81 3 腐食と劣化(3) 非鉄金属材料の劣化 世 利 修 美・境 昌宏 室蘭工業大学工学部機械システム工学科 キーワード:ア ル ミ ニ ウ ム (Aluminum) ,銅 (Copper) ,腐 食 (Corrosion) ,孔 食 (Pitting Corrosion) ,水質 (Water Quality) ,電気化学 (Electrochemistry),防食 (Corrosion Control) アルミニウム酸化物の組成と標準生成自由エネルギー2) 表 1 アルミニウムと銅は,現代社会を支える重要な非鉄 酸化物 金属材料である。しかし,どちらの金属も使用環境に よっては腐食を起こす場合がある。本稿では,アルミ 名称 化学式 自由エネル ギー [kJ・mol−1] 備考 コランダム α ―Al2O3 −1 582. 3 corundum δ ―Al2O3 ― ρ ―Al2O3 ― κ ―Al2O3 ― γ ―Al2O3 ― ニウムと銅の腐食のうち,特に孔食に焦点をあて,孔 ついて解説した。 はじめに ここでは,非鉄金属材料としてアルミニウムと銅を取り 酸化アルミニウム 食の発生要因,発生メカニズム,およびその対策法に 挙げる。アルミニウムは卑な金属であり銅は貴な金属であ り,腐食・防食の考え方は違う。別々に解説する。 はアルミナともいわれ,こ る。酸化アルミニウム(Al2O3) と れに結晶水がつくと水酸化アルミニウム(Al2O3・nH2O) なる。水酸化アルミニウムは,さらに,結晶状の水酸化ア ルミニウム(アルミナ水和物) とゲル状の水酸化アルミニウ 。一般に表 1 のように まとめられる。 酸化皮膜の物理的健全性を計るパラメータとして,皮膜 の物理的整合性と電気絶縁特性がある。酸化皮膜の体積 V0 −1 831. 7 Boehmite ダイアスポ Al2O3・H2O ア −1 841. 8 Diaspore ハイドラル ジライトあ Al2O3・3 H2O −2 310. 2 るいはギブ サイト バイヤライ Al2O3・3 H2O ト アルミナゲル ム(アルミナゲル) に分類される 1) , 2) 水酸化アルミニウム アルミニウムの耐食性は,表面の酸化皮膜に負ってい アルミナ水和物 1.アルミニウムの酸化物 ベーマイト Al2O3・H2O と金属の体積 VM の比があまり大きいと皮膜と母地にひず 無定形水酸 化アルミニ ウム Al (OH) 3 擬ベーマイ ト ― Hygrargillite or Gibbsite ― Bayerite amorphous aluminum hydroxide −1 276 ― pseudo―boehmite みを生じ,皮膜自体が物理的にはく(剥) 離する。一般に 2〜2. 0 程度がよい3)とされている。酸化アルミ V0/VM=1. 28 で良好な整合性を ニウム(コランダム) の V0/VM は,1. が極めて安定かつ緻密で絶縁性があるためである。機械的 示す。また,電気伝導度が小さい酸化皮膜は絶縁体として な損傷を受けた場合でもすぐ再生するため,良好な耐食性 働き,金属内部を絶縁保護する。 を維持することができる。したがって,アルミニウム腐食 のトラブルは皮膜の健全な機能が妨げられる環境下で起こ 2.アルミニウムの腐食挙動 り,しかも,皮膜の一部分だけが,破壊される局部腐食(lo- 2. 1 電気化学特性 calized corrosion) の問題が重要である。アルミニウムの 4) アルミニウムの電位―pH 図〔プールベイダイヤグラム 〕 を図 1 に示す。 腐食は事実上,アルミニウムの局部腐食に集約されると いっても過言ではない。 アルミニウムの標準電極電位は−1. 66〔V vs. SHE〕 と卑 2.2 金属組織 であり,熱力学的には活性な金属と分類される。しかし, アルミニウムの酸化皮膜構造は,その金属組織によって 実用上は良好な耐食性を示す。これは表面の自然酸化皮膜 左右される。金属間化合物に代表される析出二次相が表面 5) 〔バリヤー皮膜と呼ばれ,通常 1 nm 位の厚みを有する 〕 に露出すると,その界面には不連続部ができる。この不連 空気調和・衛生工学 第7 9巻 第9号 69 81 4 腐食と劣化(3) 講座 図 2 図 1 無機塩溶液中での 1100 の溶解量 (25℃) アルミニウムの電位―pH 化する。 