東北大学大学院教育学研究科研究年報 第55集・第 号(2006年) 1 「目指せスペシャリスト」事業にみる専門高校改革 ―事業指定校の調査結果をもとに― 劉 語 霏 本稿の目的は、 「目指せスペシャリスト」事業指定校の調査結果の分析から、1990年代以降の専門 高校教育改革の動向と課題を考察することである。先ず、この事業が専門高校でどのように受容さ れ、実施されているのか、課題は何かを明らかにするために、指定校 校(教員、生徒、保護者) 4 を調査した。その結果、政策側の企画立案と学校側の実施との間に乖離が見られるだけでなく、専 門高校教育改革の可能性と限界が明らかになった。最後に、この事業の課題として、 「目標とする学 力と実態とのギャップ」、 「学校内格差の拡大」 、 「学校間格差の拡大」を提起した。 戦後日本の経済発展と現代化に貢献してきた職業高校教育は、近年、大きな転換期を迎えている。 特に、1990年代以降、少子化に対応した高等学校教育の再編成、総合学科の誕生、高等教育大衆化 による普通科志向、産業構造の転換やバブル崩壊後の不況による就職難等、職業高校教育に次々と 衝撃を与えており、早急な改革が要請されてきた。 さらに、高卒の就職難のため、職業高校を選んだ入学者の中でも、進学志向者が年々増加した。 従来、就職準備の機能を担っていた職業高校が、生徒の多様なニーズにこたえるために進学準備の 機能も要請されるようになった。両方の機能を持つことで進路指導で困っている教育現場では、 、 「職業高校の存在意義や特色がなくなる」 、 「総合高校になっ このまま進むと、 「生徒の専門離れ」 てしまう」等の反論が出された。そして、職業高校教育の課題は、専門性の欠如、専門教育の不十 分さにあると指摘されている。 こうした課題に応えるために、90年代以降の職業高校教育の改革の方針は、専門性の向上、専門 教育の充実に向けられたのである。90年代の半ばに文部省「職業教育の活性化方策に関する調査研 が提出されて以来、理科教育及び産業 究会議」の最終報告書「スペシャリストへの道」 (1995年) 教育審議会「今後の専門高校における教育の在り方等について」答申(1998年 月)の公布を経て、 7 職業高校から専門高校へと名称を変えて再出発した後期中等段階の職業教育においては、 「目指せス 東北大学大学院教育学研究科・博士課程後期 ― ― 119 「目指せスペシャリスト」事業にみる専門高校改革 ペシャリスト」、 「日本版デュアルシステム」(2004年) 、「リーディング・テクニカル・ハイスクー ル」 (2005年)などの様々な支援事業が開発されてきた。その中で、最も注目されているのは、文部 科学省による、将来の産業界を担うスペシャリストを育成するための「目指せスペシャリスト」事 業である。これは2003年度から実施され、2005年度までに、全国の指定校は33校にのぼる。事業の 目的は、研究開発校において優れた実践を開発し、その普及と共有化を図ることである。しかしな がら、実際にはその意図が、必ずしも、実現されているわけではない。つまり、この事業の狙いと 学校現場の実施状況との間で、隔たりが認められるのである。 そこで、本稿は、専門高校教育の専門性に着目し、その改革の中核的事業である「目指せスペシャ リスト」事業を取り上げて、この事業が実際専門高校でどのように受容され、実施されているのか、 また課題は何かを指定校への訪問調査、インタビュー調査並びにアンケート調査を実施し、その分 析を通じて明らかにすることを目的とする。 本稿の構成は次の通りである。第一に、事業の趣旨や目標などの概要と特徴を整理する。第二に、 指定校への訪問調査及びアンケート調査に基づき、具体的な取り組みについて明らかにし、その調 査の結果を分析する。第三に、調査結果の分析を踏まえて、事業の持つ意味とそのもたらす影響力 並びに今後の専門高校教育の課題を明らかにする。 この研究開発事業は、文部科学省が日本の産業の将来を支える専門家を育てようとし、2003年に 創設したものである。2003年度に、全国の国・公・私立の農業、工業、商業等の専門高校62校(2004 年度は75校;2005年度は71校)の応募校から、それぞれの実施希望調書の研究内容、研究計画及び 研究体制等が各専門分野の企画評価協力者によって審査され、各都道府県一校ずつの地域バランス の原則の下で、2003年度は 校、2004年度は10校、2005年度は14校が指定された。 9 (表 参照) 1 その狙いは、 「専門高校の活性化の促進を図る観点から、バイオテクノロジーやメカトロニクスな ど先端的な技術・技能等を取り入れた教育や学習活動を重点的に行っている専門高校を指定し、技 能の修得法や技術の開発法、学校設定科目などのカリキュラム開発、大学や研究機関等との効果的 な連携方策についての研究等を推進し、 『将来のスペシャリスト』の育成に資する。加えて研究者と 」ということである。 しての方向への進路も期待できる。 すなわち、 「目指せスペシャリスト」事業は、21世紀の日本の産業社会で活躍する専門家を育成す る後期中等段階教育の実現を目指しているという大きな計画の柱の下で、先端的な技術・技能やカ リキュラムの開発、大学や研究機関等との効果的な連携方策等の研究が行われている「先進『校』 」 のレベルを引き上げることで、 「活性剤」のように専門高校全体のレベルアップにも繋がることを期 待するものである。 特に、その中で、「研究者としての方向への進路も期待できる。 