掲載誌:文藝春秋社「週刊文春」2009年9月17日発売号 連載

掲載誌:文藝春秋社「週刊文春」2009年9月17日発売号
連載「WEEKLY
ベストテン」(モノクロ2P)
テーマ「おすすめシネコン」
「くつろぎながら映画が見られる映画館」をテーマに、シートや劇場内施設等を含め、リラッ
クスしながら映画鑑賞ができる映画館のランキング。3名の選者による映画館10サイトの推薦
からベスト10を選出。
1位:ユナイテッド・シネマとしまえん(東京都練馬区)
「森のなかの映画館」
23区内の閑静な住宅街に位置しており、としまえんの緑と自然光が燦々と降り注ぐ明るく広大
なロビーは、くつろぎの映画館に相応しい落ち着いた雰囲気を持つ。シネコンといえば暗めの演
出照明 or 派手な照明の両極端な定石を覆す大人向けシネコンのさきがけ。最大館の8番スクリ
ーンは日本最大級の画面サイズを誇りながらも計算しつくされた座席配置により見難さを感じ
させず映画に集中できる環境を見事に実現している。設備面もTHX認定(米国で提唱された世
界標準の劇場設計規格です)や世界初採用の振動する座席「ウィンブルシート」を設置するなど
最高級の機材を揃えている。画一的な設計構造のためにともすれば量産性アミューズメント施設
と見られがちだったシネコンを、周辺環境との調和を目指して建築外観からデザインし地域に根
ざした施設に昇華させた総合プランの完成度と、としまえんの森と一体化したかのような落ち着
いた待合ラウンジの居心地の良さを評価した。ラウンジで井戸端会議をするご近所さんの姿を見
るとこの映画館のロビーが街角の一部となって愛されていることが伝わってくる。映画を見るの
に落ち着いてゆったりとした気分で見られる。自信を持っておすすめできるくつろぎの映画館だ。
2位:サロンシネマ&シネツイン(広島市中区)
「元祖プレミアムシート」
全国的に知られた映画館ではないが、広島市近辺の映画ファンなら誰もが知る有名館。いま映画
館ではゆったりとした座席が大流行。前後幅110cm!席幅60cm!と多くの映画館がその
スペースを競う。しかしどうあがいてもサロンシネマ&シネツインには及ばない。驚くなかれ前
後幅145cm、席幅75cmの脅威のゆとりはまさに映画館のファーストクラス。ギネスブッ
クに申請できるのではと思われるくつろぎのスペースはもちろん日本一。しかも全4スクリーン
のうちいちばん狭い座席ですら前後幅130cm、席幅65cmで通常なら特別料金がかかって
もおかしくはないほどのゆったり座席となっている。スペックだけで感心してはいけない。それ
ぞれのシートにこだわりがあるのがこの映画館の特徴。サロンシネマ1は特注のオリジナルシー
トで一人用では日本一の座席幅。サロンシネマ2はご当地マツダの自動車用シートを採用して全
席リクライニング仕様、シネツインの2館はフランスの名門キネット社製シート。さらにシネツ
イン本通りは日本初の床暖房を装備している。とにかく広い座席が良い、後ろの人に席を蹴られ
るのが嫌だという人には最強とも言える映画館である。
3位:TOHOシネマズ二条(京都市中京区)
「和風シネコンの代表」
サイトごとに独自の意匠を施してきた TOHO シネマズ(旧ヴァージン・シネマズ)がオープン当
時西日本の旗艦劇場として開設したのが二条。同じく京都市中心部で営業する MOVIX 京都がカラ
フルで近代的な意匠なのに対してこちらはズバリ和風。そのこだわりはロビーの隅々にまで活か
されており「水」をモチーフにしたデザインとして結実している。ロビー壁面は水の波紋をイメ
ージしたアーチで飾り、天井部分は鴨川の水流を鴨居で斬新に表現している。圧巻なのは各スク
リーンに至るコリドール(回廊)で通路の両端に数百本もの竹を用いて嵯峨野の竹林を再現して
