立命館大学政策科学部 2007 年 12 月 日本の携帯電話産業の現状と 今後の 展望 The present condition and the next development of mobile phone industry 石川伊吹ゼミナール3回生 携帯電話研究グループ 野村美紀 岩堀陽子 山本均 坊農卓哉 江草裕貴 荻原悠 森崎佐和子 『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』 2007 年 12 月 日本の携帯電話産業の現状と今後の 展望 ‐The present condition and the next development of mobile phone industry‐ 石川伊吹ゼミナール3回生 携帯電話研究グループ 目次 Ⅰ.研究の目的 Ⅱ.通信規格から見る日本の携帯電話産業の歴史 1 第1世代携帯電話の通信規格とその周辺の動向 2 第2世代携帯電話の通信規格とその周辺の動向 3 第2世代携帯電話から第3世代携帯電話への移行 Ⅲ.通信規格から見る日本の携帯電話産業の現状 Ⅳ.通信規格から描く日本の携帯電話産業の今後の展望 1 通信規格の今後 2 モバイル WiMAX の可能性(韓国の導入事例をもとに) Ⅴ.結論 Ⅰ. 研 究 の目 的 我々の生活と切っても切り離せない存在となった携帯電話。携帯電話の普及率はもはや 90%を超えると言われるモバイル大国日本において、携帯電話は大きな影響力を持つ。私 達が携帯電話に着目したのはこのような理由からであった。携帯電話について様々な角度 から調べていくうちに、日本の携帯電話は海外でほとんど使用されていないという事実を 発見した。図 1 国際市場の端末メーカーシェアを見ると、日本の携帯電話はその他 16.5% の領域に含まれ、またその中でも 5%となっている。では 5%のシェアとはどのような位置 づけとなるのだろうか。また日本の国内端末メーカーは 13 社1も存在する。国内の端末メー カーはどれも最先端の技術を持って世界をリードしてきたメーカーばかりで、13 社を統合 して 5%という数字は極めて低いと言える。日本が国際市場で占める 5%という数字が極め て低いということである。それを統合してわずか 5%という数字は低いと捉えることができ 1 シャープ、パナソニックモバイルコミュニケーションズ、NEC、東芝、三洋電機、三菱電機、ソニー・エリクソン・ モバイルコミュニケーションズ、富士通、京セラ、カシオ計算機、日立製作所など。 1 『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』 2007 年 12 月 る。 日本は自動車をはじめとする様々な分野においてその高い技術を発揮し、世界を大きく リードしてきた。日本の高い技術によってつくられた製品は世界中で大きなシェアを占め ている。なぜ携帯電話においてはこれほどまでに世界的シェアが低いのであろうか、私達 はそこに疑問を抱いた。では海外の携帯電話は日本の携帯電話よりも優れた製品であるの だろうか。しかし、海外で広く使用されている携帯電話は通話とメールの最低限の機能し か搭載されていない。日本の携帯電話は海外の携帯電話と比べても機能面や技術面が劣っ ているというわけではない。むしろ世界中の携帯電話と比較しても日本の携帯電話は最先 端の機能・技術を有している。ではなぜこれほどまでに日本の携帯電話のシェアは低いの であろうか。 (日本経済新聞 2007/07/11) 日本の携帯電話市場におけるシェアの低さの原因を探っていくと、通信規格と呼ばれる 通信方式が海外と日本では異なる、という技術面の問題が最大の要因となっているという 事実を発見した。欧米を中心とした多くの国・地域では、第 2 世代携帯電話2(以下 2G と する)GSM 方式3という通信規格が採用されており、自分の住む国以外でも 2G・GSM 方式 を採用する場所であればそのまま携帯電話を使用することができる。 (石黒、2004、133 頁) 一方日本では、独自に開発した第 3 世代携帯電話4(以下 3G とする)を採用し、NTT ドコ モや KDDI をはじめとする通信会社によっても異なる通信方式が採用されている。異なる 世代・方式間で携帯電話を使用することも可能であるが、ローミング 5と呼ばれる国際相互 接続には高額な費用がかかる。海外旅行に行った際にこのような事態に遭遇した人も少な くないであろう。よって日本の携帯電話が海外では普及しておらず、海外の携帯電話も日 本で使用することができないのだ。欧米で大きなブームとなったアップル社製 iPhone が日 本に入ってくることができないのもこれから説明することができる。ではなぜ日本は海外 と異なる通信規格を採用したのであろうか。なぜ日本の高い技術は世界で力を発揮するこ とができないのであろうか。この要因を、通信規格開発の経緯を分析することで明らかに する。通信規格の違いが発生した要因や通信規格の歴史は社会的に見てもまだ分析されて いない事項であり、これを研究することは大きな社会的意義を持つと考え、本研究を行な うに至った。 もし通信規格が世界中で統一された場合、海外の携帯電話事業者が日本にも参入してく る可能性がある。日本の携帯電話はほとんどカメラ機能やミュージックプレイヤー機能な ど、通話とメール以外にも様々な機能が搭載されているが、通話とメールという最低限の 機能しか必要でない利用者にとっては、大きく選択の範囲が広がる。また、日本独自の通 2 3 4 5 デジタル技術を利用した最初の世代で、現在市場に出回っているデジタル携帯電話のほとんどが 2G を採用している。 日本の PDC 方式、ヨーロッパの GSM 方式がこれに含まれる。 デジタル携帯電話に使われている無線通信方式の 1 つ。 ヨーロッパやアジアを中心に 100 カ国以上で利用されており、 事実上の世界標準規格。800MHzの周波数帯を利用する。 ITU(国際電気通信連合)によって定められた「IMT-2000」標準に準拠したデジタル携帯電話のこと。高速データ通 信やマルティメディアを利用した各種のサービスなどが提供される。 契約している通信事業者のサービスを、その事業者のサービス範囲外でも、提携している他の事業者の設備を利用し て受けられるようにすること。 