ダウンロード - 特定領域研究「タンパク質の社会

featuring
2003 No.
11
特定領域研究「タンパク質の一生」領域ニュース
発行日:2003年2月
一年目を終えて
吉田賢右
………………………………………………………………………………………
1
………………………………………………………………………………………
4
民間企業で<役にたたない科学>を目指す
矢原一郎
………………………………………………………………………………………
5
タンパク質,
昼の世界と夜の世界
後藤祐児
………………………………………………………………………………………
8
動物細胞の微細構造に魅了された細胞
生物学の先駆者達
大村恒雄
……………………………………………………………………………………… 12
キネシンとシャペロニン
田口英樹
……………………………………………………………………………………… 16
「班会議」
河田康志/佐藤 健/堀 清次/宮崎恵美/江浦由佳/小田裕香子
「FASEB Summer Research Conference on Protein Folding in the Cell」
稲葉謙次/門倉 広
「日本生化学会大会シンポジウム」
阪口雅郎/吉久 徹/細川暢子
「日本分子生物会年会ワークショ
ップ」
中村暢宏
「Proteolysis in Prokaryotes: Protein
Quality Control and Regulatory
Principles」
伊藤維昭
……………………………………………………………………………………… 18
フライブルグ大学/
Matthias M
ller 研究室
西山賢一
……………………………………………………………………………………… 45
……………………………………………………………………………………… 48
……………………………………………………………………………………… 49
■表紙の説明
細胞生物学の先駆者達
スナップショットは,上の写真が Christian
de Duve(左)と George E. Palade(右),下
の写真が大村恒雄(左)と Gunter Blobel(右)。
背景は左から Albert Claude,Philip Siekevitz,
David E. Sabatini。
(→動物細胞の微細構造に魅了された細胞生
物学の先駆者達:ロックフェラー大学細胞生
物学研究室の思い出(大村恒雄)p12)
一年目を終えて
吉田賢右
領域代表(東京工業大学資源化学研究所)
ンパク質の一生」領域研究が実質スタートしてから1年がすぎました。この班の活動は、
「タ
沖縄班会議やニュースレターの発行など、順調に推移しています。班会議については「第
一回班会議について」をご覧ください。肝心の成果ですが、1年では以前から継続してきた研
究の果実という面があるにせよ、続々と注目すべき解明が進んでいます。驚くのは、先行重点
領域「分子シャペロン」と比べても成果がもう一つインパクトの強いものになっていることで
す。特に計画班員の方々の活躍はめざましく、以前は夢だった一流ブランドジャーナルに、み
なさんこのごろでは普通のように成果を発表しています。
「ストレス応答」
「分子シャペロン」
「タンパク質の一生」と通算3代続いた重点領域でホップ・ステップ・ジャンプと飛躍してきた
印象です。また、公募班員の中にもすばらしい仕事をなさっている方も少なくありません。
この領域研究は、2年目と4年目で、公募班員の入れ替え、3年目で計画班員の入れ替えを
行うこととなっています。昨年は、22
9件の公募研究申請があり、64件が採択されました。今年
はなんと2
6
3件の公募研究申請がありました。人気があるのはうれしいのですし出来る限りたく
さんの応募を採択するように努力しますが、予算はおおむね決まっていますので、頭の痛いと
ころです。この審査は、領域研究の班員ではない外部の審査員6名に、私たち領域研究の計画
班員から3名が加わって行われる予定です。ですから外部審査委員の意見が採否を大きく左右
する点を理解しておいてください。運悪く採択にならなかった方も、望めば班友という名称で
班会議などに出席できるようにしたいと考えています。
2年目に入り、みなさんのますますのご活躍を期待しています。
第一回班会議について
どの特定領域研究でも,年に1∼2回,班員全員が集まって班会議を行います。その目的は,
班員が研究内容と成果を報告,それについて相互に議論批判し,その領域全体の動向を把握す
るとともに,自分自身の研究の方向性や方法などについて示唆を得る,ということだと思いま
す。
「タンパク質の一生」では領域の活性化には若手研究者の育成と支援が必須と考えており,
大学 院生も含めて若い世代の研究者に研究の魅力と興奮を伝え,彼らの研究意欲を刺激・激励
する場としても,班会議を考えています。これら2つの目的を達成するためには,なによりも
真摯率直な雰囲気が重要であり,それを造り出すのに充分な時間的・精神的余裕を保証するよ
うな会議の設定と運営が大切です。班員が一人で来て,あわただしく自分の研究発表だけすま
せて,自分に直接必要な情報だけ得て,そそくさと帰り支度に入るようでは,班会議としては
あまり意義がないと思います。
以上のことを念頭において,周知の通り,昨年1
0月27日∼30日に全体班会議を行いました。
この班会議は,
1.沖縄で開催したこと
2.3泊4日の日程で,口頭発表は午前と夜に集中し,午後はフリータイムと ポスター討論と
したこと
の二点で,ユニークなものだったと思います。恐らくあまり前例のない全体班会議のスタイル
であり,また開催地を沖縄にすることについても色々な考え方がありました。そこでこの班会
議の総括をしておくことは大切かと思います。
T シャツ姿での領域代表の挨拶(班会議にて)
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1
深夜まで壮若男女いりまじってにぎわう
「ゆんたく」会場
沖縄
点,沖縄開催ということが皆さ
今回の班会議を企画するにあ
んの参加意欲をかきたてたとい
たり,欧 米 の ク ロ ー ズ ドミー
うことかと思われます。
ティング のように,数日間,参
加者全員をある場所にかんづめ
発表
にして密度の濃い会合を行うこ
口頭発表者が7
0名,ポスター
とを目標にしました。そのため
が7
1題,ということで,参加者
に,孤立した場所でありながら閉塞感のないオープンな雰囲気
の大部分が研究の成果を発表したことになります。時間の都合
と環境を有した宿泊設備の利用を考えました。検討してみると,
で,直近の生化学会のシンポジウムで発表した班員とどうして
シーズンオフの沖縄はこれらの条件をすべて満たしており,本
も参加できない公募班員1人を除いて,班員は計画・公募の別
年度の班会議を開催することになったわけです。結果として,
を問わず全員,口頭発表をしました。質疑は活発で,アンケー
皆さんご存知のように,班会議は大成功でした。なによりも参
トでも,一人の質問者の質問は三つに限る,質問者はマイクの
加者が日常の場から離れることにより,高揚した新鮮な気分で
前に並ぶ,などの提案があったほどです。発表者の順番は,原
会議に参加できました。暖かい空気とゆうゆうとした環境のお
則アイウエオ順でしたが,内容的にまとめてほしい,という要
かげでしょう,青い海の誘惑にもかかわらず講演会場から抜け
望がありました。しかし,離れた分野の同じような話が続くと
だす者は皆無で,かつ長時間の会議全体にわたって中だるみす
あきてだれやすい,という要素もあり,次回の会議に向けての
ることもなく,参加者全員が緊張感を持続することができまし
検討事項です。
た。夜の会議も最後まで白熱した議論が続き,さらにその後も
総括班員の田中啓二さんの「酩酊講演」と称する懇親会後の
壮若男女いりまじって深夜まで学問と人格とないまぜの交流が
夜の講演も大変好評でした。 立派な研究を成し遂げた(つつあ
続き,主催者の期待を上回る充実した会議となりました。参加
る)研究者の率直で平易明快なお話は,とりわけ若い人に強い
者のアンケートの回答でも,過去に参加した班会議の中で今回
印象を与えたようです。これも貸し切り状態のホテルだからで
の班会議が最高と評価する人が5
9%もいました。沖縄で開催し
きたことです。
たことについても, 過去最高の開催人地と回答した人が67%に
ポスター発表も非常に好評でした。班会議でポスター発表を
達しました。特に若い人に限って言えば,1
0人中10人が非常に
行う意義として,つっこんだ議論ができる,時間が自由である,
よかった,と感じてくれたようです。
というポスター発表一般の利点の他に,若い人に発表の場を提
供することにより,一方的な研究成果報告になりがちな班会議
参加者
への積極的な参加をうながす,ということがあります。その意
参加者は予想を大きく上まわって1
9
0名に達しました。内訳
義は充分に達成された,と言えます。ただし,ポスター発表が
は 班員73人,総括班員2人,研究員1
3人,ポスドク1
0人,学
日替わりだったので時間が短すぎてよく見られないポスターが
生66人,教官その他 26人でした。多忙な時期ではありましたが,
あった,という指摘がありました。期間中ずっとポスターを掲
班員の参加状況は,1人(発
示することが可能かどうか,費用とのかねあいもあり次回以降
表なし)を除き,全員参加
の検討事項です。
(代理発表2人を含む)とい
田中啓二さんの
「酩酊講演:ユビキチンとプロテアソーム(と私)
」
2
う好成績でした。総括班員
3泊4日フリーアフタヌーン
で超多忙な矢原一郎さん,
通常の班会議では,午前も午後も継続して研究報告を行うス
田中啓二さんの2人には全
ケジュールが普通です。しか し,一日中ぶっ通しの発表では,
日程を参加し,活発な質疑
集中した議論はできないし,精神的緊張を持続することも難し
をしていただきました。ま
く,議論の質も成果報告の効率も落ちます。 また,学問以外の
た田中さんには講演までし
ところで,研究者がお互いの親睦をはかり人格的な信頼感を醸
ていただいたのは,通常の
成することは,サイエンスにおける真に率直な議論が成り立つ
班会議には見られないこと
ための,重要な前提です。そこで今回の班会議では,口頭発表
であり,本当にありがたい
は午前と夜に行い,午後はフリータイムというスケジュールを
ことでした。若い人たちの
とってみました。目指す相手をつかまえてじっくり議論をする
参加が非常に多かったのも
なり,楽しいおしゃべりをするなり,泳ぐなり,近所を散策す
特筆すべきことです。参加
るなりご自由に,というわけです。これは,全員が1つのホテ
者 の 半 数 近 く が30才 代 で
ルに宿泊し,ホテルのホールが2
4時間,自由に使えるという条
あったと思われます。この
件があったからできたことで す。結果として,このスケジュー
河野研のスタッフの皆さん
ルがよかったという回答が圧倒
常の班会議に倍するほどのご苦
的多数をしめました。意図した
労があったと聞きます。準備担
とおり,参加者はフリータイム
当者の負担が大変なこと,これ
を有効に使って,お互いの親睦
が,沖縄の班会議の唯一の大き
を深め,大いにリフレッシュし
な欠点かもしれません。ただ,
て午前と夜の研究発表に臨むこ
河野さんによれば,だいたい今
とができたようです。しかしア
回の会議で様子もわかり経験を
ンケートの回答のなかには,遠方から沖縄に来るために会議期
つんだので,今後,再び沖縄で班会議をやるとしたら,負担は
間の前後にさらに宿泊などの日程調整が必要な人を中心に,3泊
相当軽減できるはずだ,とのことです。とにかく,河野さん,
4日はちょっと長すぎる,という意見も少数ありま した。
および研究室の方々,ありがとうございました。
会場
班会議のまとめ
ホテルの講演会場は,天井が低く,映写画面をあまり大きく
以上のように,沖縄での班会議開催は,初めてということで
することができませんでした。これは当初からわかっていたの
不備も多少ありましたが,アンケートの回答から見て,内容的
ですが,参加者が主催者の予想の15
. 倍以上にふくらんだため,
には大成功だったと言ってよいと思います。それは冒頭に述べ
ますます条件が悪くなっていました。案の定,この点は多くの
た班会議の目的の達成度と参加者の満足度という点からみて明
参加者から,狭い,後部からはスライドが見えない,机がほし
らかであり,交通の便の良い大都市で開催する班会議では得ら
い,など改善を求められました。次回は,広くて机がある会場
れなかったのではないかと思います。実は,世間一般からどう
をめざす必要があるでしょう。
思われるか,という事を心配していたのですが,沖縄の現状は,
ポスター会場は講演会場内の後部と前のロビーに設けられた
シーズンオフに沖縄に来るのは修学旅行生くらいで,今回の班
ので,気軽に見て議論できて好評でした。多数の参加者で混雑
会議がリゾートでの観光目的と誤解される可能性はまずないと
している時が多かったので会場が手狭という声もありました
感じました。したがって,このようなリトリート(隠れ家)ス
が,わいわい人だかりが多いあの程度の賑わいがあった方がお
タイルの班会議は,今後の班会議の一つのありかたとして考慮
もしろい,という感想もありました。
されるべきものと思われます。
いまのところ今後の班会議は,交通の便のよい大都市と隔離
ホテルと宿泊
された場所で,交互に行ってはどうかと考えています。来年度
今回は,観光シーズンに団体客や家族連れを中心に受け入れ
は,京大の森和俊さんのお世話で,京都で開催の予定です。
ているホテルでの開催ということで,シングルユースの部屋を
確保することはできず,一部屋あたり3∼4人の宿泊という形
をとらざるを得ませんでした。他の大学や研究機関の人と親し
く知り合えてよかった,という意見がある一方,4人相部屋で三
泊は疲れる,という意見がかなりありました。特定領域研究の
班会議では,相部屋は珍しくないのですが,今回は,二泊では
なく三泊と長期にわたったこと,鍵が部屋に一つで不便であっ
たこと,などの事情が重なった結果と思われます。一方,一ヶ
所に三泊も滞在するうえ近くに飲食店があまりないとなると,
食事の問題も懸念されますが,今回は大きいレストランがホテ
ル内に複数あったため,夕食はホテル内の三つのレストランか
ら選べるという形をとることができ,好評だったようです。屋
外の開放的なガーデンでの懇親会も沖縄ならではのムードに溢
れ,珍しいおおこうもりまで会場に姿を見せてくれて,大好評
でした。
準備
このような会議の準備をして運営をやってくださったのは,
奈良先端大学の河野憲二さんと研究室の方々です。誰も班員が
いない遠隔の土地で班会議の設営,旅行社との交渉,など,通
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特定領域研究
「タンパク質の一生」
第一回総括班・計画班合同会議議事録
本特定領域研究の公式ホームページのお知らせ
日 時:平成14年10月2
9日(火)2
1時3
0分∼
特定領域研究「分子シャペロンによる細胞機能制御」のホー
場 所:沖縄県ホテルムーンビーチ
ムページを東工大の吉田研のお世話で運営中です。URL は以下
,矢原一郎*,田中啓二*,秋山芳
出席者:吉田賢右*(議長)
の通りです。
*
,河田
展(伊藤維昭代理)
,遠藤斗志也 (記録者)
康志,河野憲二,小椋 光 *,永田和宏 *,松山伸
http://www.res.titech.ac.jp/~seibutu/lifeofproteins/
*
一,堀 清次,森 和俊 ,森 正敬 (*は総括班員)
議 事:以下の通り。
このサイトには,本特定領域研究からのお知らせ,関連シン
ポジウム,活動記録のほか,国際学会などの最新情報,関係サ
1)報告事項
イトへのリンク集など,有用な情報が満載されています。本誌
経過報告
のバックナンバーの pdf ファイルもダウンロードできます。
2
00
1年10月に総括班発足
2
00
2年3月に計画班員,公募班員の審査
同5月に交付決定通知,計画班員1
2名(三原勝芳さん
は特別推進研究が採択されたため,辞退)
,公募
班員65名であった
同8月に領域ニュース『Life of Proteins』1
0号(号数は
シャペロンニュースレターからの通算で数え
る)を発行
同10月に日本生化学会大会(京都)で関連シンポジウ
ムを二つ行った
同10月に全体班会議を開催(参加者は約1
9
0名)
2)検討事項
今後の運営について
1
2月に分子生物学会大会(横浜)で関連ワークショップを
二つ予定。
年度内に領域ニュース『Life of Proteins』1
1号を発行予定
来年度は三原勝芳さんに総括班員になっていただく。
来年度の公募班員の審査について
この班会議の発表内容も参考としたい
なるべく多くの公募班員を採択したい。
いくつかのシンポジウム/ワークショップを関連学会で行
いたい
全体班会議
場所を検討。若手研究者に発表の機会を与える
研究成果の公開と宣伝
「蛋白質核酸酵素」の増刊号を予定
来年6月に執筆依頼,1
0月締め切り,20
0
4年4月発刊予
定
国際シンポジウムを20
04年と2
0
0
6年に開きたい
2
00
4年の国際シンポジウムは永田さんの CREST と共催す
る形も考えたい
以上
(記録者:名大・院理 遠藤斗志也)
4
民間企業で<役にたたない科学>を目指す
矢原一郎
(株式会社医学生物学研究所)
じめに
は
<役にたたない科学
>,つまり純粋科学は無条
件に科学の最高位をしめる
と,私はかねてから主張し
てきた。このことと,私が
東京都臨床医学総合研究所
を定年で辞めて,株式会社
医学生物学研究所に勤める
株式会社医学生物学研究所伊那研究所の研究棟。落葉松林の中の道を上ってゆくと,研究棟
がある。3階右側の部屋が筆者のオフィスである。
ようになったこととの間
に,どのように整合性をつけるのかときかれたことがある。つまり,民間企業で,<役にたつ
科学>あるいは<儲ける科学>に携わりながら,純粋科学の至高さに近づく道があるのか,と
いう意味の質問である。このエッセイは,この問いにまともに答えるものではない。しかし,
<役にたつ科学>の先に,
「役にたつこと」を乗り越えた,<役にたたない科学>の目的と同じ
ものがあることの実感を述べたい。
民間企業における研究開発
この2,3年の間に,科学研究において民間企業あるいはベンチャー企業が果たす役割が大き
くなってきている現状を,だれもが実感しているであろう。例えば,セレラ・ゲノミックス社
がヒト・ゲノム解読において見せた,迫力のある独特のストラテジーである。詳しくは議論し
ないが,このような従来の科学の枠からはみ出た思考と手法は,民間企業にふさわしい。実際,
民間企業に身をおくと,初めて見えてくることの多さに驚かされるが,それらは間違いなく新
しいタイプの研究の推進力となる。
さて,ここで述べるのもいまさらだが,分子シャペロンはすべての生物現象で無視しえない
役割を担っている。一方,免疫学はもっともソフィスティケートされた生物学であり,事実,
本家の進化学に先駆けて,ダーウィニズムを具現化してみせた。
私は,免疫現象における分子シャペロンの役割を解明しようと
する研究を行っているが,民間企業の研究所でなければ採用で
きないアプローチをいくつも思いついて,実行しようとしてい
る。その中身は企業秘密なので公開できないが(と言っても,
手の内をさらせば,
「なーんだ」という程度のものだが)
,民間
企業の価値基準は大学や国公立研究所とはずいぶん違うので,
ある意味では許される思考の範囲が広い。
卑近な例を一つあげよう。大学の研究者が大型の研究費を獲
得すると,毎年とは言わないまでも,随時 Nature や Cell といっ
たいわゆる超一流ジャーナルに論文を書くことが当然のことと
して期待されている。これはかなりの重責である。一方,民間
企業の研究者は別の制約(投資者に対する責任)を受けている
慶応大学医学部新研究棟(ペンのマークのついた9階立ての新しいビル)
。この建物の約半分
は,慶応大学信濃町キャンパス・リサーチパークが占め,企業と大学が合同でさまざまな研
究開発を行っている。筆者はこの8階で,樹状細胞の抗原提示にかかわる分子シャペロンの
研究を行っている(医学生物学研究所と慶応大学医学部微生物免疫学教室の小安重夫教授と
の共同研究)。
が,トップジャーナルへの論文掲載の義務からは解放されてい
るので,ある意味では気楽であり,また自由である。この<自
由さ>から科学上の新しいものが生まれれば,上記の質問に対
する間接的な回答になると思う。なお,蛇足だがつけ加えると,
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5
沖縄班会議のオフタイム時に採集した蝶の標本。左列上から,シロオビアゲハ♂,同♀(白紋型),同♀(赤白紋型)
,
(なお,赤紋型
も採集したが,まだ展翅していない)
。中列上から,ツマムラサキマダラ♀,ツマベニチョウ(本標本は京都大学宮田愛彦さんが採集
した),ナガサキアゲハ♀。右列上から,ツマムラサキマダラ♂,同♀,同♂。
パラダイム転換をもたらすようなオリジナルな論文は,めった
効な対策は,生体防御機構と病原体や癌細胞のダイナミックな
にトップジャーナルには掲載されない。トップジャーナルの論
相互進化を考えなければ,生まれないと述べている。しかし,
文の大部分は,パラダイムの隙間を埋めるためのものであり, 「進化学」は「免疫学」の基礎を作るために存在しているのでは
それらはそれなりの重要性と権威を持つが,それ以上のもので
ない。
「進化学」は自然の法則の中で,根本的なものの一つを明
はない。
らかにするものであり,すべての生物学(免疫学もその一つ)
はその上に成り立つ。
純粋科学は至高である
M・ポランニーによれば,自然は,原子・分子・細胞・個体と
世の中に流布している,
「基礎科学」と「応用科学」という区
いった階層によって構成されており,それぞれの階層の間には,
分は,基本的に科学は<役に立つ科学>ということを前提とし
境界条件がある。言い換えると,上位の階層の現象は,下位の
ている。すなわち,
「基礎」はいずれ「応用」に実を結ぶから大
階層の法則によって規定されているが,下位の法則を適用する
切だという考えが基本にある。昨今,科学技術を論じるに際し,
<境界条件>がある(詳細は拙著1をご覧いただきたい)。分子・
「基礎科学」の振興を唱えるそのほとんどすべてが,この陳腐な
細胞・個体の間にある<境界条件>こそ,
「進化学」が明らかに
コンテキストに沿っている。
しなければならない標的である。重要なことは,どんな<役に
これに対し,私は「純粋科学」と「実用科学」の区分をとる。
立つ科学>も<境界条件>をとり扱うことはできないことであ
この区分では,
「純粋科学」は世界のあり方を明らかにし,究極
る。これは「進化学」が「至高な純粋科学」であることの一つ
には「私はなにものなのか」という問いに答えようとする。こ
の証拠である。
の青臭い無意味とも思える問いに対する答えを,早手回しに出
してみせようとする「哲学」が,今もって,生き延びているの
進化と HSP9
0
は,
「純粋科学」の必要性とコインの裏表の関係にある。
S. Lindquist らの,
「HSP9
0は突然変異を隠すキャパシターであ
「純粋科学」の典型は,
「進化」の研究である。
「進化」の研究
る」という有名な研究は,吉田特定班の関係者ならどなたもご
は,
「われわれがなにものなのか」を明らかにする一連の作業で
存知であろう。1
99
8年から,隔年ごとに発表された3編の論文
あり,<役に立つ>ことを目的としているのではない。しかし,
は,どれも Nature に Article として掲載されたものである。これ
「進化」の研究が,<役にたたない>と決まったわけではない。
らの論文は非常に重要であり,進化学に掛け値なしのブレーク
例えば,免疫学である。最新の Nature Immunology で,R・フィ
スルーをもたらしたものである。
リップス(オックスフォード大)は,T・ドブジャンスキーの
私がこの論文を繰り返し読み,いろいろと考えている内に,
「生物学においては,なにごとも,進化の光に照らして見ないと
次のことに気が付いた。彼女たちの研究が明らかにしたのは,
無意味である」という言葉を引用して,感染症や癌に対する有
個体が正常な状態では HSP9
0がシグナル伝達系に発生した突然
6
変異を隠していることである。つまり,仮に HSP9
0に変異が起
行っても,論文を書くことを第一目標とはしないので,自ずと
きたり,HSP90の量が減ったりしたとき,突然変異が表現型とし
実験のプランが大学の研究者とは違ってくる。そこには,新規
て顕在化する。私が考えたのは,もし遺伝のレベルでそうなら
のまったく予期しない発見の素材が少なからず転がっていると
ば,同じことは個体発生の段階でも起きているにちがいないと
思われる。
いうことである。具体的には,個体のそれぞれの細胞では,様々
なシグナル伝達関連タンパク質が働いており,仮にそれらの分
2
00
2年のノーベル賞
子に体細胞変異が生じても,HSP9
0が正常であり,細胞内に適量
2
002年のノーベル賞では,サラリーマン受賞者の田中耕一さ
存在する限り,Lindquist たちが見たのと同じ仕組みで,それら
んが話題を独占した感がある。しかし,忘れてはならないのは,
の体細胞変異が表現されるのを防いでいることが予想される。
ノーベル物理学賞にかがやいた小柴昌俊さんの「私の研究は,
すなわち,個体の中で,例えば,がんの発生につながる可能性
百年たってもなにかの役に立つことはない」という発言の貴さ
のあるシグナル伝達系の体細胞変異の多くは,HSP9
0によって隠
というか,あるいは潔さである。超新星の爆発で発生するはず
され,なにごともなく済んでしまうと考えられる。
のニュートリノが飛び込んでくることを予測し,とんでもない
こう考えると,もし HSP9
0の機能を抑制したら,体細胞変異
装置を作製して待ちうけ,さらに狙った通りの観測に成功する
が表現型の異常として現れる頻度が増える,すなわち発がんの
というドラマは,科学は科学としてそれ自体で価値があるのだ,
確率は格段に増加するにちがいない。この推測が正しければ,
という考えを無条件で支持している。
制がん剤として開発されてきた HSP9
0阻害剤の Geldanamycin
その一方で,今年のノーベル賞に輝いた業績には,企業の研
は,制がん剤どころか,発がん剤として作用するのではないか
究開発が強く反映している。島津製作所の場合は表面に出たが,
という疑問が生まれる。
新聞などでも紹介されているように,物理学賞でも浜松ホトニ
Geldanamycin は,
発がん遺伝子のチロシンキナーゼの活性発現
クスが大きな貢献をした。私は医学生物学研究所の伊那研究所
に必要な HSP90の作用を抑制するので,
発がん抑制効果を示すと
に着任したとき,研究開発に携わる若手社員に,いずれそう遠
考えられている。それでは,HSP9
0はシグナル伝達関連タンパク
くない将来,この会社からノーベル賞をだすと,冗談で言って
質の活性を促進あるいは安定化する方向だけに働いているかと
いたのだが,田中耕一さんに先を越された。
いうと,けっしてそうではない。例えば,HSP9
0は平常時の細胞
こうした,企業(特にベンチャー企業)がもつアクティビティー
ではカルシニューリンの活性を抑制する作用をもつ。また,よ
が注目されたのは,既に述べたように,セレラ・ジェノミック
く知られるように,HSP9
0はステロイド受容体の DNA への結合
社のヒト・ゲノム解析のおかげである。もちろん,科学技術の
を抑制している。したがって,Geldanamycin は一面で制がん作
用を示す根拠を持ちながら,同時に発がん促進作用(HSP90が示
原理にかかわる改革で,民間企業がはたした役割は少なくない
(例えば,IBM やベル研究所)
。
す突然変異のキャパシター作用を打ち消すはたらき)を発揮し
ヒト・ゲノム解読のインパクトは,ワトソンとクリックの DNA
ても少しも不思議ではない。
二重らせんモデル提唱に始まった分子生物学が,ヒトも生物の
この疑問は,マウスの餌に Geldanamycin を加えて長期間観察
一員であり,生物学の法則にしたがった物質の集合体であるこ
すれば検証できると思った。しかし,その類の実験は NCI や製
との証明につながるところにある。ヒト・ゲノム・コンソーシ
薬企業によって既になされており,
Geldanamycin はかなり肝臓に
アム関係者が言うように,
「セレラ社のドラフトは不完全で,間
対する毒性が高く,そのままでは使いものにならないという。
違いが多く,そのままでは役に立たない」というのは,この意
その後,化学修飾によって,Geldanamycin は制がん活性を保持
味でピントがはずれた批判である。
したまま,毒性を弱めることができたという。しかし,この毒
