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慶應義塾大学メディアセンター電子学術書利用実験プロジェクト報告
−出版社・学生と大学図書館で創りだす新しい学術情報流通の可能性−
岡
本
聖,入
江
伸
抄録:2010 年 10 月から 2012 年 3 月にかけて慶應義塾大学メディアセンターが国内学術出版社等と連携し
て進めてきた「電子学術書利用実験プロジェクト(e-KOllection プロジェクト)
」の報告である。大学図書
館での利用を想定したプラットホームを開発し,実際に学生に提供しながら評価を重ねることで,大学図書
館がサービスする電子書籍について,多様な業界・コミュニティとともに検討することが本プロジェクトの
目的であった。慶應単独実験は 2012 年 3 月で終了したが,2012 年秋から複数大学による共同実験として進
める予定である。本稿では,e-KOllection プロジェクト誕生の背景,立ち上げ当時の課題,現行の組織につ
いて概観し,さらに学生モニター利用実験を通して得た成果と課題,今後の展望について述べる。
キーワード:大学図書館,電子書籍,学術書,電子化,電子書籍プラットホーム,電子書籍ビュアー
はじめに
慶應義塾大学(以下,本学)メディアセンター
は,2010 年 10 月から 2012 年 3 月まで,電子学術
書利用実験プロジェクト(以下,本プロジェクト)
を進め,2012 年 3 月 12 日にその成果報告会を開催
1)
し た 。本 プ ロ ジ ェ ク ト は,洋 雑 誌 の 電 子 化 や
Google BOOKS のようなマスデジタイゼーション
(大量デジタル化)の国際的な進展の一方で取り残
されている日本語の学術書の電子化を大学図書館・
出版社との協力によって推進し,多様な業界・コ
ミュニティとの連携によって,これからの学術情報
流通,大学教育と学術研究の基盤に大学図書館や学
生の意見を反映していくことを目的としている。そ
の意味で利用実験の報告を通じて,提供者である出
版社と利用者である学生との対話を作り出すこと
が,本プロジェクトの重要な要素であった。
本稿では,本プロジェクトのアイデア段階から出
版社との交渉経過,利用実験での成果,技術提案,
今後の展望について報告する。
1.
「電子学術書」とは
「電子学術書」とは,本プロジェクトの造語であ
る。本プロジェクトのアイデア段階では,電子書籍
と区別するために電子教科書という用語を使ったこ
ともあったが,総務省の電子出版環境整備事業(新
ICT 利活用サービス創出支援事業)への応募へ向
けた審議の中で,小説・コミックを対象とすること
の多い電子書籍と分けて議論できるように,
「電子
2000 年頃から本格的にはじまった洋雑誌の電子
化は,現在ではほぼ終了し,この数年は洋図書の電
子化が話題になっている。米国の大学図書館を中心
2)
に HathiTrust のような 1 千万冊を超える電子書
籍のアーカイブが構築され,さらには資料の利用が
電子へシフトした後を見据えて,紙の共同保存のプ
ロジェクトが進められている。このような学術情報
の電子化の流れは,欧米だけではなく中国や韓国で
も大規模に展開されているが,その一方で日本国内
の学術情報の電子化と利用の将来が見えてこないこ
とへの焦りが本学メディアセンター内で生まれてい
3)
た 。
2.2 Google Library Project への参加
2007 年 7 月 6 日に本学は Google Library Project
4)
に参加することを発表した 。このプロジェクト
は,本学が所蔵する著作権の切れた書籍を電子化
し,Google BOOKS のサイトへ公開するというも
のである。現在では 10 万冊以上が公開され,本学
の蔵書検索システムである KOSMOS から Google
BOOKS にリンクして全文を読むことができる。
この Google Library Project の取り組みから,著
作権の切れた古い書籍だけではなく,学生が図書館
で最も利用する日本語の学術書の電子化を進めたい
という気持ちが本プロジェクトへと繋がっていっ
た。
2.3
iPad の登場
学術書」という言葉を使うことにした。
2010 年,iPad の登場によって「電子書籍元年」
と騒がれた。この時の電子書籍のビジネスモデル
2.本プロジェクトのアイデアを生んだ背景
2.1 洋雑誌電子化の成熟と洋図書電子化の進展
は,個人販売を基本とした BtoC(Business to Consumer)モデルがベースであった。しかし大学図書
1
慶應義塾大学メディアセンター電子学術書利用実験プロジェクト報告
館には,大量の電子書籍を扱う共同貸出モデルが必
