守屋牧人 - 経営教育研究センター

卒業論文
複数業界に跨る製品関連市場は
いかにして形成、育成されるか
~ディズニー・ポケットモンスターを事例に~
平成 21 年 4 月進学
経営学科
学籍番号 720242
守屋牧人
字数:20557 文字(図表等含まず)
目次
Ⅰ:問題意識
Ⅱ:研究対象と研究意義
Ⅲ:先行研究
i)コンテンツ産業・コンテンツ財の特性
ii)コンテンツ産業におけるマルチウィンドウ戦略
iii)コンテンツの評価尺度
Ⅳ:事例研究1
ディズニー
1,ディズニー社の沿革
i)ミッキーマウス誕生時のディズニー社と同業他社の比較(~1928)
ii)ディズニー社のシナジー戦略(~1995)
iii)収益構造の転換(1996~現在)
2,ディズニーの競争優位性
i)版権管理による統一したブランドイメージ
ii)作品づくりと並行したサブコンテンツの開発
Ⅴ:小括と仮説
Ⅵ:事例研究2
ポケットモンスター
1,ポケットモンスターの概観と沿革
2,ポケットモンスターの競争優位性
i)一元化された版権管理に到るまで
ii)シナジー戦略の追求
Ⅶ:結論と考察
Ⅷ:図表・参考文献一覧
2
Ⅰ:問題意識
「東京ディズニーリゾート入園者、不況でも過去最高」
「ワンピース最新刊、発売初週で 136 万部を売り上げシリーズ累計 1 億部を突破」
「ポケットモンスター新作、DS ソフト史上最多の初週販売 255 万本を達成」
上記は全て、2009 年後期または 2010 年の新聞・雑誌の見出しである。50 年に一度の大
不況と囁かれ、車、家電、本や音楽 CD などあらゆる商品の売れ行きの伸び悩みが顕在化し
ている昨今であるが、そんな中、映画・音楽・アニメーション・ゲーム・・・などの文化
的作品(いわゆるコンテンツ)が日本に経済的価値をもたらすと持て囃されている。海外
市場において日本製の自動車や家電が東南アジアや中国を初めとした発展途上国の進展を
受けて軒並み苦戦するなか、海外では日本製のコンテンツが引く手あまたの状態であると
言われ、2010 年 4 月には経済産業省により具体的な数値目標とともに日本の新たな成長産
業として明確に位置づけられるようになった。1宮崎駿監督のアニメ映画が全米に受け入れ
られるようになった事、少年ジャンプを初めとした漫画やアニメコンテンツが莫大な売上
を記録している事など、確かに「これからの日本はコンテンツで戦っていける」としてコ
ンテンツ産業が戦略的成長産業領域として位置づけられる事に一理あるように思えてしま
う。
しかしながら、私は真の意味で日本発のコンテンツ産業において大きな成功をおさめて
いるのはほんの一握りしかないのではないかと唱えたい。
コンテンツ自身がいかに売り上げを伸ばそうと、いかに瞬間的に利益を享受しようと、
そのコンテンツを中核にした商品・サービスが展開され持続的にその関連市場が維持拡大
され続けなければその利益はコンテンツを創り上げた天才クリエーターの存在によってし
か担保されることがない。桁違いの資金と時間をコンテンツ製作に投入する米国企業や巨
大なマス・マーケットを抱える途上国のコンテンツ製作現場が隆盛するにつれて、このよ
うな「コンテンツの質」だけに頼った日本のコンテンツビジネスは限界を迎える。今コン
テンツビジネスに必要なのはコアとなるコンテンツをどう創り上げるかという領域を超え
て、どう売るか、どう活用するかという議論が必要となっている。『文化的色合いが強く定
性的な指標で数値化し難いコンテンツというものがマーケティングの対象として十分に確
立されていない』2のである。
つまり本論文は、「(コンテンツ産業のように、
)中核製品から派生した拡大製品・商品が
1
2
経済産業省より http://www.meti.go.jp/press/20100514006/20100514006.html
石井淳蔵(2002) 『インターネット社会のマーケティング』より
3
多数の業界にまたがって展開される業界において、持続的にその製品関連市場を育成する
にはどのようなマーケティング戦略をとるべきなのか」という問題意識を根底に置いた研
究を行うものである。
Ⅱ:研究対象と研究意義
以上の問題を明らかにするため、本論文ではそのコンテンツ産業の中でも「ディズニー」
と「ポケットモンスター」というふたつのキャラクターを中心としたキャラクタービジネ
スを研究対象として定める。かたや映画作品、かたやゲームをコアコンテンツである両者
であるが、そのひとつの製品(作品)が市場ジャンルやエリアを問わず関連市場数兆円規
模にまで拡大し巨大で長期的なひとつの市場を形成しているコンテンツはこのふたつをお
いて他になかろう3。世界の二大キャラクターを手がけるふたつの企業を分析してその共通
点を模索し、マーケティング戦略の示唆を得る事を目的とする。
コンテンツは消費者にとって極めて高い関与性(こだわり)を持った商品である。そし
てコンテンツが最終的に提供するのはその「世界観」であり、これは通常の商品(いわゆ
るモノ)の「ブランドコンセプト」に通じるものがある。つまり本論文で研究の対象とし
たコンテンツ産業、とりわけキャラクター産業は高関与製品のマーケティングやブランド
マーケティングを考える一助となると考えている。
ここで混乱を避けるため、「コンテンツビジネス(産業)」という言葉と「キャラクター
ビジネス(産業)」というふたつの言葉の違いを明示しておきたい。経済産業省監修のもと
「コンテンツ産業」とは「映像/
に刊行されている『デジタルコンテンツ白書4』によれば、
音楽・音声/ゲーム/図書・新聞・画像・テキスト」の4分野を取り扱う産業全般を指す
言葉、との定義がある。一方で「キャラクター産業」とは、キャラクター使用の権利(商
品化権)の売買契約をもとにキャラクターの保有者(ライセンサー、版権者)と使用者(ラ
イセンシー)とのライセンス契約によって成り立つ産業を含む。例えばキャラクターを用
いたぬいぐるみや食品といったいわゆる「キャラクターマーチャンダイジング」は狭義の
「コンテンツ産業」の範疇に含むべきではないものであるが、本論文の考察の対象として
扱いたい。それゆえ私は映画や小説、マンガ、アニメ、ゲームといった大衆向けエンター
テインメントそのものの制作と流通を核にはするものの、それを多様なかたちで応用しそ
のキャラクターやタイトルの商品やサービスとして展開していくビジネス全体を包括する
3
Gisquet, Vanessa; Lagorce, Aude (2003-09-25). "Top-Earning Fictional Characters".
