伊勢湾口における環境観測について

伊勢湾口における環境観測について
船舶・防災係
1.概
中村
裕二
要
本研究は,伊勢湾の環境再生にあたって,伊勢湾口のフェリーに水質・流況の測定装置を設置し,伊
勢湾口のリアルタイムな塩分・水温,流況データを取得することを目的とした。また,既存の気象・水
文データを取得するためのモニタリングシステムの検討を行い,各種データから外洋水の伊勢湾に及ぼ
す影響を把握して,伊勢湾のリアルタイム流況シミュレーションを開発するための基礎資料を得ること
を目的とした。
なお、本業務は独立行政法人 港湾空港技術研究所 海洋・水工部海象情報研究室にて実施されたもの
である。
平成 19 年度の研究内容は以下のとおりである。
○伊勢湾口モニタリングシステムの検討
(1) 東京湾口での事例について収集整理し,伊勢湾での観
測項目・観測機器等について検討を行った。(2) 伊勢湾口の日々の水質・流況を観測する装置を伊勢湾
口のフェリーに設置して観測を開始し、表層の塩分水温と湾口での断面流向・流速等を取得した。デー
タは携帯電話等で陸上のサーバーへ転送し,インターネット等で公開できるよう検討を行った。(3) 風
向風速や日射量等の気象データや河川局水文データの取得方法について検討を行った。
○伊勢湾口データの解析
伊勢湾のリアルタイム流況シミュレーションのための数値計算プログラ
ムへ組み込まれるように,上述の各種データの処理方法の検討を行うものとした。
2.伊勢湾口モニタリングシステムの検討(東京湾口と伊勢湾口におけるシステムについて)
東京湾口では,東京湾フェリーの「かなや丸」に ADCP 流向流速計及び水質連続観測装置が図1,図
2のように搭載され,2003 年 12 月より東京湾口での水質・流況の長期連続観測を実施されている。これ
まで東京湾口での連続観測は,日々500 隻以上の船舶が往来するため困難であったが,フェリーを利用し
た観測によって湾口断面の水質・流況を捉えることが可能となっている。
図1
東京湾フェリー“かなや丸”
図2,3のように船底から海水をとりこみ、塩分水温、クロロフィルなどの水質が自動的に分析が行われ
ている。また、水質は表層だけしかデータを得ることができないのに対し,流況は断面流速を得ることが可
能である。流向流速計としては,RD Instruments 社製船底装備型 ADCP 300kHz を用いており,計測可能最大
水深は 175m,ボトムトラックが可能な最大水深は 260m である.流速の鉛直プロファイルは水深 10.59m の位
置から層厚 4m で 40 層計測されている.
図4はこれまでの観測結果の一例である。日々の塩分水温,クロロフィルのデータの他に,湾口において
最も海水交換が大きかった日の流速の断面図を示している。外洋水の流入によって,塩分水温が大きく変化
する状況や流況も大きく変化することが分かる。これらのデータをもとに,現在,外洋水の流入と湾奥の貧
酸素化,青潮の発生に関する研究が進められている。
3.伊勢湾フェリーへの計測機器の設置と観測の開始
伊勢湾口モニタリングシステムの概要:湾口モニタリングシステムとして,1 日 8 航海している伊勢湾フ
ェリーに流向流速計(ADCP)と水質計(CTセンサー)を設置し,湾口海峡部の流況水質データを取得するシ
ステムを構築した。図5は伊勢湾フェリーによる湾口モニタリングシステムの概念図である。観測された流
況水質データは鳥羽港に寄港した際に無線LANを通じてデータを回収できるようになっている。図6は観測装
置の設置場所である。水質観測装置は表層の海水を採取し,船内で水温・塩分を測定している。流況・水質
は 500m走行毎に計測し,ADCPは 4mピッチで鉛直方向の流速を計測する。
伊勢得湾口モニタリングシステムの設置:モニタリングシステムは,平成 20 年 2 月 19 日から 27 日にかけ
て,伊勢湾フェリー“伊勢丸”保守のためのドック入渠に際して,設置した。今回のモニタリングシステム
は,鳥羽港が研究所から離れているなど,東京湾フェリーの場合と異なり,メインテナンスが十分に行えな
いことを想定している。そのため,メインテナンスが比較的容易で,環境観測上最も重要な項目にターゲッ
トを絞って装置を設置している。
GPS
真水 海水
サーバー
船底水温
LAN
塩素
塩分
水温
フィルター
PC
シンク
流量
Chl. a
ブースター
ポンプ
AD 変換器
サンプリング間隔 1 min.