要である。ビジネスの方向が固まっていない時期
に,新たなモデルの必要性や可能性を大学図書館か
ら発信していくことが重要であり,更に大学図書館
だけではなく実際の利用者である学生の要望を明ら
かにして,出版業界のビジネスモデルに組み込んで
もらうことが,大学図書館の役割であると筆者は感
じていた。
が採用されているため,新刊の利用だけが多いので
はなく,特に基礎テキストなどは,若干古いと思わ
れる年代のものも一定の利用が保たれる傾向があ
る。
またこのグラフの元データである貸出ログの分析
から以下のようなことがわかる。
・貸出の 90%以上が和書である。
・和書の貸出のうち出版年が 1980 年以降のもので
90%を占める
2.4 貸出データの分析
大学図書館の役割を評価する場合,どのような書
籍がどのように使われているか調査する必要があ
・1980 年代以降で貸出されているユニークなタイ
トルは約 10 万点
そこで電子化の対象となる書籍を以下の 3 つに分
る。このため,本学の 2 年間ほどの貸出データを
キャンパス,出版年ごとに比較した(図 1・2)。
類した(図 3)。
①電子出版を行う可能性が高い新刊で,出版社のビ
ジネスを支える部分
②著作権が切れておらず大学図書館でも貸出利用さ
れているが,流通では重版の可能性が低い部分
③パブリックドメイン
本実験では,大学図書館の役割として,上記②の
部分を電子化の重点課題と考えた。出版社独自で電
子化を行うには,制作コストを回収することが難し
いために着手できないが,大学の教育・研究には不
可欠であり,大学図書館として安定的に供給する必
要がある部分である。
図1
貸出の出版年分布 1
科学・技術・薬学・看護
図3
電子学術書のデジタル化の分担
3.プロジェクトの立ち上げと 3 つの課題
3.1 課題 1:出版社との相互理解
2008 年 3 月 12 日に東京大学・京都大学・慶應義
塾大学の出版会と大学図書館(東京大学,早稲田大
学,慶應義塾大学)との共催で,シンポジウム「大
学出版会と大学図書館の連携による『新しい学術情
報流通の可能性を探る』」を開催した。その後も大
図2
貸出の出版年分布 2 人文・社会系・学際研究
このグラフで明らかなように,貸出はロングテー
ルの傾向をもち,人文社会系のみならず理工系でも
1980 年代の書籍がよく利用されている。教科書や
参考書などは,長年にわたって教員が評価したもの
2
学出版会との意見交換を進め,相互理解の努力を続
けてきていた。そうした経緯から,東京大学出版会
に,出版社のとりまとめ役を依頼し,2010 年の初
めから,本プロジェクトの協力要請のため,学術出
版社への訪問を開始した。
初めて出版社を訪問する際には,本学での訪問先
出版社の貸出ランキングを携え,書籍の利用動向を
説明し,大学図書館での電子ジャーナルの利用環境
大学図書館研究 XCV(2012.8)
を実際のシステムを使ってデモを行った。ほとんど
の出版社で,売上数字から理解できる利用書籍と図
ウンロードできる最適な画像仕様の実験も課題で
あった。実験を積み重ねて決定した仕様にも不安が
書館での利用実態の違いや,大学における電子ジャ
ーナル(洋雑誌)の利用環境の変化に驚かれること
が多く,これまで大学図書館の変化を出版社に説明
あったため,底本から電子化して実用化しているコ
ミック配信事業の仕様も参考にすることにした。
して来なかったことを実感する日々だった。
3.2 課題 2:デジタル化の手法
我々は既に,底本からのデジタル化を設計するた
めの幾つかの技術基盤とサービスイメージを持って
いた。一つは,Google Library Project での経験と
Google BOOKS でのサービス実装であり,もう一
つは,これまで本学メディアセンターで行ってきた
貴重書デジタル化技術である。本プロジェクトでの
資料のデジタル化仕様は,システム設計と同様に出
版社との合意形成が課題となると考えていた。最も
重要な合意形成は,OCR の識字率と校正コストを
どのように捉えるかである。2 年前には,OCR 処
理の後には文字校正が必須で,校正しない状態では
使ってはいけないという雰囲気が出版業界内にあっ
た。本プロジェクトでは全文検索を中心とする予定
であったため,テキスト化は必須であったが,人手
による校正作業によるコストの増加は避けたかっ
た。このため,OCR 識字率の向上と,校正なしデ
ータを全文検索で利用した場合の問題点を明確にす
る必要があった。欧米では,アルファベットを使用
するため OCR の識字率が十分高く,Google や Internet Archive を中心とするマスデジタイゼーショ
ンによる電子化アプローチによってページ単価を飛
躍的に下げていた。単一タイトルでは多くの販売が