」という文言から、従来の職業高 校として就職のみの機能に閉じ込められていた専門高校は、政府や研究機関等の指導と支援によっ ― ― 120 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第55集・第 号(2006年) 1 項 目 細 目 目 的 「将来のスペシャリスト」の育成による専門高校の活性化の促進 目 標 将来のスペシャリストの育成 開 始 年 度 2003年 月12日 6 募 集 対 象 全国の専門高校(分野や内容は一切限定せず) 経 費 年間約千 百万円/校 3 (研究開発に必要な実験機材・消耗品等、各種クラブ活動や相互交流等に要する経費) 指 定 期 間 年 3 研 究 開 発 指 定 校 ●15年度: 9 /(公59+私 )校 3 ●16年度:10/(国 +公70+私 )校 1 4 ●17年度:14/(国 +公67+私 )校 1 3 (分野別:工業:12校;農業: 9 校;産業(工+農) : 1 校;商+工: 1 校;商業: 7 校;家 庭: 2 校;福祉: 1 校。) 研究開発の 内容・取組 . 1 技能の修得法や技術の開発法:市場性・有用性の高い新品種の開発支援方策。 (希少植物の 培養等) . 2 学校設定科目などのカリキュラム開発:学習指導要領によらない教育課程の編成等も可能。 . 3 大学や研究機関等との効果的な連携方策:地域の産業界、研究機関、職業能力開発大学校 等と連携した専門職業人(技能者)の育成方策。 . 4 研究者としての方向への進路の期待:専門高校生が受験可能な高度資格への挑戦が出来る だけの学力を付ける支援方策。 . 5 職業教育を通じた起業家精神の育成。 . 6 専門高校の技術力を生かした海外協力。 . 7 研究成果の特許出願への挑戦支援方策。 . 8 各種クラブの活動の充実。 評 各分野の専門家らでつくる第三者機関 「運営指導委員会」 価 出典)文部科学省の15年度∼17年度の発表資料をもとに筆者が作成した。 て、普通高校と同様に進学の機能も持つようになることと考えられる。 「将来」のスペシャリストの 育成には、進学という選択も受け入れられている。 「目指せスペシャリスト」は「スーパー専門高校」とも呼ばれており、 「特色あるカリキュラム」 の作成に取り組んでいる専門高校が指定されることになっている。これは教育課程審議会が21世紀 学校像「特色ある学校づくり」の理念を実体化したものといえる。 「学習指導要領によらない教育課 程の編成等が可能」ということは「規制緩和」に依るものであり、学校の裁量権限と自由度の拡大 によって、地域に根ざした個性のある教育課程編成や特色ある学校づくりの実現等、学校の自主性・ 自立性の確立が期待されるものである。 学校採択の際の選考には、各都道府県一校ずつという地域バランスを考慮しているので、 「地域の 活性化」、「伝統産業の継承」 、 「地域に根ざす伝統技術を基盤とし、新しい技術を開発する」等、地 域との関連性と、地域産業の活性化への貢献度も期待されている。 ― ― 121 「目指せスペシャリスト」事業にみる専門高校改革 ある商業系の指定校のスローガンは「日商販売士検定一級、日商簿記一級、経済産業省ソフトウ エア開発技術者試験、税理士試験科目『簿記論』 、公認会計士、短答式試験等、大学卒業程度の能力 を要する高度資格取得への挑戦を通したスペシャリストの育成」 、 「大学レベルの教材活用による個 別指導の実践」である。このような超難関資格の挑戦の機会は、生徒の学習意欲向上に期待したい という趣旨がある。レベルの高い資格取得や特許出願にチャレンジしたり、先端的な技術の開発研 究を推進したりしようとする教育内容は、専門高校の元々教育内容のレベルを超えており、後期中 等教育の役割をも変えつつある。 産業界や大学・専門学校等の研究機関の知的資源と有機的連携、小中高学校間の連携の促進、第 三者評価システムの導入等という特徴もある。特に、近年、産学連携が重要視されているので、各 指定校は、産業界や大学・専門学校等の教育研究機関との連携を積極的に進めている。具体的には、 以下の 点があげられる。 2 教育研究機関との連携:例えば、高大連携による 年間の一貫教育プログラムの導入、専門学 7 校や大学と連携した講座の開設等。 産業界との連携:例えば、現場での長期インターンシップの実施、特別非常勤講師としてプロ 職人の招聘等。 次に、「目指せスペシャリスト」事業の実施の初期段階(第 年度)を分析する。本研究の調査 1 は、便宜上、調査対象地域を近隣の東北地方と関東地方とした。東北地方と関東地方における指定 校の協力を得て、2004年 月から12月までの間に、 7 「目指せスペシャリスト」事業の指定校 校(次 4 頁の表 参照)を訪問し、インタビュー調査と、 2 「『スペシャリズム』による後期中等教育の改革動 向に関するアンケート調査」を実施した。 ɬʽɻ᷐ʒᝩ౼᚜Ɂߦ៎ҝ ̜ഈɁઆछଡ̷଼ ׆ ଡ଼׆ ̜ഈɁઆछଡ଼͏׆۶Ɂଡ଼׆ᴥ̷ᴦ ̜ഈȾՎӏȪȹȗɞႆाᴥ̷ᴦ ႆा ̜ഈȾՎӏȪȹȗȽȗႆाᴥ̷ᴦ ފΖȟ̜ഈȾՎӏȪȹȗɞί឴ᐐ ̷ᴦ ί឴ᐐ ފΖȟ̜ഈȾՎӏȪȹȗȽȗί឴ᐐ ̷ᴦ ― ― 122 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第55集・第 号(2006年) 1 その中で、アンケート調査については、指定校の都合と協力状況により、全部の回収件数は531件 (回収率73%)、その内訳は、教員80人、生徒366人、保護者85人である。但し、指定校の研究開発 の内容と態勢により、全校参加と、研究内容の関連の職員・生徒しか参加していないという状況が ある。 学 校 A B C D 推進地域 山形県 群馬県 千葉県 埼玉県 指定期間 2004-07 2003-06 2003-06 2003-06 学 校 種 県立 県立 県立 県立 農・工業 工業 工業 商業 分 野 (平成15年) (平成13年) (平成14年) (平成13年) ●就職:58.7% ●就職:38% ●就職:43.2% ●就職:23.7% 生 徒 の ●進学(大学、専門学校、 ●進学(大学、専門学校、 ●進学(大学、専門学校、 ●進学(大学、専門学校、 進路状況 短大):39.6% 短大高専):62% 短大、 訓練校等) :43.7% 短大、専攻科):69.8% ●その他:1.7% ●その他:13.1% ●自営・その他:6.5% 地域に :情報活 :地域に 根ざし、地域産業の活 用能力を身につけ、ク 根ざす伝統技術と高度 性化を担う新しいタイ リーンエネルギーや環 技能の魂を伝承し、世 プの専門高校。 