Forbes より。The best earning characters in the world の No.1 がディズニー、No.2 がポ
ケットモンスターであり、それは 2002 年以降 8 年間変わっていない。
4 財団法人デジタルコンテンツ協会(2006)『デジタルコンテンツ白書 2006』より。
4
言葉として「キャラクタービジネス」という言葉を使っていく。
また「コンテンツ産業のマーケティング」という大枠に含まれる本論文であるが、それ
ぞれの言葉についても明確に姿勢を示したい。
1)本論文では「ゲーム産業」
「映画産業」
「漫画産業」といった業界別の議論ではなく、キ
ャラクターを中心にコンテンツビジネス全体を包括するマーケティングの議論を目指し、
その波及効果も含めた「市場開発戦略」として考察を進めたい。
2)また「マーケティング」という言葉についても「出来上がった作品をどう売るか」とい
う製品を所与のものとしたバリューチェーンの下流工程のみを扱う狭い枠組みではなく、
商品開発から顧客維持に至る広い視野を持って考察の対象としたい。
1 のように考えるのは、商品(作品)単独のマーケティングであれば、例えば「映画を売
るにはどうすればいいか」ならばその映画の観客動員をいかに増やすかに焦点が当てられ
る。しかし近年のコンテンツマーケティングにおいては原作の文庫本やサウンドトラック
に特典付きの DVD をいかに売るか、出演俳優をいかに売り出すか、いかにセリフを流行語
にするか・・・など「ひとつのコンテンツを中心とした市場」をいかに創り上げるかが鍵
となるからである。
2 のように考えるのは、上記のようにそのコンテンツ単独を売って完結するのではなく関
連市場の開拓が必要だからこそバリューチェーン全体を見つめる必要があるからである。
Ⅲ:先行研究
踏まえるべき先行研究として、まずコンテンツ産業の特性について説明したい。コンテ
ンツのマーケティングがモノ商品のマーケティングとどのように違うのであろうか。それ
を十分にレビューした上で本論文にどのように活かすかを記す。
i)コンテンツ産業・コンテンツ財の特性
新井(2004)5によれば、コンテンツ商品はコトラー(1996)6の製品三段階説に基づいて中核
商品(core product)・現実商品(formal product)・拡大商品(augmented product)の三段階
に分類される。原作者による著作作業や表現者による芸能サービス、編集者による技能サ
ービスの3タイプの労働がミックスされたアウトプットを「中核商品」とする。その中核
商品は通常デジタルデータとしてオリジナル原盤化され、それを複製・利用する方法とし
5
新井範子(2004)『コンテンツマーケティング』
フィリップ・コトラー(1996)『マーケティングマネジメント
開』小坂 恕, 三村 優美子, 疋田 聰(訳)
6
5
持続的成長の開発と戦略展
て複製や配信サービスが存在することになる。
「現実商品」とはこうした中核商品を現実的
に消費者に届けるために形態化された様態である。そしてその現実商品から派生したコン
テンツ(ノベライズ、サントラなど)やサブコンテンツ(キャラクターグッズなど)を拡
大商品と位置づけている。
このように、コンテンツ財は基本的には無形財であり、本来は無形であるデータを流通
させる上での便利な形(DVD や書籍やディスクなど)に変換させていると言える。そして
この複製の段階で無数に増幅できる点がコンテンツ財の特徴であるといえる。これは一般
に遍在性(ubiquitous)と呼ばれる性質である。この遍在性により、モノとは異なる流通の
概念を持つこととなる例えばデジタルデータとしてインターネット上でダウンロードされ
る消費パターンにおいて「在庫」は存在せず、物理的な配送・発送も存在しない。サービ
ス材においては生産と消費が同時発生する(例えば美容師のサービス)という特性があっ
たが、コンテンツ材においては流通と消費が同時発生するという特性があるのである。
同時に利用目的やチャネルに合わせてその商品形態や表現形式を変えられるという意味
において、上記に挙げたコトラーの「拡大商品」と呼ばれるレベルの商品が存在し、一般
のモノであればここにアフターサービスや保証などが位置づけられるこの部分に派生コン
テンツやサブコンテンツといった二次商品が位置づけられるのである。コンテンツ財の場
合、そのコンテンツが持つ世界観を起点としてコンテンツに関連したものの消費(関連消
費)が起こりやすい。例えば映画を観た場合、その映画に関連するグッズや解説書を購入
したり撮影の舞台になった場所を訪れたりしたくなることもあろう。ひとつのコンテンツ
がこういった二次的な市場を形成していくのである。このように、コンテンツ消費は一定
のところで満足が停止するのではなく、むしろ欲求や関心が拡張される傾向が見られるの
である。今日のコンテンツビジネスにおいてはこうした二次商品を前提としたビジネスモ
デルが組まれるようになったといえる。商品開発の段階でこうした拡大商品を加味したプ
ランを立てていく事が重要になってきていると結論づけられている。
ⅱ)コンテンツ産業におけるマルチウィンドウ戦略
2000 年代になると、それまで例えば子供向けのゲームソフトというコンテンツからはせ
いぜい拡大商品としてはゲームの攻略本や設定資料集といった派生コンテンツ程度しか存
在していなかったメディアミックス戦略が、本論文でも取り上げるポケットモンスターの
ようにゲームソフトから漫画へ、カードゲームへ、アニメへ、玩具へ、映画へ・・・と次々
に拡大展開していくようなコンテンツが多く見られるようになった。現在のコンテンツ産
業において、そのコンテンツ自身の1次利用(現実商品化したもの)だけではビジネスが
成り立ちづらい状況が続いている。ハリウッド映画はいかなる超大作であろうと米国内の
映画配給による収入だけでは赤字であり、世界を視野に入れた DVD 販売でようやく黒字に
6
なるビジネスを組んでいると言われる。後ほどポケットモンスターの事例研究の項にて詳
述するが、日本のテレビアニメについても同様かそれ以上に厳しい収益モデルに頼ってい
ると言わざるをえない。
ここで大切になるのが「配信するメディアを変える」というオリジナルコンテンツ(中
核商品)の1次利用の運用を変更するのみに留まらない、
「表現ジャンルを変える(小説を
映画化等)」「編集視点を変える(ディレクターズ・カット等)」「コンテンツの一部を作品
化する(サウンドトラックの発売等)」「同一コンセプトを拡張した別作品を制作する(シ
リーズ物の制作等)」「同一コンセプトの理解を深めるための解説をする(ゲームの攻略本
や映画のパンフレット等)」・・・などといった2次利用とも言える派生コンテンツによっ