2 『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』 2007 年 12 月 信規格を採用している際には、NEC やシャープをはじめとする端末メーカー、国内間の競 争のみでよかったものの、海外端末メーカーが進出することで競争がさらに激化すると考 えられる。そうすれば価格競争が発生し、私達利用者が支払う利用料は低下するかもしれ ない。実際に国際的な標準規格となる通信規格をつくるという動きがあり、「モバイル WiMAX6」と呼ばれる新たな通信規格の開発が世界的に進められている。通信規格は私達に とっても大きな影響を与え、このような大きな経済的インパクトも絡んでいる可能性を秘 めているという側面からも、通信規格を分析することに価値があると私達は考える。 これまで述べてきたような研究の意義・目的を踏まえ、第 1 に携帯電話産業の通信規格 という技術面に焦点を絞り、日本と海外との間での通信規格の違いが発生した原因を通信 規格開発の歴史を分析することで明らかにする。通信規格開発の歴史は、第 1 世代携帯電 話(以下1G とする) 、2G、3G の流れに沿って研究していくこととする。通信規格の歴史 的部分を研究した後、日本と海外の置かれている通信規格の現状を把握し、また通信規格 を取り巻く日本の携帯電話産業の今後の動向についての分析も行う。通信規格開発の歴史 については、参考文献『国際競争力における技術の視点-知られざる NTT の研究開発』を中 心に研究を進める。また通信規格の現状や今後の動向については、最新情報であるため日 本経済新聞及び日経ビジネスを中心に参照し研究を進める。最後にモバイル WiMAX を中 心に新たな通信規格の動向を分析し、今後通信規格を軸とした日本の携帯電話産業がどの ような方向へ進んでいくのか考察する。 図1 国際市 場の端 末メー カーシ ェア(2007 年 度) 出典:日経 BP net7 WiMAX とは、次世代高速無線通信の規格で 10MHz の周波数帯を使う場合には、移動中でも半径 3km の範囲で毎秒 40Mbit の通信が可能となる。この技術を携帯電話にも応用したものがモバイル WiMAX である。 7 『iPhone の衝撃 第 8 回 iPhone が携帯電話機の収益モデルを変える』より http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070904/281162/ 6 3 『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』 2007 年 12 月 Ⅱ. 通信 規 格か ら見 る携 帯 電話 産業 の 歴史 1 1G の通信 規格と その周 辺の動 向 携帯電話が現在まで発展を遂げてきたのは、日本電信電話公社(現 NTT)の数々の研究 や技術よってのものである。その出発点として戦後、国内初となる 4GHz帯の FM 長多重 中継システム・SF‐B1(127 貢)が完成され、それにより長距離テレビ伝送(127 貢)(東 京から大阪間)が実現したことをあげる。当時はマイクロ波方式8によるテレビ中継が注目 されていた。その中で、すべての機器を自主技術で作成するという当時の方針により誕生 した純国産システムであり、画期的なものとされていた。さらには 240 チャンネル多重 PCM2GHz帯方式の商用試験を行い、その翌年には実用化をし、快挙を成し遂げたことに よりデジタルマイクロ波方式がここで確立された。その後も海外の研究とは並外れた目標 を掲げ、200 メガビット毎秒、標準中継距離 50 キロメートルを 16QAM(16 値直交振幅変 調) (127 貢)を用いて実現し、さらに 256QAM(127 貢)に挑戦し実現させたことで世界 を驚かせた。この周波数利用効率は現在でもそれ以上を越えるものはなく、日本の技術は 世界一の技術であるといえる。このことからデジタルマイクロ波方式に関する技術的リー ドと、ITU9の無線標準化を担当する CCIR10での技術標準の作成において常に主導的役割を 果たすこととなる。NEC、富士通といった端末メーカーも加わったことでマイクロ波機器 の輸出も増加し、日本の高度成長を支えた。このような技術をもった者達により 1955 年に 公衆用自動車電話の研究が開始される。 その研究から 24 年後、1979 年に自動車電話方式としてアナログ方式で導入されたのが 1G の始まりである。800MHz 帯自動車電話方式として東京 23 区にてサービスが開始され、 全国展開、大量化、デジタル化が図られた。この自動車電話が携帯電話の基盤である。自 動車電話の当時は NTT から電話機本体をレンタルし、保証金が 20 万円、月額使用料金は 3 万円、通話料金は 6 秒 10 円となっていて高額なものであった。さらに通信端末は 7 キログ ラムもあり、車のトランクに搭載していた。機器を車内に搭載していたために移動体では あったが、自動車を離れての利用はできなかった。それを改善したものが 1985 年にサービ スが開始されたショルダーホンである。自動車から離れても利用できるようにした車外兼 用型自動車電話がこれであるが、これは肩からぶら下げて通話をする通信機器であり、見 た目などは現在の携帯電話と違い重量は 2.5∼3kg のもので、連続通話時間は約 40 分、待受 時間約 8 時間とされていた。機器がポータブルになっていったのだがあくまでも自動車電 話の発展形としてサービスされていた。次に 1987 年に手軽に持ち運びができる携帯電話 TZ ‐802 型のサービスが開始される。ショルダーホンよりコンパクトになっており、連続通話 時間は約 60 分、待受時間は約 6 時間、重量が 900gであった。TZ‐802 型携帯電話から 2 マイクロ波とは、電波周波数による分類の 1 つのこと。 国際電気通信連合のこと。 10 ITU の部門の 1 つである、 国際電気通信連合 無線通信部門(International Telecommunication Union Radio communications Sector)のこと。現在は ITU―R と呼ばれる。 8 9 4 『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』 2007 年 12 月 年後、よりコンパクトにした TZ‐803 型が開発され、重要は 640gを実現した。 これらの携帯電話サービスが開始されてきた中、国内では 2 つの通信規格が採用されて いた。