) 公開の歴史について参照する場合も, 個々の少年法に即した検証が必要である。
7) この点, 従来のアメリカの判例・学説は, 包括的な議論を行う傾向が強かったよう
に思われる。 もっとも, )
判決のように, 州法の目的規定に着目している場合も
ある。 )
+
+8
9
(,). 第2章第2節()(%)
参照。
) !/1
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)
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5
)
& "
!"
)
)
'
"+7+*(,
)
) なお, 先に紹介したように, ;
>
は, 少年の秘匿性の利益のとらえ方につい
て, 判決と 1
判決・<
?
"
判決との不整合性を指摘していたが, 1
判決と <
?
"
判決は, 少年の秘匿性を保護する州の政策に理解を示しつつも, 少
年の秘匿性の利益を憲法上の権利とみなしていたわけではない点に注意する必要があ
る。
,) &
+
,) 3
+*)
しかし, このように述べながらも, 本
判決は, コンディショナル・アクセスの合憲性について判断を示さなかった。 %
,) 先に紹介したように, 修正1条のアクセス権を主張するある論者は, 判決に
依拠しているが, 判決が雇用に関係する事例であることに加え, 2
判決が下される前の事例であることにも留意する必要がある。 この論者の論文も, 2
判決前に書かれたものである。
,*) もし, アクセスの条件が, 審判で入手した身元情報のみに厳密に限定されていない
( )
アメリカ少年司法と合衆国憲法修正1条 (2・完)
場合は, 違憲の事前抑制と判断されざるを得ない。 この点については, 前掲注) 参
照。
) 修正1条のアクセス権を認めるか否かは, コンディショナル・アクセスの合憲性に
ついての議論とは直接関連しない。 ただ, 修正1条のアクセス権を認めた場合には,
厳格審査のもと, そもそもアクセスが制限される場合がきわめて限定されるため, コ
ンディショナル・アクセスを採用しうる事例が非常に限られることになる。 この点に
ついては, 前掲注) も参照。
) 長良川リンチ殺人事件報道訴訟に関する最高裁判決 (最二小判平・3・民集
巻3号頁) は, 少年法条違反を否定したため, この点についての判断を行って
いない。 これに対して, 少年法条違反が原則として民法条による不法行為責任
を生じさせるとする下級審判例として, 同訴訟の名古屋地裁判決 (平成・6・
判
時号頁)・名古屋高裁判決 (平成・6・判時
号
頁), 堺市通り魔殺
人事件訴訟に関する大阪地裁判決 (平成・6・9判時号頁) がある。
付記
年7月1日に開催された九州法学会第回学術大会 (於熊本大学) におい
て, 本稿の一部を報告する機会を得た。 筆者の報告に対し, 会員の先生方より数多
くの有益な御意見, 御指摘を賜った。 この場を借りて御礼申し上げたい。