コンピュータビジョンによる空間の情報化 ~居住者の安全避難誘導を目的とした室内危険空間の自動認識~ 指導教員 岡田成幸教授 久保 あすか 1.はじめに 建築を舞台とするステイクホルダーどう まず事前に、室内区間を 3 次元環境地図として、ま しの円滑なコミュニケーション達成に空間の情報化は た設置家具を静態的オブジェクトとしてコンピュータ 不可欠であり、最大の関心事でもある。関わる観測量 上に情報化しておく必要がある。システム利用者は建 に熱・音・光など、またそのための計測方法が種々開 拓されている中で、空間尺度の基本は長さであり、古 築や IT に不慣れな場合が多いことに配慮し、CCD カ メラからのスクリーンキャプチャー画像をマウスクリ くはレオナルド・ダ・ヴィンチの人体図による身体ス ックによる簡単操作でコンピュータ上に空間位置情報 ケールやル・コルビュジェのモデュロールによる級数 化が行えるように工夫した。また、1点透視図法を応 26 計測の提案があるが、計測機器は“物指し”であり、 用し室内の 3 次元表現と家具スケールの自動認識アル 測定は一過性である。ここに新たな計測技術の可能性 ゴリズムを実装した。 を提案する。すなわち、3次元空間を CCD カメラに より2次元座標として取り込み情報化することで、長 (2) 危険/安全領域の峻別と空間マーキング 室内空間を地震の揺れに伴う家具転倒で浸潤される さと相対位置の常時モニタリングを可能ならしめる。 危険領域と転倒から保護される安全領域とを峻別する 本論では地震時における家具転倒等に伴う居住者負傷 必要がある。家具のアスペクト比に着目した転倒率簡 危険空間を空間危険性として情報化し、気象庁による 易推定式は金子¹⁾を基本とするが、緊急地震速報は震 緊急地震速報と連動する避難誘導システムを具体的応 度情報 I のみ提供されるので、最大床応答加速度 Af と 用例として実現する。 緊急地震速報の一般配信が始まり、これまでの地震 I との関係に河角 2)を、最大床応答速度 Vf と I との関係 に Muramatu3)を代入し整理すると、 式(1)が誘導できる。 (1) R ( I ) = α ⋅ φ (( β ( I ) − λ ) / ζ ) 対策、 いわゆる事前対策や事後対応とは一線を画す “最 中対策”の可能性が開かれた。本システムは緊急地震 速報が与えてくれる 10 秒前後の極短時間の猶予時間 を有効に使って安全な避難誘導をサポートするもので Fb = 15.6 / H ⋅ (1 + D / H ) −1.5 起動 λ・標準返済ζ(0.58 固定)の累積正規分布関数、αは 以下のハードウェアとソフ トウェアから構成される。 3 次元環境地図作成 ことにあるため映像信号処 理による方法を採用し、近 家具オブジェクトの情報化 危険 / 安全領域の峻別 空間マーキング を応用することを試みる。 室内環境及び居住者の行動 ・位置を把握する監視セン サーに CCD カメラをハー ドウェアとして想定し、今 回は試行版として、動画キ ャプチャが最大 1280×960 [Hz]、Fb は家具の境界振動数[Hz]である。以上のよう に家具アスペクト比と震度のみで家具の転倒確率が求 められる。誘導した式(1)をグラフ化し図 2 に示す。図 よりアスペクト比が小さいほど震度に対する転倒確率 年 IT 分野での発展が著しい コンピュータビジョン技術 床と家具とのすべり摩擦係数(0.8 固定) 、D/H は家具ア スペクト比、g は重力加速度、Ff は床応答等価振動数 システムへの要求は室内空 間全体を時刻歴で追跡する (4) ここに、β(I)は剛体への入力最大加速度、Φは平均 居住者の動態・位置把握 安全空間への居住者誘導 終了 図 1 システムの全体フロー ピクセルのウェブカメラ Qcam S 5500( ロジクール社) を採用した。そのビデオ出力信号を処理するため以下 の 4 つの働きをするソフトウェアを新たに開発した。 が大きくなっていることが分かる。 家具の転倒率[%] ある。 2.全体構成 本システムは D / H ⋅ g ⋅ (1 + D / H ) at Ff ≤ Fb ⎧ (2) e λ = AR =50 = ⎨ 2.5 10 D / H ( 1 D / H ) 2 π F at F F ⋅ + ⋅ > f f b ⎩ (3) Ff = Af /(2πV f ) 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 4 5 6 震度 D/H=0.20(例:本棚) D/H=0.28(例:タンス) D/H=0.41(例:液晶テレビ) 7 8 D/H=0.21(例:食器棚) D/H=0.4(例:冷蔵庫) D/H=1.6(例:ブラウン管テレビ) 図 2 アスペクト比別の家具転倒確率 家具転倒領域を危険空間とし転倒確率により危険の システム起動イメージのフローを図 1 に示す。 程度をコンピュータ画面の床面にマーキングする。