America Keeps Singing

Kyushu Communication Studies, Vol.10, 2012, pp. 37-46
©2012 日本コミュニケーション学会九州支部
【
研究論文
】
America Keeps Singing
―19 世紀から 21 世紀へのコミュニケーション―
宮下
和子
(鹿屋体育大学)
America Keeps Singing:
Communication from the 19th Century to the 21st Century
MIYASHITA Kazuko
(National Institute of Fitness & Sports in Kanoya)
Abstract. This paper aims firstly to discuss the significant role that music has played in US
history. Secondly, it will consider the extent that knowledge of American music can help
Japanese people deepen their understanding of the United States. The author will introduce
America Keeps Singing, self-edited textbook with a compilation of 20 pieces of music that
represent America’s heart and soul. They reflect different parts of US history, opening with
Stephen Foster songs from the 19th century and continuing all the way to present-day songs
dedicated to Barack Obama. Finally the author will discuss the practicality of developing and
utilizing such a textbook in helping Japanese people comprehend the United States and
enhance their cross-cultural communication with their American counterparts.
0.はじめに
「歌う国」アメリカの音楽は、米国史と連動する。英国清教徒の讃美歌(psalm)、アメリカ
先住民の伝統音楽、アフリカから連行された奴隷のサウンドをルーツとする黒人音楽、ヨーロッ
パその他の移民が持ち込んだ多彩な音楽。それらが 400 年以上に渡り、反発し、寄り添い、ブレ
ンドしながらダイナミックに進化し続けてきた。
2000 年 3 月、米国サウス・カロライナ州チャールストンで開催された「アメリカ音楽学会」
(Society for American Music:SAM)に初めて参加したとき、5 日間に渡り、米国のあらゆる
ジャンルの音楽をめぐる研究発表と議論の嵐が渦巻く様子に圧倒された。米国の多様性を具現化
するアメリカ音楽を、まるで交響曲『アメリカ』に統合するかのような意気込みに、大いなる挑
戦と「アメリカ魂」を感じた。同時に、奴隷時代の史跡見学をはじめ、クラシック音楽やゴスペ
ルのコンサートとパフォーマンスを通して、改めて「歌うアメリカ」を再認識した。
本稿では、日本人が知っているようで知らない「アメリカ」を理解することを目的として、19
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世紀のスティーブン・フォスターから 21 世紀のオバマ大統領の誕生まで、連綿と続く「アメリカ
の心と魂」を反映する楽曲で編纂された自主教材、America Keeps Singing (歌い継ぐアメリカ、
2011 年5月刊行)を紹介し、その意義を展望する。なお、教材として用いる音盤と映像について
は、参考文献及び付録として末尾に掲載する。
1.「歌う国」アメリカ
1.1.矛盾を抱えて出発したアメリカ音楽
