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文/NIT・ 新山英輔
画/IJS・ 内田敏夫
[ダイ die]
鋳物屋にとってダイカストのダイは型ですが,もともとは運命というような
ラテン語源から die は(1)サイコロ,および(2)サイコロあそび,を意味したこと
ばで,さらにその形から(3)四角いもの(さいの目に切った野菜など)をも die と
いうようになりました.たとえば「The die is cast.」は「サイは投げられた」だし,
「as straight as a die」は「四角四面」のことになります.この die の複数形は
dice で,いまではサイコロは dice とよぶのがふつうになり,die という元の言葉
のほうはほとんど忘れられて単数でさえ one dice というように変化しました.
ところが一方,金属を鋳造,鍛造などで加工するための型もサイコロのよう
に四角であったことから die とよぶようになりました(具体的には何のためのど
んな型をさしたのか,よくわからない).ところがこれの複数は dice でなくて dies
です.
線引き用の die などは四角ではなく,むしろ丸に近い形になっていますが,
それでも die です.これを日本ではなぜかダイスと複数形で呼ぶ習慣になって
いるようです.
日本のダイカスト関係者は型のことを金型とよぶことが多く,ダイとかダイス,
あるいは鋳型とか mold という言葉もあまり使わないようです.逆に砂型はも
ちろん die ではなくて,mould, mold であり,日本語でもふつう鋳型といえば砂型
をさすことが多いようです.
なお「die=死ぬ」は発音もつづりも同じですが,「die=型,さいころ」とはまっ
たく別の言葉です.
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文/NIT・ 新山英輔
画/IJS・ 内田敏夫
[キャスト cast]
これはさまざまな場面でいろいろの意味で使われる言葉です.基本的には「投
げる」という意味で,何を投げるかというと,サイコロ,投網,釣糸(釣りでキャステ
ィングといいますね),錨,殻(蛇が殻を脱ぎすてる),などの物体から,光,影,
視線,選挙の票,などのやや抽象的なものも cast されます(casting vote は可否
同数の決定票).人を牢屋に追い込むのも cast だし,見捨てるのは cast away で
す.芝居の役を割り当てるのも cast です(いわゆるキャスト=配役).占星術など
で計算・推量する作業も cast で,これから forecast=予測となり,したがって天気
予報は weather forecast です.舟の進路を変えるのも cast で,おそらくこれから
転じて台車の進路を変えるための車輪を caster というのでしょう(キャスター付き
台車,など).Caster のもうひとつの意味は薬味入れ(塩や胡椒を振り出す)です.
この場合は振出す動作が cast になるのでしょう.
楽天の仙台球場の名前は fullcast stadium です.これは楽天の関連の人材会
社「フルキャスト」からとった名前らしく,したがって人材,配役の意味のキャスト
のようです.JT のタバコの名前も caster ですが,これについてはインターネットで
探した結果,「Fate/stay night というゲームの登場キャラクター,聖杯戦争で召還
される 7 人のサーバントの 1 人,魔女」という由来の説明をみつけました.
こうしてみると cast というのは実に応用範囲の広いコトバであることにおどろき
ます.だから溶融金属を型に cast するのは何も特別の操作ではなくて,こういう
いろいろの cast のひとつに過ぎないのだ....とわかり,なんだかありがたみが
減るような気もしますね.そこへゆくと日本語で「鋳造」といえば金属の鋳造に決
まっている.これは漢字という精密な道具を取り入れた日本語のいいところでも
あり,反面,日本の学術用語は簡単なことを難しそうにいうと非難される点でもあ
ります.
ところで「ダイ die」の項で「The die is cast.」というのが出てきましたが,これはも
ちろん「型は鋳造される」ではなくて,「サイは投げられた」と訳します(もうあとに
は戻れない,の意).この cast は過去分詞です.Cast は不規則動詞で変化形は
cast,cast,cast ですから,鋳物の英語論文で casted なんて決して書かないように
しましょうね.
なおインドにカースト制度というのがありますが,これは caste と書き,語源も
cast や casting と関係ありません.
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文/NIT・ 新山英輔
画/IJS・ 内田敏夫
[モールド mold]
英国式では mould, 米国式では mold と書く.物差しを意味するラテン語 module
からきており,mode, model, module, など,なじみのあるコトバと関係がありま
す.