続部は物理的にも化学的にも母材との整合性は劣り,皮膜 アルミニウム酸化皮膜は電位依存性が強く,自由表面上 絶縁性は悪化する。例えば,アルミニウム中の鉄は金属組 で皮膜破壊が始まる電位を孔食電位(Epit:pitting poten- 織学的にはアルミニウム母相中にはほとんど固溶せず, tial) と呼んでいる。孔食電位と塩化物イオンの活量 aCl−と FeAl3 などの金属間化合物相として存在する。アルミニウ の関係は下式のように表わされる8),9)。 ム母相〜FeAl3 界面は欠陥の多い不健全な皮膜構造となっ 6) ており,通常この部分から腐食が始まる 。 2. 3 環 境 酸化皮膜を破壊あるいは不安定にする環境下では,アル ミニウムの耐食性は悪くなる。環境側の因子は多々挙げら れるが,ここでは pH,溶存酸素,溶存アニオンの影響に ついて述べる。 ( 1 ) pH Epit=A+B ×log aCl− ……( 1 ) ただし,A,B は実験によって決まる定数であり,アルミ ニウムの場合の b は−0. 07〜−0. 12 V/decade を示す10)。 塩化物イオンが増加すると孔食電位は卑となり,孔食は起 こりやすくなる。 2.4 局部腐食のメカニズム(孔食を中心に) 塩化物イオンを含有した中性環境中で起こる局部腐食の メカニズムを,孔食を例にとって説明する。G. Wranglen アルミニウムは両性金属であるため,酸にもアルカリに による模式図11)がよく知られているが,これは塩化物イオ も溶解する。工業用アルミニウム(1100) の溶解量と pH の ンが濃い場合のメカニズムであり,通常は塩化物の濃淡と 関係を図 2 に示す7)。 腐食時間の組合せにより図 3 のように説明される12)。 アルミニウムは基本的には酸化皮膜が安定な pH 5〜8 孔食発生期 で使用 さ れ る べ き 材 料 で あ る。pH<5 お よ び pH>8 で アノード反応はアルミニウム母相の溶解であり,カソー は,それぞれアルミニウムイオンおよびアルミン酸イオン ド反応は,例えば FeAl3 などの表面で起こる溶存酸素の還 として溶出する。そのときの溶解量は共存するアニオン種 元反応である。 によって異なる。 (2) 溶 存 酸 素 + (OH) Al+3 H2O=Al 3+3 H +3 e − O2+2 H2O+4 e=4 OH ……( 2 ) ……( 3 ) 自然環境下におけるアルミニウムの腐食は,通常カソー 式( 2 ) のアノード反応は固体〜固体反応であり,その反応 ド支配であり,溶存酸素が関与する場合が多い。水中には 速度は遅い。孔食発生までの溶液環境(低 pH,高塩化物 8 ppm 前後の溶存酸素が存在しており,溶存酸素が主原因 イオン濃度) が整う時間(孔食潜伏期) が必要となる。腐食 の腐食は流速に影響される場合が多い。 生成物としての Al (OH) 3 はアノード部とカソード部の間 ( 3 ) 溶存アニオン 中性域のアルミニウムの腐食では,塩化物イオンの影響 に存在し,バルク溶液〜食孔内溶液間の溶液混合を妨害 し,孔食成長を助長する。 は大きい。中性域で影響を及ぼさないアニオン(例えば酢 孔食成長期 酸イオン) でも塩化物イオンと共存した場合,耐食性は劣 塩化物イオンが薄い場合のアノード反応は低 pH 下にお 70 平 成1 7年9月 81 5 非鉄金属材料の劣化/世利修美・境 昌宏 異常溶解である。孔食形態は一般的に結晶方位性を持った 表面になる。 アルミニウム材料の場合は,局部腐食が一度発生すると 自己触媒的14)に成長する特徴があり,局部腐食を防止する には,その限界電位と自然腐食電位との相対的な位置関係 を知り制御することが重要となる15)。すなわち,使用する 環境中での自然腐食電位が孔食電位や再不動態化電位など の限界電位より卑にすれば,局部腐食を抑えることができ る。防食対策として耐孔食対策の方法を図 5 を用いて説 明する。 孔食が起こるケースは,アノード分極曲線(A 1) とカ ソード分極曲線(C) の組合せであり,これを避けるために は基本的には二つの方法がある。一つは孔食電位を貴にす る方法〔アノード分極曲線(A 2) 〕 であり,もう一つは孔食 図 3 アルミニウムの孔食発生と成長の模式図 電位でのアノード電流値を増大させる方法〔アノード分極 曲線(A 3) 〕 である。