(配布資料) 資料1 九段南一丁目のまちづくりについて(千代田区) 資料2

(配布資料)
資料1
九段南一丁目のまちづくりについて(千代田区)
資料2
九段会館の歴史継承方針(案)(一般財団法人建築保全センター)
資料2
九段会館の歴史継承方針(案)
九段会館の歴史継承方針(案)
九段会館は、改正遺族会法に基づき、国が民間事業者に対して、土地の合理的かつ
健全な高度利用と都市機能の増進に資する建物の所有を目的として、貸し付けること
が法律で求められており、民間セクターが整備の主体となって開発を行うことが予定
されている。他方で、改正法に対して「建物の保存、外観の活用等の歴史継承に努め
る」旨の附帯決議が付されていることや、九段会館は千代田区において景観上重要な
位置付けとされていることを踏まえ、敷地の高度利用を図りながら九段会館をできる
だけ後世に伝えるために何を優先して守るのかという明確な方針が求められている。
このため、平成 27 年 10 月から 12 月にかけて建物や歴史的価値の調査を実施し、
建築当初の実態とその後の履歴、建設の経緯や設計者の設計思想などの建築の歴史的
価値や、歴史的景観を形成している建物としての景観財としての価値を明らかにした
ところ。
かかる調査結果を踏まえ、まずは後世に伝えるべき価値の位置づけと所在を以下に
整理することによって、これを継承する社会的意義を認識し、本検討委員会として何
をどのような手法で継承すべきと考えるのかの歴史継承方針を導き出すこととする。
1.歴史的価値の所在
(1)建築様式の歴史的価値
九段会館は建設に際して競技設計(コンペ)が行われ、その 1 等当選案(小野武雄)
をもとに、伊東忠太の監修、川元良一の設計で昭和 9(1934)年 3 月に竣工した、鉄骨
鉄筋コンクリート造地上 4 階地下 1 階建て、延床面積 4,370.523 坪(竣工時)の建物であ
る。
この建物は、大正末期から昭和初期にあいついで実施された、記念建造物の外観意
匠を求めた大規模コンペの一例として近代建築史上よく知られるもので、そのデザイン
は、俗に「帝冠様式」と呼ばれる、コンクリート造の建物に瓦葺きの勾配屋根を塔屋とパ
ラペットに冠したものである。
記念建造物の設計手法としてまだ命脈を保っていた歴史主義に、当時流行していた
アール・デコやモダニズムの意匠を組み込んだもので、昭和初期の設計のやり方をよく
示すものとして評価すべき建物と言える。
昭和 5(1930)年に実施された競技設計の際に応募者に示された「設計心得」では、
「五、建築ノ様式ハ随意ナルモ容姿ハ国粋ノ気品ヲ備ヘ荘厳雄大ノ特色ヲ表現スルコ
ト」が求められていた。つまり、主催者は記念建造物を望んでおり、応募者もそして実施
設計の担当者も、それを前提に歴史主義をベースとして設計したわけである。そして、
その具体的な表現として、当時のこの種のコンペの当選案の定番のモチーフであり、日
本の独自性を表す伝統的要素と見なされた、瓦葺きの勾配屋根を適用したと考えられ
る。
1
これらの特徴は、特に北東側となる九段下交差点からの景観によく表れており、後述
するように景観財としても北側及び東側の外観が重要である(写真 1、図 1)。
写真 1 九段下交差点からの外観
図 1 配置図
2
(2)外装の歴史的価値
この建物は、講堂や宴会、事
務、宿泊のそれぞれの機能に対
応するために、玄関を図 1 に示
すように北(講堂・宴会用)
、北
東(事務用)及び南東(宿泊用)
に設け、それらの玄関部の立面
の中間層を縦に貫くように大き
な柱型を配して、縦長の目立つ
要素としている(写真 2)
。これ
らの玄関まわりには、鬼面装飾
や飾り窓(北側玄関上部)、玄関
扉の装飾などが認められ、この
建物を特徴づけている。
中間層を抜く
大きな柱型
写真 2 北側玄関の外観
また、三層構成にした立面の中間層に大きめのスク
ラッチ・タイルを一列おきに突出させて張り、立面に
水平方向の凹凸をつけて力強さを感じさせる表現にし
ている(写真 3)
。それは、縦長の柱型の垂直性との強
い対比をつくり出し、立面に緊張感を与えている。玄
関部の柱型と、スクラッチ・タイルの凹凸の帯状パタ
ーンによる、垂直性と水平性の対比の強調が特徴的で
あり、立面に力強さと荘厳な印象を与えることに成功
している(写真 4)
。
写真 3
スクラッチタイル
垂直性と水平性
の対比
写真 4 北東側の外観
3
また、南西の立面に配された、鉄骨製のテラス(3 階・4 階)や避難階段のシン
プルなデザインなどにはモダニズムの影響が見受けられ、当初のものとして建築
史的価値が認められる。
(3) 内部空間の歴史的価値
昭和 32(1957)年以降、九段会館として事業を運営するために、多くの部屋が