世の中で真に「役に立っている」ものを見ると,それらのも
性は発がん活性とはまったく違う性質のものなので,Geldanamy-
のが,儲けの手段であるという以上に,人間の考え方に非常に
cin に発がん活性がないという証明がなされた訳ではない。
強い影響を与えてきたことに気付く。例えば,電気,航空機,
以上のことから,Lindquist の結論と制がん剤としての Geldana-
自動車,コンピュータ,抗生物質などは,どれも「役に立って
mycin を両立させるのは,かなり大変な問題であることがわかる
いる」という範疇にくくることは不自然で,人間の生き方と考
であろう(短期的には制がん作用を,長期的には発がん作用を
え方を変革した科学技術と考えるべきである。これらは,
「実用
発揮するという説明などが考えられる)
。またこれは,
「純粋科
科学」の中に,
「純粋科学」と接する部分があることを意味する。
学」と「実用科学」の一つの接点である。
ともあれ,製薬会社が注意深く Geldanamycin の効果を調べて
おわりに
いたら,Lindquist らがたまたま HSP9
0の突然変異ショウジョウバ
もう1
8年近く前になるが,永田和宏さんの恩師であり前任者
エのストックを扱っていて見いだしたのと同じ現象を見いだし
である,市川康夫さんが,京大を定年まで5年残して辞められ
たはずである(事実,Lindquist は Geldanamycin が HSP90の突然
て,ノートルダム女子大教授として優雅な隠遁生活に入られた
変異と同じ作用を示すことを示した)
。民間企業は研究開発を
とき,10才年下の私が市川さんの後任になると,酒の上で話し
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7
たことがある。その一方で,細胞生物学会の先輩であった,高
企業に入るはめになったのだが,結局どっちになったとしても,
橋泰常さんが愛知がんセンターを定年になって,株式会社医学
<役にたたない科学>が最高のものであるという私の信念に変
生物学研究所の伊那研究所の所長になられたとき,南アルプス
りはない。
と中央アルプスに挟まれた魅力的な伊那という町に惹かれて,
次の伊那研の所長は私に,と言ってもいた。結局,純粋科学に
より近い女子大の先生にはならず(なれず?)に,実学の民間
1.矢原一郎「生物の論理−分子・細胞・進化」(双書 科学/技術のゆく
え),岩波書店,2002
タンパク質,昼の世界と夜の世界
後藤祐児
(大阪大学・蛋白質研究所)
ンパク質の研究分野でアミロイド線維が注目されている。アミロイド線維は,プリオン病
タ
やアルツハイマー病をはじめとする多くの病気に共通して見られるタンパク質の凝集体
である。構造物性の研究から,アミロイド線維は単なる不定形な凝集ではなく,主にβ構造か
らなる規則的なタンパク質の構造状態であることがわかってきた。アミロイド線維を形成する
タンパク質の多くは,本来,機能的な立体構造をもつタンパク質であり,立体構造が大きく変
化してアミロイド線維が形成される。これまでのタンパク質研究は,
「アミノ酸一次配列によっ
てユニークな立体構造が決まる」というアンフィンゼンのドグマに基づいて行なわれてきた。
アミロイド線維はアンフィンゼンのドグマには存在しないタンパク質の立体構造である。アン
フィンゼンの知らなかったタンパク質の夜の世界が明らかになろうとしている。
タンパク質の百花繚乱
タンパク質はアミノ酸のつながった「ひも」であり,タンパク質のひもは折りたたまれて機
能を果たす。タンパク質の折りたたみには折り紙と似たイメージがある。折り紙が英語でペー
パー・フォールディング(paper folding)であるのに対して,タンパク質の折りたたみは,プロ
テイン・フォールディング(protein folding)と呼ばれる。共に広がった状態がコンパクトになっ
て,ユニークで機能的な立体構造であるネイティブ構造(native structure)ができあがる。大き
な違いは,折り紙では同じ一枚の紙からいろいろな形を折ることができるが,タンパク質の折
り紙では,それぞれのタンパク質のアミノ酸の配列(一次構造)は異なり,ネイティブ構造も
異なる。そしてタンパク質のネイティブ構造は熱力学的に最も安定な状態であり,一次構造が
決まれば立体構造も決まると考えられてきた。このような概念は,それを提唱した研究者の名
前にちなみ,「アンフィンゼン(Anfinsen)のドグマ」と呼ばれる。このドグマに従うと,遺伝
子配列が決まればタンパク質の一次構造は決まり,立体構造も一義的に決まる。ヒトゲノムの
大枠が決まり,ポストゲノムが議論される。タンパク質研究はその中心であり,なかでも構造
ゲノミクスが脚光を浴びている。構造ゲノミクスではタンパク質立体構造を全体として明らか
にし,機能研究の基盤をつくろうとする。それを支える基本原理がアンフィンゼンのドグマで
ある1, 2。
8
図1.タンパク質の代表的な9種類のフォールド。
Oregono et al. : Nature 37
2, 6
31-634(1994)をもとに
作成。
区別する。タンパク質の立体構造を
さらに詳細に分類していったとき,
タ ン パ ク 質 に は 約1
00
0種 類 程 度 の
フォールドがあると考えられてい
る。特にさまざまな頻繁で出現する
ものはスーパーフォールドとよばれ
ている(図1)
。
このようなタンパク質のフォール
ドを全て決定しようとするのが,構
造ゲノムプロジェクトであり,国内
においては「プロテイン3
000」とい
う名前で促進が図られている。ヒト
には数万種類ものタンパク質が存在
す る と 予 想 さ れ る が,こ れ ら は 約
タンパク質の立体構造の基本はαへリックスとβシートの2
1
0
00種類のフォールドのいずれかと同じ立体構造をもつはずで
種類の二次構造である。ネイティブ構造はこれらの二次構造を
ある。もし,全てのフォールドがわかれば,新たなタンパク質
組み合わせて形成される。もっとも基本的な球状タンパク質ド
の立体構造を独自に決める必要はなく,既知のタンパク質立体
メインの折りたたみの様式(フォールド)には,αへリックス
構造との対応を調べればいい。そのほうが余程効率がよいであ
だけから構成されるもの(αタンパク質)
,βシートだけからな
ろう,というのが全てのフォールドを明らかにしようとする理
るもの(αタンパク質),αへリックスとβシートが交互に現れ
由である。
るもの(α/βタンパク質)
,αへリックスの領域とβシートの
スーパーフォールドに示されるようなタンパク質の立体構造
領域が混在するもの(α+βタンパク質)
,特定の二次構造をも
を見ていると,まるで美しい花の図鑑をながめているようなイ
たいないもの(コイルタンパク質)
,の5種類がある。なお,タ
メージをもつ。多彩なタンパク質の立体構造から「百花繚乱」
ンパク質の折りたたみ反応をフォールディングというのに対し
ということばが思い浮かぶ。タンパク質のネイティブ構造は開
て,折りたたまれた後の形やトポロジーはフォールドと呼び,
花した花である。タンパク質を理解するには開花した花を知る
ことが重要であることはいうまでも
ない。どのようにして花(タンパク
質)は蝶やハチ(基質)を惹きつけ,
どのようにして蜜をだしているの
か,花の機能を理解するには花の構
造を明らかにすることが必須であ
る。
ミスフォールディング
近年,タンパク質のネイティブ構
造が変性したり,まちがってフォー
ルディング(ミスフォールディング)
した構造をとることが原因で病気が
引き起こされる例が多く見つかり,
コ ン フ ォ メ ー シ ョ ン 病(conformational disease)
,あるいはフォールディ
ング病(folding disease)として注目
図2.β2ミクログロブリンのアミロイド線維形成反
応。
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9
図3.アミロイド線維とそれに関連したタンパク質の
構造状態のさまざまな画像。A, B, C, E, F, H はβ2ミ
クログロブリン,D, G は A β ( 1−4
0) で作製したも
の。
ロブリンは定常的に代謝され,腎臓
の尿細管細胞で分解される。血液透
析患者ではこの分解ができず,さら
に血液透析で除去できないため,β2
ミクログロブリンの血中濃度が50
/L 程度に上昇する。この状態が10年,
2
0年と続く。その結果,多くの患者
でβ 2 ミクログロブリンはアミロイ
ド線維となって沈着する(図2)。β
ミクログロブリンは一旦,変性した
2
後,形を変えて(ミスフォールディ
されている。特定領域研究「タンパク質の一生」においても重
ングして)アミロイド線維を形成していると考えられている。
要な研究項目である。
試験管の中では,患者から精製したアミロイド線維をシードと
これらの中にはタンパク質がコンゴレッド色素で染色され,
して,酸変性させたβ2ミクログロブリンを加えると,アミロイ
偏光顕微鏡下で緑色偏光を呈する幅1
0で枝分かれのない線維
ド線維を形成することができる。しかし,中性 pH 条件にある生
構造をつくって体内に沈着している例が多くある。これをアミ
体内で線維ができる詳細なしくみはわかっていない。
ロイド線維(医学用語として繊維ではなく線維を用いる)と呼
5,長さが1
β2ミクログロブリンのアミロイド線維は幅が1
び,アミロイド線維の沈着する疾患の総称をアミロイドーシス
−2の針状構造をしている。やわらかさの強調されることの
0種類のタンパク質あるいはペプチドとそれの関わ
という3。約2
多いタンパク質がこのように鋭い,しかも幅のそろった棒状構
る疾患が知られている。アルツハイマー病(A βペプチド)
,透
造をつくることは驚きである(図3 A, E)。このような画像をな
,甲状腺髄様がん
析アミロイドーシス(β2ミクログロブリン)
がめていて思い浮ぶのは,
「一寸法師の針の剣」である。一寸法
(カルシトニン),AL アミロイドーシス(免疫グロブリン L 鎖)
,
師は鬼に食べられてしまう。しかし,縫い針でできた針の剣で
家族性アミロイドポリニューロパチー(トランスサイレチン),
鬼のおなかを刺し,鬼を退治してしまう。透析アミロイドーシ
家族性アミロイドーシス(リゾチーム)などの他,日本でも見
スでは関節にこのような針状物質が束となって沈着する。もし
つかり大きな社会問題となっている狂牛病や,既に以前から知
これが,脳に沈着すれば例え鬼であっても一撃必殺かもしれな
られていたクロイツフェルトヤコブ病などのプリオン病(プリ
い。アルツハイマー病やプリオン病におけるアミロイド線維の
オンタンパク質)もアミロイド病に含まれる。カッコ内は原因
役割は明らかではないが,アミロイド線維自体がそれらの病気
タンパク質であり,それらは生命機能を支える重要なタンパク
の一因になっていても全く不思議はないと想像する。筆者たち
質であることがわかる。パーキンソン病(αシヌクレイン)や
は核磁気共鳴を用いた構造研究から,天然構造が一旦ほどけた
ハンチントン病(ハンチンチン)でもアミロイド線維に似たタ
後,広範囲にわたる水素結合ネットワークが形成されて,極め
ンパク質の沈着が報告されている。さらには,病気とは全く関
て剛直で安定なアミロイド線維構造ができあがっていることを
係ないタンパク質やポリアミノ酸でもアミロイド線維を形成す
提案した6。
ることが報告され,タンパク質が球状構造を形成するのと同様
他方,ジスルフィド結合を還元したβ2ミクログロブリンはフ
に,アミロイド線維もタンパク質の一般的な構造形態であるこ
レキシブルなフィラメント構造を形成した(図3 F, H)。剛直な
とが示唆されている4。
アミロイド線維とは対照的である。このようなフィラメント構
造は剛直なアミロイド線維に変換することはなかった。おそら
透析アミロイドーシス
く,ジスルフィド結合を切断すると協同的な線維形成を行うこ
具体的な例として著者たちが研究を行なっているβ 2 ミクロ
5
とができず,中間的な構造で行き止まりになってしまったので
グロブリンを例にとって,アミロイド線維を紹介しよう 。
あろう。
少し大きな病院に行けば人工透析の看板を目にする。人工血
アミロイド線維の一般的な特徴は均質な針状構造であるが,
液透析は腎疾患患者に対して,本来腎臓が行っている血液透析
詳細は各アミロイド線維によって異なる。また,β2ミクログロ
機能を人工的に行う医療である。国内では現在,約2
1万人が血
ブリンの例からもわかるように,同じタンパク質がさまざまな
液透析医療を受けており,国内で特に普及した医療である。と
繊維状構造をとることができる。これらを並べてみると,天然
ころが1
0年以上の長期透析患者の多くに手根管症候群と呼ばれ
構造が多様であるように,アミロイド線維も多様であることが
る肩や手首の痛みや運動障害を伴う症状があらわれる。原因は
わかる(図3)
。
β2ミクログロブリンが形成するアミロイド線維の沈着である。
本来,クラス I 主要組織適合性抗原の一成分であるβ2ミクログ
10
タンパク質の陰翳礼讃
ようなタンパク質は,natively unfolded protein と呼ばれる。これ
折り紙の例えでいうならば,タンパク質機能を担うネイティ
らの中には,別のタンパク質や核酸と相互作用することによっ
ブ構造はきれいに折りあがったツルやカメの世界である。折り
てユニークな機能的構造をとるものもある。他方,αシンヌク
手が下手で折り紙に失敗したり,例えうまくできた折り紙で
レインのように,それがとりうる構造らしい構造といえばアミ
あっても古くなったときには,折り紙は変性し,丸めてゴミ箱
ロイド線維というタンパク質もある。このようなネイティブ構
に捨てれば終わりのはずであった。ゴミ箱のなかの紙くずは,
造をとらない一見ひねくれたタンパク質も夜の世界に属するタ
消化しやすいおいしいタンパク質あるが,タンパク質の構造物
ンパク質であろう。
性という点からは面白くないものと思ってきた。ところがゴミ
さて,
仮にこれらの natively unfolded protein の構造を研究し,そ
箱の底をよく見ると,紙くずに混じって,針やはさみ,ナイフ
れがユニークな立体構造をとらないことを原子レベルで証明し
があるという,従来の概念からは信じられないことが起きてい
たとき,これは構造ゲノムプロジェクトではどのように評価さ
たのである。タンパク質の立体構造には,機能を担う表の世界
れるのであろうか。特定の立体構造を決めることが目標である
とは違う「裏の世界」があったのである。
ので,構造をとらないタンパク質はその範疇には入らない。
「夜
これまで私たちが注目してきたのはタンパク質の機能と直結
の世界のタンパク質は構造ゲノムの対象ではない」
,ということ
した華やかな表の世界であり,アミロイド線維は裏の世界のタ
になるのだろうか。しかし,タンパク質に夜の世界があること
ンパク質の姿である。あるいは,アミロイド線維は,夜に咲い
を認識すると,
「立体構造を形成しない」ということを決めるこ
たタンパク質の花である。重要なことは,同じひとつのタンパ
とは,華やかなネイティブ構造を決めることと同じように重要
ク質が,昼と夜の両方に咲くのである。表の世界が百花繚乱で
である。既存の構造ゲノムの概念は十分とはいえず,タンパク
あるならば,タンパク質の暗い夜の世界にうごめくさまざまな
質の夜の世界が解き明かされようとする今日,それを含めた研
姿は「タンパク質の百鬼夜行」とでもいうのであろうか。これ
究を進めることがタンパク質の広い理解に必須である。特定領
らが徘徊するタンパク質の夜の世界は,病気や老化とつながる
域研究「タンパク質の一生」が,ここで述べたタンパク質の夜
タンパク質の陰鬱(いんうつ)とした世界である。(注:
「百鬼
の世界にも光をあてる研究領域であることはいうまでもない。
夜行」という言葉は沖縄班会議において吉田賢右さんにご指摘
いただきました。)
しかしながら,アミロイド線維のさまざまな形をじっと眺め
ていると,それはそれで大変美しい。β2ミクログロブリンの針
を散らしたようなアミロイド線維はなんと鋭く均質でみごとな
1.後藤祐児:タンパク質の一生(中野,遠藤編)
,pp 1
9-30,共立出版
(2000).
2.後藤祐児,谷澤克行:タンパク質の分子設計(後藤,谷澤編),pp1-35,
共立出版(2000).
3.樋口京一:分子シャペロンによる細胞機能制御(永田,森,吉田編),
構造であろうか。くねくねとしたフレキシブルな構造には,よ
pp 164-174 ,シュプリンガーフェアラーク東京(2001)
.
くもこんな長いものができたと感心する。谷崎潤一郎のエッセ
4.Fndrich, M., Dobson, C. M.: EMBO J. 21, 5682-5690(2002)
.
イに「陰翳礼讃」
(いんえいらいさん)というのがある。谷崎は
5.後藤祐児,星野大:蛋白質核酸酵素 47, 663-669(2002)
.
陰や闇の中に浮かび上がるほのかな陰影やあざやかさが日本美
6.Hoshino, M., Katou, H., Hagihara, Y., Hasegawa, K., Naiki, H., Goto, Y.: Na-
の原点であると考えた。
(注:
「陰翳礼讃」は沖縄班会議におい
ture Struct. Biol. 9, 332-336(2002).
て加藤晃一さんにご指摘いただきました。
)アミロイド線維の世
界は,今は病気と関係する面がクローズアップされている。し
かし,アミロイド線維が悪者で終わってしまうとは思いたくな
い。タンパク質がとりうる基本的形態であるならば,
生命にとっ
て有利に働いてきたこともあるに違いない。さらには,アミロ
イド線維はナノテクノロジーの素子として実に興味深い。一寸
法師の針の剣を鞘に納めて,必要なときだけ剣を抜くことがで
きれば,ナノテクノロジーの強力な武器になる。これまで知ら
なかったタンパク質の夜の世界には,「タンパク質の陰翳礼讃」
がぴったりではないだろうか。
タンパク質の昼と夜
「タンパク質の昼と夜」という見方をすると,今後のタンパク
質研究の方向性が見えてくるように思われる。タンパク質には,
本質的に不安定で生理的な条件で特定の立体構造をとらないタ
ンパク質の多く存在することが明らかになってきている。この
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11
動物細胞の微細構造に魅了された細胞生物学の先駆者達:
ロックフェラー大学細胞生物学研究室の思い出
大村恒雄
(九州大学名誉教授)
ンパク質の一生」とい
「タ
う 特 定 領 域 研 究 の 発
足を聞き,今から40年程前
にタンパク質の細胞内輸送
についての研究が始まった
当時を思い出して感慨深
かった。タンパク質の一生
の中で,リボソーム上で合
George E. Palade(右)と Christian de Duve(左)
(1
9
84年)
成されたペプチドが高次構
造をとり翻訳後修飾を受けながら細胞内を輸送される過程は大きな部分を占めるが,この問題
についての研究が始まったのは196
0年代の始めであり,その新しい研究分野の先駆者はニュー
ヨークのロックフェラー大学細胞生物学研究室の人達だった。細胞生物学と呼ばれるように
なった新しい学問分野も1
9
5
0年代にそこで誕生していた。私は1
96
5-1
966年にロックフェラー大
学に滞在し細胞生物学研究室で研究をする機会を得たが,魅力的な新しい研究分野が拓かれよ
うとしている現場を体験した興奮は今でも記憶に鮮やかである。動物細胞の微細構造を明らか
にしタンパク質の細胞内輸送の研究の基礎を築いた先駆者達の記録を私自身の思い出も含めて
記したい。
細胞生物学の誕生
現在の生物学を支えている大きな柱の中の2本が分子生物学と細胞生物学であることは言う
までもない。これらはそれぞれ遺伝学,細胞学という伝統的(ある意味では古い)学問分野か
ら1
9
4
0年代に芽を出して1
9
5
0年代に入って急成長したが,細胞生物学についてそれを先導した
のはロックフェラー医学研究所(19
6
1年にロックフェラー大学に改称)の Albert Claude(写真
1)であり,その功績によって同じロックフェラー大学の Christian de Duve,George E. Palade
(写真2)と共に19
74年のノーベル生理学・医学賞を受賞している1。ロックフェラー大学から
刊行されていた雑誌 Journal of Biophysical and Biochemical Cytology が Journal of Cell Biology に改
名されたのは1
9
6
2年である。
Claude は1
9
2
9年にベルギーから渡米しロックフェラー医学研究所に来て癌の研究を行なって
いた。癌細胞の呼吸についての研究の過程で動物組織から細胞内と同じ形態と呼吸活性を保っ
た状態でミトコンドリアを取り出して調べる必要を感じていたが,その目的は共同研究者だっ
た George H. Hogeboom と Walter C. Schneider が従来用いられていた塩溶液に代わって塩類を含ま
ない蔗糖水溶液で組織を磨砕して遠心分画する新しい細胞分画法を考案して達成された(194
8
年)。同じ頃に金属表面の観察のために開発されていた電子顕微鏡を動物細胞の微細構造の研究
に応用する試みが同じく Claude の共同研究者であった Keith R. Porter と Palade によって開始さ
れ,ウルトラミクロトームの考案,組織切片の電子染色法の開発などの工夫を重ねた結果,19
45
年に動物細胞の最初の電子顕微鏡写真が論文として発表された。それまでの光学顕微鏡による
観察では透明で無構造と考えられていた細胞質内に様々な微細な構造体が見出され,特に大量
の膜系が細胞内に網目状に拡がって存在していることが注目されて 「endoplasmic reticulum」 と
名付けられた。また Claude は当時の最新技術であった超遠心分離器を動物細胞の細胞分画に応
用し,ホモジェネートからミトコンドリアを遠心沈殿させた上清から超遠心によって大量の微
Albert Claude (文献1より)
12
細な膜片が沈殿してくるのを見出してこの膜分画に 「microsome」 という名を与えていたが
(194
3年),これは endoplasmic reticulum の破片であることが明ら
シノーゲンが Palade の予想の通り膜結合リボソームで合成され
かになった。電子顕微鏡による動物細胞の観察を続けた Palade は
ることを証明した(196
0年)。Palade は膜結合リボソームで合成
種々の動物組織の細胞内に四酸化オスミウムで強く染色される
された分泌タンパク質がどのような経路で細胞外に出て行くか
微小な粒子が多数存在することを見出した(1
9
5
5年)。この粒子
に研究の重点を移し新たに合成された分泌タンパク質の細胞内
は暫くの間「Palade particle」とも呼ばれたが,やがて「ribosome」
の動きを追う研究を続けて行くが,Siekevitz は膜に興味を持つよ
と呼ばれるようになった。
うになり細胞内に存在する膜でできている様々な構造体がどの
これら一連の経過を見れば Claude を中心としたロックフェ
ような機構で形成されるかについての研究を始めた。
ラー医学研究所の研究グループによって現在の細胞生物学の基
礎が作られたことは明らかである。電子顕微鏡によって観察さ
1
9
60年代半ばのロックフェラー大学細胞生物学研究室
れた動物細胞の微細構造は予想を超えた複雑さであり,その微
私は大阪大学に新設されたばかりの蛋白質研究所の蛋白質生
細な美しさに魅了された研究者達の努力によってそれら微細構
理機能部門(佐藤了教授)に19
60年に助教授として赴任し,佐
造体を細胞分画によって分離して生化学的方法で機能を明らか
藤教授の希望に従って動物肝臓ミクロソームの電子伝達系の研
するという細胞生物学の研究方向が確立した。
究を始めた。当然ながら 「microsome」 を発見した Cluade や
Claude は19
49年にロックフェラー医学研究所を去ってベル
Palade,Siekevitz などの論文を読むことになり,それまで勉強し
ギーに帰り,Porter も1
96
1年にハーバード大学に移って,その後
て来た生化学や細胞学とは違う新しい研究分野が拓けつつある
は Palade がロックフェラー大学の細胞生物学研究室を主宰する
ことに強い印象を受けた。やがて2年間海外に出る機会を得た
ことになる。
ので,1
96
4年から1年間ペンシルバニア大学のジョンソン研究
膜結合リボソームと分泌タンパク質の生合成
の研究を続けてから,Siekevitz に客員研究員として研究グループ
所(Ronald W. Estabrook の研究室)でミクロソームの電子伝達系
Palade は自分が発見したリボソームの電子顕微鏡による観察
へ加わることを希望して認められ19
6
5年の夏にロックフェラー
を続け,リボソームには小胞体膜に結合しているものと細胞質
大学に移った。
内に遊離状態で分散しているものとがあることを見出した。そ
当時の細胞生物学研究室は Palade が主任教授で,他の主だった
して,肝臓,膵臓など大量のタンパク質を分泌する組織の細胞
研究者は Siekevitz の他に生化学者の David J. L. Luck,電子顕微
ではリボソームの大部分が膜結合型であり,分泌タンパク質を
鏡が専門の Walter Stokenius と Samuel Dales が居て,多数の大学
生産しない組織の細胞のリボソームはほとんどが遊離型である
院学生や博士研究員と研究を進めていた。Palade の指導でタンパ
ことに注目し,分泌タンパク質は膜に結合しているリボソーム
ク質分泌機構の研究をしていたのは James D. Jamieson,Colvin
で作られるのではないかと考えた。この考えから出発した動物
M. Redman, David D. Sabatini などで, Siekevitz と膜についての
細胞でのタンパク質の分泌についての諸問題が Palade を中心と
研究をしていたのは Gustav Dallner と Ithak Ohad だった。スエー
した細胞生物学研究室のその後の主要研究テーマとなった。
デンから3年前に来ていた Dallner は研究が一区切りとなって帰
電子顕微鏡の専門家である Palade は1
9
5
4年に共同研究者とし
国するところで,私は Dallner の後を引き継ぐこととなった。
て生化学者の Philip Siekevitz(写真3)をロックフェラー医学研
私にとってはペンシルバニア大学での仕事は大阪大学で行
究 所 に 迎 え た。Siekevitz は
なっていた研究の延長のようなもので,周りで行われている研
ラット肝臓のホモジェネー
究もミトコンドリアの電子伝達系や酸化的リン酸化系など実験
トに放射性アラニンを加え
手段でも馴染みの有るものが多かった。しかし,
ロックフェラー
ると主にミクロソーム分画
大学の細胞生物学研究室で行われている研究のほとんどは私に
のタンパク質に放射能が取
とっては初体験に近いものだったし,ロックフェラー大学の雰
り込まれることを見出し,
囲気もペンシルバニア大学とはかなり異なっていた。ペンシル
この取り込みにミトコンド
バニア大学のジョンソン研究所は慌ただしく効率的に人々が立
リアによる ATP 供給が必要
ち働く典型的なアメリカ型の研究所だったが,1
96
0年代のロッ
であることも確かめて1
9
52
クフェラー大学はロックフェラー医学研究所が19
0
1年に創設さ
年に論文として報告してい
れた当時にヨーロッパから導入された伝統を守ろうとしている
る(in vitro タンパク質合成
ような落ち着いた雰囲気があり,イギリス的な階級制度の傾向
系についての最も初期の研
もあった。博士号をもつ研究員と実験補助員や技術員は実験衣
究の一つである)。Siekevitz
の色が異なって区別されていたし(ベージュと白)
,昼食をとる
は分泌タンパク質の生合成
食堂も別だった。研究員は研究所の創立当時からの古い建物
について Palade と共同研究
(Founder' s Hall)
の1階の East River に面した広い立派な食堂で教
を進め,膵臓のキモトリプ
授達も若手研究者も一緒に食事をすることになっており,実験
Philip Siekevitz(1989年)
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13
補助員などが昼食をとるのは地下のカフェテリアだった。
し,穴の下の内腔には透過したペプチドの塊が見える場合もあ
ると主張した。これには反論が多く,特に Luck が強く反対して,
Palade グループの分泌タンパク質の細胞内輸送の研究
膜に穴が見えるという主張は学位論文の公開発表会では言わな
