11 It`s Our Secret

イノセント(無垢)と名付けられた少年は戦災孤児だった。
そう呼ばれるほど彼は感情の起伏に乏しく、
どのような痛みや理不尽に遭おうとも抵抗する事はなかった。
人身売買であらゆる場所を盥回しにされようとも、
強姦されようとも、過労を強いられようとも、捨て駒にされようとも。
気にする事は無かった。
だがそれは堪えているのではなく、晒されているだけ。
身体が機械に まれようとも、彼はそれ以前に痛みが、心が麻痺していた。
だから自分が痛かったと解るのはいつも後の事だった。
そんな中彼は思った。
自分が人間である必要はない、と。
そう思うのは11月産まれの鰐と出
った時からだ。
理由は一つ、人は寂しい生き物だと感じた。
隣人同士でも解り合えず、その孤独を埋める為に何かに執着する。
間を満たす為にペットや道具、そして機械を 愛した。
それでも何かを求め続ける。
あらゆるものに囲まれておりながら、満たされないクラインの壷。
それを見ると思う。
虚しいと。
彼はもしそんな弱い人間の渇望を満たせるなら、
機械(サイボーグ)になるのも悪くないと思った。
故に彼らは互いの頭文字をとってNOIと名乗る。
自分達は人間ではなく道具だと自称した。
そこに秘める祈りは純粋に。
人の理想に殉じる為にある。
シャングリラ事件と称される大騒動は闇に葬られた。
たった一夜の悪夢にしては刺激が強過ぎたらしく、
その大元を知る人物達は尚更堅く口を閉ざした。
Ufabulumに匹敵するCUと言う存在は、
記録として残されようとも厳重に封印されるべき夢魔だった。
現にUfabulumの情報やその主導権を最後まで握られていたエクシアは、
歴史に二度目の汚名を記す結果となり立場を弱めている。
正史によれば事件の首謀はロットン・カーマインとラグネイド・アマルガムの共謀
とされるも、
混乱を鎮めるには更に他の犠牲が必要になった。
保安能力を問われたエクシアは彼女に関わりを持つ構成員の左遷、更迭を行い、
人員の選定を一から見直す事で頭数こそ以前と変わらないものの、
その勢力を実質的に弱体化させた。
当然、踊らされたワイズマンもその りを受け降格、
頭目を失ったE.C.G.は必然的に解散。
今頃路頭に迷っているだろう。
ではシャングリラはあの後どうなったのか。
シャングリラは予定通り八番目のへイヴンとして再開発が行われた。
本来見送られていたのだが、
ヒュドラタイプマトリクスやシミュレーターの人々を調査しようにも、
金も人も集まらなかった。
事の重大性だけに事実の隠 を徹底したかったエクシアではあるが、
世間の注目の中あの地に深入りできるだけの力はなく。
生存者目撃者含め少数だった事から、止む無く調査を断念。
それを皮切りに開拓地となったあの場所を巡り、
我よ我よと多くの資産家が惜しむ事なく投資した。
この世界に於いて唯一と言っていい程汚染を免れた場所だ。
月面難民の受け入れもあり人口過多だった世界からしてみれば、
この肥沃の大地をみすみす見逃す筈はなかった。
まさにシャングリラ(理想郷)。
過去の人間達が夢見た小さな箱庭は、
新たな盛大の架け橋となるべく拓かれた。
移住先の手入れとして現在ドームの解体と改築に労働者がヘルメット片手に汗を流
す。
その遥か地中で多くの人々が眠っている事も彼らは知らずに。
世界はただ回っている。
そこにあった出来事を振り返る事なく。
第六へイヴン013区画。
水晶のように成長を止めない建築住宅の摩天楼。
そこには働き蟻が貢ぎ物をするように造築用無人重機が、
建物の新たな素材を日夜運び続ける。
主達の巣を作るそれらは今日も仕事に従順で、
物言わぬそれに健気さと哀れみを覚える程多くの作業をこなしていた。
増える新たな家の骨組みは本の4ヶ月前までは柱一本ほどしか立っていなかったの
に、
今ではコンクリートで固めてしまえば他の背景と同化する程完成に近付く。
そんな昆虫観察をブラインド越しに眺めるのはジェイクだ。
今日は非番らしく、悠々自適に休暇を過ごしている。
現在音楽鑑賞中なのか聴覚にはかれのお好みのプレイリストの数々が、
アーティストの種類を選ばずランダムに再生中。
しかし最初の20秒くらい聴けばすぐ次ぎのナンバーに映る、
先程から一時間かけてその繰り返しだ。
「あの曲どこ言ったかな∼…?」
作者曲名共に忘れた一品を探しているようだ。
自分の記憶や機械の履歴を探ってもなかなか見つからない。
サイボーグと言えどもこういう感性に訴えるものは人と変わらず直ぐに特定出来な
いらしい。
「ま、何時か見つかるだろ。」
そう言うと彼は宝探しを止めた。
ここは他人の家だったが特別な関係になってからもう随分と見慣れている。
窓の外が電工掲示板の光を投げて来る。
見えるディスプレイは相変わらず興味のない宣伝内容ばかり映した。
彼の身体が照りつける謳い文句と同じ色に染まった。
赤と青の二色で鏡文字が彼の表面にペイント。
それは放っておけば数秒で横へ流れて彼は本来の色を取り戻す。
何となく窓の縁に肘を置けば頬 してぼんやりと眺めていた。
窓にポツポツと水滴が落ちる。
産業廃棄物として巻き上がる粉塵とガスの混じった毒性の雨。
丁度遥か頭上で飽和状態になったのだろう。
人の肌を焼き装甲を かに酸化させるそれにシャッターを落した。
今頃したでは環境保護を訴える宗教じみた連中が、
天からのお怒りだの、お嘆きだの騒いでいるだろう。
耳を澄ませば遠いその音も聞こえるだろうが思うだけで何もしない。
今一人の時間を静かに過ごしている。
ある手紙を眺めながら。
【NOTICE/VICTOR_D_MEDVEDEV】
(送信者:ヴィクター・D・メドヴェージェフ。)
【>You did your best,Was we helpful for you?】
(お前は最善を尽くした、我々は役に立てたか?)
