レジュメ

【目次】
Ⅰ 身元調査
・・・3頁~7頁
第1 はじめに
第2 個人について
第3 会社について
(担当:小向 昭裕)
Ⅱ 不動産の調査方法及び不動産に対する執行方法について
・・・8頁~14頁
第1 本発表における検討事項
第2 不動産の調査方法について
第3 不動産に対する執行方法について
(担当:江村 祥子)
Ⅲ 動産の調査方法及び執行について
・・・15頁~23頁
第1 動産執行について
第2 執行の対象となる動産
第3 差押禁止財産
第4 対象動産の調査方法
第5 動産調査における注意事項
第6 動産執行の方法
第7 自動車に対する強制執行
第8 動産執行の事実上の効果・活用法
第9 総括
(担当:藤井 真事)
Ⅳ 預金債権の調査方法及び執行方法等について
第1 預金債権の差押方法(総論)
第2 預金債権の差押方法(各論)
第3 預金債権の調査方法
(担当:坂口 洋文・島田
充生・大村
麻美子)
1
・・・24頁~39頁
Ⅴ 株式等の有価証券の調査方法及び執行方法
・・・40頁~46頁
第1 有価証券等に対する執行
第2 有価証券等の調査方法
第3 株券の執行方法
第4 投資信託の執行方法
第5 手形・小切手の執行方法
(担当:井伊 弘明)
Ⅵ 給料債権差押えの手段・方法
・・・47頁~51頁
第1 本発表における検討事項
第2 兼務先の調査
第3 執行方法
(担当:千葉 陽平)
Ⅶ 債権回収における生命保険その他の債権の調査と執行
ⅰ 生命保険の調査と執行
第1 債権回収における生命保険の有用性
第2 生命保険契約の調査方法
第3 執行の際の留意点
ⅱ 電話加入権の調査と執行
第1 債権回収における電話加入権の有用性
第2 調査方法
第3 執行の際の留意点
ⅲ ゴルフ会員権の調査と執行
第1 調査方法
第2 執行の際の留意点
ⅳ 知的財産権の調査と執行
第1 調査の方法
第2 執行の際の留意点
(担当:南 史人)
2
・・・52頁~61頁
Ⅷ 財産開示制度の概要・問題点・提言
・・・62頁~68頁
第1 制度創設の経緯
第2 手続の概要
第3 運用実態
第4 財産開示制度の効用
第5 制度改善に向けた方策
第6 第三者照会制度等、周辺制度の創設
(担当:磯 雄太郎)
3
Ⅰ 身元調査
担当:小向
昭裕
第1 はじめに
債権回収の第一歩として債務者の氏名・名称及び住所・所在地等の債務者の基本
的な情報を知る必要がある。
ここでは、債務者が自然人の場合と法人(以下では株式会社を想定して検討する)
の場合に分けて、上記のような基本的情報を知るための身元調査についていかなる
方法があるか検討したい。
第2 個人について
1 債権者へのヒアリングからの調査
通常、債権者は、債務者の基本的情報を保有している。そこで、まずは債権者か
ら十分なヒアリングを行うことが重要になる。
ヒアリングのポイントは、氏名、住所、年齢、職業、資産状況、家族・親族関係
及び交友関係等が挙げられる。
2 住民票等からの調査
債権者のヒアリング等から、債務者の住所が判明した場合も、債務者その住所地
から転居している場合もあるので、現在の住所を確認するために住民票や戸籍の附
票を取得することが考えられる。
債権者からのヒアリング等で判明した住所地の市町村の長に対して、住民基本台
帳法上の住民票の写し等の職務上請求をすることにより、住民票等に記載された転
居先が判明するので、さらにその転居先の市町村の長に対して住民票の写し等の職
務上請求をする。この手順を繰り返せば、最終的には、住民票等上の債務者の現在
の住所地が判明する。
また、判明した債務者の住所地に訪れてみるとことにより、債務者の生活状況や
4
資産状況が判明する可能性があるので、債務者の生活状況や資産状況について情報
が少ない場合は、債務者の住所地を訪れるという調査方法も効果的であると考えら
れる。
なお、債務者の住所地の不動産の登記簿謄本を調査することで、債務者が不動産
を所有しているかどうか判明するとともに、同不動産に銀行や銀行系列の保証会社
を抵当権者とする住宅ローン等の抵当権が設定されている場合は、同銀行に債務者
の預金口座がある可能性があるので、預金債権の差押を行う際に参考にできる。
また、債務者の戸籍謄本等についても、戸籍法上の職務上請求で取得できる。戸
籍謄本から、債務者の親族関係等を調査し、債務者を相続人とする相続が発生して
いることが判明した場合は、被相続人の財産についても調査の対象にすることが考
えられる。
3 携帯電話に関する情報からの調査
今やほとんどの人が携帯電話を持っていると思われるが、債務者の携帯電話の電
話番号がわかれば、携帯電話会社に対して弁護士照会の申出することにより電話番
号から、契約者又は購入者の氏名・住所、契約年月日、電話料金が銀行引落の場合
に銀行口座を照会することができる(ただし銀行口座については、将来、預金債権
を差し押さえる等の必要性の記載が求められる。
)
。なお、固定電話も、携帯電話と
同様、弁護士照会により電話番号から上記のような情報を照会することができる。
また、携帯電話の番号は不明だが、メールアドレスはわかるという場合は、そこ
から携帯電話の番号等を照会することができる。その上で上記の照会をすれば、契
約者又は購入者の氏名等が判明する1。
4 ブログ・ソーシャルネットワーク等からの調査
債務者のブログやフェイスブック等のソーシャルネットワークから債権回収に
有益な情報も記載されていることもある。
例えば、ブログ等では自己の仕事を宣伝している人や、フェイスブックには勤務
1
ただし、携帯電話会社が SoftBank の場合は上記のような弁護士照会に対して回答がない可能
性があるので注意する必要がある。
5
先を記載している人は少なくない。これらの情報から、債務者の勤務先等が判明す
る場合があるので、給料債権の差押等を行う場合は参考になる。
債務者が、ブログ等をやっているかどうかについては、インターネットで債務者
の個人名を検索すると判明することが多く、また債権者等が債務者のソーシャルネ
ットワークにアクセスできる場合は、調査に協力してもらうよう要請することも考
えられる。
5 探偵事務所等の利用による調査
探偵事務所等に債務者の身元調査を依頼することも考えられる。
探偵事務所等に依頼すると、債務者の住所、勤務先、生活状況、資産状況(不動
産、金融資産及び負債等)及び交友関係だけではなく、債務者の素行、健康状態及
び評判・風評についても調査できる場合があるとのことである。
詳しい調査方法は、探偵事務所等ごとの企業秘密となるので不明だが、債務者の
尾行や債務者の関係者への聞き込み調査等を行うとのことである。弁護士が独自で
身元調査を行うよりも債務者に関して多くの情報を取得できる可能性が高い。
もっとも、10万円以上の費用がかかる場合も多いので、探偵事務所等に依頼す
るかどうかは、依頼者の判断に委ねるべきである。
第3 会社について
1 債権者へのヒアリングからの調査
会社に対する債権回収においても、債権者からのヒアリングが重要になる。ヒア
リングするポイントは、本店所在地、支店の有無、業種、事業内容、取扱品、仕入
先、販売先及び役員等が挙げられる。
2 履歴事項全部証明書からの調査
履歴事項全部証明書は法務局で取得でき、これにより債権者からヒアリングした
内容を確認すべきである。
3 会社のホームページからの調査
ホームページを開設している会社は多く、そのホームページから、業務内容、製
6
品情報、取引先及び取引銀行が判明しうる。また、債務者が工場で製品の製造等に
使用している機械等が掲載されている場合があり、動産執行をする際の参考にもな
る。
4 会社法上の計算書類等の閲覧請求等による調査
債務者会社の計算書類(貸借対照表、損益計算書及び株主資本等変動計算書等)
について債権者の計算書類等の閲覧・謄本等交付請求の行使により、債務者会社の
資産状況等を調査する方法が考えられる。
5 取引先、同業者等からのヒアリングによる調査
仕入先及び販売先等から情報を入手することも考えられる。
差押えの対象になる財産の情報を取得できる可能性があるが、他の債権者に債務
者の信用不安を気づかせてしまう可能性があるので慎重に行う必要がある。
6 信用情報機関等の利用による調査
帝国データバンク等の信用情報機関を依頼すれば、有益な取引先や資産状況等の
情報を取得できる可能性があるが、費用と時間がかかるので、探偵事務所等に依頼
するのと同様、債権額も考慮して、依頼するのかの判断は依頼者に委ねるべきであ
る。
以上
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Ⅱ
不動産の調査方法及び不動産に対する執行方法について
担当:江村
祥子
第1 本発表における検討事項
本稿においては、債権者として、債務者に対し、不動産執行の方法により債権回
収を図る際の対象不動産調査方法及び不動産執行方法につき、調査結果を報告する
こととする。
第2 不動産の調査方法について
1 債務者が個人である場合
⑴ 債務者が個人である場合、まずは、当該債務者の住所について、不動産登記情
報を取得する方法がある(①)。登記情報の取得には、地番が必要となるが、こ
れと住居表示が異なる場合には、「住居表示地番対照住宅地図」(ブルーマップ)
または法務局への問い合わせにより、地番を確認することができる。なお、建物
の登記情報を取得する際には家屋番号が必要であるが、これについても、法務局
に問い合わせることで確認できる。
⑵ また、職務上請求により、当該債務者の戸籍の附票を取得し、当該債務者の従
前の住所の他、配偶者・親・兄弟・子供等の住所の情報を得た上、当該住所地を
不動産登記情報で確認することにより、相続財産を含めた、当該債務者所有不動
産の有無を調査する方法が考えられる(②)。
⑶ なお、市町村の所持する名寄せ帳(固定資産課税台帳)には、当該市町村内に
存在する、納税義務者の課税対象たる土地・建物の一覧が記載されているため、
これを入手するという方法も考えられる(③)。しかし、当該資産の全てについ
て閲覧・写しの交付を請求できるのは納税義務者のみである2から(地方税法3
82条の2第1項、387条2項、地方税法施行令52条の14、地方税法施行
規則12条の4)
、実際にはその入手は困難である。
2 債務者が企業の場合
⑴ 債務者が企業である場合、まずは、本店所在地、支店所在地について、不動産
2
借地人・借家人、固定資産税の処分をする権利を有するものとして地方税法施行規則12条の
4で定める者については、当該権利の目的である固定資産(借家人については、当該権利の目的
である家屋の敷地である土地も含む)の閲覧、写しの交付が認められるにすぎない。
8
登記情報を取得する(①)
。
⑵
また、①の情報を取得する際には、共同担保目録の有無についても調査をし、
同所に記載された住所地につき、不動産登記情報を取得する方法により、企業の
所有不動産が判明するケースもある(②)
。
⑶ その他、企業の所有する不動産については、法人税確定申告書添付の勘定科目
内訳明細書に記載があるため、これを入手する方法が考えられる(③)。しかし、
勘定科目内訳明細書は、会社法上の計算書類等3には該当せず、会計帳簿にも含
まれないと解されている45ため、債権者として閲覧請求(前者につき、会社法4
42条3項、後者につき、433条1項)を行うことはできず、金融機関や債務
者と特別な関係に立つものでない限り、実際には入手が困難と考えられる。
3 その他
債務者が個人である場合、企業である場合のいずれにおいても、調査会社に依頼
をすることにより、不動産の情報を取得する方法がある。これついては、効果的な
方法とはいいうるものの、一般的にはある程度高額な費用がかかるという難点があ
る。
第3 不動産に対する執行方法について
1 強制競売と担保不動産競売
不動産に対する執行方法には、ⅰ債権者が、債務者又は保証人の所有する不動産
に対して申し立てる公正証書・判決等の債務名義に基づく強制競売(民事執行法(以
下「法」という。)43条以下)と、ⅱ債権者が、不動産に担保を設定している場
合に、当該担保権の実行として行う担保不動産競売(法180条以下)がある。
両者には、債務名義の要否といった相違点があるものの、国家の公権力によって
債務者の不動産を換価する手続であることに変わりはなく、両手続を統一的に規定
3
貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書等、注記表及び事業報告書並びにこれらの附
属明細書(会社法 435 条 2 項括弧書き、会社計算規則 57 条ないし 117 条)
4 勘定科目内訳明細書とは、
株式会社が法人税法及び同法施行規則に基づき法人税の確定申告を
する際に申告書に添付することが義務づけられている書類であり(同法74条3項、同施行規則
35条3号)
、会社法 442 条に定める計算書類やその附属明細書に含まれる者ではないと解され
る(会社法 435 条 2 項、会社計算規則 59 条 1 項参照)
。また、勘定科目明細内訳明細書の上記
の性質上、会社法上の会計帳簿に含まれないことも明らかである(名古屋地裁平成 24 年 8 月 13
日判決(判例時報 2176 号 63 頁))。
5 なお、会社法コンメンタール 10-計算⑴138 頁には、
「法人税確定申告書も、会計帳簿の記録
材料である資料ではないが帳簿閲覧権の対象となる」との記載があるが、その添付書類への言及
はない。
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することが合理的であることから、担保不動産競売については、原則として強制競
売の規定が準用されている(法188条)
。
したがって、以下、手続については基本的に同一に論じ、ⅰⅱ特有の事項があれ
ば、これを随時記載することとする。
2 債権者による競売申立て-必要書類の準備
競売申立に際しては、以下の申立書、添付書類が必要となる(民事訴訟法規則(以
下「規則」という。
)173条1項、23条)
。
⑴ 担保不動産競売申立書(170条)/強制競売申立書(規則21条)
⑵ 担保不動産競売申立の場合、不動産登記事項証明書等の担保権の存在を証明す
る文書(法181条1項)
