PRELUDE 特別インタビュー <完全版:幼児期におけるソルフェージュ指導とは?> 幼児期・児童期初期はまたとない耳の成長期。 豊かな音楽表現を支える基礎力を育てましょう! 川島千加子 先生 幼児期におけるソルフェージュ指導が、子どもの豊かな創造力を音楽に表現する上で不可 欠の能力を育むものとして、大切な指導要素とされています。 そこで今回は、子どもの指導に大きな実績を持ち、STB セミナーでも人気の高い川島千加 子先生に、幼児期・児童期初期におけるソルフェージュ指導の意味や、押さえておきたい 指導ポイントについてお聞きしました。 この記事は、jet 機関誌「PRELUDE」2010 年 10 月号に掲載されたものを、誌面の都合で 載せきれなかったお話まですべて収録した「完全版」です。川島先生の、幼児期・児童期 初期のソルフェージュ指導に関する貴重なノウハウを一挙ご紹介します! ※「PRELUDE」掲載の記事と同じインタビューをもとに構成していますので、内容や表現で重複する部 分が多くあります。あらかじめ、ご了承ください。 <ソルフェージュの意義とは> ソルフェージュは感動や楽しさを実際の音に表現する土台づくり ----初めに初期学習、とりわけ jet の幼児期指導におけるソルフェージュの意味について、 お話しいただけますか。 私自身、幼児科の指導を手がけるようになったのはかなり遅く、それまでソルフェージュ といえば、いわゆる音大で習うような、メロディーを歌ったりハーモニーや聴音の練習と いったイメージを抱いていました。ところが実際に幼児科を受け持ってみて、子どもには 才能に関係なく幼児期から児童期初期の間、めざましい耳の力をつける時期があるという ことに気づいたんです。 いわゆる絶対音感にしても、時期を適確にとらえて訓練を行えば必ずつくというのを、私 は幼児科指導を通して実感しました。幼児期・児童期初期におけるソルフェージュ指導は、 こうした二度とない貴重な時期に、音楽学習の基礎となる力をしっかり育ててあげるとい う意味があると考えています。 ----それは、たとえば絶対音感みたいな能力でしょうか。 それもあります。どんな子でも時期を適確にとらえて訓練=ソルフェージュを行えば絶対 音感はつくというのを、私は幼児科指導を通して実感しました。ただ、日本ではとかく絶 対音感だけがもてはやされがちで、その反動で絶対音感さえあれば……という風潮も一部 にあります。しかし指導者としては、あくまで子ども自身がステップアップしていくため の可能性の一つとしてとらえたいですね。それを頼りに、子どもは新しい何かを始めてい きます。 ただ、やはり絶対音感があると、たとえばおぼえた曲を移調して弾いてみたり、もっと小 さい子だと、電車の音をそのまま音階で歌ってみせたりするんです。まだ習わせたことの ない調で弾いたり、教えていない伴奏を自分で付けてしまったりといった、こちらが驚く ようなことを、この年齢の子どもは鼻歌でも歌うように楽しみながらやってのけてしまう んですね。そういう光景を眼にするたびに、私自身『こういう新しいことを、子どもが自 分で見つけて楽しんでいるのって、本当にいいな』と思います。 そう考えると、幼児期・児童期初期の指導においては、音楽の楽しさや喜びを子ども自身 が見つけていくための基礎的な力を育てるのがテーマになるのではないでしょうか。そう した意味では、一見地味でありながら、幼児期・児童期初期の指導者は子どもの成長にと って非常に重要な責任を担っているといえますね。 ----私たちもソルフェージュというと、いわゆる音大で習うような内容を考えてしまいがち ですが、今のお話から見ると、幼児期・児童期初期の指導におけるソルフェージュは、そ うしたイメージとはかなり異なっているということですね。 むしろ、「頭の中に音が鳴る」ための基礎能力をつけるといった方がよいでしょうか。どん なに豊かなイメージが自分の中にあっても、それを具体的な音にする力がなければ、音楽 として表現できません。その基礎力を、幼児期のソルフェージュ指導で育てるのです。 だから絶対音感にしても、単に「ドレミ」を判別できるだけではなく、いろんな音を頭の 中で鳴らせる=楽しさを具体的な音のイメージとして組み立てられる頭を育てることが、 まず目標としてあるべきです。その視点さえ見失わなければ、絶対音感も頭の中から湧き 出てきたイメージを実際の音=演奏として表現する上で、非常に有効な能力になります。 細かい理論の前に、そうした大きな能力を育てることが、幼児期・児童期初期のソルフェ ージュ指導の最重要ポイントだと思います。