死生学 医学と宗教の接点 (死生学): 「命と物質」及び「生と死」の狭間 1、スライド(1) 医療において患者の死はまぬがれない。一時的に治療が成功しても、必ず 最後は死を迎えなければならないことを考えれば、医療は死を抜きにては成 り立たない。死とその対極にある生を対象とした学問である死生学( B i o Thanatology)関連の多くの書物が、宗教的・哲学的・人文学的観点から論じ られている。医療者にとって、そのような文化人類学的素養も必要である が、それに加え科学者としての生物学的な面から生と死を考え、理解するこ とも大切である。 本講義は、「生命とは何か・死とは何か・物質と生命体の違いは何か」を 切り口に、生物の死がその進化の過程で起こった遺伝子の交換(その中心が 性の分化とセックス)に伴って、必然的に発生したことを系統発生と個体発 生から論ずる。死の持つ意味の究極が「一つ粒の麦地に落ちて」にあらわさ れるごとく、死によって多くの豊かさをもたらすという、共に生きるあたた かい心に通じるものであり、更にその考えが生命倫理の根幹に繋がる重要性 を持つことにも触れ、医療に携わる者の基礎的素養の糧としたい。 2、死生学(Bio-Thanatology)とは Thanatology:死学とは、死についての学問であり、【Thanatos】はギリシャ 神話の死の神を意味し、Bio-とは【Biology 】:生物学の語源である【Biosis 】 : 生命・生活力に由来する。 すなわち,死を理解するためにはその裏側に生命・いのちとは何かを知らな ければならない。 3.死とは 中村圭子は著書「生命科学と死」の中で、「死」とは以前は生きていたとい う意味である、と述べ、B.メダウオーは死生学においては「生・死の定義 をするのではなく、生きているとはどうゆうことかを解き明かす作業が大切 である」と述べている。 4「生命とはなにか」を考えてみると、生命も物質の集合体であるが、1) その生命体を同じ状態に保つ(恒常生)、2)同じものをつくり出す(生 殖)、3)外界に適応して変化してゆく(適応性)という能力を有してい る。 5.例えば、タバコモザイクウイルスそのものはDNAと呼ばれるか核酸の集 まりであり、そのままでは変化しない物質に過ぎないが、いったんタバコの 細胞内に入ると、増殖し環境に適応して変化する生物としての能力を発揮す -1/9- 死生学((淑徳講義原稿).doc る。すなわち、分子生物学レベルでは物質と生物体の垣根はなく、両者は連 続していると考えられる。 6.(先週の講義でも話したが)生命とは、を考えると 小石と貝殻は共に物質であるが、貝殻に小石に無い生命を感じる。 なぜ? 「貝殻には動的な秩序がもたらす美しさを感じ取ることが出きるから。」で ある。 7.生命体は、「ある秩序を持って存在するが、今ある物は前のものと絶え ず入れ替わっている。」それは、「水が流れる川のように、変わらないよう に見えるが、水は絶えず入れ替わっている状態である」と同じ現象である。 皮膚がふけとなって落ちてゆくように、血液や骨が絶えず壊れては作られ るように、私達の身体を構成している細胞は絶えず入れ替わっている。 8.すなわち生命体とは「ダイナミックな流れからなりたつ動的平衡状態で ある。」と(ルドルフ・シェーンハイマー)は言っている。 すなわち、ウイルスは自己複製の能力は秘めていても、それだけの状態では 生命の律動が無く物質の範疇であり、細胞内に入り生命体となる。 9.生命体も元々は物質(分子)の集合体であり、生命現象も物理学の法則 に従う、琴は理解できるであろう。すなわち生命体は分子の拡散による広が りとその濃度勾配などの影響を受けるので、熱力学のエンテロピー最大の法 則から逃れられない。 「生物が生き続けるためには、それに抗するシステムが無ければならな い。」 10.