(A 3) の場合,電流値が(A 1) より大 きくなるが全面積で腐食電流を負担するため電流密度は小 けるアルミニウム母相の溶解であり,カソード反応は さくなり,局部的な溶解とはならない。 FeAl3 表面で起こる水素イオンの還元反応である。このと カソード分極曲線とアノード分極曲線を重ね合せ,その きの FeAl3 表面はアルミニウムの選択溶解により鉄分が濃 交点が孔食電位以上で交わると,孔食が発生すると判断す 縮され, 表面活性になっているか, あるいは脱落した FeAl3 る幾何学的手法を代数的に表現したパラメータがある。ア の鉄成分の溶解と再析出(金属鉄) が起こっているため,水 ルミニウムの孔 食 発 生 係 数( f Al pit:pitting occurrence factor 素イオンの還元反応は極めて起こりやすくなっている。 for aluminum) であり,下式のように定義される16)。 Al=Al3++3 e ……( 4 ) + 2 H +2 e=H2 f Al pit= ……( 5 ) (Ec0−Epit) ipith(S + ρ L(Sa/Sc) c a/Sc) ……( 6 ) この場合,すべての FeAl3 周辺が孔食に成長することは ただし,E 0c はカソード の 自 然 腐 食 電 位(V) ,Epit は ア なく,Al (OH) 3 の付着状況や流速,表面状況,あるいは ノードの孔食電位(V) ,ipit は孔食電位でのアノード電流密 水素ガス発生による食孔中へのバルク溶液の流入など,複 ,hc はカソードの分極抵抗(Ω・m2) ,Sc はカソー 度(A/m2) 雑な多数の要因が関与してくる。 ,Sa はアノードの面積(m2) , ρ は溶液の比 ドの面積(m2) 抵抗(Ω・m) ,L はアノード〜カソードの到達距離(m) ,S 3.分極曲線と孔食発生の関係および防食対策 腐食挙動の概略を知るためには,電流〜電位曲線(分極 である。 はアノード〜カソードの到達面積(m2) このパラメータによれば,f Al pit≧1 ならば孔食を起こし, Al pit 曲線) を測定する場合が多い。通常縦軸に電極電位,横軸 f <1 ならば孔食は起こさない。孔食対策の具体的な指針 には電流密度(対数目盛) をとる。この場合,曲線の傾きは としては,f Al pit<1 になるような材料設計と環境整備を行え 腐食反応に関する一種の反応抵抗を表わす。食塩水中で測 ばよいことになる。これには下記の方法が考えられる。 定した工業用高純度アルミニウム 1050 材の分極曲線の実 測例13)を図 4 に示す。 →小にする。 1)(E 0c−Epit) a) E 0c を卑にする合金元素や環境条件を選択する。 線(A) 〜(B ) はアノード分極曲線,曲線(A) 〜(C) はカ ソード分極曲線を示す。(A) 〜(B) の区間は比較的大きな 分極抵抗を示す領域であり,アルミニウムの全面溶解〔式 14) つまり,カソード部の自然腐食電位を卑にすべき である。 b) Epit を貴にする合金元素や環境条件を選択する。 (2) 〕 を示す区間である 。さらに電位を上げる(貴に分極 例えば,銅やけい素の添加はアルミニウムの Epit を する) と,急激な電流が(B) 点で流れ始める。この(B) 点は 貴にする働きがあり17),インヒビター NaNO3 の添 異常溶解の開始電位を示し,自由表面での異常溶解開始電 加は孔食電位を貴に移行させる働きがある16)。 位を特に孔食電位と呼んでいる。さらに電極電位を上げる →大にする。 2)(ipithcSa/Sc) と,その分極抵抗は極端に小さくなる〔 (B) 〜(B ) 〕 。これ a) ipit を大にする合金元素や環境条件を選択する。 は局部的に破壊された孔食内内部で起こっているアノード (=Ipit/Sa) を大にし18), 例えば,マンガン添加は ipit 空気調和・衛生工学 第7 9巻 第9号 71 81 6 腐食と劣化(3) 講座 図 4 図 5 工業用高純度アルミニウム 1050 のアノード分極曲 線の測定例 4.2 Al pit 銅の過度の添加は ipit を消滅させ( f →∞) 孔食が起 19) 孔食発生と分極曲線の関係 銅管孔食の分類 銅管の孔食は日本だけでなく,世界各国で発生してい こる 。インヒビター NaNO3 の添加は ipit を大きく る。特に欧米では,給湯配管だけでなく給水配管としても する働きがある16)。 