見込めない古い書籍の電子化ではコストの削減が大
きな課題であった。
またマルチプラットホームでの利用を前提とし,
プリントオンデマンド(POD)にも活用できる最
適なスキャン仕様の検討,Wi-Fi 環境で無理なくダ
本プロジェクトの電子化については,大日本印刷
株式会社(以下,DNP)に担当していただき,本
学内でも評価体制をつくり,多くの実験を行いなが
ら仕様を決定していった。
3.3
課題 3:システムコンセプト
プラットホームとビュアーの開発,プラットホー
ム運営は京セラコミュニケーションシステム株式会
社( 以 下,KCCS )が 担 当 す る こ と に な っ た。
KCCS は,携帯へのコンテンツ配信の経験があり,
重要な技術であるコンテンツのオーサリングや配
信・DRM(Digital Rights Management)に精通し
ていた。
実験開始当初のシステムコンセプトは以下のよう
なものであった。
・検索機能を中核にする
・ダウンロード型の貸出システムとする
・ビュアーはマルチデバイスに対応する
・フォーマットはリフローと固定フォーマットに対
応する
・大学認証を前提としたアクセスと DRM を適用す
る
・利用ログを取得し動向評価ができるようにする
以下に,システム仕様(一部)とシステム構成図
を示す。
<システム仕様(一部)>
概要と基本的な考え方:
・日本語の学術書を電子化し,学部生を中心とする
大学生に対する配信実験を行う。
・PC だけでなく iPad のようなタブレット端末,
Android 端末など「モバイル環境」での利用にも
最適な配信を行うための措置を講じる。
・デジタル著作権管理システムを用意し適切な管理
を行う。その際,現行の国内著作権法や図書館法
が想定する権利保護に努める。特に,書籍ファイ
ルの複製や印刷については,書籍販売への影響を
念頭にシステム設計を行う。
利用方法:
・図書館の資料貸出サービスの延長である「ダウン
ロード(オフライン)貸出」モデル
・複数冊子間での全文検索機能を介した「オンライ
図4
マスデジタイゼーションと課題
ン・ウェブサービス」モデル
3
慶應義塾大学メディアセンター電子学術書利用実験プロジェクト報告
利用環境:
・配信対象端末
PC,iPad,Android 端末,電子ペーパー端末
・閲覧に必要なアプリケーション
PC 版:特別なアプリケーションを使わずブラウ
ザ等の汎用的なソフトウェアで動作。現時点では
「HTML5」対応ブラウザを基本とする。推奨は
Safari ver5.以上ならびに Google Chrome
し,教養課程のキャンパスにある日吉メディアセン
ターと理工学部の専門課程キャンパスにある理工学
メディアセンターで利用実験を展開している。全て
のメンバーが兼務で,主担当業務の合間にプロジェ
クト実務を進めている。そのため,関係する人数は
多くなっている。
iPad/Android 版:現時点では「専用のアプリ」
を用意する
図6
図5
実験システム構成
実際にシステム開発を始めてみると,開発規模が
大きくなっただけではなく,新しい試みもあり,全
て作りなおさなければならないものもあった。特
に,ビ ュ ア ー の マ ル チ プ ラ ッ ト ホ ー ム 化 は,
HTML5 を技術基盤として実現しようとしたが,
HTML5 へ対応するブラウザの問題や,操作性・負
プロジェクトの組織体制図
5.e-KOllection 利用実験
3 章で述べた本プロジェクト立ち上げまでの 3 つ
の課題への対応に加え,利用実験も並行して準備を
進めていた。端末借用書や実験同意書といった書類
整備,モニター募集と選定,説明会等を順次開催し
ていった。また利用実験を開始するにあたり,学生
にサービス名を考えてもらった。
Ebook,Collection,Keio(KO)から作った_eKOllection`が本学におけるサービス名称である。
荷の問題で HTML5 での手法をあきらめ,個別の
アプリを展開することになった。
4.プロジェクト組織
前述のように本プロジェクトでは,デジタル化や
システム開発など技術的な面で大手企業の多大な協
力を得ており,それぞれが各役割に対して経費を負
担する手弁当方式となっている。本プロジェクト
は,図 6 のように 3 つの外部グループを柱として運
営を行っている。コンテンツグループは学術出版社
で構成され,デジタル化する資料の選定ならびに権
利処理を行う。オーサリンググループは DNP が担
当し,書籍のデジタル化を行っている。システムグ
ル ー プ は KCCS に よ っ て,ビ ュ ア ー な ら び に プ
ラットホームの開発と運用が行われている。慶應義
塾大学メディアセンターは,メディアセンター本部
が主に事務局・出版社交渉とシステム調整を担当
4