ジェイクはそのメッセージにどう返信をするか迷っていた。
どう返事をしていいものやら。
とりあえず頭の中でタイプは打ってみる。
Thanksと。
【I am deeply grateful to you.】(感謝する。)
彼はこの名前に見覚はあってもそれが誰かは知らない。
理由は多々一つ。
【NOTICE/NOT FOUND】
(通信先が存在しません。)
彼の知っているその人物は既に存在しないからだ。
これは所謂嫌がらせや職業に付いて回るいざこざの類いで、
幽霊と言うものはまず信じない。
この世界ではよくある し討ちで、友人の名を
取るに足らないブービートラップだ。
るのは日常茶飯事。
しかし彼はこれに関して幽霊の線で考えている。
ジェイクは送信元がなんとなく想像がついた。
事件を終えて日が浅い彼には表面的な事象で関連づけるだけで解答出来る。
このメッセージの出元を。
それはUfabulumからだ。
ディーゼルがあの場所で産み出した残像の一部。
カウンターガーディアンの内、原型である一人が彼に対してそう行動した。
あの場所には4人分の大きなイメージが焼き付いている。
最初の二人は彼ら、もう半分はテロリストの二人。
その中でジェイクに最も深い関心を抱いていたのがあの名前の持ち主。
しかし能動的な行動を許されない受け身な彼らが、
どうしてこの手紙を寄越したのか。
理由は彼らの今後の安全に付いて。
二度にも渡りUfabulumに手を付けた彼らはエクシアから見れば頭痛の種だ。
もし身内として抱き込めるのなら首輪をつけ易いのだが、
彼らはフリーランスであり何時敵に回るか知れたものじゃない。
だがニュースにならないとしても事実英雄である彼らを刺激する事は、
やはり難しくなんとかして彼らを制御出来ないかとあの手この手で彼らに言い寄
る。
そんなグリーンメーラー(悪徳業者)なやり口に、
予防線を張ったのがディーゼルだ。
Ufabulumに接続した時彼は今後の仕事に自分達が差し支えないよう、
自分の似姿達にこうも言った。
露払いをしてくれと。
CUの撃破、ICBMの停止の他に彼はこういった事にも抜かりなかった。
それであの似姿達がどのような手口を使ったのかはわからないが、
今の所エクシアから必要以上に迫られない事からすると、
なかなか上手く行ったのだろう。
つまり先程の手紙はその確認と保証書を兼ねたものだと推測した。
だがこの手紙は本来実行者のディーゼルが受け取るべきだった。
しかし現在彼は定期メンテナンスで連絡がつかない、
その代理としてジェイクに合わせてメールを送ったのだろう。
「アイツなら、知ってんのかな。」
用済みになったメールをダストボックスに仕舞う。
視角野に見える手紙のアイコンが四つ折りに畳まれゴミ箱のマークにスポイルされ
る。
くしゃくしゃ、と在り来たりなサウンドエフェクトと共にそのメッセージは完全に
削除された。
再びジュークボックスの中身を漁る彼。
探したい曲に心足りを持つ人物を思い浮かべてみた。
同コロニー017区画。
雑居ビルの路地裏、セレブ狙いでオヤジ狩りでも起きそうな場所だが意外と平和な
この場所。
ここには数々の都市伝説が跋扈し迷信には尾鰭背鰭つけてその恐怖を膨れ上げるこ
とで、
不用意な争いを回避している。
シャイニングの双子が彷徨ったり怪人なんとかかんとかがサイボーグを食べたり、
マッドサイエンティスト、妖怪仙人、上げればキリのない想像上のクリーチャー
が、
ここに訪れるであろう人々の共通意識に恐怖を投げた。
そんなもの居る訳がないと口ではいうものの、
内心じゃおっかなびっくりで此処をよく知らないものに対して深入りを禁じる。
こんな場所に住もうものなら、
常人からしてスプーキー(変人)かロックに感化されたギーク(オタク)に他なら
ないとして。
で、そこのクリニックを営む店主はその前者であり。
変わり者の中の変わり者、人々は彼を 獣医 と呼んだ。
トムと言うこの男はサイボーグ技師であり、
担当するものの多くは企業が半ば実験かほんの気紛れで創造した被造物の診断であ
る。
ディーゼルを始め動物サイボーグの視点から見る社会像や価値観に興味を持ち、
本来なら永久に知り得る事のない彼らの 意見 を報酬とする事で、
『動物サイボーグ救済』の建前の下こうして彼のコンディションを整えていた。
現在ディーゼルはダークルーム(秘所)と揶揄されるカプセルの中でクオリアを中
心とした、
体感覚センサーのテイスティング(味見)を行っていた。
なぜここがグローリーホール(公衆便所)宜しく下卑た名前で呼ばれるのかは、
プライバシーに密接に関わる事情があるからだ。
サイボーグが肉体の親和性を高めるには感覚の再現が重要度を占めている。
脳が身体のどの部分を動かしているか、
それが解らない限り自分の存在を知覚出来ないのが生命の基本。
脳が自らを生かす為に活動的であると自覚出来なければ死に繋がる。
理由はレスポンスとしての刺激が存在しないと脳はストレスで萎縮し、
生命活動を弱める。
ショック死と同じで脳が生きても身体に生きていると言う情報が伝わってこない
と、
脳は自分を死んだと錯覚する。
故に例え不快感や痛みなどでも自らを生かし続ける観測者として感覚器は、
それなりに機能として装備する必要がある。
そしてこれは生命なら誰しもが持つ性である事を知った上で最初の話に戻る。
下品なそれの意味は感覚器の調整の範囲はリビドー(性欲)にも及ぶからだ。
【…っ。】
現在彼はその真っただ中でED検査にあるような羞恥心と抗えない別の感覚に浸って
いた。
とは言ってもこれは作業なので彼が寝ている間に起きている出来事、
本人が意識的にやっている訳ではない。
電脳と身体の同期で脊髄反射から彼に嗚咽を吐かせているだけだ。
多少夢には朧げな感覚として影響はあるかもしれないが、
本人には何も恥ずかしがることはして居ない。
して居ない…はずなのだが…。
【…はぁっ…くっ。】
イメージが浮かぶ。
それは規定現実の視角情報ではない。
電脳空間で見るものだ。
現実の身体が明かりのない狭い場所で、
身体を固定具で磔にされており暴走しないように縛られている。
現に身体に流す疑似信号の反射で感覚の種類や強弱に合わせて四肢を艶かしく動か
している。
【うっ…くっぁ…!】
彼は夢の中で人狼になっていた。
その夢の中の彼は酷く喉を渇かせ餓えている。
そして獲物を見つけようとゆらゆらと彷徨っている。
胸に誰かを探しながら。
【がぁうっ…。】
人狼は何かを見つけ、そこに飛びかかった。
鋭い を剥き何かに齧り付く。
そこで彼はその感覚に違和感を覚えた。
味がする、熱を感じる、それが生々しい。
それに疑問を抱くも漸くありつけたごちそうに彼は貪る。
噛めば噛む程、触れば触る程その感触は濃厚になる。
【…っ!!】
骨の髄までしゃぶり尽くす。
盛る犬は自分が う(抱く)イメージを何かと照らし合わせる。
【ジェ…イっ…。】
至福と罪悪と高揚が。
彼の身体を【CENSORED】【CENSORED】【CENSORED】【CENSORED】
【CENSORED】【CENSORED】【CENSORED】【CENSORED】
【CENSORED】
【CENSORED】【CENSORED】【CENSORED】【CENSORED】
【CENSORED】
【CENSORED】【CENSORED】【CENSORED】【CENSORED】
【CENSORED】
..
..
獣医がメンテナンスの終わりを告げた。
【シグナルは特に異常なし、反応速度も修正範囲内。
インストールしたソフトの心地に何か不安はあるかな?】
イメージ世界の風景は消えて、現実の闇に戻る。
声帯が息を荒くしていた。
何時も通りの味気無い点検の筈なのに、身体が火照っているような余韻を残す。
彼がトムの声を聞き逃す。
ただぼうっと、放心状態でいた。
【…大丈夫かね?】
「あ、いや。」
寝起きなのか慌てなのか。
なんとも言えない気持で医者に返事をする。
自分の感覚に異常なものはないと、言った。
【興奮作用が些か強かったかな…この部分はある程度下げておこうか。
あまり敏感だと依存症になる。】
「あ、ああ…。」
【本当に大丈夫かね?今からでもソフトを変更できるが。】
「いや、いい…退屈し過ぎて快眠しちまっただけだ。
まだ寝惚けてるだけだよ?」
【脳波を見る限り嘘はなしと…まぁ言い難いかもしれないが自己申告はするよう
に。
とりあえず今日の診察はこれで最後だが、また来週来れるかね?】
モニターする彼が予定を ねる。
ディーゼルは構わないと言った。
身体が資本というのはサイボーグの代名詞でもある、
彼はこう言うチェックを欠かせない。
【じゃ次の問診は来週の金曜日に、お疲れ様。】
カプセルの中に明が灯る。
暖色系の目に優しい光る。
ベルトが施術の終了が解ると弦が緩くなりしなだれた。
それで彼は自由になる。
あとは外に出て何時も通りクレジットを見せるだけ。
だが途中ある事に気付いた。
How s that? Feels good? Mr.bulge.