境問題に配慮した物づ 界に貢献する国際技術 くりのできる21世紀の ボランティア育成のた . 1 農業と工業を一体化 工業技術者の育成をめ めの開発教育の研究。 した教育課程編成や指 ざす。 導体制により、研究・ :環境 . 1 学校設定科目「高度・ 開発を通じた創造的な に配慮したものづくり 伝統技能研究」におけ ものづくりができる人 と資格試験に挑戦。 る下総鋏や行徳神輿等 材を育成。 . 1 風が強いという地域 の製作を通した、伝統 研究開発 . 2 地域に根ざす専門高 性を踏まえ、風車の製 技術・技能に関する密 の内容・ 校づくりのため、地域 造、設置、性能評価を 度の濃い教育の実践。 取 組 の企業や大学等と連携 通したクリーンな自然 . 2 文化財としての修築 し、バイオマス や燃 エネルギー利用方法に が必要なパタン市(ネ 関する包括的な教育の パール王国)の建築物 料電池の研究を通じた 実践。 の実測調査への参加 新事業の創出。 . 2 湖沼の水質調査など 等、生徒に培われた技 を含む環境関連教育の 術力を活かす国際技術 充実や地域公開型ビオ ボランティア活動の実 トープ の製作及びこ 践。 3 自由選択科目等の設 れらを通した公害防止 . 定と学習意欲、進路決 管理者資格取得への挑 定の関係性の調査研究。 戦。 :実践的 アントレプレナーシッ プ の育成と実践力に なるスペシャリストの 育成。 . 1 市街地の空き店舗を 利用した店舗経営、イ ンターネットによる販 売支援活動、マネジメ ントゲームによる会社 経営体験などを通じ た、起業家育成の取組。 . 2 ファイナンシャルプ ランナー などより実 践的な資格取得を目指 すためのカリキュラム 編成に関する研究。 . 3 本校に設置された全 国唯一の商業系専攻科 との有機的連携策の研 究。 原則的に全学科を対象に 一年生の全ての生徒に対 上述の取組 の研究につ 3 特別なプログラムを設置 して、教育課程全体を通 し希望者を募集、 「スペ いて、全学科全生徒を対 することではなく、教材 して取り組んでいる。 シャリスト研究部」 (約 1 象に行い、各学科を主体 を通常の授業に取り組ん クラス分)を設ける。こ とする活動では、各学科 だり、従来の実習を充実 実施の方 の「研究部」に対し、特 ご と の 生 徒 を 対 象 に す させたりしていることで 法・規模 別授業を計画し、研究を る。主に機械科とインテ ある。そのため、全学年 進めていく。 リア科(県内唯一)を中 の生徒全員が参加してい 心に展開している。 る。 調査対象 教員(25人)・ 生徒(36人)・ 保護者(19人) 教員(11人)・ 生徒(66人)・ 保護者(26人) 教員(22人)・ 生徒(45人)・ 保護者(40人) 教員(22人)・ 生徒(219人)・ 保護者(―) 回収件数 80 103 107 241 73% 83% 59% 78% 回 収 率 注 ●A校:2003年 月に統合による新設した農工一体の専門高校。 4 ●B校:校舎移転による学校の都合のため、アンケート調査のみ。 ― ― 123 「目指せスペシャリスト」事業にみる専門高校改革 インタビュー調査とアンケート調査の結果を主に、 「 『目指せスペシャリスト』事業の導入意義」 、 「 『目指せスペシャリスト』事業を実施するのに、妥当と考えられる実施の学年について」、 「各学校 で『目指せスペシャリスト』事業を推進していくうえで、最も大きな問題や困難」 、 「生徒への影響」 の四部分に分けて、教育現場での実施・受容状況を考察しながら、この事業の本質、内容、課題を 究明する。 ᤣᬱᄻ ȰɁͅ ٥ڒᄉࠕɁ ٥ڒႇഈɁፕ੪ˁળᒾ ߿әץᭉɁױ ̷యɁ᭴ ႆाޙඕɁտ˨ ᔌࢳʃʤʁʭʴʃʒɁ᭴ ߩᩌᯚಇɁጽ؆Ⱦमȷ ߩᩌᯚಇଡ଼ᑎɁ๊ॴԇ ᴢ まず、『目指せスペシャリスト』事業の導入意義を分析する。 (図 )の教員全員の調査結果から 2 見ると、この事業の本当の導入意義は、 「若年スペシャリストの養成」というよりも、むしろ、今日 の専門高校教育を活性化すること(77.5%)、生徒の学習意欲を高めること(67.5%)、産業や地域社 会の要請にこたえること(58.8%)にあるといえる。さらに、担当教員のみに対する「あなたの抱 負は何ですか」という質問でも、生徒の学習意欲の向上と地域社会の要請を挙げる教員が多くいる。 一方、目指せスペシャリスト・プログラムに参加している生徒に対して、「参加動機」について調 査した結果から見ると、 「スペシャリストになりたいので」(6.1%)よりも、「興味があったから」 (59.1%)と「プログラムが面白そうだから」 (25.8%)という学習の意欲が提起された意見が多い。 そして、「その他」(19.7%)の意見の中でも、「あまり人がやっていないことをやりたかった」(A 校の生徒)、 「まだ何も開発されていない分野なので自分で新しいシステムを考えて開発したいから」 (A校の生徒)、 「色々な知識を頭に入れることができるから」 (B校の生徒)等の積極的な学習態度 が見られる。 次に、「体験してみて、どのように感じていますか。 」(次頁の左・図 参照) 3 、そして、 「参加して よかったと思いますか」 (次頁の右・図 参照)という質問について調査した。その結果は約 割の 4 8 生徒が、この事業に対して何らかの効果を認めている。 ― ― 124 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第55集・第 号(2006年) 1 ९ȶȹȗȲɛɝɕ ᓦȞȶȲ Ȼȹɕᬂᄌȗ ɗɗᬂᄌȗ ȴɚȶȻ࿎ᠴɝȽ ȴɚȶȻ࿎ᠴɝȽ ȕɑɝᬂᄌȢȽȗ пུᬂᄌȢȽȗ ȻȹɕᓦȞȶȲ ȷɑɜȽȞȶȲ また、子供が目指せスペシャリスト・プログラムに参加している保護者に対して、「お子さんを参 加させてよかったと思いますか。 」という結果でも、 「とても良かった」 (51%)と「思っていたより も良かった」 (35%)という評価がある。 「何について、よかったですか」という項目の結果(図 ) 5 でも、「子供の学習意欲が高まった」という意見が 割弱(57.9%)もある。 6 ᤣᬱᄻ ȰɁͅ ᄉ᚜͢ аႆȞɜᝑɔɞᕹȟȕȶȲ ފΖɁޙඕȟᯚɑȶȲ ފΖɁȟ˨ȟȶȲ ᴢ 以上より、プログラムに参加している生徒とその保護者の調査結果から見ると、生徒の学習意欲 を高めるという目的において、 6 割から 割の効果があったと評価している。 8 実施の学年について、各指定校の担当教員の調査結果から見ると、 2 年(42%)が適していると いう意見が多いのに対し、 1 年( %)は少ない。その理由は、 8 「 年生では早すぎる」 1 (D校の担 当教員)、 「 年生ぐらいでないと、技術力が付いていない」 2 (B校の担当教員) 、 「基礎を学んだ上で の応用」(D校の担当教員) 、との意見が示しているように、この事業の内容が専門的で難しいから である。つまり、 「専門的なことを行う場合、基礎的な事について熟知しておかなくてはならないの で」 (C校の担当教員)ある。 そして、 「全学年」 (23%)という意見では、 「専門性」を深めるために、継続的な学習を、段階的 に、計画的に実施する、そのための該当学年の検討が重要だという意見があった。 ― ― 125 「目指せスペシャリスト」事業にみる専門高校改革 「『専門』と名が付くからには、一年次において、広く様々な科目の基礎的な学習を行い、そ の中で興味ある科目を ∼ 科目、 1 2 2 ・ 3 年次において、深化した教育課程を学校側が準備す ること。」(D校の担当教員) すなわち、専門高校での「専門性」の深化は、先ず、選択肢の拡大等を通じて生徒の多様なニー ズに応えること( 年)を前提とし、 1 2 年から、学校の創意工夫等の経営によって、生徒のそれぞ れの「ひとつの得意な分野で」の「専門性」を強化することである。 要するに、 1 年は基礎教育であり、 2 年は「本格的に専門教育に入る学年」 (C校の担当教員)で あり、 3 年は、「専門的な関心を具体的に呼び起こせる」 (C校の担当教員)学年であると多く考え られている。このような学年段階教育についての意見は今後の専門高校教育のあり方を示している。 そして、 「各生徒の特色ある『専門性』」を作ろうとする」という90年代以降の専門性の重視傾向は、 多様性に基づいた専門性という特徴がある。 、 という長期 一方、 「その他」 ( %)の意見では、高校 年の枠を越えて、 「10年間」 4 3 「 年間」 5 的実施を望む意見もある。さらに、インタビュー調査でも、高校段階でできるのは、 「態勢作り」 、 「感性の養成」だけであるというような意見も少なくない。すなわち、将来のスペシャリストを育 成するために、高校卒業後の教育も要請される。高校段階で高度な技術に取り組もうとする「目指 せスペシャリスト」事業は、専門高校教育の就職機能を働かせるというより、進学機能を働かせよ うとするものであることが分かる。 実施の問題や困難について、各指定校の担当教員を対象とした調査結果は以下の(図 )で示さ 6 れている。ここで、上位 項目を取り上げて検討する。 3 ᤣᬱᄻ ȰɁͅ ۶ផ࢙Ɂ߳оˁ๊ႊ ɮʽʉ˂ʽʁʍʡɁஃ ᝢ͖Ɂᤁᚐ ۶ΙɁஃ ̙አɁΈႊˁґᥓ ٥ޙ۾ڒȻɁᣵଆ ٥͙ڒഈȻɁᣵଆ ଡ଼ᑎᝥሌɁᜫȻ ଡ଼׆ឧɁᬆ ଡ଼׆Ɂ۹क़ԇ ― ― 126 ᴢ 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第55集・第 号(2006年) 1 90年代以降、後期中等教育改革において、学校の創意工夫等の経営が要請されるため、各学校、 特に、 「目指せスペシャリスト」事業の指定校では、様々な特色ある取り組みを工夫している。その ため、各指定校の担当教員が、特色ある取り組みや高度な専門研究に必要となる研修、会議、見学、 実習、学校外の施設連携、研究発表、報告書の作成、内部と外部評価への対応はもとより、それに 加えて目的意識のある生徒、ない生徒、就職希望の生徒、進学希望の生徒等、多様な生徒のニーズ と進路にも応えなければならないことは、教員の一層の多忙化を招くようになった。 担当教員に対して「困ったこと」について調査した結果の中でも、 「自分の持ち時間(授業・部活 動等)を他の教員に頼むこと」 (B校の担当教員) 、 「担当教員の負担増」 (D校の担当教員) 、「校務 との両立」 (D校の担当教員)という意見がある。そして、 「自由意見欄」でも、 「担当教員に時間を 与えるシステムが必要なのではないか。例えば、常勤講師を増やし、授業を免除する等」 (A校の担 当教員以外の教員)という意見が提示された。 この点について、学校訪問やインタビュー調査の時にも、何人かの教員が示した。特に、学校外 の店舗の経営、高度な資格の取得等の取り組みが豊富で多様である、商業系のD校の例では、教員 の多忙化と大変さが明らかである。学校での通常授業以外の時間は、学校外の生徒の企業見学と短 期実習の指導だけではなく、仕入れから経営までの店舗の管理と経営もしなければならない。また、 高校段階のレベル以上に高度な資格を取得するために、多人数の指導を必要とする大変さが生じた。 