いるばかりではなく、スケルトン仕様の床下に枯山水庭園が広がるという見事な環境演出を施し
ている。目が痛くなるようなきらびやかな照明やデザインを排して全体をモノトーンに統一させ
ることにより、日本人の美的感覚をくすぐる、落ち着いたロビーを構成している。1番スクリー
ンはTHXの認定を受けてデジタル映写機を完備。最大館の10番スクリーンには世界初となる
4Way スピーカー(音の帯域を4分割して出力する。通常は2~3Way)を設置していて音響で
も高い評価を受けている。シートも席幅60cmを超え独立した肘掛があるなどゆとりのある設
計となっていて、ゆったりと映画を楽しむことができる。ぜひ京都に観光に訪れた外国人にも来
訪していただきたいと思う映画館である。
4位:ワーナー・マイカル・シネマズみなとみらい(横浜市中区)
「夜景のきれいな映画館」
1993年に日本で最初のシネコンをオープンさせたワーナー・マイカルが開設した映画館。こ
このウリは「カフェ35mm」。名前の由来は現在の上映用フィルムの標準規格である35mm
フィルムにちなんでいる。オリジナルのカクテルや軽食をとりながら、みなとみらい地区の素晴
らしい眺めを楽しめるゴキゲンな映画館だ。とくにおすすめは夜。ライトアップされた観覧車や
横浜ランドマークタワーを一望できるカフェからの眺めはムード満点でリラックスするのにも
ってこい。カフェだけでの利用もできるので気軽にこの風景を楽しむことができる。この映画館
を評価した理由はもうひとつある。それは「ウイルスウォッシャー」の全面採用だ。ウイルスウ
ォッシャーとは三洋電機が開発した空気清浄システムで、薬剤を一切使わずに水道水で空気を浄
化する新発想のシステム。なんとインフルエンザウイルスの99%以上を除去できる先端技術で、
現在懸念されている新型インフルエンザウイルスに対しては最も安心できる映画館と言えるだ
ろう。また春先に辛い花粉症の症状が館内に入ると和らぐのもウイルスウォッシャーの力。空気
にまでこだわった映画館。その点でいま旬のくつろぎ映画館はワーナー・マイカルかもしれない、
そう思わせるに充分な鑑賞環境を構築しているおすすめの劇場だ(2011年8月末までに26
サイトに装備予定)。
5位:ユナイテッド・シネマ豊洲(東京都江東区)
「ワンランク上の回遊型映画館」
(http://eisha.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/file61__5cb9.html)
ユナイテッド・シネマが総力を結集して造り上げたのがこの豊洲。映画を見る・楽しむ映画館か
ら一歩進んで「映画館を上質に愉しむ」ことを提案している。その思想は東京湾を一望できるカ
フェ Breathe やガラス張りの明るいトイレルーム、わざと迂回させてスクリーンまで回遊するよ
うに仕向けられた導線など随所に計算された「遊び」から垣間見える。Breathe では月に一度、
沖野修也氏がDJを務める音楽イベントが開催されていて心からゆったりと滞在時間を楽しむ
ことができる。「味」な楽しみではクイーンアリスのアイスクリームやお菓子が映画館で味わえ
るのは日本でここだけだ。他にもオリジナルのユナイテッド・ピザやプレミアムポップコーンな
ど、とにかくハイソな映画館である。自慢の10番スクリーンは日本最大級のビッグスクリーン
で、としまえんと同様に完璧なサイトライン設計により場内のどこからでも見やすい視野を確保
している。他のスクリーンも絶妙な座席配置がなされ YAMAHA が担当した良質のサウンドで映画
を鑑賞することができる。座席は都内のどこのシネコンよりも広い超ゆったりシート。肘掛も1