て利益を享受しようとするという視点である。高関与な消費者にとっては関心を拡張した
り掘り下げたりするための購買対象となる上、オリジナルコンテンツに関与していなかっ
た消費者にとっては派生コンテンツから逆にオリジナルコンテンツへの関心を波及させる
ことが出来る。このような戦略こそがコンテンツ産業特有の経営戦略として更なる注目を
集めていくであろう。
ⅲ)コンテンツの評価尺度
コンテンツの評価は極めて難しい。コンテンツから得られる利得というものは一般に消
費者自身の感情の変化に他ならないからである。これは個人的な(主観的な)完成に依存
するものであり、客観的評価を必要とする社会科学の論文とはそぐわない部分が大きいの
である。これは例えばデジタルカメラの画素数とズーム倍率と手ブレ補正機能の有無
と・・・などの要素ごとのスペックとして数値化出来る製品とは大きく異なる。簡単に言
ってしまえばデジタルカメラのデザイン性のみを評価対象としているようなものである。
このような評価、ひいては分析が難しいものであったコンテンツを可能な限り正確に評価
するための手法を考察した先行研究を見直したい。
岩崎(2003)7によると、コンテンツ評価は量的な評価尺度と質的な評価尺度の両方を用い
て行われるべきものであるとされる。
コンテンツに対する量的な評価尺度は容易に見つかる事が多い。例えばテレビ番組の評
価であれば、テレビ番組の視聴率を評価尺度として用いることが出来る。テレビ視聴率は
その番組がどれだけの人に見られているのかを示す数値であり、ビデオリサーチ社が調べ
発表しているデータである。また映画ではどれだけの人が観たかという観客動員数、また
その作品の公開によっていくらの収入があったかという興行収入などの指標がある。音楽
CD や DVD 映像などのパッケージ化された商品であれば、オリコンが CD ショップでの売
上枚数を集計した売上数が広く知られている。
7
岩崎明彦(2003)『投資判断とコンテンツ評価の手法~エンターテイメントファイナンス
~』
7
このように「何人が見たか」「何人が購入したか」という数値データはシンプルで分かり
やすく、データがデイリー・ウィークリー・マンスリーで詳細に公開され更新されている
ため評価尺度として一見使いやすいように思える。実際テレビ番組の評価は基本的に視聴
率を唯一の指標としている。しかしながら、このような量的な評価尺度には限界がある。
最も分かりやすい例はテレビ番組の視聴率であろう。テレビ番組の視聴率は番組プロデュ
ーサーによる視聴率操作の問題や「発掘あるある大辞典」の豆腐ダイエットを代表とする
ような事実無根の「やらせ」による不当な視聴率の獲得問題といった番組の「送り手」側
に生じる問題が山積している。一方で番組視聴率という数値データは今日の情報環境にお
いては視聴者側も容易に入手できるものである。それをうけて視聴率の高い、ある種売れ
ているものに集中してしまう可能性が多いにあるなど、データそのものが消費行動に直接
影響を与える可能性がある。その上ブロードバンド環境が整備された現在においてはテレ
ビ番組や映画を CS,BS,ケーブルテレビやインターネット配信サービスを通じて視聴するこ
ともメジャーになってきている。例を挙げればキリがないほどに、ひとつのメディアへの
アクセス集中は減少する以上各メディアにおける量的把握をベースとした評価尺度は役割
を持てなくなるであろう。
これからはコンテンツがどのように消費者に受け止められたのか、すなわち「どう見ら
れたのか、どのような影響を及ぼしたのか」や「次の視聴にもつながるのか」という質的
指標による評価が重要である、と述べられている。
以上の先行研究をまとめると、コンテンツ消費は関連購買を誘発して関連市場を形成す
る。派生コンテンツを視野に入れたビジネスモデルの構築が不可欠である。という事を意
識しなければならない。またⅲを参考にし、本論文ではコンテンツがどれだけの関連市場
を形成したか、拡大商品の関連購買をどれほど促進したかによって評価する。コンテンツ
から波及した関連グッズの売り上げを促進したという効果や同一カテゴリーへの消費を促
す効果などを評価するということである。本稿は多くの中核コンテンツを比較研究する性
質の論文ではないが、取り上げる「成功例」を判断する指標として活用した。成否の曖昧
さが常に付きまとう産業であるからこそ明確な指標を提示しておきたい。
Ⅳ:事例研究1
ディズニー
ディズニーの経営についての経営学的論文は、ある程度強大な地位が築かれてからのも
のであれば一定数存在するのだが、ディズニーがひとつのアニメスタジオに過ぎなかった
頃からどのような転換期を経てこれほどまでに世界で揺るぎない No1 キャラクターを扱う
巨大企業に成長したのかといった部分については案外先行研究が不足している事が分かっ
た。ディズニーの地位を揺るがぬものにする「顧客第一主義」「多方面同時展開」といった
8
キーワードについては脚注の論文8に詳述されているが、本論文のテーマはあくまでいかに
関連市場を形成するに至ったかの部分にある。ここでは歴史的分析アプローチを試みたい。
1,ディズニー社の沿革
i)ミッキーマウス誕生時のディズニー社と同業他社の比較(~1928)
1923 年にウォルト・ディズニーはディズニー・ブラザーズ・スタジオというアニメ制作
会社を設立し、28 年短編アニメ映画『蒸気船ウィリー』においてミッキーマウスが米国で
大人気となって同社の経営が軌道に乗るようになり、翌年から様々な娯楽の分野に多角的
に進出し始める。ディズニーの黎明期と言えよう。しかしながら、それまでのディズニー
社は幾多のアニメーションスタジオのひとつにすぎず、しかも当時のアニメーションの中
心地ニューヨークに進出する力は持ち合わせず、ハリウッドに拠点を置いていた。当時の
アニメーション映画は 6 分間の短編であっても 6000 枚以上の絵を必要とする上、長編映画
とセットでの上映という形が中心であったため、興行収入の分配が少ないという製作コス
トのかかるわりには利益を上げづらいものであった。そこで他の多くのアニメーションス
タジオはセル画の枚数を減らしたり使いまわしたりといったコスト削減を行ったため、質
の低下が叫ばれていた9。これに対しディズニー社はアニメーションの質の向上による成長
に賭け、制作スタッフを大量に採用し分業によって作品の質向上と上映前のチェックと修
正を行いカラー化などにも積極的に取り組んでいた。ミッキーマウスが人気を博した要因
は、そのキャラクターそのものの魅力のみならず、高品質と技術革新を志向した差別化戦
略にあったと言えよう。
ii)ディズニー社のシナジー戦略(~1995)
37 年に銀行からの出資を受けて制作した初の長編アニメ映画『白雪姫』が空前のヒット