Mold は型,鋳型,活字型,プディングなどの流し型,型取り工具,などの意味
があり,また型で作ったもの(鋳物など),さらには人体,姿,特性,などを mold と
いうことがあります.Mold が動詞になれば型で作る,形作る,(生活,運命など
を)形成する,となります.
Mold の語源からすると,どちらかというと金型に近いような気もしますが,現在
の鋳造分野では金型は die,砂型は mold という使い分けがふつうのように思い
ます.しかし広い意味の鋳型という場合にはおそらく mold が適当でしょう.
綴りは同じ mold (mould)でも起源のまったく違う言葉が(1)カビ(moldy はカビ
の生えた,カビ臭い),(2)沃土,土壌,耕土,とふたつあります.よい鋳型は沃
土となり,悪い鋳型はカビになるという警告のような気がしないでもないですね.
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文/NIT・ 新山英輔
画/IJS・ 内田敏夫
[オシャカ]
鋳造分野では一般人にわかりにくい業界用語がたくさん使われますが,それ
が一般世間で使われるようになっている数少ない例が「型にはめる」と「オシャカ
になる」ではないでしょうか.「型にはめる」はどちらかというと悪い教育法などを
指して使われ,「型」が悪者あつかいされていますが,型をたいせつに思ってい
る鋳物関係者としてはいささか心外です.
「オシャカ」も失敗作を指す悪い意味の言葉ですが,これは本家本元の鋳造分
野でもそういう意味だから仕方がないですね.この語源は,阿弥陀像を鋳造しよ
うとしたのに光背があまりに薄肉で湯周り不良となり,光背のない仏像になって
しまい,これではまるで釈迦像ではないかと言った,と説明されています(広辞苑,
あるいは「金属の凝固を知る」新山,丸善).
ところがあらゆる語源探しと同様にこれにも異説があります.それによると,金
属を溶接するときに火が強すぎて失敗し,「火が強かった」の音が「四月八日だ」
に通じるところから(シとヒをいっしょにしたのは江戸っ子にちがいない),シャレ
てこの日が誕生日である「お釈迦」の名を借用したというのです(日本語源大辞
典,小学館).これはあまりにコジツケが強すぎないか,という感じがする一方,
江戸の粋な職人たちならいかにもこんな地口をよろこびそうな気もします.
ただ鋳造工学の専門の立場からすると,この第二の説でひっかるのは溶接と
いうものがその時代にあったかな,という疑問ですが,鋳掛とかロウ付けなどは
あったでしょうし,そもそも金属加工に詳しくない言語学者が鋳造と溶接を混同し
て語源辞書に書いたのかもしれない.
そこで仮にこれも鋳造の話だとすると,火が強ければ焼き付きや吹かれにな
るし,火が弱ければ湯周り不良になる,というわけで,どっちもありうる不良現象
です.したがって技術の立場からどちらかの語源説に軍配をあげることは残念な
がらできないように思うのですが,どうでしょうか.
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文/NIT・ 新山英輔
画/IJS・ 内田敏夫
[いもの]
「いもの」はいうまでもなく,「いるもの=鋳る物」,あるいは「いたもの=鋳た
物」のことですから,鋳物の源としては「いる」の語源を探らなければなりません.
「いる=鋳る」については(1)溶融金属を鋳型に「い(れ)る」もしくは「(は)い
る」からきたという説と,(2)「湯」を動詞にした「ゆる=湯る」からきたという説が
あります(日本語ではユの音とイの音は相互に通じる.ユクとイク,カユイとカイイ,
など).しかし,考えてみると注ぎ込む動作やその対象は水をはじめとしていろい
ろあるのだから,(1)説だと「入れる」動作は何でも「いる」になりそうなものなの
に,じっさいは金属溶湯にしか使われないのは不自然に思われます.だとすると
金属専用の術語として「湯る」が使われたという(2)説のほうが妥当ではないで
しょうか?
それでは「ゆ」はなぜ「ゆ」なのか? 古来の日本語では「ゆるい」「ゆるみ」「ゆ
たか」「ゆとり」「ゆるす」「ゆずる」「ゆだねる」「ゆれる」など,何らかの余裕・自由
を有する概念に「ゆ」という音が使われることが多かったようです.こういう語感
から,冷たく,きびしい水を温めて「ゆるんだ」ものが「ゆるみず」あるいは「ゆ」と
呼ばれるようになったのだと考えられます.