⑶ 強制競売申立の場合、①執行文の付与された債務名義の正本(法22条、25
条、規則21条柱書)
、②送達証明書(法29条前段)
⑷ 目的不動産の登記事項証明書(規則23条1号、173条1項)
土地のみを目的とする場合においてその土地上に建物があるときはその建物
の登記事項証明書(規則23条3号)、建物のみを目的とする場合にはその土地
の登記事項証明書(同4号)も合わせて必要である。
目的不動産が未登記である場合には、債務者の所有に属することを証明する文
書及び不登記令(平成16年政令379号)に規定する図面を添付することを要
する(規則23条2号)。前者は、公文書でも私文書でもよく、実務上は、固定
資産課税台帳登録事項証明書、固定資産税の納付証明書、建築確認証明書、建築
請負人の引渡証明書等である。後者は、土地の場合は「土地所在図」及び「地積
測量図」
、建物の場合は「建物図面」及び「各階平面図」である。
また、未登記不動産につき、強制執行を可能とするためには、債務者の有する
登記申請権、登記請求権を代位行使し、当該不動産につき、債務者名義の登記を
する必要がある6。
⑸ 目的不動産の公課証明書(規則23条5号)
⑹ 当事者の資格証明書、住民票(規則23条の2第2号)
⑺ 代理権限を証明する文書、代理人許可申立書(法13条)及びその附属書面(社
員証明書、業務担当者又は一定の親族関係にあることの証明書等、本人と代理人
6
例えば、①不動産相続の場合には、登記申請権の代理行使で足りるが、②不動産売買の場合に
は、登記申請権のみならず、登記請求権の代理行使も必要となる。
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との関係を示す書面(規則9条))
⑻ 特別売却に関する意見書
実務では、競売に関する公平保持の観点から、まずは原則として期間入札を実
施し、その間に適法な買受申出がなかったときに、あらかじめ差押え債権者の意
見を聴いた上、入札又は競り売り以外の方法による売却(規則51条1項、特別
売却)の方法をとっている(同条2項)。そこで、債権者は、競売の申立て時に、
特別売却実施に関する提出をすることが求められる。
⑼ 手続の進行に資する書類(執行裁判所、執行官及び評価人の参考とされる書類)
①不登法14条の地図の写し等(規則23条の2第1号)
②債務者及び所有者の住民票の写し等(同2号)
③物件案内図(同3号)
④不動産の現況調査の結果又は評価を記載した書面(同4号)
⑽ その他手数料の納付
①競売申立手数料(実行担保権1個(担保不動産競売)
・債務者 1 人(強制競売)
につき 4000 円(民訴費3条別表第1・11イ)
)
②執行費用の予納(法14条 1 項)
③登録免許税の納付(請求債権額の 1000 分の 4)
3 裁判所による競売開始決定
⑴ 強制競売開始決定と差押えの効力の発生時期
執行裁判所(法 188 条、44 条。不動産の所在地を管轄する地方裁判所)は、
競売の申立が法の定める要件を具備していると認めたとき、強制競売開始決定を
する(法 45 条 1 項)
。当該開始決定は、債務者に送達され(同条 2 項)
、差押え
の効力は、決定が債務者に送達されたとき、又は差押えの登記がなされたときの
いずれか早い時期に生ずる(法 46 条 1 項)。実務では、債務者が差押不動産の
登記名義を第三者に移転することを防止するため、書記官が、差押え登記嘱託(法
48 条 1 項)を債務者への送達に先行させている。
⑵ 差押えの効力
差押えの効力が発生すると、債務者は不動産に対する処分権を制限されるが、
その効力を第三者に対抗するためには、対抗要件である差押え登記を具備しなけ
ればならない。
差押えの処分禁止に抵触して債務者が処分した場合、その処分は差押え債権者
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の他、その差押えに基づく事後の執行手続が存する限り、これに参加する全ての
債権者に対してその効力を対抗することができず、売却により失効する(法 59
条 2 項)
。差押え後に設定された担保権は、その差押えに基づく執行手続が進行
し完結する限り、配当を受けることはできない(法 87 条 1 項 4 号・2 項、3 項)。
4 現況調査、価格評価
⑴ 売却のための保全処分
差押え債権者は、債務者又は不動産の占有者が不動産の価格を減少させる行為
又はそのおそれのある行為(以下「価格減少行為」という。)をするときには、
①当該価格減少行為を禁止し、又は一定の行為を命ずる保全処分又は公示保全処
分(執行官に当該保全処分の内容を公示させる保全処分)
(1 号)、②執行官保管
の保全処分又は保全公示処分(2 号)
、③占有移転禁止の保全処分及び保全公示
処分を申し立てることができる。
⑵ 現況調査と評価
執行裁判所は、適正な売却基準価額を定め、売却条件を明確にするため、執行
官に対し差押え不動産の現況調査を命じ(法 57 条)、現況調査報告書を提出させ
るとともに(規則 29 条)
、評価人を選任してこれに不動産の評価を命じ(法 58
条 1 項)
、評価書を提出させる(規則 30 条)。
⑶ 売却基準額の決定
執行裁判所は、配当要求の終期の到来後遅滞なく、評価人の評価に基づいて、
売却基準額を定める(法 60 条 1 項)。買受申出の額は、売却基準価額の 8 割(「買
受可能金額」
)を下回ることができない(法 60 条 3 項)。
⑷ 物件明細書の作成
裁判所書記官により、現況調査と評価の結果を踏まえ、買受人が引き受けるべ
き不動産の権利関係及び仮処分の執行並びに法定地上権の概要等が記載された
物件明細書が作成され、その写しと現況調査報告書・評価書の写しとが、執行裁
判所に備え置かれ、又はインターネットで閲覧に供される(法 62 条、規則 31
条)
。
5 入札・売却手続
⑴ 売却の方法
入札(期日入札と期間入札につき、規則 34 条以下)
、競り売り(規則 50 条)
、
特別売却(規則 51 条)がある(法 64 条 2 項)
。
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⑵ 内覧
差押え債権者は、執行裁判所に申し立てることにより、執行官に、買受希望者
に対する内覧の実施の命令を求めることができる(法 64 条の2)。但し、占有者
が差押え債権者等に対抗できる権原を有する場合には、その同意が必要である
(同条 1 項但書)
。
⑶ 売却に関する裁判
執行裁判所は、売却決定期日において、最高価買受申出人に対する売却の許否
を審査し、売却の許可又は不許可を言い渡し(法 69 条)、当該決定は確定により
効力を生ずる(法 74 条 5 項)。
6 購入者による代金納付
⑴ 代金の納付
売却許可決定が確定したとき、買受人は、裁判所書記官が定める期限までに代
金を執行裁判所に納付しなければならない(法 78 条 1 項)。
⑵ 代金納付の効果
買受人は、代金納付時に不動産の所有権を取得する(法 79 条)。
不動産の上に存する先取特権、使用及び収益をしない旨の定めのある質権並び
に抵当権は、売却により消滅する(消除主義、法 59 条 1 項)。
土地及びその上にある建物が債務者の所有に属する場合において、その土地又
は建物の差押えがあり、その売却により所有者を異にするに至ったときは、その
建物について地上権が設定されたものとみなされる(法 81 条)。
⑶ 権利移転登記等の手続
裁判所書記官は、買受人が代金を納付したときは、買受人の取得した権利の移
転の登記、売却により消滅・効力を失った権利の取消若しくは仮処分にかかる登
記の抹消、差押え又は仮差押えの登記の抹消を嘱託する(法 82 条)
。
⑷ 代金の不納付
買受人が納付期限までに代金を納付しないときは、期限の経過によって売却許
可決定は当然にその効力を失い、買受人は原則として保証金の返還を請求できな
い(法 80 条 1 項)
。この保証金は、売却代金の一部として保管され、配当に充
当される(法 86 条 1 項 3 号)。
⑸ 引渡命令
申立人は、代金を納付した日から 6 カ月以内であれば、執行裁判所に対し、債
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務者又は不動産の占有者に対し、不動産を買受人に引き渡すべき旨を命ずるよう
求めることができる(法 83 条 1 項、2 項)
。
7 配当手続・配当金の受領
売却代金の分配形式には、配当表に基づいて実施する「配当」(法 84 条 1 項)
と、売却代金交付計算書を作成して弁済金を交付する「弁済金交付」(同条 2 項)
がある。債権者が1人である場合と、債権者が 2 人以上であっても売却代金で各債
権者の債権及び執行費用の全部を弁済できる場合が弁済金交付、それ以外が配当で
ある。
代金が納付されると、執行裁判所は、配当期日又は弁済金の交付日を定め(規則
59 条 1 項)
、配当等を受けるべき各債権者のために売却代金を優先順位に従い交付
する(法 84 条)
。
以上
14
Ⅲ
動産の調査方法及び執行について
担当:藤井 真事
第1 動産執行について
1 動産執行とは
動産執行とは、金銭債権の強制的実現のために、動産を対象として行われる強制
執行手続(民執 122 条以下)のことである。動産執行は、執行官が行い、直接かつ
実力介入を伴う執行方法である。
2 動産執行に対する一般的な評価
動産執行は、不動産執行や債権執行に比べて、実効性の劣る債権回収段と考えら
れており、あまり一般的には用いられない手段である。
その理由は複数あるが、大きな理由としては、動産は不動産等に比べるとそもそ
も基本的に財産的価値が低く、価値の低下も激しく、また、買受希望者も極めて少
数であることから、現実的に換価が困難であるという理由である。
その他に動産執行があまり用いられていない理由としては、①超過差押えの禁止
(民執 128 条 1 項)
、②剰余を生ずる見込みのない物の差押えの禁止(民執 129 条
1 項)
、③差押禁止財産(民執 131 条)が定められていることにより、執行官が差
押えることのできる動産がなく、執行不能となる可能性が高いからである。
これらの要因の結果、動産執行事件は90%以上が執行不能で終了しているとさ
れている。そして、執行不能の場合には、執行不能調書が作成されることとなるが、
執行不能調書があれば、税務上不良債権を損金処理することができるので、動産執
行は、損金処理の1つの方法として利用されることが多いと言われている。
なお、東京地裁における動産執行事件の新受件数は、減少傾向にあり、平成25
年度は、過去10年間で最少とのことである。
第2 執行の対象となる動産
民事執行法上は、民法上の動産のほか、登記することができない土地の定着物、
土地から分離する前の天然果実で1か月前以内に収穫することが確実であるもの、
及び裏書の禁止されている有価証券以外の有価証券等を執行法上の動産としてい
る(民執 122 条 1 項・192 条)
。
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また、動産であっても、登録又は登記された自動車、建設機械、工場財団を組成
する動産等に対する抵当権の実行については、それぞれ特別法が定められており、
民事執行法上の動産としては扱われていない。
外国航空機については、航空法の定めによる登録を受けていないから、動産執行
の対象として扱われる。
本稿では、民事執行法上の動産に対する強制執行に加えて、実務上重要である自
動車に対する強制執行についても取り扱うこととする。
第3 差押禁止財産
債務者の所有動産であっても生活を脅かす生活必需品まで差押えることは好ま
しくはないので、民事執行法は差押禁止動産の範囲を定めている(民執 131 条)。
例えば、債務者及び債務者と生計を一にする同居の親族の生活に欠くことのでき
ない衣服、寝具、台所用品、畳、建具(民執 131 条 1 号)
・債務者及び債務者と生
計を一にする同居の親族の生活に必要な1か月分の食料及び燃料(民執 131 条 2
号)・標準的な世帯の2か月分の必要生活費を勘案して政令で定める額の金銭(66
万円)(民執 131 条 3 号)などである。
このように、生活必需品や66万円以下の現金が差押禁止財産とされているが、
自然人である債務者の場合には、生活必需品及び66万円以下の金銭以外に動産を
有していることは多くはないといえる。したがって、動産執行をしてみても執行不
能となる確率が極めて高く、差押禁止財産の規定は、動産執行が実効性のないもの
と考えられている主要な理由の1つとなっている。
第4 対象動産の調査方法
1 債権者からのヒアリング
債権者は、基本的には、既に債務者に関する情報を有しているはずである。した
がって、弁護士は、債権者からヒアリングをする必要がある。
⑴
債務者が自然人である場合には、債務者の住所、性別、年齢、職業、出身地、
家族関係、交友関係等を聴取するべきである。
⑵ 債務者が法人である場合には、債務者の沿革、業種、事業内容、営業拠点の場
所、取扱品、仕入先、販売先等を聴取するべきである。
⑶
債権者が、既に債務者の動産について十分に認識している場合もありうるが、
16
ヒアリング内容から債権者が把握していない債務者の所有している動産が想定
できる場合も十分あるといえる。
2 第三者からのヒアリング
上記1で述べた事実について、第三者から情報を入手することも考えられる。
第三者からヒアリングをする方が、債務者からヒアリングをするよりも、警戒さ
れることなく新たな情報を入手することができる可能性がある。
3 登記事項証明書の取寄せ
法人である債務者の場合、登記事項証明書を取寄せて、会社の目的等からどのよ
うな動産を有しているのか検討するということも考えられる。
登記事項証明書より債務者の手掛けている事業内容等が明らかになれば、その事
業において必要とされる動産にはどのようなものがあるか大よその予想をするこ
とができる。
4 HP等インターネットで情報を収集すること
⑴ 法人である債務者の事業形態等の調査
HP等インターネットを調査することにより、法人である債務者がどのような
事業を展開しているかを把握し、どのような動産を所有しているかについて大よ