1979 年にサービスが開始された NTT 方式と、1984 年から 1985 年にかけて米モトロ ーラ社がイギリス向けに開発した TACS 方式11である。これらが代表的なものであり、共通 しているのはすべてアナログ方式で複数ユーザーの通信を可能とする FDMA 方式を採用し ている。 NTT 方式とは、NTT が開発した通信規格である。多層構成位置登録エリア12を特定の基 地局境界に位置登録の変更の要求が集中しないようにする制御方式である。この通信規格 は世界のアナログセルラシステムと比較しても高性能であり、同時通話に強く、多様なサ ービスを実現したものである。もう 1 つの通信規格である TACS 方式は NTT 方式と比較す ると、同時に通話できる人数が劣っていた。しかしこの方式を採用している地域が多く、 ローミングに強いといった点や日米間の政治的な理由も関わり、DDI セルラーグループ (現:KDDI)がこの方式を利用しサービスを開始した。これらアナログ携帯電話は特徴と して周波数は効率的に利用できず、盗聴される危険性があった。これらは NTT 方式が 1999 年に、TACS 方式が 2000 年にサービスを停止している。 2 第2 世代携 帯電話 の通信 規格と その周 辺の 動向 1 G の利用者が増えてくるに従って、電波の帯域の使い方が効率的でなく、盗聴される可 能性も高いアナログ方式には限界が出てきた。そのような経緯から 2G が登場した。2G は、 音声データをそのまま電波に乗せるアナログ方式の携帯電話とは違い、音声データをデジ タルデータに変換して通信するため帯域を有効に使え、盗聴される危険性がない。こうし て 2G 以降の携帯電話はすべてデジタル携帯電話となった。 2G の規格にはいくつかあるが、 どれも「TDMA 方式」という規格を基に作られている。TDMA を利用した代表的な通信規 格が 3 つあり、日本を中心に利用された「PDC 方式」、アメリカ、ヨーロッパ、アジアな どで広く使われている「GSM 方式」、アメリカで利用された「D-AMPS 方式」などがある。 13 そしてこの 2G での規格の選択が、現在の国際市場における日本の携帯電話のシェアの低 さにつながっていると分析する。現在、国際標準となっている「GSM 方式」と日本が独自 に採用した「PDC 方式」その 2 つの規格を中心に 2G の動きをみていく。 まず、GSM 方式であるが、北米、ヨーロッパ、アジア(日本・韓国除く)、アフリカ、 オセアニア、ラテンアメリカなど 100 カ国以上で採用されており、国際標準となっている 英国標準のアナログ携帯電話システム方式。米国で標準化されたアナログ携帯電話システム方式「AMPS」を,英国の 周波数事情を考慮して,チャネル間隔, 制御速度などのパラメータを変更するとともに,セクター・セル構成によっ てシステム容量を向上させた方式。 12 端末メーカーごとの位置登録エリア、電波の帯域のこと。 11 13 『アイティメディア株式会社@IT』 ,http://www.atmarkit.co.jp/fnetwork/rensai/5minkeitai/01 .html(2007/11/15)を参照 5 『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』 2007 年 12 月 通信規格といえる。1982 年に SEPT14がデジタル方式携帯電話の統一規格として GSM の策 定を開始した。1987 年には統一規格として採択され、1992 年にドイツで初のサービスが開 始される。(p.132)その後ヨーロッパ各国で採用され、大量生産されたためシステムが安価 となった。また、メーカー・欧州の標準化機関が一体となって他の地域でも採用されるよ うに働きかけを行ったため、広く普及されることとなった。 この GSM 方式のネットワークは主に 4 種類に分けられて、周波数帯 850(850MHz) 、周 波数帯 900(900MHz)、周波数帯 1800(1800MHz)、周波数帯 1900(1900MHZ)が存在す る。以前のヨーロッパでは 900MHz の GSM 携帯電話が全域で使えたが、都市部ではつなが りにくい状態 になってしまった。この周波数不足を補うために、1800MHz が都市部に新た に割り当てられ、こういった背景から現在販売されている GSM 携帯電話は複数の周波数帯 に対応しているものが多い。15 次に日本で採用された PDC 方式であるが、これは最初に 1991 年 4 月に電波システム開 発センターによって標準規格が定められ、後に NTT の研究所が開発したものである。当時 の郵政省(現・総務省)の意向によって日本の全通信会社がこの PDC 方式を採用すること になる。(133 頁)1993 年 3 月に NTT ドコモがこの PDC を利用したサービスを開始し、その 後 KDDI や J‐PHONE(現・ソフトバンクモバイル)PDC 方式を利用したサービスを開始 し始める。この規格を世界的に普及させようという動きもあったが、当時の郵政省が NTT の海外進出を規制したため世界に広めることはできなかった。(133 頁)これが NTT 法と言わ れるもので、PDC 方式が世界に広まらず日本国内だけで使用されることになった最も大き な原因であるといえる。 なぜ郵政省は NTT 法という法律で海外進出を規制したのであろうか。その背景には GSM への脅威があったと考えられる。当時ヨーロッパで統一規格となり、アジアにシェアを伸 ばしつつあった GSM 方式の日本進出を、当時の郵政省と NTT は阻止したいという思惑が あった。なぜなら、日本に GSM 方式が入ってきてしまうと、NTT が多額の費用を投じて開 発してきた技術が無駄になってしまうため、PDC 方式を採用したかったのである。さらに は、もし GSM 方式を導入されると日本の携帯電話料金が高い理由が説明できなくなってし まう、ということが考えられる。16郵政省は携帯電話の開発費を賄うために、国際的に高い 通話料金を設定していたのである(現在の販売奨励金17の見直しなどの動きにも関連)。 このようにして日本で GSM 方式というものが採用されず、PDC 方式だけが採用された結 果、日本は国内通信会社とメーカーの独壇場となってしまい、携帯鎖国とまで言われる状 況になってしまった。このことは一時的に国内通信会社に莫大な収益をもたらしたものの、 14 15 16 17 欧州郵便電気通信主管庁会議のこと。 