骨盤底筋訓練の効果的な指導方法

原 著
骨盤底筋訓練の効果的な指導方法
村西内科クリニック1,原三信病院泌尿器科2,東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科3
岡部みどり1
武井実根雄2
高崎 絹子3
佐藤 健次3
A study of the effectiveness of instruction for pelvic floor exercise
Midori Okabe1, Mineo Takei2
Kenji Sato3, Kinuko Takasaki3
Muranishi Medical Clinic1, Department of Urology, Harasanshin Hospital2
Graduate School of Allied Health Sciences, Tokyo Medical and Dental University3
Abstract
The aim of this study was to evaluate the method of instruction for pelvic floor exercise for patients with
stress incontinence and to show the extent to which their feelings of vaginal contraction were restored to
effective contraction by using EMG controlled biofeedback, 60 minute pad tests and questionnaires.
The study covered 27 females patients, aged between 20 and 80, all having been diagnosed by a urologist
as having urinary stress incontinence. The completed study covered just 21 of the patients.
The patients were instructed once a week for 6 weeks in pelvic floor exercises and an intravaginal surface
EMG was used.
EMG values were recorded, 60 minute pad tests were carried out and the frequency of incontinence
noted. Also the number of pads used and the changes in underwear were checked each week and the
amount of urine leakage and other variables were calculated at the beginning of the study and at the end of 6
weeks. There were significant decreases in all aspects. Feelings of vaginal contraction were restored in all
the 21 patients and they experience fewer incidents of incontinence. Showing weekly progress in patients
and giving them support was found to be important.
Key words: Urinary stress incontinence, pelvic floor exercise, method of instruction
要約:本研究は,腹圧性尿失禁の患者を対象に骨盤底筋筋電位,60分尿失禁定量テスト,骨盤底筋訓練
の習得度を評価する質問票を基に,患者の自覚的な腟括約筋の収縮感と効率的な収縮を早期に体得できる
ような指導法を確立することを目的とした.
対象は,腹圧性(真性及び混合性)尿失禁と診断された,20歳から80歳までの女性患者27名であった.
1週間に1回,6週間,泌尿器科外来で骨盤底筋筋電位評価装置を用いて骨盤底筋訓練の指導を行った.
その結果,筋電位値,60分尿失禁定量テスト,尿失禁回数,パッド及び下着の交換回数で有意な変化を
認め,腟の収縮感覚が再出現し,自覚的症状軽減も認められた.骨盤底筋訓練の指導において,患者が
「経時的変化」を感覚的に確認できるような表示法を用いてサポートすることの重要性が示唆された.
キーワード:腹圧性尿失禁,骨盤底筋訓練,指導方法
― 258 ―
研 究 方 法
緒 言
腹圧性尿失禁の治療として,1948年に Kegel1)
1.研究対象
が提唱した骨盤底筋訓練は,他の治療法に比べ副
対象は,福岡市内にある総合病院の尿失禁外来
作用がなく,安全性が高い上に,その有効率も
に通院し,腹圧性(真性及び混合性)尿失禁と診
60∼80%である2)-4)と報告されており,軽度から
断された,20歳から80歳までの女性患者26名と
中等度の尿失禁に対して第一次治療に選択される
筋力強化を目的に骨盤底筋訓練を選択した TVT
ことが多い.腹圧性尿失禁のために外来受診する
(tention free vaginal tape)9)手術後の患者1名,
患者では,訓練の初期段階において,骨盤底筋が
計27名であった.
脆弱化したために収縮力が低下しており,横紋筋
2.研究期間
2000年5月∼2001年6月
からの陰部神経による固有感覚の大脳皮質への伝
5)
達が低下して ,収縮感覚の認知力が低下する.
そのため患者は訓練の際,無意識に骨盤底筋の代
わりに腹直筋や大腿四頭筋の収縮を行っている.
3.研究方法
1)方法
(1)骨盤底筋訓練の指導と評価
骨盤底筋訓練を効果的に行うには,腹直筋や大腿
本研究の指導においては,「指導した回数を必
四頭筋を収縮させずに,骨盤底筋(球海綿体筋,
ず実行させる」というコンプライアンスではなく,
外尿道括約筋,深会陰横筋,外肛門括約筋等)を
患者の主体性に基づいて訓練に慣れること,無理
随意的に収縮,弛緩させ,これを繰り返すことに
なく継続することを目標とした.