その予想をすることができる。
⑵ 現地視察
Google のストリートビュー等を用いれば、現地に行かなくとも現地の状況を
調査することができる。これにより、債務者の所有する(賃借している)土地や
建物にどのような動産があるのかが判明する可能性があるといえる。
5 現地視察
実際に、債務者が所有する(賃借している)土地・建物等を視察することで、債
務者がどのような動産を所有しているのかを、目で確かめる事が考えられる。
動産は、形状・種類について、多種多様な物が考えられるので、やはり現地を視
察することが債務者の所有する動産を把握するためには一番効果的であると言え
る。
現地視察の際に、債務者の家族・同居人・従業員等から、新たな情報を入手する
ことができる可能性もあるといえる。また、実際に現地に行くと、動産が、下記第
5の2で述べるリース物件であるのかどうかについても確認することができる可
能性もある。
17
現地視察における注意点としては、債務者の許可なく動産を捜索することはでき
ないので、この調査方法にも限界があり、行ってみたものの何も情報を得られなか
ったということも十分にありえるということである。
6 周辺への聞き込み
現地を視察した際に、周辺に対して、聞き込みを行うことが考えられる。
7 弁護士会照会の活用
弁護士会照会(弁護士法 23 条の 2)を用いて、債務者がどのような財産を有し
ているのかを把握する方法が考えられる。
⑴ 法人である債務者が運送会社であるとき
法人である債務者が、貨物運送業者である場合、運輸局に対して、貨物運送業
者の免許内容を照会し、債務者の保有する車両や、車庫の所在地を調査すること
が考えられる。
⑵ 法人である債務者が古物商であるとき
法人である債務者が古物商である場合、警察署に対して、古物営業の許可申請
書の内容の照会を求め、営業場所、古物の保管場所を調べることが考えられる。
⑶ 自動車の所有者が不明である場合
陸運支局又は自動車検査登録事務所に登録事項等証明書の交付申請をして、債
務者の所有物であるのかを調査する方法が考えられる。
⑷ 自動車の保管場所が不明である場合
警察署に対して、車庫証明の申請内容を照会し、自動車の保管場所の調査をす
ることが考えられる。
⑸ その他
債務者が所有している馬があれば、日本中央競馬会等に対し、調査することが
考えられる。
8 探偵に依頼
探偵に調査を依頼し、債務者がどのような財産を所有しているのかを把握すると
いうことも考えられる。しかし、強制執行の対象となる動産を有しているという
ある程度の根拠がなければ、費用対効果の面から、効果的であるとはいえない手
段である。また、その調査にも現地調査同様に限界があるといえる。
第5 動産調査における注意事項
18
1 動産の所在地を把握する必要性
下記第6で述べるように、動産執行の申立てにおいては、動産が所在する場所に
ついても記載をしなければならない。
したがって、債務者がどのような動産を有しているのかという点についての調査
と同時にその動産がどこにあるのかについても調査をする必要がある。
2 リース物件の存在
動産調査における注意点としては、債務者が有している動産とその所在地が分か
ったとしても、それがリース物件であった場合には、債務者の動産ではないため執
行不能となる可能性がある点である。
そのような事態を防ぐためには、類型的にリース物件である可能性が高い動産の
場合には、やはり現地調査等をして確かめる必要があると言える。
なお、当該動産がリース物件だったとしても、その動産の外観状態、所在場所、
その他執行当時の諸状況によって現実に債務者が占有、使用しているものであれば、
第三者の所有物であると認めるに足りる客観的合理性がある場合を除いて、執行官
が差押えることは可能である。
この場合、第三者は、動産を取戻すためには、第三者異議の訴え(民執 38 条)
により争わなければならない。
3 対象動産の価値の把握
動産執行をする場合には、動産の存否・所在地に加えて、対象となる動産の価値
についても把握しておくべきであると言える。
動産は、倉庫等に保管されている商品、手入れをする必要がある物等については
保管費用がかかること、シーズンオフ、流行の陳腐化、腐敗、経年劣化等による資
産劣化があり得ることなど、どのような資産価値の劣化要因があるのかについて調
査する必要がある。動産の売得金が手続き費用を超える見込みがない場合には、剰
余を生ずる見込みのない物の差押えの禁止(民執 129 条 1 項)に該当し、執行不能
となるからである。
一方で、動産が高額すぎる場合にも、超過差押えの禁止(民執 128 条 1 項)に該
当し、執行不能となる可能性がある。
4 動産の土地への付合
民法 242 条により、不動産に動産が「従として付合した」場合には、その動産は、
不動産の一部となり、不動産の所有者が動産についても所有権を取得することとな
19
る。
したがって、債務者が動産を有しており、その所在地が分かった場合でも、不動
産に付合している場合には執行不能となるので、この点に注意が必要である。
第6 動産執行の方法
1 動産執行の申立て
⑴ 動産に対する強制執行の申立て
まず、動産に対する強制執行の申立ては、差押えるべき動産所在地の執行官に
対し(執行官法 4 条)
、書面により申し立てなければならない(民執規 1 条)。
そして、申立書には、債権者及び債務者並びに代理人の表示、債務名義の表示、
目的財産の表示、強制執行の方法、請求権の一部について強制執行を求める時は
その旨及びその範囲、さらに民執規 99 条により差押えるべき動産が所在する場
所を記載する必要がある。
添付書類としては、債務名義の正本のほか、債務名義の送達された証明書、委
任状、当事者が法人の場合には商業登記事項証明書が必要である。
執行官は、動産所在地に出向いて差押えを実施するのであるから、所在地の地
図等も添付することが望ましいとされている。また、申立てには手続きに必要な
費用を予納しなければならない(民執 14 条)。
⑵ 動産に対する担保権実行の申立て
動産競売は、債権者が競売の目的動産を提出するか、目的動産の占有者が差押
を承諾していることを証する文書を提出するか、又は執行裁判所の許可の決定書
の謄本を提出し、その決定が遅くとも目的動産の捜索と同時に債務者に送達され
たときに限り、開始することができる(民執 190 条 1 項)
。申立書には、債権者、
債務者及び所有者並びに代理人の氏名又は名称及び住所、担保権及び被担保債権、
担保権の実行に係る財産、被担保債権の一部について担保権の実行をする時はそ
の旨及びその範囲、並びに差押えるべき動産が所在する場所を表示して(民執規
178 条、170 条 1 項)
、申立てをする債権者又はその代理人が記名押印をすること
になる。
⑶ 動産に対する執行方法
執行官は、動産執行申立書に記載された目的物の所在場所で、債務者が占有し
ている動産を発見すれば、債務者からその占有を奪って自ら占有することができ
20
る。この場合、執行官は、債務者が占有している事実だけで差押え、目的動産の
所有権の帰属については基本的に判断する必要はない。
したがって、たとえ差押えた動産が債務者以外の者の所有である場合でも、当
該差押えは違法ではなく、所有権を主張する者から第三者異議の訴え(民執第
38 条)を提起して実態関係を争うべきものと解されている。差押えた動産は、
執行官が自ら占有するのはもちろん、執行官の裁量で債務者に保管させ、又はそ
の使用を許すことができるし(民執 123 条 3 項、4 項、192 条)、相当と認めれば
差押債権者又は第三者に保管させることもできる(民執規 104 条 1 項、178 条 3
項)
。
この場合、差押物には封印その他の方法で差押物であることを明らかにし、保
管者に対し差押物の処分、差押えの表示の損壊その他の行為に対する法律上の制
裁の告知をすることとなる(民執規 104 条 3 項、178 条 3 項)。
なお、この時、債権者は、債務者の同意があれば立ち入ることができる。しか
し、法律上、債権者が立ち入る根拠が存しないので、立ち入る権利は認められて
いない。
2 差押動産の売却方法
法律上定められている差押物の売却方法としては、①入札、②競り売り、③執行
官の行う特別な方法による売却、④執行官以外の者に実施させる売却の4つがある。
⑴ 入札手続き(民執規 120 条)
動産の入札は、期日入札のみ認められており、差押物の評価額が高額な場合や、
競り売りの方法では一般人の参加が困難な事情の時に行われる。
(2) 競り売り
競り売りの方法で売却するときは、執行官は競り売り期日を開く日時、場所を
定めかつ広告する必要がある(民執 114 条 1 項・115 条・178 条 3 項)。その期日
は、原則として、差押えの日から1週間以上1か月以内の日としなければならな
い。買受人が参集すれば、期日を開始し、買受申出額のうち最高のものを3回呼
び上げ、他のそれ以上の額で申し出がないときは、その者の氏名又は名称、買受
申出額、その者に買受けを許す旨を告げることとなる(民執 116 条 1 項本文・178
条 3 項)
。
(3) 特別売却(民執規 121 条)
執行官が競り売り又は入札の方法で売却するよりも、その他の方法で執行官が
21
売却した方が良いと判断した場合には、執行裁判所の許可を得て、自ら相当と認
める方法で売却することができる(民執規 121 条 1 項・178 条 3 項)。これは、
一定の資格を有するものでなければ買い受けが許されないようなもの(刀剣、劇
薬、煙草)の売却の場合に用いられる手段である。
(4) 委託売却(民執規 122 条)
特殊な業者でなければ売却が困難である場合(大量の商品、美術骨董品、大量
の有価証券等)
、第三者に委託して売却が行われる。
3 配当等の手続き
執行官は、売得金の交付を受けたとき、差押え金銭を差押えたとき、手形等の支
払い金の支払いを受けたとき、債権者のために配当又は弁済金の交付手続きを実施
することになる(民執 139・192 条)。
第7 自動車に対する強制執行
自動車は、本来は動産であるが、登録を権利の得喪、変更の対抗要件としている
などの事情から、その執行手続きは原則として不動産競売に準じるものとされてい
る。
道路運送法 97 条 2 項により、登録自動車に対する強制執行及び仮差押の執行に
関し必要な事項は、民事執行規則 86 条から 97 条において定められている。なお、
所有権留保特約付きで購入した自動車は、その買主は自動車の権利を移転すること
ができないから、買主に対する自動車執行はできない。
執行の手続きは、強制競売開始決定の際に、直ちに陸運事務所に対し、差押えの
登録の嘱託をし、債務者に対し、自動車を執行官に引き渡すべき旨を命じ、執行官
に自動車を保管させたうえで進める事となる。
その売却方法としては、入札、競り売り、特別売却、債権者の買い受けの申し出
に対し売却許可決定をする方法である自動車譲渡命令があり、自動車譲渡命令が最
も多い申立て方法であると言える。
第8 動産執行の事実上の効果・活用法
1
任意弁済
動産は、債務者の生活上又は業務上(特に、法人の場合には、業務に欠くこと
ができない器具も差押が可能である。)において、必要性の高い物であることが多
22
いので、債務者は、動産が差押えられそうになると、動産の売却を回避するため
に弁済を行う等の行為にでることがある。
また、動産執行がされたということ自体による信用力の低下やイメージの低下
を恐れ、債務者が任意に弁済を行うこともある。
2 情報の獲得
動産執行の事実上の効果として、動産執行は、債務者に関する新たな情報を得る
きっかけにもなることがある。
動産執行の際に、債務者が動揺しており、その他の強制執行の対象となる財産に
ついて自ら喋ってしまうということが考えられる。また、その場にいる自然人であ
る債務者の家族や同居人や知り合い、法人である債務者の従業員から貴重な情報が
得られる事もある。
3 債務者の取引先に対する影響
動産は、法人である債務者の業務上必要性の高い物であることが多いので、動産
に対する執行がなされると、債務者の取引先が、執行の取下げを求めてくるという
こともあり、その後、取引先と債務者の話し合いによって弁済がなされるというこ
ともある。
第9 総括
動産執行は上記第1で述べた通り、その実効性は低いものと考えられている。確
かに、動産執行は執行不能となる可能性が高く、執行ができた場合にも債権回収に
実効的な手段として機能することは稀であると言える。
しかし、動産執行には、その特性から上記第8で述べたような事実上の効果があ
り、直接的な債権回収手段としてのみならず、弁済を促進するための間接的な手段
としても有用であり、これらを踏まえたうえで、債権回収の手段を検討するべきで
ある。
以上
〈参考文献〉
・園部厚著
「書式 債権・その他財産権・動産等執行の実務」
・園部厚著
「民事執行の実務」
・古賀政治著 「債権回収必携 執行トラブル」
・酒井良介著 「東京地方裁判所(本庁)における平成25年度の民事執行事件の概要」
23
Ⅳ
預金債権の調査方法及び執行方法等について
担当:坂口
洋文・島田 充生・大村 麻美子
第1 預金債権の差押方法(総論)
1 債権差押命令の申立てに必要な書類
⑴ 債権差押命令申立書(当事者目録、請求債権目録及び差押債権目録を含む)
⑵ 添付書類
ア 執行力ある債務名義の正本
イ 債務名義の送達証明書
ウ 資格証明書(当事者が法人の場合)
エ 住民票写し(債権者又は債務者の現住所が債務名義記載の住所と違っている
場合等に必要)
オ その他(更正決定正本や承継執行文等の書類が必要になる場合もある)
⑶ 差押債権目録の記載事項について(別添資料1参照)
2 執行手続の手順(別添資料2参照)
3 差押債権の特定について
⑴ 差押債権の特定の必要性
債権差押命令は、債務者に対し差押債権の処分を禁止するとともに、第三債務
者に対し差押債権の債務者への弁済を禁止することを内容とし(民事執行法(以
下、「法」という。)145条1項)、しかも、債務者及び第三債務者を審尋しな
いで発せられるものであることから(同条2項)、債務者及び第三債務者に生じ
る不利益が大きいといえる。
そこで、差押債権の範囲を特定し、他の債権と識別することで、債務者及び第