を記録するとその後は実写映画にも進出、さらに映画制作だけでなく子会社を通じて配給
も行うようになり、併せてキャラクターグッズやライセンスによっても収益を上げる映画
会社へと成長した。キャラクタービジネスを展開し始めたのはこの時と言えよう。そして
55 年に開業したディズニーランドを加え、ユニークな娯楽複合企業に成長した。これらの
関連市場を形成していったことで、60 年代ハイリスク・ハイリターンの不安定な収益構造
を持つ他の映画会社が次々と買収や倒産の憂き目を見るなか拡大を続けてきた。この時期、
ミッキーマウスを中心としたディズニーキャラクターは新聞漫画や文具をはじめとしたキ
8
安田保(2007)『流通業のコンテクスト創造 : 辺境から中心へ=進化型ビジネスモデルの役割』
日本経営診断学会論集 7
高木 裕宜(2005)『ディズニーランドのマネジメント--ポスト・近代的管理と組織への一考
察』経営論集 15
9有馬哲夫(2001)『ディズニー千年王国の始まり』NTT
9
出版
ャラクターグッズへと市場を広め、テーマパークやテレビ放映などを加えたシナジー効果
の極めて高い多角化戦略を展開しプレゼンスを高めていったのである。
iii)収益構造の転換(1996~現在)
当時業績の頭打ちが顕在化していたディズニーであったが、1996 年当時米国の 4 大地上
波ネットワークの一つであり世界 24 カ国に系列会社を擁するテレビ局 ABC を買収し放送
ビジネスに本格参入した事で大きな転換点を迎えた。コンテンツ制作会社がこれほど巨大
なメディアを買収するということは世界初であった。その後も 1 億人以上の視聴者を持つ
ESPN や子供向けのディズニー・チャンネルのようなケーブルテレビ事業となり、2009 年
度決算においてディズニー社の営業売上で 45%、営業利益では 70%を占めるようになった。
現在では 400 億ドル程度の売上高を持つディズニー社であるが、その売上高構成は、それ
までの中核であった映画・DVD・ミュージカル事業が 16%、テーマパーク事業が 30%、ラ
イセンス商品や出版事業が 6%、であり ABC の地上波とケーブルテレビのメディア事業の
占める 45%というシェアが極めて大きいものと分かる10。ケーブルテレビ事業は事業者を通
じて視聴者から料金を徴収する有料モデルであるが、その会員数は年々増加している。ま
た ABC でも自社スタジオで製作した番組を世界のテレビ局に積極的に売込み人気を博して
いる(LOST シリーズなど)。この自社制作ドラマシリーズ人気は 1 話あたり数億円(LOST
season1 の場合)にも及ぶ巨額な制作費の投入に依るところが大きいが、これが可能なのは
世界への配給を前提としており、制作費の半分以上を海外配給で回収するようなモデルが
確立されているためである。
80 年代の米国では情報通信の技術的革命により、放送と通信の融合と一層のグローバル
化が進展するとともに、ケーブルテレビや衛星放送が普及した。映画館での興行収入に変
わって作品の配給・配信による収益が大きな役割を担うようになり、それまでディズニー
社の中核商品であり続けた映画やテレビ番組は、多様なメディアを通じて消費者に配信さ
れるいわゆる現在のコンテンツとしての特性を持った物に変化しつつあったのである。デ
ィズニー社の事業主体はあくまでもコンテンツ制作であるが、その内容と配信メディアを
時代と共に変化させ、映画からテレビへとその主体を変化させているといえる。また 2005
年には ABC とディズニー・チャンネルは自社コンテンツを iTunes に配信し、2006 年には
自社のウェブサイト、abc.com におけるストリーミング配信も開始した。このインターネッ
ト配信というビジネスモデルについてのデータは未知数であるが、ひとつのコンテンツを
複数のプラットフォームに流すことで複数の収益源を持ち、より多くで多様な顧客を持と
うとする姿勢は極めて一貫したものであるといえよう。
以上のようにディズニー社の歴史を振り返ってみると、そこに一貫するのは「高品質な
The WALT Disney Company ホームページの IR 情報より
http://corporate.disney.go.com/investors/index.html
10
10
コンテンツを制作し、関連市場を含めた多部門間のシナジーによりそのコンテンツの価値
を最大化させる」という戦略である。ディズニー社の経営に関連するインタビュー記事に
は必ず「自分たちはコンテンツスタジオである」という文言が書かれているが、それはハ
イリスク・ハイリターンの映画産業においてコスト削減によるローリスク化を指向するの
でもなく、少数精鋭のコンテンツ制作によるリターンを増大させることで収益を得るとい
う戦略を取るディズニー社の根幹を表すものである。
2,ディズニーの競争優位性
このように、ディズニーの特徴はグローバルで一貫したブランド認知と新しいキャラク
ターを映画、テレビ、テーマパークに戦略的に揃えている点にある。先述のようにディズ
ニーはテレビ放送を擁するメディア事業の他にテーマパーク事業、映画事業、コンシュー
マプロダクツ事業、インターネット・ゲーム(interactive media)事業の5つの事業領域
を持つ。そして各事業が単純に利益を追求するだけではなく、ひとつのコンテンツに対し
て全社的に互いに連携し最大限のシナジーを発揮しようとする。この基本戦略を遂行する
ために、どのようなサブストラテジーを行っているのであろうか。
i)版権管理による統一したブランドイメージ
ディズニー社は徹底した版権管理11により、偽物商品の排除と一定の品質を保持すること
でブランドイメージの統一を図っている。またキャラクターを消費者に受け入れられやす
くする工夫を行なっている一方で、キャラクターが消費者から飽きられることのない工夫
を行なっている。ディズニーキャラクターは、ミッキーマウスやミニーマウス、ドナルド
ダックといった同社オリジナルのキャラクターと、くまのプーさん、トイ・ストーリー、
ライオン・キングなど次々と生み出された新しいキャラクターをセットにしてライセンシ
ーに提供することで、特定のキャラクターの露出を制限するとともに新鮮さを維持してい
る。
キャラクタービジネスが成長していくためには、市場の拡大と共にキャラクターの寿命
をのばすための戦略が必要である。ディズニー社のミッキーマウスは誕生して 70 年以上経
過しているが、いまだに新鮮で認知度が高く、あらゆる年齢層に対してアピールするキャ
ラクターとなっている。
通常の商品は、導入期・成長期・成熟期・衰退期というライフサイクルを辿り、時間の
経過と共に市場規模を広げ、時間の経過と共にフェードアウトしていく。しかもキャラク