Palade は主に膵臓を研究材料にして電子顕微鏡レベルでの
いという結論に落ち着いた。
オートラジオグラフィーと細胞分画法を用いて分泌タンパク質
Sabatini の学位論文公開発表は無事に終わり,他の数名と一緒
の細胞内での動きを追う研究を続け,膜結合リボソームで合成
に PhD の学位授与の式典が行われた。ロックフェラー大学の学
された分泌タンパク質が粗面小胞体の内腔に現れ,滑面小胞体
位所有者全員が色とりどりの襟が付いた(襟の色は学位を受け
とゴルジ体の内腔を経て細胞外に出て行くことを確かめた。分
た大学の“School color”
)黒のガウン(神学博士だけは赤のガウ
泌タンパク質の細胞外への放出は輸送小胞の細胞膜での開口放
ン)を着て角帽をかぶり,学位を受ける数名を先頭にして学長
出であることが形態観察で証明されたが,残された大きな問題
の先導で大学構内を行進するという華やかな格式ばった式典
点の一つは小胞体膜の細胞質側表面に存在するリボソームで合
だったのが印象に残っている。
成された分泌タンパク質が膜の反対側の内腔に現れる問題で
Sabatini と Redman の研究は1
96
6年に論文として発表された。
あった。連続したリン脂質二重層から成り低分子量の有機物質
この研究は19
6
7年に細胞生物学研究室に博士研究員として加
さえも容易には通さない生体膜をタンパク質分子が透過するな
わって Sabatini の指導で研究をすることになった Gunter Blobel へ
どは生体膜についての当時の知識からは考え難いことであった
と引き継がれ,
1
9
75年に発表された Blobel と Bernhard Dobberstein
が,この問題に取り組んでいた Sabatini と Redman は独創的な考
の「Signal peptide hypothesis」へと発展する。 Palade が小胞体膜
えをもっていた。
に結合したリボソームを見出した1
9
55年から20年にわたって細
Sabatini(写真4)はアルゼンチン出身の MD でブエノスアイ
胞生物学研究室で継続されたタンパク質の細胞外への分泌機構
レス大学医学部の助教授をしていたが,ロックフェラー大学に
についての一連の研究はここで一つの大きな山を越えた。伝統
PhD コースの大学院学生として入学して Palade の研究グループ
に裏付けられた研究を長年にわたって継続する重要性を改めて
に加わっていた。私が細胞生物学研究室に来た時には学位論文
認識させられる。
「Signal peptide hypothesis」は重要性が広く認め
の仕上げをしている最中で,その論文の主題が分泌タンパク質
られて Blobel は19
99年にノーベル生理学・医学賞を受賞すること
の小胞体膜透過の問題だった。彼と Redman は小胞体にリボソー
になる2。
ムが結合するとリボソーム直下の膜に穴が開いてリボソームか
ら伸長するペプチドはその穴を通って直接に小胞体の内腔に出
Siekevitz グループの生体膜形成機構の研究
て来ると考えて,Sabatini はリボソームが結合している粗面小胞
タンパク質とリン脂質を主成分とする生体膜の構造について
体の電子顕微鏡による観察で,Redman は Sabatini と共同してリ
現在の考えの基本となっている S. J. Singer の「流動モザイク説」
ボソームから伸長するペプチドの存在場所を生化学的手法で調
が論文として発表されたのは1
9
72年であるが,その前から生体
べる方法で,その仮説の検証を進めていた。Sabatini と Redman
膜の形成機構についての議論が始まっていた。1
9
50年代に核酸,
は研究室に来たばかりの私に彼らの仮説について熱心に説明し
タンパク質やリン脂質の生合成についての研究が進んだ時点
てくれたが,ものになれば大きな仕事だなという印象を受けた
で,次の問題としてそれらが組織的に集合して形成されるリボ
David D. Sabatini(197
9年)
14
のを記憶している。
ソーム,生体膜などの高次構造体(Supramolecular structure)の
間 も な く Sabatini は 学 位 論
形成機構に興味がもたれたわけである。当時の状況は1
966年に
文を書き上げて大学に提出し
アメリカのラトガース大学で開催されたこの問題についての最
公開発表会の日付も決まっ
初のシンポジウム「Organizational Biosynthesis」の記録3で理解す
て,細胞生物学研究室で公開
ることができる。
発表の予行演習が行われた。
Siekevitz は生体膜の形成機構についての研究の先駆者の一人
Palade を始め研究室の人達全
である。彼がこの問題について研究を始めた1
96
0年代始めには,
員が集まった前で Sabatini は
細胞膜,小胞体膜,ミトコンドリア内外膜などそれぞれ独自の
約1時間にわたって講演し,
組成をもつ生体膜は細胞内で構成成分が一定の比率で一度に集
ついで討論が行なわれた。議
合して形成されるのか(One-step assembly)
,既存の膜に種々の
論が集中したのは小胞体に結
タンパク質やリン脂質が次々と独立に組み込まれて形成される
合しているリボソームの直下
の か(Random assembly)が 大 き な 問 題 と 考 え ら れ て い た。
の膜に穴が開いていてそこを
Siekevitz は細胞内で特定の膜が急速に増える条件を利用してこ
ペプチドが通過するという問
の問題を研究しようと考えたようで,Ohad には光照射によって
題で,Sabatini は高拡大の電子
葉緑体が急速に形成される Chlamydomonas reinhardi の変異株を
顕微鏡像では膜に穴が見える
用いる研究を,Dallner には肝細胞内で小胞体が急速に増加し酵
若いときの Gunter Blobel(右)と筆者(左)
(ロックフェラー大学の研究室内で,1968年)
素組成も変化する胎児期のラッ
domonas の研究はシンガポール
トについての研究を行なわせて
から来た若い博士研究員 Nam-
いた。Chlamydomonas での葉緑
hai Chua に引き継がれたが,そ
体の形成では「One-step assem-
の頃には Siekevitz は膜よりも神
bly」を,肝細胞の小胞体膜では
経に興味をもつようになって研
「Random assembly」を支持する
究の重点を神経細胞に移して
結果が得られたが,Siekevitz は
いった。
肝細胞内で小胞体の量も組成も一定の状態での膜の動態を調べ
197
8年に私はロックフェラー大学を訪問する機会があり Blo-
て「Random assembly」を確定しようと考え,それが私の研究テー
bel と昼食をしたが,1
9
60年代の「Good old days」とは変わって
マとなった。Palade,Siekevitz と一緒に数回にわたって議論した
教授達や研究員も新しくできた研究棟にある大きなセルフサー
上での研究テーマの決定だったが,
思慮深く慎重な Palade と情熱
ビスのカフェテリアで昼食をとるようになっていた。伝統を重
的で思考が飛躍する Siekevitz の議論は面白い対照だった。
んじて来たロックフェラー大学も効率化と経費の節約を求める
私は肝臓ミクロソームの酵素の中で精製が容易なチトクロー
時代の波には勝てなかったのであろう。
ム b 5と NADPH- チトクローム c 還元酵素の代謝回転速度を測る
実験に取りかかった。3匹程度のラットの肝臓からチトクロー
日本に帰って
ム b 5と NADPH- チトクローム c 還元酵素をミクロスケールで精
ロックフェラー大学滞在を終わってサンフランシスコから東
製する方法を確立し,14C で標識したロイシンをラットに静脈注
京に向かう飛行機の中で私は帰国後の研究を考え続けていた。
射する in vivo のパルスラベルでタンパク質の代謝回転速度を測
私が帰任する大阪大学蛋白質研究所は生化学分野では国内で当
定する実験を繰り返し,チトクローム b 5と NADPH- チトクロー
時おそらく最も研究環境に恵まれた場所だったが,日本が細胞
ム c 還元酵素の代謝回転速度が異なることを証明でき小胞体膜
生物学の分野でアメリカより大幅に立ち後れていることは明ら
の「Random assembly」を支持する結果を得たが,この研究の途
かで,生体膜の形成機構などの研究をする下地がないことは認
中で Palade や Siekevitz と議論を重ねる間に,チトクローム b 5と
識していた。この新しい分野の研究を日本で始める必要性は痛
NADPH- チトクローム c 還元酵素を利用して小胞体膜の形成に
感していたが,ロックフェラー大学などアメリカでの研究の進
ついて更に研究を進める色々な計画が立てられた。しかし私の
展の早さを考えると,とても互角に対抗できるとは思えなかっ
ロックフェラー大学滞在は1年間で帰国の日が迫っており,そ
た。しかし,ロックフェラー大学を去る前に Palade,Siekevitz と
れらの研究は後の課題として残されることになった。
議論して計画した実験だけは続けたかった。
大阪大学の研究室に帰ってみて,研究費の点だけでもロック
その後の細胞生物学研究室
フェラー大学でやっていたような研究はできないことを私は再
私は1
966年の夏に帰国した。
私が研究室を去る時に Siekevitz は
認識した。佐藤教授は膜形成の研究を続けたいという私の希望
「君の後にウイスコンシン大学の Potter 教授の所にいる若いドイ
を理解してくれたが,14C で標識したロイシンを数ミリキュー
ツ人が来ることになったよ。膜の研究を続けてもらいたいと
リーも買うことは全く不可能だった。私はこの事情を書いた手
思っているのだが。」と言っていたのを記憶している。私が去っ
紙を Siekevitz に出したところ,驚いたことに Siekevitz から大量
て数ヶ月後にやって来たその「若いドイツ人」が Gunter Blobel
の14C- ロイシンが送られて来た。もう一つの幸運は,三共株式会
だった(写真5)
。しかし,Potter の研究室でリボソームの研究
社の研究所から佐藤教授の研究室に訪問研究員として来ていた
をして学位をとった Blobel は Siekevitz が提案した膜の研究(ミ
栗山義明君(後に藤井と改姓,東北大学理学部教授)が膜形成
トコンドリア外膜のタンパク質の代謝回転を測定して小胞体と
の問題に非常に興味を示し,私と一緒に仕事をしてくれるよう
比較する)を希望せず,Sabatini の指導で膜結合リボソームによ
になったことだった。
思い掛けない Siekevitz の好意と優秀な栗山
る分泌タンパク質の生合成の研究をすることになった。その結
君の協力により私は何とか小胞体膜の研究を続けることができ
果が 「Signal peptide hypothesis」へと発展して Blobel はノーベル
た4。
賞を受賞することになったが,もし Blobel が Siekevitz の提案に
更に幸運なことに大阪には関西医科大学生理学講座の田代裕
従って膜形成の研究をしていたらどんな仕事をしただろうか。
教授がいた。田代教授は私より3年前にロックフェラー大学に
数年後に Palade はエール大学に招かれてロックフェラー大学
留学し,Palade,Siekevitz とリボソームについて研究をした先輩
を去り,Siekevitz が細胞生物学研究室の主任教授になった。Ja-
で,帰国後は蚕の絹糸腺を使ってタンパク質分泌の研究を続け
mieson は Palade に従ってエール大学に移り,Redman はニュー
ていた。田代教授は日本の細胞生物学を盛んにすることに情熱
ヨーク血液センターに Sabatini もニューヨーク大学医学部に
を燃やしており,私にとって頼りになる学問上の親友となった。
移って,分泌タンパク質研究の伝統はロックフェラー大学に留
私は1
97
0年に九州大学理学部生物学科に移った。赴任した講
まった Blobel に引き継がれた。
Ohad はイスラエルに帰り Chlamy-
座は新設で設備も全くなく暫くの間研究は停滞せざるを得な
| February 2003 | No.11 |
15
かったが,ここでも薬学部の加藤敬太郎教授という研究上の親
は『Three Musketeer" だ』と言っていたのを思い出しました。学
友を得た。リソソームの酵素について研究をしていた加藤教授
会などで三人がいつも一緒だったのが印象的だったのかも知れ
はリソソーム酵素の生合成へと研究を発展させ,私にとっての
ません。幸い現在は多くの優れた後輩の努力によって日本の生
研究仲間となった。
体膜,オルガネラの研究は世界的に見劣りのしない水準に達し
研究は長距離レースのようなものである。出発点で大きな時
ていると思います。年老いて戦いの場から退いて久しい三銃士
間差がついていたら先行する走者に追いつくのは容易ではな
から奮戦中の後輩に声援を送らせていただきます。
い。タンパク質の細胞内輸送,細胞内局在化の研究では私達の
世代は出発に立ち後れていることを承知の上でレースに加わり
走り続けた。研究の場から去って振り返ってみると苦しいレー
スを戦ったものだと思う。しかし,新しい研究分野を切り開い
て走り甲斐のある競争の場を作り出してくれた先駆者達には敬
意と感謝を捧げたいと思う。
1.川喜田愛郎,渡辺格,塚田裕三(編)
:ノーベル賞講演(生理学・医学),
第14巻,7-91,講談社(1985)
2.大村恒雄:蛋白質核酸酵素,45,182-185 (2000)
3.H. J. Vogel, J .O. Lampen, V. Bryson (Eds): "Organizational Biosynthesis",
Academic Press Inc., New York (1967)
4.大村恒雄:蛋白質核酸酵素,16,831-842 (1971)
後記
この小文を書き終えながら,昔 Sabatini が「田代,加藤,大村
キネシンとシャペロニン:共通なる作動原理?
田口英樹
(東京工業大学資源化学研究所)
々から何となく気になっていたのだが、キネシンとシャペロニンはその作動原理が意外に
前
もそっくりのように思われる。整理してみたい。
キネシンは微小管の上を走るモータータンパク質でダイマー構造が基本である。その動く様
は、
2本の足で一歩ずつ歩いていくようすに例えられる。キネシンがチューブリンでできたレー
ルの上をどう「歩く」のかを図1に示す。(a)まず、左足に ATP が結合、右足はヌクレオチド
無しの状態では、両足がチューブリンに結合している。(b)次に、左足の ATP が加水分解され
て ADP 状態になると、ヌクレオチド無しの右足に ATP が結合できるようになる。(c)続いて、
右足に ATP が結合すると、左足の ADP が外れるとともに、ダイマー間のリンカーに構造変化が
起こり、左足が「よいしょ」と右側に動く。この繰り返しでキネシンは、右側に一歩一歩進ん
でいける(キネシンの「歩行」のようすは以下のサイトにある出来の良い動画で見ると楽しい。
http://www.sciencemag.org /feature/data/1
0
491
55.shl)
さて、シャペロニンは「歩く」わけではない。シャペロニン GroEL は二つのリングを交互に
使いながらタンパク質の折れたたみを助ける
(2ストロークエンジンと形容される)
。
その GroEL
のリング一つをキネシンの片方の足とみなすと、GroEL の ATP 加水分解サイクルは、キネシン
のそれにそっくりである。ふだん見慣れている GroEL のダブルリングの配置だとわかりにくい
ので、便宜上二つのリングを引きはがし、その間を可動性のリンカーに置き換えて考えること
にする(図2上)
。さらに、基質となる変性タンパク質を(チューブリンのように)レールとし
16
図1.キネシンの歩行
Pi
ATP
ATP
ADP
ATP
ATP
て敷き詰めてみる。するとどうだろう、GroEL の二つのリング
(GroES)が解離するのは、GroEL のリング間で何か構造変化が
のコーディネーションはキネシンと区別がつかないこと(図2
起こり、その動きがもう一方のリングに伝達されることを示唆
下)がわかっていただけると思う。特におもしろいのは、ステッ
する。GroEL の二つのエンジン(リング)間の共役機構の実体
プ(a)で片側が ATP 状態の間は、もう一方で ATP 結合が阻害
は不明だが、その構造変化はキネシンのリンカーの動きに相当
されている点である。
するほどの大きなものなのかもしれない。以前見つけたシャペ
他にも見逃してはならない符合がいくつかある。
ロニンの二つのリングが ATP 加水分解に伴って割れるようだ、
という知見とも何か関係がありそうな気がする。
ATP 加水分解ではなく ATP の「結合」で大きく構造変化し
て仕事をする。
また、キネシンがレールとしての微小管を必要とするように、
シャペロニンは折りたたむべき変性タンパク質の存在が必須な
作用する相方があると ATPase サイクルが大きく促進され
のでは、というアイデアも想像をふくらませるところである。
る。キネシンでは、微小管があると∼50
0
0倍、シャペロニ
ンでは変性タンパク質存在下で5∼1
0倍速くサイクルが回
る。
キネシンではモノマー(一本足歩行)
、シャペロニンではシ
ングルリングで十分ではないかという議論が活発である
(いずれのケースでも足、リングが二つそろわないと in vivo
での役割を説明するフルの活性はないということになって
きた)
。
以上、このように比較するとお互いのタンパク質の作用機構
を考える上でさまざまな示唆を含むではないか。
例えば、図2(c)で示す ATP 結合で変性タンパク質、ADP
GroEL
ATP
ATP
Pi
ADP
ATP
ADP
ATP
図2.GroEL の「歩行」
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17
班会議レポート Part 1
河田康志
(鳥取大学工学部生物応用工学科)
定領域研究「タンパク質の一生」がスタートし,第一回目の班会議が沖縄のムーンビーチ
特 ホテルで,平成14年10月27日(日)から30日(水)まで開催された。都会の会議場で行わ
れるこれまでの班会議とはうって変わり,午後の大学院生等のポスター発表を含め,朝8時30
分から夜は1
0時3
0分まで班員達による大変密な発表と討論が行われた。約7
0名の班員と7
1題の
ポスター発表で,総勢およそ1
90名が参加した。ホテルに昼夜缶詰状態であったので,大変密な
討論ができた点で今回の新たな班会議の企画は大変成功であったと思われる。
いくつかの講演について簡単に報告する。まずは,タンパク質の一生のうちの誕生から。印
象に残ったのは,上田さん(東大)の PURE システムによる in vitro タンパク質合成と阿保さん
(岡山大)と姫野さん(弘前大)の細菌における trans-translation に関する報告である。上田さん
はタンパク質合成に関わる因子3
1種類をすべて単離・精製し,それらを用いた試験管内でのタ
ンパク質合成を可能にした PURE システムを構築した。このシステムの利点は,任意の因子の
影響を正確に調べることができる点とプロテオミクスに対応したタンパク質の構造機能解析に
応用できる点にある。今回は,タンパク質の誕生における分子シャペロン(DnaK, DnaJ, GrpE,
GroEL, GroES, PDI, Hsp11
0など)の効果をいくつかのタンパク質の可溶性や活性で調べていた。
河田さんの発表
筆者らも大腸菌内でのインクルージョンボディの可溶化をシャペロニン類の共発現で調べてい
るが,様々な要因が絡むので結果を解釈することが難しいことがあるが,この方法では明らか
に分子シャペロンの効果を調べることができる。ただし,分子シャペロンに働く未知の因子が
まだ細胞内に隠れている場合には,in vitro 系では誤った結果を招くことも考えられるので,か
なり確立された自明になった因子群の評価に対してのみ有効であろう。阿保さん,姫野さんの
trans-translation は,大腸菌などの細菌にしか見られないが,mRNA にストップコドンがなかった
り,何らかの原因でリボゾーム上で翻訳がストールしているときに,リボゾーム上の A サイト
に tmRNA が入ってきて起こる。この tmRNA には mRNA の代わりになる部分を自ら内在してお
り,ストールしていたリボゾームの翻訳がこの tmRNA の内部のコードを翻訳し始める。この領
域はアラニンに飛んだタンパク質の分解シグナルをコードしており,本来のタンパク質の途中
の C 末端にこの分解シグナルのアミノ酸配列が付加され,
そのタンパク質は分解されてしまう運
命をたどることになる。どのようにして tmRNA がリボゾームの A サイトに本来の mRNA を押
しのけて入ってくるのかが今後の検討課題であろうが,大腸菌内で外来タンパク質が全く発現
しない場合には,このような原因も考慮していく必要があろう。
二番目には,タンパク質の成長から。タンパク質の成長,すなわちフォールディングに関連
した項目では,やはりシャペロニンであろう。シャペロニンには大腸菌由来のグループⅠ型で
ある GroEL と古細菌由来のグループⅡ型のサーモソームがある。グループⅡ型のサーモソーム
の機能発現機構はまだ不明な点が多くあるが,養王田さん(東京農工大)はプレフォルディン
がサーモソームと密接に関連して機能発現を助けていることを報告した。グループⅠ型のシャ
ペロニン GroEL の機能発現機構はよく分かってきているが,それはそれで,前号のシャペロン
ニュースレター(2
00
2年 No 1
0, p 4-6 & p 28-2
9)に報告されているように,高度のレベルでの
発現機構の問題が存在している。河田(鳥取大)と多田隈さん(早大)は,シャペロニンの機
能発現機構の GroEL が基質を GroES で囲んでセントラルキャビティ内に落とす直前のステップ
として,GroEL- 基質中間体-GroES というシス複合体が存在しているということを報告した。河
田(詳細はポスターで宮崎が発表)は,中間ドメインに位置している Cys13
8を Trp に変異させ
た GroEL C1
3
8W 変異体を用いて解析した。この変異体はフォールディング基質がない場合で
は, GroES 存在下通常のサイクルを回るが,基質が結合すると2
5℃では,GroEL- 基質中間体-
今回の世話人河野さんからの説明
18
GroES という三重複合体を形成してサイクルは止まってしまう。しかし,
3
7℃に昇温すると AT-
会場風景
Pase 活 性 も 回 復 し,フ ォ ー ル
核として他のタンパク質
ディング基質も正しくフォール
(GroES とリゾチーム)のアミロ
ディングされるようになる。す
イド線維核を混入させても,α
なわち,いわゆるコールドセン
シヌクレインのアミロイド線維
シティブ変異体である。この三
化は促進されることを明らかに
重複合体を温度によってコント
した(詳細はポスターで八木が
ロールできる変異体 GroEL は
発表)
。この異種タンパク質のア
in vitro だけではなく,大腸菌内でも2
5℃では菌体は生育できず,
ミロイド線維が核となって,それとは異なるタンパク質のアミ
3
7℃でのみ生育できることから,シャペロニン GroEL の機能サ
ロイド線維化が誘発されることは,老化性アミロイドとして知
イクルに新たな GroEL- 基質中間体-GroES 複合体ステップが存
られる ApoAII を用いたマウスでも,樋口さん(信州大)が発表
在していることが証明されたことになる。多田隈さんは田口さ
した。もともとアミロイドーシスを起こしやすいマウスに,
ん・吉田さんら(東工大)と共に,エバネッセント蛍光顕微鏡
GroES やリゾチーム,αシヌクレインをはじめ,様々なアミロ
を用いた一分子蛍光観察と多くの生化学的データを基に,野生
イド線維を核として注射して投与したところ,通常では1
2ヶ月
型 GroEL でやはり,プレシス三重複合体が存在しており,これ
かかるところが,3ヶ月から6ヶ月で,全身組織にアミロイド線
まで Horwich(Yale 大)が一つのステップとしてしかとらえてい
維が検出された(詳細はポスターで付さんが発表)
。これらの実
なかった反応は二つに分けられ,その新たなステップとして,
験結果は,今後アミロイド線維形成機構や伝播機構に新たな局
上記の三重複合体の存在が挙げられることを強調した。これら
面をもたらせうる可能性があり,大変興味深いと思われる。
の結果から,ほぼ間違いなく,Horwich のシャペロニン機能サイ
生化学やタンパク質化学,分子生物学などを中心とした研究
クルのメカニズムは修正されるべきものと思われる。
発表が多い中で,一分子蛍光顕微鏡に見られるような高度な測
第三番目として,
「タンパク質の一生」の中でタンパク質の構
定技術に関連した研究も大変印象深かった。例えば,安藤さん
造が呈するもう一つの側面について。タンパク質は誕生してか
(金沢大)のビデオレートでタンパク質の動きを観測できる高速
ら正しい構造形成をして正しい役目を果たし,再生されるべく
AFM と田村さん(和田さん)(札幌医大)の FCS を利用した細
分解されるだけの一生をおくるのではない。その一生は波瀾万
胞内 ER でのカルネキシンとの相互作用を基質の運動性(ゆら
丈である。すなわち,アミロイド線維の形成である。タンパク
ぎ)で評価した報告である。安藤さんは,これまで AFM による
質のアミロイド線維形成はアルツハイマー病やプリオン病,
画像化に数分かかっていたものを8
0ミリ秒でスキャンできるよ
パーキンソン病などの脳神経変性疾患や全身性アミロイドーシ
うな高速 AFM を開発し,これを用いて,水溶液中でのミオグロ
スなど,様々な医学関連分野で注目を浴びている。後藤さん(阪
ビンや GroEL などの巨大タンパク質の動きを直接観測すること
大)のβ2ミクログロブリン(β22MG)のアミロイド線維形成で
ができるようになったことを報告した。AFM のカンチレバーに
は,アミロイド線維のコアー部分は,ネイティブ構造ではフレ
よる柔らかいタンパク質サンプルの「引っ掻き」をいかに抑え
キシブルなループ部分に相当することを NMR による重水素交
るかに工夫が凝らされていた。田村さんの FCS では細胞内での
換反応で明らかにした。β2MG のアミロイド線維は剛直で針の
蛍光標識したタンパク質のダイナミクスを直接とらえたもの
イメージを強調し,その堅さが細胞に悪影響を与えるものと考
で,カルネキシンとの相互
えている。β2MG は長期透析患者の肩などの組織に貯まり痛み
作用でチロシナーゼのゆら
を与えるとのことを聞くと,尿酸の結晶が関節に貯まり激痛を
ぎが変化することをとらえ
起こす,痛風が私には思い出される。ただし,同様な針でも,
たものである。
高分子のタンパク質と低分子の尿酸がつくる点では異なってい
タンパク質の構造で興味
るが。内木さん(福井医大)は,A βペプチドが作ったアミロ
深かったものを一つ紹介す
イド線維が抗酸化剤の一種である NDGA によって分解・可溶化
る と,林 さ ん(石 浦 さ ん)
されることを報告した。ポリフェノール分子がアミロイド線維
(名大)
の KaiC タンパク質で
コアーの疎水性内部に割り込む形で分解するのであろうか。治
あ る。こ の タ ン パ ク 質 は
療薬としての応用が期待される。タンパク質のアミロイド線維
Thermosynechoccocus elonga-
は病気と関わりが深いが,病気とは関係ないタンパク質でもア
tus BP-1由来で,生物リズム
ミロイド線維を形成することがある。河田(鳥取大)は,コシャ
(時計)に関わるタンパク質
ペロニンである GroES も典型的なアミロイド線維を形成するこ
一群の一つである。このタ
とを明らかにした。また,パーキンソン病に関わるαシヌクレ
ンパク質の電子顕微鏡での
インタンパク質の in vitro でのアミロイド線維形成機構は核形成
伸長反応であることを示し,このとき,アミロイド線維形成の
構造は,6量体で吊り鐘型を
屋外ガーデンの懇親会で吉田代表の挨拶
した直径約1
00Åで,中の穴
| February 2003 | No.11 |
19
の内径は18Å,奥行きは7
0Å程度である。ちょうど GroES の蓋
あった。タンパク質の分解は,タンパク質を誕生させるために
のような四次構造をしており,大変興味深い。GroES と同じよ
必要で,細胞内の品質管理の重要な役割を果たしていることは
うに,頂上に小さな穴があるのかも知れない。今後の機能解析
言うまでもない。これは懇親会の直後の講演であったが,皆,
に期待される。
大変興味深く講演を聴き,多くの討論がなされた。
最後に,班員ではないが,