もっとも 40℃くらいの水なら「ゆるくて」気持ちいいけど,100℃の水はどうみて
も「ゆるく」はないです.しかし,人は語源なんかすぐ忘れてしまうものですから,
いつのまにか高温度の液体であれば沸騰水も溶融金属もすべて「ゆ」ということ
になってしまったのでしょう.
というわけでまとめると;温かい水は「ゆるみず」-略して「ゆ」-熱い水も「ゆ」
-溶けた金属も「ゆ」-それを型に注ぐ動詞が「ゆる」-音が変化して「いる」-
その動作の結果が「いるもの」もしくは「いたもの」-略して「いもの」-というつな
がりになります.
ところで時代はいつころかというと,鋳造技術は漢字よりもずっと前の紀元前 3
世紀ころに日本に輸入されていますから,「ゆ」とか「いもの」とか「かた」などの
基本的な専門用語は大和言葉で独自につくる必要があったはずです.そして,
紀元 1 世紀以来漢字を覚えはじめた日本人が後年これらに「湯」「鋳物」「型」な
どの漢字を当てたのです.ちなみに本場の中国語ではそれぞれ「溶融金属」「鋳
件」「模形」であって,日本人がこれらの表記を採用しなかったことをみても,漢字
輸入以前に独自のヤマト式鋳造用語がすでに確立していたことが分かります.
以上,何しろ古代日本語の語源というのは文字の記録も証拠もない時代に起
こったことですから,学者の説を拝見してもかなり自由奔放です.それをいいこと
にして私も私見と独断をすこし交えてテキトウにまとめました.
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文/NIT・ 新山英輔
画/IJS・ 内田敏夫
[型]
日本語には物事を音で実感的に表現した擬態語・擬声語が多いので,それか
ら生まれたコトバが多いことはよく知られています.クルクルまわるものだからク
ルマ,ネーと鳴くからネコ,トクトクとお酒を注ぐからトックリ,カラカラと鳴くからカ
ラス(スは鳥を表わす語尾,ウグイス,カケス)など,冗談みたいですがこれがほ
んとの語源だと専門家が言っています.
さて「型」について考えるためにまず「カ」のつく擬態語・擬声語をあげると,カタ
カタ,カチカチ,カラカラ,カリカリ,カサカサ,などがあり,ひとつの共通点として
「堅い」感じをもっています.そして「カタイ=堅い,固い,硬い」というコトバは「カ
タカタ」からきたといわれています.固める,固まる,塊り,難い,肩(身体の固い
部分),などのコトバもこのあたりから発生しています.そして粘土などを「カタメ
テ」作った模型が「カタ=型」であり,「型」を使って「カタドッタ」ものが「カタチ=
形」です(チは意味のない接尾語).以上が型と形の語源説です.
ついでにカのつく固そうなコトバをあげると,かかと,噛む,かしめる(鉸める),
樫,鰹,亀,殻,貝,牡蠣,蟹,かたつむり,かね(金,鐘),瓶,兜,瓦,などがあ
り,このなかの少なくともいくつかは「カ≒固い」という語感と関連した語源をもつ
のではないかと思われます.
ところで漢字で型と形のどちらを使おうかと迷うことが多いですが,じっさいそ
の関係は微妙のようで,広辞苑でカタを引くと見出しがいっしょで「形・型」となっ
ています.そしてそのなかで,形状・模様・しるし,などの意味には「ふつう形と書
く」とあり,原型・鋳型・形式・典型,などの意味には「ふつう型と書く」とあり,区別
をややぼかしてあります.大型・中型・小型もそれぞれ大形・中形・小形といっし
ょの見出しになっていますから,どっちを書いてもいいらしいです.
これに対し,鋳造ではつねに「型」と書けば間違いないのですが,それだけでは
模型の意味か,鋳型の意味か,はっきりしないので,誤解を避けるためにはかな
らず「模型」とか「鋳型」とかいわなければなりません.その点,英語では雄型が
pattern,雌型が mold and die と別のコトバなので混乱が少ないです.ついでに
いえば,英語では mold cavity, die cavity というコトバがあって便利ですが,日本
語では鋳型の中に形成される空間を指す的確な術語がないので不便です.しい
ていえば鋳型空間でしょうが,あまりこなれた言い方ではない.かといってウロと
かホラとかの古いコトバではあまり学術的に響かないし...