宿泊室や宴会場への改装を受けているが、1階玄関ホール、1階から4階まで吹
き抜けのホール、2階の応接室・役員室、3階・4階吹き抜けの宴会場(真珠)及
び北東・北西角の階段は、床、壁、天井の仕上げ及び装飾等の大部分が、創建当
時のまま保存されており、当時のデザインの特徴をよく示すものとして貴重であ
る(写真 5、6)。
内装でもっとも注目されるのは2階北東隅の応接室・役員室(旧貴賓室)であ
る。和洋折衷の意匠でまとめられており、鳳凰をモチーフにした大ぶりの金属製
扉飾りや天井の格間、アール・デコ風の暖炉前飾り、床の寄木張り、暗赤色のマ
ット面に斜線のモチーフが配された腰壁タイルなど、高い職人芸による内装であ
る(写真 7)。
一方、2階の宴会場(鳳凰)には二・二六事件の際に戒厳司令部が置かれてお
り、当時の内装は失われているものの、史実を伝える部屋として貴重なものであ
る。これらの部屋には歴史的価値が認められるところであるが、ホールについて
は、当時では最新の音響計画が採用されていたものの、東日本大震災において壁
及び天井の一部が崩落し、現在は危険な状態である。
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現状
創建時
1階玄関ホール
1~4階ホール
2階応接室・役員室
写真 5 内部空間(1)
5
創建時
現状
3階宴会場(真珠)
北西階段室
写真 6 内部空間(2)
暖炉
扉の装飾
写真 7 応接室・役員室の装飾等
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(4)石碑等の歴史的資源
本敷地は、江戸時代には武家地であったものが明治初期に国有地になり、靖國
神社の権殿用地になったことから、同地北側に陸軍関係の石碑や遺物が置かれた
という歴史がある。
そのうち、
「軍人亀鑑碑」
、「西征陣亡陸軍士官学校生徒之碑」、「楠公記念楠」、
「表忠碑」
(西南戦争の忠魂碑)
、
「弥助砲」が現存し、また、当該敷地北西隅から
貝塚などが出土したことを記念する「貝塚碑」があるほか、楠の大木があり、土
地のシンボルツリーとなっている。
建物屋上には、創建時に昭和天皇が行幸され周囲を展望されたことを記念する
「天皇陛下御展望所の碑」のほか、
「乃木大将の詠草碑」が設置されている。
なお、北側屋上には、創建時に設置され、そのまま九段会館に引き継がれた「護
国神社」の社が存置されているが、御魂は既に遷座されており、神社としての実
質は有しておらず、またこれとは別に「権殿」と称する仮宮が設置されていたと
の記録があるが、既に基礎も含めて撤去されている。
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2.地域の景観財としての価値
(1)歴史的景観
建設に際して行われた競技設計の応募要項第 9 条では、
「透視図ニ於ける画面
「ピクチュアープレーン」ハ建物ノ北北東隅ニ接シ且ツ正面ト 45 度ノ角度ヲ保タ
シメ其ノ視点ハ建物ノ北北東角ヨリ 250 尺ノ距離ニシテ其ノ水平線ハ地盤面上高
12 尺ノ位置ニアルモノトス」と指定されていた。そこには、北東側すなわち九段
下交差点側からの建物の姿が見せ場になるという主催者の意図が感じられる。
この意図にしたがって作成された透視図を図 2 に示す。
創建時から九段下交差点付近からの景観が重視されたことに加え、田安門付近
から牛ヶ淵を隔てて臨む姿あるいは内堀通りの姿は、竣工後 80 年余を経て、歴史
的にこの地の景観を形成する重要な要素となってきたものと言える。
図 2 1等当選案透視図
(2) 九段下地区の地域特性
皇居を中心とする緑・水・石垣などの景観は、昭和 8(1933)年に日本の美観
地区第1号に指定され、首都東京の顔として重要視されてきた。その中で、本建
物は、千代田区景観まちづくり条例によって、景観まちづくり重要物件第 1 号と
して指定されている。
本敷地周辺は、千代田区景観まちづくり条例に基づき千代田区景観マスタープ
ランが定められ、具体的には千代田区美観地区ガイドプランにおいて九段・竹橋
とその周辺地区の景観方針として、①水辺のランドスケープ、②濠端の連なる空
間、③歴史を刻む坂、④歴史にふれる水辺というキーワードが示されており、良
好な景観形成とあわせて水辺の歩行者ネットワークの形成や内堀通りからお濠へ
の親水性を高めることなどが求められている。
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また、本建物については、ランドマーク性の継承及び眺望に関する景観の視点
場として、牛ヶ淵、清水門、九段下交差点及び田安門前交差点からの景観が重要