銅管を用いるため,孔食発生の問題も多い。米国では銅管 b) hc を大にする合金元素や環境条件を選択する。 の孔食はピンポール(pinhole) と呼ばれ,社会問題として つまり,カソード部の分極抵抗を大にする。例え 最近再浮上してきた24)。ヨーロッパではスウェーデン,イ ば,Al―Si 合金中のけい素はこの効果がある20)。 ギリス,ドイツなどで,また,南半球ではオーストラリ c) Sa/Sc を大にする(Sa を大にし,かつ Sc を小にす ア,ニュージーランドでも銅管の孔食は発生しており,銅 る) 合金元素を選択する。 大きなカソードと小さ 管が使用される地域には,孔食の問題が必ずついて回ると なアノード の組合せは,孔食に発展する可能性が いっても過言ではない。 高いことは経験的に広く知られている21)が,このこ とを示している。 アルミニウムの場合,表面処理を施さずに使用されるこ 銅管の孔食は,その発生環境,形態的特徴からさまざま なタイプに分類されてきた。これまでの分類では,大きく 二つのタイプが提唱されている。それは, 型孔食(Type る。アルミニウムの孔食防止の実際の方法と f Al pit との関連 pitting)と型孔食(Type pitting)と呼ばれるもので ある。これに型 を加える分類法もあるが日本ではあま り一般的ではない。型と型孔食の特徴を表 3 にまと めた。欧米と日本で発生する型,型孔食では若干の違 いはあるものの,共通していえる大きな特徴は,型では 性をまとめて表 2 に示した。 (OH) の 孔食上部に塩基性炭酸銅〔CuCO3・Cu 2,malacite〕 とはまれであり,通常何らかの防食対策がとられる。一例 として,表面の FeAl3 を除去後,陽極酸化皮膜を施した工 業用純アルミニウムの分極曲線を図 6 に示す22)。Epit は現 ,し た が っ て,孔 食 発 生 は 起 こ ら な く な れ ず(Epit=∞) 25) 腐食生成物の盛り上がりが存在するのに対し, 4.銅 の 腐 食 型では塩 (OH) の腐食生成物 基性硫酸銅〔CuSO4・3 Cu 2,brocantite〕 4. 1 はじめに の盛り上がりが存在することである。また, 銅は人類が初めて手にした金属といわれる。現代の産業 区, 型は硬水地 型は軟水地区で発生する場合が多い。日本では,河 を支える三大金属といえば,鉄,銅,アルミニウムである 川水中のカルシウムやマグネシウムなどの硬度成分が少な が,その中でも銅は紀元前 8000 年の新石器時代から用い いため, 23) 型よりも型孔食の発生が多い 26) 。ただし,遊 られているといわれる 。このように,人類とのつきあい 離炭酸を多く含む(通常,15 ppm 以上)地下水使用環境下 が長い銅であるが,金属材料の宿命ともいえる 腐食 の問 では 題は,現在でも完全な解決にはいたっていない。逆に使用 が循環する空調機用銅管においては, 環境の変化に伴い,従来のメカニズムでは説明できない新 孔食が発生する場合がある29)。 たな腐食問題も生じている。ここでは,銅の腐食のうち, 特に孔食について取り挙げる。 型孔食が発生する場合もある 27) , 28) 。また,蓄熱槽水 型孔食に類似した 型孔食発生の水質指標としては,マットソンが提唱し たいわゆる マットソン比 が有名である30)。これは,水中 の重炭酸イオン濃度と硫酸イオン濃度の比(HCO3−/SO42−) 72 平 成1 7年9月 81 7 非鉄金属材料の劣化/世利修美・境 昌宏 アルミニウムの孔食防止法と f Al pit との関連性 表 2 Ec0 孔食防止対策 Epit ipit hc Sa/Sc ρ L/ (Sa/Sc) 合金化 工業用純アルミニ ○ ウム Al―Mn 系合金 ○ Al―Mg 系合金 ○ ○ 表面処理 陽極酸化皮膜 亜鉛拡散処理 ○ クラッド材 ○ 塗 FeAl3 を除去後,陽極酸化皮膜をかけた工業用純ア ルミニウムの分極曲線 NaNO2 系 イ ン ヒ ビター 質と判断される。日本では 型孔食発生傾向の水 型孔食発生のケースが多いた め,マットソン比は孔食発生指標の一つとなる。 