そう気づけば、 「幼児には楽典などの理論は理 解させにくい」といった悩みが、そもそも的はずれだということにも気づくはずです。 ----理屈をおぼえさせるのではなく、理屈以前の感動や楽しさを実際の音に表現する、その 能力の土台づくりだと考えるべきなのですね。 <適期教育という視点から見たソルフェージュ> 小さな子に「聴く・歌う」は「弾く・読む」よりやさしいレッスン法 ----ヤマハでも長年言われてきた「適期教育」という観点からは、幼児期にソルフェージュ を行う意義をどうご覧になりますか。 まず、先ほどの「耳の力が育つ時期」を逃さないという意味では、ソルフェージュ指導は 若い時期に始めるほどよいですね。次に大事なのは、ソルフェージュ指導こそ小さな子ど もにとっては受け入れやすいという点です。小さい子にとっては、楽器を弾く、楽譜を読 むというのはハードルの高い行為です。それよりも聴く、歌う方が音楽を自分の中に取り 込む上では簡単で効率がよいのです。実際皆さんの教室でも、小さな子どもの指導でいち ばん初めは聴く、歌うから始めているのではないでしょうか。 ----まずそこで音楽の楽しさや歌って表現するおもしろさを体験させることが、その後のレ ッスンへの意欲になるわけですね。 そこから入って、だんだん歌うだけでなく、鍵盤を弾きながら音を確かめていく、ハーモ ニーなどを付けていく……。それまでは意識せずに歌っていた音を、指で弾くことで頭の 中をきちんと一度通過させて理解するというプロセスを繰り返して、耳をきたえていくの です。逆にいえば、弾くにはまず歌えないとできない。歌うならば正確な音程やリズムを 自分の中に取り込まないといけない。そうやって、音楽を正確に身体の中に取り込んでい くトレーニングを楽しみながら繰り返していくうちに、知らずしらず音感やリズム感が子 どもの中に育てられていくわけです。 ----まさにソルフェージュが幼児指導に最適という理由は、そこにあるわけですね。 「歌いながら弾く」一方では、 「聴きながら弾く」のも大切です。幼児は自分だけではなか なか正確に歌えません。そこでまず先生が弾いて聴かせて、それをまねしながらおぼえて いくのです。小さな子は理屈で説明しても無理ですが、まねならばできます。ここで子ど もにどれだけ楽しいと感じさせ、まねして弾いてみたい、歌ってみたいと思わせるか、先 生の担う役割は大きいですね。 ----jet では近年、小さな子どもの生徒さんが増加傾向にあります。 そうであれば、 ますます jet 指導の中でソルフェージュの重要性は増しているといえますね。 幼児向けソルフェージュは、今のところ専用のメソッドというのは存在していませんが、jet の教材はもともと幼児向けに作られたものがあるので、どのようにそれらを先生がうまく 活用しながら指導していくか、これからのアイディアの見せ所だと思います。 <ソルフェージュに期待するもの> 将来的な子どもの想像力の成長に大きく貢献するソルフェージュ ----次に、ソルフェージュ指導を行うことで、将来的な子どもの能力にどんな効果や成果が 期待できるのかお聞かせください。 「ソルフェージュは、ボクシングのボディブローのように後から効いてくる」と、私は思 っています。今は目立って上手に弾いたりできなくても、その後の進み方や能力が大きく 変わってくるんです。それは小学生でも明らかです。課題曲などをやっても、ただばくぜ んと譜面を読んで弾いているのか、ソルフェージュ力を背景に弾いているのかで、表現力 が大きく変わってきます。 たとえ 4~5 歳の子でも、想いがあって弾くのとそうでないのには、表現力に差が出てきま す。私の生徒に子守歌を教えた時のことですが、 「子守歌だから、そっとやさしく弾きなさ い」というのではなく、 「お母さんにだっこされたときのことを思い出して弾いてごらんな さい」と教えたところ、表現がぐっと良くなったことがあります。小さな子には抽象的な 言葉や理屈はわからなくとも、自分の気持ちを演奏に変える想像力はちゃんと備わってい るのです。表現する気持ちは備わっていても、身体やテクニックがまだまだという時期だ からこそ、耳の力や感性を豊かなものにしておくべきです。 ----いわゆる読譜力なども、ソルフェージュ力の一部と言えるのでしょうか。 どう読むか、どこまで読めるかですね。音符をたんに記号として追っていくだけでなく、 音を自分で鳴らしながら曲そのものを理解していくことが必要です。その時に、自分の頭 の中に音を鳴らす力がある子は、実際に弾いた音と自分の中に描いた音を比較しながら、 どう弾けば欲しい音になるのかを探っていくことができます。それが最終的な表現力の違 いになって出てくるのです。 