1週間に1回,6週間,泌尿器科外来で骨盤底
よって収縮力を高めることにある.
しかし,収縮力の増加は,開始後すみやかに得
筋筋電位評価装置を用いた骨盤底筋訓練の指導を
られるものではなく,決められた回数を継続的に
行った.患者の腟に筋電位測定プローブを挿入し,
毎日行うことにより,数週間から数ヶ月後に効果
患者の腟括約筋収縮力に応じてコンピューターに
が得られる .患者の地道な努力,自覚,意志が
訓練の目標値を設定して訓練を行った.骨盤底筋
必要となる.訓練を実施する患者の中には,導入
訓練プログラムは,1回収縮5秒,弛緩15秒,
時にすでに挫折していたり,訓練を習慣化するこ
計40回,約14分とした.患者はコンピューター
とができず,継続できなかったケースも少なくは
画面に表示される自身の骨盤底筋筋電位(以下筋
ない7).その理由が,指導方法に問題があったの
電位とする)モニターを見ながら訓練を行った.
か,患者側の問題だったのかについての把握は困
自宅では,収縮5秒,弛緩15秒,計80回を目標
6)
難であった.小松 は,訓練の成果が得られない
にし,患者の生活習慣に基づいて1日2∼8回位
理由として,収縮感覚の認知力低下による訓練の
に分けて実施することを指導した.1日の訓練の
難易度を挙げている.訓練を継続するには,効率
頻度を多くすることよりも継続することを重視し
的な随意筋の収縮感の獲得及びそれに伴う症状の
た.体位は,患者が訓練しやすいものとした.
8)
骨盤底筋訓練習得状況の経時的変化をみるため
変化や訓練の習得状況の確認が重要である.
患者が訓練を自身の生活の一部として受け入れ
に,大腿四頭筋,腹直筋,殿筋の代替収縮の有無
るには,まず,その導入となる指導が大切である
を担当者が患者に直接触れて確認し,併せて腟収
と考える.そのため本研究では,腹圧性尿失禁の
縮感覚の有無を外来での指導ごとに確認して記録
患者27名を対象に,60分尿失禁定量テスト,質
した.
期間中毎日日誌をつけるよう指導し,訓練回数,
問票を基に患者がバイオフィードバック療法を用
いた訓練を無理なく継続し,自覚的腟の収縮感を
尿失禁回数,パッド及び下着の交換回数,その他
早期に体得できるような指導方法を確立すること
何か変わったことがあれば記載させた.それを基
を目的とした.
に家庭での訓練状況を聞き,1週間毎の変化を患
者と共に評価,確認し,無理なく日常生活の中で
― 259 ―
(3)尿失禁症状評価票及び(4)骨盤底筋訓練
習慣化できるよう適宜アドバイスした.
習得度の自己評価票
内服薬は,利尿剤,女性ホルモン剤,副腎皮質
ホルモン剤,抗甲状腺剤,甲状腺剤,冠血管拡張
(3)(4)は,文献 8),14)−16) を基に独自に作
剤,気管支拡張剤,脳循環改善剤,Ca 拮抗剤,β
成し,尿失禁専門家(泌尿器科医1名,研究者2
遮断剤,α 遮断剤,A−Ⅱ受容体拮抗剤,抗アレ
名)により内容の妥当性を検討した.回答は5段
ルギー剤が各1名ずつ,Ca 剤が2名に与薬され
階リカート尺度により,得点の高いものほど自己
ていたが,服用量は,訓練期間中変更しなかっ
評価が高い.(4)は,3つの領域(認知,腟肛
た.
門収縮感覚,意欲)で構成した.認知は,骨盤底
評価は,訓練導入前,6週後の60分尿失禁定
筋訓練についての理解を,腟肛門収縮感覚は,自
量テスト,QOL(Quality of Life)への影響度,
覚の程度を,意欲は,訓練を実施,継続する意志,
尿失禁の症状評価,尿失禁量と回数,パッド及び
意欲をみた.
下着の交換回数,初回訓練後,6週後の骨盤底筋
3)分析方法
分析は,前述の評価項目ごとに訓練前,あるい
筋電位,骨盤底筋訓練習得度の自己評価を比較し
は初回終了時と6週後の比較を Wilcoxon 符号順
た.