図7
e-KOllection ロゴ
e-KOllection 利用実験は,2010 年 12 月以降,お
よそ半年程度の区切りで,第 1 期〜3 期まで展開し
てきた。第 1 期は限定コンテンツによるパイロット
実 験,2011 年 度 に 入 っ て 本 格 実 験 と な り 第 2 期
(2011 年 4 月〜7 月),第 3 期(2011 年 11 月〜2012
年 3 月)と進めてきている(表 1)。1 期から 2 期,
2 期から 3 期のすべてにおいて,タブレット端末用
大学図書館研究 XCV(2012.8)
のシステムアップデートを行っており,さらに 2 期
から 3 期にかけては,タブレット端末のみならず,
OPAC との連携や PC 版の開発を試みている。
利用実験の目的は,利用者の声を集め,そこで得
た情報や示唆を協力企業等の関係者にフィードバッ
クすることである。前述の 3 つの課題である①出版
社との相互理解を深めるための「利用モデルとビジ
ネス化」の検証,②デジタル化手法,③システムコ
ンセプトを最適化するための「利用側からのプラッ
トホーム仕様提案」を重要検討項目ととらえてい
る。
表 1 利用実験スケジュール
第1期
パイロット
実験
第2期
本実験
第3期
本実験継続
期間
2010/122011/3
2011/4-7
2011/112012/3
モニター数
52 名
38 名
36 名+教員
若干名
書籍数
14 冊
110 冊
約 220 冊
3日
3日
貸出
システム
開発
利用端末
閲覧基本機能 機能追加
・マーカー
・貸出
・メモ機能
・しおり
・全文検索
・貸出更新
iPad
iPad
ト結果を本実験サイトで公開
http://project.lib.keio.ac.jp/ebookp/
6.システム・アプリケーション評価
まず「利用側からのプラットホーム仕様提案」と
して,アンケート項目の①システム・アプリケー
ション評価について,本格実験である第 2 期と第 3
期の結果を詳しく見ていくことにする。
6.1 総合評価
BL の総合評価をご覧いただきたい(図 8)。上側
が第 2 期,下側が第 3 期のアンケート結果である。
第 2 期までは,わずかながらもあった「非常に悪
い」という評価が,3 期ではなくなり,「非常に良
い」の評価が見られるようになっている。「悪い」
という評価も 14 人から 2 人へと格段に減り,「良
い」の伸びが目立つようになっている。これら総合
的に高評価を得ている理由について,各種機能を見
ていこう。
2 週間
機能追加
・手書きメモ
・目次リンク
PC 版の導入
OPAC 連携
iPad/Android
端末 /PC
実験方法の概要を以下にまとめる。
・学生参加方法:モニター方式
・参加人数:1 期あたり約 40 名
・端 末:本 実 験 で 開 発 し た 電 子 書 籍 配 信 ア プ リ
( BookLooper,以 下 BL )を イ ン ス ト ー ル し た
iPad・Android 端末を貸与(Android 端末は第 3
期から利用開始)
・調査方法:モニター期間中に Web アンケートと
グループインタビューを実施
・Web アンケート:Google ドキュメントを使用
・Web アンケートの主な構成:
①システム・アプリケーション評価
②電子ブックの購入・学生のコスト意識・図書館で
の提供について
③普段の学習や資料の使い方
・グループインタビュー:少人数制の座談会形式。
1 グループあたり 6〜8 名程度で,4〜5 グループ
実施。Web アンケートでは表面化しない学生の
生の声を聞くことが目的
・結果の公開:第 1 期〜3 期までの Web アンケー
図8
アプリケーション(BookLooper)の総合評価
6.2 検索機能
検索機能については,検索のしやすさ,精度につ
。
いて 5 段階評価を行っている(図 9)
結果は「よい・非常によい」という評価が,2 期
から 3 期にかけて 22%から 56%へ増加している。
検索については,書籍のデータの持ち方とアプリの
機能の両面が関係しているが,2 期から 3 期にかけ
て,書籍データの持ち方に大幅な変更は加えていな
い。
したがってアプリの検索機能の強化,ならびに全
文検索機能の認知度の向上が,高評価へ転じた理由
と考えられる。アプリの検索機能としては,第 3 期
の時点で 3 段階の全文検索を備えており,ほぼ全て
について良好な結果が得られている(図 10〜12)。
「本が探しやすく,すぐに入
学生のコメントでも,
手できるというのは電子書籍を利用する最大の理由
5
慶應義塾大学メディアセンター電子学術書利用実験プロジェクト報告
であるから,横断検索機能は重要視して欲しい」
「調べたいキーワードで本文をすべて検索してくれ