中村(1999、p. 1)によると、アメリカ音楽は矛盾を抱えて出発したという。それは、矛盾を
抱えるアメリカ史と連動するということでもある。
長田(1996)は、「アメリカは歌の国だと思う。人びとのあいだに、アメリカの心をそだてて
きたのが歌だ。アメリカの歌がうたってきたのは、つねに一つの主題だ。アメリカだ。そのアメ
リカとは、それぞれにとっての『私のアメリカ』だ」
(p. i)と述べている。
アメリカの音楽は、清教徒が英国より持ち込んだ教会音楽(psalm)を主流としながらも、植
民地時代から先住アメリカ人やアフリカ人の異文化の音楽と接触しながら進化してきた。特にア
フリカからもたらされたものについて、奥田(2005)は「西アフリカを中心とした地域から自ら
の意思に反し、強制的にアメリカ大陸に連れてこられ、労働を強いられた黒人奴隷たちの音楽伝
統」と表現し、それが「黒人のスピリチュアルズにやがて具現化し、ひいてはゴスペル音楽や、
娯楽音楽としての『ミンストレル・ショー』にあらわれ、遂にはブルース、ラグタイム、ジャズ
に結実することになるのである」
(p. 82)と論じる。
18 世紀後半になると黒人の人口は増加し、アメリカ独立革命前夜にはアメリカ全人口のほぼ
19%を占めるようになり、
1790 年の米国初の国勢調査では 80 万人の黒人の居住が記録され、
1860
年には約 440 万人にふくれあがったという。そしてその最大の影響は、音楽だったのである(奥
田、2005、p. 83)
。また、アフリカ音楽の特徴はそのリズム感覚にあったが、黒人奴隷の労働歌
はスピリチュアルズを生み出し、そのスピリチュアルズが教会での礼拝に使われ、ゴスペル音楽
への道となった。
1.2.複雑な諸相のアメリカ音楽
南北戦争前のアメリカにおいて最大の大衆娯楽で、顔を黒塗りした(blackface)白人芸人によ
るミンストレル・ショーは、黒人の生活を揶揄するところから始まった。特に、ライス(Thomas
“Daddy”Rice, 1808-60)が創作した「ジャンプ・ジム・クロウ」(Jump Jim Crow)は、田舎
者の黒人が飛び跳ねるように踊るスタイルだった。こうして生み出されたミンストレル音楽やタ
ップダンスは、後のヴォードビル、さらにミュージカルへと進化していく。また、シンコペーシ
ョンのリズムはラグタイムを生み出したとされる (宮下、2005、p. 7) 。
奥田(2005)は:
このような複雑な諸相を可能にしたのは、アメリカ大陸の途方も無い広さと、そこに 300
年ほどの期間に移住してきた民族の多種多様性だった。彼らおのおのが携えてきた音楽は、
音楽というものが、宗教教義や思想信条にくらべれば本質的に抽象的で、権威による統制
に屈しにくいものであるため・・・(中略)・・・新しい環境のもと、より自由な変遷を遂
げることができたのである。
(pp. 290-291)
と主張している。さらに:
過去 300 年あまりの間に、さまざまな音楽の共存を許し、それらの触れ合いと反発の間に
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新しい表現法を育み、それを「アメリカの音楽」として育ててきたこの国は、今後も巨大
な実験室として、今までに増しての混沌の中から、アメリカならではの何かを生み出して
いく潜在力を保っているように思われる。(p. 292)
と進化し続けるアメリカ音楽を展望している。
大和田(2011)は:
アメリカのポピュラー音楽を駆動してきたのは『他人になりすます』欲望であることを論
証する。自分を偽り、相手に成り代わり、別人としてふるまい、仮面をかぶる。こうした
<偽装>願望が創造力の中心に備わっており、その欲望を原動力としてアメリカのポピュラ
ー音楽は発展してきたのである。(p. 2)
と強調している。
1.3. アメリカのポピュラー音楽
米国ポピュラー音楽の先駆者であるスティーブン・フォスター(Stephen Collins Foster,
1826-64)は、ミンストレル・ショーの舞台を利用することにより、アメリカ初のプロのポピュラ
ーソングライターとなった(宮下、2005)。ピッツバーグ近郊を出身とするフォスターの旋律に
ついて、奥田(2005)は「イギリス・アイルランド系で 5 音階を多用した民謡風な旋律 」
(pp.