(どうだこれ、良い感じだろ?もっこり。)
腹立たしい声が聞こえたと同時に真下を見る。
股関節の部分で栓をすべき場所の蓋。
その 間から液漏れがひどく、驚いた。
「…っ。」
目の前のハンガーにタオルがかけてあった。
これもまたよくある話で、代謝から失禁する事は折り込み済みである。
生物学者から見たら恥ずべきものではなく特に何の感慨も浮かばないが、
彼はそう割り切れる質ではないようで、その痕跡を丹念に念入りに消した。
証拠隠滅が終わると染み付いたハンドタオルを、
ハンガーにかけて扉を開く。
外を出れば蛍光灯特有の突き刺さるような日差しを浴びる。
その奥、処置室を出た先にはトムが待ち構えていた。
見送りらしい。
彼のファッションセンスは独特だった。
好意的解釈をするなら前衛的か特徴的、
その逆を言えば時代錯誤と言うか服と年齢が合っていない。
首に提げるチョーカーのようなバイザーゴーグルは仕事用で、
何か部品を弄れるよう勤務中はだいたい携帯している。
で、着飾る襟詰めの長袖服はシンプルなブラックで仕立ての良さから映えるが、
その表面に施された意匠はアールデコ調の直線的なラインが走っており、
同色ながらも素材にメッキに類する何かを使っている事から光が流れているように
錯覚する。
宇宙船の艦長でも今日日ここまで洒落た服は着ない。
だがモダンなようでレトロな矛盾が獣医の独特の感性を示すシンボルでもあった。
「どうせまた来るんだし、次の支払いと合わせてその時で構わないよ。」
「ん、あんがと。」
電子通貨を手渡ししようとしたがツケてくれるとの事で手間が省ける。
ディーゼルはトムに玄関まで案内され扉に差しかかったが。
「そういや…あいつら、どうしてる?」
トムは納得したように頷いた。
「ああ、彼らはまだだよ。
何分古いからね、バージョンアップと最適化にまだ時間がかかる。
脳核の筐体がついさっき交換を終えたばかりだ。
喋れるようになるにはもう暫くかかるだろう。」
医者の言う彼らとはノイ達の事だ。
結局彼らは任務を完遂する事なく行動不能から回収。
何を思ったかしらないがディーゼルの提案でこの動物病院に預けられる事になっ
た。
彼には既にこれまでの経緯を離しており、
ディーゼルが尊敬するだけあって事情を早く飲み込んだ。
ただ安請け合いはせずギブアンドテイク、
預かる見返りとして彼らが目を醒すまでの間、
ディーゼルらがその維持費を少し負担する事を約束した。
「死んじゃいないんだな。」
「君にしては珍しい反応だね。
恋人以外は特に眼中にないタイプだと思ってたが。」
「…さぁね。」
そう言ってディーゼルは自宅へ戻って行った。
赤外線のラインが彼に触れると自らゲートを開けてくれる。
そして彼がさって行くとトムは書斎に向けて歩いた。
廊下を戻り左の方へ進路を曲げると、
今では見かける事すら稀な紙媒体が積み上げられた書架に り着く。
その傍らにあるデスクに彼は座ると、
ノートタイプのパソコンを開いてタイプを打った。
現在入院中の二名のパーソナルデータ、
所謂カルテを眺め鼻歌混じりにその文章を読む。
「あの子は奇縁に恵まれているようだ。
そこが見ていて飽きないのだが…不躾な話かな。
犬だけに宝探しは得意なようだ、これは掘り出し物になる。」
彼に呼び鈴が鳴る。
今時無線通話で済ませれば良いものを、
アンティーク調の受話器からベルの音を出している。
その古い端末に手を伸ばせば会話先の人物に微笑んだ。
「トムです、その節はどうも。
件の依頼引き受けて頂き光栄です、はい。」
彼がノートのコンソールを弄る。
新人患者の一人、ノイのサイボーグボディが記憶する設計図を表示させた。
「ええ、オーダーメイドの。
構成パーツに使えそうな部品の在庫確認お願いします。
いいえ、とんでもない。
はい、はい…ええ、助かります。」
メールフォームを会話しながら立ち上げると、
設計図を複製、添付してある場所に送付する。
アドレスにあるのは大手企業メーカーで知られるモンスーノ社。
サイボーグの筐体開発に意欲的な姿勢を見せる企業の筆頭。
どうやら彼は患者が破損したボディに代わりを用意してくれるらしい。
しかも既製品ではなく特注で。
これは高くつきそうだ。
「ではまた後ほど。」
受話器を置く。
トムは微笑みを称えたままだ。
これから通う事になるであろう人物との対話を心待ちにしている。
「君達はどんな世界を見て来たのかな。」
その口振りは医者と言うより目新しい商品につばを付ける子供のようなものだっ
た。
3ヶ月後。
同コロニー017区画。
動物病院のラボラトリ。
脳核とボディを接合する施術室には棺桶のようなベッドがあった。
蓋がアクリルタイルで覆われているその中に、
彼の新しい筐体が閉じ込められていた。
その外見は白い塗装が施された以外は、
殆ど前の彼と同じ姿をしている。
メッシュのはいった流線型のフォルム、
人により近く大型化されている筋肉組織。
そして表情が解り難い爬虫類のような顔。
マジックミラーで外から不可視でも中には複数の眼球が積まれており、
外から見えなくても目は確かに存在している。
どう見てもノイだ。
「移植はできたし…機能は問題ない、機能は。」
柩で眠るそれをトムは傍らから眺めていた。
その手にはリモコンが握られており、外部から覚醒を促す電気信号を発する。
電源がはいると独特の音が棺桶がより響く。
放熱ファンと電子回路の 間を流れる空気が、
排気口から漏れる度に心臓に似たビートを刻む。
「既に覚醒中か、でも言語野が自分で設定出来ていないようだね。
ロジックと言うより本人の問題か、手助けして上げよう。」
指を弾く。
手品のように透明の蓋から音が、声が漏れる。
「あー…ぁああぁぁああああ…っぁあうっあ。」
聞こえる喃語。
それに苦笑する彼は柩の蓋の施錠を外した。
機械仕掛けの蝶番は螺子のような突起を迫り出して自ら開く。
そして。
「ぁぁああああああああっ。」
トムに彼は飛びかかった。
だが医者は微動だにしない。
直ぐに彼が目の前に跪いたのが解るからだ。
「ぇえっえええっぁああう。」
「そちらの自由意志は尊重するが、この設備は貴重品でね。
言いたい事は解るがまずは落ち着きなさい。」
「ぅぐるううるううう。」
まるで異星人に襲われるような際どい緊張感があるが、
トムもまたこう言った事態に対して備えはある。
暴力行為と看做される行動は制限してある、
医者は生殺与奪権が自分にある事を教えた上で彼を制した。
「喉よりも体裁きの方が早かったか。
一応リハビリはこんなものだろう。」
「ぅうううぅううぅ。」
「一応冷静な性格だとお見受けした、
流石にこんな場所では話し難いだろう。
こちらに。」
猛獣使いのように彼を手懐けてみせれば、
舌足らずな彼を引き連れて私室に連れて行った。
小さな部屋で個別診察に使うそこには柔らかいソファが二人分かけてある。
一つは置くに、もう一つは手前に。
トムは奥の方を選び腰掛けた、そして彼はその反対に座る。
「彼らからはよく聞いているよ、
でも何とお呼びすれば良いかな?
