1-1 マイクについて

ver.3.02 2003-04-05
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1-1 マイクについて
マイクが発明されたのは1880年代で最初は炭素の粉末を利用したカーボン型のもの。このカーボン型は現在のマイクに比べれば音は悪いし歪み(ひずみ)も多
いので、現在プロオーディオの世界で使うことはないけど、感度がよいのでしばらく前まで電話機に使われていた。そのころの受話器を持ったことのある人には、
その重さも分かってもらえると思う。ちなみにこれだけ技術の進んだ今も電話機の音質は1962年に開発された600型電話機(いわゆる黒電話)を目標としているら
しい。(まだその音質に追いついていない。)確かに昔の加入電話って(声に限っていえば)いい音していたな。
マイクの正式名称はマイクロフォン(microphone)で、まだよく使われる言い方。「小さい電話」という意味ではなく、micro(微少)なphone(音)を拾うことができると
いう意味から来ている。英語でマイクといった場合は通常「mic」「mics」と書いたりするが、普通の辞書には載っていなかったりする。あとたまに「mik」と綴ることも
あるが、この辺までくると俗語の世界。→9-8-2 英語表記について
1-1-1 マイクの種類
マイクはその構造からいろいろなタイプのものがあるんだけど、エンジニアは通常ダイナミック型とコンデンサ型(以下「型」を
省略)というようにおおざっぱに分類して考えている。 ダイナミックとコンデンサとの違いは下世話にいえば、コンデンサの方
音がいい
。(特に高域に違いが現れる)コンデンサのメリットはそれだけ。(モノによっては指向性が切り替え
が
られるというメリットもあるけど)後はすべての点でダイナミックに劣る。コンデンサを使うのには以下のような注意が必要な
のだ。
1. 電源が必要
コンデンサは電源がないといっさい動かない。
2. 湿気に弱い
ダイナミックに比べて極端に湿気に弱い。湿気を含むとノイズの増加という形で音に影響が表れることが多い。
3. 振動に弱い
すべてのマイクにいえることではあるが、 ダイナミックに比べてさらに弱い。
4. 高価
単純な値段比較はできないが、ダイナミックとコンデンサでよく使われるマイクを比べるとやはりコンデンサの方が数倍高い。
ということでコンデンサにとって厳しい条件の多いPAの世界(移動による振動・湿気の多い野外での使用・不安定な電源・盗難や破損の危険などが大きい)で
は、どうしても必要な部分のみにコンデンサマイクを使い、その他の部分はダイナミックマイクを使うのが普通で、逆に条件をクリアしやすいレコーディングではか
なりの割合でコンデンサが使われる。まあ、コンデンサが全然向かない音源などもあるので、一概にコンデンサの方がいいというわけではない。
ムービングコイル型マイク
コンデンサ以外のマイクの分類をするときに、ダイナミック型の中にムービングコイル型とリボン型があるという分類と、ダイナミック型=ムービングコイル型で、リ
ボン型とともにマグネチック式と分類することがあるんだけど、まああまり本質的なことではないのでここではカテゴリに分けず紹介。(カーボン型も意図的に無
視)
ムービングコイル型(以下「型」を省略)というのは、ちょうどスピーカと同じ構造をしていて、永久磁石の周りをコイルが覆っている構造になってい
る。スピーカが電気信号を音(空気振動)に換えるのに対して、ムービングコイルのマイクは全くその逆、つまり音を電気信号に換えるというわけだ
な。実際、音響特性を無視すればムービングコイルマイクはスピーカに成りうるし、スピーカはムービングコイルマイクに成りうる。(特に後者はトラ
ンシーバなどで、スピーカをマイクにするということが実際に使われている)
現在コンデンサ以外のマイクはほとんどすべてこのムービングコイルで、様々なタイプが出ている。次章でそれぞれについてはふれるけど、目に
する機会も多いマイクなので、エンジニア志望の人は有名どころは品番まで覚えておいた方がいい。
リボン型
リボン型(以下「型」を省略)は、その名の通り、リボンと呼ばれる金属箔(アルミが使われることが多いが、その薄さはキッチン用のアルミ箔の1/10
位の大変薄いもの)が永久磁石の間につるされている構造になっている。
ムービングコイルや後述のコンデンサの音を感知する部分が「張られて」いるのに対して、リボンが「吊られて」いるので、周波数特性に癖ができに
くいという特徴を持っている。ゆえにコンデンサより自然な音がすると好むエンジニアも多いが、コンデンサの音になれていると少し物足りない感じ
がしないでもない。
永久磁石にある程度の大きさを必要とするため、重く大きいマイクになりがちで、取り扱いにも(特にビンテージマイクは)細心の注意を払わなくて
はいけないので、ジャズやクラシックなどの生音を重視する現場でたまに使われる程度で、なかなかお目にかかれないマイク。
コンデンサ型
コンデンサー(後述のエレクトレットコンデンサ型と区別するため、「直流バイアスコンデンサ」 と呼ぶこともある。)は、導電性薄膜と固定電極を極
めて狭い間隙で向き合わせて、静電容量の変化するのを取り出す方式。その構造が電子部品のコンデンサと同じであることからこの名前がある。
静電容量を表すキャパシティからキャパシタ型(Capacitor)と呼ぶこともある。(日本ではあまり使わない。)
電極に電圧を加えないと静電気がたまってくれないので、コンデンサにはそのための電源が必要。(この電圧のことをバイアス電圧と呼んでい
る。)通常この電源はファンタム電源という形で、マイクケーブルを使って供給されるので、見た目にマイクから電源コードが出ているということはな
い。
→12-4 ファントム
音質的には、ダイナミックのように振動系を大きく動かす必要がないので(といっても、μmのレベルでだけど)高域特性に優れる。これは導電性薄膜が音域に関
係なく振幅は一定という特性によるもので、ダイナミックが高域になればなるほど電気信号に変換しにくくなるのに対して、コンデンサは音域によって得手不得手
はない。さらにこの高域特性に加え、構造上ムービングコイルより高い周波数にピークができやすいので一般的には硬質な音色になる。
エレクトレットコンデンサ型
導電性薄膜と固定電極を極めて狭い間隙で向き合わせて、静電容量の変化するのを取り出す方式というのはコンデンサと全く一緒だけど、 テフ
ロンに静電気を帯びさせて半永久的に静電容量を持たせたものがエレクトレットコンデンサの特徴。というか、テフロン・ポリプロピレン・マイラなど
の電気を通しにくい高分子材料を溶かして固めるときに、直流の高電圧を加えた電極ではさんで冷やすと、両面で+と-に帯電する現象が起きるん
だが、これを電磁石に見立てて、「電子の磁石」ということでelectron+magnet=electret=エレクトレットと呼ぶ訳なんだな。だからそれを利用した
コンデンサ式だからエレクトレットコンデンサというわけだ。テフロン膜を振動膜に使ったものが「膜エレクトレット」といい、固定電極の方に貼り付け
たものを「バックエレクトレット」と呼んでいる。
一番大きな特徴は、もうすでに帯電しているので、バイアス電圧が不要なこと。ただし、インピーダンスが高いので、インピーダンス変換のための電子回路が必要
となり、その電源が必要となるので電源は必要。ただコンデンサと比べれば遙かに低電圧で小電流しか必要としないので、マイクを使うに当たっての敷居は低く
なる。当然製造コストも抑えられるので、価格も安い。さらにマイク自体を小さくできるのもメリット。そのメリットを生かすために、マイク本体と電子回路を別にした
ものも多く見られる。
当初はその使いやすさから、民生用のマイク(生録用のマイクやラジカセの内蔵マイクなど)として普及したんだけど、バックエレクトレットが実用化されてから一
気に音質が向上し、プロ用のマイクとしても使われている。最初は小型化が可能な特性を活かして、タイピンマイクと呼ばれる身につけて使うマイクや、細身の
すっきりしたテレビの音声収録によく使われるような卓上マイクとして広く使われていたが、現在ではそれに加えてレコーディングでの使用にも十分耐えうる高音
質の大型マイクも次々とリリースされている。ただ、このようなマイクは「エレクトレット=安物」というイメージを嫌って、コンデンサと表示して販売されていることも
多い。
1-1-2 マイクの特性
指向性
「カクテルパーティー効果」というのを知っているだろうか?別にカクテルパーティーじゃなくてもいいんだけど、(カクテキパーティーはちょっとイヤ)パーティーの会
場のように騒がしい所にみんながいるとしよう。で、ぼ~っとしているときは、みんなは周りのざわめきを何となく聞いているわけだな。で、ここで友人が来てしゃべ
り始めた。こいつは声のあまり大きくない奴なのだが、みんなはこの友人の声を(ざわめきの中にもかかわらず)さほど苦もなく聞き取ることができるわけだ。
このように人間には、ある程度の音の大きさの差などものともせず、目的の音だけを選択して聞くことができるようになっていて、このことをカクテルパーティー効
果という訳だ。
ところが残念ながらマイクにはこのような知能はないわけで、周りのざわめきであろうと、友人の声だろうと、単に音として電気信号に変換するのだ。これでは特
定の音を録りたい時に不都合が生じるわけだな。そこで考え出されたのが、音がマイクに入ってくる方向によって感度の違うマイク、つまり「指向性」をもったマイ
クだ。
ムービングコイルマイク自体の特性は無指向性なんだけど、マイクカプセルの作り方を工夫して指向性を持たせてある。(用途
的に無指向性のものはないと言っていい)マイクカプセルに開けられた穴に入った音と、正面から来た音の位相差によってこの
指向性を作っている訳なんだな。よってマイクのスリット(網がかぶせてあったり穴があいている部分)を塞いでしまったりすると
せっかくの指向性マイクが、無指向性のようになってしまうわけだ。よくマイクの頭を手でくるんで使うボーカリストがいるけど、
大バカ!
音響的にみるとあれは
音の「抜け」が悪くなるに、マイクの指向性がなくなってハウリングしやすくなる。
マイクを覆うと他の音が入ってこない感じがするからなんだろうか、プロのミュージシャン(といえる人も少なくなってきたけど)でもこういう使い方をする人が多いの
には困ったもんだ。
まあ演出上こういう持ち方をしたいと言われれば、それはそれで仕方ないけど。ちなみにハードコアなんかは、もうそーゆーレベルの話ぢゃなくて、あの抜けの悪
い音が音楽の一部だと思っといたほうがいい。あとボイパ(ボイスパーカッション)もマイクを手で覆わないとそれらしい音にならないので仕方ないかな?でも音響
屋としてはボイパはマイマイクでやってほしいなあ。マイクが傷むんだよねえ・・・・
で、マイクの指向性なんだけど、大きく分けて3種類あって、それぞれ「無指向性」「単一指向性」
「双指向性」とよばれている。
右はまあよくある図なんだが、上方向がマイクの正面だと考えたときに、それぞれが色の付いてい
る方向に「感度」を持っているということを表しているだけなので、色の範囲の音しか拾わないという
意味ではないからね。
無指向性
全指向性ともいわれるもので、指向性のないマイク。ラジカセなんかについている内蔵マイクがこのタイプだね。「小川のせせらぎ」とか「会場のざ
わめき」みたいな「雰囲気モノ」を録る時なんかに便利だ。PAやレコーディングではよっぽど安易なことをやるか、よっぽどレベルの高
いことをやるとき以外にはあまり使われることはない。
単一指向性
カーディオイドとも呼ばれるもので、ほとんどのマイクがこのタイプ。マイクの正面(マイクによって異なる)から来る音に対して最も感度がよいマイク
で、ある特定の音だけを録りたい時に便利だ。単一指向性のマイクは指向性の「鋭さ」によってさらに「カーディオイド」「スーパーカーディオイド」「ハ
イパーカーディオイド」「ウルトラカーディオイド」4つに分けられる。カーディオイドが比較的指向性が広く、ウルトラカーディオイド(超指向性とも呼ば
れる)がもっとも指向性が鋭い。ちなみにカーディオイド(Cardioid)というのは「心臓の形」という意味。ハートマークをひっくり返したような形をしてる
でしょ?数学の世界では「カルジオイド」と読むらしい。r=1+cosθのグラフがこの形になるのだ。
また4種類の単一指向性をみると指向性が鋭くなればなるほど背面への指向性も出てくることがわかる。普通は指向性が鋭ければ鋭い程、目的と
する音を録れるんだけど、マイクの背面に不必要な音がある場合なんかは、かえって指向性の広いカーディオイドのほうが目的とする音だけを録
れるのだよ。
双指向性
「両指向性」とか「8の字指向性」とも呼ばれるもので、マイクの正面と背面から来る音に対して最も感度がよい。リボンマイクやコンデンサマイクの基本特
性はこの双指向性なのだが、マイクカプセルの音響設計や、もう一つの振動膜の電気的な組み合わせで単一指向性を作り出している。ラジオのトーク番
組などで2人が向かい合ってしゃべるときに、2人の間にマイクをおいて録る時や、MS方式と呼ばれる録音技術で使われる以外には、あまり使用すること
はない。
オンマイク・オフマイク
「オンマイク」「オフマイク」ってのは「マイクのスイッチを入れたり切ったりすること」ではありませぬ。「音源にマイクを近づけて録るか、離して録るか」という意味なのだ。
音源からの距離がどのくらいで、オンマイクというかオフマイクというかは厳密にはいえないけれど、だいたい30cm位を境にオンマイクとオフマイクということが多
いみたいだな。まあ30cmといってもオンマイクが基本のPAの世界では、どちらかといえばオフマイクになるし、レコーディングの世界ではまだオンマイクのうちに
なったりする。オンマイクやオフマイクという言い方のほかに「オンにする」とか「オフにする」という言い方をすることもあり、これはそれぞれマイクを音源に「近づ
ける」「離す」という意味になる。
近接効果
比較的小さな音源に、指向性を持ったマイクを近づけると、収音される音は、オフマイクの時と比べて低域が強調されるという特性がある。これを近接効果という
んだな。ドラムなんかをマイクで録ってスピーカから音を出すだけで、音が「太く」なるのはこのためだ。逆にハンドボーカル用に設計されたSM-58のようなマイクで