ター商品のライフサイクルはこれよりも短いことが多い。というのもキャラクターがテレ
ビ放送と連動して市場に投入されるため、テレビ放送の終了と共に商品価値を失い市場か
ら消滅してしまうからである。多くのライセンシー側も短期間に利益を回収するために「キ
ャラクターを育てる」という意識を持つのではなく、稼げるときに稼ぐという意識で市場
11
東洋経済新報社『週刊東洋経済 2009 12.5 号
11
ディズニーの正体』より
に参入し撤退を繰り返している。
少々ディズニーから話が逸れるが、このライセンシー側の企業意識を逆転させ、
「コンテ
ンツ制作者とキャラクターを育てる」という発想に基づくキャラクターマーチャンダイジ
ングを行なっているのがバンダイである12。本論文では「コンテンツ制作者側が取る経営行
動」の立場にたってディズニーとポケットモンスターを分析しているため「玩具メーカー
が取る経営行動」について詳述されているこの柿崎(1997)の論文詳しくは取り扱わないが、
バンダイの世界的に有名でバンダイの主力商品であるガンダムシリーズ、今年で 35 周年を
迎えるスーパー戦隊シリーズ、3 歳から 6 歳までの未就学女児の 3 人に2人は視聴している
というプリキュアシリーズ、といった極めて優良なキャラクター資産を構築するために顧
客や版権元と近接するという事でノウハウを蓄積し相互作用を引き起こすという彼の研究
は極めて興味深い。またこの柿崎(1997)において上記のような「キャラクターの使い捨て」
現象について検証がなされており、私自身も後述のポケットモンスターの項にてその事例
を紹介する。
話をディズニー社に戻す。ディズニー社のマーケティングの大きな特徴は、全社全部門
をあげてひとつのキャラクターを盛り上げ、いくら人気があるキャラクターであろうと常
に最前線に立たせ続けることはせず消費者の「飽き」をコントロールしている所にあると
言ったが、その具体例を示したい。例えば日本でも大きなブームとなったスティッチの場
合、一部の設定を変えて日本にローカライズしたテレビシリーズの開始前には「スティッ
チが渋谷から脱走!」と銘打った大規模なプロモーションを都内で実施した他、ウェブサ
イトやモバイルでもキャンペーンを連動。更にグッズのラインナップも先行して強化しな
がら小売店での販促活動も積極化し、ゲームソフトの発売も行った。1953 年に映画『ピー
ター・パン』で初登場したティンカー・ベルというキャラクターについて、2008 年 12 月
に公開された映画『ティンカー・ベル』は 4 部作として毎年ティンカー・ベルを主人公と
した映画を公開し続ける事を決めており、映画公演からわずか 1 年の間にゲームソフト、
キッズ・アダルト両方に対してグッズを投入、書籍、映画のブルーレイディスクと DVD、
自分だけのオリジナル妖精を作れると謳った専用サイトの開設、妖精を体感するをコンセ
プトとした東京ディズニーシーでのカーニバル、ディズニー・チャンネルでの放送と全社
で横展開されているのである。
ii)作品づくりと並行したサブコンテンツの開発
このように、ディズニーは長期的な視点に立って多部門が連携しながらキャラクターを
マネジメントしているが、それは作品づくりと並行したサブコンテンツの開発がなされて
いる事と密接な関係があると言える。
先述のようにコンテンツ消費はそれに完結せず、関連消費を誘発する可能性が高い。コ
12
柿崎洋一郎(1997)『自社特有の経営資源の効率的活用と効果的蓄積~バンダイのキャラ
クター商品化システムの競争優位性~』
12
ンテンツは様々な商品やサービスを生み出すプラットフォームであり、ライセンシングの
対象はもちろんキャラクターに留まらない。そしてそのコンテンツの副産物ではあるもの
の作品世界がそこに集約された存在であるサブコンテンツの開発を並行して行うことで多
くのメリットが存在する13。例えば名セリフや名シーン、挿入歌といった要素コンテンツを
オリジナルコンテンツと並行して開発し戦略的に配備することで、話題形成や PR 戦術が組
み立て易くなるというメリットが生まれる。ディズニーはこの話題形成や PR を十分に見据
えたマーケティングを行っているのである。ディズニーのコンシューマプロダクツ販売に
よる売り上げは戦術のように 2 割程度を占めるが、
「映画の動員数を増やすための話題作り」
とグッズ販売(によるロイヤリティ収入)を同時にやってのけているといえる。
一方でサブコンテンツを販売すること自体が目的とされたビジネスモデルも存在する。
例えば先ほど少しだけ触れたテレビ朝日系で 35 年に渡って続いている戦隊シリーズである
が、この企画はバンダイが原作者と共同で戦闘グッズやコスチュームなどの設定を最重要
テーマに据えながら協議する14。この企画は放映開始の 2 年以上前から行われているもので
あり、例年主な視聴者層である幼稚園~小学生の男児の入園・入学シーズンやクリスマス
が近づく頃には新たな合体ロボットや追加メンバーが物語に登場するようになっている。
コンテンツからコマースへという流れを引き起こすためのコンテンツ制作とでも言うべき
制作体制であるといえよう。
Ⅴ:小括と仮説
以上のディズニーの分析をまとめると、ディズニーがこれほどまでに巨大な関連市場を
形成、育成することが出来たのは、
i)高品質なコンテンツを制作し、関連市場を含めた多部門間のシナジーによりそのコンテン
ツの価値の最大化を追求したから。
ii)このシナジー効果を最大限に発揮するため、徹底した版権管理とコンテンツ開発に並行し
たサブコンテンツの開発を行ったから。
と結論付けられる。
これを受け、世界のキャラクター産業においてディズニーに次ぐ3兆円市場を形成した
ポケットモンスター(ポケモン)を考察する上で、
「ポケットモンスターが関連市場を形成・拡大出来たのは、ポケモンという資源を利用
して既存のディズニーのビジネスモデルを活用したからである」
という仮説を設定したい。ディズニーの成功を形作った上記の2つの戦略がポケットモ
13
新井範子『コンテンツマーケティング』より。一部加筆。
戦隊シリーズのプロデューサーである日笠淳氏のバンダイの会社説明会(2009 年秋@バ
ンダイ本社)における質問回答より。
14
13
ンスターにも適応されるのであれば、このディズニーの戦略の有用性及び応用可能性を示
すことが出来る。世界の2大キャラクターの地盤がどのようにして固まっていったのかを
比較検証することで、キャラクター産業というコンテンツ産業のひとつのジャンルを飛び
越え、関連消費を誘発する製品やサービスの展開方法への大きな一助となる事を期待する。
Ⅵ:事例研究2
ポケットモンスター
1,ポケットモンスターの概観と沿革