さらに、ついていけない生徒のための少人数の講習・補習等の実施等、教員の負担にもなる。 そのため、この事業の実績は、生徒の努力というより、教員の努力いかんによるものだといえる。 従って、政策の実施に当たっては、教員の多忙と負担の軽減への配慮が求められる。 この事業は専門学科を中心とした改革だからこそ、上述の教員の多忙化の問題がほぼ専門学科の 教員に生じることになる。そのため、 「自由意見欄」での「工業科、普通科との職員間において、ど ママ うしても普通科職員が無感心になってしまう」 (C校の担当教員) 、 「他教科との連携。教員の意思統 一」(D校の担当教員)という意見が示しているように、専門学科と普通科の職員の間で、意識と 認知の齟齬が生じているため、普通科等の教員達の理解と協力が重要視されている。 さらに、 「目指せスペシャリストを効果的に推進していくために、 必要不可欠なものは何ですか」 と いう質問項目の結果(次頁の図 参照)でも、 7 「教員の積極的な参加と協力」 (76.5%)の重要性が 明らかになった。まさに、 「本研究の成果は、本校全教職員学校の一致協力体制が不可欠である。こ れを実践できるか否かが、本研究の生命線である」という、D校の報告書で提起されているように、 普通科の教員達の後方支援という課題も残っている。 ― ― 127 「目指せスペシャリスト」事業にみる専門高校改革 ᤣᬱᄻ ȰɁͅ ί឴ᐐɁျᜓȻୈધ ͙ഈɁᣵଆȻԦӌ ᆅሱൡഫɁ߳ˁୈ ᚐൡᩜɁ߳ˁӒ ៣Ӓ ᤆ؆߳݃͢׆Ɂ߳ ଡ଼׆Ɂѓᜡᎃˁѓ᭴ ಇᩋɁʴ˂ʊ˂ʁʍʡ ଡ଼׆ɁՎӏȻԦӌ ႆाɁޙৰ࣊ ᴢ この事業の予算の使用・分配には、財政援助の構造問題と期間制限の問題がある。 先ず、財政援助の予算額の変動と遅延、国の支出項目と県の支出項目が合わないこと、予算使途 の不自由という財政援助構造の問題である。 実施の問題や困難についての質問項目の中の「その他」 (5.9%)という項目でも、 「予算が自由に 使えない(計画外のことがある) 、予算の執行が遅く、計画通りに行かない」 (A校の担当教員)と いう意見が強調された。そして、インタビュー調査の際にも、この問題が顕著に表れた。担当教員 は国から県に、県から学校に、その間で財政援助の問題があるとの不満を表した。特に、国の支出 項目と県の支出項目が合わないこと、予算使途の不自由が実施の支障をきたしているという指摘が ある。それにもかかわらず、財政援助の予算額の変動と遅延という問題もある。 「教育活動は、教育課程によって実践される。その教育課程は、本県においては実施すべき年 度の前年 月から遅くまでも 月までに県教育委員会に提出しなければならない。 6 9 したがって、 大幅な教育課程の改変を試みるには、実施年度の前年中に人的予算的裏付けが予測されなけれ ば学校は動けない。 」 それ故に、 「様々な教育計画は、 概ね前年度に予定されて、 月当初から実施されるものである。 4 したがっ て、次年度の予算額が不明では、計画を具体化することができず、通年での研究を実現できな という実情がある。加えて、 い。」 ― ― 128 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第55集・第 号(2006年) 1 「予算の令達が遅れている状況下(本研究報告書作成時に至っても国から県に令達されていな い)で、当初予定していた整備ができず、研究推進に大きな支障が生じた。わずかに、マネジ メントゲーム盤の購入により、企業家教育の導入を試みることができたものの、この代金さえ 業者に支払いことができない状態である。 」 このような問題に直面しているのは、商業系の指定校だけではなく、機械等の施設・設備を要す る工業系の専門高校も同じである。 次に、財政援助の期間限定、指定終了後の維持問題という期間制限の問題である。 「指定期間が終 了した後、当該授業のレベルを維持するのに、困難があるとお考えですか」という項目の調査結果 では、困難があると確定している意見は半数以上(53%)である。「予算がないと活動できない」 (B校の担当教員)、 「ある程度の予算も必要だから」 (C校の担当教員) 、 「県から学校へくる予算も 削減の憂き目にあっているので」 (C校の担当教員) 、 「県財政が厳しい状況なので、より生徒ふたん が増える」(C校の担当教員) 、 「時間、財政面で不足する」 (C校の担当教員) 、 「消耗品購入が困難 になる」 (C校の担当教員) 、 「予算が無くなると苦しい、ただでさえ学校の予算も減少しているか ら」(C校の担当教員)、 「予算面で対応がむずかしい」 (C校の担当教員)等、指定終了後の財政難 を謳っている。 一方、困難がないという意見(17%)では、 「以前のノウハウと教員の努力でなんとかやらざるを 得ない」 (D校の担当教員)というような意見が多い。すなわち、指定終了後の財政難があるからと いっても、それは仕方がない状況なので、学校側の対応と準備が必要であることを示している。 人材の養成は長期間を要するもので、様々な取り組みには、財政上の措置が必要不可欠である。 年間の制限があるので、 3 3 年間の指定終了による財政投入がなくなった後、維持していくのは容 易ではない。特に、工業、農業のような設備や材料に多額の資金がかかる高校にとって、授業レベ ルの維持には困難があると考えられる。 以下の(図 )の教員全員の調査結果では、 8 7 割弱(68%)の教員はこの事業が生徒に障害とは ならない、むしろプラスになると考えていることを示している。それは、生徒の進学は推薦入試に よるものが多いので、生徒が自ら学ぼうとする姿勢を生み、最大限それを評価することが可能だと 考えられる。