は、オンマイクでの使用を基本と考えて、あらかじめ近接効果分の低域をカットしてある。よってこのようなボーカル用に作られたマイクを、オフマイクで使ったりす
ると、低音のないすかすかな音になってしまう。
ハンドリングノイズ
ハンドリングノイズとはマイクを手で持ったときに、手と本体との摩擦で起きる「ごそごそ」といったノイズだ。はなっからハンドボーカル用として設計してあるマイク
はその辺を考慮してあるので、PAでの使用ではまず問題にならないが、ノイズにシビアなレコーディングでは目立つこともある。
解決方法マイクスタンドに取り付けて使うか、ボーカリストに「マイクを持つ手を少しでも動かすな!」という無理な注文をつけるしかない。まあハンドマイクは演出
上のものと考え、それ以外のときはなるべくマイクスタンドにマイクを取り付けて使おう。(もちろんボーカリストがハンドマイクでないと非常に歌いにくいといった場
合はこの限りではない。)
位相
一応JISの規定では
「マイクの振動板を押し込む力が加わったときに、プラスの電圧が出る端子をホット端子とする。」
という規定があるんだけど、これだけじゃマイクに付いてるコネクタの、どの端子がホットなのかわからない。通常PAではキャノンコネクタの2番ピンをホット、3番
ピンをコールドにしてあるマイクを使うことが多いんだけど、会館設備やレコーディングでは、その逆が多い。(最近は全体的な傾向として2番ピンがホットに統一
されつつあるけど‥‥)
ということで、いろんなところからマイクをかき集めてきた時などは、同じ種類のマイクであっても位相が違っている可能性が高いので、簡単に位相チェックをした
ほうがいい。位相チェックは、簡単にやるなら誰かにマイク2本をくっつけて持って、「あ~」とかなんとか連続した声を少しの間出してもらい、それで1本目だけで
音を聞いて、同じくらいのバランスで2本目の音を足す。そうしたときに音量が増えれば正相、逆に音量が少なくなれば逆相だ。でもラフにいっちゃえばマイク自体
の位相は、あんまりマイクが近接しているとき以外は、でてくる音が良ければそんなに気にしなくてもいいと思うんだけどね。(B型)
吹かれ
「風」をマイクが「音」と勘違いして、「ぼぼぼ」とか「ぼそぼそ」っといったノイズが出てしまうことだ。一番多いパターンは歌なり声なりを録るときに、人間の息がマイ
クにかかることによってノイズが出る場合。「ぱぴぷぺぽ」などの声はマイクに強い息がかかりやすくなるのだが、これを特に「ポップノイズ」といっている。
他では野外コンサートなどで自然の風がマイクにあたりこの現象が起きる。根本的な解決方法は風を止めるしかないんだが、まあそんな大それた話は、一般庶
民には縁もゆかりもない話なので、普通はまずマイクの位置とか方向で回避できないかやってみる。それでも駄目な場合はウインドスクリーンをマイクにつけてし
のぐ。
1-1-3 特殊なマイク
ワイアレスマイク
文字どおり線(ワイア)の無い(レス)マイク。まあ最近はカラオケでも、ワイアレスマイクが当たり前の時代だ。ワイアレスマイクだけではマイクとして機能しないので、当
然受信器(レシーバ)と一緒に使う。ワイアレスマイク本体には、いわゆるマイクとしての部分に加えて電波を送信するための回路と、それ用の電池が内蔵されている。
ワイアレスマイクのメリット
1. マイクを持って自由に動き回れる。
この特長はいろいろな用途においてかなり魅力的で、極端な場合は音質を犠牲にしてまでもワイアレスマイクを使う場合もある。
2. マイクケーブルが絡むことが無い。
マイクを持って猛烈にダッシュしようが、複数の人間がマイクを持って輪になって踊ろうが、(ジャニーズ系のコンサートを想像してもらえれば分かりやすい
かな?)ワイアレスマイクはマイクケーブルが絡むことが無い。
メリットはこの2つだけだ。それに対して
ワイアレスマイクのデメリット
デメリットはたくさんあるぞ。
1. 長時間の使用に耐えられない。
電源が電池なのでこれは宿命だ。(ワイアレスマイク本体に電源アダプタなど付けたらそれこそ本末転倒だ。)
2. あまり強力な電波を出せない。
これも電源が電池であることから考えて当然だ。もし仮に強力な電波が出せたとしても、電波法によって届け出や免許を持たずに使える電波は微弱なも
のに限られている。
3. 場所によって電波の受信状態が違う。
これは電波を扱っている以上当然出てくる問題だとはいうものの、ちゃんと動作するかどうかが使う場所で実際に使ってみるまで分からないという厄介な
問題。ダイバシティー型の(2本以上のアンテナを使い、一番受信状況のいいアンテナを自動的に選択するシステム)受信器を使い、アンテナの位置を工
夫してみることによってかなり回避できるけど、それでも運が悪いと(本当にそうとしか言いようがない)マイクの位置によっては、受信できないこともある。
ちなみにこの受信できないところのことを「デッドポイント」という。
4. ダイナミックレンジが狭い。
ダイナミックレンジとは簡単に言うと、どのくらい大きい音まで扱えるかという事。電池を電源とするワイアレスマイクは、有線式マイクに比べるとそれほど
の大音量でなくても歪んでしまう。一応これを避けるためにワイアレスマイク本体の中には、パッドスイッチやゲイン調整のねじがあるものも多いけど、こ
れはS/Nを犠牲にしてとりあえず音が歪まないようにする消極的な対応方法。ノイズリダクションシステムを内蔵して、少しでもダイナミックレンジを稼ごうと
しているものも多い。
5. 音質が有線式に比べていくぶん落ちる。
「いくぶん」か「かなり」かは物によって違うんだけど、音質的にワイアレスマイクは、まだまだ有線式にかなわない部分が多い。最近の物は一昔前に比べ
て格段に進歩しているので、音質面ではかなりのレベルまで来てるんだけどね。ワイアレスマイクは、
うのが、エンジニアの本音。
出来れば使って欲しくないとい
6. 高価。
当然だけど有線式のマイクと比べると値段が高い。特に音のいいワイアレスマイクは、ばか高いのだ。またランニングコスト(購入するためのお金じゃなく
て、買ってからそれを使うのに必要なお金。車でいえばガソリン代や保険代なんか。)の電池代もばかにならない。単純計算で、250円のアルカリ乾電池を
毎日2つずつ使うとそれだけで年間18万円の出費になる。
7. 重く大きい。
単純に考えても、電池分は重く大きくなる。たかが電池分と思うなかれ、ワイアレスマイクは基本的にはず~っと手で持っているものなのだ。
8. 強度的に弱い。
あの小さい中に電波を発信する回路を組み込んであるもんだから、故障もしやすい。しかも、全然音が出なくなったというような分かりやすい故障でなく、
いやらしい故障のしかたが多い。(経験上ね。で、修理に出すと「症状出ず」でそのまま直らずに
症状が出たりでなかったりする
返ってくるんだな、これが。)
9. 南極や北極では使えない。
まあそんな所でマイクを使う物好きはいないだろうけど、これは乾電池があまり低温では使えないってこと。その他汗や息などの湿気にも弱い。(まあ、マ
イクはみんなそうだけど。)
10. 同じ周波数の電波を、他で使っている可能性がある。
法律で、ワイアレスマイクで使用してもよい周波数は決まっているので、混信の恐れが常にある。よくあるのがホテルなどに音響機材を持ち込んだ場合
に、下の階とか上の階のように気がつかないところで同じ周波数のマイクを使用している場合。上の階の国際会議に、下の階の結婚式場のおやぢの「マ
イウエイ」の歌声が紛れ込んでしまったりした日にゃぁ
悲惨だ。
以上のようなことから、プロの音響業界では、まだまだ有線マイクのように気軽に使えるものではないけど、使う側からしてみれば1度使ったら結構病みつきにな
るワイアレスマイクなので、ワイアレスマイクのオーダーはますます増えてくるだろうな。あ~、やな時代だ。
ステレオマイク
ステレオで録るためには当然ながら2本のマイクが必要なんだが、これが結構めんどくさいんだ。なにがって、マイク以外のスタンドやホルダなどの付属品も2つずつ必
要だし、特性のそろったマイクを2つ用意しなくちゃいけないし、マイクのセッテイングも難しいし・・・。というものぐさ者のためにあるのがこのステレオマイクというやつだ。
ステレオマイクは2つの特性のそろった同じマイクを1つにまとめてあるもので、単純に横に並べたものと、MS方式というワザを使ったものがある。単純に2つマイクを並べ
たものは、いわゆる「生録」なんかに便利。一時期デンスケ(ソニーのポータブルテープレコーダの愛称)をかついで、SLの音やら鳥の鳴き声だとかを録るのが「おっしゃ
れぇ~」だった時代があった。まあ今風に言うと「ヲタク」だけど、その頃にゃそんな言葉はなくて、そういう人達は
生録マニアと呼ばれていた。
閑話休題、この手のマイクには2本のマイクの角度を、スイッチで切り替えられるものも多くあって、「雰囲気モノ」を録るにはなかなか都合がよろしい。MS方式の
マイクは2本のマイクを1本にしたというよりも、ちゃんとセッティングするのが結構難しいMS方式のセッティングを、楽にするための意味合いが強い。よって使われ
方もプロの現場での使用が多く、マイクの値段も高価なのが普通だ。
PZM
PZMってのはPressure Zone Microphoneの略で、作ったアムクロンという会社の商品名なんだけど、このタイプのものはすべてPZMと言ってしまうことが多いようだ。(「ハ
イミー」とか、「いの一番」が「味の素」といわれるのと一緒だな)とにかく、売りはオフマイクでもオンマイクのような芯のある音色が得られることかな。とはいうもののちょっ
と変わりものなので、いまいちメジャーな存在とは言えんなぁ。外見も「エイ」みたいだし、壁とかにはっつけて使うことが多いし・・・
比較的よく使われるのは、レコーディングでドラムなんかのアンビエンス(部屋鳴り)マイクとして使ったり、演劇関係などで、ステージのかまちの前あたりの床に
張り付けて、マイクがない様に見せるとかの場合かな。
コンタクトマイク
コンタクトってのは「接触」という意味。(目に直接付けるからコンタクトレンズと言うわけだな)だからコンタクトマイクってのは「音源に直接取り付けるマイク」ってこと。サッ
クスやバイオリンなどを録る時に、楽器に直接取り付けるものなどがそうだ。テレビ番組なんかの出演者が、ネクタイのところなんかに付けてるマイクもコンタクトマイクの
一種なんだけど、タイピンのようにして使うので、これらは特に「タイピンマイク」と呼ばれている。小さいマイクを作りやすいことから、このタイプのマイクはほとんどがエレ
クトレットコンデンサだ。
音源に取り付ける関係で、コンタクトマイクってのは小さく軽く作られているので、通常のマイクと比べると音質面で少し見劣りしてしまう。だからこの手のマイクが
よくライブなんかで使われているのを見たとしても、ステージ上での演奏者の動きを、比較的自由にする所に一番のメリットがある訳で、そのマイクが音質的に優
れているわけではないことが多い。だからライブステージのように動きまわる必要がないレコーディングでは、コンタクトマイクを使う必然性は、全くない。
コンタクトピックアップ
厳密にいうとこいつはマイクじゃないんだけど、コンタクトマイクとよく混同されるので説明しとこう。マイクとピックアップの違いは、マイクが、音源が振動する事によって起
音源の振動を
こった空気振動を電気信号に変換するものなのに対して、ピックアップはスチール弦などの
直接電気信号に変換するものだということだ。エレ
クトリックギターのピックアップなんかがそうだね。音源の振動を直接拾う分、マイクよりも音源の音だけを録ることができ、周囲の不要な音をほとんど拾わないけど、音
質的にはイマイチなのはいたしかたない。
1-1-4 マイク本体のアクセサリ
オンオフスイッチ
マイク本体についているオンオフ用のスイッチ。(この場合のオンオフは、入切のこと。)PAで司会のマイクなどに使うくらいであまり使うことがない。これはまずプロの現
場はオペレータがいるので、ステージ側でマイクのオンオフをする必要がないということと、マイクがステージ側でオンオフできる便利さよりも、何かの間違いでスイッチが
オフになってしまい、音が切れてしまう(オペレータ席からすぐ対応ができない)トラブルのほうがよっぽど怖いからなのだよ。(以前あるところで中小企業の社長っぽいお
「安物しかないのか!ここは!」と怒っていた。げに知らぬとは恐
やぢが、「スイッチ付きのマイクはありません」といわれて、
ろしきことなりだな。)
イコライザスイッチ
マイクの周波数特性をコントロールするためのスイッチ。ほとんどが近接効果による低域をカットする目的で付いている。(ということは、ハイパスフィルタが付いていると
いうことだ。)→12-1 フィルタ
最近はミキサが安価なものでも高性能になってきたので、マイクに付いているこの機能を使う人はあんまりいなくなってしまった。「とりあえずマイクに入ってくる音
は全部ひろっといて、不必要な部分はミキサのほうでカットすればいいじゃん」という発想だな。とはいうもののベテランエンジニアの中には、このイコライジングス
イッチとマイクの置き方で音作り(それもかなり高度な)をしてしまう人もいる。はっきり言ってあれは「職人芸」だな。
パッドスイッチ
「マイク本体に内蔵されている電子回路が、過大な音圧によって発生した電圧で歪んでしまうのを防止するための付加装置の、動作を決定する開閉器」っていったって
判んないよなぁ。(笑)要はコンデンサマイクを使うときに、音源の音量が大きすぎてマイク本体で歪んでしまう事を避けるために、マイクの感度を落としてやるスイッチ。
マイク本体で歪むことを避けるといっても、音を電気信号に変える部分でやるのではなくて、その次にあるプリアンプ部(マイクに内蔵されている)に抵抗を挟み込んでい
るだけの話。当然構造的にプリアンプ部を持たないダイナミックマイクにはこのスイッチは存在しない。
指向性切り替えスイッチ
マイクの指向性を変化させるためのスイッチ。コンデンサマイク(しかも比較的高価なもの)に付いていることが多い。通常は単一指向性で使うことがほとんどで、このス
イッチを使い分けるのは、結構高度なことをやるときだろう。 切り替え時には爆音が出るおそれがあるので、必ずそのマイクのチャンネルをオフにしてから行うこと。
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1-2 マイクスタンドとアクセサリ