名前を多く持つものは居るが、
君のようにそれぞれ意味がある場合はどう呼ぶのがいいのか。」
「…。」
「ああ、済まなかった。
やっぱり声帯の扱い方は苦手だったかな。」
声帯でのコミュニケーションではなく付属スピーカーに切り替えようと、
トムは設定しようとするがリモコンを手にするそれに向けて手を振る彼。
「び必要ない。」
「おや、飲み込みが早い。」
「感謝するべきなんだろうが…この通り見返りに渡せるものがない。
俺はお前に対して何をすれば良い。」
トムは微笑んだ。
髭を蓄えた口元を少し持ち上げる。
「そうだな、まぁ治療費については要相談と言う事で今は保留にしよう。
その前に前金として君の話を聞かせてくれないかな?」
「何が知りたい。」
「まずは名前から、どれで呼べば良い?」
「ノイだ。」
「ふむ、ではノイくん…いや、さんかな?」
「敬称はいい。」
質問の多い医者に彼は対峙する。
知り得る限り、問いには全て応えた。
彼らから見て遥か祖先の世界の有り様、そこでの出来事。
自分の出自、前の身体の事。
そして長生きの秘密。
「スキャナーをかけたが、
君の脳の構成物質のほぼ9割がナノポリマーからなる水分で出来ていた。
基本我々は電脳化に伴い幾らか髄液の代用品としてそれを用いるが、
君の場合それ以上に浸透率が高過ぎる。
この意味は承知しているね。」
「ニューロンエミュレートマッピング(脳神経細胞模倣)のモニタリングによるも
のだな。
俺の脳にはもう天然由来の部品は存在しない、
正確に言えばナノマシン侵 によりバイオコンピュータとして造り変わった。」
この事が何を意味するのかと言うと。
彼の最後の生身は同じタンパク質であろうとも機械回路として掏り替わったと言う
事だ。
そこに生物的な物理劣化は少なく、
適度な年数で冬眠すれば遥か悠久の時間を生き残る事が出来た。
同時に生命として不自然な存在となった事も意味する。
記憶も性格もアトランダムな乱数であろうとも、
神秘として注視されるべきオリジナルとしての価値を失ったと。
「酷な話だと思ったのだが、君は臆しては居ないのかな。」
「存在証明について言えば俺は特に感想を持たない。
よく ねられるが、自分が人間でありたいと願った事はない。」
「それは?」
「人形を恋人だと思うのと同じだ。
それが人間か否かに然程の価値はない、
そもそも他人の言う人と己の言う人は似ているだけで同一ではない。
飛躍した落しどころに必ず価値を置く、そしてそれは真理でありながら曖昧だ。
逃げ水のようにな、なら人間と言う枠組み自体に拘る必要はない。」
「サルトルの言葉に実像がその本質の先に立つとある。
君は他者が君を人と呼ぶ限り自ら敢えて人を名乗る必要はないと言う事かな。
彼らの言う君と言う実像が人である限り、君を人である事を保証(束縛)する
と。」
医者の言葉に頷いてはいるが、
近しいと言うだけでそれをそうだとは取らない。
ただ共感出来ると言う部分は素直に彼は伝えた。
「肯定もないが否定もない。
結局解るのはここに俺が居てそこにお前が居る。
そしてそれは同じでありながら同じになり得ない矛盾があるだけだ。
それの差を敢えて区分するなら自分は機械だと自称している。」
「その言葉は真実だろう、だが君の場合別の意味もあるのではないかな。
例えば逆に自分を人外と言い張る事で、他者が人間である事を保証する、とか。」
「…。」
胸を鷲掴みにされた感じだ。
自分の考えを見抜かれている。
「図星かね、君は感情を面に出せないクチのようだ。
成る程、彼らが気にする訳だ。」
微笑む獣医。
彼は言い返す事はしない。
このような話に終着点はなく、相手の言う事に正否自体の判別が付かないのもある
が。
胸の内に秘めた彼の熱情が言い当てられた事を認めた。
「俺は、自分の痛みを知ろうとすれば知ろうとする程遠くに感じる。
だが他人が何かに挫けた時、それを何故か見過ごせなかった。
俺の持つ筈の痛みが何故か他人が持っているような、
肩代わりされているような気がしてならない。」
「君は他人を映し鏡としてみる事で己の在処を見出しているのだな。」
「ああ、何分一匹ほど他人が混ざっているからな。
自分が不確かだからなのかもしれないが、
もしも人で在りたいと願う彼らがそれを否定された時、
俺が人ならざる者であり続ければ比較から彼らを人間だと後押し出来る気がした。
それでもし彼らが人で在る事を望み続けるのなら、俺は何故か安
出来る。」
「やはり百聞は一見に如かず、だな。
君は厭世的な人間だと彼らは言ったが人自体を見捨ててはいないのだね。
寧ろ肯定するからこそ、必要悪を買って出ると。
それは君にとって幸福かどうかは解らないが、他者が見て哀れむのではないか?」
他人が見る時の瞳は何時もそうだった。
自分が憐憫するのではなく自分が相手を憐憫させている。
ジェイクやディーゼルが突っ掛かる理由がそれだと理解している。
「…だから胸の内を語れない。」
それを認めたなら、自分が嫌う多数決に日和る事を意味する。
例えそれが自分が本来欲しかったものだとしても、
それを押し殺す。
「その心の在り方を知って欲しいと思った事は?」
「あるにはある、だがそれは他人にとってどうでも良い事だ。
彼らの多くはそれを望みはしない、必要のない事は胸の内に仕舞えば済む事だ。」
「苦しい事だな。」
「苦しいとも、辛く、険しい。
だが、痛みで以て正気を保つように、俺の存在を信じる事が出来る。
苦行者や性的倒錯者ではないのだがな。」
自己犠牲な思考。
だがそれは我欲である。
他者を介して自分に鈍い痛みをわけてもらう為に。
そうする事で自分が生きていると思う。
「献身的だな、君は。」
「道具は仕えるものだ。
自ら動けば安全装置としての価値はなくなる。」
トムはリモコンを差し出した。
彼の前にその筐体の主導権を握る を掲げて言う。
「それで過去の主はもう居なくなったし、
不完全でも君の命令の多くは既に達成された。
君に命令する者はもう何も無い、今の君は道具どころか軍人ですらない訳だが。
この後はどうするのかね?」
「鰐は長生きを望む生き方をしない、
血を継がせる為に らい襲うことをするだけだ。」
「この世界を生きる気はない、と言う事かな。」
「生きるしかない、と言う事だ。
望む望まない以前に俺は既にお前達に縛られた。」
リモコンを受け取る。
彼は自分の置かれた状況から生きる事に従った。
新たな身体を得られた以上、作り物であっても残る生身のそれの寿命が尽きるま
で、
或いは理不尽にそれが潰されるまで生きるしかない。
なによりトムは安楽死を推奨する程安い医者ではなかったのを見抜いている。
金も含めた莫大な負債を自分に課しているであろう事を知っている。
「ショーギはできるかね?」
「将棋崩しなら。」
「なら次回それに付き合ってもらおう、それで相方の件だが。」
「既に承諾している、前の身体より不便とは聞いているが妥協したらしい。
外で我々を待っているそうだ。」
「そうか、私も外に出かける事は限られているが…観光案内にどうかね?」
トムは席を立った。
扉の方へ顔を向けると彼に促す、勿論彼もそれには従うだろう。
「一つ
ねるが、このボディはどこまで前のものを再現している?」
「使い心地自体は以前と変わらないが、耐久力は勝手が違うだろう。
テスラコイルはオミットしてある、不服かね?」
「護衛には申し分無い、それを弁えて行動する。」
「有り難い、では用心棒としても頼むよ。」
「それが 望み なら。」
トムは握手を求めた。
雇用人である彼の手を握った。
「こちらの流儀に合わせてくれたのだね、ならこちらもそれに合わせよう。
命令 させて欲しい、暫く宜しく頼む。」
「宜しく、Mr.」
「トムだ。」
二人は部屋を出た。
廊下に並び玄関を抜ける。
こちらを出迎えるように救急車がガレージを抜けエンジンを暖めている。
『よう、新しい身体はどうだ?』
車から聞き覚えのある声。
彼は笑った、スピーカーよりも感情が伝わる。
「トムと結託したな、随分お前好みじゃないか。
下半身 に余計なオプションがついたままだったぞ。」
『娯楽は多い方が良いだろ?』
「ケダモノめ、相変わらず餓えているのか?」
『おいおい、大昔からこんな檻に閉じ込めて良く言うぜ。
こっちゃ何百年分もお預け らってんだ、夢ですらヌいたのが何時だったか。
この際電脳でもかまわねぇ、後で抱かせろ。』
「腕は鈍っていないだろうな?」
『既に検証済みだ、だろう?トムよぉ。』
ノイの視線が獣医に向けられる。
おほん、と咳払いして彼は会話に混ざった。
「クオリアのデータ量が豊富過ぎたみたいだ。
彼には刺激が強過ぎたかもしれないね、まぁ経験値稼ぎには良かったんじゃないか
な。」
『けっ若いのは物知らずだねぇ、
いいオンナを啼かせるのにちょいとしたお手本だろうよ。
あ、そうだそだ…俺のソフト特許降りたか?』
「私の名義で通してある、
射撃制御と性感覚プロセッサの販売はモンスーノを通して、委託販売される。
皆舌を巻いていたよ、独特過ぎて。」
この病院に訪れた ある客 は診断序でにあるものを掴まされたようだ。
それはもう一人の ノイ の持っている10世紀分の知覚データの経験値。
トムはそれを渡され、最新のソフトと組み合わせる事で重戦闘サイボーグのよう
な、
装甲に覆われた者でもより生物としての感覚を夢の中だけでも再現出来ないか試し
た。
結果はプライバシーと閲覧料に関わるので詳しくは言えない。
成果としては彼らの経験値の内、射撃に関わる物はそれなりの手応えがあったらし
い。
大手企業からリリースされるくらいには優秀なFCSを作ったのだろう。
「戦車の制御システムなだけにそこの所は得意みたいだね。
どうかね?今後はプログラマーとして働いてみるのも。」
『オレの身体ができるまではそうするさ、だがよトムよ。
もうちっとこの車なんとかなんねぇのか?