(2)骨盤底筋筋電位と腟括約筋収縮力の相関 位検定にて行った.また,訓練回数と以下の項目,
腟括約筋,外尿道括約筋,外肛門括約筋は,陰
筋電位,尿失禁回数,パッド及び下着の交換回数
部神経支配である.筋電位は,腟収縮時,電極の
との相関関係,筋電位と腟括約筋収縮力との相関
あるカバーの最も近くの強い筋力,つまり腟括約
関係をみるため,Spearman の順位相関係数を求
筋の収縮力を表示しているが,外尿道括約筋,外
め,検定を行った.統計解析は,SPSS(10.0J)
肛門括約筋の影響も受けていると考えられる.筋
を用いた.
電位とペリネオメーターを同時に使用して骨盤
結 果
底筋訓練の評価を行った報告が少ないため,筋
電位が腟括約筋収縮力増強に本当に反映される
1.基本属性と背景
か確認を行った.同意の得られた患者14名につ
対象の選択基準に適合し,研究協力の得られた
いて筋電位( µ V)と腟括約筋収縮力(cmH 2 O)
対象者は,27名であった.そのうち3名は,夫
を3回ずつ測定し,その平均値で相関関係をみ
あるいは老親の介護,2名は治療法の変更,1名
た.
は他疾患の影響により1∼4週で中断したため,
2)測定用具
この6名を除く21名を分析対象とした.そのう
(1)MEGA 社 製 骨 盤 底 筋 筋 電 位 評 価 装 置
FemiScan
TM
ち1名は,TVT の術後2ヶ月目の患者であり,
尿失禁症状はないが,骨盤底筋訓練を行って,筋
骨盤底筋筋電位測定器,腟挿入用プローブ,カ
電位測定値,骨盤底筋訓練に対する評価を分析に
バーからなり,カバーについている6カ所の電極
加えた.表1に示したように対象の基本属性は,
から最も近い筋電位を表示する装置である.プロ
年齢37∼77歳,平均59.9±10.5歳であった.常用
ーブのカバーは,各個人用とし,1回使用毎にガ
薬は,「あり」が12名(57.1%),「なし」が9名
(42.9%)であった.骨盤底筋訓練回数1日あた
ス滅菌を行った.
(2)日 本 語 版 King’
s Health Questionnaire
2.訓練の状況
(KHQ)
KHQ は,Kelleher ら
りの平均は,60.1±20.7回であった.
10),11)
コンピューター画面を見ながらのトレーニング
によって開発された
尿失禁特定の QOL 評価票である.日本語版は,
は,収縮,弛緩が波形になって表出するため,視
本間ら12),13)により翻訳され,信頼性と妥当性の
覚的に患者自身の腟括約筋の収縮,弛緩を確認で
検証が済んでいる.評価は0∼100点で表され,
き,全ての患者に好評であった.プローブの腟内
得点が高いほど QOL へ悪影響を及ぼす.
挿入に関しては,全く抵抗がないわけではないが,
― 260 ―
表1 基本属性と背景(n=21)
対象の背景
平均年齢(SD)
BMI※(SD)
職業 専業主婦(%)
立ち仕事
事務
農業
無職
パートナー あり(%)
なし
出産回数 0
(%) 1
2
3
4
出産時異常 あり(%)
なし
会陰切開 あり(%)
なし
会陰裂傷 あり(%)
なし
性生活 あり(%)
なし
閉経 あり(%)
なし 臨床所見
腹圧性尿失禁※※(%)
解剖学的尿失禁
尿道括約筋不全
混合性尿失禁
尿失禁発生から受診
までの平均年数(SD)
膀胱炎 あり(%)
なし
膀胱瘤 あり(%)
なし
子宮脱 あり(%)
なし
直腸脱 あり(%)
なし
腹腔内手術 あり(%)
TVT
stamey※※※
膀胱頚部挙上術
子宮摘出
卵巣摘出
胞状奇胎
胆嚢摘出
虫垂炎
なし
59.9(10.5)
23.1(13.5)
12(57.1)
3(14.3)
3(14.3)
1(14.8)
2(19.5)
16(76.2)
5(23.8)
0(10.1)
1(14.8)
12(57.0)
6(28.6)
2(19.5)
5(23.8)
16(76.2)
10(47.6)
11(52.3)
4(16.7)
17(81.0)
7(33.4)
14(66.7)
17(81.0)
4(16.7)
21(1001.)
16(176.2)
5(123.8)
0(1101.)
6.4(118.8)
0(1101.)
21(1001.)
1(114.8)
20(195.2)
0(1101.)