1-2-1 マイクスタンドの種類
マイクをハンドマイクで使うとき以外はこのマイクスタンドでマイクを固定する。その目的によっていろいろなものがあるので、ざっと紹介しよう。
ブームスタンド
とりあえずほとんどの状況で使える便利なマイクスタンドだ。PAの世界ででは9割方このブームスタンドが使われる。そのブームスタンド
のなかでもAKG(K&M)の製品を使っているところが非常に多いので、PAの仕込み図などにはAKGの品番であるところの(関係代名詞)
「210」と書かれることが多い。(昔はST210だったけど、今はKM210)
210タイプよりよりひとまわり小さいブームスタンドを、ミニブームと呼んで、これも非常によく使われる。だい
たい1m以下の高さのものを録るときに便利。210と違うのは、ブーム部分が2段になっていること。このため
ブームの先端は細くなっているので、あまり重いマイクを支えるのが現実的ではない。AKGの品番から
「259」と表記される。
たまに259Bって書く人がいるけど、Bは色が黒という意味なので、まともに捉えれば黒いミニブームを用意し
なくてはいけないんだが、当初ブラックタイプのものが流行ったので、そのときの名残で書いてしまうだけで、特に黒でなくてもいいこ
とが多い。
あと、ミニブームとショートブームというのは通常いわゆる「259」のことを指すんだが、ミニブーム=259で、ショートブームは210のボディー
に259のブームをつけたものと区別されることもある。AKGの言い方ではどちらも210で、通常の210が「KM210/6」で、ショートブームは
「KM210/91」となる。(ああ、ややこしい)
ストレートスタンド
一番シンプルな形のマイクスタンドだ。ブーム型からブームの部分をとったものだと思えばいい。(というか、ストレートスタンドにブームを着
けたのがブームスタンドなんだけどね。)これもAKGの品番から「200」と呼ばれることがあるけど、現在の品番は「KM201」
そのほかボーカル専用のストレート型も市販されている。これは軽量化が図ってあり、片手で楽に持ち上げることが
できる。まあその分強度的には弱いので、アクション専用マイクスタンドと思っといたほうがいい。故フレディ・マーキュ
リーのように杖のようにマイクスタンドを使う人もいるし。
また最近のマイクスタンドの足の部分は3本足のタイプが多いけれど、昔は足の部分が円盤型のストレートスタンドが一般的だったので、60's
あたりの雰囲気を出すためにあえてこの円盤型の足のマイクスタンドを愛用している人もいる。このような円盤形のスタンドは「丸皿」とか「ラ
ウンド」とか呼ばれることが多い。
卓上スタンド
文字通り机の上において使用する。足の部分は基本的に金属製の重みのある丸皿で、数カ所にフェルトなどが張ってあり、したからの振
動を伝えにくくし、かつスタンドを滑りにくくしている。弁論大会で演台がある状況では、下手にブームスタンドなんかを使うより、マイクスタ
ンド自体を演台の上に載せた方が見た目がすっきりするでしょ。あとはたまにギターアンプやキックを録る時に使う人があるけど、卓上型
はマイクセッティングの自由があまり利かないので、講演会や会議などの用途以外はあまり勧められない。
グースネック
グースネックってのは「がちょうの首」。ほかに「フレキ」と呼ばれることもあるけど、このフレキってのはフレキシブルの略で、曲げやすいとか融通の利くといった意味だ。
えーっと、みんなの家にはたぶんガス湯沸かし器があるでしょ?そのガス湯沸かし器に付いている水道管みたいなやつだ。(実際この水道管もフレキ管という)
もちろんマイクスタンド全体をこのフレキ管で作ったら、ぐにゃぐにゃして使いもんにならんので、他のマイクスタンドの先につけて使う。どんなところにもセッティン
グできて、非常に便利そうに思えるけど、マイクの重みで自然に曲がってしまったりするし、安定性もよいとはお世辞にも言えないので、今はあまり使われること
がない。ただマイクスタンドの先端の向きから、Uターンさせて180度逆の方向にマイクを向けるなどという芸当は、このグースネックならではのものなので、ハイ
ハットの収音やライブ時のドラムボーカルやに使われることもある。
ハイスタ
たぶんハイスタンドの略なんだろうな。放送局やレコーディングスタジオでは、ST-210のようなブームスタンドもよく使うんだけど、「かなり
離れた所へ、かなりの高さで」(たとえば4メートルはなれたところへ3メートルの高さで)というのは、普通のブームスタンドでは物理的に
不可能やんね。こーゆー目的に使われるのがハイスタ。見た目のイメージ的にはクレーンの様な感じ。
中2段・小3段
なんか「学生将棋トーナメント」みたいな名前が付いてるけど、これも放送局やレコーディングスタジオなどでよく見るタイプ。基本的には
ストレートスタンドなんだけど、軽さ(移動するのが大前提であるPAでは音の次に大事な事)を捨てて、安定性に重点を置いてあるマイク
スタンドだ。高さとジョイント数で「中2段」とか「小3段」などといっている。中2段は大体2.5m位の高さまで、小3段は1.5m位の高さまで対応
できる。マイクの高さや向きはロックできないので、手があたったりすると、セットした位置が変わってしまうこともある。
エレベーターマイク
ホール関係独特のもので、一種の「設備」。よく漫才なんかで「ど~も~」っと出てきたときに、下からうにょーって出てくるアレだ。舞台袖や音響室にオンオフス
イッチと高さを決めるつまみがあって、そこで操作をする。「けっこう使いこなすには、慣れが必要だよ。」と自慢げに小屋のオヤヂは言う。(^_^;
吊りマイク
これはマイクスタンドではないんだけど、比較的軽いマイクなんかは吊して使うことがある。クラシックのレコーディングなどでは、よく客席上のシーリング室から、
コンデンサーマイクを吊すし、ほとんどのホールでは最初っから「3点吊り」といわれる設備がある。これは3本のワイアーの長さを変えることによって客席の上の
いろいろな位置にマイクを持っていくことができるもの。クラシック系のレコーディングでは、この3点吊りマイクだけでレコーディングされることもある。あとPAでギ
ターアンプなどに、どうしてもマイクスタンドが立てられんときは、苦肉の策としてギターアンプにマイクを吊すこともある。
1-2-2 マイクスタンドの扱い方
それでは一番基本的なブームスタンドで、マイクスタンドの扱い方を見ていこう。PAや運ぶことを前提としている場合、マイクスタンドはこの状態になっている。こ
の形が一番コンパクトになっているからだな。
この場合まず台座の部分のねじをゆるめる。この部分のねじは、従来のT型と、丸ねじの場合があるがどちらも一緒で、反時計回りでゆるむ。半周ほど回せば十
分ゆるむので、その状態で軸の部分を持って、軸が台座に引っかかるまであげる。 そして先ほどゆるめた台座のねじをしっかりと締める。
↓ T型のねじ
さらに3本の脚を開き、床におく。床面に軸がついた状態になると、せっかく3本のゴムで脚を浮かせて立てている意味(床からの振動を伝えにくくする働き)が全
くなくなってしまうので注意すること。
この状態で、ブームの角度を決めるハンドルを反時計回りに半回転ほどさせてゆるめておく。
さらに、軸の筒型のねじを反時計回りに半回転ぐらいゆるめる。
軸の部分を少し持ち上げて、リングねじを時計回りに締めて、軸との間に隙間があいていない状態にする。
次に軸の部分を同じく時計方向に回し、ブーム部分としっかり固定する。
次にブーム部分を固定するねじを軽くゆるめ、同じように先端部分のリングねじを時計回りに締める。
この状態がマイクスタンドを立てた(準備した)状態。動くところはぷらぷらしているが、脚やジョイント部などはしっかり固定されているので、安定していてマイク
セットがしやすいのだ。レコーディングスタジオではこの状態でマイクスタンドを保管していることが多い。
さて次にこのマイクスタンドに使用するマイクをつけていく。マイクはホルダが付いた状態で保管されていることが多いので、ホルダが付いたままマイクの胴の部
分をしっかりと持ち、片手でマイクを固定して、マイクスタンドの軸の部分を回してホルダとスタンドを固定する。このとき決してマイクを持った手の方を回さないよう
に。マイクを落としてしまう可能性が高いからだ。
これで、マイクの向きを安定した状態(この場合はウインドスクリーン側が上)にすれば完成。PAでもレコーディングでも、使用するマイクを一
カ所でこの状態にしてから、実際に使用する場所に持っていくという手順になることが多い。
マイクスタンドをしまう場合は、まずマイクからケーブルをはずして、いろいろな向きに固定されているスタンドを左写真の状態に戻す。その
あと他の作業のじゃまにならないところ一カ所にスタンドを集めてマイクをはずしていく。このときもマイクをしっかり片手で持って、スタンドの
軸の部分を回してはずすこと。
そしてマイクを本数を確認しながらマイクケースに戻す。紛失の危険を考慮に入れなければいけないPAでは特に大事な作業だ。
スタンドを立てたまま保管する場合は、ねじのゆるみなどがないか確認して終了。保管場所に並べてみて高さが違ったりするのはどこかゆ
るんでいたりゆるめ忘れたりしているので確認しよう。スタンドをたたむ場合は、立てたときと逆の手順で。PAの場合は移動が伴うので、この形でマイクスタンド
ケースに入れる。マイクスタンドケースは専用のものを使ったり、ドラムのスタンドケースを使ったりする。見た目から「棺桶」と呼ばれることもある。マイクスタンド
はそれなりに重いので、あまり一つのケースに多くスタンドを入れると持ち運びが大変になることから、一つのケースあたり最多で15本程度。
1-2-3 アクセサリ
ウインドスクリーン
ウインドスクリーンには、マイク本体と一体化しているものと、マイクの付属品としてのものがあるんだけど、通常ウインドスクリーンといった場合は、後
者のことを指すことのほうが多い。役目はマイクの「吹かれ」を軽減することなんだけど、マイクにスポンジをかぶせてるわけで、他の方法では吹かれ
必要悪と思っといた方がいい。使わないほうがマイク本来の性能を発揮できるに決まってる。
をうまく軽減できないときに使う
レコーディングで使われているマイクの前に置くわっかのようなタイプのものは、特に「ポップフィルタ」と呼ばれる。これもそれなりに音質
変化はあったのだが、最近ではStedman PS100/101のようにものすごく効きがよくて音質変化がほとんど感じられないと言った製品も
出てきているので、逆にレコーディングのヴォーカル録りでは使うのが当たり前になっている。
シュアーのSM-58のように本体と一体化したウインドスクリーンをもつマイクは、ウインドスクリーンを含めて音作りがしてあるので、これははずすと本来の特性が
得られなくなる。(そういう使い方も面白いけど・・・)
マイクホルダ
マイクホルダは地味な小物ながら、マイクをマイクスタンドに固定するのになくてはならないものだ。マイクホルダにはそのマイク専用のものと、いろいろなマイクに使える
ものがあるけど、基本的にはそのマイク専用のものを使ったほうがよいよ。ゼンハイザのMD-421やエレクトロボイスのPL-20などのマイクは専用のものを使うしかないん
だけど、シュアーのSM-58やSM-57なんかは、いわゆる「普通のマイクホルダ」(シュアータイプのマイクホルダと言うことも多い)なら使えるので、実際にはこのタイプのマ
イクには、専用のマイクホルダを使わないことも多い。
またマイクホルダのなかにはユニバーサルタイプといわれるものもあり、これはいろいろな太さのマイクを使えるように洗濯ばさみの親玉みたいな格好をしたもの
なんだけど、マイクホルダからマイクを取ろうとするときに両手を使わなければいけないことと、マイクケーブルを引っぱってしまった場合に、マイクがマイクホルダ
から抜け落ちてしまうという欠点があるので、PAでの使用には向かない。
マイクスタンドのねじ
たかがマイクスタンドとマイクホルダをジョイントするねじなんだけど、このねじの規格が5/16インチ、3/8インチ、1/2インチ、5/8インチと4種類もあるからややこしい。さら
に1/2インチはねじの規格まで違うんだよ。
でもPAではマイクスタンドはAKG(B&K)社の製品を使うことが多く、それに合わせて3/8インチのねじを使うことが多い。ホールや放送局関係では1/2インチのね
じを使うことが多いかな。ねじの違うマイクスタンドとマイクホルダを組み合わせるときには変換ねじが必要なんだけど、この変換ねじは、マイクホルダ側に常に付
けておくようにすると分かりやすい。(で、実際みんなそうしてます。)
カフボックス
会館設備の会場内アナウンス用のマイクや放送用のスタジオなどでは、「カフ(ボックス)」といわれる機械を通してマイクを使う側でオンオフをする。カフ
(Cough)ってのは「咳」のこと。咳止め薬の「ヴィックスコフドロップ」のコフも日本語表記の違いだけで一緒の事だ。何でこんな名前が付いてるかというと、アナウ
ンサなんかが咳をしたいときなどに、手元でマイクをオフにできるというのが名前の由来。
まあ咳をするときというよりも、ミキサ側のフェーダは上げっぱなしにしておいて、喋るときにはカフを上げ、喋らないときには下げておくというのが実際の使い方。
たまにニュースなどでCM明けにアナウンサの声が聞こえなかったり、VTRの途中で打ち合わせの声が聞こえたりするのはこのカフの操作ミスによるもの。またオ
ンオフならスイッチでも事足りそうなものだけど、何もしゃべらなくてもマイクを入れてあるときは明らかに「場」の雰囲気があるので、マイクを切ってある状態から
いきなり入れると違和感が出るのだな。で、その違和感を和らげるために簡単にフェードインフェードアウトができるようフェーダが付いているというわけだ。
放送局などのスタジオに設置されているカフは他に、キューランプや、本線に出さないで(放送では電波にのせないって事だな)ミキサやディレクタと対話するた
めのトークバックスイッチなど、付加機能が付いている物が多い。それに対して会館設備のアナウンス用マイクのカフなどは、単純にフェーダしかない簡易型が
用いられる事が多い。
2-10 ボーカル
2-10-1 ボーカルの収音について
ボーカルの収音はピアノの収音と同じくレコーディング技術の中でもっとも高度な部分だといっていいと思う。高度だといっても、録音の過程が複雑なわけではなくて、あ