せめてこー、変形したりよ、なんかギミックが欲しいぜ。』
「君の稼ぎ次第かな。」
『マジで、変身出来るのか?!』
「出来ないけど。」
『なぁんだつまんねぇ。』
二人のやり取りを他所にノイが言った。
「とにかく乗らないか?」
『あーはいはい、でトム。
どこに行きゃ良いんだ?』
救急車のドアが開く。
ノイが運転席、トムが助手席。
「そうだな、最近気に入った喫茶店が出来たんだ。
そこでお茶でも一杯。」
『ほいほいりょーかい。』
「俺は酒の方が…。」
『喫茶店つったな、ケーキあるか?チョコが
いたい。』
「ん?まぁあるにはあるが、甘党なのかね?」
『甘いのは好物だ。』
「俺は酒のが。」
一同はトムの通う喫茶店に向かった。
同コロニー015区画。
十字路がまず目につくそこは歓楽街と貧民窟の境目だった。
片方には洒落たレストランが並ぶ一方で反対側には煤けた下層階級の老舗が列を成
す。
その古びた片側の方でディーゼル達は食事に手を付けている。
もっとも彼らのような存在にマトモな食事はないのだが、
お手製と言うランダムな味付けに日頃用意される味覚に飽き、
たまに酒以外の目的で外食する。
券売機から自分好みの味を選択しそれのつまったカートリッジを取り出せば、
露店にあるパイプ椅子を陣取って二人はそこに座った。
見慣れた日常風景を眺めながら早速口に付ける、
カートリッジの味は昔亜細亜で流行ったとされるラーメンヌードルだ。
「あぁ∼いきかえるぅ∼。」
「まっず…。」
ディーゼルは味覚情報にご満悦だがジェイクは逆らしい。
この店は所謂くじ引きのようなもので、
味の変化を楽しむ為にある。
飯が不味いと言うより飯の不味さも娯楽として用意する事で、
味の変化を強引に再現しているつもりなのだろう。
「ん?交換する?」
「別に、元は同じ栄養素だからいいよ。」
「店主に文句言おうか?」
「それ、嫌われる彼氏の典型。
あとマナー違反。」
ジェイクの態度にディーゼルはセンサーアレイの耳を伏せる。
相変わらず恋人の扱いは試行錯誤な様子だ。
既に彼らはあの事件から半年以上が経過しているのに、
故郷たるこのヘイヴンに何か違和感を感じていた。
タイムスリップしたようなギャップを感じている。
「先生は?」
「出かけてるって。」
「そっか。」
彼らはノイ達が回復したと聞いて顔を見る為に昼食序でに病院へ目指していた。
だが言った先の病院は準備中の立て札が降ろされており、
さっき電話で医者から休憩しているとの連絡があった。
目の前で幾つか車が通り過ぎる。
過去に行くのか未来に行くのか、
真逆の方向へ走り去るそれになんとなくそう思うジェイク。
車の動きが自分の追憶を現しているように感じる。
それを眺めていると勝手に脳裏で今までの出来事が蘇る。
不在の父の影を見る幼少期、
生身が捨てられた日、
銃を始めて手にした日、
初めて仕事をした日、
仲間に出会った日、
最大の敵とで在った日、
最愛の人と結ばれた日、
尊敬する人の死んだ日、
救えなかった人を看取った日、
生きろと遺言された日、
そしてこの日。
「このクソアマ!!」
ふと耳に騒がしい声が聞こえた。
「あのねぇ、しつこいの。
アンタみたいな童貞はお呼びじゃないのよ。」
視界の隅で娼婦と客のトラブル。
黒いドレスを着たボブカットの女が暴漢に言い寄られている。
取るに足らない話だ。
「お客様あのー…当店では大声で叫ばれますと他のお客様にご迷惑が。」
「やかましい!!」
哀れな事に二人のやり取りを見兼ねたウェイターが注意をしたが、
その無謀な勇敢さがたたって彼は暴漢に投げ飛ばされた。
着飾る燕尾服がガラスを砕いて、
菓子や食品サンプルの収まるショーウィンドウに頭から突っ込んで、
人工血液の血飛沫を撒き散らしている。
「ボット風情がしゃしゃりでてくるんじゃねーよ!!」
あまりにも騒ぐので馬鹿馬鹿しくなったのかジェイクは考えるのを止めた。
となりでその光景を観戦するディーゼルを引っ張り場所を変えようとしたが。
「あれ?」
ディーゼルが何かを見つける。
顔馴染みがあの騒がしい喫茶店に居たのかと首を傾げるジェイク。
もう一度そこへ視点を落すと白いサイボーグが暴漢の前に出た。
何処かで見た事の在るような形だ。
だが彼らの知るそれは大分古く、
既に廃品となっているのでたまたま似たようなモデルを見かけただけだと思った。
「行こうぜ、ディーゼル。
先生も戻る頃だろう。」
「ああ、え?」
ジェイクに手を取られるが白いサイボーグがあの場所で暴漢に言った。
「静かにケーキを愉しみたいんだ。」
そう言うとウェイターから拝借したであろう盆に乗せたチョコレートケーキの載る
皿を。
パイ投げと同じ要領で相手の顔に思いっきり叩き付けた。
殴り込むようにしてはっ倒される男、
顔面をそれで押さえ付けられ地面に磔にされている。
「なんかおもろい事になってんぞ。」
ぱたぱたと好奇心を耳の動きで表現すると、
ディーゼルはジェイクを引き止めてもう少し観察する。
ジェイクは相棒の悪趣味に溜め息をついて興味無さげにベンチに座り直す。
彼はそこを見ず頭にあるプレイリストに最近取り寄せた新しいアルバムを再生、
暇潰しに音楽鑑賞を始める。
「もがもご…もがが!!」
「生クリームとブルーベリーのペーストの味はどうだ?
ガトーショコラのカカオ分と砂糖の絶妙な配分は味わえるか?
それとも味覚はそこまで高品質じゃないか?
ん?どうした?美味いのか不味いのか教えろよ。」
「てんめぇ!!」
暴漢が顔を押さえ付ける盆を剥ぎ取って白いサイボーグを蹴りとばす。
吹っ飛んだように見える彼だが受け身はとって、
背中にある他の客をベッドにしてぶつかる事なく踏み止まった。
「なんだ、あのオンナの新しい男か!!