21(1001.)
0(1101.)
21(1001.)
13(161.9)
1(114.8)
1(114.8)
1(114.8)
1(114.8)
1(114.8)
1(114.8)
1(114.8)
8(138.1)
8(138.1)
2
Body mass index:体重(kg)/身長(m)
17)
,
18)
Raz の分類
※※※針式膀胱頚部挙上術の stamey 法
※ ※※ 慮し,習得状況を加味しながら,随時主治医,担
表2 骨盤底筋筋電位(n=21)
当者,患者と相談の上変更した.その場合も1週
単位:平均値(SD)
平均値(µ V)
最大値(µ V)
初 回
22.3(18.8)
31.3(16.3)
6週後
26.2(12.5)
*
35.0(17.7)
*
*:p<0.05
間に1度は電話連絡し,様子を聞くようにした.
3.骨盤底筋収縮時筋電位と骨盤底筋訓練習得度
の自己評価
筋電位は,1回の骨盤底筋訓練プラグラムの平
均値と最大値を測定した.表2に示したように,
挿入することにより収縮させる腟括約筋の確認が
平均値,最大値共に有意な増加が認められた.筋
できたと全員が述べていた.訓練中,便通が良く
電位の増加は,初回 20 µV 以下の者と 21 µV 以
なったと言う者が4名いた.反対に訓練開始1∼
上の者とでは,変化がなかった.図1に筋電位の
3週頃,プローブ挿入直後の収縮時に腟に軽度の
変化のパターンを示した.週数を追う毎に電位が
痛みを訴えた者が2名いたが,訓練中止には至ら
増加した群,ほとんど変化がみられなかった群,
なかった.内服薬の訓練への影響は認められなか
増加した後減少した群の3群に分類された.
骨盤底筋訓練習得度の自己評価は,表3に示し
った.
基本的に指導は,1週間に1回,6週間とした
た.認知,腟肛門収縮感覚,意欲の3項目の総合
が,通院距離,家庭の事情,健康上の理由等を考
得点と腟及び肛門の収縮感覚で有意差が認められ
― 261 ―
(μV)
週目で7名(33.3%),5週目で3名(14.2%),
40
6週目で7名(33.3%),21名全員に代替収縮の
35
消失が認められた.腟括約筋の収縮感覚が残って
30
いた患者ほど代替収縮の消失が早かった.
25
N=7
N=9
N=5
20
15
4.尿失禁症状と QOL への影響の変化
尿失禁症状の変化を表4に示した.60分尿失
禁定量テスト,尿失禁回数,パッド及び下着の交
10
換回数は,それぞれ有意に減少していた.尿失禁
5
の症状評価も有意な改善がみられた.失禁量は図
0
1
2
図1
3
4
2に示したように,「もれない」から「下着がぬ
測定回数
れて交換が必要」までが,訓練前の60%から訓
筋電位の変化パターン
練後には90%になった.逆に「スカート,ズボ
表3 骨盤底筋訓練習得度の自己評価(n=21)
ンにまでしみる」「足をつたわって流れ出る」ま
〔 〕は,合計得点 単位:平均値(SD)
でが訓練前の40%から訓練後には10%に減少し
初回
総合得点〔55〕
43.3(5.2)
認 知〔10〕
18.4(1.1)
腟肛門収縮感覚〔35〕 17.2(3.2)
意 欲〔20〕
17.6(2.7)
6週後
47.3(4.4) **
19.0(1.2)
19.7(2.9) **
18.6(2.1)
**:p<0.01
た.
KHQ は,全般的健康観,生活への全般的影響,
仕事,身体活動,社会的活動,個人的対人関係,
精神面,睡眠・活力,自覚的重症度の9領域に区
分される.結果は,図3に示した.このうち仕事,
対人関係,社会活動には大きな変化はなく,身体
た.骨盤底筋訓練に対する理解度をみた認知,訓
活動,精神面,自覚的重症度,生活への全般的影
練に対する意欲では有意な変化はみられなかった
響において KHQ 得点が有意に減少した.
が,認知で初回訓練時8.4±1.1,6週後9.0±1.2,
5.筋電位と腟括約筋収縮力の相関関係
訓練回数と以下の項目,筋電位,尿失禁回数,
意欲で初回訓練時17.6±2.7,6週後18.6±2.1と
パッド及び下着の交換回数との間に相関関係はな
得点は高かった.