るのは非常に助かる。また,それが借りる前に分か
るのは,本を借りるきっかけにもなるので良い。」
と言った意見が寄せられている。
次にデータについては,実験開始時から電子化コ
ストを大幅に削減するため OCR 処理後の人手によ
る 文 字 校 正 を 加 え て い な い。校 正 を か け る と,
OCR で読み込めなかった文字が修正できるが,わ
ずか数パーセントの精度を上げるために膨大なコス
トがかかる。我々が目指す学術書のマスデジタイゼ
ーションでは,1 冊あたりの電子化コストを下げる
図 11
本文表示後の個別書籍全文検索機能(各端末共通)
必要があり,この「数パーセントの精度」が利用上
本当に必要なのかを見極める必要がある。
実際学生たちに聞いてみると,紙の世界では存在
しなかった「全文検索」と紙の世界で定着している
「書誌検索」の組み合わせによる電子学術書の利用
を重要視しており,その範囲では OCR 処理後の文
字校正なしの電子化レベルで,特に問題はないと多
くの学生が答えている。我々が中核ととらえている
「検索」のレベルでは,校正コストはかけない,と
いう結論が導きだせる。しかし今後,本文のコピー
&ペースト機能が搭載されてくると,検索時には気
がつかなかった文字化けや再現失敗の事例を目にす
ることになるので,利用者の動向とコストパフォー
マンスを注意深く見ていく必要がある。
図9
図 12
書棚内 DL 済書籍横断検索機能(iPad のみ)
6.3 ページの見やすさ(解像度)
ページの見やすさ(解像度)についても,概ね良
好な結果が得られている(図 13)。
検索機能(検索のしやすさ・精度)
図 13
ページの見やすさ(解像度)
本実験では,オフラインでも利用可能なように,
ダウンロード方式が取られているため,見やすさだ
けを重視して,解像度を上げるわけにはいかない。
図 10
6
ストアでの全書籍横断検索機能(各端末共通)
解像度を上げればデータが重くなり,ダウンロード
に支障がでるばかりか,サーバーの容量を消費して
しまうからだ。技術・利用・コストのすり合わせが
必要な検証項目である。アンケートによると学生
は,ダウンロードの理想はઅ分以内という意見が大
半だ。学術書は 300 ページ前後のものが多いので,
大学図書館研究 XCV(2012.8)
100 ページ 1 分のスピード感を維持しつつ,学術利
用に耐えうる画像仕様を追及している。
ダウンロードについては,実は第 2 期では惨憺た
る評価であった。その原因はダウンロード導線に
あった。コンテンツのダウンロードが高速で可能と
なるよう 2 段階に分けたダウンロード方式を採用し
ていたが,この導線が分かりにくく学生にストレス
を与えていたのだ。さらに第 2 期では貸出期間が 3
書を電子ブックで買うとしたら,いくらで買います
か? 」と い う 質 問 に 対 す る 結 果 で あ る。価 格 は
1500 円以下という意見が大半である。その理由を
自由記述から読み取ると,紙より電子の方が印刷費
や郵送費がない分出版コストが低い,と学生は考え
ており価格への反映を希望している。また,現物が
手元にないことやデータの消失などの危険性を危惧
するなど,現時点では紙への信頼の方が高い傾向が
ある。電子はできるだけ安価で気軽に使い,繰り返
日と短かったために,より一層ダウンロードを面倒
に感じる要因を与えてしまっていた。Web アンケ
ートでは表面化していなかったのだが,インタビュ
も目立つ。なお電子での購入について,インタビュ
ーを実施したことによって浮き上がってきた問題
だ。この点は第 3 期で最重要項目として改修が行わ
れ,第 1 段階から第 2 段階へのダウンロードアク
ーで詳しく聞いてみると,1 冊そのままを紙より安
価で買いたいという希望と同時に,章単位など必要
な部分だけ購入したいという意見も多い。
ションを簡素化した。さらに貸出期間を 2 週間に延
長したことで,第 3 期のグループインタビューでは
ダウンロードに関するクレームが格段に減る結果と
検索という行為によって,機械的に内容が細分化
され可視化されるため,書籍の部分利用(マイクロ
コンテンツ化)の需要は高いと考えられる。A と
なった。生の声を聞くことの重要性を改めて実感し
た。
いう本 1 冊全部は使わないので買わないが,横断検
索によって発見した B,C,D の必要な個所であれ
ば購入するという方法の方が学部生は好む傾向があ
る。
6.4 学習機能
その他学習に必要な機能として,ソフトキーボー
ド入力によるメモ機能,手書き機能,目次ジャンプ
機能があり,どれも第 1 期から 3 期までの積み重ね
で追加されてきた機能であり,高評価を得ている。
中でも,目次ジャンプ機能は待ち望まれた機能であ
