ラグビーU17(17歳以下)日本代表監督(福島県立磐城高教員、筑波大出身)の坂本幸司先生に 「選手育成とチーム作り」について、広報委員会の菅野がお話を伺ってきました。U17日本代表を公 立高校の指導者が率いるのは初めてであり、日・韓・中の交流大会にて、全戦大勝と見事な結果を出さ れています。日本ラグビー協会で20歳以下の育成強化コーチを担当しており、花園に計7度チームを 導いた実績が物語る通り、指導する先々で結果を出し続けていらっしゃいます。その指導の秘訣に迫る べく取材させていただきました。 選手の育成は負荷のかけかたと観察力、そして伝達力 (菅野) 本日はラグビーにおける選手育成とチーム作りについてお話をお願いします。始めに選手の育成につ いてのお話を伺いたいと思います。選手育成で大切な要素は何だとお考えですか。 (坂本先生) ズバリ適度な負荷でしょうね。その負荷の加減は個人個人で当然違うのですが、その違いを的確に掴 み、その人間に合ったような負荷をかけ、そしてフォローしていくことじゃないでしょうか。適度な負 荷を分かりやすく言えば、野球のノックで取れそうで取れないところを狙い打つ感じですか。 (菅野) なるほど、とても良く理解できます。現在の高校生の中で、指導について時系列で教えていただいて もよろしいでしょうか。 (坂本先生) 当校の入学者にあって、ラグビー部に入部してくる99%はラグビー経験の無い素人です。そんな中 で、夏までの最初の3~4ヶ月は楽しいこと、やってすぐ結果が見えることを与えます。ラグビーの練 習に来ているということは、その段階でやる気はあるのです。動きが緩慢でも、それは怠慢では無くて、 分かっていないとうことだと思います。 初期は出来ることの積み重ねに工夫します。出来ることを伸ばさないと、ダメなところが潰れないの ですね。だから最初は怒りません。できないことを言わずに、出来たことを褒めるようにしています。 人間はちょっと頑張ればできることが好きなのだと思います。そして適度な負荷のためにすぐに白黒つ けないことも大切でしょう。 ただ態度が悪いとか練習に入る以前の姿勢などについては厳しく指導します。みんなが見ている前で はなく一対一で、とことんやりあいます。やはり顔を付けあわせての勝負が大切だと考えています。1 年生は比較的早く帰すようにしていますし、とにかく身体作りから始めます。そして夏あたりから厳し く本番を意識した指導に変わっていきます。 1/5 (菅野) 自分は坂本先生に教わらなくて良かったです。自分だったら、きっとボコボコにされていたような気 がします。では続けてですが、初期を抜けてからはどういう指導をされるのでしょうか。 (坂本先生) 次は出来ないことを自覚させることです。実際出来ているような気になっても何も出来ないものです。 だから出来ていないことの強い自覚を持たせるようにしています。ただ出来る味を覚えた人間は乗り越 えられるようになるものです。自分が出来ないと、チームのみんなに迷惑をかけてしまうという感覚に なるもので、それが大切だと考えています。自分がその弱さを克服できないとみんなに迷惑をかけてし まうという強い実感、自覚が大切です。人間、弱い自分と向き合うのは辛い作業ですね。弱さを自覚し たら、次は弱いところから逃げないように、こういうふうにやれば上手くなるというヒントを与えるこ とですね。 この段階では、出来ないことを猛烈に怒ります。怒る時は素のまま行きますね。猛烈な負荷をかけに いくわけです。大事なのが、負荷を強烈にかけたらそのフォローは怠らないことです。こちらで倒して おいて、それを起こしにいかなければ可哀想でしょう。だからきちんとケアします。そして強烈に怒ら れているのは可愛い証拠だと生徒たちも分かってきますから、そういう信頼関係がベースにあることが 重要です。負荷で立てない時は立たせてあげ、自分で立てる時は立てと怒る、そういうメリハリと、相 手の状況の見極めが重要なのだと思います。 結局プロの指導者とは負荷の与え方が適切で、かつその個人が成長していく道筋が明確に見えている ということなのではないでしょうか。我々は失敗をも成功体験に変えるような努力が大切です。 そして、相手に伝わるような、伝える手段の引き出しを沢山持っていることも大切です。この引き出 しを多く持っていないと、様々な生徒に対応できないことになります。よって我々の研鑽では、そうし たコミュニケーションの手段を沢山持つための努力が重要です。あとは、生徒・選手のことをきちんと 様々見ていることです。日常における注意・関心が大切で、見ているということ、相手にとっては、見 られている、観察されているとういことは、安心感や緊張感につながるはずです。指導者は絶えず選手 を強い関心で見続けていないといけません。それが肝心な時の指導や予防に生きてくるのだと思ってい ます。 チーム作りは素材を最大限活かしきること (菅野) 自分は反省しまくりです。坂本先生すいませんでした。自分は至らない指導者で全くダメでした。反 省と同時に、今度はチーム作りについて伺います。どんなチーム作りを進めるのでしょうか。 (坂本先生) 選手の育成とチーム作りというのは、渾然一体で進めていくもので、別々に行うものではありません ので重複しますが、ゲームでは一番弱いところに揃ってしまう怖さがあります。あのポジションが穴だ から、あのポジションを徹底的に狙えと。そうなると防波堤が崩れるようにチームも崩れていきます。 2/5 従って、極端に弱いところを無くすために、全て標準以上に仕上げるようにします。そして選手の強み を活かしてあげることに傾注します。強みを生かしつつ弱みを潰すという工夫をします。どうしても弱 点が潰せないと違うポジションに移すなどの手も打ちますし、そうした見極めや、弱さと向き合うその 選手の精神的な強さを観察します。