初回訓練時,21名中13名(61.9%)に腟収縮感
かった.筋電位と腟括約筋収縮力との間には,相
覚がなかったり,曖昧だった.程度の差はあるが,
関関係がみられた(ρ=0.769,p=0.001).図
訓練開始後4週で5名(38.5%),5週で1名
4に示した.
(7.7%),6週で7名(53.8%),13名全員に腟収
考 察
縮感覚がみられた.肛門収縮感覚は,初回訓練時,
3名(14.2%)が曖昧だったが,6週後には,全
1.筋電位評価装置を用いた骨盤底筋訓練の指導
について
員改善していた.
訓練開始時,ほぼ全員が呼吸を止めたり,腹直
バイオフィードバック療法の有用性は,以前か
筋あるいは大腿四頭筋を収縮させていたが,2週
ら国内外で報告されている 1),19)−21).本研究にお
目で3名(14.2%),3週目で1名(4.8%),4
いても,コンピューター画面を見ながらの骨盤底
表4 尿失禁症状の変化(n=20) 単位:平均値(SD)
60分尿失禁定量テスト(g)
尿失禁回数(回/週)
パッド・下着の交換回数(回/週)
※
尿失禁の症状評価(得点)
訓練前
17.6(16.1)
13.1(17.1)
19.2(11.9)
75.0(18.5)
※
得点が高いほど症状改善 6週後
14.6(17.2)
16.3(11.2)
15.2(19.2)
81.0(17.9)
***:p<0.001
― 262 ―
***
***
***
***
初回
6週後
0%
20%
もれない
40%
わずかな量
60%
要下着の交換
図2
80%
ズボンに達する
100%
ズボンの上まで
足をつたう
尿失禁量の変化13)(n=20)
健康観
100
**
自覚的重症度
*
生活への影響
80
60
40
睡眠・活力
仕事
20
0
初回
6週後
**
精神面
**
身体活動
対人関係
図3
社会活動
KHQ における QOL への影響(n=20)
*:p<0.05
**:p<0.01
70
60
腟
括
約
筋
収
縮
力
50
40
30
(cmH 2O)
20
10
0
0
5
10
15
20
25
30
35
40
筋電位(μV)
図4
筋電位と腟括約筋収縮力との相関図(n=14)
― 263 ―
45
50
筋訓練は,患者自身の腟括約筋の収縮状況を視覚
禁が個人に及ぼす影響があくまでその個人の内面
的に確認でき,同時に体感することができた.加
に限局するものであることを物語っている.それ
えて,前回あるいは初回と訓練時の筋電図を比較
故,対外的な仕事,社会関係,対人関係は,失禁
し,その差違を患者にフィードバックすることで,
症状が減少してもあまり変化がみられなかったと
筋力の微妙な変化や「速筋の動きは良いが遅筋が
いえる.これは,小松 22) の報告とも一致する.
弱い」等,腟括約筋の収縮時における長所,短所
尿失禁の影響は深刻であっても,羞恥心から誰に
を患者及び訓練担当者も確認することができた.
も相談できず一人で悩んでいる場合が多いため,
また,腟へのプローブ挿入によって,収縮する部
患者への心理的サポートは重要である.
位の確認ができ,常にそれを意識して訓練を行う
4.筋電位と腟括約筋の収縮力との相関
ことができたといえる.異物を腟−体内へ入れる
訓練回数と筋電位,訓練回数と尿失禁症状との
ことへの抵抗感よりも,尿失禁から解放されるた
間に相関がなかったことは,訓練初期において,
めに早く訓練を習得したい,という患者の意欲の
実施回数が症状軽減に直接結びついていないこと
高さも反映した.また,担当者が同性であったと
を示唆している.
いう安心感も影響していたと考えられる.
筋電位とペリネオメーターとの間に相関関係が
2.骨盤底筋訓練指導6週間後の評価
認められたことにより,筋電位が腟括約筋の収縮
骨盤底筋筋電位は,6週間という短期ではあっ
たが,有意な増加が認められ,訓練開始時と比較
力を反映しているといえる.