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文/NIT・ 新山英輔
画/IJS・ 内田敏夫
[堰 せき]
ダイカストでは湯道の名称としてランナー・ゲートなどの英語を使いますが,砂
型では古式豊かに掛け堰(鋳型の上に乗せる注ぎ口),堰(ゲートのこと)などと
いいます.堰の語源は「せき止める=塞き止める」場所のことです.語源の話しと
してはそれでおしまいにしていいのですが,余談として型の語根カの語感の話し
と同様に,さかのぼって語根セの語感について触れておきましょう.
せせらぎ,瀬,浅瀬,瀬戸,堰,関(関所),咳,塞く,塞き止める,攻める,責め
る,迫る,急く,せっつく,競る,せせる,狭い,せせこましい,逢瀬,せっかち,切
羽詰まる,切ない,世知辛い,...
こうしてセのつくコトバを並べてみると,いずれもある種のせめぎあい・切迫の
ような状況に関わっていることがわかります.想像ですが,谷川の石を越える流
れを表わす「せせ」という擬態語・擬音語がむかしあって,そこから「せせらぎ」と
.
.
か「瀬」などがでてきたのではないかと思います(“瀬をはやみ岩に塞かるる滝川
の...”).もちろん正確な語源は分からないといったほうが正しいのでしょうが,
いずれにしてもむかしのひとがこれらの一連のコトバに共通の語感を感じていた
ことはおそらく間違いないところでしょう.
だからどうした,といわれると困りますが,このようにふだん何気なく使ってい
るふつうのコトバを並べてじっと眺めているだけで,いままで気づかなかったコト
バの網目・ネットワークが見えてきます.こうして数千年をさかのぼって祖先の気
持ちに近づいてみることに私はワクワクするようなロマンを感じるのですが,いか
がでしょうか.
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文/NIT・ 新山英輔
画/IJS・ 内田敏夫
[等軸晶]
等軸晶とは英語の equiaxed crystal もしくは eqiaxial crystal の和訳で,長さも
結晶方位も等方的であり,特定の方向を向いていない多結晶体をいう. Equi
は等,axis は軸(結晶軸)だから,そのままの直訳になっています.等軸晶でな
い多結晶体はたとえば柱状晶です.言葉の意味の説明はこれで終わり.あとは
私の失敗談です.
もう 40 年くらい前のことですが,「equi-axed とは結晶を等方的に ax した,つま
り斧で切った,の意味である.ところが日本の学者の誰かが ax を axis すなわち
軸と勘違いして等軸晶と訳したのがそのまま術語になってしまった」という説明を
聞きました.私は「へーそうか,気の利いた説明だ.目からウロコだぁ!」とすっか
り感心して,それ以来,機会あるごとにこの斧説をふれてあるいていました.そし
てこんどダイカスト協会で出す「ダイカスト百科事典」でも私の分担執筆分に等軸
晶が入っていたので,さっそくこの説を注釈のような形で書き加えて提出しまし
た.
しかし,原稿を送った後でふと気がかりになりました.百科事典となると権威あ
るものと目されますから責任重大です.念には念を入れようと,たまたまそのとき
に来日された Flemings 教授にパーティーの席上できいてみました.ところが意外
なことに,彼の意見では ax 斧ではなくて axis 軸だというのです.40 年間の思い
込みがひっくり返るのはくやしいので,axis が axed と動詞形になるのはおかしく
ないか,と食い下がってみましたが,いや別にそんなことはない,という答えで
す.
それでも納得できず,英語については一家言のある京大の小岩昌宏教授にメ
ールしたところ,それでは自分よりもっと権威者の意見を聞いてみようと言って英
国の R.W.Cahn 教授に問合せてくれました.その結果,やはり斧説は否定されま
した.二人の native English speakers,しかも凝固学と金属物理学のそれぞれの
権威にここまでいわれては私など降参するしかありません.さっそく百科辞典の
編集担当に訂正のメールを送りました.
(つづく)
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文/NIT・ 新山英輔
画/IJS・ 内田敏夫
[等軸晶] (つづき)
私の記憶では斧説は大学時代の恩師S教授の書かれたアグネ社の「百万人
の金属学」の中の凝固に関する章で読んだものでした.ただし私は単に恩師の
いうことだから盲信したわけではなく,axed と動詞形である以上は斧で切るとい
う意味のほうが妥当だと思ったのです.