1996 年 2 月 27 日に任天堂ゲームボーイ用ソフト『ポケットモンスター 赤・緑』が発売
され、小学生を中心に口コミから火が点き大ヒットとなった。151 匹の個性豊かなモンスタ
ーを「収集、育成、対戦、交換」するというゲーム要素は、徐々にユーザーたちの支持を
得ていき、さらにユーザー間のコミュニケーションにより加速していったため、制作側の
期待や予測を越えた爆発的な好循環を生みこのような大ヒットに繋がったと考えられる。
販売本数はゲームボーイ向け『赤・緑』シリーズ15(後にマイナーチェンジバージョンであ
る青も発売)合計では結果 1000 万本をゆうに突破し、赤緑シリーズ合計を1本のソフトと
みなす場合テレビゲーム市場歴代1位の座に鎮座するソフトとなった。
その後、他機種を含め続編や関連ゲーム、派生商品が数多く発売され、2010 年現在で同
タイトルを冠したソフトの売り上げは、全世界で 1 億 9000 万本以上(派生シリーズを含む
数字。本シリーズのみの場合は 14 作で 1 億 2600 万本)となり、更に本年 2010 年 9 月 18
日にはシリーズ第 5 世代目となる「ポケットモンスターブラック・ホワイト」を発売する。
また初代の赤緑バージョンの発売から1年余りでスタートしたテレビアニメの放映は 2011
年現在まで続くロングランであるうえ、毎年夏休みに公開されるアニメ映画は 10 作を超え
16、興行収入は平均
40 億円程度で安定した高さを維持している。
映画やアニメ以外にも出版(漫画や学習書籍など)、玩具、カードゲーム、衣料品、日用
品、食品、鉄道や航空機とのフランチャイズなどライセンス商品は 3000 を超え、多数の企
業によってひとつの「キャラクター」が築かれているのである17。中核商品であるゲームを
含めた関連市場(いわゆるポケモン市場)は年間で全世界 3 兆円規模となっており(国内 1
兆円、海外 2 兆円)、これほど巨大化したキャラクターフランチャイズは世界を見てもディ
ズニー以外には例を見ない。151 匹のポケモンも発売から 15 年経つ現在では「発見」され
ているポケモンの数は 649 種にまで増えた。また、アニメコンテンツが充実した頃を境に、
アメリカをはじめとする国々にも “Pokémon”の名称で商品展開を開始し、ゲーム・アニ
メを初めとした海外での「ポケモン市場」は好調な推移を続けている
15
16
17
図表1,2参照
図表3参照
図表4参照
14
2,ポケットモンスターの競争優位性
i)一元化された版権管理に到るまで
ポケットモンスターは現在株式会社ポケモン(The PokeMon Company)というポケモ
ンというキャラクターが関係するほぼすべてのライセンスを管理し、全国に 6 箇所あるポ
ケモンセンターというポケモン関連商品専門店にてグッズの販売も手がける会社によって
その版権が一元管理されている。会社設立以前は、ゲームの原著作者は任天堂(代表)、ク
リーチャーズ(原作及び派生作品の製作・補助)、ゲームフリーク(原作者)の3社、アニ
メの原著作者は以上3社と小学館プロダクション(アニメ映像製作)、テレビ東京(放送局)、
JR 東企画(番組枠を持つ広告代理店)を加えた 6 社と複数の企業によるライセンス管理が
行われていたため、その結果例えば「自動車を運転するピカチュウ」
「言葉(英語)を話す
ピカチュウ」といった、オリジナルのゲームの世界観を逸脱するピカチュウが国外のメデ
ィアに現れるようになった。そこで、ポケモンを未来永劫に世界中で愛される作品18にすべ
く、各出資企業が個別に行っていたライセンス管理を一元化する体制を整える事となり、
原作ゲームの発売から 4 年経った 2000 年にこの会社が設立され、ディズニー社と同様に強
力で一括した版権管理に基づくブランド創造戦略をとるようになった。
しかしながら、それまで 6 社の原作者グループ(ライセンサー)に代わりライセンス許
諾の判断を下し、ライセンシー企業と契約を交わし、ライセンシーから商品化権、映像化
権、出版権など原作件使用料を徴収し窓口手数料を取った上で原作権者に還元するエージ
ェントであったのは原作ゲームに一切関わっていない出版社の小学館の子会社の小学館プ
ロダクションが行っていたのである。
ポケットモンスターは発売後わずか 1 年でアニメ放映が開始されるが、ゲームの原作者
グループには当初アニメ化の意思は全く無かった。というのも当時メジャーであったアニ
メの制作形態19は、広告代理店が図表5のように各権利者やスポンサーの仲介を行い主導す
る広告代理店主導型であったためである。アニメ関連グッズの定価の 3%程がロイヤリティ
として版権窓口会社に徴収され、この窓口会社が権利者へロイヤリティを配分する。配分
比率は原作者グループ 1/3、アニメ映像製作会社 1/3、広告代理店+放送局 1/3 が目安であ
るという契約が結ばれるのだが、この契約が数年間持続する事が多いため、中心となる
代理店としては次々と新しいアニメを放映して多くのグッズのロイヤリティを期待する方
が収入増につながるため、それまでのアニメは唐突な打ち切りなど短命になりやすい傾向
が見て取られた20。テレビ放送の影響力は極めて大きいものであるため、放映開始とともに
ブームが急速に加熱し、放映終了と共にブームが急速に冷え込んでしまいコンテンツとし
ての寿命を短くするという批判が出ていた。
実際に小学館の子供向けの漫画雑誌『月刊コロコロコミック』の編集長であった久保雅
18
株式会社ポケモンの経営理念より
図表5参照
20経済産業省文化情報関連産業課(2003 年) 『アニメーション産業の現状』より
19
15
一は『ダッシュ四駆郎』というミニ四駆を題材としたテレビアニメを手掛け、評判や視聴
率も悪くなくスポンサーも続行の意向を持つなど堅調だったものの、広告代理店の都合に
より半年で放映は終了しそれと連動して(第一次)ミニ四駆ブームも急速に冷え込んでし
まったという失敗21を経験した。そこで業を煮やした久保は 3 年後、『爆走兄弟レッツ&ゴ
ー!!』シリーズという同じくミニ四駆を題材としたテレビアニメで別の大胆な方法をとっ
てアニメ化を手掛けたのである。小学館プロダクション(以下小プロ)がアニメ製作を担
うと同時に、ライセンスを取り扱うエージェントとなり、番組スポンサーもすべて小プロ
が決めてテレビ東京に企画提案しスポンサー料の交渉・調整なども行う。つまり広告代理
店の業務を肩代わりし、原著作者主導のアニメ化を行う事で、スポンサーとなる玩具メー
カーなどとの連携を深める事で長期放映(ブームの長続き)を狙ったのである。このハイ
リスク・ハイリターンな戦略が功を奏してレッツ&ゴーシリーズは3年以上のロングラン
放送として人気を博し、第二次ミニ四駆ブームは比較的長持ちした。