作曲やアレンジも同様です。メロディーやハーモニーを作るときも、自分の想像する音が まず頭の中にあれば、実際に弾いた音と見比べながら、本当に欲しい音を探り当てていけ ます。またその時、自分の中に蓄積された音のストックが多ければ多いほど、音楽創造の 大きなバックボーンになります。 <ソルフェージュの指導期間のめやす> いつまでを目安にという区切りはないが、早く始めるほど効果も ----いざソルフェージュ指導をと思っても、いつ始めてどれくらいを目安に続けたらいいの かわからないという先生の声も少なくありません。 いつからという点では、適期教育のところでも言ったように、早くから始めるほどよいで すね。レッスンという区切りで言うなら、指導を始めたときからソルフェージュをカリキ ュラムに組み込んでおくべきです。 幼児指導でとくにおすすめしたいのが、歌詞唱です。小さい子には、歌詞唱は力をつける のに大いに役立ちますよ。というのは、歌詞には力があるからです。歌詞=言葉として歌 うことで、子どもの頭の中にはいろいろなイメージが生まれます。これが曲への理解や想 像力を育てるのに役立つのです。繰り返しますが、絶対音感も大事だけれども、こういう 子ども自身の想像力を育てることこそを、何よりも先生は大切になさって欲しいですね。 また、いつまでを目安にという区切りはとくにありません。というより、ソルフェージュ 力は 1 回ついたらそこで終わりではなく、調整感のように絶えず磨き続けていく必要があ ります。そして、この先ずっと続けていくためにも、初期指導でのソルフェージュは大切 なのです。積み重ねていこうにも、最初の足がかりがなければ先に進めませんから。 ----歌詞唱を指導する上で、大切なポイントを教えていただけますか。 歌うことは難しくないというのをまず感じさせることが、やる気にも、その後の継続につ ながります。反対に言えば、難しいと子どもに感じさせてはならないというのが、重要ポ イントです。無理なことをさせて、できなくて叱れば、子どもはすぐイヤになってしまい ます。楽しんでできることを一番に考えて指導してあげましょう。とくに幼児の場合は、 「ま ねる、遊ぶ」が基本になります。 <ソルフェージュ指導の具体的なポイント> 歌詞唱では言葉の意味までを理解させながら教えることが大事 ----歌詞唱の指導法の話題が出たところで、ソルフェージュ指導で押さえておきたい重要な 指導ポイントを、いくつか教えてください。 これまでの話の中でも出てきましたが、やはり「歌って学ぶ=歌詞唱」ですね。大事なの は、歌詞の意味をわかって歌うこと、つまり感情表現を含めて学ばせることです。教材は もしテキストがあれば、そこから持ってくるのが早道です。自分で無理にカリキュラムを ゼロから作るのは負担がかかりすぎて大変です。jet の「おんがくのーと」にも少し教材が ありますので、既存の教材をたんねんに探してみましょう。 メロディー唱も、とても重要な指導方法です。ドレミで聴かせてドレミで歌わせる、いわ ゆる模唱ですね。「おんがくのーと」にドイツ民謡の「ビールダンス」がありますが、メロ ディーが豊富で子どもが歌いやすい教材です。また、作るのが少し大変ですが、先生が小 さいメロディーを考えて、少しずつ難易度を上げながら歌わせるというのもいいでしょう。 かといってメロディー唱ばかりでもいけません。メロディーを歌うというのは、言葉をお ぼえて歌うという側面が大きいので、歌詞唱とバランスよく指導していきましょう。メロ ディー唱ができたら、ハーモニーを歌わせてみます。和音をドミソで模唱・聴唱します。 いずれにしても、歌唱によるソルフェージュ指導でまず心がけるのは、音程やリズム、デ ィナミーク、アーティキュレーション等を正しく歌うことです。子どもは音域幅がせまい のですが、無理ないように要求して歌わせていけば、あっという間に音域が拡がっていく ものです。 ----譜読みの指導は、どのようにしたらよいですか。 日本の音楽教育は長いこと、「読んで弾く」から入る傾向が強かったんです。しかし近年は ヤマハの指導メソッドも「聴いて弾く」方向にシフトしてきました。やはり大事なのは聴 く力なんですね。譜読みにしても、耳の力がある子が譜面も読めるのはいいのですが、譜 面=記号をただ読みこなしていくだけのレッスンでは、楽しさが続きません。 まずいい音や音楽を聴いて、自分の中に楽しさや感動を育てていかないと、それを自分の 手で表現してみようという意欲にはつながりにくいのです。 ----指導する側の先生としては、やはり獲得目標を明確にしてレッスンにのぞみたいという 気持ちがあるはずです。そこはどう考えればよいでしょう。 