とにかく,ふと不安になって聞く気になってよかった.おかげで大きな(でもない
か?)間違いを後世に残さずにすみました.兼好法師も「少しのことにも先達は
あらまほしきことなり」と言っていますが,私の場合,頼りにしたさいしょの先達が
まちがえたのだとすると「先達は 3 人くらいあらまほしきことなり」といったほうが
よさそうです.
さてこういう結末になったので,この際ついでに間違いの元を確認しておこうと,
先日図書館でアグネ社の本を探し出してS教授の章を開いてみました.ところが
意外なことに,てっきり書いてあると思った等軸晶の語源説がどこにもないので
す.まるで狐につままれたようでした.記憶というものはほんとにあてにならない
ものです.これも確かめてよかった.語源説のまちがいを是正したあと,こんどは
誤説の震源地についての間違いをおかすところでした.
でもひとつだけ問題が残ります.このもっともらしい誤説を私はいったいどこで
覚えたのか? こんな気の利いたことを自分で思いついたという記憶は,残念な
がら,ない.やはりS先生が「百万人の金属学」以外のどこかに書いたのか,あ
るいは話したのか? それともほかのひとか?
そこで同じS研究室出身の梅田教授にきいてみたら,なんと彼も等軸晶問題
がずっと気になっていたらしく,いろいろ海外の学者にも聞いて,私と同じ結論に
達していたという.そして,S教授が斧説について語っていたのは確かだが,確
信していたようではなかったという.そうだとすると,それを書いて発表するはず
はないか? ....本筋の問題が解決した代わりに新しい問題が出てきて謎は余
計な方向に深まるばかりです.
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文/NIT・ 新山英輔
画/IJS・ 内田敏夫
[英語起源の外来語]
外国から来て日本語になったコトバを外来語といいます.いちばん多いのが,
中国からきた漢語起源のコトバですがこれはふつう外来語といいません.それな
しには日本語が成り立たないほど多いからでしょう.
鋳造を含む工学関係では西欧からの外来語がたくさんあり,ふだん何気なく
使っていますが,よく考えてみると由来のあいまいなコトバもあるので,この際す
っきりさせようと調べてみました.
【プランジャーチップ】 この場合のチップは chip か tip か,私はどっちかよくわか
らないでいましたが,あらためて辞書を見ると chip には木の切端,薄切り(ポテト
チップスなど),ポーカーの札,集積回路,などの意味があり,tip には先端,石突,
倒す,打つ,心付け,ヒント,などの意味があり,プランジャーチップは石突という
のにいちばん近そうなので,tip が正解のようです.
【ストーク】 低圧鋳造で溶湯を押し上げる管をストークといいますが,この発音
に近い英語を調べると,(1)stork こうのとり,(2)stoke 燃料補給する(stoker
給炭機),(3)stalk 忍び寄る(stalker 忍び寄る者),(4)stalk 茎,軸,高い煙突,
グラスの脚,などがありました.低圧鋳造はコウノトリにもストーカーにも関係なさ
そうだから,(4)の高い煙突が正しそうです.
【バリ,バリ取り】 型あわせ面から「張り」出しているからバリ,かとおもうとそうで
はなく,英語 bur (いが,くっついて離れない厄介物)からきたようです.バリ取り
は debur, deburring となります.
【バフ,バフ研磨】 漢字で羽布と書くこともあるので日本語みたいですが,英語
buff (黄褐色の揉み革,革を張った研ぎ棒,揉み革・研ぎ棒で磨く)からきていま
す.
(つづく)
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文/NIT・ 新山英輔
画/IJS・ 内田敏夫
[英語起源の外来語] (つづき)
【キャップタイヤ・ケーブル】 太い被覆電線のことをいいますが,英語の cabtyre
(tire でもよい)から来ています.したがって,キャップでなくてキャブタイヤと書く
のが正しい.英語の cab はフランス語 cabriolet からきており,2輪の辻馬車のこ
とで,その車輪に硬質ゴムを巻いたのが cab tyre です(cab tyre 装着以前の鉄輪
の馬車が石畳を走るときはさぞ振動・騒音がひどかったことでしょう.Cab tyre
は空気入りタイヤ発明以前のことですが,それでもずいぶん楽になったと思いま
す).ゴムで被覆した太い電線がこれに似ていたので cab tyre cable と呼んだわ
けです.