97-98)としている。
しかしながら、ヨーロッパの「お上品な伝統」(genteel tradition)と対極にあったミンストレ
ル歌の作者と見なされることを恐れたフォスターは、「故郷の人々」(Old Folks at Home, 1851)
の作家名をわずかな金額でミンストレル団の団長クリスティ(Edwin P. Christy, 1815-62)に譲
ったために、楽譜(sheet music)の表紙には「クリスティ作詞・作曲」と記載されることになっ
た。当時、レコード産業など存在せず、音楽ビジネスといえばピアノ演奏用の楽譜だけであった。
一般大衆の最大娯楽であったミンストレル・ショーの舞台は、フォスターにとっても、アメリカ
のポピュラー音楽の普及にとっても必要不可欠な場だったのである(宮下、2005)
。
さらに、奥田(2005)は、アメリカ以外では発生し得なかった音楽としてカントリー音楽をあ
げ、それが「ヒルビリー」からプレスリーの音楽へとつながっていくと指摘する(p. 250)
。マイ
ケル・ボートン(2002)は、プレスリーの音楽史における意義を論じる上で、ハンク・ウィリア
ムズ(Hank Williams, 1923-53)の言葉を以下のように引用している。
僕は、大衆を“最高の人間”と呼ぶね。なぜって、世界を構成している大多数は、大衆だ
からさ。実際に世界を動かしているのは、大衆なんだ。アメリカでも外国でも同じことさ。
彼らは僕らの歌がわかる。だから、僕らが歌う歌が、世界中に広まった。今、僕らの歌が
大流行するのも不思議はない。なぜって、僕らのような人間のほうが、教養ある知的な連
中よりも、はるかに多いんだからね。・・・
(中略)
・・・ 普通のアメリカ人がじっさいど
んなふうなのか、何よりも的確に伝えられるものだからさ。
(p. 29)
2.時を超えて~「統合」へ
2.1.SAM (Society for American Music:アメリカ音楽学会)
SAM(アメリカ音楽学会)は、米国で最初のアメリカ音楽評論家、ソネック(Oscar Sonneck,
1873-1928)の偉業を讃え、1975 年に設立された。ウェブサイトにはその使命が以下のように述
べられている。
The mission of the Society for American Music is to stimulate the appreciation,
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performance, creation and study of American musics of all eras and in all their
diversity, including the full range of activities and institutions associated with these
musics throughout the world.1)
つまり、SAM の使命とは、米国のあらゆる時代の多様性に満ちたアメリカ音楽(American
musics)を、そうした音楽に関連する世界中の幅広い活動や組織も含みつつ、充分に理解し、創
作し、研究することを奨励することである。
前述したように、2000 年3月、かつては米国史における南部、サウス・カロライナ州チャー
ルストンで開催された第 27 回 SAM 年次大会に初めて参加したとき、5日間に渡り、米国のあら
ゆるジャンルの音楽をめぐる膨大な研究発表と多様な議論が飛び交う様子に圧倒された。米国の
多様性を具現化するアメリカ音楽を、まるで交響曲『アメリカ』に「統合」するかのような意気
込みに、大いなる挑戦と「アメリカ魂」を感じた。同時に、奴隷時代の史跡見学やその地に根付
くクラシック音楽やゴスペルなどのコンサート、またパフォーマンスを通して「歌うアメリカ」
を実感することができた。
2009 年3月はコロラド州デンバーでの第 35 回 SAM 年次大会に参加した。そして、2011 年3
月9日から 13 日までは、オハイオ州シンシナティで開催された第 37 回 SAM 年次大会に出席し
た。シンシナティは、1840 年代、音楽家として独立する直前の若きフォスターが4年間過ごし
たオハイオ川沿いの街で、1848 年に発表した「おー、スザンナ」は最初の大ヒットとなった。対
岸のケンタッキー州はかつての奴隷州で、オハイオ川を渡って逃亡する多くの奴隷に、危険を顧
みず救助の手を差し伸べた秘密組織「地下鉄道」(Underground Railroad)の中心地でもあった。
今回も、コンサートや史跡ツアーが組み込まれていたが、その中には「地下鉄道自由センター」
(Underground Railroad Freedom Center )
(図1)の見学も含まれており、ガイドの詳細な説
明とともに、展示資料や映像、音楽等を通して、当時の逃亡奴隷と救助した人々の決死の覚悟を
疑似体験することができた。
図1:Underground Railroad Freedom Center
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2.2.