り電子の利点を高めるプラス要因として評価が高い
(図 14)。リンク機能では,学術書ならではの索引
から該当ページに飛ぶ機能も要望として挙がってい
る。
しじっくり使う場合には,紙を購入するという意見
図 15 1 冊 3000 円の学術書(教科書・参考書)を電子
ブックで買う場合の希望価格
図 14
目次からのジャンプ機能(iPad のみ)
7.電子ブックの購入・図書館での提供や普段の学
習や資料の使い方について
次に「利用モデルとビジネス化」を検討するにあ
たり,電子ブックの購入や普段の学習や資料の使い
方に関する結果を報告したい。
図 15 は第 2 期,3 期共通で,「1 冊 3000 円の学術
次に資料や情報の使い分けについて第 2 期,第 3
期共通で質問した結果が表 2・3 である。授業で利
用する本は自分で購入する傾向にあるが,レポート
で使うのは,図書館の本,というのが圧倒的であ
る。実際インタビューで聞いてみると,学期中のレ
ポート提出は多く,1 つのレポートで多くの本を参
考にするので自分で本を買う余裕はないとのことで
ある。またレポートでは,複数の本を探し確認する
が,利用はレポート提出の時だけということで,検
索によって大量の本が利用可能な図書館提供の電子
学術書を求める声が多い。一方,授業利用など指定
7
慶應義塾大学メディアセンター電子学術書利用実験プロジェクト報告
された資料の反復利用や熟読,書き込みなどの用途
の場合は,紙の学術書が好まれ,必要なものは自分
・1980 年代から 2010 年までに出版された学術書の
ユニークなタイトル数は,出版統計から類推する
で購入するという意見であり,電子と紙の使い分け
を希望している。
大学図書館における学生の情報検索行動が,各種
と,概算で 15 万冊から 20 万冊。
・2.4 で説明したように,この年代について 10 万
冊規模の電子学術書が利用できれば,貸出利用の
データベースや検索エンジンなどの利用により完全
に電子にシフトしている現在で,日本語図書の入手
のみが紙に限られ,学生が求める使い分けが実現で
多くの部分がカバーできる。
上記推定を前提に,10 万冊を電子化しサービする
ためのコストを若干強引に試算してみると,
きないでいる。彼らの学習環境で最も重要な情報源
である日本語の図書にこそ大量電子化の意義があ
る。
・裁断してスキャン可能な書籍 1 冊の電子化コスト
を 2,000 円と想定すると 2 億円。
ここでは,OCR 処理を行うが,校正は行わないこ
ととする。出版デジタル機構では 1 冊 1 万円と試算
表2
第2期
資料や情報の使い分け(複数回答可)
データ
図書館 友達か
ベース ネット
で借り ら借り
(大学 の情報
た本
た本
提供)
第2期
自分で
購入し
た本
授業
70%
27%
レポート
3%
68%
3%
5%
定期試験
46%
43%
研究
30%
38%
32%
個人の
勉強
65%
22%
5%
趣味・
娯楽
38%
27%
表3 第3期
5%
24%
5%
8%
32%
3%
資料や情報の使い分け(複数回答可)
データ
図書館 友達か
ベース ネット
で借り ら借り
(大学 の情報
た本
た本
提供)
第3期
自分で
購入し
た本
授業
47%
33%
レポート
3%
75%
定期試験
42%
42%
研究
11%
47%
個人の
勉強
67%
28%
趣味・
娯楽
36%
8%
3%
11%
6%
11%
14%
8%
5%
36%
6%
5%
6%
50%
8.学生の利用実験結果から見た次の課題
利用実験での学生の反応の中で,ビジネス展開を
考える時に重要な課題だと思われる,
「電子学術書
の量の確保」
,
「書籍の部分的な利用」と「課金」に
ついて考察する。
8.1 電子学術書の量の確保
本学の貸出データの分析から,電子学術書の必要
な量とデジタル化のコストは以下のように予想でき
る。
8
しているし,自炊業者では 1 冊の原価は 300 円くら
いと言われている。書籍量や電子化ライン構築手法
によって,価格想定が難しいが,このコストをどこ
まで下げられるかが学術書の電子化のキーテクノロ
ジーになる。
・10 万冊のプラットホーム運用経費を 1 冊当たり
月 30 円として 3,600 万円。
・これにシステム開発初期投資,年間メンテナンス
経費を別途加算する
これらの仕様が明確になり,経費が捻出できれば
スケジュールを立てることができる。実験経過から
見ると,コストが発生し,なおかつスケジュールが
見通せないものが権利処理である。また,最近問題
となる孤児著作物(Orphan Works)の問題もあ
り,古い書籍の選定,権利処理は予想以上のコスト
がかかることが考えられる。そのため,量の確保に
は,選定・権利処理を進められる経費だけではな