三債務者に生じる不利益を限定する必要がある。
また、執行裁判所としても、債権差押命令を発する前提として、差押債権が差
押禁止債権に当たるか否か、超過差押えにならないかどうかを判断するため、差
24
押債権の範囲を特定する必要がある。
そこで、債権差押命令の申立書には、債権執行の目的である差押債権を特定し
て記載する必要がある(民事執行規則(以下、
「規則」という。)133条2項)。
しかも、債権差押命令の効力は、差押命令が第三債務者に送達された時点で直
ちに生じ(法145条4項)、差押えの競合の有無の判断基準時も送達された時
点となることから(法156条2項)、送達を受けた第三債務者において、速や
かに、かつ、確実に差押債権を識別できる程度に特定されていなければならない
(最決平成23年9月20日民集65巻6号2710頁判時2129号41頁)。
⑵ 特定の程度
上述のように、債権差押命令が債務者及び第三債務者に不利益を生じさせるも
のである。
特に、第三債務者は、差押債権の範囲を認識できなければ、弁済を躊躇するこ
とによる債務不履行の危険、あるいは差押債権を債務者に弁済することによる二
重払いの危険を負担することになる。また、差押債権の範囲が不明確な債権差押
命令が発せられると、競合する差押債権者等の利害関係人の地位も不安定なもの
となる。
他方で、債権は、無形の観念形象であり、公示制度も存在しないことから、債
務者と第三債務者との間の契約関係とは無関係の債権者にとって、その内容を正
確に把握することは困難である。
そこで、特定の程度については、具体的な事案に応じて個別的、相対的に判断
される。具体的には、①差押債権の種類(規則133条2項参照)、②債権の発
生原因、③債権の発生年月日、④債権の弁済期、⑤給付内容、⑥債権の金額等の
全部又は一部を表示することにより、債権の特定を行う。
⑶ 不特定の効果
差押債権が特定されていない場合は、債権差押命令の効力要件を欠くことから、
債権差押命令の申立ては不適法として却下されることとなり、仮に、この点につ
いて看過されて差押命令が発せられたとしても、当該差押命令及びこれに基づく
25
添付命令等は無効である(最判昭和46年11月30日判時653号90頁)。
第2 預金債権の差押方法(各論)
1 論点①(第三債務者を異にする複数の預金債権を差し押さえる場合の割付方法に
ついて)
⑴ 結論
複数の預金債権の預金額の多寡を推測し、各第三債務者ごとの差押債権額の合
計が請求債権額と一致するように割り付けて申し立てる。
⑵ 理由
法146条2項は、請求債権額を超えて差押えをすることを禁止しており、債
権者としては、預金債権差押命令の申立てをするにあたっては、各第三債務者ご
との差押債権額の合計が請求債権額を超えないように差押債権額の割付けを行
う必要がある。
また、取立権行使による直接取立て等を行えるのは、差押債権部分に限られる
から、債権者としては、預金額の多寡を推測して割付けを行う以外にはないこと
となる。
したがって、預金債権差押命令の申立てにあたっては、債務者がどこの金融機
関にいかなる金額の預金債権を有しているかをいかに推測するかが重要となる。
2 論点②(給与債権や年金が口座に入金された後の差押えの可否について)
⑴ 法は、債務者の生計維持の観点から、給与や年金に係る債権を差押禁止債権と
して定めており、これらの債権については、差押禁止範囲が定められている(法
152条1項ないし3項)
。
⑵ 執行裁判所は、申立てにより、債務者及び債権者の生活の状況その他事情を考
慮して、差押命令の全部もしくは一部を取り消し、または差押禁止範囲の変更を
することができる(法153条1項)。
⑶ 給与債権や年金が口座に入金されて預金債権になった場合、原資が差押禁止範
囲の債権であることをもって預金差押えが禁止されるかの問題があるが、全額に
26
つき差押えが可能と解されている(東京高決平成4年2月5日判タ788号27
0頁)
。
3 論点③(将来預金債権の差押えについて)
⑴ 特定の方法
差押債権目録に、差押債権として、普通預金債権のうち差押命令送達
時に現
に存する部分(以下「現存預金」という。)だけでなく、同送達時後同送達の日
から起算して●日が経過するまでの入金によって生ずることとなる部分(以下
「将来預金」という。)も表示し、差押えの順序を当該入金時期の早いものから
差押債権目録記載の金額に満つるまでとすることで差押債権の特定を図る。
⑵ 最決平成24年7月24日判時2170号30頁
「普通預金債権が差し押さえられた場合、預金残高のうち差押債権の額を超え
る部分については、第三債務者は預金者からの払戻請求に応ずるべき普通預金契
約上の義務を負うものと解されるところ、本件申立ては、将来預金の差押えをも
求めるものであり、この部分については、普通預金の性質上、預金残高を構成す
る将来の入出金の時期及び金額をあらかじめ把握することができないのである
から、本件申立てが認められたとするならば、第三債務者であるZ銀行において、
差押命令送達の日から起算して1年の期間内に入出金が行われるたびに、預金残
高のうち差押債権の額を超える部分と超えない部分とを区別して把握する作業
を行わなければ、後者についての払戻請求に応ずる義務を履行することができな
い。ところが、記録によれば、Z銀行においては、普通預金口座の入出金は、窓
口の営業時間外であっても、現金自動入出機(ATM)又はインターネットを通
じていつでも行うことができるのに対し、特定の普通預金口座への入出金を自動
的に監視し、常に預金残高を一定の金額と比較して、これを上回る部分について
のみ払戻請求に応ずることを可能とするシステムは構築されていないというの
であり、他の方法により速やかにこれを実現することも期待することはできない
とみられる。そうすると、本件申立てにおける差押債権の表示のうち、将来預金
に関する部分については、Z銀行において、上記の程度に速やかに、かつ、確実
27
に、差し押さえられた債権を識別することができるものということはできないか
ら、本件申立てのうち当該部分は、差押債権の特定を欠き、不適法であるという
べきである。
」
⑶ 実務上の取扱い
本決定以前の下級審では、差押命令送達後3営業日以内の将来預金についての
差押えを認めるものもあった7。
しかしながら、本決定の判旨は、将来預金の性質そのものに着目した内容であ
ることから、今後、差押命令送達後3営業日以内の将来預金のように、期間を限
定したものであっても、差押債権の特定を欠くとして、一律に不適法とされる可
能性がある。
4 論点④(各種の預金債権とその差押方法について)
⑴ 当座預金
当座預金契約は、消費寄託と小切手等の処理についての委任契約の混合契約で
あり、単純な消費寄託である通常の預金とはその法的性質が異なるが、当座預金
債権に対する差押えは可能である。
差押えを受けた場合には、差押命令の送達日・送達時刻などを記録したうえで、
差押えの効力の及んだ預金を口座から引き落として、同一勘定科目の「差押口」
に移すか、または別段預金の「差押口」へ移して別途管理する。
その結果、手形や小切手などの決済資金が不足する場合は、取引先に連絡する
ことも検討する。
⑵ 普通預金
差押命令の送達日・送達時刻などを記録したうえで、差押えの効力の及んだ預
金を口座から引き落として、同一勘定科目の「差押口」に移すか、または別段預
金の「差押口」へ移して別途管理する。
そのようにして、誤って支払うことのないようにしたうえで、普通預金取引を
7
奈良地決平成21年3月5日(消費者法ニュース79号200頁)、高松地決観音寺支部平成
21年3月25日決定(消費者法ニュース80号347頁)参照(但し、いずれも定型書式によ
る発令)
。
28
継続する。
差押え時にすでに発生している利息についても差し押さえられている場合に
は、別口で管理するうえで利息を調整しておく必要がある。
⑶ 定期預金
差押えの対象となる預金を特定したうえで、支払停止の措置をとる。
また、他の預金への差押えと同様、差押命令の送達日時なども記録する。
定期預金については満期前の差押債権者からの取立請求に応じる義務はない
ので、陳述書も、反対債権による相殺を考える必要がない限り、「弁済の意思は
ある。但し、満期(平成●年●月●日)の到来後に弁済する。」と記載する。
⑷ 総合口座
「総合口座預金」との表示のみでは、差押債権として特定されているとはいえ
ない。
しかし、差押債権の額が総合口座に組み込まれた普通預金と定期預金の合計額
を超える場合には、差押えの対象は明らかであるとして、総合口座に組み込まれ
た普通預金と定期預金に差押えの効力が及ぶと考えられる。
⑸ 貸金庫
貸金庫の内容物引渡請求権に対する差押命令が送達された場合、直ちに対象と
なる貸金庫を特定し、当該貸金庫の利用を一切停止しなくてはならない。
その後、差押命令に基づき執行官に「引渡し」をするが、その「引渡し」は、
執行官が貸金庫の内容物を取り出せる状態にすれば足り、金融機関が現実の貸金
庫の開扉および内容物の取出しに関与する必要はない。
5 論点⑤(陳述の催告と相殺)
⑴ 陳述の催告の制度(法147条、民保法50条5項)の概要
陳述の催告とは、差押債権者の申立てにより、第三債務者に所定の事項(規則
135条1項、民保規41条2項)の陳述を催告させることにより、被差押債権
に関する情報を差押債権者に与える制度である8。
8
香川保一監修「注釈民事執行法第6巻」
(きんざい、1995 年)172 頁以下参照。
29
なお、かかる催告を受けた第三債務者が、故意または過失により陳述をしなか
ったり、不実の陳述をした場合、当該第三債務者はこれによって差押債権者に生
じた損害の賠償責任を負う(法147条2項、民保法50条5項)
。
債務者が金融機関から融資を受けていた場合、相殺の可能性があるため、必ず
陳述催告の申立てをすべきである9。
⑵ 金融機関の陳述と対応
差押債権目録に記載されている債務者の預金等がない場合は差押に係る債権
は「ない」と記述されるほか、債務者に貸出金があって差し押さえられた預金全
額との相殺をする方針の場合、弁済の意思は「ない」、弁済しない理由は「相殺
の予定であるから」と陳述されることもある。一方で、相殺の予定が明確でなく、
相殺の可能性があるという程度にとどまる場合、弁済の意思について明らかにせ
ず、相殺の予定がある旨のみ陳述されることも想定される10。
ある論者は、金融機関が債務者に反対債権を有していても、当該債務者が正常
取引先のときは、相殺権の行使に躊躇することが多く、その場合、弁護士が執拗
に預金債権の弁済を求めると、金融機関が債務者に働きかけて、債権者に対する
弁済を促すことがあるという11。
6 論点⑥(差押えの競合)
⑴ 法149条について
複数の差押えの各差押額の合計額が差押えに係る債権全体の額を上回る場合
に差押えの競合が生じる。差押えの競合が生じると、各差押えの効力は被差押債
権の全部に及ぶ。
⑵ 差押えの競合の時的限界について
差押えの競合が発生するには、先行の差押えの効力が有効に存続していること
(差押命令が第三債務差に送達された時点以後。法145条4項参照)を前提と
しつつ、取立訴訟の訴状が第三債務者に送達時点までに差押え等をしていない債
鷹取信哉『債務者財産の調査方法とその留意点』LIBRA2014 年 5 月号 7 頁
一般社団法人金融財政事情権研究会・前掲注 9)336 頁参照。
11 鷹取・前掲注 12)7 頁
9
10
30
権者は、配当を受けることができないので(法165条2号)、取り立て訴訟の
訴状到達時点が差押えの競合の時的限界ということになる。
なお、先行事件の換価手続が終了した場合、差押えの競合が生じないことは言
うまでもない。
⑶ 預金の一部差押えの後、後行の差押えにより差押えが競合した場合の利息に対
する差押えの効力の及ぶ範囲12
例として、100万円の普通預金債権について、債権者甲の差押額80万円の
差押命令が平成26年9月1日に金融機関に送達され、更に同債権者乙の差押額
50万円の差押命令が同年10月1日に送達されたという事例を例にとる。
ア 第一説
差押えの競合による甲乙の各差押えの効力は元本債権100万円及び平成
26年10月1日以降に発生する利息に限られ、同年9月1日から同月30日
までの元本債権のうち80万円に対する利息については甲の差押えのみがな
されている。
イ 第二説
差押えの競合による甲乙の各差押えの効力は、元本債権100万円並びに内
金80万円に対する平成26年9月1日以降同月30日までの利息及び10
0万円に対する同年10月1日以降の利息に及ぶ。
ウ 民事局回答
昭和56年2月13日民四第842号法務省民事局回答では、上記第一説、
第二説のいずれによる供託申請でも受理してさしつかえないとしている。
したがって、実際に行われる可能性は低いと考えられるが、金融機関が第
一説に従って供託した場合、債権者乙は、差押えの競合により、元本債権1
00万円のうち80万円に対する平成26年9月1日以降同月30日までの
12
差押え後に発生する利息と異なり、差押命令の効力発生時点で既発生の利息債権については、
元本債権から独立したものであり、元本債権に対する差押えの効力は及ばないから、差押債権目
録に既発生の利息債権についても差し押さえる旨を明示する必要がある。香川・前掲注 11)240
頁参照。
31
利息部分に関し、乙の差押えの効力が及んでいるにもかかわらず、供託がな
されていないとして(法156条2項参照)、金融機関に対して当該利息部分
について取立を行うことができる余地があることになる。
7 論点⑦(預金債権が複数存在する場合の特定方法について)
⑴ 問題の所在
実務上、債権差押命令申立書、当事者目録、請求債権目録、差押債権目録の4
通を一体として債権差押命令申立書とする。
しかし、預金債権には公示制度がなく、また、金融機関は守秘義務を負ってい
る関係で、債権者は、差押命令申立ての段階では、預金の種類、預金額、口座番
号、預入年月日などの情報を持たないことがある。
それゆえ、差押債権目録にて、預金債権をどのように特定するかが問題となる。
⑵ 各種方式と諸問題について
ア 全店一括順位付け方式
(ア)特定の方法
金融機関のすべての店舗を対象として順位付けをすることで差押債権の