おいリサ!!こたえ…あああ!!??」
娼婦は既に姿を消している、
良い判断だ逃げた。
「俺は知らんよ、ただ五月蝿いから相手をしてやってるだけだ。」
「にゃろ…くそったれムカつく。
逃げられるわ、クソ不味い駄菓子叩き込まれるわ…。
探すのは後だ、そこの白いの壊させろ!!」
暴漢の表面が破ける。
相手が大男に擬態した違法改造されているサイボーグのようだ。
太い腕からハリネズミのように小型化された火器が迫り出すと、
白い相手に向けてありったけの弾丸を放った。
「ウェイターといい、内装といい修理費は誰持ちなんだ?」
白いサイボーグは壁に向けて走ると飛び移り、
壁を勢いで壁を大股で三歩歩いた。
そうやって敵の銃撃、サブマシンガンの集中砲火をかわしながら接近。
インファイトに持ち込めばまずは頭部に向けて壁から跳躍。
加速を更につけ飛び蹴りをその背の高い暴漢の首に放つ。
「ぼぐぅっ!!」
首がカットされた。
スキンヘッドのいかにも人相の悪い人形の顔は導線を引っ張りながらある場所に放
たれる。
「あで!!」
音楽を愉しんでいたジェイクの顔にぶつかった。
しかも最悪な事に人間に模したスキンヘッドの唇が彼の頭部に汚いキスマークをつ
ける。
「ぎゃー!!ジェイクー!!」
相棒の安否もあるが額に付いたそのマーキングを拭こうと何度も何度も彼のそこを
手で拭った。
「泥があったらそれでも洗いたい気分だぜ…。」
がっくりと俯いている。
傷物にされたオンナのような反応だ。
意外とジェイクもショックだったらしい。
方や向こうでは乱闘は続いている。
どうやら飛んだ頭に脳波なかったのか、
胸から目玉が開いて白いサイボーグと対峙を続けている。
「成る程、そんなに不細工だと苦労するな。
通りでモテない訳だ。」
「抜かしやがるぜ、白いの。
お前のナリで言えたクチか!!」
背後をとられ数回蹴られるが体格差で大した打撃を受けていない暴漢。
腕を振り回し白い相手へ反撃に出る。
「生憎伴侶には恵まれているのでな。」
3回側転、そこから両腕を使ってムーンサルト。
曲芸のように高く飛び上がれば相手より上回る位置から中空に登り詰め、
踵を破損部に向けて振り下ろす。
「のはぁ?!!!」
見た目では踵が首の付け根にめり込むくらいの変化しかないが、
暴漢の内部では内臓が垂直落下の衝撃で位置を一部下へずらす。
「ちゃらちゃらと銃をつけた所で一回こっきりじゃないか。
小型化で余計に弾数が減ってる、兵器としては出来損ないも良い所だ。」
停止する暴漢、相手が姿勢をぐらつかせる瞬間に降りて、
白いサーボーグはそこから離れた。
着地と同時に仰向けに倒れる暴漢。
「さてどうしたものか、折角の観光だと言うのに落ち着きがない。」
そうやって自分の席へ戻ろうとした。
オープンテラスではなく内野に背中が消えて行く。
しかしそこへ向けて暴漢の腕がゆっくりと向けられた。
まだ数発分銃は撃てるらしい。
『ファンファンファンファン!!』
途中でサイレンを真似た大声。
そして銃声と共に衝突音。
暴漢は何かに轢かれた。
「あ、あれ?」
ディーゼルは相棒の心配の最中そのサイレンを聞くと、
喧騒の中心である喫茶店に顔を向けた。
ジェイクは何か変化があったのかと同じくそこを見る。
「…救急車?」
救急車が一台、先程の暴漢を壁にプレスする形で停車している。
暴漢はもう今となっては踏み潰されたゴキブリ宜しく、
身体の中にある部品をミンチにしながら破裂させていた。
救急車はそれが解ると自らバックし、白いサイボーグの隣に移動した。
『あの藪医者抜け目がねぇぜ、
オレの身体の装甲この車に取り付けやがった。』
「だと思った、 えない男だ。」
『あーあー…魔改造されたあげくこれを人質にされるたぁついてねぇ。
おまけにチョコもお預けと来た、慰めてくれよ勃起モンだぜこれ。』
「夜まで待て。」
喫茶店の中レストルームからナフキンを手にする男が出て来る。
そして変わり果てた店を見て感慨もなく言った。
「おやおや随分と見晴らしが良くなったじゃないか?
改装工事はまだ先だと思ったんだがね。」
「随分と長いトイレだったな。」
「途中電話が来てね、ここ店内だと通話禁止なんだ。
中継ポートがそこしかない。」
「そうか、でどうする?」
白い海兵隊のような衣装、
首に提げるバイザーゴーグルのチョーカーは変わらない彼。
それが店の外に出ると先程引き倒した暴漢に近付く。
「生きているのかね?これ。」
「しぶといようだ。」
「丁度いい。」
彼が機能停止したそれの優先接続ジャックに、
注射器に似たデバイスを取り付けてみる。
「ひっ!!!」
巨漢から悲鳴があがる。
「あ、生きてる生きてる。」
医者は安否の確認をしているが、
暴漢はどうやらそれどころじゃないらしい。
「あがぁあああっひゃぁあ…ぁあああ!!」
身体がガクガクと震えている。
それはあまりにも気持の悪い様で、
傍から見れば拷問、いや嗜虐的な行いを受ける豚のようだ。
「わぁあああがぁあぁああああああ!!」
雄叫びと共に何か新たに飛沫を上げた。
何かは言わない方が良さそうだ。
「やっぱり君達のプログラムは刺激的過ぎるようだ。
デチューンしないと、麻薬だな、これは。」
正当防衛序でに暴漢をマウスに使った彼。
自作のプログラムの出来映えを見て肩を竦める。
「それを悪用しようとするお前も恐ろしいと思うが?
哲学者。」
「使える物は使う、時間も部品も人間も、そして状況もね。」
「これは飛んだ曲者だ。」
「場所を変えようか、ただ怪我をすれば救済するつもりだったが。
この様子から自業自得のようだしね。」
救急車のドアが開く。
二人を向かい入れた。
乗車し残骸と茶店を放っておいて走り出そうとする。
「なんだったんだ…。」
ジェイクがそう言うとディーゼルがまた何かに気付く。
「あれ、助手席の方トム先生じゃね?」
「え?!」
窓ガラス越しに見える車内。
そこには見覚のある奇抜な格好をした男が白いサイボーグを従えて。
ふとその男が彼らと視線を合わせると運転手になにか喋った。
車は一度彼らを通り過ぎたが、
対向車線に向けて一度 回して彼らの方へ近付く。
そして扉が開くとジェイク達の前に白服―トムが降りた。
「おや、近くで見ていたなら声をかけてくれれば良かったのに。」
「いや、俺達もさっき気付いたばっかりで。」
「丁度いい、乗るかね?」
トムの提案に二人はお互いの顔を見合わせる。
「 彼ら に用があるのだろう?」
トムはそう言う。
ジェイクは頷いた。
トムはそれを聞きつけると後部座席、
所謂施術室も兼ねたワゴンの方へ彼らを導く。
ジェイク達の乗車を受け入れた車は最後にトムを乗せる事で移動する。
「センセ、運転してるそいつ誰?」
前方車両にジェイクが声をかける。
「鈍いんだな、君。」
「は?」
「なんでもない、最近助手として雇った。
後で紹介しよう。」
車が病院ではなく別の方角に向けて走る。
それにディーゼルは首を傾げた。
「あっちじゃないのか?」
「折角の休憩時間を台無しにされた。
気分転換も兼ねて適当に店を探させてる。
何かリクエストはあるかい?」
「じゃ酒屋で。」
「まだ昼頃なんだが。」
「着いたら夜さ、それにアンタ休日だろ今日は。」
「そうだね、助手頼むよ。」
運転席の男は頷いた。
進路を人気の薄い酒場に向ける。
丁度テラス席のある店がここから近距離に見つかった。
そこへ一行らは目を付ける。
「あいつら、どうしてるかな。」
「あいつら?」
ジェイクの独り言にディーゼルは
ねる。
「決まってるだろ、あのバカオヤジ達さ。」
察しが悪いと頭を抱えて溜め息つくジェイク。
ディーゼルはそれを不思議がった。
途中納得がいったのか、頷く。
「さっきの見てなかったんだなジェイク。
あいつならここに居るよ。」
「はい?」
「いや、だからさ―」
ジェイクに対し説明する前に彼らの居る室内から別の声がした。
『バカオヤジか、何時からテメぇはオレのガキになったんだオイ。』
「!?」
「―だからさっきから居たんだって。」
ジェイクは前方車両を振り返る。
かな覗き穴から見える白いサイボーグに漸く目がいった。
新素材で設計されており雰囲気は違うが紛れもなく知っている人物。
今日会う筈だった男は先程から既に同室していた。
「…本当にあいつなのか?ならお前は!?