選手側が出来ないと意味が無いので、十人十色と言う通り、向こう に合わせた、向こう側が理解できる、実行できるという組み立てを考えなくてはいけません。こっち側 の思考を押し付け、そして変えようとしてはいけません。 自分も多々失敗してきた歴史もあり、そうした経験から組み立ててきました。環境・雰囲気を作って あげることが指導者の役割であり、そのための工夫を多々しているということです。 (菅野) なるほど。ではチーム作りの過程において、野球のようにバッテリーのような重要ポジションから選 手を当てはめてチーム構成を仕上げていくのでしょうか。 (坂本先生) ラグビーは野球と違いますし、チーム作りにおいては決して決まった型、固定した考えを持ちません ね。個人が持つ個性を中心に据えてチーム作りをします。フォワード一列目が強ければその活かし方、 ハーフやスタンドオフに中心選手がいればそこをメインに据え、バックスが優れればそこを活かすよう なチーム作りをします。言ってみれば料理において、材料を最大限に活きるような組み合わせを工夫す るという感じだと思います。あとはビデオ・試合を見て相手研究も当然大事で、それをどう整理するか です。試合は選手が行うので、白黒はっきりさせ過ぎてもダメ、ある程度の許容範囲を持たせながら伝 え、選手自身がゲームで間違えない判断ができるように工夫しています。ゲームに勝たせるためのポイ ントとして、選手が乗っているかどうかは重要です。全ての答えは相手側すなわち選手側にあるという 意識で伝えないとダメで、最高のパフォーマンスを引き出すための術を我々は持っていないといけない と思います。 最後のポイントはやはり観察力だと思います。小競り合いを重ねて限界線を見極め、もっと行けそう なラインを見定めて、的確な戦術や指示を選手に与えなくてはいけません。 選手育成とチーム作りは渾然一体です。選手が自分のこの味を出せば強くなる、この弱さを克服すれ ばいい、そうした当方の意見と相手の自覚とのマッチングを待つしかありません。だから指導に手間暇 を惜しんではいけないんですね。監督が怒るポイントは、その指摘がチームとして大切なんだというメ ッセージを相手に分かるように伝えることですし、伝え方が大事です。だから伝えるための手法や引き 出しを磨く必要があります。よく見て感じ取って勘を磨くしかなく、見ること、見続けることがやはり 大切だと思います。そして勘を磨くのは瞬間的な判断の繰り返し、トレーニングしかありません。真剣 勝負の繰り返ししか勘は鍛えられません。 あくまで相手側の視点が重要ですが、指導者は 100%以上出させる、出がらしになるくらいやらせ切 ること、灰になるくらいまで全力で向かわせることが大事です。そのためには、こちらが死に物狂いで やっていかないと選手に伝わりません。 3/5 ラグビーの魅力と社会保険労務士へのエール (菅野) いや~、さすがはオールジャパン監督です。とても参考になりました。ラグビーはまだ競技人口が少 ないのですが、ラグビーの魅力をお伝え願います。 (坂本先生) そうですね、いっぱいありますが、 「ラグビーはいち早く少年を男にして、いつまでも少年の魂をもた せてくれる」という言葉があります。まさにその言葉に凝縮されています。自分とも向き合うし、チー ムの中での自分の役割も感じながらチームの大切さも学べます。そして激しいのにフェアなのです。い っぱしの望ましい大人に育ててくれるスポーツであり、いい男になっていくための良いスポーツだと思 います。タックルは痛くて、きつくて、つらいんです。でも仲間と一緒であり、ルールの中でフェアな 戦いをしなくてはいけません。そして体格に左右されず、誰でも出来るスポーツでもあります。人とし て好ましい成長を導いてくれるのがラグビーであり、みんなにやって欲しいと願います。 (菅野) ラグビーの魅力発信ありがとうございました。責任を持ってお伝えしたいと思います。坂本先生は筑 波大のご出身で、茨城県には縁がありました。茨城の思い出と、最後に我々社会保険労務士に対してエ ールをお願いします。 (坂本先生) つくば市にしか住んでいませんが、いいところでした。人も良く、気候もいい、ぶっきらぼうな割に 人柄が暖かく、随分と助けてもらった記憶があります。茨城県の皆様、ありがとうございました。 社会保険労務士さんは人の管理に携わるという職業ということですが、その重要性は益々高まるので しょう。人は何によって輝き、何によって輝きを失うのか、様々な人間勉強をしていただき、組織のリ ーダー育成にぜひとも力を発揮してくださることを祈念します。ヒントは沢山あると思いますが、自分 の中で咀嚼して、自分で使えるように努力することが大切だと思います。人の痛みや辛さを、我が痛み や辛さとして、ぜひとも良いご指導をなさって下さい。人が成長するというキーワードは同じものを抱 えているのだと思います。互いに切磋琢磨して、益々頑張りましょう。 4/5 (後記:菅野) 今年の花園に向けた予選の決勝で惜敗し、ご機嫌斜めだった坂本先生です。最初は取材も渋られまし たが、お受けいただき、取材当日には2時間を超える時間をいただきました。話を始めると、エンジン 全開という感じで、その熱の程度が伝わってきて、大変ありがたい時間でした。本気で生徒、選手に向 き合い、そして本気で叱る坂本先生に触れることのできた教え子たちは、みんな坂本先生を慕い、幸せ な邂逅だと感じることが出来ました。49 歳になられ益々指導の熟練度も増すものと想像されますが、何 よりも、その本気さが素晴らしいと感心しました。組織作りのアドバイザーたる我々にとっても大変ヒ ント満載の内容であり、関与する経営者にお伝えしてまいりたいものです。 以上 5/5
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