「タンパク質の一生」の研究に非常
その懇親会のことをもう一つ。3日目の夜に懇親会は行われ
に関連した講演が二つ行われたので紹介する。一つは,三木さ
た。椰子の木と海が間近に見えるホテルの浜辺に面したガーデ
ん(京大)のプロテオミクス研究として大きなプロジェクトで
ンで行われた。異国のムードが漂い,まるで外国での国際会議
ある「タンパク質3000」の話題である。大学が担当することに
でのバンケットの様子で,大変好印象であった。あいにく,曇
なっている500個のタンパク質の構造解析を進めるために,共同
りがちで,星降るごとくの夜空ではなかったが,日頃の日常生
研究を推進したいとの提案である。もう一つは,田中さん(都
活の喧噪をひととき忘れさせてくれたよい時間を持てたことに
臨床研)による「ユビキチンとプロテアソームと私」と題した,
感謝したい。有意義な班会議であった。
これまでの膨大な研究成果とそれに関わる面白いエピソードで
班会議レポート Part 2
佐藤 健
(理化学研究所生体膜研究室)
0
0
2年1
0月27日から3
0日にかけて開催された本特定領域研究「タンパク質の一生」班会議
2
に参加した。会場となったのは,沖縄・恩納のリゾートホテル,
「ホテル・ムーンビーチ」
である。到着した那覇空港の気温は2
5℃。私は長袖にジージャンを着ているのに対し,現地の
人々は薄着。タンクトップ姿も見受けられる。
「ウチナー」
(琉球人)から見るとおそらく「ナ
イチャー」
(本土の人)というのはすぐわかっただろう。
期間中の午後は自由時間となっており,日本中から働き者の研究者が寄り集まっているに違
いない「タンパク質の一生」の班員の方々でも,さすがにこの午後の時間はリラックスムード
が漂っていた。ホテルのプライベートビーチで修学旅行の高校生に混じって戯れるもよし,
シュ
ノーケリングツアーに参加するもよし,レンタカーを借りて肝心なところで黙ってしまうカー
ナビにとんでもない道を走らされて「ひめゆりの塔」などを見に行くのもよし(関係ないか)
,
それなりに楽しめる所である。しかし問題は,夜のセッションが2
2時半まで予定されているこ
とである。こういう機会に旧知と親交をあたためるため,夕食時にビールを飲まない訳はなく,
そういう状況で知的好奇心が睡魔に勝てる訳もなく,正直,夜のセッションでは何度か遠い世
界に行ってしまいそうになった。だいたい,人生のすべての項目を得意順に並べたら「思いこ
みを排除して物事を脚色なく伝える」の項目はかなり下位にランクされる私なのだが,ここか
ら先はできる限り班会議での内容を忠実に伝えたいと思う。
到着した2
7日の午後からセッションが始まった。小瀬さん(理研)は,細胞質- 核間のタンパ
ク質輸送における Importin βの役割について紹介された。
核への輸送シグナルを持つタンパク質
は,Importin α,Importin βとヘテロ三量体を形成して核膜孔を通過して核内へと運ばれる。こ
のとき Importin βがどのような分子機構で核膜孔を通過するのか,
その通過の方向性を決定する
因子は存在するのか,といった問題が未解決のままである。薬剤処理により ATP を枯渇させた
培養細胞に Importin βをインジェクションすると,Importin βの核内への移行は観察されるもの
の,核外移行は起こらないことを示した。これに対して,セミインタクト細胞を用いた輸送アッ
佐藤さんの発表
20
セイ系で Importin βの核外移行には細胞抽出液と ATP が必要であり,さらに細胞抽出液中の
会場風景
hsc70が Importin β の 核 外 移 行
はそれぞれ独自の異なる複合体
活性化因子であることを報告し
で あ る こ と も 示 した。さ ら に
た。これらのことから,Importin
SVIP と VCP との結合領域につ
βの核膜孔通過は,核内移行と
いての解析も示していた。これ
核外移行とでエネルギー要求性
らのことから,
SVIP は VCP のア
が異なることが明らかとなり,
ダプタの一つであり,その機能
今 後 hsc7
0が Importin β の 核 内
は小胞体と密接に関連している
外へのリサイクリングにどのように関与しているかの解明が待
可能性を提起した。VCP が核と細胞質に存在するのに対して,
たれる。
VCP と高い相同性を持つ NVL は主に核に存在することを示し,
私(佐藤)は,小胞輸送における膜タンパク質選別レセプタ
酵母 two-hybrid により NVL と相互作用するタンパク質を探索し
について紹介した。小胞輸送によって運ばれるタンパク質は,
たところ,リボソーム6
0S サブユニットの合成に関わる RNA ヘ
リボソームで合成された後,まず小胞体内腔へと移行する。こ
リカーゼを同定した。
こから目的の場所へと輸送小胞を介して運ばれていく。その際,
竹内さん,豊岡さん(理研)は,植物細胞で形成されるタン
小胞体にとどまるタンパク質と輸送小胞に取り込まれるタンパ
パク質凝集体の液胞移行について紹介された。cytochrome b5-RFP
ク質との厳密な選別が行われることは広く認められているもの
をタバコ培養細胞で発現させると,本来の局在であるはずの小
の,その分子機構についてはほとんど未知である。筆者は輸送
胞体像ではなく,凝集体像として観察されることを見いだした。
されるタンパク質を特異的に認識して,これを輸送小胞に取り
この凝集体は細胞の増殖とともに液胞へと移行していく現象が
込むためのレセプタの同定について報告した。このレセプタ
観察され,これは培地中の糖濃度の低下により誘導されている
(Emp4
7p)は小胞体とゴルジ体とを循環しているタンパク質で,
ことを示した。プロテアーゼ阻害剤による解析や,オートファ
小胞体内腔側のコイルド・コイルドメインで膜タンパク質であ
ジィに関与する遺伝子の分子遺伝学的解析を行ったところ,凝
る Emp4
6p を認識して,これをゴルジ体まで運んでいくことを示
集体の液胞への移行はオートファジィによるものである可能性
した。膜タンパク質の選別レセプタとしては Emp4
7p 以外にはま
が高いことを報告した。タバコ培養細胞を材料としたオート
だ例がないため,これから詳細に解析を進めていきたい。
ファジィの研究はまだほとんど例がなく,ここで見つけた凝集
期間中の夜のセッションの前にポスター発表も行われた。森
体が良い基質となって,今後の進展が期待される。
さん(京大)は,好熱菌から精製した膜透過装置 T. SecYE 複合
中村さん(金沢大)は,動物細胞の細胞分裂時などにゴルジ
体をフルオレシン,ローダミンで標識したものをプロテオリポ
体が断片化して細胞質に分散してしまう際,再びゴルジ体が構
ソームに再構成し,FRET 解析を行った結果を報告した。これら
築されるときの「タネ」となる構造体が残るということを報告
二種の蛍光標識 T. SecYE 複合体を同時に再構成した場合にの
された。小胞体- ゴルジ体間では一定の速度で輸送小胞がサイク
み,有意な FRET が観察されることを示した。これに対して,個
ルしていることが明らかにされており,ゴルジ体の構造は小胞
別に再構成したプロテオリポソームを混ぜた場合,また個別に
体- ゴルジ体間の輸送の平衡で維持されていると考えられてい
再構成したプロテオリポソームどうしを PEG により膜融合させ
る。BrefeldinA や Sar1p 変異体の発現で,小胞体からゴルジ体へ
た場合には FRET は観察されないことを示した。これらのことか
の輸送を阻害すると,ほとんどのゴルジ体タンパク質が小胞体
ら,いったん膜内で形成された膜透過チャネルは比較的安定で
に戻されてしまうのに対して,GM1
3
0や GRASP65といったゴル
あり,少なくとも定常状態においては,膜内でサブユニット交
ジ体に局在する一部のタンパク質が小胞体に戻ることなく独立
換は起きていないという可能性を提起した。これらの結果は膜
した構造体として細胞質に残存することを示した。また,細胞
透過装置の定常状態での挙動であるが,これが膜透過反応時に
を低い pH にさらす事によって,細胞分裂の時と同様にゴルジ体
も同じ結果となるのか大変興味深い。
が急速に細胞質に分散する現象を報告した。この現象において
多賀谷さん(東薬大)は,AAA ATPase である VCP(p9
7)と,
もゴルジ体タンパク質は小胞体を経由することなく,直接分散
これに高い相同性を持つ NVL の機能解析について報告した。こ
化することを示した。これらのことから,細胞分裂の際,少な
れまでに VCP は p4
7や Ufd1といったアダプタを介してオルガネ
くともゴルジ体の一部分は小胞体を経由することなく直接分散
ラ形成やタンパク質分解に関与することが示されているが,今
化する可能性を提起した。細胞分裂時のゴルジ体消失は,ゴル
回,VCP の新規結合タンパク質として SVIP(small VCP/p9
7-in-
ジ体自体が直接断片化していくのか,あるいはゴルジ体成分が
teracting protein)を同定し,SVIP の過剰発現が細胞内に大きな
一過的に小胞体に吸収され間接的に断片化していくのか,現在
空胞を形成させることを示した。この空胞を電顕で観察すると,
激しい議論が戦わされているだけに,今後の進展が楽しみであ
空胞膜には小胞体膜タンパク質が存在し,また小胞体内腔タン
る。
パク質である BiP がその内側に沿って存在していることを示し
松山さん(東大)は,大腸菌におけるリポタンパク質の選択
た。また,細胞内においても VCP と SVIP,p4
7,Ufd1の複合体
的膜局在化機構ついて紹介された。細菌には N 末端のシステイ
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21
にぎわうポスターセッション
ン残基が脂質で修飾されたリポ
βを産生させる系の構築につい
タンパク質が多数存在してお
て紹介された。ヒト・アミロイ
り,大腸菌の場合多くのリポタ
ド前駆体タンパク質(APP)は
ンパク質は細胞質膜(内膜)で
β secretase とγ secretase によっ
はなく,外膜に局在している。
て2カ所がプロセスされること
リポタンパク質が内膜から外膜
によりΑβとなる。酵母でΑβ
に移行する過程には5種類の
の産生が行えるようになると,
Lol 因子が関与している。ABC トランスポータファミリーに属す
アルツハイマー治療薬のスクリーニングが容易になるとのこと
る LolCDE 複合体は内膜に局在しており,外膜移行シグナルを持
である。ヒト・APP をそのまま酵母で発現させても,ほとんど
つリポタンパク質を ATP に依存して内膜から遊離させ,ペリプ
発現しないのに対して,シグナルシークエンス部分を酵母の性
ラズム空間の LolA と複合体を形成させる。この LolA がリポタ
フェロモンα F のものと置換すると効率よく発現し,
細胞膜まで
ンパク質を外膜に局在する LolB に引き渡し,その後リポタンパ
輸送されることを示した。酵母にはβ secretase とγ secretase は
ク質は外膜へと組み込まれる。今回,LolA および LolB の結晶構
存在しないが,β secretase を APP と共発現させると A βの一歩
造が解かれ,LolA,LolB ともβシートからなるシリンダを縦に
手前である CTF βが産生されることが確認された。これにγ
割ったような構造で,断面に3本のαヘリックスが存在してい
secretase も発現させれば酵母で A βが産生されることが期待さ
ることを示した。以前より,LolA から LolB へのリポタンパク質
れる。その際,注意しなければならないのは,酵母中でプロセ
の受け渡しにはエネルギーを必要としない事が不思議であった
スされる APP のサイトが,ヒトと厳密に同じサイトであること
が,上記3本のαヘリックスの配置が LolA と LolB とで異なる
を確認することが必要であろう。かなり言いがかりに近いのだ
ことから説明がつくかもしれないとのことである。また,大腸
が,筆者もこの研究のごく初期に関わらせてもらった。村上さ
菌には約10
0のリポタンパク質が存在しているが,機能解析が行
ん特許が取れたら焼き肉でもごちそうして下さい。そして特許
われているリポタンパク質は2
0種類にも満たない。すべてのリ
が売れたらキムチも付けさせてください。
ポタンパク質遺伝子の欠失変異体を作成して解析を行ったこと
和地さん(東工大)は,大腸菌の細胞分裂時における GroEL
も報告した。
の役割について報告された。大腸菌が分裂する際の位置決定は
三原さん(九大)は,ミトコンドリア膜タンパク質の膜組み
どのようにして行われているのかということを探っている過程
込み,Tom40の精製と解析,およびミトコンドリアの膜融合につ
で,分裂時に現れる分裂環中の divisome に GroEL が含まれてい
いて紹介された。6回膜貫通の ABC トランスポータのミトコン
ることを示した。さらに,divisome の中の FtsZ と GroEL が結合
ドリア膜への局在には,N 末端の領域が重要であり,この領域
していることを示した。不思議なことに,
この複合体中の GroEL
を欠失させると誤って小胞体にターゲティングされてしまうこ
は GroES と結合していないとのことであった。ここで機能する
とを示した。また,ミトコンドリア外膜の膜透過装置の主成分
GroEL がシャペロンとして機能しているのか,
あるいはそれ以外
である Tom40を精製する系を構築し,これとシグナルペプチド,
の機能を果たしているのか,今後の進展に非常に興味が持たれ
あるいは前駆体タンパク質との結合定数を測定したデータを示
る。
した。Tom4
0とシグナルペプチドとの Kd 値は1
0- 5程度であるの
30日,充実した(楽しかった)沖縄班会議の日々に無理やり
-9
に対して,これに mature 領域を加えた前駆体タンパク質だと1
0
サヨナラを言い,ついでに訪れてみたかった奄美を眼下に眺め
になることを示した。これだけ強い相互作用だと,膜透過装置
ながら帰京した。沖縄への出張など,お役人には不謹慎で,事
からの前駆体タンパク質のリ
務官には非常識で,うちの家内
リースはどのような機構で行わ
にとってはありえないと取られ
れているのか不思議である。さ
てしまうのかもしれない。でも
らに,ミトコンドリアどうしの
日々研究に心血をそそぎ,
「タナ
融合に Fzo 1という GTPase が
カ」さんをはじめ,世間ではや
関与しているデータを示した。
たら変人扱いされる研究者だか
小胞輸送における膜融合にも
らこそ,競走馬やスポーツ選手
GTPase が関与しているが,ミト
同様,休養(命の洗濯)は必要
コンドリアの融合のメカニズム
なのである。
とどの程度違うのか,あるいは
同じなのか,大変興味深い。
村上さん(理研)は,出芽酵
母で老人斑の構成成分である A
22
懇親会で各テーブルをまわる吉田さん
班会議レポート Part 3
堀 清次
(京都大学大学院生命科学研究科)
今
回の沖縄での班会議は学生を含れば10
0名近い全参加者が全演題の講演に参加するという点
で,画期的なものだったように思う。タンパク質の一生」というテーマに沿って様々な背景
を持つ人たちが集まって,普段聞き慣れない話であっても遅くまで考え・議論を深めている様は,
圧巻であった。時間上の制約から各講演の演者が意を尽くせないように見受けられるケースも多
かったが,数多くの研究者・学生が参加し一つのテーマに対する様々な方向から考える機会を得
たことは,日本においてこの分野に広がりと深みをもたらす上で,非常に意義深いことである。
この稿では,発表された演題をタンパク質分解系が細胞間シグナルあるいは細胞の外部環境に
よってどう制御されているかという問題に関連した発表を取り上げてみたい。
久野高義(神戸大学大学院)は「カルシウムシグナルによるタンパク質分解系制御機構の分子
遺伝学的解明」というタイトルで,カルシウムの細胞内濃度によりタンパク質分解が制御されて
いるという酵母を用いての研究の成果を発表した。研究の一つの中心はカルモジュリンの挙動に
あり,カルシウムイオン濃度の上昇によりカルモジュリンが Hsp7
0に結合する,また,その感受性
がユビキチンープロテアソーム系との関与が深い Ufd 3により制御されていることの発見は,カル
シウムシグナルとタンパク質分解系が密接に関わり合っていることを示唆している。今回の研究
は,カルシウムホメオスタシスに関わると考えられる遺伝子の変異株をホストとしたスクリーニ
ングや,生育培地中のカルシウム濃度を変化させることによって得られた成果が主である。多細
胞生物での現象を考えていく立場から見るならば,カルシウムを2次メッセンジャーとしている
ような細胞間のシグナル系でも同様の現象が起こりうるのか,という今後の展開に興味が持たれ
る。細胞内の機構に限っても,細胞内でのカルシウム濃度変化がどのようにタンパク質の分解が
制御されているのか,という問いに答えていくことで,カルシウム依存性のプロテアーゼが行っ
ている機構とは異なる別のタンパク質分解の世界が明らかになるものと期待される。
久野の発表では Pmr1 の欠損株で細胞が膨れるという現象も報告された。ER/Golgi 系でカルシウ
ム ATPase として働いている Pmr1 は,その機能的なホモログである Cod1/Spf1 とともに,糖鎖の
トリミングと ERAD に関与しているとの報告も最近されているようだ。細胞内シグナル生化学機
構(糖鎖トリミングと ERAD)の発動形態変化をつなぐ軸として興味深い。筆者らのグループで
も,ERAD と VCP/p9
7 の機能との関連を研究しているが,VCP/p97の ATPase 活性欠損型変異体で
ER の空胞形成が起こることを観察しており,今回の班会議では上述の変異体を細胞に発現させる
と,本来 ERAD で分解される CFTR 変異体が細胞に蓄積することを発表している。VCP に結合す
るタンパク質の SVIP の過剰発現が空胞形成を引き起こすとの結果は多賀谷光男(東京薬科大)か
らも報告された。VCP は ER からタンパク質を引き出す装置と考えられるが,ER 内部から不要な
タンパク質を選別する機構として ER における糖鎖トリミングがある。永田和宏(京大再生研)
は EDEM の解析を通じて,小胞体におけるマンノーストリミングを介したタンパク質品質管理機
構の分子解析を報告した。EDEM はカルネキシン,カルレティキュリンと相互作用しており,ミ
スフォールドしたタンパク(α1-anti-trypsin をモデルとして使用)を保持していることを明らかに
し,分解までの時間を EDEM がコントロールする timer model を提唱した。EDEM の転写は ER ス
トレスによって独自の機構により活性化される転写因子・XBP1の標的となっていることが,同じ
く班員である森和俊(京大生命科学)との共同研究で明らかにされ,この結果も報告された。レ
クチン様ドメインを持ついわゆる哺乳類レクチンは主に細胞間認識において研究が進行してきた
堀さんの発表
が,タンパク質分解において機能が同定された哺乳類レクチンは EDEM が初めてである。
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23
熱心な議論が続くポスター会場
ER 膜を介したタンパク質の
こと,さらに,MVB から TGN
収支の変化が ER ストレスを引
方向への選別輸送にコレステ
き起こして(条件によっては)
ロールが必要とされることを明
空胞形成という形態変化を通じ
らかにした。コレステロール要
て細胞死に至る時,ER の持つ膨
求性は,
MVB 内における小胞の
大なカルシウムはシグナルとし
分配機構と関わっているようで
ての役割を果たしているのだろ
ある。
コレステロール合成系が,
うか?今後の発展が期待される分野である。
小胞体に一様に存在するのでなく,特定のドメインに偏在して
タンパク質の一生をコントロールしている Hsp 自体が細胞間
いるという発見も興味深い。
シグナルとなっているという一種異様とも言える世界が存在す
細胞内における選別輸送は ER-Goligi 系においてよく研究さ
ることを報告したのが,牟田達史(九州大学大学院)
「自然免疫
れている。青江知彦(千葉大学大学院)は ER-Goligi 系における
と分子シャペロン」である。同様のテーマでは鳥越俊彦(札幌
逆輸送を変性タンパク質と関連づけて研究した結果を発表し
医科大学)も発表を行った。牟田は長く甲殻類および哺乳類に
た。BiP など可溶性小胞体分子シャペロンのカルボキシ末端には
おける自然免疫系(LPS)を研究してきたが,その経験から組み
KDEL アミノ酸配列を持つものがあるが,ゴルジ体で KDEL re-
換えタンパク質を使う実験がこの目的に引き起こす問題点を一
ceptor によって KDEL 配列 が認識され小胞体に逆輸送される。
つ一つ解決していった。ヒトの Hsp6
0が,マクロファージを活性
分子シャペロンと会合した異常タンパクも同様に小胞体に逆輸
化すること,この反応が,TLR4,MD-2,CD1
4という LPS のシ
送されると考えると,異常タンパク質の細胞内分配と ER ストレ
グナル伝達に関わる3種からなるタンパク質複合体を HEK29
3
スとの関係が KDEL 受容体の操作によって明らかにできる。具体
細胞に強制発現させることによって再現できること,
さらに LPS
的には HeLa 細胞を tunicamycin 処理して異常タンパクを生成さ
では要求されない膜型 CD1
4を Hsp シグナルは要求することを示
せた。増大した異常タンパクと BiP の一部は小胞体から分泌さ
した結果は説得力があるものであった。
「免疫系は,傷害を受け
れ, post-ER に分布したが,KDEL receptor によって再び小胞体
た細胞を認識する」という「The Danger Model」からすると,
「Dan-
へ逆輸送されていることが示唆された。一方,KDEL 配列 を認
ger/Alarm signal」として分子シャペロンが「タンパク質の一生」の
識しない変異 KDEL receptor を発現する細胞株で同様の実験を行
最後(死に際)に機能しているというのが牟田の主張であるが,
うと,
小胞体ストレス下に増大した BiP はゴルジ体からさらに細
それならば,このシグナルに必要なのは Hsp の構造の一部なの
胞外へと分泌された。また,この細胞では小胞体ストレス反応
か,活性なのか,あるいは活性ならばその変化が傷害後の時間
が強く起こり,ATF6の小胞体からゴルジ体への移行が促進され,
経過を反映して生体反応を決定しているという可能性はあるの
BiP の mRNA レベルは増大した。このとき細胞内の BiP のタン
か,など専門外の者にもいろいろな考えがわき出てくる。順調
パクレベルは保たれていたが,tunicamycin や DTT などの小胞体
に発展していけば,Hsp シグナルは生体反応における新たな原理
ストレスに対する感受性が増大していた。青木らの結果は,
となるのではないだろうか。
KDEL receptor による逆輸送が小胞体ストレス反応を緩和する方
大橋正人(基礎生物学研究所)が発表した小胞の内部にさら
向に寄与していることが示唆している。ここでもまた,細胞内
に複数の小胞を持つ多胞体(マルチベシキュラボディー : MVB)
小器官レベルでの選別機構が細胞内におけるタンパク質の一生
に関する研究は,体内のコレステロール環境に関係した疾患の
をコントロールしている分子機構が明らかとなりつつあること
発症機構に絡んでくる可能性を予見させて興味深い。大橋は,
が示されている。
独自の方法で樹立した,MVB で
村田茂穂(東京都臨床医学総
の選別輸送過程に異常のある哺
合研究所)は別の方向からのア
乳類変異株細胞(LEX2変異株)
プローチで変性タンパク質を認
を用いた。LEX2変異株細胞は,
識しているオルガネラレベルの
MVB からの TGN,リソソーム
細胞内装置の機構解析に近づい
への二方向の輸送が傷害されて
ていることを伺わせた。彼らが
いる。レトロウイルスベクター
す で に 報 告 し て い る よ う に,
を用いた発現クローニング法に
CHIP はシャペロン(Hsp9
0およ
より,LEX2にコレステロール後
び Hsc70)依存性に,基質の変
期合成系の酵素である NAD
(P)
H ステロイド脱水素酵素様タン
パクを発現させることで TGN
方向への輸送異常が修正される
24
後列左から,永田,矢原,河野,田中,吉田
の各氏
性状態を認識してこれをユビキチン化するユビキチンリガーゼ
「タンパク質の一生」における主要テーマの多くには,細胞が
である。CHIP の in vivo の機能を探索するために,本来 CHIP を
外界の変化を感知する機構という観点が導入されて発展する余
持たない出芽酵母に CHIP の cDNA を持たせたうえで,
mutagene-
地がまだまだ大きい。西頭英起(東京医科歯科大学大学院)の
sis をかけ,それらの株の生存または増殖に CHIP の cDNA を必
発表(小胞体内異常タンパク質蓄積にともなう細胞死のメカニ
要とする変異を同定した。結果は2種類のグループに大別でき
ズムと神経変性疾患)は遠山正彌(代理・片山秦一)
(大阪大学
る遺伝子群が得られ,一つが AP 3 complex などの小胞輸送関連
大学院)
(小胞体におけるタンパク質品質管理の分子機構)とと
のグループでもう一つが Zuotin
(リボソーム特異的な DnaJ-like な
もに,ER ストレスに応答して細胞死を引き起こす装置を解析し
シャペロン)を含むリボゾーム関連のグループであった。村田は
た研究である。しかし,西頭の対象としているキナーゼ Ask は
DRiP の形成に CHIP が必要であることも CHIP の dominant nega-
本来細胞外の環境変化を感知する装置であることを考えると,
tive(U-box ドメインを欠いたもの)を発現させた EL4という動
この課題は細胞外の生理的・病理的ストレスシグナルと細胞内
物細胞を酸性(pH26
. )バッファーで洗浄して MHC class I の時
でタンパク質の一生をコントロールしている生化学装置とをつ
間経過を追う。この現象もまた,異常タンパク質を含む変性タ
なぐ交差点にある分子である可能性が十分高い。西頭は既に Ask
ンパク質の処理にはオルガネラレベルでのコントロールが重要
のノックアウトマウスを得て研究を展開しており,研究のため
な役割を果たしていることを示している。班員の中の何人かは
の装置は既に十分手にしている。この方面からもタンパク質の
既にその分子装置の一端をつかんで活発に研究を進めているこ
一生をコントロールする機構に新展開がもたらされることを期
とが今回の班会議では見られた。
待してこの稿を終えたい。
班会議レポート Part 4
若人的班会議見聞録
「タンパク質の一生」
を目の当たりにした4日間
宮崎恵美,江浦由佳
(九州大学大学院医学研究院)
身を焦がし 夢にまで見た 琉球よ
南風にのり いざゆかんとす
覇空港のロビーでは
那
トロピカルな花々と
アロハシャツを着たお兄さ
んが私たちを出迎えてくれ
「ゆんたく」会場にて(左から江浦さん,永田さん,宮崎さん)
た。一歩空港を出ると期待
を裏切らない暖かさで私たちの心は一気に南国モードとなった。三原先生が颯爽と運転する車
で昼食に向かうと,やがてある一軒の食堂に着いた。メニューを見てやはりここは沖縄名物
「ソーキそば」を食べなければ!と思い三人そろって注文した。運ばれてきた「ソーキそば」の
中ででまず目に飛び込んできたのは,豚の大きなかたまりだった。さらにその横にはちくわ様
物質(ちくわのアイデンティティである穴がない!)が添えられていた。どちらもとてもおい
しくて沖縄バンザイ!と心で叫んだ。その後も海岸沿いを軽快に車を走らせ私たちは一路会場
に向かいホテルムーンビーチに到着した。私たちはその堂々たる佇まいにこの会の成功を予感
した。ロビーで名札を受け取り「さあ,がんばるぞ!」と心に誓った。
いざセッションが始まり先生方の熱のこもった議論の世界へ誘われているうちに第一部は瞬
く間に終了した。その短い休憩時間私たちは会場出てすぐのビーチに足をのばしてみた。パッ
| February 2003 | No.11 |
25
三原教授と一緒に
と出るとそこはさわやかな海風
いため慌ただしくレンタカーで
が吹いていて,ついさっきまで
空港へと向かっていった。そし
フル回転でほてっていた頭をう
ていざ車を返却しようとしたそ
そみたいにクールダウンさせて
の時その事件は起こった。あろ
くれた。さ す が 南 国 リ ゾ ート
うことかレンタカーの借用書類
地!まず都会の会場ではこうは
をなくしてしまっていたのだ!