そして、 「目指せスペシャリスト」事業は、進学機能を働かせようとするものだからこ そ、「大学の進学の武器として利用」 (A校の担当教員) 、「現実に目指せスペシャリスト関係で大学 等に進学しているから」 (C校の担当教員) 、そして、「スペシャリスト・プログラムと進学(進路) 問題を十分に両立できる問題であると思う」 (B校の担当教員以外の教員)などの意見の通り、専門 高校での進学機能の整備に資するといえる。 ― ― 129 「目指せスペシャリスト」事業にみる専門高校改革 ᪩ȻȽɞ ᪩ȻɂȽɜȽȗ ȼȴɜȻɕțȽȗ 一方、 (図 )の「障害となる」 8 (10%)という意見では、 「元々このプログラムは一部の生徒のた めの物か、多くの生徒を対象とするのかが不明確で、直接関心がない生徒には障害となる」 (A校の 担当教員)、 「他の教科を公欠として抜けて活動しているため」 (B校の担当教員) 、 「これに使われる 時間を今は、しっかり確保されていない。通常の授業の他に時間を設けるべきである」 (B校の担当 教員)、 「本来の授業を抜けてスペシャリストの授業に参加するから、時間数が足りないのです」 (B 校の担当教員)という指摘がある。要するに、学校の取り組みによって、生徒の支障になる可能性 がある。特に、通常授業の両立の問題と、公欠による生徒の成績や学力が下がる問題が明らかである。 9 この問題については、生徒と保護者に対して調査した結果にも表れた。 (図 )は、生徒の全員 に対して「『目指せスペシャリスト』の問題点(気になること) 」という質問の調査結果である。そ の結果の上位 項目を取り上げて検討する。 2 ᤣᬱᄻ ȰɁͅ ๊ӦȾՎӏȺȠȽȢȽɞ ޙɁໄ϶ȟȺȠȽȢȽɞ ژᇀޙӌȟᡵȾ͇ȞȽȢȽɞ ȷȗȹȗȤȽȗ॑ᥓ ȟ˩ȟɞ॑ᥓ ᣮࢠɁૌഈɁඑ࢚ ᴢ ! (図10)は、 「『目指せスペシャリスト』の問題点(気になること)」という質問の調査結果をさら に生徒参加別によって分析したものである。プログラムに参加している生徒は半数以上(55.4%) も「プログラムの難しい内容に付いていけない心配がある」と示している。 ― ― 130 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第55集・第 号(2006年) 1 ᤣᬱᄻ ՎӏȪȹȗȽ ȗႆा ȰɁͅ ՎӏȪȹȗɞ ႆा ๊ӦȾՎӏȺȠȽȢȽɞ ޙɁໄ϶ȟȺȠȽȢȽɞ ژᇀޙӌȟᡵȾ͇ȞȽȢȽɞ ȷȗȹȗȤȽȗ॑ᥓ ȟ˩ȟɞ॑ᥓ ᣮࢠɁૌഈɁඑ࢚ ᴢ !"#$ そして、プログラムに参加している生徒を対象にして、 「目指せスペシャリストの勉強は難しいと 思いますか」というという質問で調査してみると、84%の生徒が難しいと示した。この状況は、レ ベルの高い資格取得へのチャレンジを目指しているD校に顕著に表れた。(図11)では、 9 割以上 (94%)のD校の生徒が難しいと感じていることが分かった。 ȻȹɕᫍȪȗ ɗɗᫍȪȗ ȕɑɝᫍȪȢȽȗ пུᫍȪȢȽȗ さらに、D校の生徒に対して、 「高度な資格に挑戦するために、学校に対しての希望ややってほし いことは何ですか」を調査すると、以下のような指摘があった。 「もっとわかりやすい授業にしてほしい。ゆっくりと詳しく教えてほしい。 (生徒のペースで 授業を受けたい)」 「資格検定取得のための補習を多くしてほしい」 、 「詳しく説明してほしい。計 、 算などのやり方も、 簡単な説明ではなくて細かくしてほしい」 「資格検定の講習を徹底的にやっ 、 てほしい。 1 人 人が理解するまで教えてほしい」 1 、「個人が分からない所をすぐ聞いて理解で きるように、 1 つの教室に40人なら、今は ∼ 人の先生だけど、もう少し増やす」 1 2 、「普通の 授業がいらない」、 「普通教科を減らして、自分のしてみたいことを選択科目として多く取り入 ― ― 131 「目指せスペシャリスト」事業にみる専門高校改革 れてほしい。」 すなわち、生徒の学習能力を超えた取り組みによって、通常の授業時間以外の補習・講習が必要 となる。 難易度の高い資格取得や特許出願にチャレンジしたり、先端的な技術の開発研究を推進したりし ようとする教育内容は、元々学習指導要領のレベルを超え、後期中等教育内容の役割も変える。こ れは「目指せスペシャリスト」事業の最大の特徴の一つでもある。そこには、中程度以下の学力し か持たない生徒がそれらに耐えられるかという問題だけではなく、教員研修や生徒への補習等によ る教員の負担、外部の講師の招待等、学校側はそこまで教育サービスを提供できるかという問題が 示された。 この問題について、子供がプログラムに参加している保護者に対する調査結果でも、半数以上 (52.6%)が同意している。また、生徒全員に対して「今まで、参加して、よくなかった、また、 困ったことは何ですか」についての調査結果でも、通常の授業の欠席に関する意見がほとんどであ る。 「丸一日スペシャリストの時、授業が少し遅れてしまう」 (B校の生徒) 、 「授業に出られない ことがあるので、勉強が遅れること」 (B校の生徒) 、 「一日スペシャリストやるので、普通授業 が受けられず授業内容がわからなかった」 (B校の生徒) 、 「授業内容を見学していたりした時な どで見落としたり、提出物の用意が遅れてしまったりすること」 (B校の生徒) 、 「一日全部見学 などに行ってしまって授業に出せず、成績が下がってしまったことです。 」(B校の生徒) 通常授業との両立の問題と、それに伴う生徒の成績や学力の低下問題は、 (図 )の「教育課程の 6 新設と編成」 (27.5%)という実施困難と関係している。すなわち、 「目指せスペシャリスト」事業 を推進すると同時に、通常授業との位置づけの調整が要請される。 全体の調査結果から見ると、学習意欲を高めるという「目指せスペシャリスト」事業の目的につ いて、生徒( 割)も、保護者( 割弱)も、事業の実績を高く評価していることが分かる。