人づつに割り当てられており、満席時もくつろいで映画を楽しめる。別料金のプレミア・シート
はペアシート仕様になっておりデートにもってこい。このプレミア・シートには隠れた魅力があ
る。1つは隣の席から見えにくいように敷居があること、そして劇場の最後列に設置されている
点。二人だけの時間をゆったりと楽しむことができるまさにプレミアな映画館である。
6位:ベッセルおおち(香川県東かがわ市)
「温泉一体型のリゾート映画館」
東かがわ市(旧大内町)が第三セクター方式で運営している公共施設「ベッセルおおち」の中核
を成すイベントホールを映画館として利用しているのがここ。日本広しと言えども映画館・天然
温泉・宿泊施設が一体化したところは私の知る限りここだけ。施設は瀬戸内海の半島に位置し国
天然記念物の絹島と丸亀島を一望できる眺めはまさに癒しの映画館。この環境ならばくつろげな
いはずがない。自慢のホールは世界唯一のDCSシステム(独自の音響システム)を装備してお
り、性能の高さはジョージ・ルーカス氏率いるルーカス・フィルム社のサウンドエンジニアが太
鼓判を捺したほどの実力。残念なことにオフシアターのため連日の上映は実施していないが、香
川県に旅行されることがあればぜひ訪れてみてはいかがだろう。瀬戸内の風景とさわやかな空気
にきっと心の奥までリラックスできるはずだ。
7位:シネマデプト友楽(奈良県奈良市)
「平城京を現代風に再現」
奈良市の中心部に立地するデザイナーズシネコン。名前の由来は「映画のデパート」で90年の
オープン当時、まだシネマコンプレックスという言葉が存在しなかった頃に名づけられたものだ。
古都の中心に位置していることと、幅広い年齢層を迎えるために派手な色使いや導線を大胆に排
除しモノトーンの落ち着いたロビー環境を構築している。平城京の格子街路をモチーフにデザイ
ンしつつ、格調高い雰囲気を醸し出すことに成功している。そのこだわりは劇場内にも及び、ス
ピーカーを壁面に埋め込みカーテンを吊ってスマートな壁面を実現したほか、色彩も抑えて高年
齢層の来場にも配慮されている。座席は国内メーカーの特注品で長時間座っても疲れない特殊構
造のうえスーパーハイバックタイプ(背もたれが頭部まである)。そのため上映時間の長い映画
でもリラックスして映画を見ることが可能だ。座席配列は段差の大きいスタジアム形式ではなく
スロープ式だがスクリーンの位置と座席の角度を計算して設計しているためどこからでも見や
すい視野を提供している。映写機が1スクリーンにつき1台が通例のシネコンでは非常に珍しい、
1スクリーンに2台の映写機を配置して昔ながらの切り替え映写を行っている。万が一にも映写
機にトラブルが発生した場合はもう1台の映写機でバックアップができるなど観客にとっても
安心な利点の多い映写方式である。高年齢層まで支持される落ち着きあるデザインプランはもち
ろんだが、映写に対して安心できるというのはくつろぎの条件と考えたのでベスト10にランク
インした。
8位:京都シネマ(京都市下京区)
「映画好きが映画好きのためにこだわりぬいた映画館」
京都の中心四条にある3スクリーンを有するミニシアター。良質な作品選出とその確かな設備品
質で固定客の多い映画館だ。小さな映画館なのでロビーも小さい。そしてシンプル。しかしシン
プルなのは意図されたもので映画を見るためには先入観を与えない環境であるべきだという考
えが出発点となっている。ロビーの中央には待合スペースがあり、常連さんが映画談義に花を咲
かせている。映画館がいかに良い設備を持っていたとしても、お客さんのマナーが悪ければくつ
ろぐことはできない。京都シネマには本当に映画が好きで映画館が好きで来場される方が多く、
鑑賞マナーの良さは特筆すべきものがある。映画館で周囲のお客さんを気にせずに映画を鑑賞す