エントロピー (entropy) とは「物質の属性の一つで、ギリシャ語で「変 換」を意味する」。自然界においては、いかなる活動においてもエントロ ピーは増大の方向に向かうという熱力学の第二法則を逃れることは出来な い。 全く静止した水の中でも、赤いインクを一滴落とせば時間と共にその色は水 全体にひろがって行く。それは、分子のブラウン運動と言われる物理的性質 により、その起源は全ての物質が出来た起源であるビッグバンにまで る。 気体や水と速度はことなっても、あらゆる物質はブラウン運動で空間に中に 溶け込んでゆき、最後は全てが均一になって終わる(エントロピーが最大と なる)。 *分子が自由に動き回る気体は、分子が結晶格子に束縛されている固体より も、エントロピーが大きい。 -2/9- 死生学((淑徳講義原稿).doc 11.生命現象の特徴は、この物理的なエントロピー最大の法則に抗して、 溜まってゆくエンテロピーを生命体の営み(系)の外に出してその秩序を保 つている。すなわち生命体は、造り上げるものを絶えず壊し捨てる(生まれ ては死に、死んでは生まれる)ことによって恒常性を保っている。 「生命とは動的平衡状態にある流れである」 12 物質と生物(生命体)は、生物(生命体)―臓器―組織―細胞―DN A―分子―原子(物質)と連続している。 前にも話した如く、DNAは生命の情報を有しているが、それ自身は物質で ある。しかしタバコモザイクウイルス(DNA)のように細胞内に入ると生 物としての特性を発揮するところから、物質と生命は連続している。 13、物質と生命体の狭間の連続性 *生命となりうる「ある物質構造が原子3次構造を持っていても物質しかし エネルギーを与えられると生命活動を開始するので生命体 *構造だけ残って状態は死であるが、エネルギーを与えると生となる :〔死んだ状態で生きている〕 14.生命の発生:物質から生命体へ 水・アンモニア。メタンなどからアミノ酸・ヌキレオチド〔分子進化〕 *RNA型核酸(情報物質であると同時に触媒能を持つ生命の起源物質) *RNAを遺伝子とする単細胞が誕生 *より安定なDNA型の単細胞に進化 *生命体の基本設計図であるDNAは化学物質(核酸)であり、その機能物質 も蛋白質という物質である 「物質から生命が発生し、生命活動も 物質がコントロール」 15、生命の発生と進化の過程 物質から生命体の発生と進化はランダムであり神の与えし規則性はない (その証明がDNAに刻まれたジャンクと呼ばれるエクソンの存在)、 *バクテリアから人間までDNAの基本遺伝情報は同じ(起源が単一) *この世のすべての生命体が複雑に関与し合い、すべてに意味がある。 (全く関係なく生まれた生命体はこの地球上では存在しない) *多様化・複雑化した生命体は全体としての統合機能を持つ -3/9- 死生学((淑徳講義原稿).doc :その複雑なシステムのオーケストラの指揮者のようなコントロールのメカ ニズムは要素還元論では説明できず複雑系理論に基づく俯瞰的統合論 16、固体生命の誕生 固体〔生命体〕発生は系統発生の速やかな繰り返し(Ernst Haeckel) :単細胞から始まる生命進化の過程をとる。 (バクテリア-−魚――爬虫類――哺乳類――人間) *一個の受精卵(生殖細胞)が50回分裂すると100兆(10の14乗) の細胞集団〔身体〕となる(単細胞から多細胞へ) *各細胞が集まって組織となり臓器となり、お互いに協力して生体を創る *細胞が集団生活をするようになると単細胞時代より脆弱になる(集団の中 で外的環境から守られ栄養が渡ってくる)ので、協力して各々の役割を果た し集団のhomeostasisを保つ必要。(一個の生体が人間社会に類似) 17.医療者としての「死」を理解する。 人間の死の医学的意味:死の三兆候・脳死 死亡診断・死亡時間・死亡届 *「人間と人の違い」:人間の死の社会的意味 一人称の死:自分の死 二人称の死:愛する人、家族の死 三人称の死:他人の死、社会一般の死 18、医学者〔科学者〕としての「死」を理解する。 