特定を図る方法を指す。
(イ)最決平成23年9月20日民集65巻6号2710頁
「本件申立ては、大規模な金融機関である第三債務者らの全ての店舗を対
象として順位付けをし、先順位の店舗の預貯金債権の額が差押債権額に満た
ないときは、順次予備的に後順位の店舗の預貯金債権を差押債権とする旨の
差押えを求めるものであり、各第三債務者において、先順位の店舗の預貯金
債権の全てについて、その存否及び先行の差押え又は仮差押えの有無、定期
預金、普通預金等の種別、差押命令送達時点での残高等を調査して、差押え
の効力が生ずる預貯金債権の総額を把握する作業が完了しない限り、後順位
の店舗の預貯金債権に差押えの効力が生ずるか否かが判明しないのである
から、本件申立てにおける差押債権の表示は、送達を受けた第三債務者にお
いて上記の程度に速やかに確実に差し押えられた債権を識別することがで
32
きるものであるということはできない。そうすると、本件申立ては、差押債
権の特定を欠き不適法というべきである。
」
(ウ)実務上の取扱い
上記平成23年決定は大規模な金融機関を第三債務者とするものであっ
たため、大規模な金融機関に当たらない金融機関を第三債務者とする場合に
ついては、その射程が及ばないとする評価もあり得ることを前提とした記述
を行っている実務家もいる13。
しかしながら、従前より、東京地方裁判所民事執行センターの運用として
は、上記平成23年決定以前より、全店一括順位付け方式と限定的支店順位
方式を問わず、支店順位方式による申立てについては、差押債権の特定を欠
くものとして、これを認めない取り扱いをしており14、また、上記平成23
年決定は大規模な金融機関を対象とした事案であるものの、一般的に東京地
裁民事執行センターの運用を変えるものではないとされている15。
イ 預金額最大店舗指定方式
(ア)特定の方法
具体的な取扱店舗を特定することなく複数の店舗に預金債権があるとき
は、預金債権額合計の最も大きな店舗の預金債権を差押えの対象とすること
で差押債権の特定を図る方法。
(イ)最決平成25年1月17日金法1966号110頁
「本件申立てによる差押えを認めた場合、大規模な金融機関である第三債
務者は、全ての店舗の中から預金額最大店舗を抽出する作業が必要となるが、
13
東京地方裁判所民事執行センター実務研究会・前掲注3)123頁以下参照。
東京地方裁判所民事執行センター『債権差押命令において預金債権を差し押さえる場合の取
扱店舗の特定』金融法務事情1767号26頁以下参照。
15 東京地方裁判所民事執行センターがこのような評価を下している実務的な意義は大きい。な
お、同センターは、上記平成 23 年決定は、差押債権の特定に関する一般的な解釈指針を示して
おり、田原睦夫裁判官が補足意見で指摘するとおり、第三債務者が全国あるいは一定の店舗を束
ねたブロック単位ごとに仕入代金の管理がされている百貨店、流通業者、外食産業等の場合や、
支店単位あるいはブロック単位で下請け業者の管理を行っている全国規模のゼネコン、広い地域
で事業を展開する土木建設業者等の場合にも及び得るとしている点にも注目される。浜秀樹・本
田晃他編著『民事執行判例・実務フロンティア2012年版』判例タイムズ1363号244頁
以下参照。
14
33
その際、第三債務者において、全ての店舗の全ての預金口座について、まず
該当顧客の有無を検索した上、該当顧客を有する店舗における差押命令送達
時点での口座ごとの預金残高及びその合計額等を調査して、当該店舗が最大
店舗に該当するかを判定する作業が完了しない限り、差押えの効力が生ずる
預金債権の範囲が判明しないことになる。したがって、本件申立てにおける
差押債権の表示は、送達を受けた第三債務者において前記1の程度に速やか
に確実に差し押さえられた債権を識別することができるものであるという
ことはできない。
」
「なるほど、預金額最大店舗指定方式は、債権差押命令の
送達を受けた第三債務者において一定の時間と手順を経ることによって差
し押さえられた債権を識別することが物理的に可能とはいい得るが、店舗ご
とに債権管理等を行っている金融機関においては、抗告人(債権者)の主張
を前提としても、支店名個別特定方式とは異なり、本店が行う作業(【注:
①第三債務者が有する勘定系システムを用いた預金残高の調査、及び、②金
額最大店舗の確定に必要な作業として、第三債務者が、各支店における債務
者名義の預金残高が判明させた後、預金最大店舗の可能性がある支店を抽出
し、その支店に連絡をする作業を指す。】)、及び本店が行った作業を前提と
する支店が行う作業(
【注:金額最大店舗の確定に必要な作業として、第三
債務者が、各支店における債務者名義の預金残高が判明させた後、当該支店
が、差押えの候補となっている預金が借名預金、仮名預金ではなく、預金債
権者が債務者と同一であることを確認することにより、差押えの対象となる
金額を明らかにし、預金額最大店舗が確定させる作業を指す。】)により預金
額最大店舗を判定する必要がある。そして、本店においてオンラインシステ
ムにより上記作業を行うことが可能であるとしても、他の業務も行っている
中で直ちにその作業を開始し終了させることができるとは必ずしもいえず、
また、支店における作業の結果、本店から連絡があった預金が債務者の預金
でなかったことが明らかになった場合等には、更に、本店及び次に預金額最
大店舗と目される支店が同様の作業を行う必要がある。そして、これらの作
34
業には相当な時間を要するものと認められる一方、各口座の預金額は、時間
の経過により刻々と変化する可能性がある。以上の諸点に、預金債権差押え
の債務者となる者の中には、全国的に多数の金融機関の店舗に口座を設けて
いる者も少なくないと考えられることも併せ考慮すると、預金額最大店舗指
定方式によっては、差押えの効力が上記送達の時点で生ずることにそぐわな
い事態とならない程度に速やかに、かつ、確実に、差し押さえられた債権を
識別することができないといわざるを得ない。」とした原審の判断に対し、
「所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。」と
した。
(ウ)実務の取扱い
上記平成25年決定は、大規模金融機関が第三債務者であった場合である
ため、店舗の所在する地域が限定されているような金融機関でも同様に考え
られるかは、当該金融機関が有する顧客情報管理システム(CIFシステム)、
人員配置等個別の事情次第とする評価もある。
一方、東京地裁民事執行センターでは、従前より、預金債権の差押えに当
たっては、取扱店舗を支店名で特定することを求めており、預金額最大店舗
指定方式が差押債権の特定として不十分であることは、上記平成25年決定
により、決着を見たと評価している16。
イ 限定的支店順位方式
(ア)特定の方法
すべての店舗ではなく、範囲を限定した複数店舗を対象として順位付けを
すること方式をいう。
(イ)判例
上記平成23年決定以前には、限定的支店順位方式による申立てを認めた
16
東京地裁民事執行センターがこのような評価を下していることの実務的な意義はきわめて大
きい。浜秀樹・内田義厚他編著『民事執行判例・実務フロンティア 2013 年版』判例タイムズ
1385 号 370 頁以下参照。
35
ものもある17。
(ウ)実務の取扱い
上記平成23年決定は、あくまで全店一括順位付け方式についての判例で
あるから、限定的支店順位方式にはその射程が及ぶか否かについては残され
た問題とする評価がある18。
しかしながら、東京地方裁判所民事執行センターは、預金債権の特定では、
取扱店舗を支店名で特定することを求めているため、限定的支店順位方式で
あっても例外ではないと考えられる。
ウ 参考事項
第三債務者が実店舗を持たないで、主としてインターネットにより取引を行
うインターネット専業銀行の場合、東京地裁民事執行センターにおいては、支
店として本店所在地と同じ場所に登録されていても、このような支店で取り扱
われている預金債権については、実際は本店で一括管理されていると考えられ
ることから、支店の特定は不要とする取り扱いがされている。
第3 預金債権の調査方法
1 弁護士法23条の2に基づく照会
大阪高判平成19年1月30日金法1799号56頁では、「回答に応じるべき
公的義務があり、銀行が顧客を特定する情報につき報告を求められる場合であって
も、上記義務が個人のプライバシー保護や守秘義務の観点から制約を受けることは
ない」と判示している。
しかしながら、弁護士法23条の2に基づく照会は、回答に応じなかった場合の
罰則がないため、必ずしも金融機関の守秘義務が免責されるわけではないから、預
金者の同意がない限り、原則として回答に応じることはできないと考えるべきであ
大阪高決平成 19 年 9 月 19 日判例タイムズ 1254 号 318 頁、千葉地決平成 19 年 2 月 20 日金
融法務事情 1805 号 57 頁、東京高決平成 18 年 6 月 19 日金融法務事情 1782 号 47 頁等。
18 岡本雅弘『最高裁決定と残された問題』金融法務事情 1931 号 44 頁以下、一般社団法人金融
財政事情権研究会『実務必携 預金の差押え』(きんざい、2013 年)123 頁参照。
17
36
るとする実務家の意見がある19。
2 その他
居住地や就業場所の周辺の金融機関にあたりをつけるほか、電気通信事業者に引
落口座の照会を行う方法が考えられる。
以上
19
一方で、刑事事件になっているような悪質な詐欺事件のように預金者との守秘義務違反が問
題になる可能性が低い事案では、自行のレピューテーション・リスクを勘案し、例外的に開示に
応じることも検討すべきとされている。一般社団法人金融財政事情権研究会・前掲注 9)157 頁
参照。
37
別添資料1
差押債権目録
金
円
債務者が第三債務者
銀行(
支店扱い)に対して有する下記預金債権及び同預金に対
する預入日から本命令送達時までに既に発生した利息債権のうち、下記に記載する順序に従い、頭書金額
に満つるまで。
記
1.差押えのない預金と差押えのある預金があるときは、次の順序による。
(1)先行の差押え、仮差押えのないもの
(2)先行の差押え、仮差押えのあるもの
2.円貨建預金と外貨建預金があるときは、次の順序による。
(1)円貨建預金
(2)外貨建預金(差押命令が第三債務者に送達された時点における第三債務者の電信買相場により換算
した金額(外貨)。ただし、先物為替予約がある場合には、原則として予約された相場
により換算する。
)
3.数種の預金があるときは次の順序による。
(1)定期預金
(2)定期積金
(3)通知預金
(4)貯蓄預金
(5)納税準備預金
(6)普通預金
(7)別段預金
(8)当座預金
4.同種の預金が数口あるときは、口座番号の若い順序による。
なお、口座番号が同一の預金が数口あるときは、預金に付せられた番号の若い順序による。
38
別添資料2
申立て(陳述催告の申立てを含む)
差押命令
第三債務者に送達
債務者に送達
債権者へ通知
差押債権の存在
差押債権の不存在
債権者が一人の場合
第三債務者供託
債権者が二人以上の場合
差押債権に争いあり
第三債務者供託
取立訴訟
弁済金交付手続
取立
配当等手続
取立訴訟
39
取下げ
Ⅴ
株式等の有価証券の調査方法及び執行方法
担当:井伊
弘明
第1 有価証券等に対する執行
有価証券は(非上場の株式などを除き)一般的に価値が把握しやすく、容易かつ
迅速に換金することが出来るため、強制執行に適した財産である。
以下では、財産の調査方法について簡単に述べた上で、株式を中心とした執行の
方法について検討する。
第2 有価証券等の調査方法
1 債権者からのヒヤリング
債務者の財産について、まずこれを知りうるのは債権者であるため、債権者から
聞き取りを実施する。
債権者が債務者の個別の財産関係について詳細に知っていることは一般的には
少ないと思われるが、どんな小さなことでも良いので何かきっかけになることはな
いか、というスタンスで聞き取りを行ってみる。
2 金融機関に対する弁護士照会
証券会社に対する弁護士照会の実施を検討する。証券会社によっては運用が異な
るので、証券会社を特定できる場合には事前に電話等で運用を問い合わせることが
有用である。
第3 株券の執行方法
1 現行法における株式・株券制度
現行会社法では、株券は原則不発行であり、定款に定めた場合にのみ株券を発行
することができる(会社法 214 条)。
また、株券不発行会社のうち、上場会社の株式については、「社債、株式等の振
替に関する法律(以下、「社債株式等振替法」)という。」の適用を受け、振替機関
(同法 2 条 2 項)が株式を取り扱うことになる。
以上の通り、現行では、株式・株券の在り方は多様であるから、執行の方法も①
上場会社以外の株券不発行会社の株式及び、株券発行会社であるが株券が発行され
40
ていない場合、②社債株式等振替法に基づく株式等振替制度の対象となる株式(以
下、「振替株式」という。
)
、③株券発行会社の株券、の 3 通りに分けて検討する。
2 株券が発行されていない株式の場合
⑴ 概要
株券が発行されていない株式としては、株券不発行会社の株式の他、株券発行
会社であるが、譲渡制限会社であり株主から請求がないため株券を発行していな
い株式、株券発行会社で株券の発行が遅滞している株式、株券発行会社で株主か
ら株券不所持の申し出を受けたことから株券を発行しない旨株株主名簿に言際
された株式(会社法 217 条)がある。
振替株式以外の株券が発行されていない株式の執行方法については明文の規
定がなく、株式会社が株券を発行することが必要であった旧商法下においては、
株券の発行ないし交付請求権の差押えによるべきものとする見解と、株主たる地
位に基づく権利の総体としての株式の差押えによるべきものとする見解があっ
た。
この点、東京地決平4.6.26(金法1355号36頁)は、株券が発行さ
れていない株式に対する執行手続きについて、株券交付請求権の差押の方法によ
るのではなく、その他の財産権(法 167 条)としての株式の差押の方法による
べきであるとし、その後の実務では、株券の発行されていない株式に対する執行