5.指導方法の評価
してより安定した収縮力が得られるようになった
従来の指導法2)−4),23),24)では,腟括約筋収縮力
と考えられる.5名は,週ごとに筋電位の増加が
を経時的評価指標としていたが,今回の結果では,
みられ,6週で減少したが,腟括約筋収縮力は初
自覚的症状改善にもかかわらず,筋電位値に変化
回より増加したといえる.9名は,筋電位の増加
のみられなかった患者が9人いた.このことから,
傾向がほとんどみられなかったが,60分尿失禁
筋電位値のみでは,患者の訓練習得状況の把握は
定量テスト,尿失禁回数,パッド及び下着の交換
困難と考えられる.また,患者も訓練初期には自
回数,尿失禁量ともに改善していた.このことは,
身の変化を自覚しにくい.本研究においては,筋
腟括約筋収縮力が増加していなくても,歩行,咳
電位値とともに指導初期では主に代替収縮の減少
などの動作時に,効率的に腟括約筋を収縮させる
を,4∼5週以後では腟の収縮感覚の獲得,筋電
ことによって,十分ではないまでも尿の漏出を防
位波形の安定化,自覚的症状の軽減で総合的に評
ぐ,あるいは軽減させることができるようになっ
価した.経時的にこれらの「変化」を担当者が患
たと考えられる.そのため,腟括約筋収縮力のみ
者に提示したことで,患者はそれを訓練の「成果」
で骨盤底筋訓練の成果を判定することは,困難で
として認識し,訓練意欲を向上あるいは維持させ
あるといえる.
ることができた.
骨盤底筋訓練習得度の自己評価の結果から,患
指導間隔は,本研究では1週間であった.訓練
者は,腟の収縮感覚が得られ,腟括約筋を効率的
開始2∼3週の段階において,腟収縮感覚の弱い
に収縮させることができるようになったといえ
患者ほど訓練の前半で1週間前の感覚,要領を取
る.認知,意欲では有意な変化はみられなかった
り戻せずにいた.指導間隔が長くなると指導の復
が,得点は,訓練開始前後とも比較的高く,訓練
習効果が低下し,訓練習得に時間を要すると考え
への理解,積極性,意欲が訓練指導終了時点にお
られる.
いても低下することなく維持されていたことを表
1日の訓練回数と実施時間を患者の主体性にま
している.
かせたことにより,訓練を日常生活の中に早期に
3.KHQ における QOL の評価
取り込むことができたといえる.また,集中した
KHQ における身体活動,精神面,自覚的重症
訓練と指導に充分時間をかけたため,患者とのコ
度,生活への全般的影響の改善については,尿失
ミュニケーションを密にとることができ,担当者
― 264 ―
は,患者の身体上の微妙な変化に注意を向けるこ
2.KHQ における尿失禁の QOL への影響は,身
25)
とができた.これは,Bφ ら
成瀬
26)
体活動,精神面,自覚的重症度,生活への全
の報告と一致する.
般的影響に改善がみられた.
は,「指導者と患者との信頼関係は,進歩
をそれだけ容易にさせる」といっている.単に技
3.全員が訓練開始4∼6週で肛門収縮感覚に加
術的な訓練の指導だけではなく,患者をサポート
え,腟収縮感覚を得ることと平行して,患者
の自覚的症状改善もみられた.
する姿勢が指導者に求められる.
従来の骨盤底筋訓練有効率60∼80%と比較し
以上のことから,患者は,短期間で骨盤底筋訓
て,本研究では,60分尿失禁定量テスト,尿失
練を習得することができたといえる.また,患者
禁回数,パッド及び下着の交換回数,尿失禁量の
は,前回との変化を提示されたことにより,訓練
うち3項目以上で全員が減少した.このことから,
の成果を認識でき,訓練への意欲向上に繋がった.
骨盤底筋筋電位評価装置を用いた本指導方法は,
骨盤底筋訓練の指導は,導入時に集中して行い,
有効であるといえる.
患者が「経時的変化」を感覚的に確認できるよう
6.研究の限界と展望
に提示しながら,定期的にサポートをしていく重
本研究では,骨盤底筋訓練の指導において一定
要性が示唆された.
の成果が得られた.しかし限られた期間内で行っ
たため,対象者が少なく,更に対象者を増やして
本研究は,東京医科歯科大学大学院医学系研究
の分析が必要である.また,6週間での結果であ
科博士前期課程老年看護学専攻においてなされた
り,訓練の継続的効果を論じるためには,その後
ものである.
(2001年11月15日受付,2002年1月21日受理)
の経過観察を行う必要がある.今回,9例におい
て筋電位の変化がほとんどみられないにもかかわ
文 献
らず,腟の収縮感覚が出現し,尿失禁症状は改善
した.筋電位と腟の収縮感覚及び尿失禁症状の改
1)Kegel Arnold H.: Progressive resistance exercise in
善との関係解明は,今後の検討課題である.骨盤
the functional restoration of the perineal muscles.