細胞の死―組織の死―臓器の死―個体の死 *二つの細胞死:壊死(necrosis)とプログラム死(apoptosis) *物質と生命体の差とは 生命の誕生:物質から生命へのプロセス 物質と生命の狭間:DNA・ウイルス *生命〔現象〕とは何か 19、死とは 一般的には生物としての人間固体の死を意味するが、 死には人間であるこ とに関わりない生物学的意味もある。 20、人は生まれた瞬間から死に向かう運命 生命体は進化の過程で手に入れた(雄雌の)性による生殖を始めた時、人は 死ぬべき運命を持った。 -4/9- 死生学((淑徳講義原稿).doc :体細胞が apoptosisのprogram を持ったが体細胞の死は個体の死 *それ以前は、生命体は何か外からの死をもたらす因子が加わらない限り行 き続けることが可能であった。 :現在でもがん細胞や生殖細胞は行き続けることが可能 20、*一卵性双生児の死亡年齢の差 :平均36ヶ月 (二卵性では67ヶ月・兄弟では106ヶ月) *胎児・中年・老人から取った繊維芽細胞その分裂停止回数は各々, 平均50、20−30,10回 (Leonard Hayflick):細胞寿命 21、Apoptosis 時間のファクターでapoptosisのプログラムが始動する :外からの因子〔キラーT細胞、ステロイドホルモンなど〕がapoptos isのス イッチを早めに始動させることもある。(幼児期の脳発達障害) *apoptosisは細胞が自分意思で死をもたらす自殺ではなく自然死である。 22.Apoptosis 「ギリシャ語の花びらや木の葉が自然に散る意味」 :DNAに書き込まれた命令でDNAそのものが 粉々に分断され内部からの機能停止。ミトコン ドリアは生きていて働き続けるがやがてアポ トーシス体と呼ばれる細胞断片に分かれ、回り の細胞に粛々と取り込まれる。壊死の時のよう にサイトカインを出して,マクロファージを呼び 寄せたり、周りの細胞に障害及ぼす往生際の 悪いことはしないので瘢痕なども残さない。 23、プログラム死(apoptosis)の発生学的意味 個体発生の過程で系統発生の過程で起こった記憶を繰り返し、不必要なもの が取り除かれる :指が出きる過程(細胞の過剰生産― ―選別― ―アポトーシス―ー形成) *apoptosisは生体発生と進化に不可欠である。 :最初から目的の形に作れば良いのに効率悪く先祖のやり方を継承するの は、自由度が高いという利点(神経ダーイズムによる神経ネットワーク) 24、Apoptosis -5/9- 死生学((淑徳講義原稿).doc 〔細胞のプログラムされた死〕の意味 *単細胞の進化の限界から、生体は多細胞となる道を選んだ。 :その過程で、古い細胞が死に新しい細胞に置き換わる運命 *更なる進化の為に生命同士が遺伝情報(DNA,染色体)を交換 : 遺伝情報交換をより効率的にするため性別Sex)が出来た *その結果として新しい遺伝情報を持った生命体(子孫)の誕生 *より新しい進化した生命体を増殖させるのが生命体の最終目的 :古い生命体(親)は新しい生命体に置き換わらなければならない 「遺伝情報の交換の出現が生命体の死(Apoptosis)を生み出した」 25、死の遺伝子(生を制限する遺伝子){1} テロメア :染色体端にあるDNAで粘着し難い (染色体両端が付いてしまい機能できなくなるのを防ぐ作用) :分裂毎にだんだんと短くなり、なくなると染色体が機能しなくなり 細胞死 :生殖細胞はテロメラーゼ活性(テロメアを活性化)が高く、何度分 裂してもテロメアが短くならないーーーApoptosisが起こらない 26.生殖細胞・ES細胞・癌細胞は不死の状態 生殖細胞・ES細胞・癌細胞は不死の状態 27.死の遺伝子(生を制限する遺伝子){2} P53遺伝子:障害されたDNAにApoptosisを誘発。