「第1回フォスター・シンポジウム」 (2010 年4月)に至るまで
南北戦争中(1861-65)の 1864 年1月 13 日、37 歳のフォスターは清貧と孤独のうちにニュー
ヨークで他界した。その後のアメリカ国内におけるフォスター評価は、激動の米国史を反映して
いるといえよう。
フォスターの復活は、1900 年、奴隷 Ned を伴うフォスター像(図2)がピッツバーグ市に建
立されたときであろう。
図2:Foster with Uncle Ned
1928 年、
「ケンタッキーの我が家」
(My Old Kentucky Home)がケンタッキー州歌に制定され
る。さらに、1931 年には、インディアナ州の元実業家リリー氏(Josiah Kirby Lilly, 1861-1948)
によって 「フォスター・ホール・コレクション」(Fosteriana)が設立され、アメリカ全土からフ
ォスター関連の品々が献身的に収集された。
さらに、
1935 年、「故郷の人々」
(Old Folks at Home)
が、歌詞にあるスワニー川(Swanee)が縁となり、フロリダ州歌に制定された。アメリカの数多
い音楽家の中でも、一人の音楽家の2曲がアメリカの州歌に制定されているのはフォスターのみ
である。
さらに、
1937 年、
ピッツバーグ大学新キャンパス大構想における 3 つのコンセプトとされた
「知」
、
「精神」、「芸術」のうちの「芸術」を象徴するものとして建造中だった「フォスター記念館」
(Stephen Foster Memorial)
(図3)が完成し、リリー氏の「フォスター・コレクション」の全
ても寄贈された(宮下、2005、p. 8)
。続いて、1941 年、初の音楽家としてフォスター胸像がニ
ューヨーク大学の「栄誉の殿堂」(Hall of Fame)入りを果たす。初代館長のホッジズ氏(Fletcher
Hodges Jr., 1905-2006)は、
「生涯においてその時ほど感激したことはなかった」と、2000 年1
月筆者とのインタビューで語ってくれた(宮下、2005、p. 9)。1951 年にはアメリカ連邦議会によ
って、フォスターの命日である1月 13 日が「フォスターの日」(Foster’s Day)として決議され
た。
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図3:Stephen Foster Memorial
しかしながら、1990 年代の政治的公正な(PC: politically correct)時代の米国では、フォスタ
ーのミンストレル歌が人種問題を喚起させるとして、フォスター歌曲の旋律さえも公立学校をは
じめ公の場所で敬遠されたのである。
21 世紀に入った 2001 年4月、米国公共放送 PBS が、ドキュメンタリー番組『アメリカの経験』
(American Experience)において、初めてフォスターを主題に“Great Artist, Stephen Foster”
を製作し、放送した(Center for American Music、2001)。2007 年には、フォスターに捧げたア
ルバム『夢路より』
(BEAUTIFUL DREAMER)がグラミー賞を受賞する。
さらに、フォスター没後 146 年後の 2010 年4月 23~24 日、ピッツバーグ大学フォスター記念
館において、初めての「フォスター・シンポジウム」が開催され、音楽学者やジャーナリスト、
クラシック歌手やカントリー歌手、音楽教師や音楽プロデューサーなどが全米から集い、フォス
ターの音楽について研究発表し意見を交わした。海外から唯一人招聘された筆者は、日本人にと
ってのフォスター音楽とその「日本化」について話す機会を得ることができた。
こうした 19 世紀のフォスターから、21 世紀のオバマ大統領の誕生まで、連綿と続く「アメリ
カの心と魂」を反映する楽曲で著者によって編纂された教材『歌い継ぐアメリカ』(America Keeps
Singing )を次に紹介し、その歴史とのコミュニケーションについて意義を展望したい。
3.America Keeps Singing (宮下、2011) ~19世紀から21世紀へ
3.1.19 世紀 ~ フォスターの遺産
以下のように、1から4は、19世紀の楽曲が選曲されている。
1.Oh, Susanna! (Stephen Foster) / Pete Seeger
2.My Old Kentucky Home (S. Foster) / Robert Shaw Chorale
3.Hard Times Come Again No More (S. Foster) / Joe Weed
4.America, the Beautiful / Keb ‘Mo” & Barack Obama’s speech
1から3はフォスター歌であるが、3はボブ・ディランが 1992 年 9 月に発表したアルバムで、
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伝統的なフォークソングを集めた Good as I Been to You に収録されており、PC 時代のアメリカ