『IT 用語辞典 e-words』,http://e‐words.jp/(2007/11/17)を参照 『IT 用語辞典 e-words』http://e‐words.jp/(2007 年 11 月 17 日)を参照 『日経 Bpnet『揺れ動く携帯電話の販売奨励金(1)』 ,http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070216/262212/ (2007 /11/13)を参照 6 『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』 2007 年 12 月 日本市場に特化した国内端末メーカーは海外では太刀打ちできず、世界的なシェアでは完 全に遅れをとってしまうことになる。それが現在の世界でのシェアの低さに大きくつなが っているのである。 様々な国際間での通信を目的とした GSM 方式は、現在世界 100 カ国以上で採用されてい る。一方、日本国内のみでの利益を追求した PDC 方式は、各通信会社が次々と撤退した。 今の日本と海外の携帯市場の違いを生み出している原因となっているのは、この 2G での通 信規格の選択の違いである。 3 第2 世代携 帯電話 から第 3世代 携帯電 話へ の移行 2001 年に、日本の NTT ドコモが「FOMA」を発売したことにより、世界で初めて 3G の 幕開けが成された。次いでソフトバンクモバイルからは「Softbank 3G」、KDDI からは「CDMA 1X」が発売され、日本において 3G の普及が顕著に見られた。ここ数年間で 3G は日本や韓 国において普及してきたわけであるが、なぜ 2G から 3G への移行が進められたのであろう か。 その要因の 1 つとして考えられるのが、テキスト中心主義から動画像へのシフトである。 (136 項)これまで、世間の認識として携帯電話は、電話とメールができて、テキストが読 めればいいというだけのものであった。しかし、世間のニーズの多様化、または、新たな ビジネスチャンスの創出といった観点より、動画像の閲覧・配信といったことが必要とな ってきた。 もう 1 つの要因としては、これが1番大きな要因と考えられるが、通信規格の差異であ る。2G では GSM 方式により、ある程度の国際標準化が進められたように見えた。しかし、 日本では PDC 方式、アメリカの一部では D-AMPS 方式が使用されており、国際的に統一さ れた通信規格が存在していなかった。(133 項)そのため、世界のどこに行っても同じ携帯 電話を使えるように、通信規格を世界で統一し、携帯電話のグローバル化を推進する必要 があった。これらの 2 つが大きな要因となり、ITU 18 では、1993 年より 3G の通信規格国際 標準化が進められた。 (137 項)そして、これに際して3つの目標が立てられた。 まず 1 つ目は国際ローミングの実現である。これは 1 つの携帯電話端末により世界中の どこでも通信可能で、携帯端末利用者が国際間を移動しても自国にいたときと同様にネッ トワークサービスの利用を可能にするという目標である。(140 項)2 つ目はモバイルマル ティメディアの実現である。これは、屋外や屋内での高速移動環境においても、音声のほ か、大容量データや静止画、さらには動画像の高速伝送、高品質化を可能にするという目 標である。(140 項)3 つ目はパーソナル・サービスの実現である。これは、加入者の増大 に対処しつつも周波数の有効利用や、これに伴うコストの低減をはかり、利用者にとって 使いやすい環境をもたらすという目標である。 (140∼141 項) 以上の 3 つを大きな目標として、ITU を中心に通信規格の国際標準化を進めた。そして、 18 国際電気通信連合のこと。通信関連の規格を調整・決定をしている国際連合の専門機関の1つ。 7 『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』 2007 年 12 月 最初に国際標準の通信規格として ITU に提案されたのが W-CDMA 方式である。W-CDMA 方式は NTT ドコモとヨーロッパ主要端末メーカーの Ericsson(現 Sony Ericsson)、Nokia な どが規格化したもので; 広帯域の無線チャンネルを周波数、時間で分割するのではなく、ユーザーごとに異 なる拡散コードを割り当てて多元接続を行うことによって音声だけでなく動画像 の伝送も可能であり、マルティメディア化、パーソナル化、グローバル化に最適な 通信方式である。(143 項) W-CDMA 方式は 1997 年より日本が規格化を開始し、1998 年には ETSI 19 が 3G として W-CDMA 方式を採用することを決定し、2000 年には W-CDMA 方式の正式に国際標準化す ることが決定された。冒頭で示したが W-CDMA を使用したものとして NTT ドコモからは 「FOMA」、ソフトバンクモバイルからは「SoftBank 3G」として発売されている。 以上のように、W-CDMA 方式が国際標準化に向けて進みだした。しかし、その一方で W-CDMA 方式とは違う方式の規格化が行われた。それは LMNQS 連合 20 が開発した cdma2000 である。当初、国際標準化は W-CDMA 方式で行われるはずであったが、アメリ カの TIA 21 が cdma2000 にこだわったため、cdma2000 もまた正式国際標準化が決定され、 結局のところ国際標準化は単一のものとならなかった。 (146 項) その他にも欧米などでは、W-CDMA と cdma2000 が正式国際標準化として決定されたに も関わらず、携帯電話の基地局を 3G 使用に変更するのには莫大な資金が掛かるためなどの 理由から慎重であった。さらには GPRS 方式や EDGE 方式などのように、2G の通信規格で ある GSM 方式を発展させた通信規格を生み出し、なるべく設備投資にお金を掛けないよう な動きも見せている。 (133 項) 以上のように 2G から 3G への移行は、ITU が当初掲げた 3 つの目標のうち、モバイルマ ルティメディアの実現、パーソナル・サービスの実現の 2 つの達成に繋がったと考えられ る。しかし、1 番の重要目標である、通信規格の国際統一による国際ローミングには失敗し たと考えられる。