手続きは、同決定において示された方法により扱われており、現行の会社法の下
でも、同様の取扱いである。
⑵ 申立及び差押
発行会社が第三債務者となる。差押目的物の特定として、
「発行会社」及び「株
式数」を記載する。
「株式数」の記載を求めるのは、超過差押の禁止(法 146 条
2 項)の趣旨を考慮し、差押の限度を明らかにするためである。
差押えの限度としては、差押から換価までの価値の変動を考慮し、証券金融実
務において株券を担保に取る際、株価の 7 割程度を担保価値として評価するのが
通常であることを参考にした基準として請求債権額の 1.5 倍程度の金額に相当す
るまで認めるのが実務上の取扱いである。
差押の限度として株式数を算定する際、株式の評価資料が必要となる。申立時
に専門家等が作成した評価資料を有していない場合には、①申し立てに近接した
時期に取引事例や相続があった場合は、取引事例における評価額や、相続税申告
41
時の評価額を参考資料とする方法、②貸借対照表が入手できれば、簿価純資産か
ら一株あたりの価格を推認する方法、③いずれもなければ、登記簿記載の資本金
の額を発行済家具式総数で除したものから一株当たりの価格を推認する方法が
考えられる。
⑶ 換価等
ア 株券発行請求権の行使
株式の発行会社が株券発行会社である場合には、債務者に対して差押命令が
送達された日から 1 週間を経過したときは、差押債権者は、株式に含まれる株
券発行請求権の行使として、第三債務者に対し、株券を発行し差押債権者の申
立を受けた執行官に株券を引き渡すべきことを請求できる(法 155 条 1 項、
163 条 1 項類推)
。第三債務者が任意に執行官に引き渡さないときは、引き渡
し請求訴訟を提起し(法 157 条)、執行官に株券を引き渡す旨の勝訴判決を執
行する方法による。
イ 譲渡命令又は売却命令
株券発行会社でない会社の株式の換価は、株式の譲渡命令又は売却命令によ
る(法 167 条 1 項、161 条)。
株式自体の譲渡命令又は売却命令の申立があると、執行裁判所は、評価人を
選任して評価を命ずる。
評価人が執行裁判所に評価書を出すと、執行裁判所は、これに基づき、譲渡
命令又は売却命令を発することになる。
譲渡命令は、債務者及び第三債務者に送達される(法 161 条、159 条 2 項)。
譲渡命令が確定すると、差押債権者の請求債権及び執行費用は、第三債務者に
送達された時点で、執行裁判所が定めた譲渡価額で弁済されたものとみなされ
る(法 161 条 6 項、160 条)。譲渡命令により譲渡を受けた差押債権者は、名
義書き換え請求を発行会社に対して行う。譲渡制限株式である場合には取得承
認請求を行うことができる(会社法 137 条 1 項)
。
売却命令の場合は、売却命令が確定すると、執行官により株式の売却がされ
る。執行官は、売却に際し、執行裁判所が行った評価の結果に基づき、売却基
準額を定める。売却手続きが終了したときは、執行官は売得金を執行裁判所に
提出し、この提出をうけた執行裁判所が配当又は弁済金交付手続きを行う。
42
3 社債株式等振替制度の対象となる株式の場合(上場会社)
⑴ 概要
株券等の保管および振替に関する法律(振替法)により、株券の所有者は、証
券会社等の参加者に株券を預託することになり、さらに株券の預託を受けた参加
者は、これをさらに保管振替機関に預託することになる。保管振替機関には参加
者ごとに参加者口座簿があり、そこに株券の発行会社名、種類、株式数等の事項
が記載される(株券保管振替制度)
。
振替株式に対する差押命令の効力は参加者に送達されたときに生じ、これによ
り、債務者は預託株券の振替請求等の処分が禁じられ、参加者も預託株券の振替
が禁止される(民事執行規則150条の3、150条の5、民事執行法145条
4項)
。
⑵ 申立及び差押等
ア 申立
振替株式に関する強制執行の管轄裁判所は、原則として債務者(加入者)の
普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所であり、債務者の普通裁判籍がない
ときは、債務者が口座の開設を受けている振替機関等の普通裁判籍の所在地を
管轄する地方裁判所が執行裁判所となる。
当事者は債権者、債務者及び振替機関等(債務者が口座の開設を受けている
振替機関又は口座管理機関)である。発行者を表示する必要はない。
差押の対象となる振替社債等を特定するための目録について、記載例(銘柄
が特定できない場合)は以下のとおりである。
1
差押の目的及び限度
債務者が振替機関等の加入者(顧客)として有する振替株式(金融商品取
引所に上場されているものに限る。
)のうち、2の順序に従い、金〇万円(換
価に際して差し引かれる源泉徴収額及び手数料等の額を控除後の金額)に満
まで
ただし、1 株を差押命令が振替機関等に送達された日(その日が休日の場合
は直近の取引日)の取引所の基準値段(複数の取引所に上場されている場合
は、最高値)により換算(1 株に満たないものは切り捨て)するものとする。
2
差押の順序
(1)複数の銘柄の振替株式があるときには、次の順序とする。
43
ア
先行する、①仮処分の執行、②滞納処分による差押、③担保権の実行に
よる差押、④強制執行による差押、⑤仮差押の執行、⑥没収保全の執行、
のいずれもされていないもの
イ
①から⑥までのいずれか又はそのいくつかがされているもの
(2)優先株と普通株があるとき、次の順
ア
優先株
イ
普通株
(3)同じ順位のものの間では、振替株式の銘柄に付されたコード番号の若い
順(アルファベットは数字に後れるものとし、また、アルファベット順に A
を若いものとする。
)
3
差し押さえられた振替株式につき、発行者が次の各行為をするために、振
替機関に対し、増加比率、交付比率又は割り当て比率等を通知し、これに基
づき、振替機関等において、差し押さえられた振替株式が記載又は記録され
た債務者の口座の保有欄に振替社債等の増加または増額の記載又は記録をし
たときは、その増加または増額の記載がされた振替社債等も、差押の対象と
する。
(1)当該振替株式の分割
(2)会社の合併、会社分割、組織変更、株式交換、株式移転または取得条項
付株式、全部取得条項付株式、取得条項付新株予約権若しくは取得条項付新
株予約権付社債の取得に際して、当該振替株式の対価として振替社債等を交
付する行為
(3)振替株式、振替新株予約権または振替新株予約権付社債の無償割当
(4)その他これらに類する行為
イ 差押
執行裁判所は、振替社債等の差押命令において、振替社債等に関し、債務者
に対し振替若しくは抹消の申請または取り立てその他の処分を禁止し、振替機
関等に対し振替及び抹消を禁止する(規 150 条の 3 第1項)。
差押命令は債務者、振替機関等及び振替社債等の発行者を審尋しないで発す
る(同条2項)
。差押命令は債務者及び振替機関等に送達しなければならず(同
条3項)、差押命令が振替機関等に送達された時に差押えの効力が生じる(同
44
条4項)
。
⑶ 換価
ア 取り立て及び供託
債権者は、債務者に対して差押命令が送達された日から1週間を経過したと
きは取り立てることができる。
発行者が、権利供託及(規150条の 6 第1項)び差押の競合等による義務
供託(同条2項)をした場合には、執行裁判所に事情届を提出しなければならな
い(同条3項)
。
イ 譲渡命令及び売却命令
換価方法として、規則150条の7第1項において、振替社債等譲渡命令(同
項1号)及び売却命令(同項2号)が定められている。
執行裁判所は、これらの命令を発する場合において、必要があると認めると
きは、評価人を選任し、振替社債等の評価を命ずることが出来る。
譲渡命令は、確定しなければその効力を生じない(規150条の7第3項)。
差押債権者の債権及び執行費用は、振替社債等譲渡命令に係る振替社債等が現
存する限り、執行裁判所の定めた譲渡価額で、振替社債等譲渡命令が振替機関
等に送達された時に、弁済されたものとみなされる(同条6項、法160条)
。
また、執行裁判所は、「執行官その他の執行裁判所が相当と認める者」に対
し、振替社債等の売却方法を定めて、振替社債等売却命令を発することができ
る(同条1項2号)振替機関等が証券会社である場合には、振替社債等の換価
手段といては、当該振替機関等に対する振替社債等売却命令によることが最も
合理的であり、この方法によることが一般的である。
振替社債等を売却した者は、売却の手続きを終了したときは速やかに売得金
及び売却に係る調書または報告書を執行裁判所に提出しなければならない(規
150条の7第6項、141条4項)。
4 株券が発行されている場合
⑴ 概要
株券発行会社において株券が発行され、株主である債務者が株券を占有してい
る場合は、株券に対する執行手続きは、動産執行の手続き(民事執行法122条
以下)により行うこととなる。
株主である債務者が株券を第三者に寄託している場合は、債務者が第三債務者
45
に対して有する株券引き渡し請求権について、動産引き渡し請求権に対する執行
手続きとして、執行裁判所に差押えの申立をする(143条、163条)
。
⑵ 申立て及び差押え
債務者が株券を第三者に寄託している場合には、当該第三者を第三債務者とす
る。差押目的物の特定として、
「発行会社」及び「株式数」を記載する。
「株式数」
については、差押の限度として記載するものである。
⑶ 換価等
執行官は、売却の障害が無い場合は、引き渡し受けた株券を動産執行の売却手続
きにより売却し、その売得金を執行裁判所に提出する(法 163 条 2 項)
。
第4 投資信託の執行方法
投資信託には、投資信託振替制度の対象となるものと、それ以外のものがある。
同制度の対象となるのは、契約型の委託者指図型投資信託であること、発行者が同
制度の取扱いに同視していること等の要件をみたすものであるが、全ての金融機関
がこの制度の参加しているわけではない(証券保管振替機構のホームページで公示
銘柄及び参加者を検索できる)
。
投資信託振替制度の対象たる投資信託で、かつ同制度に参加している金融機関が
第三債務者の場合は、上場株式の場合と同様、振替社債等の差押の方法による。
同制度の対象外の投資信託または同制度に参加していない金融機関が第三債務
者の場合は、投資信託受益権に係る権利の差押の方法、すなわち、債務者が投資信
託販売会社に対して有する解約金支払請求権を差押えた後、債権者の取り立て権
(民事執行法155条1項)に基づき、販売会社に対して解約実行請求をして同請
求権を取り立てる方法による(参考 最一小判平成 18.12.14 民集 60 巻.10 号 3914
号)。
第5 手形・小切手の執行方法
手形及び小切手の執行手続きは、動産執行の手続き(民事執行法122条以下)
により行うこととなる。
以上
46
Ⅵ
給料債権差押えの手段・方法
担当:千葉
陽平
第1 本発表における検討事項
給料債権は、第三債務者である勤務先ないし雇い主が倒産・破産しない限り、債
務者が労働することにより、必ず発生する債権であり、勤務先・雇い主が支払い続
ける限り、とりっぱぐれることはない。
したがって、給料債権の差押えは、債権回収の上でも重要な方法の一つである。
そこで、以下、給料債権の差押えについて検討する。
第2 勤務先の調査
1 当事者からの聞き取り
まず、原則として、当事者からの聞き取りが重要であることは言うまでもない。
契約上の請求など、多くの債権債務関係には、当事者間に何らかの関係性があり、
債権者が債務者の情報を知っていることは少なくない。
したがって、まずは債権者たる依頼者から、債務者の勤務先について調査するべ
きである。
依頼者としては、契約締結前に相手方の勤務先について伺っておくことが給料債
権からの債権回収に重要になる。金融機関や不動産賃貸業者等は、契約の前に、勤
務先等をあらかじめ申告させ、勤務先を確認してから契約を締結していることが窺
われる。
一方、債権回収の際には、弁護士が直接債務者と電話で会話し、支払いについて
交渉する機会が多々ある。このような場合、債務者に対して、財産状況を確認する
であろうが、その際、いまどこで働いていて、給料はどれくらいもらっているのか
について債務者自身から聞いておくと、給料債権からの債権回収が容易となる。
2 周辺の者からの聞き取り
債務者以外の第三者、例えば、債務者の友人、知人、親族、交際相手等接触が可
能であれば、勤務先を聞き出すことも有用である。
勤務先というのは、預金債権等と違い、資産隠しのため退職する可能性は少なく、
調査していることが債務者に知られると不利になる場合ばかりではない。
47
もっとも、債務者が大企業に勤めていれば、確実な回収が図れるものの、債務者
の勤務先が中小企業や同族企業等の場合、債務者と会社とのなれ合いにより、表向
きの給料の額を減らしたりして、債権回収を妨害される可能性がある。
したがって、債務者の属性を見極め、周辺の者からの聞き取りをすべきかどうか
は、慎重に判断する必要がある。
3 給与明細や預金通帳の開示
権利関係に争いのない債務者と支払いについて話す機会がある場合、おおむね債
務者は「今、支払える金銭がない、待ってほしい。」と債権者側に言ってくる。
そこで、債権者としては、そこで終わるのではなく、今どこで働いていてどれく
らいの収入があるのか、給与明細等で証明してもらわないと検討もできない旨、債
務者に伝え、給与明細等を取得することを検討すべきである。
また、夫婦関係にかかる事件の場合、当事者が同居していることもあり、相手方
の預金通帳を見ることが出来るかもしれないし、調停や審判の場で、預貯金額の開
示の際、預金通帳に給料振込の記載が見て取れることもあるかもしれない。
4 電話会社への弁護士会照会
債務者の連絡先が携帯電話である場合、それが会社名義の携帯電話である可能性
がある。
したがって、その可能性がある場合には、債権者としては、当該電話会社に対し
弁護士会照会を行い、携帯電話の名義を調査する必要がある。
5 運輸局への弁護士会照会
交通事故等の場合、相手方車両が会社の営業車である可能性がある。
このような可能性がある場合には、運輸局に弁護士会照会を行い、登録事項等証
明書の交付を受けることにより、相手方車両の名義が判明し、勤務先を割り出すこ
とが出来る。