〔 :細胞のDNAは絶えず酸素・紫外線などに傷害され続ける ――そ の傷害された細胞にApoptosisを起こして取り除く作用 :P53が働かないと細胞が癌化する 〔良い新しいDNAが生き残るために、古いDNAを消し去る〕のが 生物の死の持つ生命進化論的意義 28、 *生物学的な死 :生物学的機能の停止 (細胞死) *人間としての死 -6/9- 死生学((淑徳講義原稿).doc :人間としての機能の死 〔脳死〕 *社会的な死 :社会的存在としての死 (植物人間) 29: 死のレベル 細胞の死: エネルギー代謝が止まっている。(生きているはその反対) *生物体の死:生物体の生きるシステム機能が止まっている *人間の死: 脳機能〔人間としての特徴の心〕が止まっている 30:生と死の狭間の連続性 エネルギー活動が無く死んでいると同じ状態から生命活動再開可能なもの :バクテリアの胞子・ブラインシュリンプと呼ばれる蝦の卵、ウイルス (長時間エネルギー活動が無い状態で存在し続けることが可能な生命体)、 :アルテミア(原始生物)を絶対零度近くに凍結状態(エネルギーゼロ)か ら条件を戻すと常温で孵化したものと同じ生命体となる *生命となりうる「ある物質構造が原子3次構造として保存」 その構造を持つ物質はエネルギーを与えられると生物体となる :その物質(生物体)においては生と死は分けること出来ない。 31、物質と生命体の狭間の連続性 生命となりうる「ある物質構造が原子3次構造を持っていても物質しかしエ ネルギーを与えられると生命活動を開始するので生命体 *構造だけ残って状態は死であるが、エネルギーを与えると生となる :〔死んだ状態で生きている〕 32、生命体及びその死の定義 生命活動:次世代へのDNA(遺伝情報)伝達 :動的平衡状態にある秩序の保持 *生命体の定義:生命活動を行う能力を持っているもの *生命体の死 :生命現象を起こしうる構造とエネルギーの両者の消失 34生物体の死は生命活動 〔遺伝情報を残す〕の一つの現われ * 生命の進化の始まりで、単細胞は自分の命であるDNAを次世代に残す ことを学んだ。 (それが生命の始まり) -7/9- 死生学((淑徳講義原稿).doc *進化した多くの生物は、その祖先である単細胞時代の掟を継承している :自分〔体細胞の塊〕を捨てても遺伝情報の伝承者としての生殖細胞 を次世代に残す。 35、人類は生きているということの議論の中で,脳を特別なものとした 脳死 :脳が機能しなければ死と定義 (自然界の掟では脳も他の臓器も生命の意味の差はない) *人類の進化の過程で脳を特別なものとしたことは命の議論の大きな変換点 〔ターニングポイント〕 36、心の誕生 脳が特殊である理由の一つは、脳から心が生まれた。 *心は文化という新しい人類が変化する(進化とは言えない)要素をかち得 た(ミームと呼ばれる遺伝子に相当する文化伝達の単位;ドーキン) *人類は文化による変化によって、生態系を介してすべての生命体にまで影 響を及ぼすようになった、 *人類は単なるDNAの乗り物の地位から、それを越えた力を獲得し、DN A支配に反逆 37、心の進化 あたたかい心:共に生きる心 :最も弱い生き物である人類が200万年の進化の結果かち得た英知 *相手を思う(痛み悲しみを感じ取る)心が共同生活のキーワード *極寒の北極に住むイヌイットは、「生きる上で最も大切な物は」の問い に、犬ぞりでも弓矢でもなく、共に生きるための「あたたかい心」と答えて いる。 38.死の持つ究極の意味 「一粒の麦地に落ちて、死ななければ一粒の麦のまま、死ねば豊かな実り をもたらす」 *共に生きるあたたかい心 *生命倫理の倫(なかま) -8/9- 死生学((淑徳講義原稿).doc -9/9-
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