となっている(図 3、写真 8)。
図 3 九段会館周辺の視点場
牛ヶ淵からの景観
清水門からの景観
九段下交差点からの景観
田安門交差点からの景観
写真 8 各視点場からの景観
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3.歴史継承の意義(なぜ九段会館を保存するのか)
以上の、歴史的価値や都市景観上の価値の整理を踏まえ、九段会館の歴史や建築物
の継承を行うことには以下のような社会的意義がある。
① <昭和初期の時代性を表現する建築物としての希少性>
歴史主義に、当時流行していたアール・デコやモダニズムの意匠を組み込ん
だもので、昭和初期の時代性が強く反映されている記念建造物である。
② <九段下の景観のシンボルとしての重要性>
九段下の風景を長く形成してきた景観財としての価値が認められる。
③ <日本の現代史の舞台となった歴史性>
二・二六事件の際に戒厳司令部が置かれ、戦後は一時、連合国軍総司令部(G
HQ)に接収されるなど、日本の現代史の節目の舞台となってきた。
上記の歴史継承の意義を実現するにあたっては、歴史的価値はオリジナルに宿って
いることを踏まえ、歴史的価値が認められる範囲の外装、内部空間とその部材をでき
る限り保存すること、復原はできるだけオリジナルに忠実に行うことを意識し、以下
に具体的な指針となる歴史継承方針をとりまとめる。
4.歴史継承方針(案)
今後、国が高度利用等に資する建物の所有を目的として民間事業者に対し当該土地
を貸し付ける際は、この歴史継承方針に従った保存・整備が実施されることが適切で
ある。
(1) 保存、復原的整備を判断する基本的考え方
九段会館は民間事業者が事業性を確保しながら活用することが想定されるため、
施設として使用しない凍結保存ではなく、利用するにあたっての設備の付加や一
定の改変を許容する動的保存を前提とする。
保存とは、原位置でオリジナルをできるだけ維持あるいは修復を行うこととし、
破損している箇所に対しては、材料や形状、質感を極力近づけた代替材を用いて、
できるだけオリジナルを忠実に踏襲しながら新規のものに交換することも容認す
る。なお、耐震性や安全性確保、現行法令への遵法性確保、バリアフリー対応等
のために必要な最低限の改変は許容するとともに、空調等機能性確保に必要な設
備機器の設置は歴史的価値や景観をできるだけ損なわないよう配慮する。
オーセンティシティ(真正性。本来の形態・材料・技法等が保たれること)を
尊重し、残すべき価値の時点を創建時とする。本建物の改変はほとんどが昭和 32
(1957)年以降のものと考えられ、改変されたものに特別に残すべき価値は認め
られない。
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残すべき要素は、創建時から改変されずに残っている仕上げ材・装飾とし、そ
れらが存在する部位を残すべき範囲とする。但し、残すべき要素及び範囲の保存
が、やむを得ない事情により保存し難い場合には復原的整備とする。
復原的整備とは、躯体を更新するが、仕上げ材はオリジナル部材をできる限り
活用し、不足する部分は材料や形状、質感を極力近づけた代替材を使用すること
でできるだけオリジナルの外装や内装を忠実に再現する手法とする。なお、耐震
性や安全性確保、現行法令への遵法性確保、バリアフリー対応等のために必要な
最低限の改変は許容するが、歴史的価値や景観をできるだけ損なわないよう配慮
する。
保存または復原的整備をしない部分のうち、後世に伝える必要性がある部分は
記録保存を実施することとし、民間事業者の創意工夫によって一部部材の再利用
や旧建物のイメージ継承をすること(以下、「記録保存等」という)を慫慂する。
記録保存とは、写真・図面等により記録を作成・整理し、公開する。
(2) 保存、復原的整備範囲の考え方
<外装>
景観上重要な視点場からのランドマーク性の継承と設計当初見せ場とされた九
段下交差点からの外観を最重要と捉え、北東側、東側及び北西側の外壁(瓦のパ
ラペットを含む、以下同じ)を含む建物の部分、及び北東側及び南東側の塔屋を
保存する。
しかしながら、後述するやむを得ない事情により、内堀通りに面する東側の一
部分やドライエリアに面し今後の設計によって内部機能の改変の影響を受ける可
能性がある箇所について、保存が困難な場合は、復原的整備を容認する。
なお、増築により従来に比べより多くの不特定多数の人による利用が想定され
ることを踏まえれば、建物内への良好な動線を十分確保することが地区の魅力向
上・回遊性を高める観点からも特に重要であることに鑑み、内堀通りに面する東