いまこの車どこに!!」
『何処もなにもこの車にのっけられた。
これが今のオレの身体らしい、あの藪医者…オレはタクシーじゃねぇんだぞ。』
室内に視線を凝らすと心電図を示す小型モニターの端末に、
見覚のあるキャラクターが出現した。
二頭身の鰐のフェフォルメキャラクター、
悪戯好きな笑みを貼付けて腕を組んで彼らを見ている。
『ようトカゲ。』
「ようイヌコロ。」
鰐のキャラクターが腹を抱えて笑いを堪える。
「死に損なったな。」
『ああ、生かされた。』
「残念だったな。」
『別に、何時も通りだ。
使い手が馬鹿だったんだよ、俺達道具はそんなもんだ。』
過去の呪い(コマンド)を終えてもその生き方を変える気は無いらしい鰐。
その言葉に溜め息をつくディーゼルら二人。
「人間同士仲良くしようぜ?」
『…。』
そして彼らもまたそこは曲げない。
しつこかった。
子供らしい。
『 アバター(ソフト) は気に入ったか?ボウズ。』
話題の転換に咳き込むディーゼル。
ジェイクはその理由を知らない。
「おい、おっさん…。」
「何の話しだ?オイ。」
「ジェイクは知らなくて―。」
『なぁに、嫁さんオカズにするのに丁度いい玩具を―。』
ディーゼルは心電図の電源を引っこ抜いた。
それで鰐のキャラクターの姿は消えモニターは光を失う。
声も失せた。
ディーゼルは息を荒げているのか必死な様子で黙らせた。
「ジェイクは、気にしなくて良いんだ、よ?」
「よくわからねぇけど、わかった。」
運転席の窓に酒場が見える。
そろそろ到着だ。
3時間後。
彼らは酒屋に居る。
ディーゼルとトムは外の席で長談義。
どうやらトムの講義に付き合わされているらしく、
そこに固定されて逃げられないらしい。
その様子を眺めるように外では無造作に救急車が停車している。
中に居る ノイ は運転手のため飲酒は禁止、
たまに運ばれるサービスで味覚データのソフトドリンクを受信して、
二人の会話を聞き流していたが。
トムの強引な要請で結果的に巻き込まれる事に。
ディーゼルは被害者の出現に少しは肩の荷が下りたのか、
生け贄に彼を捧げジェイクの方へ逃げようと を伺う。
『だからよ、死生観が違い過ぎるんだって。
俺にとって生きてるってのはナリだけのそれだろうが関係ないっつーの。』
「なら自分の存在を確かめるのに他者はやはり必要なことではないかね。」
『そりゃそうだが、好きか嫌いかはあるだろう。
オンナだからって全部抱ける程オレは寛容じゃねーぞ。』
「なら君は最後の曲面で彼らを見過ごした事は君のその主義に矛盾する。
君もまた彼らと同じ価値観を持っていたのではないのかね?」
『あれは状況証拠が不十分だったから見過ごしただけだ。
相手の分析は必要だろうが。』
「だがその過程を省いてでも本来の役目に従う事も出来た筈だ、
ならこれは君達の抱える機械の在り方の一つではないかね?」
『それは人間がやることだ。
俺達は!機械!歯車!だから判断は人間がするつってんだろ!!』
「だが主たる人間は既に死に絶えている、
その中で君達がとったその自由思考はその判断と言っても良い。
であるなら、その限りに於いて君達は人間であった事を赦された訳だ。
君はその事に機械として成立させる説明は出来るかね?」
『それは…。』
ディーゼルはトムの注意を彼に集めている今、
カウンター席に並ぶジェイク達に忍び込もうとした。
しかし。
「君にも意見がほしいな?」
トムがその肩を掴んだ。
それはサイボーグなら振り解ける程か弱い物だが、
そこから感じる威圧感と言うか日頃世話になっている腐れ縁から鎖となり、
彼の首輪を引き戻す。
「…はい。」
俯いてそう呟くと彼は再びトムの会話に付き合わされた。
哲学談義はまだまだ終わりそうにない。
「如何しますか?」
ジェイクに ねるバーテンダー。
ジェイクはジントニックの味覚データを求めた。
隣にいるノイは既にグラスが用意されている。
電子媒体ではない本物の酒。
サイボーグ用に供給ストローのチューブが着いているが、
アナログ式である。
それを少量ずつ蝶のように啜っていた。
彼を眺めてジェイクは少し羨ましそうにした。
「新しい身体でもそんなのにしてんだな。」
「あの医者の計らいらしい、スタンドアロンもそのままだ。
相変わらずウェブサイトには外部端末が必要だ。」
「そうか。」
会話は素っ気ない物で、無言が続く。
遠くに居る3人の方が五月蝿く聞こえる程静かだ。
ジェイクは別にこの静寂が嫌いではなかった。
音楽好きで普段はそこから漏れる騒音に陶酔するも、
たまに無音が恋しいときもある。
音がなくてもそれが音楽として成立する。
ただ一味今は足りない。
自分の知らない 楽器 の音が身近に居るのに、
中々奏でてくれない。
「…あの時の続き。」
「?」
ストローを外し飲酒を中断するノイ。
その口は固形物を噛み砕く はないが、
味蕾細胞が詰ったセンサーの豊かな舌が酒で濡れているのがわかる。
「アンタの話が聞きたいんだ。」
「…。」
「駄目、か。」
相手の反応に拗ねたようにそう言う。
哀しかったが、そう言う方が彼らしいと納得出来る。
止めておこうとジェイクは口を閉ざす。
「俺はお前をよく知らない。」
「?」
「たった一日で何もかも解れば苦労しない、
そこで思ったのが俺は俺ではなく 誰かに重ねて見られている 事くらいだな。」
ノイが臆測から感じ取った事。
シャングリラでの決戦でジェイクの様子を常に冷静に見ていた。
殺そうとした時もセンチメンタルな気持は抱いていない。
ノイ のように彼らが生きる事を認めているとは言え、
生かしたいと言う理由から攻撃の手を緩める事はしなかった。
「誰に重ねた?」
ジェイクに問う。
「大分前、と言うかまだ最近…アンタみたいなヤツと
世界を守るって感じのヒーロー野郎でさ。」
「ほう。」
った事がある。
「そいつは、世界の天辺まで行った。
それの見返りに月からぞろぞろ人間がやって来る訳だが。
そいつ自身は何の得もしてない、死んじまったしな。」
ジェイクはそう言って酒の味を含むカートリッジに口を付ける。
自棄酒のような一気飲みの動作で。
「アンタと同じ、て思ったんだ。」
「…。」
「俺はそいつを引き戻したかったらしい。
テメェの居る地面に引っ張って、何がしたかったのかは知らない。
ただ、あの身投げは許せなかった。
自分がどうでもいいって感じのそれにはウンザリだ。」
ノイはそれに対して口を開く。
それは相手を馬鹿にする物ではないが耳障りの良いものではなかった。
「俺のはただの役目だ、ただそうしただけだ。
それが出来なかったのは俺の実力不足と他人の妨害の相乗効果に過ぎん。
そいつと違って誰かを 救いたい なんて思った事はないよ。」
「そうかい。」
「ああ、そうだ。
救済はあってもいいと思う、だが他人事だ。
その殉教者がそれでいいなら俺もそれでいい。
決めるのは本人の話だ。」
「それが心底ムカつくぜ。
結局他人に擦り付けるようでな。」
ジェイクは頭を抱えるようにした。
自分が思う気持がやっぱり途方もなく無力に思えた。
ロマンチストなのだろう、若さ故に。
「俺はシャングリラで犬にこう言った事がある。
多数決で決まる人間に興味はないと。」
「…。」
「だから、お前の在り方も、そいつの在り方も異議を唱える事はしない。
同時に認めもしないがな。」
合わせるように酒を呷った。
グラスの中身が空けて行く。
ノイの口から音が漏れる。
「ただ、あの時自分で言った事も曲げるつもりはない。」
ジェイクの頭を彼の手が撫でた。
「 機械 としてではなく 同じ人間 として言ってやろう。
俺はお前に生かされた事でお前が救えたと思ったのなら、
俺は何故か安心出来る。」
「…え。」
予想外の言葉に改めるように振り返った。
自分に手を伸ばして撫でている彼の姿が見えた。
「お前は俺達(俺とお前)を救ったんだ、それを誇りに思え。」
そう言うと手を離した。
再びその腕で酒を呷っている。
ジェイクは逆上せたのか、少し目眩がした。
脳への許容値が上限に達するには早い。
だが酔ったと思い込む事にする。
嬉しかったとは認めない、相変わらず素直じゃない。
「どうせ、気休めだろ。
アンタがらしくないコト言う時はそうだって。」
ノイへぶっきらぼうにそう言う。
彼に照れ隠しかそう言うとまた思わない光景を見た。
両腕でカウンターに突っ伏し顔を埋めている。
「ど、どした。」
「…【CENSORED】が。」
「酔ったのか?」
「おい、バーテン。」
ジェイクを無視して身体を持ち上げると店主に命令する。
ありったけの酒をもってこいと注文した。
店主はそれに戸惑うが相手に気迫に圧されしぶしぶと、
ウィスキーの原液をそのままグラスに注ぐ。
サイズはジョッキでそんなもの飲めばとんでもない事になるとジェイクは内心戦い
た。
「本音を言った途端にこれだ、だから嫌だったんだ。
人間なんぞ知らん、俺が馬鹿だった。」
そう言うと口から酒が れるのも構わず腹に溜め込む。
彼は怒っているらしい。
あの時ですら怒りなど微塵も見せた事もない彼が。
それをジェイクが見るなら。
とても人間らしくて。
笑えた。
「あっはっははは…はははは…ははははは!!!!」
爆笑。
快活な笑いが店内に響く。
それに遠くの席で聞きつけたディーゼル。
何か面白い事でもあったのかと直に馳せ参じたかったが。
「ディーゼル?まだ論議の最中だよ。」
「…はい。」
彼はまだ行けない。
第6へイヴン郊外。
資源が限られているからこそ貴金属やレアメタルが
相も変わらず激戦区になる。
この無価値に近い荒野で銃撃戦を続ける。
かに残る鉱脈の奪い合いは、
「増援の到着いつだっけ?姉さん。」
【>あと3分ほどですって。モニカから通知あったわ。】
ラウリンからの報告。
ジェイクとディーゼルはライフルを携え掘削施設の貯水槽の影に隠れ、
表にいるであろう敵の銃弾を凌いでいる。
まだ頭を出せる程弾雨は収まっていない。
撃鉄を起したまま敵の様子を眺める。
「友軍確認、足の遅い事で。
なんか大荷物見えるんだけどアレなんよ?」
ディーゼルが通信衛星で見えた映像をオペレーターに問う。
そこから見えたのは荷台にテントを張るトレーラー。
【最近 とっておき が仲間に加わったらしいんですって。
秘密兵器だとか…まぁいいんじゃない?