るのは意外に難しいものであり、マナーの良さをくつろぎの要素として捉えたならば日本トップ
クラスの映画館と言えるだろう。もちろんこだわりは劇場内にも行き届いている。非常に小粒な
映画館ながらスピーカーはシネコンの中規模館採用モデルと同じ機材を使用し、上映中は非常に
暗くなる。音響効果や映像の品質なども確かな技術に裏打ちされたオペレーションが光り、観客
に良いものを届けようとする情熱が感じられる。映画好きだからこそ妥協しなかった、その心意
気に心から安心して映画を楽しむことができる。そういう映画館である。
9位:エーガル8シネマズ(広島県福山市)
「大手シネコンも真っ青のハイグレード映画館」
福山市の北方、ちょっと山間部に入ったところにあるこのシネコンは全国的な知名度こそないが
大手のシネコンをも凌駕するこだわりの映画館である。その特徴はまず回廊がない点。シネコン
はロビーから各スクリーンに移動するための回廊があるが、ここはロビーを中心にその周囲を劇
場が取り囲むように配置されている。回廊がないだけ無駄なスペースを省き、効率よく施設を運
用することができる構造になっている。各スクリーンの入口がロビーに面しているので劇場を探
して迷うこともなく、入口と売店などが同じロビー内にあるため無意味な移動も不要といいこと
づくめだ。劇場と各カウンターがロビーを取り囲む様はさながらひとつの「街」の演出となり実
に活気に溢れている。ロビーの中央は円形状に設けられた待合スペースで、ロビーを行きかう
人々を見ていると「映画を見に来た」期待感に胸が膨らむこと間違いなしだ。劇場内の設備も日
本トップクラスを誇りシネマ4とシネマ5にはスカイウォーカー・サウンド(映画の音を造るハ
リウッドの一流会社)とパイオニアが共同開発したTADと言われるシネマスピーカーを導入し
ている。TAD導入館は世界でも少数で神戸以西はここと県内の1館にしか導入されていない。
座席は日本初の座面固定シートで、前後幅も通常のシネコン以上に余裕のある配置となっている。
プレミア席はこちらも日本初の低反発ウレタン素材を使用したふかふかのシートで思わず睡魔
との戦いになるほどの座り心地だ。他にも小さいお子様連れのお母さんにありがたい「ママ&キ
ッズシアター」(小さい子どもが安心できるように照明を薄く点け、音量を小さくするなどの配
慮をした上映)や様々な情報を提供してくれる「シネマコンシェルジュ」の存在など細部に至る
まで大手に引けをとらない一流のサービスを提供している。良質な設備とおもてなしによる映画
鑑賞は福山市民のくつろぎの映画館として支持されている。
10位:西尾劇場(愛知県西尾市)
「ノスタルジーと究極のくつろぎはここにある」
創業昭和15年。営業年数69年。人間で言えば還暦を過ぎたお年頃の、年季の入った映画館。
現代人の感覚から言えばただひらすらにボロい。老朽化して今にも潰れてしまうのではないかと
思わんばかりの年代物。おしゃれとかモダンなどという形容詞とは対極にある外観だ。しかし長
い歴史を刻んできた昔ながらの風情は得も言われぬ落ち着きを提供してくれる。場内でお弁当を
広げたって構わない。併設された駄菓子屋さんで買い込んだお菓子を楽しんだっていい。誰もそ
んなことは気にしない。なぜならこの映画館の空気がそれを許してしまうから。ゆったりとした
シートや最新の設備はたしかにリラックスできる。しかし同時に失われてしまったものもあるだ
ろう。それがまだここにはある。ノスタルジーに浸っているだけだとお叱りを受けるかもしれな
いが、西尾劇場ほどくつろげる映画館が他にあるだろうか?映画館ファンならずとも一度は訪れ
てみてほしい。69年目を迎える究極のくつろぎが待っている。
映写室からのつぶやき
管理人:月夜野