る程度の所までは誰でも収音出来るけど、それ以上の録音をしようと思うと、音の差が非常に微妙で判りづらい部分であるという意味だ。しかしながらこの微妙な差とい
うのが、最もエンジニアやディレクターやミュージシャンが気を使う部分でもあるわけで、これは現在の作られている音楽の大半がボーカルが入った音楽で、ボーカルは
その主役である事を考えれば当然の事であるわけだ。
☆厄介な点とその解決策
一人一人声質が全然違う。
ある人の声には最高のマイキングも、他の人にとっては最低のマイキングになる可能性があるという事だ。まあそこまで極端でないにしろ、マイクの選択からマイキング
まで、誰にとっても最高の方法はないという事だ。
まあこの辺は経験がものをいう部分なので、一般的な本では「録音を数多くこなして自分なりの方法を築く」と書いてあるんだろうけど、これではみんなの何の参考にも
ならない。で、ここは割り切ってボーカルにはU-87という様にマイクを決めてしまおう。レコーディングの世界の標準マイクともいえるこのマイクを使っておけば次第点の
ボーカルは録音できる。マイクを決めてしまえばあとはマイキングの工夫だけなので、後述のマイキング例を基本にして各自のやり方を決めよう。
極端にダイナミックレンジが広い
どんなボーカリストでも常に一定の音量で唄うなんて事は、物理的にも音楽的表現上の問題からも無理だ。しかしながら録音機器のダイナミックレンジには自ずと限界
があるわけで、いかに上手くボーカルをMTRに録音するかはエンジニアの腕にかかっている。
基本的にこれは、MTRに録音する際にレベル調整をする事によって回避できる。他の音源なんかではそのままの形でMTRに録音するのが基本だったんだけど、ボーカ
ルに関しては録音レベルを曲の途中で制御する必要がある。ここで判りやすい様にありがちなバラードの曲を例にとって説明しよう。
このような曲では普通図の様にAメロの部分では、唄の音程も低く感情表現も落ちついて静かな部分なので、声量
(ボーカルの音量)はあまり出ないのが普通だ。それがBメロを経てサビにいくに従って、唄の音程も上がり声量がだん
だん大きくなる。(実際の曲ではこのあとに「泣き」のギターソロをはさんでサビを2回以上繰り返して静かな部分で終わ
る。というのが王道なんだけどここでは省略する。)
で、これをこのまま録音するとAメロが小さすぎてサビが大きすぎる聞きづらい録音になってしまう。それで通常はミック
スダウンの時にAメロのボーカルをフェーダー操作で持ち上げて、音量の差を小さくし聞きやすくする。だったらその分
ボーカルをMTRに録音する時に音量操作をしてやれば、ミックスダウンの時に最小限の音量操作で済むし、MTRのダイ
ナミックレンジを上手く利用できるというわけだ。ただし操作しすぎると後で取り返しの付かない事になってしまう恐れが
あるので、少し控えめにする。(実際発売されたCDなんか聞いててもここをミスったとしか思えないものがある)この音量
操作は手でも出来るけど、コンプレッサに任せてしまう方法が一般的。ただしあくまでさりげなく存在感の無い様にかけ
るのがコツ。コンプレッサも音質変化の少ないものを選び、RATIOは2:1から4:1位がいいだろう。
図2-10-1 ボーカルの音量変化
ナマモノである
何度でも同じ音を出せる機械と違って、ボーカリストが最も良いコンディションで連続して唄えるのは、個人差はあるもの、数時間がいいところ。トレーニングをしていない
ボーカリストではもっと短くなる。だからもたもたしてるとエンジニア側の調整をしてるうちに、ボーカリストの声の方が限界に来てしまうという事にもなりかねないわけ
だ。(30分で声質の変わる情けない自称ボーカリストも多い。とほほ)またボーカルパートのミックスダウンは、その是非は別として切り張り(複数のトラックにボーカルの
同じ部分を録音しておき、ミックスダウンの時に最も出来のいい部分だけを抜き出して1つのボーカルの様に聞かせる技法)が当たり前になりつつあるけど、その場合も
ボーカリストの疲れによって声質が変わってしまっては、切り張りもできない。
これを回避するためにはエンジニア側がてきぱきと準備をして、ミスの無い様に録音をするしかない。その他にはボーカリストが唄いやすい環境を作ってやる事も大切
だ。一般的にスタジオ内は暗めにした方がボーカリストが録音に集中できる。また休憩時間やエアコンなどにも気を配るのを忘れない様に。(普通はディレクタの役目な
んだが・・・)
2-10-2 ボーカル収音のセッティング
一般的には左の図2-10-2の様にスタジオをセッティングする。ボーカリストがコントロールルームの正面を向く様にセッティング
すると、ボーカリストとオペレーターがにらめっこ状態になって唄いにくいので、普通はオペレーターからみてボーカリストが真横
を向くような状態にセッティングする。それでまあマイクがあるのは当然として、レコーディング独特の作業としては、足元に一直
線にドラフティングテープなどを貼っておき、これにマイクセッティングの時にこのラインに爪先をあわせて立ってもらってマイク
セットをする。これは楽器などと違って相手が人間なので、すぐ動いてしまうからだ。それでドラフティングテープを貼っておけば
ボーカリストが移動してしまっても、すぐ自分で元の位置に戻れるというわけだ。
譜面台は人によっている人とそうでない人がいると思うけど、本格的な録音では発声や音程のチェックを歌詞カードに書き込ん
でいくボーカリストが多いので、はったりの意味も含めて置いておく様にしよう。キューボックスは、ボーカリストの背中側におく。
ヘッドフォンを背中から回してかけるとヘッドフォンのケーブルが前に垂れ下がって邪魔になる事がないからだ。
図2-10-2
ボーカル録音時のセッティング
その他に休憩用の椅子や、のどを潤すためのドリンクなどを置くテーブルなどをおいておく。さらにヒールの靴を履いている場合
などはカーペットなどを下にひいて足音が出ない様にしたり、アクセサリーなどをはずしてもらったりといった注意も必要だ。
2-10-3 ボーカルのマイキング
人間の声ってのは、とりあえず口からまっすぐ出ている。だからマイクも口に向かって立ててやればいいんだけど、もろに口に向
かってマイクをオンで狙うと問題がある。
一度自分の口の前に手を持っていって、大きな声で「ぱぴぷぺぽ」と発声してみよう。結構手に息がかかるのが判るはずだ。(本
当にやったあなたはいい人~♪)という事はここにマイクを持ってくると、マイクが吹かれてしまうという事だな。これを避ける方法
は3つ。
図2-10-3の1のように、マイクを口の正面から少し離して口元を狙う方法だ。ためしに手を鼻の所や顎の所に持っていくと、「ぱぴぷぺぽ」といっても息は手にかからない
でしょ?(本当にやったあなたはとてもいい人~♪♪♪)ただしこのマイキングは、気を付けないとちょっとしたねらいの違いで、驚くほど音質が変わるので、マイクの位置
は十分に吟味して、その位置をキープする様にしようね。
2つめは単純に吹かれない位置までマイクを離す方法だ。口の正面から狙うので迫力と生々しさは一番出るけど、オフマイキングになってしまうために、声量のないボー
カリストには不向き。
3つめは2のマイキングほどオフマイクにしないで、ウインドスクリーンを使う方法だ。口の正面から狙うので迫力があり、ウインドスクリーンを使う事によってかなりオンマ
イクに出来る。ただしウインドスクリーンによっては音質が劣化するので、ウインドスクリーンによって音質が変化するかどうか確認した後で使う様にしよう。マイクの頭に
かぶせるタイプのウインドスクリーンは特に音質が変わりやすいので、わしゃオススメはしない。雑誌なんかでリング状のウインドスクリーンを使っているのを見た事があ
るかもしれないけど、これは輪の金枠さえ探してくれば比較的簡単に自作できる。ウインドスクリーン本体の網の部分は、女性(一部の男性)用のパンティーストッキング
を買ってきて張ればいい。(人によっては使用済みの方がいいかもしれない)ただし、市販の高価なものはやはり素材が多少違うようだ。
さて人によってはハンドマイクでないと唄いづらいという人がいる。こういう人には「わがままゆーなぁ!」と一喝してもいいんだけど、アマチュアのボーカリストの中には
(特に毎日のようにライブをやっている人に多い)慣れない録音では実力を発揮しきれない人もいるので、そういった時はSM-58やPL-80などのマイクでハンドマイクで録
音する方がいい。音質(特に高音域での微妙なニュアンス)は多少犠牲になるけど、ボーカリストが気持ちよくできるのであればそれがベストだ。またハードコアなどの音
楽ではマイクを手でおおって怒鳴るのが音楽(かどうかは別として)の一部なので、それ系の音楽を録音する時もハンドマイクで録音した方がいいだろう。
2-10-4 ボーカルの収音によく使うマイク
U-87
全ての基本はこのマイクに有りだ。とにかくはじめのうちは.このマイクで色々なマイキングを試してみて自分なりの方法論を確立しよう。
C-414
U-87に比べて明るい音のキャラクターを持ったマイクなので、どちらかというと男性ボーカル向き。女性ボーカルには音が細く感じる事がある。U-87よ
り吹かれに弱いので注意。
C-451
吹かれに弱いマイクなので、ボーカルにはあまり向かないけど、パッドカプセルをはさみ込んでウインドスクリーンを使えば何とかなるかな。ウイス
パー(ささやき声)なんかは色っぽく収音してくれる。
C-38
「NHKのど自慢」を見ても判る様に、立派にボーカル用としても使える。シバランスが下手に強調されないので、あまりリバーブなどのエフェクターをか
けないボーカルなどに向く。またノンエフェクトでも結構「色気」のある音になるのが強みだ。ただし声量のない奴には向かない。
C-48
変ないい方だけど「いかにもマイクで収音しました」といった感じに聞こえる。私はこのマイクはボーカルにはあまり向かないと思う。。
PL-20
RE-20
MD-421
ダイナミックマイク独特の迫力を出したい時にいいと思う。マイキングはコンデンサーマイクよりは少しオン気味にした方がいい。結構ボーカルにも使
えるマイクだけど、ハンドマイクに出来ないのと威圧感のある外観がが難点かな。
明るく通りのいい音なんだけど、ボーカルの場合はこの特性が嫌みになる場合があるのであまり使わない。(元々はボーカル用のマイクだったのに
ね)ただし、かなり派手にボーカルにフランジャやコーラスなどのエフェクトをかけようと思っている場合にはこのマイクは超おすすめ。エフェクターの効
きが良く芯も失われない。
MD-441
発声がしっかり出来ていない女性ボーカルなんかにはいいけど、レコーディングであえてこのマイクを使う理由はないかなという気もする。
SM-58
ハンドマイクで録音したい時にはとりあえずこれ。またコンデンサーマイクについて十分知らない時に失敗の出来ない録音をしなければいけなくなった
時なんかにもいい。他のマイクは100点満点の音が収音出来る場合も0点の音になる場合もあるけど、このマイクは確実に60点の音を収音してくれ
る。そのかわり90点以上の音を収音するのはすごく難しいけどね。
7-2 ドラムの音作り
7-2-1 タム
ドラムのどの音から音作りをするかというのは、エンジニアによっても違うんだけど、私の場合はタムからはじめることが多い。あらかじめ別に録っておいたタムの音を出
して、一つ一つ音を決めていく。タムは大きさの異なるものが複数あるのが普通なので、どれから音作りをしてもいいんだけど、私は低い(口径の大きい)方から作って
いく事が多いかな?人によっては高い方から作る人もいるし、曲中でも多用されるタムから作っていく人もいる。
最近の音作りではタムにゲート(ノイズゲート)をかけることが多いけど、叩き方の強弱によってゲートが開いたり開かなかったりしないように設定する。理想的にはその
タムを叩いた時にだけ、ゲートが開くのが理想だけど、現実的にはよっぽどカブリをなくして録音していない限り、スネアを叩いた時などにタムのゲートが開いてしまうこ
とはままあるので、あまり神経質に設定することはない。どっちにせよ他のマイクからのかぶりの音もあるので、よきにつけ悪きにつけ完全な分離は不可能だ。またタム
のゲートのレシオを深くとりすぎると、タムのマイクにかぶっているシンバルの音が、タムのゲートの閉開によって出たり出なかったりする。この結果としてシンバルの定
位や、音量感が揺れ動く不自然な音場となることがあるので気をつけよう。
並列型のエフェクターは、リバーブのほかにアーリーリフレクションやゲートリバーブなんかを使い分ける。VCAのグループが組めるミキサなら、タム1つ1つの音決めが
終ったら、タムのグループを組んでおくと便利だよ。
ハイパスフィルタはあまり派手にかけると迫力がなくなるので、20Hzから80Hz位にとどめておいた方がいい。
イコライジングについては、なによりも効果的なのが中域をカットしてやることだ。タムの大きさやチューニングによって違うが、ふつうのタムで700Hzから1kHz位、
フロアタムで400Hzから700Hz位の部分をカットする。Q(バンドワイズ)は比較的広めでいい。ただしカットしすぎると、落ちついた音になる代わりに、音量感がなく
なってしまうので、特にタムがリズムを刻むような使われ方をするときには注意しよう。
その他のポイントは、ふくらみや迫力の部分は100Hzから200Hz位、ぱちっとしたアタック音は4kHz近辺を、ぺたっとした部分は10kHz近辺をそれぞれピーキングイ
コライザでブースト(強調)してやる。妙に硬いアタックがある時は2kHzから4kHz位を少しカットしてみよう。シェルビングでさらっと高域をブーストするだけでよい感
じになることもあるのでいじりすぎて訳の分からなくなったときにはお試しを。
図7-2-1 タムのイコライジング
ゲート
プレーヤがチューニングしたタムは、オンマイクで録るとかなりの余韻を含んだ音になり、音の濁りを生むので(まあそれが本来の音なんだけどね)、ミックスをク
リアに仕上げたい時には、ゲートで余韻をある程度カットしてやるといい。というか、プレーヤも含め聞き手がゲートをかけた音になれてしまっているので、ゲート
をかけるのをデフォルトにした方がよいだろう。変な言い方だが、うまくかければ生音より生音らしい音に出来る。
コンプレッサ
タムにコンプレッサをかけると音がしまっていいのだが、コンプレッサの数が必要なのと、設定が煩雑になる割には音の出現率が少ないので、あまりやらないか
な?