ドレインタンク
図2 水質観測装置概要図
水温
(℃)
塩分
(PSU)
クロロフィルa
(μg/l)
150m
33
31
29
27
56
42
28
14
0
フェリー
ドック期間
フェリー
ドック期間
・湾口においても,
赤潮が発生,クロロフィルaは
最大で70μg/l超
12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
2004
2005
流入
流出
流入
流出
2005年8月19日
2004年10月20日
AM10:00
2004-10-20 10:00
(μg/l)
塩分
0.8
水温
1.2
(℃) (PSU)
17 34.7
15 34.1
0.4
クロロフィルa
0
久里浜
・湾口においても,
塩分が25PSUまで低下
(最小値は21PSU)
・荒川,多摩川からの淡水
は2日程度で湾口に到達
することが分かった
黒潮系暖水
断面
流速
0
水質観測装置
26
22
18
14
流入
流出
流出
図3
2
4
6
秋季(台風時期)の海水交換
重い外洋水が軽い内湾水の下に潜り込む
13,000(t/s)の海水交流
猛暑の夏 密度成層の発達と強い南より
の季節風で表層の強い吹送流と下層流出
16,000(t/s)の海水交流
13 33.5
8 (km)
10
金谷
冬季の海水交換
海水交換の大きかった日の状況
※流況は潮汐を差し引いた残差流成分を表示している
コリオリ力で外洋水が千葉側から流入,32,000 (t/s)もの海水交流
図4 海水交換が大きかった日の流れの状況
インターネット
公開
結果出力
伊勢湾数値モデル
データ入力
Bフレッツ
H20年度は港空研
サーバーで計算
GPS
ADSL
伊勢湾フェリー
ターミナル
無線LAN通信
鳥羽
伊良湖
伊勢湾フェリー“伊勢丸”
1日8航海
片道55分
90m
伊良湖
水道
観測項目
流向流速
塩分水温
18km
図5
伊勢湾フェリーによるモニタリングシステム
スケール
図6
伊勢湾フェリーの観測装置設置場所
流量計
クリーン
測定
チャンバー
ストレイナー
泡抜き
チャンバー
ポンプ
図7
ADCP 本体
図8
水質測定装置
図9
水質測定装置
設計図
流向流速計(ADCP)は,東京湾フェリーの場合,通常は 300kHz の超音波流向流速計であり,年に 1 回の保
守で十分であることが分かっている。水質計測は,海水をくみ上げて実施するため,生物付着や管路の閉塞
が問題となる。そのため,今回はそれらに対して比較的強い塩分水温のみを計測することとした。なお,塩
分水温は,流動場(密度流)の計算では最も重要な項目である。
図9は水質計測装置の設計図である。ポンプによって海水を循環させるシステムになっている。また,何
らかの原因で泡が管路内部にあると塩分水温が計測できなくなるため,泡抜き用のチャンバーが設置されて
いる。そのほか,管路の閉塞を防ぐためのストレイナーや電磁式のスケール付着防止装置が設置されている。
今回設置した ADCP,塩分水温計の仕様は以下のとおりである。
○超音波式多層流向流速計(ADCP)
流速測定範囲:±20m/sec
トランスデューサー
○ 塩分水温計
CT センサー
電気伝導度
○通信システム
測定範囲
RDI 製ブロードバンド ADCP
流速測定総数:3~128
4ビーム
FSI 製
周波数
300kHz
最大海底探知深度:260m
ビーム角:20°
Excell Thermosalinograph
0-90mS/cm
・温度
測定範囲
-5℃
~
45℃
船上とフェリーターミナル間は無線 LAN を、
フェリーターミナルと遠隔地間は ADSL 回線
を経由した VPN 接続を用いている。
観測の開始と観測結果: 観測は伊勢丸がドック後,初の就航日である 3 月 17 日の次の日の 18 日より開始
した。18 日には,各種機器の動作確認をするとともに,研究所と伊勢丸との間でデータの交換ができること
を確認した。
図10は,得られた流向流速・塩分水温データの一例である。流況は鉛直方向に一様な流れ
になっており、局所的には 2m/sという非常に速い流速が観測されている。塩分水温は全般に伊良湖の方が塩
分水温ともに高くなっており,外洋水がコリオリ力の影響で,湾口の東側から流入していることを示してい
る。伊良湖岬周辺では、鳥羽よりも 3℃ほど高い外洋水と考えられる水塊が存在している。
0
Toba
Irako
depth(m)
20
40
v(cm/s)
150
110
70
30
0
-30
-70
60
80
-110
-150
100
図10
流況・塩分水温観測結果(2008/3/19 14:00)
80
60
40
20
1m/s
0
図11
気象庁 GPV データから得た風況・気圧データ
0
図12
20
40
60
80
表層流速の計算結果例(上げ潮最大時)
GPVデータの自動処理システム:リアルタイム数値シミュレーション用の予測データとして(財)気象業務
支援センターが配信しているメソ数値予報モデルGPVデータ(以下,GPVデータ)を用いる。GPVのデータ
が取得できるように,平成 20 年 1 月にデータサーバーを構築し,図11のように現在,1 日 8 回の間隔で気
象データを受信できるようになっている。
河川局水文データの取得方法について:河川局水文データは,ホームページ国交省水文水質データベース
http://www1.river.go.jp/
より,取得できるようにしている。なお,リアルタイムな水文データとしては,流
量ではなく水位が与えられているため,流量年表の過去のデータから流量曲線を作成している。これにより,
水位を上記ホームページから取得することで,数値計算へ代入するための流量を得ることができる。
4.伊勢湾口データの解析
図12は,非静水圧モデルを用いて,湾口の潮汐の条件を与えて試計算を実施した計算結果である。湾口
における速い潮汐の流速が再現されている状況が分かる。今後さらに,気象庁 GPV のデータ等の境界条件を
入れることで,リアルタイムシミュレーションを実施する予定である。
5.まとめ
伊勢湾再生にあたっては、伊勢湾の現況の水質・流況パターンの把握が不可欠である。本研究では、
この中で最も不足していた伊勢湾口の水質・流況データを取得するため、伊勢湾口のフェリーに水質・
流況の測定装置を設置し,伊勢湾口のリアルタイムな塩分・水温,流況データを取得するシステムを開
発した。さらに,気象・水文データを取得するシステムの検討を行い,伊勢湾のリアルタイム流況シミ
ュレーションを開発するための基礎資料をそろえた。