いかないだろう。そう!そして,
車の中や手荷物をひっくり返し
私たちのはじける若さと南国のロケーションが出逢えば「もう
て必死に探し回ったが,一体どこに行ってしまったのかその紙
シュノーケリングをやるっきゃない」となって,翌日ホテル
は一向に見つからなかった。同じ頃空港では一向に現れない私
のオプショナルツアーに参加した。
(しかし,当たり前だがこれ
たちを呼び出すアナウンスが高らかに鳴り響いていた。
(関係者
は時間的には非常に厳しくて,私たちは若気の至りで敢行した
談。
)結局親切な業者の方の機転で事なきを得たものの,あわや
わけだが,大多数の方は討論やリラックスタイムとして過ごさ
飛行機を逃しかけてんてこ舞いを舞った私たちであった…。
れたようだ。)さて,ここで参加されなかった皆様にも南国気分
になっていただきたいので軽く説明を…。さっそく水着に着替
えた私たちは水際まで行ってみた。
(上の写真)
「うーん,いい
感じ。
」いざボートに乗りこみシュノーケリングポイントがある
なごり惜し 想いが天に とどいたか
紙雲隠れ よもや思はじ
ホテル所有のナップ島へ向かった。一時髪をなびかせながら海
風を楽しんでいると,エメラルドグリーンの海に浮かぶナップ
この会でまず感じたことは,
「タンパク質の一生」という分野
島が見えてきた。私たちは着いてまず無人島の探検に出発した。
の多様さが私たちの予想を遙かに越えていたということでし
歩き始めてすぐここでしか見られない金色のサナギになるオオ
た。班会議に行くまでは自分の知っている範囲で「タンパク質
コゴマダラの黒い幼虫を見た。
(残念ながらめでたい金色のサナ
の一生」を思い描いていたのですが,セッションを聞いてその
ギには逢えなかった。)またじっくり地面を見てみるとそこらこ
認識が甚だ甘かったということに気づかされました。例えば
こらでオカヤドカリが闊歩していた。そしていよいよ待ちに
シャペロンと一言に言っても非常にたくさんの種類がありそれ
待ったシュノーケリングタイム!インストラクターのお兄さん
らはいわゆるシャペロン機能だけでなくこれまでのカテゴリに
に手順を教えてもらって私たちはおっかなびっくり海に入っ
収まらない多面的な機能を持つ,目の離せない魅力的な存在で
た。和気あいあいとカルガモのようにお兄さんに付いてシュ
あることを心から実感しました。それぞれの先生方の研究テー
ノーケリングを思いっきり楽しんだ。海の中を覗いてみると小
マはそれで一つの世界というくらい,どれもホットで研究心を
さいのから大きいのまでいろんな魚が泳いででいて,餌をやる
くすぐるところが目白押しでした。自分もまたこのような魅力
と無邪気によってきて食べてくれた。
(感動)
的な分野の一員として参加させていただけたことを非常に誇り
そんなこんなで無人島を満喫した私たちはすっきりした気分
に思い,仕事に対する責任と喜びを改めて肌で感じました。い
で気持ちも新たにポスターセッションへ向かった。そこでもま
ろんな先輩方や先生方と討論できるこのような機会は私たち
たセッションに負けない熱い議論が交わされていた。その夜は
とって非常に勉強になります。ポスター発表の場での様々な研
伝統芸能の沖縄舞踊を見ながらの食事となった。特筆すべきは,
究室の方からの質問を受けると普段自分が見過ごしている盲点
サラダに入っていた海藻の得も言われぬ不思議な歯ごたえだろ
を突かれることもあり勉強になります。またこうしてみたらと
う。その形態はクローバー型の突起状構造が数珠上につながっ
自分の研究室では使っていない手法や,思っても見なかった切
たいわば poly tRNA とでもいうべき珍妙さだった。会期中夜の部
り口の提示は今後研究を進めるに当たっての力強い助けとな
として設けられていた「ゆんたく」でのディスカッションは昼
り,また同時に自分の研究室の特色が浮き彫りになりこの分野
間とはまた違ったおもむきでより気兼ねなく仕事の話を聞くこ
での自分の仕事の位置づけが明確になります。セッションでは
とができた。私たちにとってはいろんな先生方に顔を知ってい
この分野でホットなトピックスを一気にまとめて話していただ
ただけ,また研究生活にまつわるいろんなお話を聞くことがで
けるので頭が整理しやすく分かりやすいので貴重な機会です。
きて有意義だった。沖縄最後の夜に開かれた,満天の星空のも
この班会議で教科書に載っているようなことを明らかにされた
と海を望んだガーデンでの懇親会は開放感にあふれていてお料
第一人者の方々の話を生で聞くことができ感激でした。また同
理も充実していておもわずおなかいっぱい食べてしまった。嬉
時にこの分野の展開の速さをひしひしと感じ私たちも振り落と
しいハプニングは高い木の枝に偶然にもかわいらしいフルーツ
されないように頑張ってついて行かねばならぬと心に誓いまし
コウモリが二羽仲良う留まっていたのを見れたことだ。みんな
た。この会で学んだことをきっちり消化するために原著論文を
駆け寄ってきてそのふかふかのコウモリを夢中で眺めた。
引いて勉強し研究室の詳読会でみんなに紹介したいと考えてい
翌日,後ろ髪を引かれる思いを感じながらもあまり時間もな
ます。
26
最後になりましたがこのようなすばらしい機会を与えてくだ
く感謝致します。
さった諸先生方や三原先生に,またお世話になった皆様方に深
班会議レポート Part 5
沖縄班会議に参加して
小田裕香子
(京都大学再生医科学研究所)
田研 M2 の小田裕香子と申します。M2 と聞いてなんで
永 やねん,と思われた方もいらっしゃるのではと思いま
すが,このたび,沖縄での班会議体験記を,三原研の江浦さ
ん,宮崎さんとともに「M2 三人娘」という企画でシャペロ
ンニュースレターにデビューすることになりました。この前
代未聞の企画がどのような経緯で出来上がったのかまだよく
知らないのですが,今後も若い院生が紙面を獲得できる様,
また,来年も沖縄にいける様,そんな思いを込めて書きたい
と思います。
京都でも朝晩寒くなってきた1
0月末日,私達は伊丹空港か
ら沖縄へと旅立ちました。空港の所々で「タンパク質の一生御一行様」というのを目にしまし
たが,一般の旅客にはさぞかし不思議な,あやし気なツアーと思われたことでしょう。だって,
「タンパク質の一生」
,ですよ??那覇に降り立つと,まだ夏でした。みなさん上着を脱ぎはじ
め,またラボを離れたという,解放感もプラスして,身も心も軽やかにホテルへと向かいまし
た。約2時間,北に走って,ホテルに到着,昼ごはんを慌ただしくすませるとすぐに最初のセッ
ションでした。途中夜ごはんを挟んで,1
0時半まで続きました。私にとって初の班会議でした
が,全行程を通して感じたのはタイトスケジュール,ということと,それにもかかわらず皆さ
んきっちりこなしていてすごいなぁということです。
初日の夜から早速「ゆんたく」に呼んでいただいて行きました。どんなところか全く知らな
いまま,同室の森研の松居さんとともにおそるおそる扉の向こうをのぞいてみると,教授の先
生方がずらーっとテーブルを囲んで,お酒を飲みながら話をされている光景が目に入り,躊躇
しました,が,数秒後には私もそこへちょこんと座っているのに我ながらびっくりしました。
先生方は楽しそうに色んな話をされていましたが,印象深かったのは,日本のサイエンス界が
好きで,若い人達を育てようという気持ちがすごく伝わってきて,なんだか愛を感じました。
やはり,そんな話が聞けるのは班会議ならでは,ですよね。結局,部屋で落ち着けたのは午前
3時過ぎでした。
次の日は朝8時半からセッションです。きつかったです。しかし先生方もいらっしゃるじゃ
ないですか,なんてタフなんでしょう…。さて,2日目午後からフリータイムです。永田研は今
帰仁城跡へ行きました。今どきの観光地にはめずらしく,あまり人の手が加えられていないナ
チュラルな城跡に,メンバーは満足している様子でした。行かれた方は覚えていらっしゃると
思いますが,10月末というのに蝉(しかも変な鳴き声の)が鳴いていて,異様な雰囲気をかも
しだしていました。今年いけなかった方は来年,ぜひどうぞ行ってみてください。
(ただし入り
口で売ってあるさとうきびジュースはあんまりです。ちょっと土フレイバーでした。
)ひととき
| February 2003 | No.11 |
27
うらやましそうに見送って(今年はそもそも申し込まなかった
んですが,来年はしたいです)
,永田研がひめゆりの塔に行って
いるのも行けず,ショボンでした。
沖縄には,班員の先生方がたくさん(70人強?)いらっしゃっ
て,ついてきている人々をあわせるとすごい数で全員の顔を覚
えるのはとてもたいへんです。埋もれそうになる中,覚えても
らったり,目立つのは大変です。私とともにここにデビューし
た二人の娘は名刺を準備していて(写真;本当に可愛いです。
三原先生も幸せそうです….)インパクト大でした。目立つため,
という二人の目的は十分達成されたように思われます。
さて,ここまで沖縄でのことをわぁーっと振り返ってみまし
たが,いくらなんでもこれだけだとおこられそうなので,少し
ポスター会場で配られた名刺。とってもかわいい。
だけ,サイエンスのこと/実験のことを書きたいと思います。
私は,去年の春から永田研でお世話になっていまして,小胞
の安らぎのあと,夕方からのポスター発表のため,ホテルへと
体品質管理機構について実験をすすめています。今回の沖縄で
戻りました。私はこのあたりから頭が痛くなりだして風邪を引
も小胞体品質管理についてお話された方も多く,今ホットな分
いてしまいました。昨日の夜更かしのせいでしょうか,気温差
野の一つだと感じています。いただいたテーマは,研究室の細
に体がついていかなかったせいでしょうか,とにかく自分のポ
川助教授によって発見された「EDEM」と相互作用するタンパク
スターの前で頭がぼーっとしたまま,なんとかその時間を乗り
質の解析でした。ミスフォールドする基質としてα1-antitrypsin
切りました(聞きにきてくださった方々すみませんでした)
。そ
の NHK 変異型を使い,主にカルネキシンとの関係を調べてきま
の後のことはあまり覚えていませんが,流れに身を任せ,
3日目,
した。ちょこちょこデータも出てきて割とハッピーにみえるの
4日目のセッションはほとんど頭痛と寒気のため部屋に引きこ
ですが,やはりいろいろと思うことがあって,なかなか大変で
もって寝ていました。というわけで,同室の松居さん/武井さ
す。例えば,共沈のバンドが検出されて二者の interaction が推測
んが3日目のフリータイムにシュノーケリングに出かけるのを
されても,それは lysis buffer の中での結合であって,ものを過
剰発現させてたりすると,本当の
細胞の中での biological significance
はとっても分からないわけで,苦
■ホームページ紹介
しいものがあります。息切れしつ
つもなんとか続いていますが,モ
チベーションは上がったり下がっ
今回は本特定領域研究の班員である後藤祐児さんの研究室(大阪大学蛋白質研
究所・蛋白質溶液学研究部門)のページを紹介しよう。
たりで「自分は毎日何をやってい
http://www.protein.osaka-u.ac.jp/physical/yoeki.html
ながら過ごしていて,この世界で
るのかなぁ」という感情に駆られ
何年も生きてきている方々を尊敬
とりあえずコンテンツは,
「研究紹介」
,
「教授紹介」
,
「最近の論文」,
「主催セ
ミナー」
,
「メンバー」
,
「研究室の場所」,
「部門内ページ」,
「Yoeki Walker」と
ごくあたりまえの内容のように見えるが,注目すべきは「Yoeki Walker」のペー
ジである。これは同研究室の日常を紹介するオンラインマガジン風のページとい
うことで,
2
0
01年6月から2
0
0
2年8月まで1
6号分が掲載されている。実にユーモ
アあふれるページで,なかでも「溶液劇場」は,さすが吉本を生んだ大阪ならで
はと感心してしまう。例えば,食事の選択に迷う研究者,大学院生のための「食
事選択シート」
,「ツッコミで覚える生化学」
,そして最近は「Nature」ならぬ
「Art Nature」等。ちなみに「Art Nature」の記事からタイトルをいくつか拾
うと「太陽電池式懐中電灯」
(
「乾電池不要,ただし明るいところで使うこと」と
のこと)
,
「メルヘン洗瓶」(景品にほしい),「天秤を利用した一分子質量測定の
検討」
,
「タウリン1
00
0の効果」
(
「大腸菌には効果なし」だそうです)…。その
多くが単なる机上のジョークではなく,実際にきちんと実験を行って検証したり
(ただし,しているように見えるだけの場合もあり?)
,理論的考察にとことんこ
だわるなど,後藤さんの教育が見事に反映(?)されているところが素晴らし
い。息抜きにぜひ訪問してみて下さい。
します。
最後に,沖縄で班会議ができた
のはでとっても良かったです。最
近の大きい学会はパシフィコ横浜
図 Art Nature2
0
02年1
2月号
か京都国際会館で,京都となると
やはり完全にはラボから離れられ
ないわけで,精神的な開放感を得
るのはなかなか大変です。沖縄と
いう普段行けないところに,基本
的に全参加という形でラボを完全
に離れ泳いだり観光したりしなが
ら,一 方 で し っ か り デ ィ ス カ ッ
ションして濃密な時を過ごす,こ
28
んなことはめったにできないですよね。あと,
他の学会とは違っ
なれてよかったです。こんなことでもないと他のラボの人と交
て友達ができるのが,とてもプラスになりました。最初は知ら
流できないし,参加できてよかったです。ありがとうございま
ない人と相部屋なんて恐ろしいと思っていたのですが,森研の
した。
松居さん,武井さんと仲良く(と思っているのは私だけ??)
FASEB Summer Research Conference“Protein
Folding in the Cell”に参加して
(Part 1)
稲葉謙次
(科技団・さきがけ2
1研究員)
国 Vermont で開かれた
米 夏合宿 FASEB meeting
「Protein Folding in the Cell」
に参加した感想を以下に記
す。
「Protein Folding in the
Cell」
,私にとって非常に興
味ひかれるタイトルである。
会場となったバーモント・アカデミー
最近ブームが去ってしまっ
た感のあるタンパク質の巻戻り機構の問題だが,まだまだ学問的には解決されていない。実際
このミーティングでも,
Sheena Radford, Terry Oas, Ken Dill などタンパク質の巻戻り機構の問題に
純粋に取り組んでいる有名な研究者も数名参加していた。私自身,元はこちらの方の仕事に従
事していたため,彼らの発表をそれなりに興味をもって聴いた。しかしながら,特に新しいト
ピックスがなかったせいか,生物よりの研究者が多かったせいか,反響はいまいちだったよう
に思う。その中で,
膜タンパク質のフォールディングにも取り組んでいるグループが幾つかあっ
た。Paula Booth は,7回膜貫通型のバクテリオロドプシンと3回膜貫通型の diacylglycerol kinase
を用いて,様々な組成のリン脂質から成り,異なる curvature stress をもつ人工膜への integration
/ refolding kinetics を発表していた。また Ross Dalbey は,大腸菌中で膜タンパク質の膜への組み
込みを媒介するエッセンシャルな因子 YidC の作用機構について緻密に研究していた。そして
Eduard Bitto は,グラム陰性菌において外膜タンパク質のフォールディングを補助する分子シャ
ペロン SurA の結晶構造を発表していた。膜タンパク質と言えども,そのとるべき天然構造はア
ミノ酸の一次配列に集約されているはずである。今後も,膜タンパク質のフォールディング問
題は,構造機能解析同様,開拓すべき研究ターゲットであろう。試料調製の困難さ,タンパクリン脂質間相互作用の物理化学的問題はあるが,膜タンパク質の巻戻り機構は,可溶性タンパ
クに比べ単純化できるかもしれないと楽観視するのは私だけであろうか。膜タンパク質の全体
構造は究極的にはβバレル型か複数膜貫通ヘリックス型の二種類であり,後者の巻戻り機構に
ついてはすでに Donald Engelman らにより two-stage model が提唱されている。タンパク発現・精
製システムの発達,biophysical な解析テクニックの開発が進んだ現在,膜タンパク質研究を避け
てとおる理由はほとんどなくなったと言える。
話を本題に戻して,結局のところ in vitro 実験で得られたタンパク質の巻戻り機構の知見は in
vivo folding の問題にどのように役立つのであろうか?周知のように,
細胞内には ATP 依存性及び
| February 2003 | No.11 |
29
左から稲葉,吉田,伊藤(維昭),門倉の各氏
非依存性の heat shock protein に
次構造を形成するための initia-
加 え,peptidyl prolyl isomerase,
tion / nucleation site と な っ て い
disulfide bond isomerase な ど が
ることを考慮しなければなら
存在する。細胞内で合成される
い。事実,C 末端を数残基欠失
タンパク質のうち,どれくらい
さ せ た barnase や chymotrypsin
これら細胞補助因子を用いない
inhibitor 2 はほとんど正しい天
と正しくフォールドできないの
然構造をとれないことを Alan
であろうか? Ulrich Hartl らはここ数年,細胞内における GroEL
Fersht らは報告している。また本学会でも,アポミオグロビンで
の真の基質探しに取り組んでおり,分子量20∼6
0 kDa 程度の約
も同じ傾向にあることを Silvia Cavagnero は示した。おそらくリ
10%のサイトゾルタンパクがそうであると考えている。Heat
ボソーム伸長の途中段階にあるタンパクは,既に外に出ている
shock 下では,この数字はおそらく倍増すると思われる。また
一次構造上比較的近いアミノ酸どうしで非天然の局所構造をと
Bernd Bukau らは DnaK 欠損株中では凝集してしまう多くのタン
りうるであろうが,一つのドメインが完全に伸長された段階で,
パク質を同定している。しかしながら,これら分子シャペロン
熱力学的により安定な天然構造をとるべく rearrange するのであ
の補助を全く受けなくても細胞内で正しくフォールドできるタ
ろう。
ンパク質もかなり多く存在するのも事実である。そのようなタ
以上,かなり私の主観的憶測を含む内容になってしまったが,
ンパクの場合,リボソームによるペプチド伸長速度とタンパク
そこは厳しい審査のある論文ではないのでご容赦して頂きた
質の巻戻り速度のタイムスケールのギャップが問題となる。原
い。現在私は,京都大学ウイルス研究所・伊藤維昭教授の研究
核細胞ですら1
00残基ほどのタンパクを完全に合成するのに数
室にて,大腸菌における oxidative protein folding に関わる細胞因
秒はかかる。一方 in vitro での実験結果から,1
0
0残基もしくは
子 Dsb family の構造・機能発現メカニズムに関する研究に取り組
それ以下の小タンパク質はミリ秒オーダーでおよその高次構造
んでいる。今後もタンパク質が効率よく巻戻るための細胞の巧
が形成することが示されている。ここで,多くの球状小タンパ
妙な仕組み,さらには in vivo と in vitro での巻戻り反応の相違点
ク質では N 末端-C 末端間で強くパックし,その部位が全体の高
に着目して研究を続けていきたいと考えている。
FASEB Summer Research Conference“Protein
Folding in the Cell”に参加して
(Part 2)
門倉 広
(ハーバード大学医学部)
スルフィド結合形成
ジ
は多くの分泌タンパ
ク質にとり立体構造形成上
極めて重要なステップであ
る。この過程はグラム陰性
細菌のペリプラズムあるい
は真核生物の小胞体中でお
こなわれる。試験管内では,
田口さん(東工大)と Manajit Hartl
この過程は分子状酸素ある
いは適度な濃度の酸化型および還元型グルタチオンが存在すれば,酵素の非存在下でも起こり
うる。しかし,ここ1
0年程の研究から,生体内でおこなわれる高速で正確なジスルフィド結合
形成には,細胞内の様々なタンパク質や低分子が必要とされることが示された。しかし,その
メカニズムには不明な点が多く,今後明らかにされるべき点が多い。本コンファレンスでは,
30
左から吉田,Amnon Horovitz,Alfred Goldberg
の各氏
この分野で有力な幾つかの研究
取得とその解析が重要だと考え
室から,興味深い発表がおこな
られる。一方,マサチューセッ
われ,活発な討論がみられた。
ツ工科大学の Vala,Kaiser らは,
出芽酵母では小胞体内腔に局
ero 1-1 変 異 の 多 コ ピ ー サ プ
在する可溶性酵素 Pdi1p が分泌
レ ッ サ ー と し て ERV2 を 取 得
タンパク質にジスルフィド結合
し,その遺伝子産物の機能,結
晶構造,および変異体の解析に
を直接導入する。基質となる分
泌タンパク質を酸化した後,Pdi1p 自身は還元型になる。小胞体
ついて報告した。
内腔の膜表在タンパク質 Ero1p が Pdi1p を再酸化し,これを活性
大腸菌ではペリプラズムの可溶性酵素 DsbA が基質分子にジ
型に戻す。しかし,Ero1p を再酸化する分子の正体については謎
スルフィド結合を直接かける。DsbA は活性中心(CXXC)に存
であった。カリフォルニア大学の Tu,Weissman らは ero 1-1 変
在するジスルフィド結合を基質分子上の二つのチオール基に与
異の合成致死変異を得た。この変異を持つ株では FAD の合成量
えることによりこれを酸化する。この反応のあと,DsbA の活性
が低下するため細胞内での遊離の FAD 濃度が低下していたが,
中心にある二つのシステイン残基は還元型になる。内膜タンパ
タンパク質に強固に結合する FAD 含量には変化がなかった。こ
ク質 DsbB は電子伝達鎖中のキノンの酸化力を利用して,還元型
の変異株を用いた in vivo での解析および精製 Ero1p を用いた in
の DsbA を酸化し,これを活性型にもどす。DsbA は非常に酸化
vitro での解析から,分子状酸素が Pdi1p-Ero1p 系の究極的な電子
力が強く,基質分子をすばやく酸化することができる。しかし,
受容体として使われうると結論するとともに,細胞内の遊離の
このことは,DsbA は還元型が安定であることを意味する。それ
FAD レベルにより,Ero1p の活性が制御されている可能性を示唆
では,DsbB は酸化力の強い DsbA をどのようにして酸化できる
した。Ero1p は好気・嫌気両条件下で働きうる。嫌気条件下での
のであろうか。まさにこの問題に関して,三つのグループ(京
電子受容体が何であるのか,また,分子状酸素が Ero1p の直接的
都大学の稲葉・伊藤,ミシガン大学の Bardwell,およびハーバー
な電子受容体であるかについてはさらなる検討が必要であろ
