1.題名 平成 14 年度選定 宇宙環境利用に関する公募地上研究 研究成果報告書(概要版) 2.研究期間 平成 14〜15 年度 3.研究分野 宇宙医学 4.研究区分 萌芽研究 5.研究テーマ名 重力環境が眼球運動の運動学習と記憶に及ぼす影響 6.研究者名 平田 豊† Stephen M. Highstein†† 7.所属機関 † 中部大学 工学部 〒487‑8501 愛知県春日井市松本町 1200 †† Washington University School of Medicine, Dept. Otolaryngology 4566 Scott ave. St. Louis MO 63110, USA 8.研究成果概要 国際宇宙ステーションの運用が始まり、宇宙飛行士が地上訓練で身に付けた技能や運動様式のみならず、宇 宙環境下で新たな運動技能を身に付ける(学習する)必要性が生じている。また、今後さらに人類が宇宙へ進出し ていく上で、微小重力下で地上と同様に様々な運動学習とその記憶保持が支障なく機能するか否かを明らかにす ることは重要な課題である。 しかしながら、これまでの宇宙実験では、こうした運動学習と記憶保持に関する詳 細な研究はなされていない。前庭動眼反射(VOR)は頭部運動時にそれとは逆方向にほぼ同じスピードで眼球を回転 させることにより、安定した視覚を得るための反射性眼球運動である。脳・神経科学分野では、VOR は運動学習の 脳内機構を探る上で格好の研究対象と考えられている。 VOR の運動学習とは、例えば、倍率 2 の拡大眼鏡を装着 して頭部運動を繰り返すと、暗所における眼球運動速度/頭部運動速度で定義され通常ほぼ‑1 である VOR ゲイン が、次第に‑2 に近づく現象をいう。VOR は魚類においても進化上霊長類と同等に発達しており、金魚では行動、 解剖、生理学的特性においてサルやヒトとの共通点が多く示されている。これまでの研究により、VOR 運動学習 は小脳の不活性化により生じなくなることや、学習の前後で小脳の出力細胞であるPurkinje細胞の発火パターン が変化することなどが示されており、他の運動学習と同様、小脳が VOR 運動学習において重要な役割を果たして いることが知られている。したがって、宇宙における金魚の VOR 運動学習と記憶保持特性を明らかにすることは、 上記宇宙医学における中心的課題に対し重要な知見を提供するものと考えられる。こうした小脳の可塑性を担う 基礎過程の一つとして、平行線維−Purkinje 細胞間で生じる長期減弱(LTD)が発見されている。LTD は Purkinje 細胞のグルタミン酸感受性が低下する現象であり、これには細胞内カルシウムイオン濃度の上昇が必要である事 が知られている。したがって、体内カルシウム統御機構に変調をきたす微小重力環境下では、こうした運動学習 と記憶の保持にも何らかの変調をきたす可能性がある。このような背景のもと、本研究では、地上と宇宙におけ る VOR 運動学習の学習特性と記憶保持特性を比較することにより、宇宙における運動学習・記憶保持能力を評価 することを目的とする。 金魚の VOR 運動学習は、被験体を円筒形水槽中心部に固定し、水槽を回転させるのと同時に水槽壁面に視覚 刺激(ランダムドット)を投影し、これを水槽回転と同相あるいは逆相で回転させることにより誘発する。視覚刺 激を水槽回転と逆相に与えると拡大眼鏡装着時と等価な光学効果が得られ、こうした刺激を与え続けると VOR ゲ インが増加する学習が起こる。逆に、視覚刺激と水槽が同相で回転する刺激では、VOR ゲインは徐々に減少する。 VORの運動学習は、学習に用いた刺激に含まれる周波数で最も大きな学習効果(VORゲイン変化)が現れるという周 波数選択性を示し、この学習に関わる脳内責任部位の特定や学習・記憶のメカニズムに関する重要な手がかりを 与えるものとして注目されている。そこで本研究では、単一周波数(0.5Hz)の正弦波で構成される刺激とChirp信 号と呼ばれる時間的に周波数が変化する時変周波数型の正弦波刺激を用いて VOR 運動学習を誘発し、各々の学習、 記憶保持特性を評価した。学習は 2 あるいは 3 時間行い、その間 30 分毎に暗所で頭部回転刺激を与えて VOR ゲイ ンを測定した。記憶保持特性は、学習後直ちに金魚を同じ姿勢のまま暗闇に安置し、10 分毎に頭部回転刺激を与 えて VOR ゲインを測定した。 これらの実験の結果、以下の事が明らかになった: 1. 学習された VOR ゲインは急速に指数関数的に忘却される。 2. 忘却のスピードは VOR ゲイン増加学習後の方が減少学習後よりも速い。このことは、ゲイン増加と減少 では学習・記憶保持メカニズムが異なることを示唆している。 3. 単一周波数に比べ、Chirp 信号による学習後の記憶保持特性は時定数が小さい(忘却スピードが速い)。こ のことは、一度に広帯域の運動を学習する場合には忘却速度が速くなることを示唆している(ただし、単 一周波数によるトレーニングに比べ、Chirp 信号によるトレーニングでは同じトレーニング時間内に特定 の周波数の刺激が与えられる時間が短い)。 4. Chirp 信号による広帯域トレーニング後の記憶保持特性の減衰は周波数が高いほど緩やかになる(時定数 が大きくなる)。すなわち、学習された VOR ゲインのうち、高周波数成分の方が忘却されにくい。 5. 単一周波数、Chirp 学習とも、学習特性の方が記憶保持特性よりも標本間のバラツキが大きい。 これらの知見は、宇宙の微小重力環境下における金魚 VOR 運動学習と記憶保持特性に対する地上コントロールデ ータを与えるものであり、今後実施予定の遠心加速器を用いた過重力環境下における同様の実験から得られる知 見とともに、宇宙実験結果の対照データとなる。 9.論文・特許等 [1] Hirata, Y., Takeuchi, I., Highstein, S. A dynamic model for the vertical vestibuloocular reflex and optokinetic response in primate. Neurocomputing, Vol.52‑54, No.1, pp.531‑540, 2003 [2] Blazquez, P., Hirata, Y., Heiney, S., Green, A., Highstein, SM. Cerebellar signatures of VOR motor learning. Journal of Neuroscience, Vol.23, No.30, pp.9742‑9751, 2003 [3] 平田 豊. 垂直性前庭動眼反射の運動制御ならびに学習と記憶. 宇宙航空環境医学会論文誌. 第 41 巻 1 号, pp.1‑24, 2004 [4] Kuki, Y., Hirata, Y., Blazquez, PM., Heiney, S., Highstein, SM. Differential retention of acutely and chronically acquired novel VOR gains. Neuroreport, Vol. 15, Iss. 5, in press. [5] Yoshida, M., Yoshikawa, A., Hirata, Y.: Learning and memory retention characteristics of vestibuloocular reflex in goldfish, Proc. 24th Annual meeting IEEE EMBS, in preparation. 10.備考: http://www.elec.chubu.ac.jp/hirata‑Lab/index.html
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