この成功体験を受け、久保の選球眼に引っ掛かりゲームの発売と同時期に月刊コロコロ
コミックにて漫画連載を開始していたポケモンがその応用形としてアニメ化されたのであ
る。アニメの原著作者 6 社がアニメから派生する商品化権を持ち、商品化権使用料の配分
を受ける体制を築き、小学館プロダクションが同様にエージェントを務めた。そしてこの
時小プロは第一次ミニ四駆ブームの際の多数の玩具メーカーによる関連商品の乱造・共倒
れを防ぐため、比較的厳密な版権管理を行っていたと言われている。このように、ディズ
ニーのビジネスモデルを始めから踏襲しようと目指していたわけではなく、自身の失敗経
験を活用した戦略の結果が同様の厳格で一括したブランド創造戦略であったといえよう。
また株式会社ポケモン社長講演22によると、このような広告代理店の仕事を肩代わりして
テレビアニメの長期放映を目指し、版権を一元管理しようとした姿勢そのものがスポンサ
ーや消費者といったステークホルダーへのコミットメントを形成しポケモンというキャラ
クターの維持拡大に大きな役割を果たしたようである。
ii)シナジー戦略の追求
それまで出版社というサブコンテンツの販売元が主導してきたキャラクター戦略であっ
たが、株式会社ポケモン創立以後はディズニーのビジネスモデルを強く意識するようにな
る。映画や雑誌を買うとゲームやカードゲームにそれらに関係するおまけがついてくる、
ゲームと Web サイトとグッズショップが連携するサービスの開始等、複数の部門に渡って
幅広く横展開するコンテンツをタイミングよく相互に連関させる事に秀でるようになる。4
年に一度ゲームの完全新作として新しいキャラクターを大量に追加したソフトを提供し、
その合間を埋めるように過去作品のリメイクや派生ソフトを発売する。また中核商品であ
るゲームに限らず、そのグッズ販売におけるキャラクターの取扱いについても極めて似通
21畠山けんじ・久保雅一(2000
年)『ポケモンストーリー』日経 BP 社より
22株式会社ポケモン社長(元原作プロデューサー)石原恒和氏の講演(2010/11/23@駒場祭)
16
った方法を取っている。
Ⅶ:結論と考察
以上の事例研究により、ポケットモンスターとディズニーの共通点が大きく4つ見出さ
れた。
第一に、両者ともコンテンツのブランド価値を高め、寿命を長持ちさせるための版権管
理を重視している。ディズニーの場合はウォルト・ディズニー・エンタープライズが、ポ
ケットモンスターの場合は株式会社ポケモンがそれぞれ厳格にライセンス管理と版権の供
与に関する審査を行なっている。
第二に、両者は映像・ゲーム・インターネットなどあらゆる媒体に提供可能なコンテン
ツであり、これら媒体を複合的に利用するメディアミックス戦略によって市場を拡大して
いる。ディズニーは映画、ポケモンはゲームという枠組みの中のコンテンツであるが、そ
の関連消費を誘発する展開の可能性の大きさについては同じである。
第三に、メディアの買収や強力な連携によりチャネルを確保し、継続的に中核コンテン
ツの投入を行っている。ディズニーはコンテンツ制作会社がメディア企業を買収するとい
うビジネスモデルの先駆者であり、数少ない成功者であった。ポケモンはメディアとコン
テンツ製作者との持続的連携による成功体験を抱えたメディア企業から積極的アプローチ
を受けた。買収による自社への内部化か戦略的提携かの違いはあれど、両者とも中核製品
(コンテンツ)を持続的に顧客に提供する場としてのメディアを確保したという点で共通
である。
第四に、全事業部門の連動によるシナジーを追求し、部門や産業の違いを超えてキャラ
クターの価値の最大化を志向している。
という4点である。
一方で違いもあった。ディズニー社がディズニーキャラクター以外(例えば ABC のドラ
マコンテンツ等)をも取り扱う総合メディア企業であるのに対し、株式会社ポケモンはあ
くまでもポケモンに特化した企業であり、それ以外のキャラクターを一切扱っていない。
それゆえ株式会社ポケモンでは消費者を含めたそのステークホルダーとの関係をより強固
なものとするようなコミットメントがより重視されていると言えよう。
今後の展開としては、この2つのキャラクターに限らずテレビ番組(ドラマ等)の視聴
率と関連商品の数の変遷を調べていたところ、長期的なヒットに繋がったテレビ番組にお
いてその相関が必ずしも見られない、つまり放映中の視聴率は伸び悩みその番組の派生商
品(サウンドトラックなどのサブコンテンツ)も少なかったものが放映終了後に徐々に人
気を博するようになるというケースが少なからず見られた。「木更津キャッツアイ」
17
「TRICK」のようなケースである。これは作品づくりと並行してサブコンテンツを開発し、
メディアでの広告宣伝も放映終了と共に急速になくなるという現在頻繁に取られる戦略と
はかけ離れたコンテンツであった。両者ともあえて通常のグッズは販売せず、ひたすらに
ドラマの中で登場するキャラクターや雰囲気を反映させることにこだわった派生商品を販
売する事でヒットに繋がったと言えるような市場展開がなされている為、各々のドラマの
放映中にはほとんど派生商品が存在しなかったのである。本論文では「コンテンツから派
生したサブコンテンツ(派生商品)
」という捉え方とは異なる、このような「そのサブコン
テンツがオリジナルコンテンツの消費を誘発する際どれほどの影響力があるか」という指
標によってサブコンテンツを捉える視点が欠けていたように思う。派生商品を作る事はキ
ャラクターを消耗するというイメージが付きまとうが、果たして派生商品がオリジナルコ
ンテンツ(ないしはキャラクター)を強化するような形での商品開発に成功しているのだ
ろうかという視点からの分析があるべきであったと考えられる。
18
Ⅶ.図表・参考文献一覧
図表1
株式会社ポケモン発足までの主要な沿革
1996.2
原作ゲーム発売。ほぼ同時に小学館月刊誌にて漫画連載開始
1996.5
バンダイから初のポケモンのグッズ(食品玩具)発売
1996.10
月刊誌の反応からアニメ化検討開始。原作売上 80 万本を超えブームは加速
1997.3
任天堂が行っていたライセンス許諾業務を小学館プロダクション(以下小プ
ロ)に移行。ポケモンライセンス取扱エージェントとなる。
1997.4
アニメ放映開始。原作売上が 200 万本を超える
1997.7
タカラトミー発売の「手のひらピカチュウ@1400 円」が 200 万個売り上げる
など関連商品が増加
1997.10
ポケモングッズ専門店「ポケモンセンタートウキョー」が開店
2000.10
原著作者群の共同出資により、ポケモン関連商品ライセンスを統合管理する
「㈱ポケモン」の設立。
筆者作成