Am. J. Obst. & Gynec., 56: 238–48, 1948.
底筋筋電位評価装置を使用しての訓練指導につい
ては,装置自体高価であることと,訓練指導その
2)Henalla S.M., Kirwan P., Castleden C.M., Hutchins,
C.J. and Breeson, A.J.: The effect of pelvic floor
ものに医療加算がされないため,同じ方法を広く
exercises in the treatment of genuine urinary stress
一般に適応することにも限界がある.しかし,指
incontinence in women at two hospitals. Br. J.
導者が患者の「経時的変化」を何らかの信号にし
て患者にフィードバックしていくことで本研究の
Obstet. Gynaecol., 95: 602–6, 1988.
3)福井準之助,保坂恭子,石塚 修,岡田 昇,井
成果を応用することができると考える.そのため
川靖彦,小川秋實:女性尿失禁の保存的治療成績.
日泌尿会誌 81:1700–5,1990.
にも尿失禁に対する専門知識を持った指導者の育
4)Berghamans, L.C.M., Hendriks, H.J.M., BO, K., Hay-
成が望まれる.
smith, E.J., de Bie, R.A. and van Waalwijk van
結 論
Doorn, E.S.C.: Conservative treatment of stress
urinary incontinence in women: a systematic review
今回,バイオフィードバックを利用した骨盤底
of randomized clinical trials. Br J Urol., 82: 181–91,
筋訓練プログラムを6週間21名の患者に指導し
て以下の成果が得られた.
1998.
5)佐藤昭夫,鈴木はる江:膀胱・尿道括約筋の構造
1.平均筋電位値は,22.3 µV から 26.2 µV に上
と機能.わかりやすい頻尿・尿失禁の診かた.小
川秋實編.初版.メディカルトリビューン.東京.
昇し,60分尿失禁定量テストは 17.6 g から
1988.3–15.
4.6 g に,失禁回数は13.1回/週から6.3回/
週に,パッド及び下着の交換回数は,9.2
6)Sampselle, C.M., Burns, P.A., Dougherty, M.C.,
Newman, D.K. and Wyman, J.F.: Continence for
回/週から5.2回/週に減少した.
― 265 ―
women: evidence-based practice. JOGNN, 26:
Preliminary assessment of the incontinent woman.
375–85, 1997.
Urol Clin North Am., 22: 513–20, 1995.
7)Bishop, K.L., Dougherty, M.C., Mooney, R., Gimotty,
17)Raz, S., Little, N.A. and Juma, S.: Female urology, In:
P. and Williams, B.: Effect of age, parity, and
Walsh, P.C., Retic, A.B., Stamey, T.A., Vaughan,
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Cambell's urology. Philadelphia. 1992. 2782–828.
8)小松浩子:腹圧性尿失禁をもつ中高年女性の尿失
18)加藤久美子:女性腹圧性尿失禁における尿道括約
禁自己管理とその影響要因に関する分析.聖露加
筋不全 ISD と腹圧下尿漏出圧 ALPP の意義.臨泌
看護大学紀要 20:2–9,1993.
52:989–99,1998.
9)加藤久美子,近藤厚生:尿失禁の治療とケア−薬
19)福井準之助,小松浩子:高齢者尿失禁の対策 理
物療法,手術の適応.臨泌 54:263–7,2000.
学療法(バイオフィードバック).Gerontology,
10)Kelleher, C.J., Cardozo, L.D. and Toos-Hobson, P.M.:
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20)福井準之助:最新・バイオフィードバック療法
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尿失禁とバイオフィードバック療法.PT ジャーナ
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ル 33:87–93,1999.
11)Kelleher, C.J., Cardozo, L.D., Khullar, V. and
21)Hirsch, A.: Treatment of female urinary
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incontinence with EMG-controlled biofeedback
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22)小松浩子:腹圧性尿失禁をもつ中高年女性の尿失
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禁自己調整の確立・継続とその効果の検討.木村
12)本間之夫,後藤百万,安藤高志,福原俊一:尿失
看護教育振興財団研究報告2:21–7,1995.