で話題となった。ここでは、アルバム『スワニー~スティーブン・フォスターの音楽』(Swanee
~The Music of Stephen Foster)で、フォスターの生涯を奏でたジョー・ウィ―ド(Joe Weed)
の演奏を選曲した。同氏は、アルバムのライナーノートで、各々の曲について入念なリサーチに
基づく丁寧な解説を添えている。同氏は、
「フォスター・シンポジウム」の出席者でもあるが、米
国やヨーロッパにおいてフォスターの音楽や生涯についてレクチャーコンサートを開催し、アメ
リカ音楽史におけるフォスターの意義を強調している(Joe Weed、2000) 。
4は 1882 年、ベイツ(Katherine Lee Bates)の詞にウオード(Samuel A. Ward)が作曲した
もので、ベイツは 14,000 フィートのパイク峰から見て感激したアメリカの自然の美しさを、
America! America! / God shed his grace on thee, / And crown thy good / With brotherhood, /
From sea to shining sea.と表している。それにオバマ氏の次のスピーチが続くのである。
We’ve made our share of mistakes
And there are times when our actions around the world
Have not lived up to our best intentions
But I also know how much I love America
I know that for more than two centuries
We have strived at great cost and great sacrifice
To form a more perfect union
ベイツが歌う自然美豊かな母国讃歌に続き、オバマ氏が謳う、より完璧な団結(国家)を希求し
ながら成長し続けてきた母国への愛しさを、ケブ・モ(Keb ‘MO’)がブルース調で歌いあげ、時
空を超えたアメリカ讃歌となっている。
3.2.20 世紀 ~ キング牧師の遺産
続く5から 14 までの 10 曲は、20 世紀の楽曲である。
5.God Bless America / Celine Dion
6.Nobody Knows the Trouble I’ve Seen / Louis Armstrong
7.This Land Is Your Land / Pete Seeger
8.We shall Overcome / Mahalia Jackson
9.Blowin’ in the Wind / Bob Dylan
10.Bridge over Troubled Water / Simon & Garfunkel
11.If / Bread
12.Ben / Michael Jackson
13.Sailing / Rod Stuart
14.Happy Birthday / Stevie Wonder
アメリカに対する誇りと愛国心を謳う楽曲から始まり、黒人霊歌、公民権運動やベトナム反戦運
動など1960年代を反映する楽曲へと続き、最後の 14 はキング牧師の偉業を讃え、その誕生
日(1月 15 日)を連邦祝日に!という運動を主導したスティーヴィー・ワンダーの曲で、1996
年、キング牧師の出身地アトランタで開催された夏のオリンピックの閉会式でも歌われた。
3.3.21 世紀 ~ オバマ大統領の「希望」
以下の 15 から 20 の最後の6曲には、21 世紀の楽曲を選曲した。
15.American Prayer / Dave Stewart
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16.I Have A Dream / Martin Luther King Jr. & Bebe Winans
17.Waiting on the World to Change / John Mayer
18.Do Something / Eagles
19.America / Ken Stacey
20. Eternity / Lionel Richie
15 と 16 は、キング牧師の遺産を引き継ぐ形で、牧師のスピーチが盛り込まれている。特に 16 は
有名な演説そのものが歌詞となり、牧師のスピーチとメロディが交錯している。17 から 19 は、
オバマ氏の大統領選挙運動とも重なる。最後の 20 は、オバマ氏大統領選勝利の約ひと月後に発表
されたアルバム『イエス・ウィ・キャン』
(Yes, We Can)の冒頭を飾ったライオネル・リッチー
の書き下ろし作品で、以下のように、オバマ氏のスポークン・ワード(spoken word)で始まる。
What we know, what we have seen
Is that America can change
That is the true genius of this nation
What we have already achieved gives us hope
The audacity to hope
For what we can and must achieve tomorrow