次のシフトは彼らなんだし、合図が出たら前に出て。
お遊戯はもう終わりよ。】
「そうさっさと終わらせてくれりゃ良いんだが。」
貯水槽に大穴が空いた。
貫かれる先に彼らは居るが残念ながら大外れ、もっと下だ。
穴の開いたその真下でありったけの水を浴びている。
「ディーゼル、ちょっと敵さんにお
据えていいかな。」
握り拳を作りながら笑い声でジェイクが問いかける。
水も滴る良い男と言ってディーゼルは彼を宥めてた。
ジェイクは不服そうだが我慢する。
【相変わらず仲が宜しい事で、そんなに新婚旅行楽しかった?
しかも半年分、さぞ濃密な時間を過ごした事でしょうね。】
「生憎そうでもないさ、旅行先は閉園してたし変なのと出くわすし。
脳を焼かれそうになるわ休んだ気がしないよ。」
【それは災難ね、でも給料分きっちりと働いてもらうわ。
私の旦那のお給金もかかってる訳だしね、稼ぎなさい。】
【NOTICE/LAURYN_NOLAND】
【OFF LINE】
【CHANNEL DISCONNECTED】
「相変わらず人使いが荒い事で。」
ディーゼルが愚痴る。
同施設屋外。
【NOTICE/LISA_BLUEROSE】
【>send to ALLIGATORⅤ&CROCODILEⅣ】
【>ご到着のようね、準備はどう?】
丘かに停車するトレーラーに身丈は迫る銃を構えた男が姿を現した。
オリーブグリーンの筐体、ノイが戦車の機銃を手に崖に身を乗り出した。
【>感度良好、障害物の問題は軽微。
支援は何時でも。】
【そう、じゃ子供達の出迎えお願い。
大人らしくエスコートしてあげて。】
【リサ、その前に質問がある。】
匍匐姿勢に寝そべった状態で銃身を下へ向けた。
屋上に見える二人のサイボーグを彼の視界が捉えると、
その正面に対峙する敵に照準を合わせた。
【理想郷で前に った事ないか、お前。】
【さぁね、貴方みたいな 索屋は知ってるけど。
貴方のことは知らないわ。】
【そうか。】
【お喋りは後にしましょうクロコダイルⅣ。】
【了解、園児を連れ出す。】
【NOTICE/LISA_BLUEROSE】
【OFF LINE】
【CHANNEL DISCONNECTED】
彼の銃が火を噴いた。
小気味よく硬音が響くと遠くの敵は前方に居る二人の注意が薄くなった。
そしてその二人が敵の動きが止まる所につけ込んで駆け付ける。
どうなるかはもう察した。
「アリゲーターV出番だ。」
トレーラーの垂れ幕が自ら剥がれ落ちる。
そこにはLethalDoseの面影を残した戦車が立ち上がった。
角張った旧式然の外装は最新鋭のくせに相変わらず古くさい。
『イノセントもツイてねぇな、助手どころか出張ベビーシッターまで請け負うた
ぁ。』
「モンスーノのデモンストレーションも兼ねている。
前のボディがやたら気に入ったんだろう。
新商品の下見だ、付き合わない訳にはいかん。」
『だな、まだ俺の分の素体が出来てねぇ。
それまでもうちっと付き合うかな。』
歩く戦車が彼に並ぶ。
ノイ、イノセントと隣になると困ったような溜め息を零した。
『なんだよ、世界を救った英雄様なんだろ?
何手こずってやがる。』
「接近戦以外ヘタクソだ、目も当てられん。」
遠い先の彼らはまだ取っ組み合っている。
切り込み役は上手く働いているが、
ハッカーは自分の手が通じていないらしく少し味方の足を引っ張っているようだ。
「先に行け、援護するぞ。」
『こりゃ手間賃が要るな。
幾ら出す?イノセント。』
「ノヴェンバー…その前に維持費を気にしろ。
実験機を傷つけたらどうなる、
借金の増額の上に哲学者との講義が延長するぞ。」
『…そりゃぁ…勘弁だ。』
「だろう…ただその分付き合ってやるよ、久々にお前の肌が恋しい。
絞り尽くしてやるから精々萎えさせるな。」
『おうとも、久々のラブコールだ。
オレのロデオについてこいよ、黄色い声上げさせてやる。』
「…俺が昇天しない程度にしてくれ。」
戦車が走り、アークジェットの炎を吐きながら飛び上がる。
崖を一気に下って下方に居る敵の駆逐に当たった。
それを見送る彼は何度も弾丸を放った。
頼りない子供達にエールを送るように。
彼らが帰路に着けるように。
その思いの数だけ薬莢が散る。
彼はその中で子供達の行く末に興味を抱いた。
狭い世界しか知らなかった彼。
混沌に投げ出された彼。
その彼が思った。
この世界にはまだ見ない物が れている。
その一部を見せてくれた愛しき子等に。
願いを抱く。
俺(過去)の話はしてやった。
今度はお前の番だ。
お前(未来)の話を聞きたい。
俺はお前の話を聞きたいんだ。
お前達人間の生きた証を記憶する道具として。
その胸の内を聞かせて欲しい。
今だけなら言える。
それが俺の持つ。
かに残った、人としての欲望(ヒューマンビヘイビア)だから。
「…もっとも、知られたいヤツに限って秘密のままだがな。」
銃声が再び鳴った。
End.
CAST.
DSL-0013.(DIESEL)
JAKE.JETTISON.
Dr.TOM.
VICTOR.D.MEDVEDEV.(Counter.Guardians.)
ALLAM.A.AZRAEL.(Counter.Guardians.)
WOLF.(Counter.Guardians.)
MONICA.VALENTINE.(Operator.)
LAURYN.NOLAND.(Operator.)
TERESA.REDGRAVE.(CU.)
MEI.MEI.(CU.)
AGUDO.(CU.)
LISA.BULEROSE(CU..?)
RAGNAIDE.AMALGAM.(Exusia.)
ROTTEN.CARMINE.(FAITHFULL.)
NOFACE.(NOCTO.)
NO I.(INNOCENT.)
NO I.(NOVEMBER.)
Thank you.