とこ 8 6 ろが、実施に伴って、教員の多忙化、学習内容の難しさ、通常の授業の欠席による生徒の学力低下 等、いくつもの課題が残っている。 そのほか、学校側は生徒や保護者への説明責任を果たしていないことも分かる。この事業に参加 していても、 「自分の学校が『目指せスペシャリスト』事業の指定校になったこと」を知っている生 徒は半数(56.7%)だった。また、自分の子供が学校の「目指せスペシャリスト」事業に参加して ― ― 132 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第55集・第 号(2006年) 1 いることが知らなかった保護者は8.3%もいる。特に、D校の場合、実際に参加しているのにもかか わらず、自分が参加していることを自覚していない生徒も多かった(63.5%)。前述で提起した通常 授業との両立の問題と、それに伴う生徒の学力低下の問題があることで、さらなる学校側の説明責 任が問われているにもかかわらず、生徒や保護者には十分認識されていないのが実状である。 以上のように、アンケート調査結果の分析を踏まえ、 「目指せスペシャリスト」事業において、政 策側の企画立案と学校側の実施との間に乖離が見られるだけではなく、専門高校教育改革の可能性 と限界についても考察してきた。以上より、専門高校の改革の課題について 点提起する。 3 第一に、目標とする学力水準と実態とのギャップの問題である。高度な技術資格取得を目指して いる「目指せスペシャリスト」事業の指定校は、取得するのが難しい資格の挑戦を手段として生徒 の学習意欲を喚起することを通じて、普通高校や総合高校との差異づけを目的としている。ところ が、アンケート調査分析の中で、商業系のD校の取り組みで検討したように、 「大学卒業程度の能力 を要する高度資格取得への挑戦を通したスペシャリストの育成」 、 「大学レベルの教材活用による個 別指導の実践」等のように、生徒の発達段階に相応しくない教育内容のレベルと、生徒の学習能力 を超えた取り組みは、専門高校の生徒の学力の実状を無視し、学校を職業訓練校や資格取得予備校 に発展させていく恐れがある。しかも、専門高校に来ている生徒の学力は高校生全体の中程以下と 指摘されているにもかかわらず、その能力をレベルアップするのは、限界があると考えられる。 第二に、学校内格差の拡大の課題である。 「目指せスペシャリスト」事業のような「多様な専門 性」の改革は、指定校の中で一部の生徒しか参加できない状況になっているという学校内格差付け の問題をもたらした。 調査対象であるC校は、 その実施報告書の中で、 「研究開発実施上の問題点及び今後の研究の方向」 について以下のように提示した。 「本科で取り組んでいる『目指せスペシャリスト』は、今のところどうしても『一部の人間が やっていること』という意識が関係者以外の生徒や教職員にあり」 これは、専門教育の専門性が強調されるので、改革の内容や研究開発事業は専門学科を中心に行 われる。アンケートの分析でも検討したように、特定の専門性が深化するにつれ、普通科教員の無 関心という問題が生じ、全校の生徒や教員への展開も難しくなる。 また、大いに生徒や保護者に賞賛されている「海外技術交流事業」について、C校は「専門高校 における海外技術交流事業の可能性」を検討している。 「会社訪問や就業体験などの校外学習を行ったが、交通費などの生徒負担と安全確保の点に少 し問題を感じた。校外学習は今後も行う予定があるので、生徒、保護者の理解と協力が得られ ― ― 133 「目指せスペシャリスト」事業にみる専門高校改革 るよう努めなければならない」 「参加希望者は多いが、渡航費用など現実的な問題により見合わせるものも少ない。 」 実際に、普通高校へ入って進学を希望しても、家庭環境のため断念せざるを得なくなり、専門高 校に入って就職へと進路を変更する生徒がかなりいる。この前提の下、海外へ技術交流ボランティ アというような創意ある提案では、参加者に相当の資金援助を与えないと、全学科の参加の可能性 が低くなると考えられる。教員はもとより、いくら保護者の希望であっても、このような理由によ り、研究事業の共有に支障をもらす状況に陥っている。 第三に、学校間格差の拡大の課題である。90年代以降の多様な専門性の改革によって、専門高校 の学校間での格差・序列化等の問題ができてくる。専門高校の活性化のための「手段」である「目 指せスペシャリスト」事業は、各指定校で良い実績を生み出したが、指定校内の生徒全員どころか、 専門高校の全体に実績を共有することができるかどうかには疑問が残る。普通高校と違って、機械、 設備、材料等、固定資本が必要な専門高校はこれまでより資金がかかる学校である。財政難の政府 が「先進校」の成功した経験を他の専門高校へ持ち込めるかどうかは疑問である。また、人気が低 迷している専門高校は、優秀校を選ぶという競争原理の下で全体的にレベルアップではなく、むし ろ専門高校においてピラミッドを形成し、生徒の欠員増大等の教育困難校がさらに増える事態が生 じる可能性もある。特に、専門高校教育は、学校間の格差による機会均等など公教育の保障が難し くなっていることに対しても、保護者、生徒、社会大衆等への説明責任が問われるところである。 最後に、今後の残された研究課題を挙げておく。第一に、この「目指せスペシャリスト」事業は、 2003年に実施され、2006年現在も、指定を継続している。したがって、本来の狙いと目標を果たし うるか否かについては、しばらく観察と調査検証を続ける必要がある。 第二に、1990年代以降の職業高校教育の改革の方針である「専門性の向上」について、 「今の社会 というD校の担当教員の指摘の通り、1980年代後半以 が高校生に高度な専門性を求めていない。 