そして最後は、未来を象徴する子供たちの歌声に重なるように、先人たちが引き継いできた正
義の行進を受け継ぐために大統領選に出馬する、というオバマ氏の固い決意がスポークン・ワー
ドで力強く語られる。
I chose to run for President
To continue the long march of those who came before us
A march for a more just, more equal, more free
More caring and more prosperous America
4.おわりに
~ 「グローバス・ボイス」へ
変容し続ける「アメリカ」と連動するアメリカ音楽は、いまなお進化し続けており、今後も米
国のさらなる「ものがたり」を紡ぎ続けていくであろう。そういう意味でも、アメリカ音楽は、
日本人にとって今後も「アメリカ」を読み解く一つのテーマであり続けるのは確かである(宮下、
2007、p. 57)
。
さらに、アメリカ音楽のグローバル・パワーも多面的に進化し続けている。1985 年、アフリカ
飢餓救済を目的に、ボブ・ディラン、ポール・サイモン、ダイアナ・ロス、ブルース・スプリン
グティーン、シンディ・ローパーなど、米国の名だたるアーティストたちが一堂に会して作り上
げたアルバムとビデオ『ウィ・アー・ザ・ワールド』
(We Are the World)は、音楽のグローバル・
パワーの先駆けといえるものであった。しかもそれは、マイケル・ジャクソンとライオネル・リ
ッチーが作詞作曲し、製作者のクインシー・ジョーンズのダイナックな指揮のもと、スティーヴ
ィー・ワンダーやソウル・ミュージックの創始者レイ・チャールズなどのソロ熱唱が象徴するよ
うに、アフリカ系アメリカ人アーティストが主導するプロジェクトであった。特に、マイケル・
ジャクソンが「アメリカ音楽賞」
(American Music Award)の授賞式を欠席し、リードヴォーカ
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ルとしてリーダーシップを発揮した場面は印象深い。
また、2001 年の「9.11」後に発表されたアルバム『ゴッド・ブレス・アメリカ』(God Bless
America)は、セリーヌ・ディオンの”God Bless America”に始まり、マライア・キャリーの”Hero”
やマヘリア・ジャクソンの”We Shall Overcome”などの 15 曲に、国内外の犠牲者と遺族に対する
哀悼と激励のメッセージが込められていた。
そして、2011 年3月 11 日の東日本大震災後、5 月に発表された『ソングズ・フォー・ジャパ
ン』(Songs for Japan) の CD2枚には、ジョン・レノンの”Imagine,” エルトン・ジョンの”Don’t
Let the Sun Go Down on Me,” ノラ・ジョーンズの”Sunrise”など、海外のアーティストが歌う
36 曲に日本への応援メッセージが込められている。そこには、アメリカ音楽のグローバルな文化
力と「地球人」リーダーシップが反映されている。
いまやアメリカ音楽は、単に「アメリカ」を読み解く一つのテーマだけではなく、地球上の異
文化コミュニケーションに強い揺さぶりをかけながら「ヒューマニティ」を歌い奏でる、いわば
「グローバル・ボイス」へと進化しているといえよう。そうした意味でも、今後もアメリカ音楽
は、
「ヒューマニティ」を伴う異文化コミュニケーションに大きな役割を果たすであろう。
註
1) The Society for American Music(http://american-music.org)を参考(2011 年 10 月 20 日アクセス)
引用文献
大和田俊之(2011)
『アメリカ音楽史~ミンストレル・ショウ、ブルースからヒップホップまで』
講談社。
奥田恵二(2005)
『「アメリカ音楽」の誕生―社会・文化の変容の中で』河出書房新社。
中村とうよう(1999)
『ポピュラー音楽の世紀』岩波書店。
長田弘(1996)
『アメリカの心の歌』岩波書店。
マイケル・T・ボートン著 前田絪子訳(2002)
『エルヴィスが社会を動かした―ロック・人種・
公民権』青土社。
宮下和子(2005)
「日本人の知らないスティーブン・フォスター」
『九州コミュニケーション研究』
第 3 号、1-16。
宮下和子(2006/2011)
『音楽で異文化コミュニケーション』鹿屋体育大学外国語教育センター。
宮下和子(2007)
「メロディが奏でる異文化翻訳」
『九州コミュニケーション研究』第 5 号、44-60。
宮下和子(2010)
「♪YES WE CAN♪ が歌う歴史コミュニケーション」『九州コミュニケーショ
ン研究』第 8 号、10-20。
宮下和子(2011)
『America Keeps Singing~音楽で異文化コミュニケーション 2』鹿屋体育大学
外国語教育センター。
Center for American Music (2001). University of Pittsburgh, “Stephen Foster, Monday, April
23 “American Experience.”