ゲートリバーブ
最近はあまりやらないが、一昔前には結構みんなやっていた。独特の迫力のある音になるが、これをやる時にはノイズゲートでしっかり他の音をカットしておかな
ければならない。
リバーブ
迫力を出すためならホール系のリバーブ、抜けの良さならプレート系のリバーブがおすすめ。ホール系の方が最初は使いやすい。
7-2-2 キック
キックの音には、よくコンプレッサをかけるけど、これは主に2つの理由がある。
1. コンプレッサをかけると独特の締まった音になること。(まあ逆にいえばヌケの悪いこもった音といういい方もできるけど)設定にもよるけど、コンプレッサを深くか
けていくと、「ふとんを叩いたような音」になる。ためしに手でふとんを叩くと、場所や叩き方によって、結構キックらしいいい音がする。(音量は全然ないけどね)個
人的にはこの「ふとんサウンド」は嫌いではない。
2. プレイヤーの演奏ムラによる音量差をなくして、安定した低音成分を得るため。キックはベースと並んで低音部、つまり音楽の土台となる部分を作る所なので、こ
この音量大きくなったり小さくなったりして不安定だと、音楽そのものが聞きづらくなってしまうわけだ。もちろんプレーヤが上手くなればなるほど、この不必要な音
量差は少なくなってくるので、あまり必要はなくなってくるが、プレーヤの技量がイマイチの時には、コンプレッサで、音量差をある程度なくすというのは(逃げでは
あるが)いい方法だと思っている。ためしに一度MTRに録音したキックの音だけを聞いてみるといい。思ったより音量差があるはずだ。
ゲートも他の音のかぶりをなくすためによく使われる。強めにコンプレッサをかけた後に、アタックを強調する音作り(高域の強調)をすると、結構シンバルやスネ
アの音がかぶってくるからだ。もともとキックの音は楽器側でかなりミュートして、余韻のない音にしてあるのが普通なので、ゲートのセッティングはそれ程難しくは
ない。
リバーブなどの並列型のエフェクトは、昔は音がもわもわになるのを恐れて、かけることはなかったんだけど、最近ではリバーブタイムを短めにしたリバーブをか
けることもよくあるよ。またアーリーリフレクションなんかもよくかけるな。これはがらっと音が変るといった感じではないけど、キックの「風」の感じを出すことができ
る。
また最近は、低周波発振器にゲートをつないで、キックの音でゲートをコントロールしたり、オーディオトリガー対応の音源を同時に鳴らしたりして、低音を増強し
たりアタックを強調したりすることもよくやる。
さてキックの音決めが終ったら、基準となる音量の調整をしよう。
3. イコライジング・エフェクト済のキックの音だけを出す。
VUメーターがだいたい-5VU辺りまで振るようにキックのチャンネルのフェーダーを調整
4. ステレオ(2MIX)のメーターを見て、
する。
5. さらにそのキックの音が、ミックスダウンをするのにちょうどいい音量で聴けるように、モニターレベル(スピーカの音量)を調節する。
ミックスダウンの完成の時に、ちょうどいい
位のレベル(VUメーターの振れ具合)になっているのだ。
こうするとこのキックの音の大きさを基準に、他の楽器やボーカルを重ねていくと、
ハイパスフィルタは20Hz位にとどめておく。
イコライジングについては、ミキサのイコライザで音を作ってもいいが、グラフィックイコライザの数に余裕があれば、キックのチャンネルにグラフィックイコ
ライザをインサートすると、細かい音作りができて便利。この場合はあまり素子数が多いとかえって使いにくいので、オクターブイコライザ(調整できる周波
数が1オクターブおきのグラフィックイコライザ。10素子ぐらいになる)ぐらいがベスト。
大きいスピーカで大きい音で聞くと体感的に感じる部分が60Hz近辺、通常の低域の迫力の部分は100Hz近辺にある。この辺りの周波数は、スピーカや音
量などによって、聞こえ方がかなり変わってくるので注意しよう。VUメーターやスペクトラムアナライザで視覚的に確認するのも一つの方法だ。(あくまでも
参考にね)
中低域の200Hz~500Hz辺りはカットしてやると、音にしまりがでてくるが、あまりやりすぎると音量感がなくなってしまうのはタムと一緒。音の出現回数はタ
ムと比較にならないくらい多いので、慎重に音を作ろう。
1kHz近辺は余りいじらないことが多いが、ブーストすると「皮の音」を強調できる。
4kHz近辺の音は張りに影響する部分だ。ここをブーストするとかなりヌケが良くなるけど、下品な音にもなりやすい。今風の音のポイントは8kHz近辺。高
域はここをブーストするだけでよいことも多い。
図7-2-2 キックのイコライジング
ゲート
音量の大小も比較的小さいので、他の物に比べてかなり強力にかけても(RATIOを深くとっても)いいが、スレッショルドは甘めに設定する。目安としては
スネアの音でゲートが開かなければよしとしよう。ゲートの開く時間は、主にRELEASEで調整し、Holdは短めにする。LIN/LOGを切り替える機種ではLINに
しておく。たまにアタック時に「ぷちっ」といったノイズが入ることがあるが、その場合はRATIOを少し弱めにするか、音に影響を与えない程度にATTACKを
上げると回避できる事が多い。
コンプレッサ
RATIOを4:1程度、ピーク時-5VU程度のかけ方が無難。(ATTACKは最短にしてRELEASEは300ms位を基準にして微調整してみるとよいと思う。)
アーリーリフレクション
お奨めのエフェクト。基本的にYAMAHAのエフェクタのプリセットをそのまま使えばいい。REV-5やSPX-90には反射音の違いで二つのアーリーリフレク
ションがあるが、REV-5やSPX-90の5番のプログラムのタイプが(LARGE)HALLの物が使いやすい。他の物を使う場合はあまり「ビンビン」といった音がし
ない物を選ぶこと。
ゲートリバーブ
ゲートリバーブの作り方については後述するけど、HoldとRELEASEを短く設定するのがコツ。
リバーブ
リバーブタイムを普通に(2~3秒に)すると音が濁ってしまうが、あまり短くしても金属的な音が耳につくだけなので、リバーブタイムは1.5秒程度にして、
音量的にさりげなくかけるのがいい。必要がなければかける必要はない。
エキサイタ
効果がはっきり判る時と判らない時があるので何ともいえないが、試してみるのもいい。メタリカ系のキックの音には必需品。またエキサイタではないが
BBEをかけて低域をコントロールしても面白い。
図7-2-3は、音作り前のキックと音作り後の周波数特性の変化を表したものだ。青の線が何も音作りをしない
状態での周波数特性。いわゆる生音だ。(ちなみにマイクはPL-20を使用)その音に、コンプレッサをかけたあ
と、イコライザで60Hz近辺と2kHzから8kHz辺りをブーストして、300Hz近辺をかなりカットした音作りをしたもの
が赤の線だ。重みがあって、かつヌケの良いキックの音というのは、このような周波数特性になるのだな。
8kHz辺りはイコライザでブーストした割には、余り持ち上がっていないけど、これは元々その辺りの倍音成分
を、キックが余り含んでいないせいだ。
図7-2-3 キックの周波数特性
緑の線は、赤の線の音作りをしたあとに、さらにエキサイタをかけたものだ。エキサイタのセッティングの都合
で、1kHzから3kHzの部分がちょっと少なくなってしまっているけど、それよりも元の音がほとんど持っていな
かった8kHz近辺が、しっかり出ているのに注目してほしい。これがエキサイタによって付加された倍音成分
で、「ぴちっ」としたアタック音がエキサイタによって付加されたわけだ。
これは実験のためかなり派手に音作りをしてあるので、必ずこのような周波数特性にならなければいけないことはないし、イコライザやエキサイタも必ず
かけなければならないものでもない。微妙な音色のニュアンスまでは周波数特性に現れないので、自分の耳を信じることが第一だ。
図7-2-4 マイクの周波数特性
ちなみに図7-2-4はこのデータを取ったときについでに調べたマイクの周波数特性。同じ音源でほぼ同じマイキングにして、25Hzから1/3オクターブ刻みに周波数
特性をとってみた。なんとなくイメージしているマイクのキャラクタ通りの周波数特性になっているのが面白い。
それで、エフェクタが複数になるとつなぐ順番も考えなくちゃいけない。例えばキックにコンプレッサとグラフィックイコライザ
とゲートをかける場合、単純に組合せだけを考えると6通りなんだけど、普通は図7-2-5のような4通りのうちのどれかにな
る。
まず前半2つと後半2つの違いは、コンプレッサとグラフィックイコライザのどっちを先にかけるかの違いだ。基本的にはコ
ンプレッサのあとにグラフィックイコライザをつなぐ。グラフィックイコライザのあとにコンプレッサをつなぐと、グラフィックイコ
ライザでブーストしたりカットしたりした部分が再びコンプレッサでつぶされてしまうので、グラフィックイコライザの効きが悪く
図7-2-5 エフェクタの順番
なるからだ。とはいうものの(特に低域で)持ち上げた音をコンプレッサでつぶした音も、なかなか目の詰まった捨てがたい
音なので、どっちがいいとは一概には言えない。またミキサについているイコライザなど、他のイコライザをさらに使えば、コンプレッサの前後両方でイコライジン
グすることもできる。
奇数番と偶数番の違いは、ゲートを他のエフェクターの後にするか、前にするかの違いだ。後にすれば、コンプレッサやグラフィックイコライザで発生したノイズも
含めてゲートで除去できるし、前にすれば、ゲートの設定がしやすい(コンプレッサで音量差がなくなる前なので、欲しい音と不要な音のレベル差が大きいから)と
いうメリットがある。まあ普通はゲートは一番後にしておく方がメリットが大きい。よって
おすすめは1の方法だ。
7-2-3 スネア
最近はスネアを収音する時に表と裏で2本マイクを立てることが多いんだけど、その場合はまず表(打面)の音から作る。表の音にはキックと同じ理由からコンプ
レッサとゲートを使用することが多い。ゲートを使う際には、スネアのゲートが開いたときと閉じたときで、ハイハットの音の音質や音量に違和感が出ないように気
をつけよう。スネアの裏のマイクは、スナッピ(響線)専用のマイクと思えばいい。だからスナッピの音を強調するために大胆にローカットをいれて、(それだけで聴
くと耳のいたくなる音を作って)ぢわぢわと表の音と混ぜて、ちょうどいいところで止める。80年代は裏の音を結構多めにミックスするのがはやったのだが、最近は
隠し味程度の使い方の方が多い。
理論的に考えると裏の音は表の音に対して逆相になっているので、ものの本などには「スネアの裏側のマイクは位相を逆にしてミックスする」などと書いてあるん
だが、これは無響室で「まったく同じマイクを、まったく同じ距離で」録音したときにのみ成り立つことなので、実際はあんまり気にすることはない。まあ逆相スイッ
チを押してみてそれで好みの音になるんだったらそれでよしといったところだ。この表の音と裏の音もVCAグループでくくっておくと便利。
ヒビキモノは多用される。今じゃあたりまえになってしまったけど、昔はスネアにリバーブがかかってるだけで「お~プロみたいな音だ~」と感動したもんじゃ。(しみ
ぢみ)まあそれでも今だにスネアにリバーブをちょろっとかけるだけで「らしく」なるから不思議といえば不思議だな。この時のリバーブはプレートよりもホールタイ
プのほうが迫力があってお薦めだよ。少しミックスになれてくると、「スネアにはリバーブとかけなければいけない症候群」にかかることが多いので、必要なときに
必要なだけリバーブを使うようにしよう。結構不必要なリバーブ付けがプロでも多い気がする今日この頃・・・・
ゲートリバーブもいまやあたりまえの感じがあるけど、一時期のようにいかにも「ゲートリバーブでございます」ってな感じのかけ方は、少なくなってきている。また
表の音しか録音しなかった場合は、短めのゲートリバーブやアーリーリフレクションをかけてやると、スネアのスナッピの音の代わりになる。
ハイパスフィルタは、50Hzから150Hz位にする。
イコライジングは、まず下手にいろいろなポイントをイコライジングする前に、シェルビングで10kHzを少しブーストしてみよう。それだけで結構使える音にな
るはずだ。
細かい音作りをしたい時は、ミキサのイコライザで音を作ってもいいが、グラフィックイコライザがあれば、スネアのチャンネルにインサートしたほうが音作
りはしやすい。このときも素子数は10素子程度の1オクターブ刻みのものが使いやすい。
太さを強調したい場合は100Hz~200Hzをブースト、アタックを強調したい時は2kHz近辺をブーストしてみよう。1kHz近辺をカットすると締まりのでることが
多いが、キックやタムの「中抜き」ほど効果はない。逆にリムショット(スティックをヘッドの上にねかせて、スティックの腹でスネアのリムを打つ奏法。「コ
ン」といった感じの音で、静かな曲想の部分に多用される)の暖かい「木の音」は、その辺りがポイントなので、リムショットのある曲の場合はこのポイント
はカットしない方がいい。チャンネル数と精神的な余裕があれば、スネアのトラックをパラって、通常時とリムショット用のチャンネルを作り、個別にイコライ
ジングやエフェクトを行なうという方法もある。
変な共鳴(コーンといった音)が入ってしまっている場合は、録音の失敗なのだが、大体500Hz近辺をイコライザでカットすると、気にならなくなることがある
ので試してみよう。
図7-2-6 スネアのイコライジング
ゲート
スネアの音は、はっきりとしていて余韻もあまりないため、タムなどに比べると各つまみの設定はそれほど難しくない。ただし普通スネアのすぐ近くにハイ
ハットがあるので、RANGEをあまり深く取ると、ゲートが開いた時と閉じた時のハイハットの音量差が大きくなってしまい違和感がでるので、RANGEは他の
音のかぶりを防ぐ効果と、違和感のない音との中庸点を慎重に設定しなければならない。
またスネアを表と裏で録ってあり、双方にゲートをかけてある場合は、それぞれにスレッショルドを設定すると、表のゲートが開いて裏が開かないというこ
とが起こる可能性がある。これを避けるためには、ステレオリンクのある機種では、ステレオリンクさせて裏側のスレッショルドを高くしておくか、キーイン端