」 降、職業学科、専門学科、専門高校を含む高校職業教育としての存在意義が問われ続けてきた今日、 生徒、保護者、社会等が実際に何を求めているのかを考慮しながら、高校職業教育(専門高校教育) における「専門性」の向上と深化の意味を慎重に再考しなければならないと考えている。 筆者が作成したアンケート(以下、アンケートと略す)の中で、 「今日の専門高校教育の課題は何であるとお考え ですか」という教員全体に対する質問項目の調査結果において、 「生徒の進路として、就職も進学も考えねばならな いという矛盾がある」、「より高度な進学希望者への対応(進学するためには高度な資格取得が必須であるが、合格 のためのノウハウと専門科目の探究は必ずしも一致しない)→このことに対する研修が不足」というD校の担当教 員の意見より。 アンケートの中で、 「今日の専門高校教育の課題は何であるとお考えですか」という教員全体に対する質問項目の ― ― 134 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第55集・第 号(2006年) 1 調査結果において、A校の担当教員の意見より。 アンケートの中で、 「今日の専門高校教育の課題は何であるとお考えですか」という教員全体に対する質問項目の 調査結果より。 文部省(当時)では、後期中等教育の職業教育の一層活性化を図るため、1994年 月から「職業教育の活性化方 4 策に関する調査研究会議」(座長・有馬朗人理化学研究所理事長、現参議院議員)において検討を行ってきた。そし て、1995年 月に、職業教育の課題を「スペシャルリストへの道」と題する最終報告書に取りまとめた。 3 「……この ことから、職業高校における職業教育も、現実の産業界から求められる知・技術の水準を視野に入れながら、スペ シャリストとなるための第一段階として、必要とされる専門性の基礎的・基本的な教育に重点をおく必要が高まっ ている。したがって従来の『職業高校』という呼称を『専門高校』を改めることにより、このような考え方を明確 にする必要がある」 文部科学省の報道発表「平成16年度目指せスペシャリストの決定について」、文部科学省ホームページ。 文部科学省の報道発表の平成15年度・16年度「目指せスペシャリストの決定について」 (文部科学省ホームペー ジ)と、各指定校のホームページの内容、公開資料、報告書等により作成。 「バイオマス」とは、生物体をエネルギー源または工業原料として利用することである(文部科学省の報道発表 「平成16年度目指せスペシャリストの決定について」により)。 「ビオトープ」とは、都市の中に動物・植物・人間が共存できる生息空間を造成または復元することである(文部 科学省の報道発表「平成15年度目指せスペシャリストの決定について」により) 。 「アントレプレナーシップ」とは、起業家精神である(文部科学省の報道発表「平成15年度目指せスペシャリスト の決定について」により)。 「ファイナンシャルプランナー」とは、資産の運用を顧客にアドバイスする人である(文部科学省の報道発表「平 成15年度目指せスペシャリストの決定について」により)。 各科の 年生の クラスと、 1 3 2 年生の クラスによる調査対象の人数。 3 研究開発の実施方法・規模に関しては、原則的に全学科を対象にして、教育課程全体を通して取り組んでいるが、 実際に研究開発グループとして希望者募集している学校がある。そのため、本研究の調査では、教員・生徒・保護 者の「参加している」と「参加していない」の分類と、対象別のそれぞれのアンケートの配布部数を、当該指定校 の「目指せスペシャリスト」事業の担当者の判断に任せて、アンケート調査を実施した。 アンケート調査結果より。A校の担当教員: 「10年。体勢作りに 年、定着させるのに 年、地域の産業とするの 3 3 に 年。 4 」 筆者が作成したアンケート調査結果より。A校の担当教員:「 年。 5 物事の成果は 年経たないと分からない。 5 」 アンケートの中で、 「高度な資格に挑戦するために、学校に対しての希望ややってほしいことは何ですか」という 教員全体に対する質問項目の調査結果より。 D校の「平成15年度目指せスペシャリスト研究開発実施報告書」第一年次の報告書36頁の抜粋。 D校の「平成15年度目指せスペシャリスト研究開発実施報告書」第一年次の報告書10-11頁の抜粋。 同上。 同上。 学校の取り組む内容によって、事業実施の進度が違ってくるため、調査時点で、まだ始まっていない学校や研究 開発グループもあった。特にD校の場合では、 「目指せスペシャリスト」事業とは、特別なプログラムを設置するこ とではなく、教材を通常の授業に取り組んだり、従来の実習を充実させたりしていることである。そこで、指定校 ― ― 135 「目指せスペシャリスト」事業にみる専門高校改革 の中で、実際に参加していても、自覚していない生徒が多かった。これらの考慮があるため、図 は生徒全員から 8 得た結果を示す図であるが、参加者だけではなく、不参加者にも、 「目指せスペシャリスト」事業の問題点、疑問点 や気になることを提示してもらったものである。 C校、「平成15年度目指せスペシャリスト研究開発実施報告書 第 年次」 1 、2003年 月、28頁。 3 同上。 同上。 アンケートの中で、 「今日の専門高校教育の課題は何であるとお考えですか」という教員全体に対する質問項目の 調査結果より。 新海英行・寺田盛紀・的場正美『現代の高校教育』大学教育出版、1998年 月、71頁。 8 ― ― 136 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第55集・第 号(2006年) 1 ( ) ( 専門高校) ― ― 137 「目指せスペシャリスト」事業にみる専門高校改革 : ― ― 138
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