はしがき

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中国は、自動車販売台数が 2006 年に 711 万台に達し、日本を抜いて
世界第二位の自動車市場国となった。さらに中国では 2010 年に 1,000
万台にまで自動車市場が拡大すると予測されている。
このような中国自動車市場の拡大を支えているのは、大量生産システ
ムの形成と大量流通システムの発展にほかならない。本著でわれわれが
着目したのは後者の自動車流通システムである。
流通システムの根本的変化
1990 年代以前の中国の自動車流通においては、社会主義計画経済時
代の残存物が、新たに出現した市場経済的流通システムと渾然一体と
なって存在していた。
だがWTO加盟を契機に、中国の自動車流通システムに根本的な変化
が次々と起こっていく。われわれは 1995 年から中国自動車流通調査を
継続的に行っているが、2001 ∼ 2002 年頃から自動車流通において急激
な変化が起こり始めたことを把握することとなった。
最初にわれわれが経験したのは、「 3S店」
「4S店」
(用語の定義は
後に本文で詳しく説明)と呼ばれた自動車販売店の登場である。それ以
前の自動車販売店は、雑居ビルの1階に小規模なショールームを作り込
んだ店舗形態(「1S店」
)が大半であった。こうした1S店は新車販売
のためのショールームのみで、アフターサービスのための整備工場が併
設されていなかった。ところが、新たに登場した3S店・4S店は数倍
の広さのショールームとともに、車両が一度に 30 ∼ 50 台も整備できる
大規模整備工場を備えつけていた。それらは日本や欧米で見られる標準
的なディーラーよりもさらに規模の大きいショールームや整備工場を有
していたのである。そして、こうした3S店・4S店はマーケティング
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とセールスの面でそれ以前の1S店と根本的に異なるシステム的優位性
を発揮するようになっていた。
次にわれわれが見たのは、巨大な汽車交易市場
(オート・モール)
であっ
た。2002 年 6 月に建設中の北京経開国際汽車展場を訪問した時、巨大
な敷地に4S店が数店舗も並び、さらに 20 数店舗の建築計画があるこ
とを聞いた時に、米国型の本格的なオートモールが中国にも出現するで
あろうことを確信した。さらに、空港にある大規模な建物のような自動
車スーパーマーケットを見て、世界最大規模の自動車流通施設が中国に
出現したことを知ることとなった。
こうした中国自動車流通システムにおける根本的転換を本書では「従
来のシステム均衡の破壊」から「新たな発展段階でのシステム均衡の出
現」と呼んでいる。その内容は詳しくは後の「序章」で説明するが、小
売専門店・単一メーカー車種専売店・テリトリー制・オートモール等の
諸要素からなる、市場経済国との類似性の高い新たな自動車流通システ
ムが中国に登場したことを意味している。
ともあれ、自動車流通においてこうした革新が生まれていった過程は、
中国自動車産業における先発メーカーに後発メーカーがキャッチアップ
し、さらには逆転していくプロセスでもあった。すなわち、前述の4S
店の販売店ネットワークを最初に築いたのは、後発メーカーである広州
本田や上海GM、一汽豊田であった。後発メーカーが流通システムの革
新を先行的に進めてく一方で、先発メーカーの上海VWと一汽VWはそ
うした流通革新に遅れをとり、1990 年代の遺産を食い潰していくこと
となった。2000 年から 2005 年にかけて上海VWのシェアが急激に低下
していったのは、その典型的証左である。
本書の構成
ここで本書の構成を簡単に紹介すると、第Ⅰ部「先発メーカーの苦悩
と改革――上海大衆汽車――」は、上述の先発メーカーの立ち遅れの原
因とその打開策について述べている。第Ⅱ部「後発メーカーの優位とシ
ステムの移転――広州本田汽車の事例」では、後発メーカーにおけるシ
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ステム革新の進展について主として分析している。第Ⅲ部「中国式オー
ト・モール――汽車交易市場」では、当初中国的色合いの濃かった汽車
交易市場が、徐々に市場経済国的なオートモールへと転換していく過程
を描き出すとともに、
残された中国的特質にも言及している。第Ⅳ部「中
古車流通の現状と今後の方向」では、市場経済国的基準からすると最も
遅れている領域である中古車流通においてどのような変化が起こってい
るのかについて明らかにしている。
本書を読んでいただきたいのは、なによりもまず、実際に中国自動車流
通ビジネスに直接に関わっておられる方々である。たしかにビジネス書と
してはページ数が多く、また子細な叙述が繰り返され、読みにくい面もあ
るが、事実を丹念に追う中で正確に実態を伝え、現実のビジネスに対し
て有益な情報を提供していると自負している。また情報提供という点では
豊富に揃えた写真が実態を理解するのに助けとなると信じている。
加えて、中国自動車流通を研究の対象にしようとしている大学院生、
学部生にも基本文献としてぜひとも読んでいただきたいと念じている。
本書は中国自動車流通に関する最も包括的な実証的研究の著である。
筆者を代表して 塩地 洋
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