ランチョンセミナー 1 - 3 ランチョンセミナー1 常同障害と痛み * 入 交 眞 巳 1) Mami IRIMAJIRI 協賛:動物のいたみ研究会 は じ め に 常同障害(Compulsive disorder)はストレスや 月たって、身体検査や画像からは理論上痛みが認め られていないはずなのに認められる。そして、術野 近辺を執拗に舐め続けるために包帯が取れなくなっ 葛藤から由来すると考えられており、人の強迫性障 害に類似する。明確な目的や機能を持たない、反復 たり、症例によってはギブスや固定具を外したあと にも執拗に術野や周りを舐めてかじったりすること 性の比較的単調な行動を示し続け、通常これらの行 動は動物の維持行動から由来する。人の強迫性障害 (Obsessive compulsive disorder)と症状や病態 生理(Ogata, 2013) 、治療薬に対する反応が類似 から、骨折の治癒がうまくいかなくなり、再度手お 術が必要になった症例もある。 気になって繰り返し舐めたりかじったりする行動 のきっかけが痛みや違和感であったとしても、この している(Goldberger 1991) 。一般的な症状とし ては、回転、尾追い、自傷、旋回、歩き回る、幻覚 行動が常同障害に発展してしまうこともあるため、 画像からの情報や、触診からの情報と動物が見せて を見ているような行動、光や影追い、ハエ追い行動、 壁に沿って走る、発声などがある。特定の常同行動 を頻発する動物種、品種、血統が存在するが、発症 自体は年齢、性別、品種にかかわらない。平均的な いる行動が食い違うときは、葛藤行動から常同障害 に発展したと考えても良いのかもしれない。 発症年齢は性成熟のころであることが多いが、幼齢 期や老齢でも発症は認められる。症状として表れる 行動は品種によって特徴がある。たとえば、柴犬、 ジャーマンシェパードは尾を追う行動をよく観察す るし、大型犬だと肢端舐性皮膚炎(肉芽腫) 、ドー ベルマンピンシャーだと横腹吸い行動など、品種に よって特定の行動が多くみられる傾向にある。 痛みと常同障害 常同障害の治療 常同障害は、セロトニンの枯渇、あるいはセロト ニンと他の神経伝達物質とのバランス異常から起 こるとされており、神経伝達物質のバランスの崩れ から脳の情動と関連した運動をつかさどる脳内サー キットの抑制や興奮のバランスが崩れた結果、繰り 返し行動や静止行動が過剰になっていると考えられ ている。 治療には薬物療法と環境修正および行動修正を一 緒に行うことが多い。薬物療法では、セロトニン 常同障害はストレスがきっかけとして発症するこ とが知られているが、ストレスの原因として「痛み」 も 1 つの要素として考えられる。 手術後の痛み、違和感などから常同障害を発症す 再取り込み抑制剤が有効である。現在は主に三環 形抗うつ剤の 1 つである塩酸クロミプラミン(犬: 1-3 ㎎/㎏.bid、 猫 0.5-1 ㎎/㎏/sid)か、 選 択 的 セ ロ トニン再取り込み抑制剤である塩酸フルオキセチ る場合、最初は痛みや違和感から術野に近い部分を ン ( 犬:1-2 ㎎/㎏/sid、猫 0.5-1 ㎎/㎏/sid) を用いる。 過剰に舐めたり、包帯を舐めたり、包帯のはじをか じったりするような行動が、手術後数週間から数か 本国では、塩酸フルオキセチンは手に入らないた め、我々は個人輸入するしか現在方法はない。塩酸 * Pain and compulsive disorder in animals 1) 日本獣医生命科学大学獣医学部:〒 180-8602 東京都武蔵野市境南町 1-7-1 第 35 回動物臨床医学会 (2014) 183 ランチョンセミナー 1 - 3 ランチョンセミナー1 フルオキセチンを使用する代わりに選択的セロトニ ン再取り込み抑制剤である塩酸パロキセチンや塩酸 フルボキサミンの使用も可能であるが、残念ながら 前に挙げた 2 剤のように臨床治験が行われていない ため、一般的に効果がどれくらいであるかは不明で ある。 クターか、JAPDT の認定する CPDT という称号を 保持しているか問うてみたり、しつけの具体的方法 を問うてみるのも良いと考える。万が一チョーク チェーン(首を絞めてしまう鎖の首輪)を用いる方 法や金属の入った袋を犬に投げつける方法、動物を 投げつけたりたたいたりする方法がつかわれている 環境修正としては、常同障害の原因はストレスで のであれば、要注意である(そんな方法は使う意味 あるため、犬や猫の飼育環境をよく把握し、スト レスのあるような環境であれば直接的な原因ではな がない) 。 具体的な対策としては、もし、手術した後をなめ くても、改善するように指導する。また、犬でも猫 でも飼い主がイタズラや問題行動を是正しようと すぎているような犬であれば、舐めていたら、何ら かの音などを出して行動を中断させ、行動をやめて 叱っている場合(体罰でも口頭のみでも) 、そのこ と自体が動物のストレスとなっている可能性がある 「何の音だろう」となっているところに「おすわり」 や「おいで」など舐める行動と一緒にはできない犬 ため、正しく学習の理論を飼い主に理解してもら い、 「叱ること」は動物にとってはストレスとなるた の知っている行動をさせ、できたらその新しい行動 に対して報酬を上げる。 め、ただ叱るのではなく理論的に正しく行動を変え る方法を学ぶ必要があることを伝えないといけな ま と め い。正しく学習の理論を知っている動物のドッグト レーナーや訓練士は限られているため、訓練士やト レーナーを紹介する際には十分彼らの知識と能力を 「いたみ」から生じる問題行動、あるいは、問題 行動だとの主訴で来院するも痛みが行動変化の原因 理解したうえで行わないといけない。ちなみに、最 近演者は、訓練士による訓練から犬が死んでしまっ た例を聞いている。訓練士やトレーナーの質がよく わからない場合には、JAHA のしつけインストラ であることは多々見受けられる。動物は行動を変化 させることで、彼らの身体的な痛みや精神的な痛み を表してくるため、 「行動」にもよく注意をはらって ほしい。 184 第 35 回動物臨床医学会 (2014)
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