これらの反省を踏まえ、今後の標準化として、通信規格システムの独自 性を生かしたシステム拡張を続けるとともに、それぞれに共通した技術要素を増やし、真 の世界統一システム実現を目標としていくことが必須となっている。(146 項) 19 20 21 欧州電気通信標準協会のこと。ヨーロッパの通信規格標準化を進めている組織。 北米の Lucent、Motorola、Nortel、Qualcomm、 韓国の Samsung から構成された組織。 通信機械工業会のこと。情報通信サービスの事業活動を行っている組織。 8 『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』 2007 年 12 月 Ⅳ. 通信 規 格か ら見 る日 本 携帯 電話 産 業の 現 状 今までの研究の結果、携帯電話の通信規格は日本や韓国のように 2G から 3G への移行し た国や地域と、ヨーロッパを中心に 2G に留まった国や地域があることがわかった。こうい った通信規格の差異が存在しているが、日本は 3G の普及に努めてきた。 現在、携帯電話契約者数は 1 億に迫り、現在の日本の携帯電話市場は飽和状態にある。 端末と呼ばれる携帯電話本体を製造する国内の端末メーカーは、シャープ、松下電器、NEC、 東芝など 13 社以上も存在する。各社はおサイフケータイやワンセグ、超薄型軽量化などの 最新技術を駆使して携帯電話の機能を充実させ、上位 4 社だけで国内の 60%のシェアを占 めている。(図 2)高い技術力を持ち国内でこれほどのシェアを得ている日本の端末メーカ ーだが、国際市場のシェアはわずか 5%しか確保できていない。 (日経 BP net22)その理由は、 日本独自の産業構造と通信規格にある。 日本の携帯電話産業は、NTT ドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイルなどの通信会社主導 の産業構造をとっている。通信会社と端末メーカーの関係は、通信会社が開発した通信規 格・技術・機能をもとに端末メーカーは端末を企画・製造して通信会社がそれを仕入れる という、発注受注産業である。「通信会社は端末を家電量販店などの販売店に卸し、販売店 が新規契約や機種変更で顧客を獲得した際に 1 台当たり 4 万円前後の販売奨励金という手 数料を支払う。これは最新機種の卸売価格の 7∼8 割に相当する額である。(日経 BPnet23)」 この販売奨励金の存在によって多少人気が落ちた端末を値下げしても元が取れ、少しでも 多く販売して販売奨励金を獲得するために「1 円携帯」というものが存在しているのである。 販売店から端末を購入した利用者は毎月通信料を通信会社に支払うが、実はそれに販売奨 励金分を上乗せして回収されている。つまり、1 円で安く手に入れたと思っていた分を、実 は月々の通信料請求で分割して支払わされているのである。この料金システムのもとでは、 同じ機種を長期間使用している利用者と次々に最新機種に買い換える利用者の負担額は同 等であり、利用者の契約期間によって不公平が生じ、不透明な産業構造が問題である。そ のため総務省は 2008 年にも端末価格と通信料を分離した新料金プラン導入を各通信会社に 義務づけている。 (日本経済新聞 2007/07/11)現在の動きとして、NTT ドコモは 11 月に 発売した 705i シリーズで GSM 対応端末を導入している。これと同時期に発売された 905i シリーズから、販売奨励金見直しに向けた新料金プランが導入され、機種代金が以前より も高く設定されている。今後は 906i シリーズなどの後継機種も GSM に対応させる考えだ。 (日本経済新聞 2007/07/12) 一方、欧米などでは日本とは逆で、端末メーカー自らが端末を開発・企画・製造し、そ れを通信会社に売り込むというビジネスモデルが確立されている。また、「Sony Ericsson や 22 『日経 BP net iPhone が日本の携帯電話機メーカーの収益モデルを変える』 23 『日経 Bpnet 揺れ動く携帯電話の販売奨励金(1)』 ,http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070216/262212/ (2007 /11/13)を参照 http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070904/281162/?bzb_pt=0&bzb_pt=0(2007/12/5)を参照 9 『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』 2007 年 12 月 Nokia などは通信方式の規格化にも乗り出しており、通信会社から独立している端末メーカ ーもある。」 (日本経済新聞 2007/07/13)このため販売奨励金のようなシステムはなく、 端末価格は高い分通信料は安く設定されており、利用者にとってわかりやすい産業構造と なっている。 販売奨励金に関連して、SIM ロックの存在も日本の携帯電話産業の大きな特徴と言える。 SIM ロックとはヨーロッパの通信規格 GSM 方式すべての端末に利用される IC カードであ る、SIM カードに由来する。SIM カードは電話番号を特定するための固有の ID 番号が記録 されており、電話帳やコンテンツ情報などが保存されている。日本の 3G 規格 W-CDMA 方 式や cdma2000 では機能が拡張されており UIM カードと言うが、特に区別せずに SIM カー ドと呼ばれることもある。SIM ロックとは、端末の設定により他の通信会社の SIM カード を差しても使用できないようにすることである。欧米では共通の SIM カードを利用してい るため端末機種はそのままで通信会社だけを変更することは可能であり、利用者は自分の 好きな端末を選択してから通信会社を自由に決めることが出来る。しかし、日本では各通 信会社がそれぞれの UIM カードを使用しているため、他の通信会社に変更するには端末も UIM カードもすべて変更しなければならない。これには、販売奨励金が絡んでいる。日本 は端末メーカー主導の欧米とは違い、通信会社主導のビジネスモデルで成り立っている。 つまり、各通信会社は利用者の通信料で販売奨励金分を取り戻してさらに利益を上げるた め、SIM ロックをかけて利用者流出を防いでいるのである。