禁 QOL 質問票の日本語版作成.日神膀会誌 10:
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13)本間之夫,安藤高志,吉田正貴,武井実根雄,後
藤百万,大川麻子,影山慎二:尿失禁 QOL 問診票
24)Bayliss, V.: Female urinary incontinence, In: Nursing
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for continence. Norton, C., editor, 2nd ed.
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14)小松浩子:腹圧性尿失禁のアセスメントとケア.
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25)Bφ, K., Talseth, T. and Holme, I.: Single blind,
15)Jacson, S., Donovan, J., Brookes, S. Eckford, L.,
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26)成瀬悟策:自己コントロール法.初版.誠信書房.
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16)Romanzi, L.J., Heritz, D.M. and Blaivas, J.G.:
― 266 ―
東京.1988.68–77.
月 日(
)
AM
PM
腹圧性尿失禁評価票
どんなときに漏れますか.
1回/日以上 1∼2回/2日 1回/3∼5日 1回/週以下
1.立ち上がったとき
漏れない
量
a.椅子から直接すぐに
1
2
3
4
5
(
)
b.畳から直接すぐに
1
2
3
4
5
(
)
c.椅子から何かにつかまって
1
2
3
4
5
(
)
d.畳から何かにつかまって
1
2
3
4
5
(
)
2.くしゃみをしたとき
1
2
3
4
5
(
)
3.咳をしたとき(何回も)
1
2
3
4
5
(
)
4.歩行時(普通の速度)
1
2
3
4
5
(
)
5.早足のとき
1
2
3
4
5
(
)
6.走ったとき
1
2
3
4
5
(
)
7.重い物を持ち上げたとき※
1
2
3
4
5
(
)
8.腰をかがめたとき
1
2
3
4
5
(
)
9.大笑いしたとき
1
2
3
4
5
(
)
10.くすくす笑いしたとき
1
2
3
4
5
(
)
11.トイレに行きたいと思った途端
1
2
3
4
5
(
)
12.水の音を聞いたとき
1
2
3
4
5
(
)
13.冷たい水に手を入れたとき
1
2
3
4
5
(
)
14.いつの間にか漏れていた
1
2
3
4
5
(
)
1
2
3
4
5
(
)
15.その他(
)
漏れる量 A わずかな量で下着の交換は不要
B 下着がぬれて不快,交換が必要
C スカートやズボンにまでしみる
D スカートやズボンの上にまでしみる
E 足をつたわって流れ出てくる
※
2kg 以上:羽布団約4kg,買い物袋(食料品中身半分位まで)約2kg,200 g のかご一杯の洗濯物約
2kg
― 267 ―
訓練ご苦労様でした.訓練の感想をご記入下さい.記入にあたって,あてはまる回答に○をして下さい.
① 訓練方法は理解できましたか
1 全くできない 2 あまりできない 3 何とも言えない 4 ほとんどできた 5 できた
② なぜこの訓練をするのか理解できましたか
1 全くできない 2 あまりできない 3 何とも言えない 4 ほとんどできた 5 できた
③ 腟を締めるこつがわかりましたか
1 全くわからない 2 あまりわからない 3 何とも言えない 4 かなりわかる 5 わかる
④ 腟の締まる感じがわかりますか
1 全くわからない 2 あまりわからない 3 何とも言えない 4 かなりわかる 5 わかる
⑤ 腟収縮は上手くできますか
1 全くできない 2 あまりできない 3 何とも言えない 4 かなりできる 5 できる
⑥ 肛門を締める感じはわかりますか
1 全くわからない 2 あまりわからない 3 何とも言えない 4 かなりわかる 5 わかる
⑦ 腟を締めているとき,肛門が締まっている感じはわかりますか
1 全くわからない 2 あまりわからない 3 何とも言えない 4 かなりわかる 5 わかる
⑧ 訓練を一人でも続けていこうと思いますか
1 全く思わない 2 あまり思わない 3 何とも言えない 4 かなり思う 5 思う
⑨ 訓練を外来で補助してもらえば続けていこうと思いますか
1 全く思わない 2 あまり思わない 3 何とも言えない 4 かなり思う 5 思う
⑩ 訓練の効果がすぐにでなくてもあせらず続けていこうと思いますか
1 全く思わない 2 あまり思わない 3 何とも言えない 4 かなり思う 5 思う
⑪ 訓練を日常生活のなかへ取り込めると思いますか
1 全く思わない 2 あまり思わない 3 何とも言えない 4 かなり思う 5 思う
― 268 ―