6 社会保険事務所への弁護士会照会
現在、債務者の勤務先について、社会保険事務所への弁護士会照会をしたところ
で、回答拒否される可能性が高い。
これに伴い、日弁連は、平成25年11月21日付けの「養育費支払確保及び面
会交流支援に関する意見書」において、「社会保険事務所による義務者の勤務先情
報の開示」が認められるべきとの施策を提言した。
したがって、これについては、今後の動向により、調査できるようになる可能性
48
は十分にある。
7 探偵等に依頼
あまり弁護士で使うことは、多くないかもしれないが、探偵を依頼し、尾行等し
てもらうことにより、勤務先を調べる方法もある。
もっとも、これにもある程度の費用がかかるため、依頼者の判断にゆだねること
になろう。
8 まとめ
上記のとおり、勤務先の調査は、当事者からの聞き取りを除いては、確実に調べ
られる方法が何もない一方、それなりに費用が発生する方法もあるから、いかに事
前に債務者から聞き出しておけるのかということが重要となってくる。
第3 執行方法
1 差押えの範囲
⑴ 給料債権は、日々労働の対価として発生するものであって、継続的給付債権で
あるから、差押え後に発生する債権であったとしても、「差押え債権者の債権及
び執行費用の額」に達するまで、当然差押えることが出来る(民事執行法151
条)
。
この給料債権には、固定給のほか、手当や賞与等も含まれ、退職金についても、
厳密には継続的給付債権ではないものの、退職金が給料の後払的性格の金銭であ
り、給料債権と併せて考えれば、一連の継続的給付債権として、給料債権ととも
に差押えることが出来る。
⑵ もっとも、給料債権は、社会生活を営む上で、債務者の生活基盤をなすもので
あるから、差押えられる債権額には制約がある。
すなわち、給与債権の名目額から、所得税、住民税、社会保険料、通勤手当を
控除した手取り額を基準として、その4分の3を差し押さえることを禁止されて
いる(同法152条1項2号)。
ただし、給与債権の4分の3の額が同法施行令2条に定める額を超える場合に
は、その額を超える全額の差押えが認められる。例えば、月収44万円を超える
場合には、33万円を超えた部分全部が差し押さえの対象となる。また、賞与及
びその性質を有する債権の額が44万円を超える場合には、33万円を超える全
額の差押が認められている(同法施行令2条2項)。
49
なお、退職金債権については、民事執行法施行令による調整はなく、一律に4
分の3に該当する金額の差押えが禁止される。
⑶ 以上を踏まえ、給与債権差押事件における、差押債権目録は以下のとおりとな
る。
差押債権目録
金●●万円
債務者が、第三債務者から支給される、本命令送達日以降支払期の到来する下
記債権にして、頭書金額に満つるまで
記
1
給料(基本給と諸手当。ただし、通勤手当を除く。)から所得税、住民税、
社会保険料を控除した残額の4分の1(ただし、上記残額が月額44万円を
超えるときは、その残額から33万円を控除した金額)
2
賞与から1と同じ税金等を控除した残額の4分の1(ただし、上記残額が
44万円を超えるときは、その残額から33万円を控除した金額)
なお、1、2により弁済しないうちに退職したときは、退職金から所得税、
住民税を控除した残額の4分の1にして、1、2と合計して頭書金額に満つ
るまで
以上
2 差押えの方法
給料債権の差押えは、他の債権差押命令申立事件と手続きは同じであるため、そ
の方法自体は割愛する。
3 仮差押えの活用
給料債権から債権を回収する場合には、仮差押えをすることが有用である。
すなわち、仮差押えがかかると、第三債務者に通知が行くと、第三債務者である
債務者の勤務先は、給料債権の支払いに際し、事前に債務者に支払うべき金銭を計
算し、誤りのないよう毎月計算して取り置きしておかなければならず、勤務先の会
計担当の仕事を増やすこととなる。
これによって、債務者が勤務先より、早期に債務を支払うよう急かされ、親族や
50
金融機関からの借り入れにより返済をすることもある。
このように、事前に債務者の勤務先がわかっているのであれば、訴訟を提起する
までもなく債権回収が図れる可能性があり、事前に勤務先を調査しておく必要性が
より高まることとなる。
4 第三債務者の虚偽の陳述書
債権の差押や仮差押えの申立ての際、第三債務者への陳述催告の申立てを行い、
第三債務者に差押債権の有無や支払意思の有無を確認するのが通常であるが、第三
債務者の陳述書において、「債務者を雇い入れていない」などと言った虚偽の陳述
書が提出される可能性がある。
この際、第三債務者が、故意または過失により、催告書を提出しない又は不実の
陳述をした場合には、債権者は、第三債務者に対して、それにより被った損害をに
つき損害賠償請求ができる(民事執行法147条2項)。
そこで、第三債務者が明らかに虚偽とわかる陳述書を請求した場合には、債権者
としては、①取立訴訟、②損害賠償訴訟を選択することとなる。この訴訟の中で、
債務者が第三債務者で雇用されていることの立証責任は、債権者側にあるものの、
第三債務者が反証の中で、陳述書と同様の事実を立証することが考えられるため、
その中で第三債務者の陳述が虚偽であることが明らかになる可能性がある。
また、訴訟を提起する前提として、第三債務者に損害賠償請求を内容とする内容
証明郵便を出し、第三債務者に対する訴訟をする姿勢を見せることにより、第三債
務者が争いに巻き込まれることを嫌い、真実を明らかにすることも考えられる。
以上より、第三債務者が虚偽の陳述書を提出した場合には、第三債務者に、損害
賠償請求ができる制度があることを理解してもらうことにより、虚偽の陳述を提出
する可能性がある。
以上
51
Ⅶ
債権回収における生命保険その他の債権の調査と執行
担当:南 史人
第1 債権回収における生命保険の有用性
債務者の生命保険契約の有無やその内容等は、手間と費用をそれほどかけずに、
網羅的に調査をすることができる一方、仮に生命保険契約を締結していた場合には、
生命保険からある程度まとまった額の回収が期待できる。
個人に対する債権の回収において、生命保険は有用な手段である。
第2 生命保険契約の調査方法
1 依頼者からの聞き取り
依頼者が、債務者がどの会社の生命保険に加入しているかを知っている場合には、
言うまでもなく、依頼者からの聞き取りが最も簡便な調査方法である。
もっとも、依頼者が、債務者の生命保険の加入の有無等を知っているケースは極
めて稀であると思われるため、現実的な調査方法とは言い難い。
2 一般社団法人生命保険協会に対する弁護士会照会
一般社団法人生命保険協会の事務局長あてに弁護士会照会をすることにより、当
該協会に加盟している各保険会社から回答を得ることができる。
平成 26 年7月1日時点で計 43 社が当該協会に加盟しており、債務者と生命保険
会社との生命保険契約の有無等について、網羅的に調査することができる。
費用も、弁護士会照会1件分である。
手続的にも費用的にも、非常に効率的で、効果的な調査方法である。
(照会事項の例)
①債務者と生命保険協会に加盟している各生命保険会社との保険契約締結の
有無
②契約締結している場合は、契約日、保険の種類、保険証券番号、保険期間、
保険金額、被保険者、保険金受取人、保険金支払日、差押えの有無など
3 各保険会社に対する弁護士会照会
債務者が契約している生命保険会社が判明している場合には、当該保険会社に対
し、弁護士会照会をすることにより、保険証券番号など保険契約の詳細な内容を知
52
ることができる。
第3 執行の際の留意点
1 執行の対象として考えられる債権
債務者と保険会社との生命保険契約に基づく債権として、以下の3つが考えられ
る。
①生命保険解約返戻金請求権
②配当金請求権
③満期金請求権
2 差押債権目録における生命保険契約の特定の程度
債権差押命令の申立てをする際、対象となる保険契約を特定するためには、原則
として、保険証券番号、契約日、保険の種類、保険期間、保険契約者、被保険者等
の記載が必要である。
生命保険解約返戻金請求権差押命令申立(配当金請求権および満期金請求権とと
もに差し押さえる場合)の差押債権目録の記載例は以下のとおりである。
差押債権目録
金●●万円
債務者が、下記生命保険契約に基づき、第三債務者に対して有する、本
命令送達日以降支払期の到来する①配当金請求権にして、支払期の早いもの
から頭書金額に満つるまで。①により完済されないうちに契約が中途解約さ
れた場合には、
②解約返戻金請求権にして①と合計して頭書金額に満つるま
で。①により完済されず、かつ、中途解約されないうちに契約が満期を迎え
た場合には、③満期金請求権にして①と合計して頭書金額に満つるまで
記
保 険 証 券 番 号
●●―●●
契
日
平成●年●月●日
類
●●保険
種
約
53
保
険
間
●年
保 険 契 約
者
債務者
被
者
●●
保
期
険
もっとも、東京民事執行センターにおいては、債権者が保険証券番号等を特定す
ることが困難な事情がある場合には、保険契約者(債務者)の氏名、生年月日を明
示し、かつ、「ただし、同種の保険契約が数口あるときは、保険証券番号の最も若
いもの」と記載して差押えの対象となる生命保険契約を1つに限定する方法によっ
て、差押えの対象を特定することが認められている。
その場合の差押債権目録の記載例は以下のとおりである。
差押債権目録
金●●万円
債務者(●年●月●日生)が、下記生命保険契約に基づき、第三債務者
に対して有する、本命令送達日以降支払期の到来する①配当金請求権にして、
支払期の早いものから頭書金額に満つるまで。①により完済されないうちに
契約が中途解約された場合には、②解約返戻金請求権にして①と合計して頭
書金額に満つるまで。①により完済されず、かつ、中途解約されないうちに
契約が満期を迎えた場合には、③満期金請求権にして①と合計して頭書金額
に満つるまで
記
種
類
●●保険
保 険 契 約
者
債務者
ただし、同種の保険契約が数口あるときは、保険証券番号の最も若いもの
3 簡易生命保険に基づく解約返戻金に対する差押えの可否
簡易生命保険の場合、平成3年4月1日以降の契約に基づく解約返戻金について
は差押可能であるが、それ以前のものについては、差押えが禁止されているため(簡
54
易生命保険法の一部を改正する法律附則2条5項、改正前の簡易生命保険法 50 条)、
注意が必要である。
4 差押命令を得た後の解約返戻金の取立て
生命保険契約に基づく解約返戻金請求権は、生命保険契約を解約しなければ発生
しないため、生命保険契約を解約した上で、解約返戻金の支払いを求めることにな
る。
債権者は、取立権の行使として、債務者の有する解約権を行使することができる
と解されている(最判平成 11・9・9)
。
なお、生命保険契約の解約請求や解約返戻金の支払いを請求するに際して、それ
ぞれの保険会社ごとに社内手続のための所定の書式や必要書類が定められている
こともあるため、それぞれの会社に直接確認した上で、各種の手続きを行う必要が
ある。
55
電話加入権の調査と執行
第1 債権回収における電話加入権の有用性
現在、電話加入権の価値は非常に低いため、電話加入権への執行は効果がないと
思われがちであるが、当該電話番号が使用できなくなることをきらってか支払いが
なされる例もある。
債務者が、電話を営業に使用しているなど、電話番号を変更したくないような事
情がある場合には、有効に機能することもある。
第2 調査方法
電話加入権の差押命令申立書には、電話番号、電話加入権を有する者の氏名およ
び住所、電話設置場所を記載し(民事執行規則 146 条1項)、これらを証明するた
め、電話加入権原簿記載事項証明書を添付する必要がある(民事執行規則 146 条2
項)ことから、これらの情報および証明書を入手する必要がある。
1 債務者の電話番号の把握
依頼者からの聞き取りが有効である。依頼者が、債務者と電話でやりとりをして
おり、債務者の電話番号を知っていることも多い。
また、電話帳による調査も考えられる。
2 その他の情報の取得
電話加入権を有する者(債務者)の住所、電話設置場所の情報を、依頼者が知っ
ていれば、依頼者から入手する。
また、NTT に弁護士会照会をすることにより、これらの情報を取得することも可
能である。
3 電話加入権原簿記載事項証明書の取得方法
まず、
「116」に電話をして、証明書発行の申請書を郵送してもらう。
申請書に、証明してほしい事項(電話番号、電話加入権を有する者の氏名および
住所、電話設置場所)を記載して、返信用封筒にて返送する。
申請書の記載事項と NTT の持っている情報が一致していれば、証明書が郵送され
る。
手数料は、1部につき 324 円である。
56
なお、東京地裁民事執行センターでは、申し立てから1ヶ月以内のものを提出す
るよう求められるようである。
第3 執行の際の留意点
1 換価手続
権利の性質上、取立てや転付命令はあり得ないため、通常、譲渡命令または売却
命令によることになる。
2 剰余の見込みがない場合の措置
電話加入権の価額は、取引市場の相場から、未払電話料金と電話撤去費用等を差
し引いた金額である。この金額が、優先債権及び手続費用の合計額に満たないとき
は、無剰余となる。近時は、電話加入権の相場が下落しているため、ほとんどの場
合が無剰余である。
東京地裁民事執行センターでは、無剰余であることが見込まれる場合には、差押
債権者に対して無剰余であることを通知し、差押債権者が1週間以内に剰余が生じ
ることを証明しない場合は、売却命令または譲渡命令を却下する扱いがなされてい
る。
3 譲渡の承認
電話加入権の譲渡は、NTT の承認を得なければその効力が生じない(電気通信事
業法附則9条、旧公衆電気通信法 38 条1項)。したがって、譲渡命令によって譲渡
を受けた差押債権者は、NTT に対して譲渡の承認を請求することになる。その際、
譲渡命令正本及びその確定証明書(送達通知書でも足りるとされているようであ
る)を添付することにより、単独で譲渡承認の請求をすることができる。
57
ゴルフ会員権の調査と執行
第1 調査方法
1 依頼者または債務者本人からの聞き取り
依頼者または債務者本人やその友人等から、債務者がよく行くゴルフ場を聞き出
す。
2 ゴルフ場経営会社への弁護士会照会