獲得目標と言った場合、たとえばグレード試験のように「期限を区切った目標」と、日頃 の練習の中で歌う、聴くことを通じてソルフェージュ力を高めるといった「期限のない目 標」があります。実際のレッスンでは、どちらか片方だけというのはありえません。 ですから、むしろ、これらの異なる獲得目標をバランスよく与えていくには、どんなレッ スンをすればよいのかと考えることがヒントになると思います。はっきりした目標に向か って限られた時間の中で最大限の効果を挙げる練習と、毎日の積み重ねをしんぼうづよく 続ける根気の両方があって、子どものソルフェージュ力が上がっていくのだと思います。 ----グレード受験のための練習を、ソルフェージュの面から役立てることはできますか。 グレードのための課題で優れているのは、調性やカデンツの整理が非常によくできている 点です。こうした部分を学ぶ機会というのは、ふだん子どもが聴いている曲の中ではまず 出会うことがありません。移調や伴奏付けなどは、あえてソルフェージュとして取り出し て学ばないと、きちんと学習することが難しいのです。 こうした理論的な裏付けを学ぶことのないまま曲のレパートリーだけを追っていても指は きたえられますが、もっと高度な段階に上がったときに、曲の理解とか解釈のしかたとい った厚い壁にぶつかって、それ以上進めなくなるケースが多いのです。今はとりあえず弾 けて楽しくても、将来つぶしがきかなくなる可能性が高いのですね。そういう意味では、 ソルフェージュは音楽を学び続ける上で欠かせない、基礎体力トレーニングといってもい いかもしれません。 ----グループレッスンの場合、音当てや聴唱奏などはゲーム感覚で競争することで関心を持 たせやすいのですが、jet の指導は基本的に個人レッスンです。周囲の刺激がない場所で、 生徒の意欲をかき立てるにはどうしたらよいでしょうか。 歳の小さなお子さんほど、 「歌いながら何かをする」レッスンの機会が多いはずです。そこ で、お母さんにもその指導をおぼえてもらって、自宅で遊びながら繰り返し練習してもら うといったことが、小さい子の場合は大切です。 幼児の場合、どうしても教室だけのレッスンでは充分でなく、家でのお母さんの役割が大 きいのです。レッスンはわずか 30 分であり、次回までの 1 週間を家庭での練習でつないで いくことが、先々の実力の差につながってきます。次回レッスンまでの時間を有意義に過 ごしてもらえるよう、お母さんに参加いただけるレッスンの仕方を工夫して、そこにソル フェージュ指導を組み込んでいってはどうでしょうか。 <ソルフェージュ指導に取り組む先生方にメッセージ> エレクトーンとソルフェージュを両輪に音楽の喜びを育てる指導を ----現在ソルフェージュ指導に取り組んでいる、またこれからソルフェージュ指導に取り組 んでみようと思っている jet 会員の先生方に、ひとことメッセージをお願いできますか。 大昔のように、間違った箇所だけを見つけて注意するといったレッスンは、もう過去のも のです。今は子どもがいろいろな発想を身につけて、それを音楽で表現できる力を育てる ことが音楽指導の目的であり、それを実現しておられる jet の先生方の努力は、本当に尊い ものだと思っています。 また今さら私が言うまでもありませんが、エレクトーンには多彩な音色、三段鍵盤、そし てさまざまな表現の可能性があり、それが教育楽器としての大きな存在意義や魅力になっ ています。こうしたエレクトーンの特長が音楽指導に活かされている好例が、jet サウンド カーニバルですが、小学校 6 年生くらいの年齢でアレンジや打ち込み、楽曲創作が行える のは、エレクトーンという楽器の特性もさることながら、指導を通じてつちかわれたソル フェージュ力によるものではないかと思っています。 これからもエレクトーンとソルフェージュを両輪として、やはりエレクトーンを学んでい てよかったと生徒がいつか感じてくれるような指導を、ぜひ皆さんで一緒に築いていきま しょう。私も精いっぱいがんばっていきますので、よろしくお願いします。 ----今日は貴重なお話をありがとうございました。 ☆川島千加子先生プロフィール 国立音楽大学教育学部Ⅰ類卒業。結婚後、ヤマハ音楽教室シス テム講師として、また妻として、母としての生活が始まる。研 修スタッフを経験し、エレクトーンジュニア基礎コースなどの テキスト、講師マニュアル制作等にかかわる。国内外の研修、 講演など多数。現在は山内楽器にて、指導に研究に日々奮闘中。
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