森林の光合成・炭素固定機能促進を目的とした樹木生理学的研究 石井弘明(神戸大学大学院・農学研究科) [email protected] 陸上生態系の中で最も地上部構造が発達する森林の生態系機能や炭素固定の基礎となるのが樹 木による光合成生産である。天然林では林冠構造の発達にともない、光合成機能や季節性の異 なる樹種が光資源を相補的に利用することによって森林の生産性が増加する。樹木は多様に変 化する光環境に対して形態・生理的に順化することによって、光を効率的に利用するよう進化 した。針葉樹は葉やシュートなどの光合成器官の形態や養分、酵素の分配などの生理的形質を 変化させることによって、光合成における光利用効率を高めている。樹木の光利用に関する研 究は光合成能の高い造林品種の開発や森林の光合成・炭素固定機能の促進につながることから、 地球温暖化防止に直接的に寄与することができる。 森林の炭素固定と群落光合成 森林生態系に対する人間活動の影響は地球規模 で進行している。耕作地や宅地の拡大によって森 林が消失し,生態系構造が単純化することによっ て生態系機能や生物多様性が急速に失われている。 陸上生態系の中で最も地上部構造が発達する森林 では、樹木が作り出す構造が土壌や微気象などの 環境条件を規定するほか、他の生物に対して食物 や生息場所を提供することによって、生態系全体 の機能を支えている(武田 1994;Jones 1997) 。森 林の発達にともない、個々の樹木のシュートレベ ルから森林全体の林冠レベルまで様々なスケール で空間構造が創造され、生態系機能や生物多様性 図 1:森林の空間構造が発達すると光合成などの生 態系機能や生物多様性が増大する。生態系管理へ の応用も期待される。 が増大する(図1;Ishii et al. 2004) 。 森林の生態系機能やエネルギーの流れの基礎となるのが樹木による光合成生産である(石井 ら 2006) 。日本の冷温帯広葉樹林では、光合成機能や季節性の異なる樹種が階層構造をつくり だすことによって、光資源を空間的・時間的に分配している(Ishii et al. 2004) 。このことから、 森林の林冠構造の発達にともない、機能・空間・時間的に多様化した樹種間で光資源が相補的 に利用されることによって森林の生産性が増大することが示唆された (Ishii et al. 2000; Ishii et al. 2004a,b) 。 針葉樹の光利用に関する研究 樹木は時間・空間的に変化する光環境に応じて葉や枝の形態や樹冠内における養分・酵素の 分配を変化させ、樹冠全体の光利用効率を高めることで光を無駄なく光合成に利用している。 明るい光領域から暗い光領域まで、 樹木はどこまで無駄なく光を利用できるのか?本研究では、 アカエゾマツ 火山灰 森林土 エゾマツ 火山灰 森林土 図2:貧栄養な火山灰および栄養分の豊富な森林土 に植栽されたトウヒ属2種のシュート形態。火山灰 では成長や光合成速度が半減するが、光合成におけ る光利用効率は高くなる。 図3:セコイアメスギのシュート形態の可塑 性.すべて1本の木から採取した.数値は採 取地点の地上高. 樹木による光の利用効率を高め、光合成を促進する形態・生理的形質を特定することを目的と した。これまでの研究成果から、光合成器官である葉の形態や養分・酵素の樹冠内における分 配様式など、光利用効率に関わる形質が樹木の光合成促進に大きく寄与することが明らかにな った(図2)。光合成器官や酵素を新たに生成するには代謝コストがかかるが、その形態や樹 冠内における分配を変化させることは新たなコストをともなわない。これを太陽光発電にたと えると、高性能のソーラーパネルを効率的に配置して、光を無駄なく利用することによって発 電量をいかに増大させるか?という課題を、樹木がどのように解決しているかを解明しようと するものと言える。 針葉樹ではシュート内における針葉の配置や樹冠内におけるクロロフィルの分配が、光合成 における光利用効率を規定する重要な形態・生理的形質であることが明らかになった (図 3, Ishii et al. 2003) 。光強度の変化に対する形態・生理的形質の可塑性が高い樹種ほど光を無駄なく利 用し、高い光合成生産を実現できると考えられる。たとえば、世界一樹高が高く、地上部現存 量が多い北米のセコイアメスギでは、100m を超える樹冠上部から地上付近にかけて、葉の形 態が大きく変化する(図 3,Ishii et al. 2008) 。しかし、光環境の変化に対する形態・生理的反 応性は樹種によって異なり、反応性の高い樹種であっても土壌養分が不足すると、反応性が鈍 る(図 4;Ishii et al. 2007) 。特に、弱光条件において葉の相互被陰を減らすことができる樹種 は、暗い光領域まで無駄なく光を利用していると考えられる。 樹木の光利用に関する形態・生理形質を改良することによって樹木による光エネルギーの変 換効率を高め、光合成を促進できると考えた。これまでの研究成果から、光を捉える葉やシュ ートの形態や樹冠内における窒素やクロロフィルの分配を変化させることによって針葉樹の光 合成機能を大幅に増大させることが可能であることや、栄養分の少ない土壌であっても光合成 機能を維持することができることが示唆された。施肥による土壌改良や酵素機能の改造による 光合成の促進など、これまで考案された方法とは異なり、形態形質や養分・酵素の分配様式を 改良し、森林樹木による光エネルギーの変換効率を高める試みは、新たな資源やエネルギーの 投資を必要としないため、少ないコストで森林の光合成生産機能を促進できると考えられる。 図4:アカエゾマツおよびエゾマツの 1 年生シュートの最大光合成速度と相対光強度の関係.黒:森林土;白:火山灰土 今後の展望 森林生態系が様々な公益的機能を保有するためには、森林の空間構造の保全・管理が重要で ある。多様な樹種構成や階層構造をもつ森林を育成・管理することで、森林の光合成・炭素固 定機能を増大させることが可能となるだろう。また、針葉樹の光利用に関する研究成果は光エ ネルギー変換効率の高い造林樹種の開発につながることから、今後は林木育種と連携した更な る研究の発展が望まれる。針葉樹は造林木として世界各地で利用されているため、本研究の成 果は、現在、国際的取り組みが急務となっている森林の炭素固定促進による地球温暖化防止に 直接的に寄与することが期待される。 謝辞 本受賞にあたり、ご推薦いただきました日本森林学会会長石塚和裕先生、北海道大学農学部 小池孝良先生をはじめ、日本森林学会の諸先生に感謝申し上げます。また、これまでの研究に ご協力いただきました、北海道大学フィールド科学センター、同低温科学研究所、ワシントン 大学、カリフォルニア州立大学、Wind River Canopy Crane 林冠研究施設、森林総合研究所北海 道支所および神戸大学農学研究科の教職員・学生の方々にお礼申し上げます。 参考文献 石井弘明 (2005) 樹高成長の限界はどこまでか?-樹高 100mのセコイアメスギの樹冠を調べ る-. 生物科学 57:49-53 石井弘明(2007) 針葉樹シュートの葉面積をはかる. 森林科学 51:54 Ishii H, Ford ED (2001) The role of epicormic shoot production in maintaining foliage in old Pseudotsuga menziesii (Douglas-fir) trees. 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