ちなみに「日本語になった外国語辞典」(集英社)という本を見たら captyre
cable と書いてありましたが,そんなコトバは英語の辞書にはみつからず,いい
かげんな本であることがわかります.なお客を乗せる辻馬車を taxi cab といった
のですが,馬をやめて自動車になったいまもコトバは変らず,いまだに英国では
taxi,日本でもタクシー,米国では cab と呼んでいます(例:yellow cab).
【ラドル】 ダイカスト関係者のいうラドルは英語の ladle(取鍋)のことでしょうから,
発音はレードルが正しいはず.砂型鋳造や鉄鋼関係ではちゃんとレードルといっ
ています.どうしてダイカストではラドルになってしまったのでしょうね? でもいま
さら正しい英語のつもりでレードルなんていってみても,日本のダイカスト業界で
は「あいつはコトバを知らない」とバカにされるのが関の山かもしれません.
【棒心,棒芯(ぼうしん)】 職制の名称で現場の職長をいう.語源としては、「棒
の芯」だからという一見もっともな説もあるが,ではなぜ「棒」? ときかれたら答
えにくいでしょう.英語の海事用語 boatswain(甲板長)からきたという説が正しい
と思います.
【芯出し】 文字通り芯を正しく出すことだから日本語とおもってだれも疑わないよ
うですが,よく考えるとちょっと不自然ではないですか? もしかしたら英語の
centering が語源ではないかと私は想像しています.古い外来語には硝子,背
広,馬穴,釦,燐寸,煙草,羅紗,など上手に漢字が宛ててあるので,漢字だか
ら日本語だと安心するわけにはいきません.
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文/NIT・ 新山英輔
画/IJS・ 内田敏夫
[英語以外の外来語]
【バイト】 旋盤のバイトは加工材に噛み付くから英語の bite かと思いがちで,広
辞苑にもそうかいてありますが,正しくはオランダ語 beitel から来ているらしい.
たぶん江戸時代のことでしょう.ドイツ語でも Beitel は「のみの刃」です.
【ケレン】 砂型鋳造で中子支えのことをケレンといいます.日本語で「なんのけ
れんもなく」などというときのケレンは演劇用語「外連(けれん)」からきており,見
た目,ごまかし,の意味です.鋳物のケレンはこれとは関係なく,ドイツ語
Kernstutze(中子支え)からきているようです.本来は stutze まで含めないと意味
をなさないのですが,日本語ではなぜか省略されて Kern だけになっており,これ
では単なる中子になってしまいます.英語では chaplet といい,元来は建築でつ
かう数珠形状の柱のことです.溶湯との接合をよくするためにそういう形にしたも
のと思われます.
【ビス】 英語かと思うと実はフランス語の vis だそうです.英語では screw という.
ついでに英語の bolt の第一義は閂(かんぬき)の鉄棒のことで,第二義が nut と
組み合わせて使う締め付け部品,いわゆるボルトのことです.
【トースカン】 音を聞いただけでは日本語だか外国語だかわからない妙なコトバ
ですが,広辞苑では台つき罫書具のことだが語源不明となっています.フランス
語に trusquin 罫引というコトバがあるそうで,語源はこれかもしれません.
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文/NIT・ 新山英輔
画/IJS・ 内田敏夫
[にせ外来語]
一見外来語のように見えるがじつは古くからの日本語,という曲者がいます.
【はつり】 皮を剥ぐ,少しずつ削る,などの意味で,平安朝初期の日本霊異記に
出ているコトバだそうです.
【きさげ】 きさぐ(刮ぐ,削ぐ)とは削り落とす,あるいはこそぐ(刮ぐ)のことで,古
事記にも出てくるそうです.Kisage 象牙職人というコトバがあるようですが,たぶ
ん関係ないでしょう.
【るつぼ】 ちょっと正体不明の感じもありますが,ちゃんとした日本語で語源は
「炉壷」または「鋳る壷」だろうといわれています.大和言葉にはラ行ではじまる語
はないといわれていますが,「鋳る壷」だとすると,いもの,ゆ,かた,などと同じく
漢字渡来以前の大和言葉かもしれません.一方「炉壷」だとすると炉は漢字だか
らずっとあとの時代ということになります.なおルツボは漢字では坩堝と書きます
が中国語でも坩堝(ガングオ)です.