く,戦略・政策が必要である。また,古い書籍では
大きな収益が望めないため,電子化,プラットホー
ム等の初期投資はできるだけ抑えることが必要だろ
う。また,プラットホーム運用は経常経費が必要な
ため,長期的な収益モデルが必要である。
電子化の経験から考えると,電子化コストを削減
するためには,品質評価ができ,日々ライン改善が
可能なデジタル化工場が必須であり,ここにマスデ
ジタイゼーションの核心がある。
出版社の方々と電子書籍の話をすると,電子に
なって紙の売上が落ちてしまったら,電子投資をし
た意味がないと言われる。電子書籍の流れは媒体変
換であり,電子の利点を取り入れて,紙とは異なる
販売と流通を前提にビジネスを設計しなければなら
ない。2000 年以降の大学図書館の予算変遷を見れ
ば電子ジャーナル化が媒体変換であったことは明白
である。
大学図書館研究 XCV(2012.8)
い続けるだろうか。こうした点も今後,検討が必要
であろう。
9.技術提言
本プロジェクトの成果報告シンポジウムが 2012
年 3 月 12 日に行われた。その中で触れた技術提言
をここに掲載しておく。
①電子書籍化の実装
・量が重要
・電子化コストをできるだけ低くする
・電子化仕様はダウンロード 閲覧 POD に対応
図 16 2002-2010 大規模国立・私立の図書費の遷移
学術情報基盤実態調査から集計
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/
jouhoukiban/1266792.htm
する最適な仕様を採用
・全文検索を重視し OCR は必須。ただし OCR 処
理後の文字校正は行わない。
8.2 書籍の部分的利用(マイクロコンテンツ化)
プラットホームで検索が可能となった場合,電子
学術書は Web 上でマイクロコンテンツ化して流通
するようになることが容易に想像される。電子コン
テンツが,細分化され部分的に利用されることは避
けて通れない。そうした状況を前提として,コンテ
ンツ流通の単位の設定,その単位で流通できる権利
処理,コストモデルの準備が必須となる。また,大
学での授業方法の多様化の中で,教材の素材として
の電子書籍や,コースブックのような複数の書籍の
部分的な合本を想定した権利処理も考える必要があ
る。
システム的な面でみても,今回の実験では,一回
にダウンロードするファイル容量は,100 ページ位
の単位がストレスなく最適であるという評価が出
た。紙の時代でも図書館でコピーし,ファイル化し
ていた作業を電子書籍でどのようにサービス展開し
ていくのか,コースブックのような書籍の分割と一
括販売をどのように取り扱うのか,マイクロコンテ
必要
②プラットホームの実装
・マルチプラットホーム(PC,タブレット,スマ
ートフォン)の連携が必須
・認証機能・全文横断検索機能は必須
・ダウンロード型は極めて有効
・検索からの購買,印刷(POD)機能が必要
・サービス課金・集金機能が必要
・電子学術書としての最低限の機能は何かを見極め
る
・目次から実ページへのリンクが必要
・マイクロコンテンツとして流通するための対応が
10.今後の展望,共同実験へ
2012 年 3 月 12 日のシンポジウムの最後に,本学
単独の実験から進んで,複数の大学による共同実験
5)
の計画が発表された 。
今後の本プロジェクトの展望として,共同実験の
呼びかけから,協力のお願いの部分を引用し,本稿
の結びとしたい。
ンツの価格付けと課金についても課題となる。
大学図書館では,洋雑誌・洋図書の電子化が大規
模に進んできたのに対し,国内の学術書の電子化は
8.3 プリントオンデマンド(POD)の可能性と誤解
学生は紙と電子を使い分けたいと考えており,何
回も読むものは紙を購入すると言っていることか
ら,POD にはビジネスとしての可能性がある。ま
遅々として進んでいない。また,電子書籍でもっぱ
ら話題とされるのは新刊の文芸書やコミックである
た,今回の実験では,B5 の書籍を,文庫本サイズ,
スマートフォンサイズで印刷することで,新しい可
が,大学図書館では,すでに品切れになった比較的
古い学術書もよく利用されている。そこで,学生・
教員の利用実態・意見を基に大学図書館が所蔵する
学術書を電子化し,提供するプラットホームを構築
能性も見えてきた。しかし,出版社が言う,絶版本
がなくなりビジネス損失がなくなるという話には疑
することにより,実情に即した学術書の電子化が行
われ,ひいては新刊の電子学術書の出版を促進する
問もある。絶版がなくなり,いつでも買うことがで
きるようになった場合,果たして図書館は新刊を買
ことが期待される。
時代を超えた学術情報の提供が大学図書館の使命
9
慶應義塾大学メディアセンター電子学術書利用実験プロジェクト報告