債務者が会員権を有すると思われるゴルフ場を経営する会社に対し、ゴルフ会員
権の有無、種類、会員番号、預託金証書表示金額等を弁護士会照会する。
第2 執行の際の留意点
1 ゴルフ会員権の法的性質
会員制のゴルフ場は、その経営方式により、①預託金会員制、②株主会員制、③
社団法人制の3種類に分けることができる。実務上、申し立てられるゴルフ会員権
に対する強制執行のうち多いのは、①預託金会員制ゴルフ会員権であるため、以下、
これについて解説する。
預託金会員制のゴルフ場では、会員は入会金や預託金を払い込むことにより、ゴ
ルフ場の施設を優先的に利用することができる施設利用権(プレー権)を取得する。
よって、預託金会員制ゴルフ会員権は、預託金返還請求権、プレー権および年会費
等を納入する義務等を包含するゴルフ場経営会社に対する契約上の地位である。
2 差押命令の申立て
預託金制ゴルフ会員権は、預託金返還請求権とプレー権が不可分一体となってい
るものであるから、原則として、預託金返還請求権のみを差し押さえることはでき
ないと解されている。
差押えの申し立ての際、ゴルフ場の名称、会員番号、預託金証書表示金額を表示
するのが一般的である。
3 差押命令の効力
預託金制ゴルフ会員権の差押命令においては、債務者に対し、会員権の処分およ
び預託金の取立を禁止するとともに、第三債務者であるゴルフ場経営会社に対して
は会員権の処分についての承諾、名義書換および預託金の返還を禁止する。
58
差押債権者は、差押えの効力として、債務者に対し、ゴルフ会員権にかかる証書
(預託金証書等)の引き渡しを請求することができる(民事執行法 167 条1項、148
条)。
4 換価の手続
預託金制ゴルフ会員権の換価方法としては、売却命令または譲渡命令によること
になる。
譲渡命令または売却命令を発令するにあたり、評価人を選任してゴルフ会員権の
評価がなされるのが通常である。
59
知的財産権の調査と執行
第1 調査の方法
1 知的財産権の種類
知的財産権の種類として、主なところでは、特許権、実用新案権、意匠権、商標
権、著作権がある。
2 特許権、実用新案権、意匠権、商標権の調査方法
特許権、実用新案権、意匠権、商標権は、特許庁に申請をして、登録原簿に登録
されることによってはじめて発生するものであるため、その情報は全て登録されて
いる。
登録されている情報は、独立行政法人工業所有権情報・研修館が提供する「特許
電子図書館」というシステムにより、無料でネット検索が可能である。
3 著作権の調査方法
債務者が有している著作権は、文化庁の「著作権登録状況検索システム」により、
無料でネット検索が可能である。
ただし、著作権は、他の知的財産権とは異なり、登録が権利発生の要件とされて
いるわけではないことから、すべての著作権が登録されているものではない。よっ
て、債務者が有している著作権を登録していなければ、この方法で調査することは
できない。
第2 執行の際の留意点
1 差押命令の効力
差押えによって制限されるのは権利の移転等の処分だけであって、実施そのもの
が制限されるわけではないので、差押えの効力が発生した後であっても、特許権者
等は、特許発明の実施等を行うことができる。
2 知的財産権が共有にかかる場合
特許権、実用新案権、意匠権、商標権および著作権は、いずれも、共有にかかる
場合には、他の共有者の同意がなければその持ち分を譲渡することができない(特
許法 73 条1項、実用新案法 26 条、意匠法 36 条、商標法 35 条、著作権法 65 条1
項)。
60
他の共有者の同意なくして差押えまでは可能であるが、譲渡命令または売却命令
による換価ができないため、実務上は、差押命令の申立てに際し、他の共有者の承
諾書の提出が求められる。
3 換価の方法
知的財産権の換価は、譲渡命令または売却命令によりなされることになる。
譲渡命令または売却命令を発令するにあたり、評価人が選任され、知的財産権の
評価が行われるのが通常である。
なお、換価方法として、管理命令も取り得るが、管理の方法等未解明な部分が多
く、実務上は、ほとんど利用されていない。
以上
61
Ⅷ
財産開示制度の概要・問題点・提言
担当者:磯 雄太郎
※以下、民事執行法→民執、条文の項数→英数字、号数→○と表記する。
第1 制度創設の経緯
強制執行の申立は、原則として、執行対象となる債務者の財産を特定してしなけ
ればならないが、一般的に、債権者は、債務者の財産について十分な情報を持って
いないことが多い。
そこで、強制執行の実効性を確保する観点から、債務名義を得た債権者が債務者
の財産に関する情報を取得するために、財産開示制度が創設された。
※ドイツ、イギリス、アメリカ、韓国には、債権者の申立により債務者の財産を開
示させる制度がある。
第2 手続の概要
1 管轄
債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所(民執196)
2 申立をすることができる債権者
・債務名義を有する債権者
仮執行宣言付判決、仮執行宣言付支払督促、執行証書及び確定判決と同一の効力
を有する支払督促は除かれる。一旦債務者の財産に関する情報が開示されると、開
示前の状態に戻すことが難しくなるため、暫定的な判断及び執行回復が容易なもの
を除く趣旨。金銭支払を命ずる仮処分命令についても同様に除かれると解されてい
る。
・一般先取特権を有する債権者
3 申立手続
⑴ 書面での申立。
記載事項については、民執規182Ⅰ、Ⅱ、27条の2Ⅱ。
⑵ 申立手数料が1個の申立につき2000円かかる。同一申立人が複数の債務名
義に基づいて申立てる場合には 1 個の申立となり、債務者複数の場合には債務者
62
の人数分の個数の申立になる。
⑶ 添付書類
・執行力ある債務名義正本、一般先取特権を有することを証する文書。その他、
送達証明書、反対給付をしたことの証明文書等、一般的な執行開始要件を満たす
ことを証明する文書や、債権者の資格証明書、債務者の住民票等。
・財産開示をさせる必要性(民執197)の疎明資料(特に2号要件)
通常の調査を行ったことを裏付ける、不動産登記簿謄本、調査報告書等。
4 実施決定の要件
⑴ 執行開始要件の充足
債務名義正本の債務者への送達、確定期限の到来等。
一般先取特権者が申立人の場合には、被担保債権の履行遅滞。
⑵ 財産開示を行う必要性の充足(民執197)
・強制執行又は担保権実行における配当または弁済金交付手続において、申立人
が自己の請求債権の完全な弁済を受けることが出来なかったとき。
・債務者の知れている財産に対する強制執行または担保権実行を実施しても、申
立人が自己の請求債権の完全な弁済を得られないことの疎明があったとき。
⑶
過去3年内の財産開示手続において債務者等がその財産について陳述してい
ないこと(民執197Ⅲ)
ただし、例外あり(民執197Ⅲ①ないし③)。
5 実施決定・却下決定
⑴ 要件を満たせば実施決定、要件を欠いていれば却下決定。
なお、公示送達のような規定はないので、人定できないと却下となる。
⑵ 実施決定の債務者への送達(民執197Ⅳ)。期日指定と呼び出しが行われる。
期日における不出頭に対しては過料の制裁あり(民執206Ⅰ①)。ただし、
勾引等はできない。
⑶
開示義務者(債務者)は、期日指定の際に定められる期限までに、期日において
陳述の対象となる債務者の財産を記載した財産目録を執行裁判所に提出(民執規1
83)
。
東京地裁では、期日は実施決定確定の日から約 1 ヶ月後、目録の提出期限はそ
の10日程度前。
⑷ 取下げ、手続停止・取消、債務者の倒産処理手続の開始、債務者の死亡。
63
6 財産開示期日における陳述義務
⑴ 開示義務者
原則として債務者本人(法定代理人または法人である場合の代表者になる場合
あり(民執199)
)
。自ら出頭し、宣誓の上陳述する。
⑵ 陳述すべき財産の範囲(民執199Ⅱ)
期日における陳述時点を基準に、その有する積極財産について強制執行または
担保権実行申立をするのに必要となる事項等(民執199、民執184、99)
。
差押禁止財産である生活必需品や債務者の生活に必要な1か月間の食料等に
ついては、陳述の必要なし。
⑶ 陳述義務の一部免除
・申立人が同意した場合
・一部開示により申立人の債権の完全な弁済に支障がなくなったことが明らかに
なった場合
⑷ 虚偽の陳述については過料の制裁あり(民執206Ⅰ②)。
7 財産開示期日における手続
⑴ 陳述前に宣誓(民執199Ⅶ)。拒んだ場合には過料(民執206Ⅰ①)。
方式は民訴の証人尋問の規定が準用(民訴規112ⅠないしⅣ)
。
⑵ 執行裁判所は、開示義務者に対する質問権を有する(民執199Ⅲ)。
申立人も、執行裁判所の許可があれば質問できる(民執199Ⅳ)。
8 開示された情報の保護
⑴
期日に関する記録については、閲覧請求権者が、申立人、申立資格を有する他の
債権者、債務者、開示義務者に限定(民執201)
。
⑵ 目的外利用の制限(民執202)
第3 運用実態
1 財産開示申立件数
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(データ出典元:裁判所司法統計)
制度創設以来、1年あたり800件から1200件ほどの利用にとどまっており、
僅少な利用件数といえる。
※ちなみに、参考としたドイツの財産開示制度については、年間100万件以上、
韓国の「財産明示制度」においても年間12万件以上もの利用件数がある。
2 日弁連「財産開示手続のアンケート」
(平成20年実施、回答数1010件)
⑴ 実施結果
・過去三年間で手続を利用したと回答したもの
34パーセント
・手続を利用したと回答したもののうち、
開示義務者が期日に出頭したと回答したもの
51パーセント
・開示義務者が期日に出頭したと回答したもののうち、
開示義務者から虚偽の開示を受けたとの回答したもの
13パーセント
開示すら受けていないと回答したもの
40パーセント
・手続を利用したと回答したもののうち、
今後は手続を利用しないと回答したもの
53パーセント
⑵ 結果から言えること
手続を利用したとしても、①期日に出頭するかもわからず、②出頭したとして
も財産開示を受けられないか、あるは虚偽の開示をうける可能性がある。
→手続の実効性がなさ過ぎる。実際、今後財産開示を利用しないと回答した理由
65
のうち、
「効果が期待できないから」という理由が74パーセントを占めている。
⑶ このような実態となった理由
・不出頭、陳述拒絶、虚偽の陳述に対する制裁が30万円の過料(民執206)に
とどまること。
・再施制限(民執193Ⅲ)があること。
→申し立てされたとしても、30万円の制裁を甘受しさえすればよい、ということ
になる。
⑷ その他財産開示制度の問題点
・債務名義の種類が狭く限定されている。
・執行不奏功要件の存在。
・陳述が求められる財産の範囲が、期日の時点における積極財産に限定されている
こと。
第4 財産開示制度の効用
1 示談のきっかけ
出頭した債務者との間で話し合いを持つ事ができる可能性がある。実際、示談に
応じてくる債務者もいるようである。
ただし、債務者が出頭することが前提となる。出頭強制がない以上、期待度は低
いのでは…
2 心理的圧力をかける手段
これも和解狙いの手段。1記載のとおり、申し立てにより和解に応じてくる債務
者も存在する以上、心理的に圧力をかける手段にはなっている側面がある。
※いずれにしろ、制度の効果として回収につながるケースは少ないのではないか。
第5 制度改善に向けた方策
1 刑事罰による制裁の実効性確保
日弁連の「財産開示制度の改正及び第三者照会創設に向けた提言」
(以下、
「日弁
連提言」という。
)は、虚偽陳述についてのみ100万円以下の罰金刑を科すこと
とすべきとする。
2 再施制限の廃止
66
一度提出した財産目録が3年間有効というのは、硬直的すぎる。
また、仮に開示義務者が不出頭であったり陳述拒絶したりしても、近い時期に再
度の申立が可能になり、これはこれで不出頭や陳述拒絶に対する制裁になりうる。
3 過去の財産処分についての開示義務
債務者において詐害的な行為により財産の隠匿を図る可能性があるが、陳述時点
における財産について開示義務を認めるのみでは、かかる詐害行為の探知にはつな
がらない。
→日弁連提言は、過去3年以内の不動産の譲渡、債務者と緊密な関係にある者(一
定範囲内の親族、法人の代表者等)に対する不動産以外の財産の有償譲渡、債務者
が行った無償給付であって安価な慣習上の贈与と言えないもの(お中元等は除かれ
るという趣旨)についての開示義務を認めるべきとする。
4 財産開示手続違反者名簿の創設
名簿に登載され、一般の閲覧に供されることで、手続違反者に不利益を課し、手
続遵守への間接強制的機能を発揮させるという趣旨。
※ドイツ、韓国では、名簿制度の他、手続違反者に対する身体拘束という強力な制
裁がある。
第6 第三者照会制度等、周辺制度の創設
1 制度趣旨
種々の執行制度を独立に設けるだけでは債権回収の実効性はあがらず、執行制度
を実効的なものとするための情報照会、情報探知の手段を設ける(預金情報、不動
産情報等。
)
。
→23条照会も、弁護士会が運営する者である上、回答拒否に対する制裁がないた
め、実効性が高いとはいえない。
2 日弁連が提言する制度内容
照会主体を執行裁判所とした上で、
① 債権者の申立により、官庁、公署、銀行、信託会社、証券会社、債務者の使用
者に対し、送達前2年にさかのぼり、不動産、預貯金、信託財産、株式、収入
等の照会を認める。
② 照会を受けた第三者は回答義務を負い、正当な理由のない不回答または虚偽の
回答に対しては30万円以下の過料を科す。
67
③ 執行裁判所に対する、申立人への照会結果の通知の義務づけ。
④ 執行裁判所に対する、③から一定期間後の債務者への照会結果の通知の義務づ
け。
⑤ 照会により得た情報の目的外利用の禁止。
以上
〈参考文献〉
・深沢利一著・園部厚補正
「民事執行の実務(下)」
・浦野雄幸編 「第六版 民事執行法」
・日本弁護士連合会 「財産開示手続のアンケート結果の分析の御報告」
・日本弁護士連合会 「財産開示制度の改正及び第三者照会制度創設に向けた提言」
(2
013年6月21日)
・裁判所司法統計
68