側の一部に景観を損なわないような意匠により新たに開口を設けることを容認す
る。
外装の保存等の範囲の概略を図 4 に、平面的な詳細を図 5 に、立面的な詳細を図 6
に示す。また、各部位毎の対応方針を表 1 に示す。
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図 4 外装の保存範囲(図中青色部分)
部位
外壁
塔屋及びパラペット
サッシ及びガラス
表 1 外装の対応方針
対応
スクラッチタイル、擬石、北側外壁面上部の装飾及び玄関
扉を保存。
リソイド塗りは創建時の質感を再現。
屋根瓦を保存。
リソイド塗りは創建時の質感を再現。
室内環境(断熱性・気密性・遮音性)や増築建物の直下に
位置することに伴う耐風圧性能向上の観点から、創建時の
意匠を踏襲しながら強度や性能を高めたものに交換する。
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復原的整備を容認する部分
(緑色破線内)
R 階平面図
想定される増築建物との
関係から、記録保存等と
している部分
復原的整備を容認する部分
(緑色破線内)
塔屋平面図
凡例
:保存の部分
:復原的整備の部分
:記録保存等の部分
図 5 外装の保存等範囲詳細(平面図)
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東側立面図
復原的整備を容認する部分
(緑色破線内)
復原的整備を
容認する部分
(南東側塔屋、
緑色破線内)
ドライエリア部分
は、内部機能改変
の影響の可能性
あり
北側立面図
西側テラス
避難階段
西側立面図
西側テラス
避難階段
復原的整備を
容認する部分
(緑色破線内)
南側立面図
凡例
:保存の部分
:復原的整備の部分
:記録保存等の部分
図 6 外装の保存等範囲詳細(立面図)
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<内部空間>
史実や歴史的価値の継承の観点から、1階玄関ホール、2階応接室・役員室、
宴会場(真珠=3階・鳳凰=4階)及び北東・北西の階段室を保存する。
なお、部分的に都市計画道路へ越境している箇所は、復原的整備とする。
西側テラス(3 階・4 階)
、北東側神殿(4 階)あるいは壁及び天井の一部が損
なわれたホールなど、保存または復原的整備をしない部分のうち後世に伝える必
要性がある部分については、記録保存等を実施する。
内部空間の対応方針を表 2 に、保存等範囲の平面的な詳細を図 7~図 9 に示す。
室
1階玄関ホール
2階応接室・役員室
2階宴会場(鳳凰)
3階宴会場(真珠)
北東、北西階段室
共通
表 2 内部空間の対応方針
対応
床、壁、天井、階段及び装飾を保存。
床、壁、天井、扉の装飾金物、違い棚及び暖炉を保存。
全体として、創建時の部屋の雰囲気を再現するよう、適切
な仕上げ材等を選択。
床、バルコニー、絵画及び欄間を保存。
その他の仕上げは、創建時の部屋の雰囲気を再現するよう、
適切な仕上げ材等を選択。
壁、天井及び手すり(腰壁含む)を保存。
床に創建時の材料が残存している場合は、床も保存。
照明器具は、創建時の部屋の雰囲気を再現するような適切
な材料及び形状を選択。
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北東階段室
地下1階平面図
北西階段室
避難階段
ホール
玄関ホール
北東階段室
1 階平面図
凡例
:保存の部分
:復原的整備の部分
:記録保存等の部分
図 7 内部空間の保存等範囲詳細(1)
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北西階段室
避難階段
宴会場(鳳凰)
ホール
玄関庇
北東階段室
応接室・
役員室
2階平面図
北西階段室
西側テラス
ホール
北東階段室
3階平面図
凡例
:保存の部分
:復原的整備の部分
:記録保存等の部分
図 8 内部空間の保存等範囲詳細(2)
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宴会場(真珠)
避難階段
避難階段
北西階段室
宴会場(真珠)
西側テラス
ホール
北東階段室
神殿
4階平面図
避難階段
北東階段室
R階平面図
凡例
:保存の部分
:復原的整備の部分
:記録保存等の部分
図 9 内部空間の保存等範囲詳細(3)
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<位置>
原位置を基本とする。ただし、都市計画道路予定地へ越境すること等に伴い現