最近,日本では 型,型に属さない新しいタイプの孔 ○ ○ ○ ○ ○ 塩化物イオン除去 防食設計 度が重炭酸イオン濃度を上回ると, ○ ○ 溶存酸素除去 であり,この比が 1 より小さい,すなわち,硫酸イオン濃 ○ 装 環境処理 図 6 ○ ガルバニック対を ○ 避ける ○ 腐食低減設計 ○ ○ 食も報告されている。その形態的特徴から マウンドレス 型孔食(Moundless type pitting)と呼ばれている31)。図 7 るという報告があり,孔食対策として残留カーボン量 2 にマウンドレス型孔食の一例を示す。この孔食は 1992 年 mg/m2 以下の銅管を用いる こ と が 提 案 さ れ て い る33)。 に北海道登別市で初めて確認され,その後,これに類似し カーボン皮膜は溶存酸素の還元が行われるカソード部を提 た孔食が全国各地で報告されている。この孔食の最大の特 供し悪影響側に働くといわれており,少ないほうがよい。 徴は,銅の孔食上部に存在するはずの腐食生成物の盛り上 ( 2 ) 環境側因子 がり(mound) が存在しないことである。この特徴から, 銅の孔食はアルミニウムと異なり,材料側因子よりも環 マウンドレスという呼び名がついた。厳密にいえば,マウ 境側因子に支配されて発生することが多い。さらに環境側 ンドレス型孔食でも腐食生成物のマウンドは存在する。た 因子のうち,特に水質に大きく依存する。以下,水質のう だし,それは通常の銅の孔食のように孔食を覆うのではな ち,銅管孔食に影響を及ぼすと考えられるものについて述 く,図 7 に示すように孔食周囲にガラス状の堅固な緑青 べる。 (patina) として存在する。表 3 に示すように,この孔食 a pH の発生環境としては,シリカ濃度が高い水質で発生しやす pH は約 6. 5 を下回ると,腐食速度が急激に増すといわ いということがわかっているが,新しい孔食ということも れている。アルカリ側には強アルカリでない限り,十分な あり,その発生機構には不明な点が多い。 耐食性がある。図 8 に示す銅の電位―pH 図4)からもわかる 4. 3 孔食発生の要因 ように,pH が約 6. 5 以下では,熱力学的に銅イオンが安 銅管の孔食は材料側,環境側の両因子に影響されて発生 定に存在できる環境となる。 する。それぞれの因子について述べる。 ( 1 ) 材料側因子 b 溶存酸素 残留塩素などの強い酸化剤が存在しない限り,溶存酸素 従来から悪影響を与えるといわれているのが,表面に残 は銅腐食のカソード反応を担う唯一の物質のため〔銅の標 るカーボン皮膜である。これは,軟質管(O 材) 製造時の焼 準電極電位は+0. 34 V (SHE) であるため,水素発生をカ 鈍加工の際に,表面に残った加工油が焼き付いてカーボン ソード反応とするような反応は生じない〕 ,少ないほうが 皮膜として管内面に付着したものである。硬質管(H 材) を よい。銅の腐食におけるアノード反応とカソード反応は一 用いる際には,カーボン皮膜の影響は考えなくてよい。 般に次式で表せる。 カーボン皮膜の影響は,Campbell が 1950 年に初めて指摘 32) し ,主として 型孔食発生の主要因と考えられてきた。 アノード反応:Cu→Cu2++2 e− ……( 7 ) − − カソード反応:1/2 O2+H2O+2 e →2 OH 日本でも,特に空調機用銅管でカーボン皮膜の影響を受け ……( 8 ) 空気調和・衛生工学 第7 9巻 第9号 73 81 8 腐食と劣化(3) 講座 表 3 型 孔食の分類 発生エリア 銅管孔食の分類 型 マウンドレス 硬水地区 (主にイギリス,米国など, 軟水地区 (主にスウェーデン,日本な 軟水地区 (現在のところ日本でのみ確 日本では地下水エリア) ど) 認) 孔食の形状 入口が広いすり鉢型 入口が狭いたこ壺型 入口が口を開けており,針で突いたよ うな穴 孔 食 の 径 数 mm のオーダー 数 mm のオーダー 1 mm 以下 腐食生成物 水 孔食上部を覆うように塩基性炭酸銅 孔食上部を覆うように塩基性硫酸銅 孔食入口周囲にガラス状の緑青が存在 (OH) の緑青が存在 〔CuSO4・3 Cu (OH) の緑青が存在 〔CuCO3・Cu 2〕 2〕 温 主に冷水系 水質の特徴 遊離炭酸濃度が高い (15 ppm 以上) 図 7 主に温水系 冷温水を問わない マットソン比 (HCO3−/SO42−) が 1 より 小さい シリカ濃度が高い (20 ppm 以上) マウンドレス型孔食 腐食が継続して進行するには,上のアノード反応とカソー ド反応が同時に起こる必要があり,逆にいえば,どちらか の反応を止めることができれば,腐食の進行も止まる。