子の付いている機種なら表のゲートのアウトをパラって、裏のゲートのキーインにいれてやればいい。この時裏のゲートのトリガーはEXT(外部)にしておく
こと。(詳しくは第8章を参照のこと)
コンプレッサ
音が「なまる」という理由から嫌う人も多いが、かけた音もなかなか捨てがたい。かける場合はRATIOを4:1程度、ピーク時-5VU程度のかけ方が無
難。(ATTACKは最短にしてRELEASEは500ms位だろう。)
ゲートリバーブ
ゲートリバーブは、本来リバーブとキーインを持ったゲートとの2台の組み合わせで作る物だが、現在ではデジタルシグナルプロセッサ(エフェクタ)で作る
ことが多い。初期のものは、ゲート部分のHoldしかコントロールできない物があったが、(RolandのSRV-2000など)現在ではパラメータの数も増えて、様々
なタイプのゲートリバーブをつくれるようになっている。大体メーカープリセットのゲートリバーブは極端なエフェクトになっている場合が多いので、自分で曲
にあったパラメータを設定をしないと使いにくい。
リバーブ
ホール系のリバーブの方がスネアには合うことが多いが、バラードなどでリバーブを多めにかけたいときは音が濁りやすいので、INIT DLYを少し多めに
取る。INIT DLYの値を16分音符や8分音符分の時間に合わせると、違和感なくINIT DLYの値を長くすることができる。(もちろん3連符系の曲では1拍3連
や半拍3連に合わせる)
7-1-4 ハイハット
マイクで録った音を聞いてみればわかるけど、ハイハットからは結構すげー低域が出ている。このままでは抜けの悪い音となってしまうので、割と大胆にハイパス
フィルタを入れる。かといってあんまりやりすぎると、今度は迫力がなくなってしまうので、注意するよーにね。イコライジングは比較的簡単な部分だ。
エフェクトは特に必要のない部分。必要に応じてリバーブを味付け程度にかけてもいいけど、リズムのもっとも細かいところを受け持つ音源なので、かけすぎは
禁物。遊びでフランジャなどをかけることはあるけどね。
ハイパスフィルタのポイントとしては、だいたい100Hzから300Hzあたりだ。荒っぽい感じを出したい時は、あえてハイパスフィルタをいれない方がいい時も
ある。
少しキンキンした音になっている場合は、2kHzから4kHz辺りをカットしてみよう。
10kHz辺りをブーストする時らびやかさが出るけど、慣れないうちはオーバーブーストしやすいので注意。ざっくりとシェルビングで高域をブーストするだけ
でも良いことも多い。
図7-2-7 ハイハットのイコライジング
7-2-5 シンバル
シンバルなどの金物の音は、オーバートップ2本という形で録音してあることが多いと思うけど、この音源はドラム全体の音や雰囲気を再現するためのものなの
か、シンバル用のマイクなのかを最初に考えた方がいい。
というのはオーバートップの音というのは、(スネアが大きくキックが小さい傾向はあるものの)ドラム全体の音がバランス良く入っているものなのだよ。実際昔は
この方法でドラムを録音してたんだから、当然といえば当然だけどね。PAの世界ではオフマイクは(オーバートップのマイクは、スネアやタムから見ればオフマイ
クでしょ?)他の音源やモニタとカラのカブリの問題があって、使いたくても使いにくいという状況がある。よってオーバートップというのは、シンバル用のマイクと
割り切って使うことが多いんだな。つまりPAの世界では、オフマイク=オーバートップ=シンバル用マイクというわけだ。
でも他の音のかぶりが少ないレコーディングの世界では、シンバル用のマイクとして使うにはちょっともったいない気もするわけで、全体の音を活かしてハイパス
フィルタは控えめに(50Hzから100Hz位)にとどめておき、シェルビングイコライザで10kHzあたりを少しブーストして「くもり」を取ってやればいい。これでシンバルの
音だけでなく、ドラムセット全体の「雰囲気」を付加することが出来る。
シンバル用のマイクとして割り切って使う時は、割と大胆にハイパスフィルタを入れる。(200Hzから400Hz位)ピーキングイコライザで10kHzあたりを少しブーストし
てやると、少し上品な感じになる。逆に迫力や下品さを出したい時は2kHz~4kHzあたりを少しブーストしてやるといい。
7-2-6 その他
その他パーカッションなどの小物の音決めは、モノによって違ってくる。ウインドチャイム(ツリーベル)、スプラッシュシンバル、タンバリンなどの金物は、ハイハット
やオーバートップをシンバルマイクと考えた時の音作りと一緒だ。皮物のティンバレスはスネア、コンガやボンゴなどは大体タムなんかと同じと考えればよろし。リ
ムショット(スネアをスティックの腹で叩く奏法)やハンドクラップ(手拍子)やカウベルは、少し高域をブーストするイコライジングが一般的だけど、500Hz~1kHzを
ブーストすると音が厚くなって、わしゃ好きだ。
7-2-7 リズムマシン
リズムマシンについては、録音時にどういった録音をしたかによって処理の仕方はちゃう。
リズムマシンのインディビジュアルアウト(楽器別に音を取り出せるアウト端子)を使ったり、複数の音源を使ったりして、個々の楽器を分けて録音してある場合
は、(少なくともキックとスネアだけでも分けて録音してある場合は)個々に音作りが行えるので、前述のそれぞれの楽器の項を参考に、音作りをすりゃーいーん
だけど、現在の音源はほとんどサンプリング音源なので、サンプリング時に倍音成分が欠けていてイコライザの効きは悪いし、他の音のカブリが全く無いため
ゲートは無意味だし、音量をそろえるためならコンプレッサをかけなくても、打ち込みのデータのベロシティーやボリューム情報をいじってやればよいということで、
あまり生の音の時のような変化や効果は得られないことが多い。効果的なのはゲートリバーブやリバーブを付加することくらいだな。まあそれでも、音量を他の楽
器とのバランスを聴きながら操作できるのは大きいから、なるべくリズムマシンのアウトは分けて録音しといた方がいいな。(ってミックスダウンの時に書くなぁ)
ステレオの2チャンネルだけで録音してある場合は、ドラムセットのバランス変更や、個々の処理はできないので、アーリーリフレクションを軽めにかけるとか、全
体で少しイコライジングする程度にして、細かい音作りはあっさりあきらめよう。リズムマシンの音源はカブリがないので音源の定位が「点」になってしまうので、だ
からアーリーリフレクションなどの、音をあまり変えずに定位を広げてくれるエフェクターは必需品だ。
まあ一番のお奨めは、SMPTEなどの同期信号を録音しといて、ミックスダウンの時にリズムマシンを走らせることだな。そうすりゃバランスを考えながらデータの
編集が出来るもんな。
7-3 ベースの音作り
7-3-1 アコースティックベース
アコースティックベースは、奏法によって出てくる音がかなり変わるし、マイキングによってもかなり音質に差が出る。ジャズなどの指弾きしたベースは、弦の鳴り・胴の
音・指板に弦が当たる音などが合わさった音が目標とする音なのでこれらを上手く補正してやる。私の場合は、嫌味にならない程度にシェルビングイコライザで低域を
ブーストするのが基本。それにプラスして、1kHz辺りを少しブーストするときもある。(指板に弦が当たる音の増強)弓弾きの場合は、低域はほとんどそのままにしておい
て、4kHz辺りをほんの少し上げると、音が前に出てくる。それでは嫌みな音になる場合は、8kHz近辺をブーストして、2kHz近辺をカットしてやる。
ロカビリー系の音楽のアコースティックベースの場合、ほとんどがベース本体に取り付けたピックアップからの収音になると思うので、後述のエレクトリックベースの音作
りを参照にしてくれ。スラップ専用のピックアップがある場合は、大胆にハイパスを入れてやる。(200Hzくらい)メインのピックアップの音と混ぜれば、この処理だけでよい
ことも多いが、好みでピーキングイコライザで1kHz~8kHzまでの間のどこかにピークを作ってやる。(Qは狭め)個人的には1kHz近辺にピークを作って、「こんこん」と言
う音を付加するのが好きなんだが、プレーヤによってはもっと「ぴちぴち」とした音や、「ぱちぱち」とした音を好む場合もあるので、リクエストに応じて周波数を決めてく
れ。
7-3-2 エレクトリックベース
D.I.で録音してある場合は、低音をイコライザーなどでブーストしてやらないとベースらしい音にならない。これは普通ベースを鳴らすのに使うベースアンプが、低音が良く
出て高域がさっぱり出ないからそう感じるだけで、ベース本体から出力されている音は本来そういった音なのら。ベースアンプから出た音をマイクで録音してある場合
は、比較的ベースらしい音になっているので、イコライジングは補正程度でいい。
D.I.とマイクの両方を録音してある場合は、どちらか音作りのしやすい方を選んでそれをメインにした方が判りやすい。2つの音をうまく混ぜ合わせてもいいんだけど、経
験上思ったほどいい結果にならないことが多いんだな。もし混ぜるなら「高音はマイクで、低音はD.I.で」と役割分担をはっきり決めた方がいーぞと。またどちらか片方を
逆相にして混ぜると音のニュアンスが変わるので、試してみるのも面白いかなと思う今日この頃・・・。
コンプレッサが必需品だ。最近ではプレーヤ側でコンプレッサをかけることも多いから、そういった場合は特にミックスダウンの時にコン
エフェクターは、
プレッサをかける必要はないけど、「D.I.から録音しただけ」といった状態ならば悪いことは言わない、
必ずかけなさい。
それでもD.I.で録音した音を使ってどうしても上手いこと音作りが出来ない時は、テープに入っているD.I.の音(≒ベース本体の音)を、ミックスダウンの時にベースアンプ
に入れて、その音をマイクで録りなおすという録音ならではの方法もあるぞ。ただしテープからの出力は+4dBなので、-20dB程度のパッドをかましてから、ベースアンプに
入れんと歪みまくってしまう。
また70年代前半のハードロックで聴かれるような「ヴイヴイ」とした歪んだベースサウンドを出すのには、録音の時点でそういう音をプレー
ヤに出してもらって、その音をマイク録りするのが一番早いんだけど、D.I.の音からそう言った感じを出すためには、単純にディストーショ
図7-3-1 ヴイヴイ
ンをつないだだけでは「じりじり」した軽い音になってしまうので、図7-3-1のようにエフェクターをつなぐ。それでまずイコライザー(グラ
フィックイコライザが使いやすい)で100Hz近辺を極端にブーストして、1kHz以下を極端にカットする。その後にディストーションを通して歪
ませるんだけど、このディストーションは楽器用のコンパクトエフェクターが一番いい。(SPXやGPなどのデジタル系ディストーションは音が痩せるのでだめ。)でその後に
コンプレッサをつないで音をまとめてやる。これをやると結構(かなり)ノイズが多くなってしまうはずなので、ミキサのイコライザーで、少し高域を削って仕上げてやれば終
わりだ。なかなかティムボガードしてていいぞ。(若い人は知らないだろうけど、BBAというバンドのLIVE盤を聴いてみると判る)
低音楽器なのでハイパスフィルターは20Hz位にとどめておく。
D.I.で録音してある場合のイコライジングは、まず200Hz以下の部分をブーストする。シェルビングでざっくりブーストしても、ピーキングでポイントを探しながら(大
体100Hz近辺)ブーストしてもいい。馴れないうちはグラフィックイコライザーで、1ポイントづつブーストしてみて、どのように変わるかを確認しながらイコライジング
するといい。このような用途の時のグラフィックイコライザーは、あまりポイントの多いものより10素子程度の物が使いやすい。
アタック音のポイントは以外に低くて1kHz~2kHzくらい。
チョッパーの時は8kHz辺りをブーストしてやるとキレがよくなる。
丸くて太い音にしたい時は3kHz~5kHzより高域をシェルビングでざっくりカットしてやる。
しまりを出したい時は300Hz~800Hz辺りをカットしてやるといいけど、音量感に影響する部分なのであまりカットしすぎないこと。
図7-3-2 ベースのイコライジング
コンプレッサ
比較的強力にかけてもかまわないが、プレーヤのダイナミクス(音楽的に音に強弱を付けること)を損なわないように気を付けること。RATIOが1:4~1:8位で、ス
レッショルドをピークで-5~-10VUになるようにする。dbx-160をベースに使用する場合はOVER EASYスイッチをオンにした方が使いやすい。でもOVER EASYを
オンにした場合メーターのコンプレッション表示が、聴感以上に振れるので注意。
ゲートリバーブ
あまりやらないが、チョッパーのベースソロなどには、結構効果的。指弾きで低域の多い場合などはやめておいた方が無難だな。
リバーブ
ベースにリバーブを上手にかけるのは結構難しいので、なれないうちは全くかけないか、楽器用のリバーブ(ギターなどと兼用でいい)を薄くかけるかにとどめて
おこう。手っ取り早く響かせたい時はアーリーリフレクションがお奨め。
エキサイタ
丸めの音には、倍音成分がかえって浮いた感じになってしまって、期待したほどの効果は得られない事が多いが、チョッパーの音などには結構効果的に使え
る。
7-4 ギターの音作り
7-4-2 アコースティックギター
アコースティックギターの「いい音」というのは、他の楽器と比べて意見が一致しやすい。つまり、高域がきれいに伸びていて、それを支える中低音が適度にふくらみがあ
る音だ。よってイコライジングは割と簡単だと思う。エフェクタもあくまで補助的に使い、アコースティックギターの持つアコースティックな部分(変な言い方だけど)を大事
に音作りをしよう。
ソロの部分(曲中にアコースティックギターだけが鳴るところ)がなければ、ハイパスフィルターを150Hz位までいれてしまおう。
マイクで録音してある場合は高域を少しブーストしてやり、(シェルビングの場合は10kHz辺り、ピーキングの場合は5kHz~10kHzの辺り)500Hz~1kHz辺りのポ
イントを少しカットしてやれば出来上がり。Qは比較的広めでいい。さらにロックバンドで聴かれるようなドンシャリの音にするには、100Hz近辺をブーストし、前述
の高域を派手目にブーストする。
ライン録音してある場合は、モノによってかなり音質が異なるので、一口にはいえないが、150Hz位と2kHz辺りのポイントが不必要に出ている場合が多いので、気