ド大学の門倉(筆者)・Beckwith)が発表した。この過程に関し
う。また,FAD により Ero1p 活性が制御されるとする彼らのモ
て二つの対立するモデルが提出され,議論がなされたが,まだ
デルのもつ生物学的意味は不明である。この点を明らかにする
結論をみていない。今後の進展が楽しみである。
ために,低 FAD 下でも Ero1p が機能しうるサプレッサー変異の
第7
5回日本生化学会大会シンポジウム
「タンパク質のトポジェネシス:細胞内タンパク質配置の生化学」
阪口雅郎
(九州大学大学院医学系研究院)
のシンポジウムでは初日午前中の設定にもかかわらず2
0
0名を越える参加があり,2日目の
こ
シンポジスト Neupert,Rapoport らも議論に加わり活発なものとなった。講演はすべて英
語で行われ,タンパク質の膜局在化と立体構造獲得に焦点を当てた最近の研究が紹介された。
以下は学会終了後,演者の皆様に各講演のポイントをまとめていただいたもので,演題順に記
載しレポートとしたい。
阪口(九大)は,膜タンパク質のトポロジー形成シグナルと小胞体・ミトコンドリア間の選
別シグナルについて紹介した。小胞体膜のトランスロコンにおいてアミノ末端ドメインを膜透
過させるシグナル配列(SA-I)の機能解析が進んでいる。アミノ末端に付加した DHFR ドメイ
ンが膜透過可能であること,この透過がメトトレキセートの添加除去で制御可能であることな
どが示された。小胞体での膜透過過程のダイナミクス研究につながるものと考えられる。また,
マルチスパン膜タンパク質の低疎水性膜貫通セグメント(TM)の組み込み様式である「他律的
| February 2003 | No.11 |
31
九大の藤木さん
組み込み」様式の典型を示し
が今後の課題である。
た。この例では,NHE1タンパ
藤木(九大)は,先にクローニングに成功しているペルオキ
ク 質 の11番 目 の TM(TM11)
シソーム膜アセンブリーに必須なペルオキシン,Pex3p, Pex16p,
がそれ以前のセグメントがな
Pex19p に関し,Pex1
6p および Pex3p の局在化機構について紹介
いと内腔側に,後ろの TM12が
した。
Pex3p と Pex16p は4
2-kDa,39-kDa の真在性ペルオキシソー
ないと細胞質側に配置される
ム膜タンパク質であり,
3
3-kDa ファルネシル化 Pex19p は細胞質
など,それ自体ではまったく
およびペルオキシソーム膜に局在し多くの膜局在性ペルオキシ
膜内に存在する必然性を持た
ンと相互作用することも見出した。Pex3p, Pex16p, Pex19p の障害
ないにもかかわらず,両端の
はそれぞれ相補性群 G 群, D 群, J 群のペルオキシソーム欠損
セグメントにより強制されて
症の病因でもある。
Pex1
6p は2回膜貫通タンパク質であり,N- 末
膜貫通トポロジーを形成す
および C- 末領域を細胞質側に配向すること,ペルオキシソーム
る。さらに,ミトコンドリア
膜への輸送・局在化には TM1
(1
10-131)およびその約4
0アミノ
内膜の ABC 輸送体(ABCme)
酸上流の塩基性アミノ酸に富む部位が必要であることを示し
のミトコンドリア輸入シグナ
た。この領域は GFP のペルオキシソームへの局在化活性を有し
ルについて,アミノ末端の正
ていた。Pex3p についても N- 末端側の塩基性アミノ酸クラス
電荷に富む1
4
0残基が,小胞体
ターと疎水性部位を含む領域(1-40)が局在化に必須であり,GFP
に標的化されるマルチスパン膜タンパク質(ABC 輸送体ファミ
のペルオキシソームへの輸送に十分であることが明らかとなっ
リータンパク質)をミトコンドリア内膜にまで輸送できるユ
た。今後,これらのペルオキシンが関わるペルオキシソーム形
ニークなシグナルであることを示した。タンパク質合成に共役
成の初期過程について分子レベルでの解明が一層進展するもの
した小胞体への標的化がこのシグナルによって抑制される機構
と期待される。
シャペロンの独白
繁栄は成功のあかしだろうか
吉田賢右
6
0万年前,日本各地には原人が住み着いて,世界に類例のない非常
に進歩した石器を使用して生活していた,ということになっていた。
しかし,一昨年,藤村氏というアマチュア考古学者の捏造が暴露され
て,全て白紙に戻った。すべての原人石器は彼一人の発掘に負ってい
たのだが,彼は縄文時代の新石器を,自分で埋めて自分で掘り出して
いたのである。日本の旧石器考古学はほとんど壊滅状態になり,2
5年
前の状態にもどった。
あとから振り返れば,藤村氏の発掘はおかしなことだらけだった。
彼が参加した発掘現場の95%では石器が出た。参加しないとほとんど
石器は出なかった。それだけでもおかしい。では,プロの考古学者た
ちが,しかもそのほとんどが,なぜかくも簡単に,かくも長期間,一
人の狂った発掘マニアにだまされ続けたのだろう。
その深い理由は,考古学が繁栄していたからであると思う。新しい
発掘で,日本列島の人類の存在が5万年,10万年,20万年と古くなる
たびに,マスコミが大騒ぎしてくれる。石器の出た地域も大喜びであ
る。石器とともに「5
0万年前の柱跡」
(後で自然地形と判明)が発見
された秩父市では遺跡説明会に約6900人も集まり,
「秩父原人まつり」
32
も開催された。ボランティアも集まるし,寄付も集まる。発掘調査費
もふんだんに得られるようになった。考古学は,人気とロマンのある
学問となった。藤村氏以外の考古学者もこの繁栄を享受していたに違
いない。
考古学者の中にもごく少数,藤村氏の発掘はおかしい,という人が
いた。しかし,そういう人は,やっかいがられて無視され続けた。外
部から文句が出ているわけでもないのになんで業界内部からわざわ
ざこの繁栄に水をさすようなことを言うのか,と受け取られた。
この日本旧石器考古学の悲劇は,極端な例である。しかし,繁栄と
虚偽が同居している構図は,いたるところに見受けられる。繁栄の中
にあって,この繁栄はおかしい,と声を上げる人はやっぱり,へそま
がりだろうか。
バイオに「工学」をつけることがはやっている。たとえば,タンパ
ク質工学と言う。しかし,そんなものは存在しているだろうか。工学
と言うからには,機能に見合った設計ができなければならない。少な
くとも,設計の基本技術が存在しなければならない。タンパク質は設
計ができるか。できない。マイナーな予測はできるが,基本的にでき
ない。どういう研究の延長上でそれが実現するのか,それすら見当が
つかない。タンパク質の折れたたみの研究は,1
97
2年の Anfinsen 以
来,ノーベル賞に値する進歩をしていない。そうするとタンパク質工
学は存在していないモノの名称である。存在していないモノに名をつ
けてはいけない,とは言わない。しかし,もうそれが現実的であるよ
うに言う,あるいは,出来ればこんなにすばらしい,と夢を語り,研
遠藤(名大)は三つのトピックスを話した。(1)従来は,一
られる。
(3)膜透過中間体と特異的に架橋されるミトコンドリ
つのミトコンドリアタンパク質のプレ配列には一つのミトコン
アタンパク質を同定し,新規の内膜トランスロケータ(TIM2
3複
ドリア行きシグナルが書き込まれているものとして,解析され
合体)サブユニット Tim50を発見した。Tim50は酵母の増殖に必
てきたが,様々なプレ配列の間に共通するアミノ酸配列等は見
須で,発現レベルを下げると,in vivo でプレ配列を有するミト
出せず,多様なプレ配列がどうやって正確なミトコンドリアへ
コンドリアタンパク質の前駆体が蓄積した。また Tim5
0の量を減
のターゲティングを実現しているのかは不明であった。しかし,
らしたミトコンドリアを単離して in vitro でのインポート実験を
プレ配列と受容体 Tom20との複合体の構造を NMR で決定したと
行うと,プレ配列を持つ前駆体のインポート速度が著しく低下
ころ,Tom20はプレ配列の一部分しか認識していないことが判明
したが,プレ配列を持たないキャリアタンパク質のインポート
した。また,別の受容体サブユニット Tom2
2とプレ配列の相互
は影響を受けなかった。また,Tim5
0は Tim23複合体に含まれる
作用を NMR で解析したところ,やはり Tom2
2はプレ配列の一部
ことを,共免疫沈降および密度勾配遠心により示した。Tim5
0は
を認識しており,しかもその認識部分は Tom2
0による認識部分と
Tim23複合体のサブユニットとして,プレ配列を持つ前駆体の内
は異なっていた。これらの結果に基づき,プレ配列には複数の
膜通過に必須の役割を果たすことが明らかになった。さらに,
受容体認識部位があり,それらの位置はプレ配列により異なり,
内膜の膜電位を消失させることにより,外膜で膜透過が停止し
場合によっては重なり,さらにプレ配列がひとつの受容体認識
た中間体をつくり架橋実験を行ったところ,中間体と Tim5
0の間
部位を複数持つこともあるという,多重シグナルモデルが提出
に架橋が見られた。したがって,Tim5
0は外膜から内膜への前駆
された。
(2)トランスロケータのチャネルはただの穴ではなく,
体の引き渡しに関与している可能性がある。Tim5
0と Tim23の相
高次構造がほどけたタンパク質に結合するシャペロン機能を有
互作用は強固なものではなく,約1
3が Tim2
3複合体に含まれて
することを見出した。その意義としては,前駆体のアンフォー
いるという結果にも言及された。
ルディングを促進する,膜透過後,隣のチャネルから出てきた
森(京大)は,タンパク質膜透過チャネルの中心因子である
ほどけたタンパク質が凝集したりすることを防ぐ,などが考え
SecY と他の Sec 因子との相互作用に関して,以下の3つの観点
「地震の予知は困難」
究投資を続ければそのう
ち夢が実現しそうなこと
を言う,それは誠実では
ないと思う。いくらお金
をもらってもできない,
と言わなければならな
い。
ガンを治す,というう
たい文句で,日本のガン
の基礎研究には一体,ど
れだけの研究費が注がれ
たのだろう。巨額すぎて
見当もつかない。しかし,
その成果たるや,どんな
も の が あ っ た か。無 駄
だったとは言わないが
(ガンを口実に別の研究
をした中でいい発見も
あったから),お焦げでガ
ンができるとかの迷走も
含めて,ガンを治すとい
う点で研究費に見合った
成果はない,と言ってい
いだろう。ここでも,い
くらお金をもらってもガンを治すことは簡単にはできません,もっと
バランスのとれた研究費の配分をした方がいいです,と言うべきだっ
た。実は,できないことをできないとはっきりさせるのも,専門家の
大切な役割のはずである。
日本の地震研究は,地震は予知できる,というふれこみで多額の研
究費を使って繁栄してきた。予知は世間の期待である。世間は,研究
というものはお金を使えばそれに見合って進むものだ,と思ってい
る。しかし,学問には発展段階があり,また不可能なことがあり,で
きないものはいくら金を使ってもできない。いくらお金をもらっても
それはできません,そういうことを日本の地震学者は,ある時期に
はっきり言うべきだった。しかし,予知できる,と言っている限り繁
栄は続くのだから誰もそれを言わなかった。地震予知は困難である,
と初めて認めたのは,海外からの厳しい指摘があってからである(Nature388, 4(1997))。
あの10数年前の,日本の「繁栄」もそうではなかったか。いまから
考えれば,あの時に日本は将来の資産を無駄にさき食いしていた,と
はっきり言える。しかし,当時,そのような警戒の声はほとんど相手
にされなかった。いま,予算の4割以上が国債という半ば破産状態の
国家財政の中で,科学研究費は増え続けている。ありがたいことであ
る。しかし,研究者はこれに誠実に対応しているだろうか。繁栄はす
なわち成功のあかしである,とは言えない。繁栄は堕落と紙一重であ
る。
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33
から紹介した。
(1)SecY は進化的に最もよく保存されたタンパ
膜特異的シグナルは,LolCDE の認識を回避するシグナルである
ク質膜透過因子であり,10ヶ所の TM と,6つの細胞質領域(C
ことを述べた。また,内膜にとどまるシグナルを持ったリポタ
1-C6)
,
5つのペリプラズム領域を持つ。また SecY は SecE,SecG
ンパク質を外膜に運ぶようになった LolC 変異体が紹介された。
と共に三者複合体を形成していることや,SecYEG チャネル依存
さらに,+2位の外膜移行シグナルを化学修飾し,アスパラギ
的な膜透過は,SecA-ATPase により駆動されることが知られてい
ン酸と似た構造(負電荷と側鎖の長さ)になった場合のみ,
る。SecY-SecA 相互作用について,遺伝学的・生化学的解析か
LolCDE の認識を回避するシグナルになることを示した。最後
ら,SecY の C5, C6 領域が SecA との機能的相互作用に重要で
に,リポタンパク質特異的分子シャペロン LolA と外膜のリポタ
あることを報告した。さらに SecY 機能に必須の残基 Arg3
57(C
ンパク質受容体 LolB の結晶構造はよく似ていることを紹介し,
5領域内) を同定し,この残基が SecA ATPase の活性化に重要
リポタンパク質受け渡しの分子機構を論じた。
な役割を持つことを示した。
(2)SecYEG サブユニット間相互作
良原(東海大)は新しいトポロジー解析法を紹介した。膜タ
用について,SecY の部位特異的架橋実験・遺伝学的解析より,
ンパク質のトポロジーはそのタンパク質の機能を解析する上
SecY の C4, C5領域が SecE の C2領域と,C2,C3領域が SecG
で,必要な知見となる。ところが細菌外膜タンパク質のトポロ
と相互作用することを示した。SecY の各 TM 領域の系統的な変
ジーを決める方法は未だ不十分である。そこで再構成系を用い
異解析より,SecE との相互作用領域(TMs 2, 7, 1
0)
,および SecG
た新たな測定系を考案し,その有効性を実証した。この系を用
との相互作用領域(TMs 3, 4)が SecY 機能の発現に重要である
いて,緑膿菌薬剤排出ポンプ成分の外膜チャネルである OprM の
ことを示した。
(3)SecYEG complex のオリゴマー構造について,
膜トポロジーを詳細に調べた。その結果 OprM はペリプラズム側
膜透過チャネルは,複数の SecYEG 分子により形成されるとの報
に突き出した大きなループドメインと8回膜貫通領域からなる
告があるが,その実体は不明な点が多い。遺伝学的手法(優勢
ポアドメインからできていることが明らかとなった。この方法
欠損変異の分離)と生物物理学的測定(FRET 解析)により,少
は様々な膜タンパク質のトポロジーを決めるのに非常に有効で
なくとも2個の SecYE 分子が膜透過チャネルの形成に関わるこ
あると考えられる。
とを示した。FRET 解析の材料として用いた高度好熱菌 TSecYE
筆者としては,ポリペプチド鎖の識別と受け渡しを構造生物
複合体は,詳細な構造解析のための有力な材料として期待され
学的な知見に基づいて原子論的に,またポリペプチド鎖の移動
る。
のダイナミクスを理論的に説明可能とすることが「タンパク質
Matthias M
ller(Freiburg 大)は,膜タンパク質の大腸菌内膜
のトポジェネシス」の全容理解のためのロングタームの目標で
への挿入機構について述べた。膜タンパク質 MtlA の in vitro に
あり,それに向けて着実な進展が実感されたシンポジウムで
おける膜挿入は,SRP 系に依存して SecYE トランスロコンにター
あった。
ゲットされ,ミトコンドリア Oxa1p の大腸菌ホモログである
ご多忙にかかわらず講演のポイントをまとめてくださった演
YidC によって脂質二重層中に運ばれる事を示す化学架橋実験の
者の皆様に感謝いたします。
結果を紹介した。さらに MtlA の膜挿入は,SecA と SecG に依存
しないが,ペリプラズムに露出した領域が大きくなると膜挿入
には SecA と SecG の両者が同時に必要になる事を示した。
徳田(東大)は,大腸菌の
リポタンパク質選別と膜局在
化機構について紹介した。リ
ポタンパク質のアミノ末端に
存在する,脂質修飾されたシ
ステイン残基の次がアスパラ
ギン酸の場合のみ,リポタン
パク質は内膜にとどまり,そ
れ以外のアミノ酸の場合は外
膜に局在化する。リポタンパ
ク質の選別シグナルの認識と
外膜への輸送は5種類の Lol
因子によって行われ,選別シ
グナルを認識するのは,内膜
の ABC ト ラ ン ス ポ ー タ ー
フライブルグ大の Matthias Mller
34
LolCDE 複合体であること,内
第7
5回日本生化学会大会シンポジウム
「タンパク質の一生:誕生から成熟,
移動,
品質管理まで」
吉久 徹
(名古屋大学物質科学国際研究センター)
年度の生化学会は,「タンパク質の一生」に関わるセッションが盛りだくさんで,ニュー
今 スレターの編者も,担当者の割り振りに苦労されたことと思う。ここでは,大会二日目午
前に行われた「タンパク質の一生:誕生から成熟,移動,品質管理まで」を取り上げて,内容
を紹介する。演者は,Walter Neupert,Tom Rapoport という海外からの大物を,領域代表の吉田
さんに加え,伊藤(維昭)さん,森(和俊)さんといった国内の3氏が迎え撃つという布陣で
ある。
伊藤さんの話は,既に Cell の論文などでおなじみの SecM に関しての報告であった。折しも,
生化学会の特別講演の演者の一人はリボソームの構造決定を行った Thomas Steiz であった。タン
パク質の誕生の主役であるリボソームに関して,
「どのようにしてポリペプチドは合成されるの
か?」という長年の命題に加え,
「リボソームはどんなタンパク質でも合成できるのか?」とい
う一見基本的でありながら新しい話題が,学会の聴衆に供されることになったわけである。そ
もそも SecM は,peptide exit tunnel をすんなり通ることのできない「難産なタンパク質」として
特異なタンパク質である。そして,このタンパク質がこのトンネルを抜けるには,SecA という
ATPase がこのタンパク質を「引っ張る」必要がある。しかし,今回の報告では,このタンパク
質はさらに変わった性質を持つことが報告された。一般に,大腸菌の可溶性タンパク質の膜透
過は,SecB を細胞質側シャペロンとして,SecA 依存の post-translational translocation モードで行
われることが知られている。他方,膜タンパク質の細胞膜(内膜)へ組込みには,大腸菌のシ
グナル認識粒子(SRP)
・シグナル認識粒子受容体系が必要であり,膜側の因子としても,SecYEG
からなる基本的トランスロコンに加え,YidC と言う膜タンパク質を必要とする(このあたりに
関しては,シンポジウム「タンパク質のトポジェネシス」の M
ller の講演に詳しく述べられて
いる。阪口さんのレポートを参照)。しかし,SecM は可溶性タンパク質でありながら,その膜
透過には SRP 系が必要だというのである。実際,SecM のシグナル配列は一般の分泌タンパク質
に比べて長く,SRP が認識するのに十分だそうである。しかし,リボソーム,SRP,SecA,ト
ランスロコンは SecM 上にどのように配置しているのだろうか?さらに,不思議なことには,
SecM の翻訳停止は,トランスに合成された SecA の機能にも重要な意味を持つ可能性が示され
た。彼らは,secA mRNA が ara プロモーター下からのみ転写される株を構築し,野性株と secM
翻訳停止変異株(secM P1
66A)中で生育・分泌に必要な SecA 量を測定した。面白いことに,
secM P1
6
6A 変異株中では,野生型に比べてより高い SecA 発現量で,分泌阻害などの表現系が
現れることが明らかとなった。果たして,翻訳されること自身が役割だと考えられていた SecM
は,どのようにして出来上がった SecA の機能をコントロールしているのであろうか?まさに,
「M」
(for Magic or for Mystery ?)という名前がぴったりのタンパク質である。
続いての吉田さんの話題は,GroEL の一分子測定によるシャペロン「化学反応」の分子メカ
ニズム解析に関してであった。ポリペプチドとして合成されたタンパク質は,そのままでは一
人前とは言えず,正しく高次構造をとるという成熟過程を経なければならない。フォールディ
ングという成熟過程を助ける触媒シャペロンがどのように機能するかを,一分子観察で明らか
にしようと言うのが,今回の報告である。GFP のリフォールディングを用いた一分子解析から,
GroEL によるリフォールディング反応が,一つの時定数ではなく,3秒と5秒という二つの時定
数成分を持つことが明らかとなった。これはリフォールディング反応がさらに,最低二つの素
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35
学会の前に熊本大の小椋研と森(正敬)研を
訪問したミュンヘン大の Walter Neupert。阿
蘇の火口の前で。
過程からなることを意味してい
的正常に結合することから,彼
る。GroEL の 大 家 Horwich は,
らは,GroEL の apical domain へ
むしろ,リフォールディング反
基質タンパク質が結合している
応が一つの時定数で表される反
際には,全ての GroES が正常で
応であることを主張している
ないと基質の結合に勝てない,
が,吉田さんのグループは一分
すなわち,GroES の協同的な結
子のみならず,バルク反応でも
合が基質の遊離を促すのに必要
片方の時定数3秒に対応する ADP 遊離のラグを検出している
であることを主張した。実際には,どうやって GroES が基質を
(シャペロンニュースに引き続き,このニュースレターでも,こ
「追い出す」のだろうか?まさに,一分子で見てみたい瞬間であ
うした「バトル」の詳細が生々しく伝えられるとおもしろいの
る。
ですが…。吉田さん,是非お願いいたします。
)
。話の後半では,
タンパク質の移動,特にタンパク質の膜透過に関しての話題
2つの素過程のうちの一つと考えられる,
GroES の GroEL への結
提供者は,Neupert であった。我々の研究室のようにミトコンド
合が話題となった。彼らは,ホモ7量体である GroES をつなげ
リアへのタンパク質輸送を課題としている研究室にとっては,
て1本のポリペプチドとし,この中に,GroEL への結合能が低
彼の話を聞くのが楽しみな反面,彼の研究室に自分の手の内が
下した GroES 変異ドメインが任意の数含まれるものを構築し
分かってしまうのも気になるという,なかなか悩ましい人の来
た。この「変異」GroES を GroEL の GFP リフォールディング反
日である(何せ,日本語の講演やポスターでも平気で演者に質
応に持ち込むと,変異サブユニットが1個もしくは2個しか含
問し,ディスカッションを求められる方である!彼は,本当に
まれなくても,GFP のリフォールディング効率が極端に低下する
日本語が話せないのだろうか?)