溶 図 8 存酸素の低減は上のカソード反応を抑制する効果がある。 銅の電位―pH 図 ただし,通常の自然水中は,完全な密閉系でない限り配管 内に溶存酸素が溶けてくるため,脱気などの防食法だけで 防食するのは難しい。 c 各種アニオン 孔食発生に重要な役割を果たすのは,水中に存在する各 d その他の水質因子 銅管孔食に及ぼす水質因子として,シリカ,鉄やアルミ ニウムなどの微量金属,天然有機物(Natural Organic Matter,NOM と略されることが多い) が挙げられる。 種アニオンである。自然水中に存在する代表的なアニオン 我が国ではシリカ濃度が諸外国に比べて高いため35),シ は,塩化物イオン,硫酸イオン,重炭酸イオンである。こ リカが腐食に及ぼす影響を知ることが重要になる。図 9 れらアニオンが銅の孔食発生に影響を及ぼす。一般に塩化 に銅管に発生したマウンドレス型孔食を EPMA 分析した 物イオン,硫酸イオンは孔食を進行させる働きを,重炭酸 結果を示す。図からわかるように,孔食入口部で Si が強 イオンは孔食を抑制する働きを持つ。塩化物イオンは銅の く検出されており,孔食発生にシリカが何らかの影響を及 孔食発生には必ず必要といわれてきているが,必ずしも塩 ぼしていることが推察される。著者らは,シリカのみを溶 化物イオンが存在しなくても孔食が発生するケースも報告 解させた水中で銅管孔食が発生するという実験結果を得 34) されている 。硫酸イオンの腐食に及ぼす直接的な役割は た34)。シリカは銅管孔食発生の重要な一要因であり,今後 わかっていないが, の研究が期待される。 型孔食の場合は,孔食上部の緑青 (塩基性硫酸銅) 形成に硫酸イオンが関与している。重炭酸 アルミニウムは,上水中には通常約 0. 1 ppm 以下の濃 イオンは水の pH 緩衝能を高めるため,孔食内部の液が低 度でしか存在しないが,シリカと結合してアルミノシリ pH になるのを抑える働きがあり抑制側に働く。 として銅管表面に堆積する。こ ケート(alumino―silicate) 74 平 成1 7年9月 81 9 非鉄金属材料の劣化/世利修美・境 昌宏 のアルミノシリケートは保護皮膜として銅管の孔食を抑え る働きがあるという一方,残留塩素が多い水では逆に銅の 孔食を引き起こすという報告もある36),37)。著者らの研究に よれば,マウンドレス型孔食多発地区において孔食が発生 しなかった銅管表面を分析した結果,シリカに加え,鉄や アルミニウム成分が検出された38),39)。このことから,鉄や アルミニウムは水中のシリカと結合し,保護皮膜として働 くものと考えている。 日本では,天然有機物の影響による銅管孔食の研究報告 図 9 マウンドレス型孔食 EPMA 分析結果 〔 (a) SEM 画像, (b) Si 分布〕 はほとんどみあたらないが,欧米では,この天然有機物が 銅管孔食に深く関与していると考えられている40)〜43)。天然 有機物とは動植物が腐敗するときに生じる,いわゆる腐植 泳動してくる。通常は,このアニオンはサイズが小さい塩 物質であり,主としてフミン酸やフルボ酸のことである。 化物イオンであることが多い。ふたの下では,銅イオン, 水中に自然に存在する天然有機物は,銅管表面に保護皮膜 塩化物イオンが共存することになり,塩化第一銅(CuCl) を形成するいわゆる天然由来のインヒビターの役割を果た が形成される。この CuCl は次式のように加水分解し,ふ 44) すことが,およそ 50 年前から知られている 。最近,米 国で銅管孔食発生が増えているのは,水質基準の改訂によ た内部の液の pH を低下させる。 2 CuCl+H2O→Cu2O+2 HCl ……( 9 ) り水中の天然有機物の濃度が減らされたためとの報告もあ ふた内部の液が低 pH となることで,銅イオンが安定な状 る45)。 ,ふた内部のアノード 態となり(図 8 の電位―pH 図参照) 水質以外の環境側因子として,温度や流速が挙げられ 反応がますます進行し,金属銅は溶けていく。孔食断面の る。腐食反応は電気化学反応であるため,温度は高いほう 様子が図 10 に示すような形状になるのは,式( 9 ) のよう が一般にその進行は早い。