図表 1.5 中核商品であるゲームシリーズの発売年月日とそのプラットフォーム
*『赤・緑』系バージョン
ポケットモンスター 赤・緑(1996 年 2 月 27 日、ゲームボーイ)
ポケットモンスター 青(1996 年 10 月 15 日、ゲームボーイ)(
『月刊コロコロコミック』での
応募開始日。一般販売は 1999 年の 10 月 10 日)
ポケットモンスター ピカチュウ(1998 年 9 月 12 日、ゲームボーイ)
ポケットモンスター ファイアレッド・リーフグリーン(2004 年 1 月 29 日、ゲームボーイアド
バンス)
*『金・銀』系バージョン
ポケットモンスター 金・銀(1999 年 11 月 21 日、ゲームボーイ・ゲームボーイカラー共通)
ポケットモンスター クリスタルバージョン(2000 年 12 月 14 日、ゲームボーイカラー専用)
ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー(2009 年 9 月 12 日、ニンテンドーDS)
*『ルビー・サファイア』系バージョン
ポケットモンスター ルビー・サファイア(2002 年 11 月 21 日、ゲームボーイアドバンス)
ポケットモンスター エメラルド(2004 年 9 月 16 日、ゲームボーイアドバンス)
*『ダイヤモンド・パール』系バージョン
ポケットモンスター ダイヤモンド・パール(2006 年 9 月 28 日、ニンテンドーDS)
ポケットモンスター プラチナ(2008 年 9 月 13 日、ニンテンドーDS)
*『ブラック・ホワイト』系バージョン
19
ポケットモンスター ブラック・ホワイト(2010 年 9 月 18 日、ニンテンドーDS)
株式会社任天堂ホームページを参考に筆者作成
図表2
2006 年キャラクター商品金額シェアランキング
*1 位
7.56%
ポケットモンスター★
*2 位
5.67%
それいけ!アンパンマン
*3 位
5.64%
ミッキーマウス☆
*4 位
5.57%
ハローキティ
*5 位
5.36%
くまのプーさん☆
*6 位
3.43%
ガンダムシリーズ
*7 位
2.98%
たまごっち
*8 位
2.52%
スーパーマリオブラザーズ
*9 位
2.36%
スヌーピー(ピーナッツ)
10 位
2.10%
シナモロール
11 位
2.01%
きかんしゃトーマスとなかまたち
12 位
1.91%
ふたりはプリキュアシリーズ
13 位
1.71%
リラックマ
14 位
1.59%
ミニーマウス☆
15 位
1.59%
轟轟戦隊ボウケンジャー
16 位
1.56%
ドラゴンボールシリーズ
17 位
1.55%
甲虫王者ムシキング
18 位
1.49%
リロ&スティッチ☆
19 位
1.39%
NARUTO-ナルト-
20 位
1.30%
ドラえもん
★はポケモン、☆はディズニーキャラクター
メディアクリエイト『テレビゲーム産業白書 2007』より
20
図表3
ポケモン(ゲーム)シリーズと映画の興行収入の推移
早稲田大学 IT 戦略研究所
木村誠(2009) 『RIIM case No.14 ポケットモンスターの 10 年
間』より。
21
図表4タカラトミー、キャラクター別ライセンスグッズ売り上げの推移
100
80
60
億円
40
20
0
ポケモン
ディズニー
2006 2007 2008 2009 2010
年
タカラトミー主要商品別売上より筆者作成(このように商品別売上を公表するようになった
のはタカラとトミーが合併した 2006 年度以降)
http://www.takaratomy.co.jp/company/financial/businessreport.html
図表5
それまでのアニメ制作形態「代理店主導型」
映像製作会社
放映
原著作者グループ
製作依頼
放送局
スポンサー
企画提案
スポンサー契約交渉
放送枠の購入
広告代理店
畠山けんじ(2001)『ポケモンストーリー』の文章より筆者作成
22
(参考)ポケットモンスターを代表するキャラクター、ピカチュウ。
ポケモンは現在 649 種類。下は第 4 世代までの 493 種類。
ともに著作権フリーのイラストサイトより転載
参考文献一覧
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新井範子(2004 年)『コンテンツマーケティング』向文館出版
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持続的成長の開発と戦略
展開』小坂 恕, 三村 優美子, 疋田 聰(訳)
安田保(2007 年)『流通業のコンテクスト創造 : 辺境から中心へ=進化型ビジネスモデルの
23
役割』日本経営診断学会論集 7
柿崎洋一郎(1997 年)『自社特有の経営資源の効率的活用と効果的蓄積~バンダイのキャラ
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高木 裕宜(2005 年)『ディズニーランドのマネジメント--ポスト・近代的管理と組織への一
考察』経営論集 15
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有馬哲夫(2001 年)『ディズニーとは何か』NTT 出版
東洋経済新報社『週刊東洋経済 2009 12.5 号
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ドン・シュルツ、ハイジ・シュルツ、博報堂タッチポイント・プロジェクト(2005 年)『ド
ン・シュルツの統合マーケティング』ダイヤモンド社
財団法人デジタルコンテンツ協会(2006・7)『デジタルコンテンツ白書 2006・2007』
参考 URL
首相官邸
知的財産戦略本部・コンテンツ専門調査会
(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/)
アミューズメント・ジャーナル(http://www.am-j.co.jp/)
㈱任天堂
決算説明会資料
2006-2010
(http://www.nintendo.co.jp/ir/library/earnings/index.html )
㈱任天堂
ポケモンのヒットの秘密を探る
小学館久保雅一さんインタビュー
(http://www.nintendo.co.jp/nom/0006/04/04c01.html)
経済産業省ホームページ(http://www.meti.go.jp/)
GamrReview (http://gamrreview.vgchartz.com/)
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