別 (1) 3 次元環境地図と家具オブジェクトの情報化 途、家具転倒に伴う人的負傷度(Insury Severity Score) Architectural Space Informatization with Computer Vision Technology-Automatic recognition of the indoor risky space aiming at active evacuationAsuka KUBO を算出しており 4)、重症/軽症(数値が 3 以上/3 未 避行動支援が検討されている。制御系の実用化は高速 満)で家具フレームの表示色を赤色/黄色に変える。 (3) 居住者の動態把握と位置把握 交通の緊急停止等において進んでいるものの、危険回 避行動支援においては個人の事前訓練対策にとどまっ システム動作時において CCD カメラからのビデオ ている( 「緊急地震速報の本運用開始に係る検討会」に キャプチャ画像に背景差分法と Camshift 法を併用し動 おける平成 18 年 5 月の中間報告) 。大きな揺れがくる 態としての人間抽出が自動的に行われる。同時に、動 までの猶予時間が仮に1秒しかなかったとしても、本 態映像の床面との設置点を自動探索し居住者の位置情 システムが稼働していれば、 危険状態を事前に通知し、 報を得る。 (4) マーキングされた安全空間への居住者誘導 安全領域への移動を促してくれる。そこに居住者の判 断を持ち込む必要はない。コンピュータによるサポー 居住者の位置が危険領域と重なった場合危険と判断 トはこのような緊急時にこそ真価を発揮してくれるも し、音声による避難誘導を行う。試行版では、転倒率 のだと思っている。最近発生した新潟県中越地震のよ 30%以上の領域にいるとき、 「そこ、すごく危険です。 」 、 うな内陸直下地震では、緊急地震速報が伝わったのは 転倒率が 0%より大きく 30%未満のとき、 「そこ、危険 -2 秒(すなわち揺れが来てからの通報)であり、そ です。 」 と人工音声によりコンピュータが音声誘導を行 う。CCD カメラによる動態監視は常時行っているが、 の有用性について疑問が投げかけられている。その対 応策としてフォワードリアルタイムネットワーク等の 音声誘導は日常生活では不要なため、緊急地震速報に 新たな提案がなされている。リアルタイム防災(最中 連動して起動するしくみとする。居住者はその音声誘 防災)の有効性に期待しての提案であるが、猶予時間 導に従い、 転倒領域を避けて避難移動することになる。 1~2秒という極短時間での適正対応がシステム正否 3.開発プログラムの操作 以上のシステム動作を個々 の鍵を握る。本提案のような誘導システムの意義が理 の住宅で可能とすべく、コンピュータ上にソフトウェ アプログラムを構築した。操作はコンピュータ画面上 解できよう。また室内を映した CCD カメラの 2 次元 情報が自動的に 3 次元情報化されることで、室内環境 に操作パネル(Form)が映し出され、そこに表示され を時間軸で常時把握できる本システムの Structural ている操作方法に従い、基本的にコントロールボタン Health Monitoring としての発展性も期待できる。 を上から順にクリックしていくと、操作が行えるよう にデザインした。 (図 3 参照) 図 3 Form での操作イメージ 4.動作事例 以上の操作により、人間抽出した時のビ デオキャプチャ画像(ウェブカメラによる通常の動 画:図 4 左)、人間抽出画像(黒背景画像に人物のみ白 画表示:図 4 中)、人の軌跡を含む転倒領域画像(図 4 右)が動画でリアルタイム表示される。図 4 はそれらを 静止画に落としサムネイルで示したものである。 キャプチャ画像中の人間が、人間抽出画像において 図 4 システム作動時のサムネイル 抽出されているのが分かる。そして、転倒領域画像中 に人間の足の位置が表示されている。ここで足の位置 を表す点が転倒領域に入っている時、足跡の色が変わ り、音声警報が流れる。 ■ 参考文献 1)金子美香:地震時における家具の転倒率推定方法、日本建築学会構造系論文集、第 551 号、pp.61-68、2002. 2) 河角広:震度と震度階(続)、地震、15、pp.6-12、1943. 3)Muramatu,I:Expectation of maximum velocity of earthquake motion within 50 years 5.おわりに 緊急地震速報を一般世帯に有効活用する throughout Japan Sci.Rep.Gifu Univ.,3, 470-481,1993 4)岡田成幸、中嶋唯貴、青木俊典: ためのひとつの案として本システムを提案した。現在 解剖学的外傷重傷度指標の導入による地震時人体損傷評価、日本建築学会東海支部研 緊急地震速報の活用方策として自動制御系と、危険回 究報告集、第 47 号、2008.
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