になるようであればこのポイントをカットしてみる。
リバーブ
響きモノに関してはよほど特殊な効果を狙う時以外は、リバーブだけでいい。ホール系よりプレート系のリバーブの方が音がまとまりやすい。アーリーリフレクショ
ンをうっすらかけると、全体との馴染みが良くなる。
コンプレッサ
うっすらコンプレッサをかけることが多いが、この場合は演奏のむらを押さえるのが目的なので、レシオを弱めに(2:1位)してアタックは最速にする。また高音域を
強調した音作りをした場合など左手の弦を擦る音が耳障りな場合も、イコライジングした後に同様にすればよい。
7-4-2 エレクトリックギター
エレクトリックギターは、プレーヤがしっかりしてれば、ギターアンプからでている音がほぼ「完成品」と考えていいので、あんまり大がかりには音作りはやんない。補正程
度のイコライジングと、リバーブの付加くらいのもんだ。補正のイコライジングとは、ギターだけ聞いた時には最高の音でも、全体と混ぜ合わせた時にほかの楽器とぶつ
かって音が濁ってしまう事がよくあるんだけど、そんな時にギターの音のニュアンスを変えないようにして、問題となっている周波数のポイントだけをカットしてやるという
ようなことだ。
たとえば、金髪の兄ちゃんがマーシャルをごろごろところがしてきて、弾きたおして帰ってった録音では、ギターだけ聞くとものすごく迫力のある音でも、ほかのギターや
ベース、ドラムと混ぜると低音が濁ってしまうことがよくある。このような時にハイパスフィルターを少しかけたり、ピーキングイコライザーで低音を少しカットしてやると、全
体の音がすっきりとまとまるのだな。
ハイパスフィルターは普通の音楽なら100Hz~200Hz位、ハードロックなどギターの低音を強調したい場合はもう少し低めに設定する。
イコライジングのポイントは特にないが、太い音にしたい場合は200Hz辺りをブーストする。細い音にしたい場合はシェルビングでざっくり切った方が簡単。
ソロのギターなどでは、1kHz辺りをブーストしてやると音が前に出てくる。逆に音がキンキンして耳障りな場合は2kHz~4kHz辺りをカットするといいが、あまりやり
すぎるとエレクトリックギターの持ち味の「張り」がなくなってしまう。
クリーントーン(歪ませていないギターの音)にきらびやかさを持たせたり、歪んだギターの歪みの目を細かくしたい時は、10kHz辺りをピーキングイコライザーで
ブーストしてやるといい。
図7-4-1 エレクトリックギターのイコライジング
リバーブ
ギターアンプのリバーブ(スプリングリバーブが多い)がかかっていることも多いけど、まあそれは音の一部として考えて、音像を自然に定位させるためにリバー
ブを付加する感じだ。
ディレイ
プレーヤが録音の時にディレイをかけてきた場合は、さらにミックスダウンの時にディレイを足すと音が濁ってしまうので、かけない方がいい。そうでない場合は一
拍ディレイを深めにかけたり、200msec以下のディレイタイムでフィードバック深めのディレイをかけたり、30msec位のシングルディレイでダブリングしたりすると面
白い。
アーリーリフレクション
比較的ワイルドな音には、「でっかい場所で大きい音で鳴らしてます」といった感じがするので効果的だ。クリーントーンには金属的な感じが加わってしまうのであ
まり効果的ではない。
7-5 キーボードの音作り
7-5-1 アコースティックピアノ
楽器自体には特にイコライジングもエフェクトも必要がないけど、曲想によっては補正的にイコライジングやエフェクトをかける。例えば他の楽器と混ぜるとヌケが悪いよ
うに感じるときは、10kHz辺りをピーキングで少しブーストしてやったりするわけだな。イコライジングのポイントは、後述のキーボードのアコースティックピアノの所を参考
にしてくれ。
2本以上のマイクで録音してある場合は、その定位にも注意が必要だ。高音と低音に分けて録音してあるからと言って、バカ正直に右左にパンを振ると、横幅10mの音
像のピアノになってしまう。自然に定位するようなパンニングを基本にしよう。
7-5-2 キーボード
キーボードの音も録音した時点でほぼ完成していると考えていいよ。最近のキーボードは内部にちょっとしたミキサの機能が入っている(ボリューム操作や複数の音源
のバランス、パン、イコライザー、エフェクトの量や種類などが音色ごとに設定できる)ので、ミックスダウンの時にやることは、補正的なイコライジングがメイン。
リバーブに関しては、音源側でリバーブがかかっていない場合や、録音時にリバーブを切ったり少な目にして録音した物は、リバーブを他の楽器との兼ね合いを考えな
がら付加してやるんだけど、音源側でかかっている場合はそのままにしておいた方が、うるさいこといわなければ楽でいい。よっぽどキーボードの音色エディットに精通
してるか時間がある場合は、音色とかエフェクトにこってもいいけどね。まあこれも録音の時に考えることだな。(だったら今更いうなって)
あ、そうそうキーボードは発振器と一緒なので、必要のない超低域や超高域が出ていないかをチェックしとこうね。超低域が出ているとスピーカがうにょうにょ動いて、飛
んでしまうこともあるからね。(まあメーカーのプリセット音を使っている限りは大丈夫だと思うけど)
ブラス系、ストリングス系
ハイパスフィルターは100Hz位で迫力を出すなら200Hz辺りのポイントブーストする。8kHz辺りをブーストすると派手な感じになる。
シンセリード、フルート系
ハイパスフィルターは300Hz位までいれてしまおう。正弦波に近い音なのであまりイコライザーの効きはよくないが、10kHz辺りのポイントブーストするとフルート系
の音は息の音を強調できる。(逆に必要としない時はカットする)音が攻撃的に聞こえる時は2kHz辺りをカットするといい。
クラビネット、シンセギター系
ハイパスフィルターは100Hz位。10kHz辺りにきらびやかさの、3kHz辺りに固さのポイントがある。また500Hz~1kHzの辺りをカットすると音がしまってくる。倍音成
分が重要な楽器なので、高音域に多少気に入らない部分があっても、下手にイコライジングしないでそのままの方がいい場合もある。
オルガン系
ハイパスフィルターは100Hz位。高域をブーストすると抜けがよくなる代わりに、厚さがなくなるので注意。アタック音がうるさい時は2kHz位をカットしてみよう。他の
音と一緒にオルガンを鳴らす時には、シェルビングで低域を大まかにカットしておいた方が、他の音とのなじみがいい。結構簡単なようでイコライジングの難しい
楽器だ。
オーケストラヒット
迫力を出したいからといって、むやみに低域をブーストするのは得策ではない。ピーキングで聞こえやすい低域(200Hz辺り)をブーストしてやれば迫力は出るの
で、それより低いところはそのままにしておき、ハイパスフィルターを50Hz位にしておく。全体の音と混ぜた時に音量が足りない感じがした時は、むやみにフェー
ダーを上げず、5kHz辺りをピーキングイコライザーで少しブーストしてやると良い。
エレピ系
YAMAHA DX-7以降のFM音源系エレピの音は他の音と混ぜてもヌケがいいので、取り立ててイコライジングする必要はなく、ハイパスフィルターを100Hz辺りまで
入れておくだけで良いことが多い。
ローズ(Rhodes)に代表される電気ピアノ(機械的なハンマーアクションを持つもの)は、低域が多めになることが多いので、シェルビングで緩やかに低域をカット
し、ハイパスフィルターを100Hzまで入れる。アタックを強調したい時は2kHz~4kHz辺りをブーストしてやるといい。また10kHz以上をカットすると古くさいピアノの
感じになる。ローズというと、最近ではローランド社が買収して普通の電子キーボードのイメージが強いが、少し前まではローズというとエレピの代名詞だった。今
でもローズという時は電気式のエレピを指すことが多いので、一応知識として知っておこう。その他に電子ピアノで有名な物にウイリッツァー社のエレピがある。
アコースティックピアノ
キーボードの音源として入っているアコースティックピアノは、結構高音を強調してあって、(ローランドのキーボードや音源は特にその傾向が強い。)そのままで
十分ヌケが良く、特にイコライジングの必要はないことが多い。この場合はハイパスフィルターだけを100Hz辺りまで入れておけばいい。1kHz辺りをざっくりとカッ
トして、10kHz辺りをピーキングでブーストすると、ホンキートンク調のピアノの音になる。
ピアノの音はメーカーによって非常に癖があって、必要に応じて音源を選んだ方がいい。一般的にバンドの中には入っているピアノの音にはローランドの音源が
向き、バラード系など静かなピアノにはコルグの音源が向く。カワイやヤマハの音源は他のメーカーの音源に比べてマイキングがオフ目の感じがするので、ピア
ノだけになる部分がある曲などに良い。
ヤマハの音源や、E-muのプロテウスの音は中域の「押し」が強すぎる場合があるので、この場合は2kHz近辺を少しカットしてやるといい。
図7-5-1 ピアノのイコライジング
リバーブ
最近のキーボードや音源にはエフェクターが内蔵されていて、特にファクトリープリセット(メーカーが出荷時に入れておく音色)の音色には最適なエフェクトがか
かっているので、特にミックスダウンの時に付加する必要はないが、リバーブなどは単体で聞いてちょうどいいようにセットされていて、全体として聞いた時にはか
かりすぎのきらいがある物が多いようだ。
オーバーダブの時にこれを見越して、エフェクトを切って録音した場合はリバーブ処理が必要になるが、この時のリバーブには比較的リバーブタイムの長い
(2.5sec位)ホールリバーブが向く。またトラック数の都合などでモノラルで録音した音がある場合は、アーリーリフレクションやステレオコーラス系のエフェクトまた
はステレオディレイなどを、音色のイメージが変わらない程度にかけてやると擬似的にステレオ感を得ることが出来る。
フランジャ
ストリングスやクラビネットの音色など、倍音を多く含んだ音色には、フランジャやフェイザなどのエフェクトも面白い。
ディストーション
普通は使わないけど、リード系の音や正弦波に近い音(いわゆるシンセリードの音色)に、ディストーションをかけると右翼の街宣車より迷惑な音が作れる。この
時はギター用のコンパクトエフェクターなんかを使った方が「えぐい」音作りが出来る。ただしプロ用の音響機器の信号レベルは殆ど0dBm以上なので、エフェク
ターに入力する時はパッドをかけてから入力し、リターンはマイクインプットなどのゲインの稼げる入力に戻すように。S/Nが悪いのはご愛敬だ。(いいのか?それ
で)
7-6 ボーカルの音作り
7-6-1 ボーカル
ボーカルやコーラスは、録音の時にちゃんと録れてればリバーブをかけてフェーダー操作をすればいいだけなんだけど、まあそうじゃない場合もあるので、説明しておき
ましょうね。まずボーカルは必要以上に音量差があったり(ダイナミックレンジが広い)、歌詞の一部分だけ聞き取りにくかったりすることが多いんだな。これは本来フェー
ダー操作でフォローするものなんだけど、手作業のミックスダウンでは、ボーカルパートばかりに神経を集中させとくわけにもいかんので、そんな時はとりあえずコンプ
レッサをかけるわけだ。とはいうものの、コンプレッサにすべてをまかせようとすると、確実にコンプレッサのかけすぎになってしまうので、あくまでフェーダー操作の補助
的に使うようにしよう。
ハイパスフィルターは、声が変化しないぎりぎりまで入れておこう。(大体100~150Hz位)
イコライジングは原音を損なわないように注意する。どうしても録音時の失敗を取り戻すイコライジングをしなくてはならなくなった場合は、以下を参考のこと。
声に暖かみが足りない場合は700Hz近辺をブーストする。
声がキンキンする場合は、2kHz~4kHzをカットしてみよう。
ヌケが悪い時は8kHz近辺をブーストするか、500Hz近辺をカットしてみよう。
リバーブ
なんといっても一番効くのがリバーブ。ボーカルの一部と考えて、他の音源以上に注意深く設定する。一般的にはプレート系のリバーブが多用される。これはプ
レート(鉄板)リバーブの明るい響きがボーカルに良く合うためだ。
バラードなどでよく聞かれるシビリアンス(歯擦音。日本語ではサ行の音に多い「しゅっ」っといった音の事)を強調したようなリバーブは、プレート系のリバーブを
ローカットしたり、高域のリバーブタイムを低域に対して長くするなどして作った物だ。(高域のリバーブタイムが低域のリバーブタイムに対して大きい残響など自
然界には存在しないが、デジタルリバーブなどを使えば簡単に実現できる。)また特殊な効果としてリバーブタイムを1sec辺りにすると響きの殆ど感じないダブリ
ングのようなリバーブになる。
ボーカルに使うプレートリバーブは、比較的はっきりとメーカーや機種の音の差が出やすいので、プロのエンジニアにはそれぞれお好みのボーカル用リバーブが
ある。比較的ソニーやレキシコンなどのメーカーのリバーブが得意とする。
ボーカルにかけるリバーブは、なにも1台に限られているわけではないので、キャラクターの違うリバーブを組み合わせることもよく使う方法だ。(例えばリバーブタ
イムの1.5sec位の短い物と2.5sec位の長い物の組み合わせとか、プレートとホールリバーブの組み合わせなど)
ディレイ
ディレイをボーカルに使う時は、ロングディレイで歌詞の一部を何回か繰り返させる使い方が多い。これは今や当たり前になった使い方ではあるものの、言葉が
繰り返すことのインパクトは結構大きいので、曲の中でアクセントをつけるエフェクトとしては未だによく使われる。また少し前までは、一拍ディレイを薄目にボーカ
ルにかけっぱなしにするという使い方もよくあった。その他には特殊な効果を狙って30msec位のシングルディレイでダブリングしてみたり、200msec位のリピート
ディレイを使って、カラオケのような感じや60'sの様な感じを出すといった使い方もある。
アーリーリフレクション
テンポのある曲などで、「リバーブをかけるとスピード感が失われるし、かといって生だとボーカルだけ浮いてしまうという」時などにはアーリーリフレクションが効
果的だ。リバーブの音に慣れていると最初は違和感があるが、独特の雰囲気はシンプルなロックなどに合う。