であり,電子化への対応による国内の学術出版の振
興が現在求められているとするならば,大学図書館
が所蔵する国内学術書の電子化とそれによる電子出
版の促進は,現在の課題に対する効果的な対応策と
なる可能性を持つ。そのためには,複数の大学図書
館,複数の出版社,および関係企業の協働によるプ
ラットホームの共同構築が必要であり,今回提案す
る共同実験はその第一歩となりうると確信してい
る。電子化の推進によるこれからの研究・教育環境
整備のため,共同実験の参加をお願いする。
注記・引用文献
1)慶應義塾大学メディアセンター._シンポジウムの
お知らせ(2012 年 3 月 12 日開催)`
. 電子学術書利
用実験プロジェクト.(オンライン)
, http://project.
lib.keio.ac.jp/ebookp/node/26,(参照 2012-04-18)
2)Hathitrust.(online)
, http://www.hathitrust.org/,
(accessed 2012-04-18)
3)入江伸. インタビュー 入江伸 慶應義塾大学メディ
アセンター 危機感が生んだ慶應義塾大学メディア
センターの学術書電子化プロジェクト.ず・ぼん.
2011, no. 17, p.118-127.
4)
_慶應義塾図書館が Google ブック検索 図書館プロ
ジェクトのパートナーに`.Google プレスセンター.
(オンライン)
, http://www.google.co.jp/press/pressrel/
20070706.html,(参照 2012-04-18)
5)1)と同じ
参考
電子学術書利用実験プロジェクトサイト
http://project.lib.keio.ac.jp/ebookp/
< 2012.4.27 受理 いりえ しん 慶應義塾大学メ
ディアセンター本部 おかもと ひじり 慶應義塾大
学日吉メディアセンター>
Hijiri OKAMOTO, Shin IRIE
E-KOllection project : A report of the academic e-books project at Keio University Libraries
Abstract:This is a report on the collaborative academic e-book usage project(_ e-KOllection Project )
undertaken by Keio University Libraries in cooperation with Japanese publishers between October 2010 and
March 2012. The goal of the project was to develop an e-book platform intended for university libraries and
then have students critique the platform as they used it, as well as consider issues relating to e-books in a
university library environment, publishers and the community. The independent project by Keio University
Libraries ended in March 2012, but in the autumn of 2012 several universities are expected to begin a joint
experiment. This paper examines the background and development of the e-KOllection Project, issues
relating to getting it up and running, and its current structure. It also looks at the successes and issues that
arose from student monitoring as well as its future prospects.
Keywords:academic libraries / university libraries / e-books / scholarly books / digitization / e-book
platforms / e-book viewers
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