Weed, J. (2000). Swanee~The Life and Music of Stephen Foster [DVD]. Highland Records.
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付録 America Keeps Singing :
Discography (音盤一覧)
1. Pete Seeger (1992) Oh! Susanna on American Favorite Ballads,~Yankee Doodle, Pete
Seeger with 5 String Banjo & String Guitar [CD], Saara-srl – Manufactured in EEC.
2. Robert Shaw Chorale (1997) My Old Kentucky Home on Stephen Foster Songbook [CD].
Musical Heritage Society Inc.
3. Joe Weed (2000) Hard Times Come Again No More on Swanee~The Music of Stephen
Foster [CD]. Highland Records.
4. Keb ‘Mo’. (2008) America the Beautiful on Yes We Can: Voices of Grassroots Movement
[CD]. Hidden Beach Recordings. LLC.
5. Celine Dion (2001) God Bless America on God Bless America - for The Benefit of The Twin
Towers Fund [CD]. Sony Music Entertainment Inc.
6. Louis Armstrong (2000) Nobody Knows the Trouble I’ve Seen on The Gospel Truth [CD].
Sanctuary Records Group Ltd.
7. Pete Seegar (1992) This Land is Your Land on American Favorite Ballads~Yankee Doodle,
Pete Seeger with 5 String Banjo & String Guitar [CD].
8. Mahalia Jackson (2001) We shall Overcome on God Bless America- for The Benefit of The
Twin Towers Fund [CD].
9. Bob Dylan (2001) Blowin’ in the Wind on God Bless America- for The Benefit of The Twin
Towers Fund [CD].
10. Simon & Garfunkel (1999) Bridge over Troubled Water on The Best of Simon &
Garfunkel [CD] Sony Music Entertainment Inc.
11. Bread (1985) If on Anthology of Bread [CD] Electra/Asylum Records.
12. Michael Jackson (2005) Ben on Global Harmony for EXPO 2005 Aichi JAPAN [CD].
Universal Music K. K.
13. Rod Stuart (2002) Sailing on Love Lights 3 [CD]. WEA International Inc.
14. Stevie Wonder (1996) Happy Birthday on Stevie Wonder~Song Review – A Greatest Hits
Collection [CD]. Motown Record Company.
15. Dave Stewart (2008) American Prayer on Yes We Can: Voices of Grassroots Movement
[CD].
16. Martin Luther King Jr. and Bebe Winans (2008) I Have A Dream on Yes We Can: Voices
of Grassroots Movement [CD].
17. John Mayer (2008) Waiting on the World to Change on Yes We Can: Voices of
Grassroots Movement [CD].
18. Eagles (2007) Do Something on Long Road out of Eden [CD]. Eagles Recording Co.
19. Ken Stacey (2008) America on Yes We Can: Voices of Grassroots Movement CD].
20. Lionel Richie (2008) Eternity on Yes We Can: Voices of Grassroots Movement [CD].
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