総務省は販売奨励金廃止と並 行して SIM ロック解除に乗り出す姿勢を見せていたが、日本国内の通信規格の違いと各通 信会社の強い反発から SIM ロック解除は見送られる方向だ。 また、通信規格の違いも端末メーカーが国際市場でのシェアを伸ばせない要因にもなっ ている。前章でも述べたように、欧米の主な通信規格は 2G の GSM 方式だが、日本は 3G の W-CDMA 方式・cdma2000 方式を中心としている。欧米と日本の決定的な違いはこの通 信規格であり、GSM 対応の通信規格を端末メーカーで独自に開発するには莫大な開発コス トがかかるため、日本の端末メーカーは国内市場からなかなか抜け出せずにいる。 以上のことから、このような日本独自の通信会社主導の産業構造と通信規格の国際市場 での孤立化が日本の端末メーカーを弱体化させ、国際競争力を奪う要因になったと考えら れる。 Ⅳ. 通信 規 格か ら描 く携 帯 電話 産業 の 今後 の 展望 1 通信 規格の 今後 現在、新たな無線通信規格として、WiMAX が大きな注目を集めている。高速通信を低料 金で利用できる WiMAX は、携帯電話機だけではなく、自動車や各種デジタル家電でも利 用できる無線インフラになると期待されている。例えば、自動車自身が高速インターネッ ト接続の「端末」になるほか、携帯電話機とさまざまな役割を担うようになる。宅内のテ 10 『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』 2007 年 12 月 レビも、有線の通信回線がなくてもインターネットに接続できるようになり、デジタル放 送との連携サービスなどが広まる可能性がある。この WiMAX の技術を携帯電話にも応用 したものがモバイル WiMAX である。 このモバイル WiMAX の通信形態としては、5∼20MHz の帯域幅を利用することで、回 線が空いている場合には最大データ伝送速度が 75Mbit/秒、実効的にも 10∼20M ビット/ 秒と、無線 LAN 並みの高速性が得られる。携帯電話のような広域サービスが可能なほか、 時速 120Km と高速で移動中でも、数 Mbit/秒で通信を続けられる。(日本経済新聞 2007/ 09/21) その伝送規格「IEEE 802.16e」 が 2005 年 12 月に規格化されたばかりであるにも関わらず、 国内外で実用化の動きが活発化している。国内では KDDI のほかに、ソフトバンク系列の BB モバイル24、NTT グループが実証試験に着手しており、イー・アクセスも「WiMAX 推 進室」を立ち上げている。これまで移動体通信から距離を置いていたアッカ・ネットワー クスまでもが実験を始めている。ウィルコムは中国の固定通信第 2 位の中国網通と「次世 代 PHS」の共同研究する提携交渉を進めており、WiMAX と戦える体制を築こうとしている。 (日経ビジネス 2007/10/22 号)こうしたことから、早ければ 2008 年にも 2.5GHz 帯の 周波数を使ってサービスが始まる見通しである。(日本経済新聞 2007/06/16) このモバイル WiMAX は自動車メーカーなどが高い関心を寄せ、通信会社が実用化に向 けて積極的な姿勢を示している理由は、ハンドオーバー25を簡略化するなどしてある程度サ ービス品質を割り切ることで、モバイル WiMAX を使えば、高速大容量のデータ通信サー ビスが低コストで提供できるようにしたためである。 モバイル WiMAX のインフラ構築コストは、ビット単価に換算して 3G 移動体通信網の 10 分の 1 程度というのが、1つの目安となりそうである。つまり、利用料金がユーザーの 負担とならないためには、インフラの構築コストや運用コストなどを含めた bit 単価を現行 の3G 用ネットワークの 10 分の 1 以下にする必要がある。インフラ構築という観点から見 れば、WiMAX が携帯電話の通信規格として応用できるかどうか結論はまだ出ていないが、 可能性は期待される。これまで広域をカバーする移動体向けデータ通信サービスは、通信 のサービス品質を強く意識したものだった。モバイル WiMAX は安価な無線を前面に打ち 出したものであり、従来とは一線を画した発想の全く異なる広域移動体通信向けの、新し いデータ通信インフラと位置づけられるのである。(日本経済新聞 2007/09/21) このような様々な特徴を持つ WiMAX が、新たな国際標準規格として期待されている。 実際、ITU は 2007 年 11 月 18 日、次世代高速無線通信技術 WiMAX を国際標準とする勧告 を採択した。そもそも米インテルや KDDI など約 500 社が参加している団体「WiMAX フ ォーラム」が ITU にこれを提案しており、3G の規格のひとつとして認められる可能性が高 い。 (日本経済新聞 2007/09/21)これによりブロードバンド通信を、いつでもどこでも実 24 25 ソフトバンクグループの携帯電話サービス会社。現在はソフトバンクモバイルの親会社。 携帯電話や PHS の端末が、接続する基地局を切り替えること。 11 『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』 2007 年 12 月 現する技術として世界で普及が進む見通しがついた。この提案が認められた場合、今後携 帯電話が IP 化されるときの有力候補となり、WiMAX が新たな国際標準規格として大きく 期待されている。将来の第 4 世代携帯の主要技術に浮上する可能性も出てくるのである。 2 モバ イル WiMAX の 可能性 (韓 国の導 入事例 を元に ) 次に、実際に WiMAX の商用サービスが開始されている韓国を取り上げ、その現状と課 題を見ていく。結論から言うと、韓国で始まった WiMAX の商用サービス WiBro 事業は、 苦戦を強いられている。その背景にあるのが、WiMAX の端末の少なさや、エリアの狭さに 加えて、既存の 3G の規格である HSDPA との違いを出せずにいることである。(日経コミ ュニケーションズ、 「特集1 どうなるモバイル WiMAX」、2007/07/15 号、52 頁)現在、 WiBro サービスを提供するのは、3G 事業者である SK テレコム(SKT)とグループ内に 3G 事業者を抱える KT の2社である。 (52 頁)そのため、WiBro を最優先とせずに、既存の 3G 事業に対して大きな投資を行い、WiBro と 3G の差異化に苦しんでいる。 (53 頁)そのため、 消費者から見た場合、WiBro と HSDPA のサービス内容に大きな違いはなく、その結果、2006 年 6 月にスタートしたサービスの 2007 年 4 月までの、KT の WiBro 加入者はたった 1000 か ら 1500 人程度に留まっていた。 (53 頁)現在はようやく 1 万人を超える程度にはなったも のの、それでも大きな利益を上げるには至っていない。 (53 頁) このように、実際に WiMAX の商用サービスを開始したにも関わらず、現在までのその 結果は成功といえない。その原因といえるのが、 韓国政府が既存の 3G 事業者に許可を与え、 その結果、事業者が WiMAX を最優先に考えなかった点が挙げられる。その問題点を踏ま えて日本政府は、WiMAX の使える周波数帯の許可について、韓国とは少し違った方針を見 せている。 韓国の例にあるように、世界では実際に WiMAX の商用サービスが始まっており、国際 標準規格としての道を少しずつ踏み出している。アメリカでも 2008 年にはサービスを開始 する計画が立てられており、他に、新興国では、台湾、パキスタン、バーレーン、ロシア、 チリ、ブラジル、アルゼンチン、イラクなどで導入が計画されている。26特に、携帯電話が それほど浸透していない新興国では、今後携帯電話の需要が伸びると予想され、日本もこ の WiMAX の動きに乗り遅れられない。 では日本での WiMAX を取り巻く動きはどうなっているのか。日本では第 2 世代におい て GSM を採用しなかったため、鎖国状態になったが、その遅れを取り戻すかのように、 WiMAX 実用化に向けての動きは激しい。具体的には、KDDI、ソフトバンク系列の BB モ バイル、NTT グループが既に実証試験を開始しており、イー・アクセスも推進室を立ち上 げ、研究を始めている。27各社とも、総務省からの許可が下りれば、すぐに商用サービスを 開始できる体制は整えている。しかし、総務省は WiMAX を使える周波数帯に、2 社にしか 『世界各地で導入が進むモバイル WiMAX』,http://www.atmarkit.co.jp/news/200709/04/wimax.html (2007/11/25)を参照 27 『日経エレクトロニクス用語』 ,http://techon.nikkeibp.co.jp/article/WORD/20060324/115351/(2007/11/25) 26 12 『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』 2007 年 12 月 許可を出さない方針であり、その許可を勝ち取るための競争が、現在各社通信会社で激し さを増している。28 さらに総務省は、周波数 2.5GHz 帯を利用した次世代高速無線免許の割り当てについて、 「3G 移動通信事業者や、3G 移動通信事業者が三分の一以上の議決権を保有するグループ会 社以外のものに割り当てる」( 「総務省 2.5GHz 帯の周波数を使用する特定基地局の開設に 関する指針案」より引用)と発表しており、そのため、NTT ドコモやボーダフォン、KDDI などの 3G 規格を使っている通信会社は、単独またはグループ会社での免許取得ができない。 ここが韓国の割り当てと違う点である。先程述べたように、韓国は WiMAX での周波数帯 を既存の 3G 通信会社に割り当て失敗している。そこで、総務省は、新規事業者に免許を与 え、競争を促す構えだ。これにより、有利な立場を取っているのが、ADSL 大手のアッカ・ ネットワークスと、PHS(簡易型携帯電話システム)最大手のウィルコムの 2 社である。 (日 経産業新聞 2007/05/16)この 2 社は 3G 事業には全く手をつけておらず、単独での免許取 得が可能である。ところが、両者とも実際に WiMAX 事業を展開するとなると、資金面で の問題があり、3G 通信会社と共同で免許取得を目指している。 その結果、2.5GHz 帯の免許取得に向けて、通信会社は 3 陣営に分かれて、新会社を設立 し、免許を申請することになった。一つはソフトバンクとイー・アクセスが、規定の 3 分 の1未満ずつ出資した「オープンワイヤレスネットワーク」。この 2 社は共同で WiMAX の 市場性に関する調査を行っており、既存の 3G 携帯電話事業と固定ブロードバンド事業との シナジー効果が見込めるという認識で一致したことから提携に踏み切った。このほかゴー ルドマン・サックス、テマセク・ホールディングス、NEC ビッグローブ、ソネットエンタ テインメント、ニフティ、フリービットが資本参加している。 (日経金融新聞 2007/09/21) また、KDDI 主導の「ワイヤレスブロードバンド企画」は、Intel Capital と JR 東日本、京セ ラ、大和証券グループ本社、三菱東京 UFJ 銀行が出資した新会社である。KDDI は昨年、国 内初の WiMAX 実証実験を大阪市で実施するなど、WiMAX 技術の開発と実用化に早くから 取り組んできた実績がある。大株主の京セラ、WiMAX 規格化を主導してきた Intel、駅・線 路というインフラを持つ JR 東日本と、金融 2 社を交えた異業種連合で免許取得を目指す構 えである。(日本経済新聞 2007/09/19) そして最後に、アッカ・ネットワークスの子会社のアッカ・ワイヤレスにドコモが出資 する形で免許取得を目指す連合である。免許取得後の事業主体29もアッカ・ワイヤレスにな る予定だが、NTT ドコモが無線ネットワークの構築や無線技術に関する支援を行う。アッ 28 『総務省 2.5GHz 帯の周波数を使用する特定基地局の開設に関する指針案』を参照 http://www.atmarkit.co.jp/news/200709/04/wimax.html(2007/11/20) http://www.atmarkit.co.jp/news/200710/11/wimax.html (2007/11/20)を参照 13 『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』 2007 年 12 月 カ・ネットワークスは有線ネットワークの運用や営業などの事業運営全般を担当する。