ただし,銅管の孔食は,冷・温 に CuCl を介して亜酸化銅 Cu2O が形成されるためであ 水下にかかわらず発生しており,温度の影響はそれほど顕 る。この Cu2O は菱面体の結晶状の形で存在するので,容 著ではない。流速は一般に遅いほど孔食が発生しやすい。 易に判断できる。 その意味では長期間,管内に水が停滞する場合は注意が必 孔食の中には,その底部に CuCl が存在しないケースも 要となる。しかし,逆に流速があまりに早いと,今度はい あり47),この場合は別の説明が必要となる。これについて を起こす危険性がでてく わゆる潰食(erosion―corrosion) は,形成される亜酸化銅と裸の銅との電位差によるガルバ る。孔食や潰食を発生させないおおよその流速として,0.5 ニック腐食によるものとの報告があるが48),まだはっきり 5 m/s 以下という値が日本銅センターより推 m/s 以上 1. とした結論はでていない。 46) 奨されている 。 マウンドレス型孔食については,その断面は図 11 のよ 銅管孔食発生のメカニズムについては,これまでにもい 型,型孔食とは様相が異なる。型, 型孔食で孔食部のふたの役目をしていたのは銅塩である ろいろな説明がなされてきた。5. 2 で述べたように,銅管 が,マウンドレス型孔食の場合は,シリカの薄い皮膜がふ 孔食は幾つかのタイプに分けられるが,最終的な形状は たの役目を果たしている。これにより,孔食内部の液の低 図 10 のようになっている場合が多い。この最終形状から pH が維持され,孔食進展に好都合な溶液環境が提供され 銅管孔食発生過程は次のように説明される。 ている。著者らの調査によれば,シリカは亜酸化銅に吸着 4. 4 孔食発生のメカニズム うになっており まず,銅が水と接すると,空気中で自然に生成した酸化 しやすい性質があり34),このことがシリカ皮膜の形成,さ が溶解し,銅イオンとして溶 皮膜(通常は亜酸化銅 Cu2O) らにはマウンドレス型孔食発生に影響を与えるものと推察 出する。この溶出した銅イオンが水中のアニオンである重 している。 対 策 炭酸イオンや硫酸イオンと結合し,銅塩となって表面に堆 4.5 積する。銅塩が堆積した箇所の下では,溶存酸素が欠乏す 孔食発生の対策として,材料側と環境側からのアプロー るため健全な酸化皮膜が生長せず,銅イオンの溶出が加速 チが考えられる。まず,材料側であるが,孔食発生の起点 される。こうして,溶出した銅イオンがバルクの水に流れ となる傷や汚れ,付着物などの異物がない,なるべく清浄 ていけば,全面腐食となる。しかし,銅塩によるふた(蓋) なものを用いることが挙げられる。その意味では,前述し が形成されているため,その下では銅イオン濃度が蓄積さ たカーボン皮膜は銅にとっては異物であるので,なるべく れていく。電気的中性条件により,アニオンがふたの中へ 除去する必要がある。銅をめっきにより表面に出さないと 空気調和・衛生工学 第7 9巻 第9号 75 82 0 腐食と劣化(3) 講座 銅塩のマウンド 2 Ⅰ型:CuCO3・Cu(OH) Ⅱ型:CuSO4・3Cu (OH)2 シリカを含む薄い皮膜 皮膜上に亀裂や穴 ガラス状の緑青 Cu2O Cu2O Cu CuCl Cu 図 10 孔食断面の模式図 ( 型, 型孔食) いう考えで防食する方法もあり,スズめっき銅管が実用化 されている。この管はマウンドレス型孔食地区などで普及 しており,十分な効果を発揮している49)。 環境側からの対策としては,インヒビターなどの薬品注 入により,水質自体を変えるという方法があるが,コスト の面や環境への負荷を考えると必ずしも万全の策とはいえ ない。環境側因子としては,特に水中の硫酸イオンや塩化 物イオンの影響が大きいので,これらを含め,まず,銅管 を用いる地区の水質を知ることが重要になる。各自治体の 水質データはインターネット上に公開されているが50),孔 食発生を判定するのに重要な硫酸イオンやシリカのデータ が欠けている場合が多い。ただし,孔食判定に重要な水中 のアニオン(特に硫酸イオンや塩化物イオン) 濃度と電気伝 導度とは一般に正の相関があるので,電気伝導度を調べる ことで,大まかな孔食発生の傾向を知ることができる。マ ウンドレス型孔食が多発している登別地区では,電気伝導 度を孔食発生の水質指標として用い,銅管孔食ハザード マップを提示している51)。