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文/NIT・ 新山英輔
画/IJS・ 内田敏夫
[鋳物用語―日中友好篇]
日中の技術交流はますます盛んになり,鋳造技術者もどんどん中国に出張す
るようになっています.ところで「日中は同じ漢字を使う同文同種.だから中国に
行っても鋳物屋同士なら鋳物用語を漢字で書いて筆談すればだいたい通じるだ
ろう」と軽く考えていませんか? おっとどっこい,なかなかそうは行きません.
“鋳造(cast すること)”は中国語で「鋳造」,“ダイカスト”は「圧力鋳造」もしくは
略して「圧鋳」ですからこの辺までは問題なしです.ところが...
cast したものを日本語では“鋳物”というけれど,中国語では「鋳件」です.日
本語の感覚では「件」なんて変だなと思うけど,“部品”のことも中国語では「零
件」とか「元件」とかいうので「件」でいいのです.
つぎに鋳型・模型関係になると話はもっとややこしい.中国語で「模型」というと
広義の鋳型,mold,die などを指します.くわしく分けると,「砂型」はそのまま sand
mold のこと,「金属型」「(金属)模具」は metallic mold, die, tooling ,「圧鋳模」は
diecasting die,「模殻」はロストワックスのセラミックシェルのことです.また「盒」
(箱などを指す)も金型の意味に使われ,「圧鋳盒」「精鋳盒」などという.
そして「鋳型」という言葉は日本語とちょっと違って,造型が終わり,パターンを
取り出して鋳込む直前の鋳枠と砂型が一体になった状態のものを指します.
パターンについては,「木模」が wood pattern のこと(文章では「木型」と書いて
もいいが「木」と「模」の発音が似ているので「木型」と発音すると「模型」と混同す
るので「木模」という),「金属型」が metallic pattern のこと,「模板」または「型板」
が砂型用の match plate のこと,だから,「金属型」は金属製の pattern と金属
製の mold の両方の意味があることになる.
精密鋳造では「蝋型」がワックスパターンのことで,それを作るための金型が
「蝋模」「蝋型」もしくは「精鋳盒」ですから,かなりまぎらわしい.
(つづく)
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文/NIT・ 新山英輔
画/IJS・ 内田敏夫
[鋳物用語―日中友好篇]
(つづき)
おもしろいのは湯道関係で,まず砂型でいう“受け口”は「浇口」または「浇口
杯」.この「浇」という字は日本にないけど(水を)上から注ぐというような意味です.
そして“湯溜り”が「横浇道」,“ランナー”が「直浇道」,“堰”が「内浇道」となりま
す.案外システマチックに造語されているようです.
“オーバーフロー”は「集渣包」で,いかにもゴミがよく集まりそうです.“押湯”
は「冒口」という.「冒」という字は湯気などを噴き出すという意味ですから「冒口」
というとガス抜き穴みたいな感じで,たぶん“揚がり”という日本語に対応すると
考えればいいでしょう.
元素名をみると炭素,珪素,硫黄,燐はそれぞれ「碳」「硅」「硫」「磷」となって
いて,どうやら非金属は石偏と決まっているらしい.日本で王,石,火など雑多な
偏を使っているのと比べると中国語のほうが整然としていますね.
金,銀,銅,鉄,錫,鉛 などの古くから知られている金属名は中国語でも大体
そのままです(向こうが本家だからアタリマエか).ただし正確には簡体字ですか
ら金偏の形などがすこし簡略化されていて,たとえば「鋳鉄」「鋳鋼」は「铸铁」「铸
钢」となります.
ところが日本ではカタカナで書くような新しい元素についても中国ではちゃんと
漢字ができていて,すべての元素が一文字で表せます.それではここで問題で
す.
問題:金偏の右側に以下の字をつけるとどんな金属になるでしょうか?
(1)呂,(2)美,(3)辛,(4)孟,(5)各,(6)臬,(7)目,(8)凡,(9)烏,(10)由.
ヒント: いずれも発音が欧米の原語(の一部)に近い漢字が選ばれている.
最後に,いま鋳造で大切な言葉をふたつあげておきましょう.計算機は「計算
机」,シミュレーションは「模拟」です.さあ,このくらい覚えておくと中国の鋳造技
術者と筆談できるかもしれませんよ.
[謝辞:本稿執筆に当たってマーレ社の肖凌博士,トヨタ中研の董樹新博士,
大連理工大学の金俊澤教授,のご教示を受けました].
問題の答え:(1)AL,(2)Mg,(3)Zn,(4)Mn,(5)Cr,(6)Ni,(7)Mo,(8)V,(9)W,(10)U.
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