状建物を曳き家、または復原的整備によって再構築する場合には、若干の位置の
移動や面積の変更を容認する。
都市計画道路予定地への越境に対する要望
北東側玄関付近及び南東側玄関付近において、階段・庇・建物基礎
部分が都道である都市計画道路予定地に越境している(図 10)
。
原則として、道路用地としての整備に伴い支障となる建物等は移
転・撤去させる必要があるが、越境部分は出入口機能の維持・確保に
必要性があるほか、建物基礎部分の一部撤去は残置する建物に影響を
及ぼす可能性があることから、本建物の歴史的価値や景観上の重要性
に鑑み、越境建物を保存する場合には道路内への存置が認められるよ
う、本委員会として、東京都に対し求めるものである。
図 10 本建物と都市計画道路の関係
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<構造躯体>
構造躯体については、外装及び内部空間の保存に伴って必然的に保存される範
囲が生ずる。今回は、保存範囲が各階に存在するため、それらを包含する形で保
存の範囲が定まる。また、東側の外壁のみを保存することは施工技術的に困難と
考えられるため、1スパン分の構造躯体の保存が必要である。
上記の条件をまとめると、図 11 に示すような範囲が基本的な保存部分となるが、
後述する理由により復原的整備を容認する必要がある。
図 11 構造躯体の保存の範囲
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<復原的整備を容認する理由>
東側の外壁を含む建物の部分及び南東側の塔屋については、図 12 に示すように
新たな建物の建築に際し、敷地条件から施工の障害となる可能性がある。加えて、
建物の地上部分のみでなく基礎についても都市計画道路への越境している箇所が
あるため、保存が困難となる可能性がある。したがって、図 13 破線部については
復原的整備を容認する。
なお、前述のとおり、従来に比べより多くの不特定多数の人による利用が想定
されることを踏まえ、建物内への良好な動線を十分確保し、地区の魅力向上・回
遊性を高めるために、新たに開口を設けることを容認する。
図 12 増築建物の施工上の制約条件
図 13 復原的整備を容認する構造躯体部分
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(2) 石碑等の歴史的資源の活用策
敷地北側に現存する各種の碑や楠の大木は、引き続き存置し適切に管理する
ものとするが、オープンスペースの整備等開放性確保のために必要な場合は、
敷地内での移設は可能とする。
「天皇陛下御展望所の碑」及び「乃木大将の詠草碑」は、引き続き存置し適
切に管理するものとするが、復原的整備により存置が難しい場合は、敷地内で
の移設は可能とする。
「護国神社」の社跡は、建物の保存・整備にあたり、適切に処理する。
(3) 安全性確保の必要性
外装では、スクラッチタイルの浮き・はらみ・剥落等、軒下の白化、浮き等
が、または瓦には剥落・割れ等が見られ、落下の恐れがある。また、その他外
部仕上げの一部、外部装飾にも劣化が生じているため、適切な改修を行い、落
下等に対する安全性を確保することが必要である。
内部空間においては、創建時の仕上げ材料が残されている部分に大きな劣化
は見られないが、玄関ホールの天井仕上げの漆喰及び下地モルタル等について、
適切な補修により落下等に対する安全性を確保することが必要である。
本建物については、平成 16 年度に行われた耐震診断及び建物調査結果、そし
て今回の建物調査結果から、コンクリートなど使用材料には問題なく施工も良
好であることが確認できた一方、外力の大きさや補強筋等の規定が変化してい
る現行耐震基準に照らすと、本建物の耐震安全性は「震度6強から震度7の大
地震に対する耐震性能は、
『地震の震動及び衝撃に対し倒壊し、又は崩壊する危
険性がある。』
」と評価されている。したがって、建物を保存する範囲に適切な
耐震補強工事を実施することが必要である。
(4)適切な保存・復原的整備を確保するためのチェック体制
実際の保存、復原的整備を実施する手法は民間事業者による創意工夫が期待
されることから、民間事業者の選定にあたっては、様々な企画提案が活かされ
る入札手法の活用が望ましい。
なお、選定された民間事業者が企画提案した内容を順守して、適切に保存な
いし復原的整備を遂行することを保障するために、民間事業者の施工内容につ
いて、知見を有する機関や有識者によるチェックを行う体制を構築することが
望ましい。
以 上
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