この結果によれば,電気伝導度 が 14 mS/m 以上の地区が孔食発生率の高い,いわゆる危 険ゾーンに区分されており,この 14 mS/m という値は, 日本銅センターの提案する水質管理の目標値 15 mS/m 以 下とほぼ一致している。電気伝導度の測定は,銅管孔食発 生を判断する一応の目安になる値と考えられる。 ま と め 非鉄金属材料の劣化としてアルミニウムと銅の局部腐 食,特に孔食問題を取り挙げた。孔食反応を進める材料側 の因子や環境中の因子を述べた。孔食発生のメカニズムを 説明し,防食法に関する基本的な考え方を述べた。アルミ ニウムについては新しい指針(アルミニウムの孔食発生係 を用いて孔食発生と成長の説明を行い,合わせて 数:f Al pit) 孔食防止対策を詳述した。銅では新しいタイプの孔食とし て,マウンドレス型孔食の特徴と対策について詳述した。 76 平 成1 7年9月 図 11 孔食断面の模式図 (マウンドレス型孔食) 参 考 文 献 1) 軽 金 属 協 会:ア ル ミ ニ ウ ム 機 能 性 皮 膜 と そ の 応 用 (1985) ,p.1 2) ASM : The NBS tables of Chemical Thermodynamics Properties, J. 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Sprague : Corrosion Science , 43 (2001) , p.1 43) G.V. Korshin, S.A.L. Perry and J.F. Ferguson : Journal of , p.36 American Water Works Association, 88―7(1996) 44) H.S. Campbell : J. Appl. Chem., 4(1954) , p.633 45) M.V. Veazey : Materials Performance, 41―12(2002) , p.16 46)(社) 日本銅センター:建築用銅配管腐食対策指針 (1987) 47) M. Edwards, J.F. Ferguson and S.H. Reiber : Journal of American Water Works Association, 86―7(1994) , p.74 * Muroran Institute of Technology 世利修美 せりおさみ 昭和 26 年生まれ/出身地 福岡県/最終学歴 東京 大学大学院工学系研究科金属工学専攻修了/学位 工学博士 境 昌宏 さかいまさひろ 昭和 46 年生まれ/出身地 福岡県/最終学歴 九州 大学大学院応用力学専攻修了/学位 工学博士 48) D.B. Harrison, D.M. Nicholas and G.M. Evans : Journal of American Water Works Association, 96―11(2004) , p.67 49) 山 田 豊・世 利 修 美・荒 川 昌 伸:銅 と 銅 合 金,42 (2003) ,p.271 50) 日本水道協会:水道水質データベース http : //www.jwwa.or.jp/mizu/ SHASE-S 106-1999 原稿受理) Degradation of Non Ferrous Metals, esp. Aluminum and Copper 39) 境 昌宏・世利修美:第 44 回銅及び銅合金技術研究会講 演大会講演概要集 (2004) ,p.17 40) J.P. Rehring and M. Edwards : Corrosion, 52―4( 1996), 減圧弁 〈主要目次〉適用範囲/減圧弁の種類/材料/防せい(錆)/構造・形状・寸法 - ( S H A S E S ス タ ン ダ ー ド ︶ 昌宏 /外観/性能/試験/検査/表示 解説 ■A4判16頁 定価872 円 会員価格790 円 送料350 円(消費税込)■ 配 会社名 送 あてお申し込みください。 先 〒 FAX:03-3363-8266 所属 注 文 部 数 担当者名 TEL FAX 空気調和・衛生工学 第7 9巻 第9号 冊 77
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