。彼の講演は,ミトコンドリア
ことが明らかにされた。この変異 GroES が空の GroEL とは比較
前駆体タンパク質のアンフォールディングがその膜透過の原因
ラ イ フ オ ヴ プ ロ テ イ ン ズ の裏街道
ライスファーム
とパンクな日々
遠藤斗志也
リリィ・シュシュのすべて
36
先日 WOWOW で『リリィ・シュシュのすべて』 こに立ち返れる「場」のようなものです」というメー
を観て,
考えてしまった。主人公は地方の中学生で,カ
ルをいただき,なるほどと思った(「哲学離れ」は
リスマ的シンガー,リリィ・シュシュのファンサイト
「理科離れ」と根は一緒,とも思ったのだが,それに
をインターネット上で運営している。そこでのカキコ
はここでは触れない)のだが,同時にこれは音楽にも
を軸に,彼のまわりで起こる万引き,恐喝,暴行,レ
あてはまるな,と思った。
イプ,売春といった殺伐とした風景が描かれていく。 リリィが「エーテル」と呼ぶ精神的な「場」に惹か
制作方法がユニークで,そもそも監督の岩井俊二(『ス
れて,コアなファンたちがインターネット上のファン
ワロウテイル』の監督)が自身のサイト上で試行した
インタラクティヴ小説が核となっているのだが,その
インタラクティヴ小説の進行と並行してリリィ・シュ
シュを実際にデビューさせたり,リリィ・シュシュに
関わる「事件」をそのファンサイト上で伝える等,現
サイトに集まる。彼らは皆限りなく疎外され,孤独だ。
廃工場,通信用の鉄塔,無人駅,用水路,そして遠く
まで拡がるライスファーム。その真ん中で,リリィの
音楽をポツンと(しかし夢中で)CD ウォークマンで
聴く少年の姿が象徴するように。(余談だが,この映
実と虚構が混乱するような仕掛けが様々なレベルで
用意されている。
だが,まずは中学生の息子を持つ身として,「いま
の中学では,こんなこともあり得るのか」という驚き
があった。以前『ザ・中学教師』という,風吹ジュン
なんかも出ているもっとフツーの映画(原作は「プロ
教師の会」
)があって,そこでは教育の現場の問題と
方法論(大学生でも中学生でも同じ!)について教え
られることが多かった。しかしこちらは教育なんても
のが介入できない,もっと深い部分での彼らの心象風
景がテーマである。そして表層的な問題と別に私に
は,多感な中学生たちの音楽へのかかわり方が印象深
画のロケ地は栃木県足利市近郊であり,一時桐生市に
住んでいた私にとっては個人的に懐かしい風景でも
ある。
)そしてリリィの音楽に対置されるのは,憑か
れたように少女が弾くドビュッシーの「アラベスク第
一番」である。
中高生の頃の音楽へのかかわり方のあのハシカの
ような青っぽさ。自らの腕を切り裂くヒリヒリした自
傷行為的感覚。私にとっては,高校のころの「ロック
幻想」だろうか(後楽園球場のグランドファンクのコ
ンサートで雷雨の中踊り狂う若者の写真が新聞の社
会面を飾ったような時代だった。ちなみに私は大阪に
いたので大阪球場でやはり雷雨の中で踊っていた
かった。
矢原さんから「
『哲学』は,私の世代にとっては,
一種の通過儀礼であり,それを過ぎても,いつでもそ
が)。
そんな通過儀礼を過ぎてずいぶんたってから,再び
その「場」に立ち返ったこともあった。
「パンク」の
なのか結果なのか,という基本的な問いに関するものであった。
しており,今回も Brownian ratchet model の視点から,新しいデー
ミトコンドリアに限らず膜透過のモデルとしては,膜透過装置
タ(EMBO Journal の21巻に Okamoto et al. として報告されている)
自身にタンパク質を引き込む,もしくは,押し込む「動力」が
を紹介した。彼らは,ミトコンドリア行きプレ配列の直後に Gly
付いているとする Molecular motor model と,
膜透過装置は基本的
もしくは Glu のポリマー(Gly50あるいは Glu50)を挟んで DHFR
には動力源はなく,ブラウン運動による基質分子の動きを利用
を融合した前駆体タンパク質のミトコンドリア膜透過を解析し
しており,一方向的に分子を移動させる為の「歯止め」を機能
た。Gly や Glu は Hsp7
0の結合ペプチドから忌避されているアミ
させるためにエネルギーを使っているという Brownian ratchet
ノ 酸 と し て 知 ら れ て い る が,事 実 こ れ ら の ホ モ ポ リ マ ー は
model が考えられている。ミトコンドリアでは,膜透過装置に
mtHsp7
0には結合しない。従って,
Molecular motor が働こうにも,
Hsp7
0(mtHsp70)が 含 ま れ て い る。前 者 の 考 え 方 に 沿 え ば,
この領域をモーターは掴むことができないのである。にもかか
mtHsp7
0は膜透過中の前駆体タンパク質を引っ張ることができ,
わらず,これらの前駆体はミトコンドリア膜を透過することが
これがサイトゾル側にある構造を持った前駆体の部分に力を加
できるというのである。さらには,ミトコンドリアの膜透過装
えて,アンフォールディングを引き起こすと考えることができ
置は,titin の IgG-like ドメインを融合したタンパク質をも透過さ
る。他方,Brownian ratchet model に立った場合には,むしろア
せることが可能であることが示された。titin の IgG-like ドメイン
ンフォールディングは前駆体が動くための空間的余裕を与える
のうち I27や I28は,原子間力顕微鏡による実験から,その N- 末
ための原因であって,その結果生じた前駆体の動きが ratchet に
端を引っ張って unfolding させるのには,2
00 pN 以上の力が必要
よって固定されると考えられている。彼らのグループは,変異
であるほどの「硬い」タンパク質であることが分かっている。
DHFR を融合した前駆体タンパク質のミトコンドリアの膜透過
しかし,
mtHsp7
0が ATP の水解で生じうる力は,
せいぜい14pN 位
の温度依存性から,この膜透過が前駆体タンパク質 N 末端側の
だと見積もれることから,mtHsp7
0は,このタンパク質を引っ
局所的アンフォールディング能に依存していることを既に報告
張って変性させることができないと予想される。そうすると,
時代である。大学院生だった私が通うライヴハウスに
は,次々に新しいバンドが登場し,ほとんどノイズの
ような音をかき鳴らし,
叫んでいた。もしかしたら,
と
いう青っぽい幻想がほんの少し甦った。しかしロマン
ガーだ。彼はあるときから悪夢に悩まされ,それを音
楽にしなければならないという強迫観念によって歌
手になったという。悪夢のイメージを書き留め,プラ
イベート・テープにレコーディングしていく。彼が歌
主義の克服を標榜したイタリア未来派にも通じるパ
ンクの暴力性も,
8
0年代に入るとまもなく音楽産業に
絡めとられ(
「暴力は売れる」のである)
,その精神は
オルタナティヴと称される前衛的流れとしてかろう
じて生き残ることとなった。
うのは田舎町で起こった殺人事件であり,愛人を殺し
た後,自殺しようとする男の独白である。ハイファイ
ならぬロウファイの極致のようなひしゃげたカント
リー・ブルーズの弾き語りで「俺は冬には長袖シャツ
を着,夏には半袖シャツを着る。そんなごく普通の人
もうひとつ,こうしたコンテクストで語られる音楽
には「死」のイメージが寄り添っている。このことと
符合するかのように,『リリィ・シュシュのすべて』
の中でも,あっけなく少女が自殺し,主人公が最も濃
密に関わった少年もリリィ・シュシュのコンサート会
場で殺されてしまう。一歩先には「死」がポッカリと
口を開けている寂寥たる風景を通り過ぎたとき,「子
ども」の時代が終わるのかもしれない。
間だ。誰かを傷つけるつもりなんかないぜ…」とマジ
で歌われると,これはもうヤバイ。狂気と紙一重の危
うさである。彼の妄想の背後に,アメリカン・ゴシッ
ク,米国フォークロアの精神性の底に潜む猟奇性を見
る人も少なくない。かのディヴィッド・リンチ監督も
彼のファンだとか。
さて個人的には,いま正しくジョニー・ダウドが音
楽に転向した年齢を迎えてしまったことになる。「タ
ンパク質の一生」の研究に全精力を傾けている私だ
が,そう言えばこの頃どうも,闇が運ぶ悪夢にうなさ
れる日々が続いている…(?)。そろそろ本誌編集長
の代替要員を探さないとマズイかも。
なんだか「日記にでも書いておけばいい」風の雑文
になってしまった。音楽への青いかかわり方が,もは
や失われた日々へのノスタルジアに過ぎなくなって
ジョニー・ダウド
しまった今,私が戻れる「リアルな場」なんてあるん
だろうか?…ひょっとしたら,ジョニー・ダウドのよ
うなアーティストがヒントになるかもしれない。
1
9
4
3年テキサスのフォートワースの生まれ。長く
ニューヨーク州イサカの家具運送業者だったが,
4
9歳
になって音楽に目覚めたという変わった経歴のシン
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37
学会中に河野研を訪問したハーバード大の
Tom Rapoport(中)
。河野さん(左)と Davis
Ng(右)と一緒に。
ミトコンドリア膜透過の際の
は,ERAD 活性の低下により,
I27や I2
8ド メ イ ン 全 体 の ア ン
モデル変性タンパク質の小胞体
フォールディングは,mtHsp7
0
内での蓄積が見られる。面白い
による力では無理そうだと言う
ことに,ERSE を持つ遺伝子と
ことになる。むしろ,こうした
UPRE を持つ遺伝子では小胞体
ドメインの局所的アンフォール
ストレスに対する応答は異なっ
ディングに基づいて「ブラウン
ており,前者が比較的早く立ち
運動できる小さなスペース」をもつ transient state が形成され,
上がるのに対して,後者の立ち上がりはもう少し遅い。これは,
mtHsp7
0からなる Brownian ratchet が,
たまたまミトコンドリア内
ATF6がタンパク質のプロセッシングで活性化されるのに対し
に入ったときに後戻りできない状態に固定するため,結果とし
て,XBP1が mRNA スプライシングと翻訳を経て活性化されると
てアンフォールディングというカタストロフィーが起こるとい
いう一段階遠回りの経路であることに起因するというのが,彼
うのが彼らの説明であった。そして,前駆体タンパク質のミト
らの見解である。こうしたことから,さらに彼らは,以下のよ
コンドリアへの輸送特性は,成熟体部分 N- 末端領域の局所的な
うなシナリオを提唱した。即ち,小胞体ストレスに際して,ま
安定性に左右されることを,あらためて強調した。この分野は,
ずは,ERSE を介したシグナル伝達系が ON になると,今そこに
反応を進めるエネルギーが重要なのか,反応の方向性の制御が
ある危機的なタンパク質のフォールディングを助けるための
必要なのかという問題を巡って,常に様々なアイディアに基づ
シャペロン群が小胞体に増派される。これで事が足りれば細胞
く実験が駆使される分野である。ぼつぼつ,これも一分子解析
は正常に戻るのだが,それでも救援の声が収まらない場合には,
を行わなければ,問題の本質に迫りにくくなってきているので
その声が XBP1経路によって核に届けられ,小胞体内の変性タン
あろうか?また,最近劣勢である Molecular motor model の逆襲は
パク質を「始末」するためのスペシャルチームを送り込む指令
あるのだろうか?
が出されるというものである(これでもだめな場合には,アポ
日本人の三番手は,森和俊さんである。旧シャペロンニュー
トーシスが活性化されて,細胞は己自身を後始末する…)
。変性
スレターをご愛読の諸氏には,
「熱い森」さんとして知られてい
タンパク質と小胞体の熱い戦いは,まさに,
「情報戦」であるこ
ることと思う。今回も,小胞体ストレス応答に関わる複数のシ
とが浮かび上がってくる報告であった。
グナル伝達系の生理的な意義についての熱い講演であった。真
最後の演者は,Rapoport であった。彼も,常に新しいアッセ
核生物において,小胞体はタンパク質の誕生・成熟の場である
イで生化学者を楽しませてくれる。彼の講演の前半は,小胞体
が,そこには,成熟に失敗した変性タンパク質が意外にも多量
における retro-translocation を,bacteria toxin の細胞内侵入という
に生じる。すなわち,小胞体は,品質管理の場でもある。この
面から捉えた話であった。bacteria toxin の侵入自身,細胞に死を
変性タンパク質が蓄積しすぎると小胞体はストレスを感じ,細
もたらす恐ろしいものであるが,それに用いられている経路
胞の司令室である核に応援を求める。高等真核生物の小胞体ス
retro-translocation がタンパク質が終末を迎える為の道である点
トレス情報は,二つの独立なシグナル伝達系を通じて ATF6と
は,
いささか皮肉である。Medical School に在籍しているためか,
XBP1という二つの転写因子に流れ込む。ATF6は,もともと小胞
彼はここ数年,cholera toxin の細胞内侵入を題材に逆向トランス
体膜にアンカーされている内在性膜タンパク質であるが,小胞
ロコンの初期過程を解析している。ご存知の方も多いと思うが,
体ストレスに依存した膜貫通領域の切断で核移行型の転写因子
cholera toxin は A 鎖と B 鎖の複合体からなり,B 鎖によって細胞
領域が遊離され,核内での転写が可能になる。一方,XBP1によ
の分泌系オルガネラに侵入した cholera toxin は小胞体まで逆行
る転写が活性化される為には,その mRNA が小胞体ストレスセ
輸送に乗って運ばれ,遊離された A 鎖が小胞体の retro-transloca-
ンサーである IRE1αによってスプライスされ,
活性型の XBP1ア
tion システムを利用して細胞質へと侵入する。彼らは,この過程
ミノ酸配列をコードした mRNA に変換されることが必要であ
をお得意の in vitro 再構成系で解析し,まず,還元型 PDI が A 鎖
る。この後,翻訳された活性型 XBP1が転写の誘導を引き起こす
と S-S 結合を形成すると共に,シャペロンとしてそのアンフォー
わけである。彼らは,何故,二つの転写因子が必要なのかを追
ルディングを引き起こすこと明らかにした。次に,この過程が
求した結果,いままで知られていた小胞体ストレス応答配列
cholera toxin の小胞体膜へのターゲティングに必要であることが
(ERSE)は主に ATF6によって認識されるが,これとは異なり,
示された。そして,
PDI の C- 末端側にあるチオレドキシンモチー
XBP1に特異的に認識されるシス配列があることを明らかにし,
フが,PDI の再酸化因子である Ero1によって酸化されることで,
これをほ乳類の変性タンパク質応答配列(UPRE)と名付けた。
A 鎖が PDI より遊離されることを明らかにした。少なくとも,
このシス配列をもつ遺伝子を検索したところ,なんと,小胞体
cholera toxin の場合には,retro-translocon にアクセスする直前は,
タンパク質分解(ERAD)に関与するα-mannosidase-like lectin で
BiP のような Hsp7
0ファミリーの分子シャペロンではなく,PDI
ある EDEM のプロモーター領域に UPRE が存在することが明ら
タイプの分子シャペロンが面倒を見ているようである。問題は,
かとなった。実際,UPRE 応答の失われている IRE1α -/- 細胞で
これがどれほど一般的かと言うことであろう。既に,ERAD の
38
基質のいくつかは,BiP が何らかの形でその retro-translocation の
いえる。
初期過程に関与することが知られているが,各分子シャペロン
今回の生化学会は,はじめに述べたとおり,多くの関連セッ
がこの段階で果たす役割が同じなのか違うのかを含め,今後の
ションがあり,そこに多くの海外からの演者が招かれたことも
展開に興味が持たれる。Rapoport は,次の話題で,retro-translo-
あって,全てが基本的に英語でのシンポジウムであった。日本
cation の駆動力が何であるかについて報告した。これは既に論文
人同士で英語でのディスカッションするのは,ちょっと見ると
になっているが,彼らが用いている MHC Class I の heavy chain
奇異のような気もする。しかし,この業界,何をするのも英語
の分解における retro-translocation の場合には,poly-ubiquitination
が基本である。単に海外からの客人に対する礼儀以上に,それ
が必須であり,Cdc48/p97が Ufd1p や Npl1p と共にこの retro-trans-
はそれで良いことだと思う(シンポジストのいる酒席にのこの
location に必要であることを,酵母およびほ乳類細胞の両方で示
こ出てゆくと,酔いながらも英語を話さなければならないのは,
した。Cdc48p/p97自身や,同じ AAA ATPase ファミリーに属す
ちょっときついものであるが…)
。今後も,是非,この領域活動
FtsH タイプの膜結合性プロテアーゼは,それ自身が内在性膜タ
を通じて,このような機会が続くことを希望します。
ンパク質を脂質二重層から引き抜く活性を持つことが知られて
いる。その意味では,Cdc4
8p/p9
7が retro-translocation の駆動力と
余談として。Rapoport は,まだ,ご自身で実験台に立たれる
して機能するというモデルは,非常に魅力的である。ただし,
そうである。これだけ big name になっても生涯現役というのは,
retro-translocation の駆動力は,最終的にタンパク質を死に導くプ
ある意味でうらやましい限りである。
ロテアソーム自身であるとの見方もあり,今後の課題の一つと
第7
5回日本生化学会大会シンポジウム
「構造異常タンパク質の細胞内感知機構と細胞応答」
細川暢子
(京都大学再生医科学研究所)
7
5回日本生化学会大会での,シンポジウム「構造異常タンパク質の細胞内感知機構と細胞
第
応答」
(オーガナイザー:河野憲二さん,秋山芳展さん)では,5人の演者の興味深い発表
があったので,順を追って,内容を紹介したい。
まず,村田茂穂さん(東京都臨床研)から,
「シャペロン依存型ユビキチンリガーゼ CHIP の
機能解析」のタイトルで,彼らが提唱した,
「chaperone-dependent E3」, 「quality-control E3」 と
しての CHIP の紹介があった。元々 CHIP は HSP7
0 の co-chaperone として見つかってきたタンパ
ク質だが,N 末端側に TPR ドメイン,C 末端側に U-box と呼ばれる RING-finger 様のドメイン
を持っている。E3 ユビキチンリガーゼは,ユビキチン化のプロセスにおいて,基質タンパク質
の特異性決定に重要な役割を果たしていると考えられており,HECT 型と RING-finger 型に分類
される。彼らは,CHIP が HSP90 や HSP70 にトラップされた,変性ルシフェラーゼ をユビキチ
ン化し,E3 ユビキチン・リガーゼとして機能することを示した。さらに CHIP の新しい機能を
探索するため,insertion library を用いて検討したところ,リボゾーム関連タンパク質が多くとれ
てきたことから,生合成途上の新生タンパク質の分解に CHIP が関与している可能性を示唆し
た。さらに,MHC class I の細胞表面への局在に CHIP が関与すること,CHIP が polyQ タンパク
質をユビキチン化することも紹介された。また CHIP ノックアウト・マウスもすでに作製されて
いるとのことで,今後の解析が期待される。別のグループからも CHIP が ERAD (小胞体関連
分解)に関わっていることが示されている。さらに最近,CHIP は E4 様の機能をもっていると
いる論文も報告された。どこまで CHIP の機能は diverse して行くのだろう。多分,裏返せば,
それだけ重要な分子 だということでしょうが。
| February 2003 | No.11 |
39
ペンシルバニア州大の Davis Ng(左)と京大
の秋山さん(右)
。
次に,
「小胞体内での構造異常
あることを示した。一方,膜タ
タンパク質蓄積の感知機構」と
ン パ ク 質 の ERAD に は,ER-
題して,木俣行雄さん(奈良先
Golgi 間のリサイクリングは必
端大)の発表があった。酵母の
要でないことを示した。興味深
小胞体膜上には Ire1と名付けら
いことに,中務さんの発表とは
れたキナーゼタンパク質が存在
逆 に,可 溶 性 の ERAD 基 質 が
し,小胞体に構造異常タンパク
ER-Golgi を リ サ イ ク ル す る こ
質が蓄積すると,いわゆる「小胞体ストレス」として感知して,
とによって,O-mannosylation の糖鎖修飾を受けて,このフォー
核へとシグナルを伝達する(UPR: unfolded protein response)
。Ire
ムの分子が ERAD によって分解されるというデータであった。
1の小胞体内腔ドメインは,センサー・ドメインとして働くが,
先に出てきた Der1, Der3というタンパク質は,
ERAD の重要な因
この機能は Kar2 タンパク質(酵母の BiP)との結合によって調
子で,ER 膜上で複合体を形成しており,Der1 は E3 として機能
節されている。即ち通常は,Ire1は Kar2と結合しているが,小胞
していることが知られている。彼らは KHN を膜にアンカーさせ
体内に異常タンパク質が蓄積して Kar2がそちらに recruit される
た HNS という基質を作製して,Der1 は可溶性基質に特異的に働
事によって Kar2から解離し,活性化される。Kar2 を過剰発現さ
き,Der1/Der3 複合体は膜タンパク質の分解には必要でないこと
せると UPR は抑制される。そこで,彼らは Kar2 の ATPase ドメ
を示した。彼らの提唱するモデルは,ERAD(ER QC)には,二
インおよび,基質結合ドメインの変異体を用いて検討を行い,
つのチェックポイントがあって,ひとつめはタンパク質のサイ
ATPase ドメイン変異体では UPR が抑制されるが,基質結合ドメ
トゾル側の領域あるいは ER 膜内領域で,可溶性タンパク質の場
インの変異体では UPR が抑制されない事を示し,Ire1 は Kar2
(BiP)の基質として結合していると考えた。引き続いて,Ire1 の
合にはさらに Golgi へ行ってここで二つめのチェックを受ける,
というものである。確かにひとつの魅力的なモデルである。最
小胞体内腔ドメインの1
0アミノ酸ずつの欠失変異や点変異をい
後に per mutant と彼らが名付けた,ER QC(quality control)mutant
れることによって,さらに詳細な機能解析を行っているとのこ
スクリーニングの紹介があり,それぞれ,retention や retrieval が
とであった。
必要な基質に対して,機能をもたない変異株を取ってきて,現
次いで,
(コンピューターのトラブルにより順番が突然入れ替
在解析中とのことであった。さて,先にも書いたように,
(私が
わって)中務邦雄さん(名古屋大学)による,
「小胞体品質管理
正しく彼の英語を理解していれば)O-mannosylation を受けたミ
機構における糖鎖とシャペロンの役割」のタイトルで,ERAD
スフォールドしたタンパク質の運命が,中務さんと Dr. Ng の発
における,O-mannosylation の紹介があった。O-mannosylation は,
表では一見逆のように見える。多分,用いた基質が違う,ある
Ser/Thr 残基にマンノースが付加される反応で,最初の1個のマ
いは同じ現象の別の側面を見ている,ということなのでしょう
ンノースは ER で付加された後,ゴルジで 1, 6- マンノースが
が,是非次の機会には,さらなる展開を聞けることを期待して
直鎖状に伸長されていく。ER では,
7回膜貫通型の protein man-
います。その折りには,Dr. Ng には,日本人の平均的英語ヒア
nosyl transferase(PMT)がこの反応を担っている。彼らは,酵母
リング能力に合わせたスピードで話していただけたら,とても
の pp F(prepro factor)の N 型糖鎖付加サイトをすべて潰し
嬉しいだろうと思います。
て,実際に O-mannosylation の修飾を受けていることを証明した。
最後の発表は,金原和恵さん(京大・ウイルス研)による,
また,in vitro の ERAD アッセイ系を用いて,Kar2 変異株では
「大腸菌の細胞表層ストレス応答における Regulated Intramem-
O-mannosylation が起こらないこと,O-mannosyl 化によって基質
brane Proteolysis(RIP)の役割」。E. coli の YaeL(EcfE)はヒト
の凝集が抑えられることを示した。さらに別の ERAD 基質Δ pro
site-2 protease(S2P)のホモログであり,RIP に関わっている。
RNAP-1 についても O-mannosylation が起こること,その結果溶
RIP は,mammalian の SREBP(sterol regulatory element binding
解度が上がることを示し,ER 内の misfolded protein は BiP(Kar
protein)
,ATF6, APP(amyloid precursor protein),Notch その他の
2)の働きによって膜近傍まで運ばれた後に PMT によって O-
膜貫通型タンパク質の切断・活性化に関与しており,それぞれ
mannosylation を受け,溶解度を保って,ER から Golgi へと輸送
site-1 protease(S1P)および S2P による切断を受けた後に,活性
されるのではないかという魅力的なモデルを提示した。
型の転写因子が核移行するといった調節性のタンパク分解を
次は Dr. Ng(Pennsylvania State Univ.)の発表で,タイトルは
行っている。YaeL は,E. coli の内膜に存在する4回膜貫通型タ
「Quality control of ER protein folding in Saccharomyces cerevisiae」
。
ンパク質で,Zn-metalloprotease 活性をもち,E. coli にとって必須
彼らが使っている ERAD の基質は「HNK」というもので,SV5
の遺伝子である。今回の発表は,YaeL のマルチコピー・サプレッ
の HN タンパク質に酵母に発現するように Kar2 のシグナル配列
サーとして取れてきた遺伝子が,rpoE(E)であったことから
をつけた,可溶性の基質である。そして,KHN が COPII 輸送小
細胞表層ストレス応答に関わる 因子で,
スタートする。E は,
胞に乗ること,しかし der1/der3 変異株では,KNH が ER に蓄積
RseA タンパク質によって負の制御を受けている。RseA タンパク
すること,
さらに Golgi からの retrograde transport が分解に必要で
質は,ペリプラズム側と,サイトゾル側両方のドメインをもっ
40
た膜タンパク質であり,サイトゾル側で E と結合することに
E
バクテリア,酵母,ヒトに至るまで,良く保存された機序,進
よって, を非活性状態に保っていると考えられる。そこで,
化に伴い少しずつ変動していったメカニズム…。ホットな話題
Deg S, YaeL の欠損株を用いて,
YaeL は Deg S で切断された RseA
に満ちており,今後も目が離せないトピックスが集められた,
タンパク質を切断すること,YaeL を欠損した E. coli は細胞表層
非常に面白いシンポジウムでした。最近,ある学会のポスター
ストレスに対して 依存性の遺伝子の活性化ができないことを
発表に質問していたら,ER をやってる人は皆それぞれ好き勝手
示した。これらのことから,RseA はまず Deg S によってペリプ
な事を言っている,と言われて,とても自分は ER の分野で仕事
ラズム側のドメインが切断された後,
Yael によってサイトゾル側
をしています,とは言えませんでした。確かに百花繚乱は,そ
の切断を受け,その結果活性型の遊離 E が放出されるという,
の分野の人達には大変面白いのですが,多様な事象を,少し離
大変すっきりしたモデルが示された。
れた分野の人にも納得できる,統一的モデルができることも重
以上の5名の先生方の発表,多少の私見と偏見を加えて紹介
要だとつくづく感じました。
E
させていただきました。いずれも大変興味深いテーマ・内容で,
第25回分子生物学会年会見聞録
中村暢宏
(金沢大学薬学部)
イオの時代である。ベンチャーであり,産学協同であり,はたまたビジネスチャンスであ
バ る。学会はもはや研究者が集って情報交換をする場として機能するだけでなく,ビジネス
マンが集う見本市としても機能し始めている。学会は,研究成果の学術的評価を世に問う場で
あるが,その情報の有用性や実用性を世に知らしめ一攫千金を狙う場としての機能も持ち始め
ているのかもしれない。
分子生物学会は巨大であり,その扱う情報量も膨大である。ここまで大きくなると全体像を
正確に把握するのは,まず無理と言っていい。膨大な情報から必要な情報だけを如何にして取
りこぼさず収拾するかが問題である。筆者などは,情報収集処理能力が乏しいので,目に付く
情報だけを持って帰る事で良しとしている。分子生物学は細分化しており,隣で何が流行って
いるのか知りたくても手が回らない。別の業界の面白そうなセッションなどに行ってみるのだ
が,
バックグラウンドを知らない分野ではやはり途方に暮れる。特化した専門家向けのセッショ
ピッツバーグ大の Jeff Brodsky(左)と京大の森
さん(右)
ンも最先端の情報交換には重要ではある。が,学生や専門外の研究者にもわかりやすくその業
界の進展をレビューしてもらえるような入門セミナーの企画な
どもお願いしたいものであるが,如何であろうか?