30 今まで述べてきたように、WiMAX を使うためにはまず総務省の免許が必要となり、その 条件に合わせるようにできた会社によって、3G 通信事業者が WiMAX の導入実現に向けて 競争しているのが、現在の状況である。この 3 社と PHS のウィルコム社のうちどの 2 社に 総務省が許可を与えるかによって、今後の日本の携帯産業は大きく変わってくるだろう。 Ⅴ.結 論 日本の携帯電話の通信規格についての歴史を分析して、日本が海外と異なる通信規格を採 用した経緯は1G から2G への転換期にあった。 1G から2G へ移行する際に総務省が、 PDC 方式の海外進出を防ぐために NTT 法を制定し、端末メーカーの国内封じ込めを行った。そ れに対し1G での国際間での接続不具合を最大の問題として捉えていたヨーロッパは、2G においては国際間の相互接続が可能となることに重点を置いた。それはヨーロッパ間での 国の行き来が簡単であるのに、国によって携帯電話を使用できないという地理的な問題が 大きく関係していたと考察できる。現在では欧米を中心としたほとんどの国・地域で2G の GSM 方式が採用されているのに対して、日本は高い技術力ゆえに独自の通信規格を開発し 続けた。また各通信会社によっても異なる 3G 携帯電話が主流となっている。2G を採用し ている国・地域は新たな通信規格を開発するのに莫大なコストを要するため、3G 携帯電話 を開発する技術は持ちながらも広く様々な国・地域で利用できる2G に安住している。その ため 3G は新たな通信規格として受け入れられなかった。このような経緯で、日本の携帯電 話は独自の通信規格を採用しているために世界から孤立し、鎖国市場となってしまった。 日本と海外との通信規格が利用者に与える影響は、日本にいる限りそれほど大きくない。 しかし、海外旅行に行く人や海外に行くビジネスマンにとっては、海外で日本の携帯電話 を使用するのには高額なローミングと呼ばれる通信料が必要となる。また海外から日本に 訪れる人にとっても、日本と海外の通信規格が異なることで携帯電話を使用することがで きず、利便性が大変低くなっている。欧米を中心とした多くの国・地域においては、通常 料金のままで国際間での利用ができるにもかかわらず、日本の携帯電話はそれができない。 もしモバイル WiMAX が新たな国際標準規格となって日本もこの通信規格を採用したので あれば、利用者にとってメリットがある。まず第1に、通常料金で日本の携帯電話も海外 で使用することができ、また日本でも海外の携帯電話を使用することが可能となる。第2 に、利用者は選択範囲が広がって、自分のニーズに合った携帯電話を選ぶことができるよ うになり、日本にも海外の携帯電話が参入してくることが今予測される。そうすると、ア ップル社の iPhone ができるなど、海外の携帯電話が日本でも使用できるようになる。第 3 『NTT ドコモ報道発表資料』,http://www.nttdocomo.co.jp/info/news_release/page/070831_00.html(2007/11/25)を参照 30 14 『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』 2007 年 12 月 に、通信会社や端末メーカーの競争が激化することによって、価格競争が発生し、利用者 の支払う通信料金が低下することが挙げられる。海外の携帯電話が日本の携帯電話市場に 参入してくるということは、必然的に競争相手が多くなることである。多くの端末メーカ ーが技術を競争し合い、また通信会社は競合他社に負けない低価格な料金プランを打ち出 してくる可能性もあり、私達利用者にとってメリットは大きい。また日本の端末メーカー も海外に進出してその高い技術を世界で発揮でき、海外の利用者が自分のニーズに合わせ て日本の携帯電話を利用することもできる。 携帯電話の通信規格は利用者にとってあまり関係のない問題と捉えられる。しかし実際 には、利用者の携帯電話を取り巻く環境を大きく変化させる要因であることが考えられる。 もし国際標準の通信規格が誕生したら、利用者が世界中で、相応な価格で携帯電話を使用 できる日もそう遠くはないかもしれない。 15 『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』 2007 年 12 月 参考文献 石黒一憲[2004]『国際競争力における技術の視点-知られざる NTT の研究開発』『NTT 出版』(第2 章) 新聞雑誌記事 日経ビジネス[2006/01/16 号] 「ドコモ失速、電機全滅 ケータイ大国の幻想‐2007 年生き残りへ の死闘」(26‐87 頁) 日経ビジネス[2006/04/17 号]「携帯日本、揺らぐ技術優位‐松下、NEC の提携に米 TI が加わる 理由」 (12 頁) 日経ビジネス[2007/10/22 号]「ウィルコム、中国接近の真意‐「次世代 PHS」を中国網通と共同 研究へ」(11 頁) 日経エレクトロニクス[2004/08/16]「夏バテ?デジタル機器に不具合が続々」(pp.38‐39) 日経エレクトロニクス[2004/11/08]「着メロ配信やテレビ視聴に動き出す米国ケータイ業‐CTIA WIRELESS I.T.2004 から‐」 日経エレクトロニクス[2006/10/23] 「市場展望 好調な携帯電話機、2006 年も 20%増‐日本のメ ーカーシェアは減少」(pp.155‐157) 日経コンピューター[2005/02/07] 「IT 落とし穴 A to Z 第 3.5 世代(3.5G)携帯電話」 (pp.134 ‐137) 日経コミュニケーションズ[2007/10/15]「企業を熱くする最新テクノロジ 3.9G(第 3.9 世代携帯 電話) 最大 300 メガの携帯電話早ければ 2009 年サービス開始」 日本経済新聞[2007/05/29]「海外で使えるシンプル携帯‐NTT ドコモ1万円台前半‐」紙面 31 日本経済新聞[2007/06/16]「次世代高速無線通信‐参入争い合従連衡‐」紙面 9 日本経済新聞[2007/07/11] 「ゆがむ携帯電話産業モバイル先進国の実像(上)I フォンが映す「鎖 国日本」。 」紙面 11 日本経済新聞[2007/07/12]「ゆがむ携帯電話産業モバイル先進国の実像(中)揺らぐ通信会社優 位」紙面 13 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