「分子生物学会で『タンパク質の一生』関連の発表についての
レポートをして頂けないか?」と遠藤さんから連絡があった時,
本当の所「これは大変な事になった」と思った。繰り返すが,
私は情報収集処理能力に乏しい。どちらかというと,周りの流
行を気にせずコツコツ何かをやる職人向きなのだ,と良く思う。
かつて,大学の親友が「真にオリジナルな研究は引用文献ゼロ
なはずである」と言った。また留学時代の親友は,
「ほっといて
も人がやる研究はオリジナルとは言えない。自分でしか出来な
い研究をやってこそ価値がある。
」と言った。つまり,オリジナ
ルな仕事をしていればいる程,競争は少なく他の研究を気にす
る必要は少なくなる訳だ。真理であり理想である,と思う。し
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41
名大の遠藤研にて。ジョンズホプキン大の瀬
崎さん(左)とユタ大の Janet Shaw(右)
かし,膨大な量の実験結果とい
分解についての最近の進展につ
う情報から帰納的に法則を見い
いて報告した。FtsH が細胞質に
だし,それらを集合して確立さ
つきだした約2
0アミノ酸の部分
れた分子生物学の理論体系は,
を認識して,異常膜タンパク質
さながらガウディのサグラダ・
を引きずり出して分解するとい
ファミリア聖堂のように,現在
うのは,本当に面白い。FtsH と
進行形で構築中であり,コモン・
は構造活性ともに異なるが,ほ
センスがコモン・ローとなってきたイギリス慣習法の様に実体
乳類でもプロテアーゼ活性を持った膜貫通タンパク質がゾクゾ
が知れない。必然,日々追加されていく情報とコモン・センス
クと発見されており,今後の展開が注目される。
に up to date であらねば道を間違える。また,競争原理を基本と
した現代科学業界は,万人受けしない「オリジナリティ」とい
「オルガネラの形態と膜形成のダイナミクス」
うものをよしとしない。畢竟,時代錯誤とか,役に立たない研
東薬大の多賀谷さんは,小胞体の SNARE である Syntaxin18の
究は価値がないなどと言われるのが落ちである。かくして情報
結合タンパク質の解析から,多くの結合タンパク質を発見して
収集に励み,流行を追い掛ける事を余儀なくされるのである。
おり,それらの解析について発表した。特に,細胞周期のチェッ
ポスドク時代までは,情報の収集と処理はボスに任せて実験だ
クポイントに関与するタンパク質群が見つかって来ている事
けやっていれば良かったが,上司のご理解で PI らしい事をやら
は,小胞輸送経路の活性が細胞周期の進行にシグナルを送って
せてもらえるようになった今では,そんなことは言ってられな
いる可能性を示唆しており実に興味深い。次に,筆者がゴルジ
い。これも試練と望んだものの,能力至らず結局たいした報告
が出来ないのが申し訳ない。
体の構造維持に働くと思われる細胞質側の裏打ちタンパク質群
(ゴルジ・マトリックス)が,ゴルジ体の構造維持に働くととも
に,ゴルジ体のアイデンティティを決める構造体として働く事
「こんなところにもシャペロン機能」
を示唆する実験結果を発表した。阪大の孫さんは,プロトン AT-
某教授が「素晴らしい!普通には思いつかないネーミング
Pase のアイソフォームの細胞内局在と機能に関する解析結果を
だ!」と絶賛しておられたが1,英語のタイトルが「Chaperons,
報告した。αサブユニットのアイソフォームが各オルガネラへ
2
here, there and everywhere.」であったのにはさらに唸らされた 。
の局在を決めているというのが非常に興味深い。特にα2がゴル
名大の遠藤さんの簡単なイントロの後,まず東大の Ying さんが
ジ体に局在するというのに,筆者は目を引かれた。これらの局
PURE system と名付けられたタンパク質合成の完全再構成系を
在化機構のさらなる解析が期待される。基生研の鈴木さんは,
用いたシャペロン機能の解析について発表した。生化学者の理
オートファジーの分子機構の最近の進展について報告した。前
想の一つが,細胞機能に関わる全ての分子を精製して,それら
オートファゴソーム構造体というオートファゴソームの種とな
で細胞機能を再構築する事があろうが,まさしく地でいってお
る構造体が存在し,オートファゴソームをつくる限界膜がそこ
り,スゴイとしか言いようがない。つぎに,名大の江崎さんが,
から細胞質に向かってのびていくという。膜の脂質がどこから
ミトコンドリア膜でのタンパク質の膜透過に働く Tom40がシャ
供給されるのかを解く手がかりがとうとう得られたという印象
ペロン様の活性を持つ事を報告した。膜透過のチャネルの中で
を受けた。九大の藤木さんは,ペルオキシソムの生成機構の研
ペプチド鎖がどのような状態でいるのかは謎のままであった
究の最近の進展について発表した。ペルオキシソムのタンパク
が,チャネル自身がシャペロン活性を持って伸長挿入されてく
質膜透過チャネルの実体がもう一歩で明らかにされそうな勢い
るペプチド鎖を支持しいるというのは reasonable である。ついで
である。また,ペルオキシソムが de novo で合成されるだけでな
Pittsburgh 大の Jeff Brodsky が酵母の ERAD 系におけるシャペロ
く,Pex1
1を介した系によって分裂するというのは,筆者には新
ンの関与についての遺伝学的解析を用いたエレガントな解析を
鮮であった。続く3題は,ミトコンドリアの形態形成について
報告した。異なる ERAD 基質には異なったセットのシャペロン
の発表であった。まず,九大の石原さんは,ミトコンドリアの
が機能しているとのこと。ERAD における膜透過機構はかなり明
融合に関わる膜結合型 GTPase, FZO1の相同遺伝子が哺乳動物で
らかになった感があるが,最終的には異常タンパク質を何が認
は2種存在し,それらの組織分布やミトコンドリアの融合にお
識して膜のチャネルに運ぶのかが焦点である。そういう点から
ける役割が異なること,また一方,両方がミトコンドリアの形
次の京大の細川さんの発表は,大変注目される。カルネキシン
態維持に必要な事を報告した。Johns Hopkins 大の瀬崎さんは,
/カルレティキュリンと類似の糖鎖認識を伴った異常タンパク
酵母のミトコンドリアの形態形成の分子機構について,最近発
質の認識が EDEM によって行われているのである。見事な免疫
見された Ugo1を介した融合の話題,
Dnm1などを介した分裂に関
共沈のデータには舌を巻く。これが,どのように認識したタン
する話題,またミトコンドリアの形態維持に関わる Mmm1とミ
パク質を膜透過チャネルに引き渡すのか?今後の発展が楽しみ
トコンドリア DNA の維持機構についての話題を発表した。Utah
だ。京大の伊藤さんは FtsH と HtpX による異常膜タンパク質の
大 の Janet Shaw は,ミ ト コ ン ド リ ア の 分 裂 に 関 わ る FZO1の
42
GTPase 活性変異体を用いた FZO1機能の詳細な解析結果を報告
聞いてくれる人はほとんどいなかった。ところが,である。今
した。GTP 結合型の FZO1がオリゴマーを形成して,ミトコンド
では,NSF や p97は SNAER 特異的なシャペロンとして,coiled-
リアの融合に働くと言うが,これが実際にどのように融合をプ
coil バンドルを解きほぐし活性化すると言う事が共通の理解と
ロモートしているかが今後の研究の焦点となろう。
なっており,このことを予言出来ていたのが少々得意である。
最後になるが,上記二つのセッション以外にも興味深い発表が
以上,タンパク質関連の二つのセッションを簡単にまとめて
沢山あったが,事情により割愛させて頂いた。関係者の発表の
みたが,何とも消化不良であり,冷や汗がでる。誤魔化しに雑
多くをレポートできなかった事をお詫び致します。
感を少し。筆者が大学院生のころ,シャペロンと小胞輸送の関
連の研究はまだまだ少なかった。Rothman は,Clathrin uncoating
1 英語の原題「Chaperones, everywhere」とともに発案者は京大の永田さん
ATPase として Hsc70を精製していたが,
どちらの業界でもあまり
2 名大の遠藤さんのアドリブ。遠藤さんは Beatles ファンに違いない。
大きな注目を集めていたようには思われない。また,私は1
9
94
年当時 NSF や p97はシャペロンだと皆に主張していたが,
真剣に
International Symposium of the DFG Priority Program
「Proteolysis in Prokaryotes: Protein Quality Control and
Regulatory Principles」
伊藤維昭
ハイデルベルクの古城にて,
Elke Deuring
(京都大学ウィルス研究所)
の会議は1
0月25∼2
7日に,ドイツのシュベチ
こ
ンゲンで,ドイツ版「特定領域研究」かと思
われる研究費による活動の一環として行われたもの
である。ドイツを中心に発表者約3
0名,トータルで
参加者1
0
0名以内の会議だが,
参加者の内訳は国際的
だ。日本からは筆者の他に,小椋さん(熊本大)と
友安さん(千葉大)である。このような,プロジェ
クト的科研費制度はドイツでも盛んであるらしい。
このプログラムのボスはハイデルベルグに移った
Bukau とベルリンの Hengge-Aronis である。この時
代,原核生物を特定したこのようなビッグプロジェ
クトが開始されたことに多少の驚きを感じた。会議
のプログラム等の詳細は http://www.zmbh.uni-heidelberg.de/public_html/SPP/ に詳しいので,
ここではこの
旅行のとりとめもない印象を少し書かせていただく
ことにとどめたい。
プロテオリシスに絞り,しかも原核生物に限定(ミトコンドリアは含む)した設定は,非常
に狭い印象を与えるかもしれない。しかし,玉石混淆とは言え,多くの発表の内容は決して退
屈なものではなかった。分子機構の普遍性と,生物現象と結びつけやすい実験系のためと思わ
れる。また,構造生物学,物理的方法論,一分子解析などの方向性はこの会議でもはっきりと
感じることができた。
筆者はこの会議に先立ち Bukau 研で SecM に関するセミナーをすることになっていたので,ハ
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43
ハイデルベルク版哲学の径
イデルベルグに向か
にはちょっと風が強いかなという程度に感じられたが)
,ボンの
う。旧市街の川を鋏
駅が停電らしく列車は立ち往生。結局,我々の乗った急行列車
んで古城と「哲学の
はライン川の対岸を迂回してケルンに着いた。日本では列車が
経」が あ る。ま ず は
その経路を変えることはまずあり得ないのじゃないかと,ドイ
後者を目指して急坂
ツ国鉄?の柔軟さに少し驚いた。
Langer 研は引っ越し間もないこ
を登る。ハイデカー
ともあり比較的少人数で,これから再始動と言ったところか?
などが散歩した小道
その中で,小椋研出身の龍田さんは存在感を示していた。
次は
にはハイデルベルグ
ミュンヘンに飛び Martinsreid のマックスプランク研究所で Mike
大学の物理部門の一
Maurici とのジョイントセミナーとなった。Neupert 研もこの近く
部なども残ってい
に引っ越したようで,
Neupert, Hartl, Baumeister なども聞いてくれ
る。宿に戻ると Bukau
た。ここは,他に Huber などもおり,そうそうたるメンバーか
研 の Elke Deuering と
らなる,一大研究センターである。少し isolate されているが,
ポストドクが来てお
車で1
0分も行けばよいビアホールもあり,ゲストハウスなども
り,彼女達の案内で
完備した,よい研究環境である。Mike はヒトの Clp プロテアー
古城に登る。巨大なワインの樽のいわれをはじめ,彼女たちも
ゼに研究を発展させていた。なお,今年6月には彼のオーガナ
あまり知らないのは,我々が京都の寺のいわれを知らないのと
イズで,AAA protein の会議がワシントン郊外で開かれることに
同じであると納得できた。なお,彼女はリボソームに結合した,
なっている。以上のようなわけで,あわただしい今回の旅行は
タンパク質の一生の最初のところに働くシャペロン研究で,Hu-
終わった。無味乾燥なレポートをお許しいただきたい。
man Frontier Science Program の若手枠をチューリッヒの Ban(リ
ボソーム5
0S 構造決定の筆頭著者)
と組んで獲得している。Bukau
研は旧市街から車で2
0分ほどのところにあり,ヨーロッパの一
般的な,ロの字型実験室・居室の配置で,中央部に機器類など
が集められているレイアウトとなっている。3つのサブグルー
プにわかれ,
Elke のような中間ボスが実際の研究を進めるには重
要な位置にあるようであった。翌日は,午前1
1時からブカウ研
のセミナー(Ban さんもスイスから来てくれてうれしかった)
,
夕方は会議での発表と,違う内容の話をダブルヘッダーで何と
か終わった。会議は,
シュベチンゲンと言
うハイデルベルクに
近い小さな町の古城
の隣の建物で行われ
た。こ の 町 は,以 前
にラジオ番組でシュ
ベチンゲン音楽祭と
言う名前を聞いたこ
とはあったが,きれ
いな田舎町と言った
ところか。
会 議 が 終 わ っ て,
Thomas Langer とケル
ンに向かう。折り悪
く嵐が来ており(私
会場付近で,小椋さん
44
フライブルグ大学 Matthias Mller 研究室
西山賢一
(フライブルグ大学生化学・分子生物学研究所)
本の皆様,お元気でしょうか?私は今,ドイ
日 ツのフライブルク大学で,Matthias Mller 教授
と膜タンパク質の膜挿入機構の研究を行っていま
す。こちらに来るときはバタバタしていてほとんど
どなたにも挨拶できないままでした。ご無礼をお許
しください。この度,遠藤さんにばれてしまい,皆
様にご挨拶がてらこの記事を引き受けることにしま
した。軽く読み流してください。
ま ず は,観 光 ガ イ ド か ら。こ こ フ ラ イ ブ ル ク
(Freiburg)はドイツのほぼ西南端に位置します。市
の西にはライン川が流れフランスと国境を接し,西
南には広大な黒い森が広がっています。車にのれば
1時間前後でコルマールやストラスブール(フラン
ス)
,バーゼル(スイス)を訪れることができる,国
際色豊かな街です。かつてはフランスの領土であっ
写真1:大聖堂
たこともあり,フランス人はフリブール(Fribourg)と呼びます。ここはドイツで最も早く春が
訪れる地で,年間日照時間が1
8
5
0時間(これは東京とほぼ同じです)あり,年金生活者があこ
がれる街です。最近では,近郊の原子力発電所建設計画を破棄させたことから環境意識が高ま
り,
「環境首都」に選出されたこともあるらしいので,ご存知の方も多いと思います。もちろん,
古くからの大学街で,ドイツでもハイデルベルクに次ぐ長い歴史を誇っています。大学の施設
は街全体のあちこちに広がっていて,街全体が大学のキャンパスといった感じを受けます。
フライブルクのシンボルは,街の中心にそびえる大聖堂(M
nster)
(写真1)です。大聖堂の
周りの広場では日曜を除いて毎日市場が立ち,四季折々に各種イベントも開催され,大変な賑
わいをみせています。大聖堂の周り約7
0
0m 四方が旧市街地です。このエリアは歩行者天国で石
畳が敷かれ,小川が流れています(写真2)
。フライブルクは第二次大戦で空襲を受けたため新
しい建物が多く,ヨーロッパらしい風情には少々乏しいですが,その分,バリアフリーが徹底
していることはこの街の誇りの一つです。車椅子,ベビーカーには,いたれりつくせりといっ
ても過言ではありません。バス,トラムにも専用スペースが設けられ,昇降が難しい際には,
見ず知らずの他人がすっと手を出して助けてくれるのも,この街ならではでしょうか。フライ
ブルクを観光するなら,もちろん夏の暖かい時期,さもなくばクリスマス前がおすすめです。
「夏」の説明は不用でしょうが,「クリスマス前」には理由があります。クリスマス前の約一ヶ
月間,フライブルクでは店の営業時間が延長され,さらにはクリスマスマーケットが開催され
るのです(写真3)
。小広場に露店が並び,イルミネーションがきらめく中,人々はにぎやかに
ホットワインのグラスを傾けます。旧市街地のすぐ隣には Schlossberg という山がそびえ,素敵
な散歩道があります(写真4)
。ここには城跡があり,市内が一望できるようになっています。
続いて,ドイツの暮らしです。私がこちらにやってきたのは2
00
2年の2月のはじめでした。
夕暮れのフライブルク駅に出迎えてくれた Matthias M
ller はドイツ人にしては小柄で気さくな
おっちゃんでした。もちろん,翌日教授室であった Matthias は,権威あるドイツの大学教授の
鋭い目をしていましたが…彼は,私達のために部屋を借りていてくれました。というのも,ド
イツでは不動産屋は賃貸住宅の仲介などはほとんどやっていないので,つてがないと部屋を借
りるのはほとんど無理だそうです。部屋に向かう車の中で,気に入らなければ他のところを探
すからと申し訳なさそうに話すのが気になりましたが,トラムの終点を越え,だんだん電灯が
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写真2:フライブルク市内
途絶え,谷間の道を登り始めて
べるもの,パンに塗って食べる
納得しました。後で地図をみる
レバーペーストまで,ハム・ソー
と,研究所からは7㎞離れてい
セージ類の種類は豊富で皆それ
て,
標高も1
00mほど街の中心よ
ぞれ大変美味しいです。こちら
り高い丘陵地帯でした。写真5
の肉屋で驚かされるのは,商品
は,ベランダから撮った写真で
ケースの三分の二以上は自家製
す。結局,交渉能力もないし,
(!)ハム・ソーセージ類に占領
車も買えたので,ずっとここに住むことになりました。やはり,
されていることでしょうか。実際,店に来る客は,まず間違い
郊外に住むと交通手段はバスしかなく(しかも3
0分に1本)
,研
なく大量のハム・ソーセージ類を買い込んでいきます。という
究所には駐車場も少ないので,汗水流しながら自転車で通うこ
のも,ドイツの伝統文化では,夕食はカルト・ディッシュ(冷
とになりました。
たい食事。ハム,ソーセージ類に黒パン,サラダ)が普通。さ
苦労したのは,やはり買い物でしょうか。ここには便利なコ
すがに昨今では,昼食は外で済ませ,夕食を料理する家庭も増
ンビニなんてものはありません。そもそもどこに店があって,
えているようではありますが。そんなお国柄,
私の妻などフレッ
何を売っているのかわかりませんし,ドイツには閉店時間法と
シュ・ミートばかり注文するので有名になってしまったそうで
いう法律があり,土曜日の午後4時以降と日曜祭日は店を開け
す。それではヴァルム・ディッシュ(温かい食事)はどうでしょ
られないことになっています。シュレーダー首相の大きな功績
うか?こちらは日本人の舌には,美味しいとは言い難い味わい
は土曜の閉店時間を2時から4時に変えたことだという大学院
です。とにかくしょっぱい!中でもスープのしつこさ,しょっ
生もいます。しかも,郊外では昼休みをしっかり二時間取り,
ぱさは,想像を絶するものがあります。そもそもドイツの調理
水曜日は午前中のみというのが普通なのです。大体,
お店といっ
法は良くも悪くも素朴です。肉なら野菜類と一緒にスープで煮
ても派手な看板やショーウィンドウがあるところはまれで,よ
るか,ロースト(蒸し焼きに近い)してトマト系かホワイト系
く見ないとまず見落としてしまいます。レストランにいたって
のソースをかけるか,シュニッツェル(カツレツ)にするかと
はもっとわかりにくく,冬期は休養する店も多く,数ヶ月たっ
いうところでしょうか。隣国フランスに比べれば,ハーブ,ス
てやっとここはレストランだったのだとわかったところも少な
パイス,アルコールなどもすいぶん控えめ,フレンチの凝りす
くありません。ドイツ人が買い物をするときは,店の人と時間
ぎが苦手な方ならほっとされるかもしれません。しょっぱさが
をかけて話し合い,いろいろ比較検討して買う,というのが一
気にならなければ,ですが。いずれにしても,ドイツ人は中途
般的なやり方です。が,我々はドイツ語はさっぱりわからない
半端なものが大嫌いで,レアに焼いた肉だの冷めかけた食事だ
し,子供もつれているので,必要なものはさっさと買ってしま
のが許せないようです。中華料理やインド料理の店に行くと,
いたいという実に変な客なので,いざ買うときに本当にこれで
大皿の食事が冷めないようにウォーマーがセットされます。反
いいのかとか,もう少し考えた方がいいんじゃないかとか店の
面,煮詰まって味が濃くなり過ぎるのは全く気にならないよう
人に止められる始末でした。
です。お国柄ですね。
次いで食べ物。ドイツといえばソーセージ,というのはみな
気候の違いにも苦労させられました。ドイツは大陸性気候で
さんおもちのイメージではないかと思います。日本でおなじみ
す。寒暖の差が激しく,常に乾燥しています。ここフライブル
のゆでたり焼いたりして食べるものから,薄切りにして生で食
クは黒い森に位置するせいでしょうか,始終雨が降るのですが,
写真3:クリスマスマーケット
写真4:Schlossberg に至る散歩道
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写真5:自宅の窓から
それでも室内に干した洗濯物が
金曜日は話をして時間をつぶし
一晩で乾いてしまいます。どん
て早々に引き上げるということ
なに晴れている日でも,突然雨
になります。もっとも,ドイツ
が降るともしれないので,うち
の人は議論が大好きで,いくら
では洗濯物は室外には干さない
でも付き合ってはくれますが。
ことにしています。夜間,寝室
逆の場合も当然あって,彼らが
に洗濯物を干しておくと,加湿
吹っかけてきた議論は,とこと
器代わりになりますし。フライブルクの夏は夜十時過ぎまで暗
ん付き合ってあげる必要もあります。日本と随分違うと思うの
くなりません。その分,冬は4時過ぎにもなると真っ暗です。
は,この子は大丈夫かなと思う学生でも,自分のプロジェクト
しかも,太陽が拝めることはめったにありません。こちらでは,
について語らせると実に生き生きと話すことです。とはいえ,
夏は太陽の照る特別な季節なのです。その夏でさえ,二週間単
もう少し実験した方がいいんじゃないと思うことも確かです
位で「梅雨」と「太陽」が交代します。日本には梅雨があると
が。
いいますが,それならドイツは年中梅雨です。面白いのは,雨
M
ller 研究室は総勢15人前後で,グループリーダーの J
rg
のさなかにも時折,強い日差しが指すことです。フライブルク
Koch を中心にポスドク3人に大学院生(PhD student と MD stu-
の日照時間の多さには,このお天気雨も含まれているはずで,
dent がいます)が7∼8人のグループです。ドイツでは学費が
東京と同じとはとうてい信じられないのが率直なところです。
ただの上に,PhD student などはポスドクの半分の給料で雇われ
最後に研究所の紹介です。私自身の研究については,大した
ていますので,ドイツ語か英語に自信のある方はドイツの大学
成果もありませんし,もし首尾よく日本に帰れたら話す機会も
院に進学というのも考えてみてはいかがでしょうか?とはい
あると思うので,省略します。私の通う生化学・分子生物学研
え,PhD の学位をとるのは本当に大変そうで,基本的に投稿論
究所は数ある医学部の研究所の一つです(写真6)
。旧市街地か
文が必要で,厳しい論文審査をパスする必要があります。平均
らは徒歩で5分くらいの位置で,刑務所の隣にあります。Phos-
して4- 5年はかかるそうです。そのため,PhD が取れたときは
pho Imager の部屋からは刑務所の内部を伺うことができます(写
盛大にパーティーが開かれます。それに対して,MD student は
真7)
。研究室は全部で5∼6グループしかない小さな研究所で
1年しか研究期間が与えられず,MD を取るのにも特に投稿論文
すが,Nikolaus Pfanner や Bernd Bukau(5月にハイデルベルク大
は必要ないのですが,スタッフやポスドクが全面的にサポート
学に移りました)など,皆さんも一度はこの研究所からの論文
するので,MD student の方が論文が効率よく出ている気がしま
を読まれたことがあるのではないでしょうか?
す。少し割に合わないですね。さて,研究室のメンバーの写真
こちらの研究所に来て最も違いを感じたのは時間の流れ方で
(写真8)を見て何かお気付きにならないでしょうか?女性が異
しょうか。この国は小型化,軽量化,スピード化とは対極にあっ
様に多いですよね。ここでは PhD student を雇う際には,まず広
て,たとえば,オートクレーブの機械などは5
1フラスコが2
0本
告を出して,申請者の中から Matthias と J
rg(写真8,前列左の
も一度にかけられる優れものですが,
1サイクルに3時間近く
二人)が面接で選びます。不思議ですね。
かかります。昼下がりに何か次の日の実験のアイディアを思い
M
ller 研究室の中心的なプロジェクトは,
何といっても膜タン
ついたとしても,培地がないとか試薬がないとなると次の日の
パク質の膜挿入機構の解析です。現在,in vitro で膜挿入機構を
実験は非常に難しくなります。それが週末になったりすると,
解析できるグループはそうはないのではないでしょうか。膜タ
写真6:生化学・分子生物学研究所
写真7:Phospho Imager の部屋の窓から
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写真8:Mller 研のメンバー
ンパク質の膜挿入にはタンパク
特徴的なのは,SDS-PAGE には
質合成を共役させる必要がある
3
0×40cm の巨大なゲルを使っ
ので,ここでは実験というとタ
て一晩かけて泳動することで
ンパク質 in vitro 合成を意味し
す。恐らくは昔の Blobel の研究
ます。平均して2週間に1本の
室の伝統と思いますが,気が長
ペースで7 mCi の RI を消費し
いですよね。
ています。これは,東大分生研
さて,最後になりましたが,
の RI 実験室ならば半年でパンクしてしまう量です。
Matthias は化
ヨーロッパにお越しの際はフライブルクの方にもお立ち寄りい
学架橋実験が大好きで,微量の架橋産物を検出するためにはさ
ただければ幸いです。ご連絡いただければ,お迎えに参上しま
らに大量の RI が必要になることもあります。またこの研究室で
す。
2003. 5. 1
4 - 16
第56回日本細胞生物学会大会シンポジウム/ワーク
ショップ
Helen Saibil, Arthur Horwich, Ari Helenius, Bernd Bukau, Elizabeth Craig, Sabine Rospert, Niklaus Pfanner,
Maciej Zylicz, Rick Morimoto ほか
申し込み締め切り:2
0
0
3年5月3日
本年5月1
4日(水)から1
6日(金)までの3日間,滋賀県大
WWWサイト:http://www.esf.org/euresco/0
3
津市(ピアザ淡海)で第5
6回日本細胞生物学会大会が開催され
問い合わせ先:Josip Hendekovic or Caroline Walford
ます。同大会において,以下の関連シンポジウム/ワークショッ
([email protected])
プが開催されます。
2003. 9. 2
6-1
0. 1
シンポジウム「Protein Folding Diseases」
オーガナイザー:森 和俊,永田和宏
予定講演者:未定
ESF-Euresco Conference 2
0
0
3
Protein Targeting :EuroConference on
Structural and Mechanistic Aspects of
Protein Translocation
ワークショップ
「タンパク質:誕生から成熟,移動,品質管理まで」
場 所:Spa(ベルギー)
オーガナイザー:遠藤斗志也,田中啓二
オーガナイザー:A.J.M. Driessen, J
rgen Soll
予定講演者:吉田雪子,吉田秀郎,中務邦雄ほか
予定講演者:Ross Dalbey, Toshiya Endo, Ralf Erdmann, Steven J.
Gould, Johannes M. Herrmann, John F. Hunt, Vassilis
2003. 8. 3
0 - 9. 4
ESF - Euresco Conference 20
03
Biology of Molecular Chaperones:
Mechanisms and Regulation of Chaperones
Koronakis, Felix Kessler, Carla M. Koehler, Matthias
M
ller, Walter Neupert, Tracey Palmer, Nikolaus Pfanner, Tony Pugsley, Tom A Rapoport, Colin Robinson,
J
rgen Soll, Hajime Tokuda, Ida J. van der Klei, Irmi
Sinning, Gunnar von Heijne, Eitan Bibi, Claude Parsot,
場 所:Tomar(ポルトガル)
Kenneth Cline ほか
オーガナイザー:Ineke Braakman,Maciej Zylicz
申し込み締め切り:未定
予定講演者:Laszlo Vigh, Michael Ter-Avanesyan,,Ronald Melki,
WWWサイト:http://www.esf.org/euresco/03
Kazuhiro Nagata, Rudi Glockshuber, Jakob Winther,
Ineke Braakman, Roberto Sitia, Johannes Buchner,
48
問い合わせ先:Josip Hendekovic or Caroline Walford
([email protected])
特定領域研究「タンパク質の一生」の領域ニュース「ライフオヴプロテインズ」の
第11号(号数は本誌の前身「シャペロンニュースレター」から通算で数えています)
をお届けします。今回は早くから準備をしていたつもりだったのですが,結局年度末
ギリギリの発行になってしまいました。
今回は中村さんに「ビートルズファンに違いない」と指摘されてしまったことから,
「裏街道」では,音楽に絡んだちょっと私的なことを書いてしまいました。吉田さん
には「ロックとかはまるで音楽 に聞こえない…」と言われてしまったのですが,逆に
私は,最近子どもが弾くラベルやドビュッシーのピアノ曲に,
「悪くないかも」と,
ちょっとばかり目覚めてしまったりしています。
ところで先日,台湾の研究所に外部評価を依頼されて行ってきたのですが,すっか
り気に入ってしまいました。候考賢の映画の風景等はもともと好きだったのですが,
豊かではないけれど(ただし研究所はものすごくリッチ!)至るところに不思議な懐
かしさが満ちていて,いいです。台湾の人たちにとって日本は「ビッグブラザー」の
ようなものだと言われて妙に納得したり。当然ながら中国茶にもハマってしまったし,
軽い気持ちで買った李製餅家の「鳳梨酥(パイナップルケーキ)」もとても美味しい。
もっと沢山買ってくれば良かったです。
次号は今年の夏の発行の予定です。
Life of Proteins / Chaperone Newsletter
ライフオヴプロテインズ/シャペロン・ニュースレター
第11号(2003年2月発行)
編集人 遠藤斗志也
発行人 吉田賢右
発行所 特定領域研究「タンパク質の一生」事務局
〒464-8602 名古屋市千種区不老町
名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻 遠藤斗志也/柴田恵美
Tel 052-789-2490 Fax 052-789-2947
E-mail [email protected]
公式ホームページ http://www.res.titech.ac.jp/~seibutu/lifeofproteins/
印刷:
(株)荒川印刷