コンプレッサ
コンプレッサは必需品といってもいいだろう。ただしこのコンプレッサの使い方は、楽器に音色を変化させようとしてかける時と違って、音色がなるべく変化しない
ようにしなければならないので、比較的あっさりとしたかけ方になり、レシオが1:2~1:4くらいで、ピーク時に-5VU位になるようスレッショルドを調整する。音を変
化させるのが得意なコンプレッサなら、使わない方がいい。
ノイズゲート
これは立ち上がりや消えぎわにどうしても不自然さが残るので、かけることはほとんどない。ボーカルのオーバーダブの時に入ってしまった余分な音は、(必要な
ところを消さないように細心の注意を払いながら)あらかじめ消去しておこう。デジタルMTRを使用している場合は、リハーサルモードにしておき、オートパンチイ
ン、パンチアウトのタイミングを音を聞きながら指定して、OKならばリハーサルモードを解除し、消去すると間違いがなくて便利。
エキサイタ
ボーカルにはよく使用されるエフェクトだが、エキサイタは「パラメータをこう動かすとこうなると」いった結果がはっきりと分かりにくいエフェクターなので、パラメータ
やエフェクトの量は、聞きながら決めるしかない。基本的には攻撃的な音にしたい場合や、エキサイタの効果を強く得たい時などは、ODD(奇数次倍音)を多く、さ
りげなくかけたい時はEVEN(奇数次倍音)を多めにするといい。馴れないいうちは(効果がわかりにくいので)かけすぎてしまうことが多いので注意が必要。エキ
サイタをオンオフして比べてみて、はじめて違いが判る程度にしておいた方がいいよ。
フランジャ/フェイザ
最近ではあまり聞かないが、70年代にはよく使われた。ジャパンというバンド(古いバンドなので知らないとは思うが)のボーカルには、最初から最後までフラン
ジャがかけてあって独特の不思議なな雰囲気を出すのに成功している。持続音の方が効果が判りやすいエフェクターなので、比較的ねちっこく唄っているボーカ
ルなどには効果的だが、かけるのは一部分にしておいた方が一般的には無難だろう。
7-7 全体のミックス
7-7-1 私論
これ以降の解説は、私がロック系のバンドものを録音するときの方法論なので、あくまで参考にとどめるように。但し初心者の人は、一度私の方法を模倣することをすす
めするぞ。(えらそうだが)ライブ感のある音・ラフな音作り・シンプルな録音等は、最初は目指ないほうがいい。音楽的にどうこうは置いておいて、技術的にはこれらの録
音は、比較的それらしいのが容易に録れてしまうからだ。(もちろん極めれば難しいのはいうまでもない)最近は、流行の音楽がそれを求めないこともあって、きれいな音
作りが「悪者」扱いされ易い風潮があるけど、とりあえずきれいな音作りが出来てから、ワイルドで荒削りな音作りに挑戦するようにしたほうが絶対にいい。
で、このレベルをクリア出来たなら、今度は技術偏重になっていないか常に気を付けよう。一部のオーディオマニア以外にとっては録音技術は、音楽という「目的」を果た
すための「手段」でしかないのだ。音響技術は音楽をもり立てるための脇役に徹する事。(ま、最近は音響屋さんの立場は弱いので、言わなくてもそうなることが多けど
ねえ・・・(^_^;)
7-7-2 調整
ミックスダウンの時に一番重要なのが「音の大きさ」のコントロールなのだが、これには「音量」「音質」「定位」という3つの要素が絡んでくる。
1. 音量
基本的には感覚を頼りにするしかないんだけど、馴れないうちはどうしても「全てが大きい」ミックスを作ってしまいがち。「才能」か「経験」しか特効薬はないのだけれど、
引き算のミックスが出来るようになれればとりあえず合格点。つまり、馴れないうちはこういうことをしがちなのだよ。
1. ドラムが少し小さい気がした。
2. ドラムを上げたらベースが小さくなったのでベースを上げた。
3. そうしたらギターとキーボードが小さく感じたので上げた。
4. ボーカルはちょうどよかったので、そのままにしておいた。
5. 録音レベルがオーバーしてしまったのであわてて全体を下げた。
最初にボーカルを少し下げればよかった
訳なのだが、なかなかそれに気付きにくいのが初心者というもの。何が小さいを聞き
この場合
分けるのは簡単だけど、たくさんの音の中から「何が大きい」というのを聞き分けるのは結構難しい。
2. 音質
それぞれの音源の音作りの所でイコライジングはしているんだけど、音源単体で聞いたときと全体を混ぜたときではイメージが違うのが普通。音響心理学で5kHz近辺の
2kHzから8kHz辺りの周波数帯域
音を3dBブーストすると、音量感が2倍になったのとほぼ同等な結果が得られるというのもあるくらいで、
は、音量感にかなり影響してくる所なので、慎重に決めていきたいところだ。(昔のドーナツ盤はS/Nの悪さをカバーするために、5kHz近辺を
ブーストして録音していたくらいだ。)
また混ぜて聞こえないような周波数帯域は、思い切ってカットするのがクリアに仕上げるコツだ。特に低域は、音の濁りにつながりやすいので、ばしばし切ってしまう。(も
ちろん程度問題だが)
3. 定位
あえてモノラルミックスをするのでなければ、ステレオ録音を基本としてミックスダウンをする。この時に重要なポイントが定位だ。ちょっと注意して聞いてみれば分かるけ
ど、最近の録音って低音楽器が必ず中央にあるでしょ?これには3つの意味があるのだ。
1. 低音楽器というのは音楽の土台になる部分で、比較的音量感もあるので、中央でないと聞いていて落ちつかない。
2. 周波数が低くなればなるほど、音の定位感が無くなるので、定位を変えてもあまり意味がない。
3. 右左片方に寄せてスピーカ1つで再生するより、中央にしてスピーカ2つ使った方が、低音再生に有利。
4. モノラルミックスしたときに中央に定位している音源は3dB大きくなるが、低音楽器は他の楽器と比べて、大きくなってもバランスがあまり崩れた印象を受けない。
逆に言えば低音楽器のキックとベース以外は、左の端から右の端までどの様な場所においてもOKということ。基本的な考え方は、
「大事な音源は中央に置く」
「なるべく左右対称になるような配置にする」
という2点だ。このことをふまえれば、例えばギターがボーカルの邪魔をしているように感じた時は、
1. ギターの音量を下げる。
2. イコライジングでギターの中高域を少しカットする。
3. 定位を変える。
という「音量」「音質」「定位」の3つ、もしくはその組合せによるアプローチが考えられると言うわけだな。
7-7-3 ドラムの調整
各音源の音作りが終わったら、ドラム・パーカション関係の定位(パンニング)と、バランスを取ってみよう。定位はよっぽど特殊な効果をねらわん限りは、キックと
中央に定位していいのは、キックとスネアとベースと
スネアは中央にして、あとのものは中央以外のところにしとなさい。
ボーカルとソロ楽器だけ。
ドラムの他の音源の定位の決め方が今一つ判らない時は、タムは低い方から左から右に、ハイハットは少し右にというように、正面からみたドラムセットのならび
と同じように振ればいい。タムは、定位的に結構「遊べる」ので、エンジニアや曲想によって、見た目のならびとは異なる定位のさせ方をする事もある。
図7-7-1のようにタムの定位はいろんなパターンが考えられる。現在タムを多く使う音楽では、3タム1フロアという4タムが一
般的なので、それを例にとって説明しよう。
1と2は右利きのドラマーのドラムセットを、客席側から見たときのならび順にするオーソドックスな方法だ。1の方法は実際の
ドラムセットの定位からはかけ離れた(横幅10メートルくらいのドラム)になってしまうけど、ステレオの音場を左右に使い切ると
いうことで、ポピュラー系の音楽では一般的だ。2の方法は少しおとなしめに定位を振り、自然な定位に近づけたものだ。
3は1を全く逆にしたパターン。(右利きのセットの)ドラムをプレーヤ側から見たならび順と一緒だ。どちらかと言えば(多数派
の)右利きの人は、左よりも右に重い(低い)音が来た方が快適だという事を考えると、この定位も悪くない。
4はどの様な順番でタムをたたいても、それなりに定位が動くようにしたもの。タムは常に高い方から順番に叩かれるとは限ら
ないので、タムを多用するドラマーなどにはこの方法も面白い。
5は一番低い音のタムは中央にして、その他を均等に振ったパターンだ。一番口径の大きい(低い音の)タムは低音を多く含
むので、あまり定位を左右に寄せると全体が不安定になってしまうという考え方だな。
図7-7-1 タムの定位
もちろん別にタムの定位には決まりはないし、またタムの数が少ない場合や多い場合もあるので、色々試してみて気に入った
ところにすればいい。
定位が決まったらタムの音を出して、タムだけのバランスを取る。VCAグループが組めるミキサであればこの時点でタムミックスグループを作っておく。タムに
ゲートリバーブを使いたい場合は、タム用のゲートリバーブを用意するけど、リバーブがあまりないのと、最近あんまり流行らんという理由から、タムのゲートリ
バーブはパスすることが多いな。タムの音量はキックとスネアに比べて、あおったり小さくしたりと、曲中で操作することが多いので、最初にシビアに決める必要
はないけれど、基本的には聴感上スネアと同じくらいか少し小さめでいいだろう。タムのバランスが取れたら、とりあえずタムの音が入っているチャンネルのス
イッチを全て消す。
キックだけの音を出し(定位は中央)2MIXのVUメータが-5VU程度になるようにフェーダーを調整し、そのキックの音が程良く聞こえるくらいにモニターの音量を
調整する。(このレベルは基本的にミックスダウンが完了するまで変えない。聴感上で「さっきより大きい」とか判断できるからだ。)で、コンプレッサやイコライザー
で音作りをしてあったとしても、このままでは音像が点になってしまって面白くないので、アーリーリフレクションで(場合によっては専用のゲートエコー、リバーブタ
イムの短めのリバーブなどを使って)音像を広げて迫力を出す。アーリーリフレクションはだんだんかけていって、「少し違和感があるかな」という程度にしておけ
ばよい。(結構混ざってしまえば、気にならないことが多いからだ。)またジャズなどの音楽の場合は、アーリーリフレクションなどはかけないほうがいい。これは
キックの音が、全体の中でさほど重要な位置を占めないからで、ミックスダウンの基準の音も、ベースにしてミックスを始めた方がやりやすい。私の場合はさらに
気が向いたら、キックにもエキサイタをかけることがある。
次にそのキックの音に合わせて、スネアを聴感上同じくらいのレベルまで上げる。リバーブ系のエフェクトもここで大まかにかけてしまおう。今風の音にするため
にはゲートリバーブが必需品。といっても、ぱっと聞いただけでは、ゲートリバーブと判らない程度にかけるのが今風だ。このゲートリバーブはスネア専用にして、
スネアにエフェクトがかかっているというよりも、スネアの音の一部分のような感覚で使うのがコツだ。この時点では「少しかけすぎかな」と思うぐらいで丁度いい。
次にオーバートップを録音してある場合は、音作りをすませたオーバートップの音を混ぜる。バランスや定位はオーバートップの音をシンバル用として使うのか、
全体のオフマイクとして使うのかによって変わってくるけど、シンバル用として考える時にはクラッシュシンバルを叩いた時に、聴感上スネアと同じくらいの大きさ
かやや小さめの音量にしておく。定位はLRの場合振り切らずに少し定位を狭めておかないと、シンバルだけが左右に広がりすぎて気持ちが悪い事が多い。
全体のオフマイクとして使う時には、オーバートップの定位を振りきりか、少し狭める程度で広がり目にしておき、音作りの終わったスネアとキックの音が好みの
音に変わるまでオーバートップの音を足していく。足した状態でシンバルの音が妙に耳に付いたら、オーバートップの音量を少し下げるか、イコライザーでオー
バートップの3kHz近辺を少しカットする。余談だけど日本人のエンジニアのミックスは外人に比べてシンバル系が小さめのミックスが多い。(国民性だろうか?)
一般的にオフマイクで使用する場合のオーバートップの音量が、大きければ大きいほど、ライブ感のあるルーズな音になるし、少なければ少ないほどコントロー
ルされたタイトな音になる。もちろん音楽や好みによってバランスには自由に設定してよい。
オーバートップのマイクにリバーブはとりあえずこの時点ではかけない。オーバートップのマイキングは普通オフマイクなので、それだけである程度の残響感(部
屋鳴り)の成分があるからだ。どうもシンバルの音がなじまないと感じたときなどに限って、リバーブをかけてやればいい。ただしオーバートップのマイクが拾った
タムやスネアの音にも、リバーブがかかることになるので、リバーブを深めにかける場合は要注意だ。
次にハイハットを足していく。ハイハットのバランスはエンジニアによって結構違いが出る部分なのだけど、聴感上スネアの音よりは小さくした方が、私好みのまと
まりがある音になる。で何故ドラムの中で比較的重要な音源であるところの(関係代名詞)ハイハットを後回しにしたかというと、スネアやオーバートップにハイ
ハットの音がかなりかぶっているからなのだよ。よってハイハットのマイクで録音した音は、ハイハットの音を作るというよりも、オーバートップやスネアの
マイクにかぶって、定位感のぼけてしまっているハイハットの音に、芯と定位感をつけるものと考えた方がいい。定位を中央より
少し右側にして、ハイハットのマイクの音をじわじわ上げていって、芯と定位が感じられたなと思うところで止めると大体ちょうどいいくらいの音量になっているは
ずだ。(ベーシック録音の時に下手な録音をしていなければね。)
ここまで来たら一度ドラム全体の音を混ぜて聞いてみて、違和感がなければとりあえずドラムのバランス取りは終了だ。ここで気に入った音が出ればやる気も起
きるというもんだ。ミックスダウンの中で、もっとも難しく楽しいのが、このドラムの音決めなんだよ。
7-7-4 ベースの調整
ほとんどの曲で、キックとベースのコンビネーションが考えてあるアレンジである以上、基本的に
ベースとキックは聴感上同じくらい
の大きさにする。これも定位は中央だ。最近ではベースよりキックの方を少し大きめにミックスするのが流行だけど、ロックンロール系の音楽なんか
では、少しベースの方を大きめにした方がそれらしい雰囲気出る。またジャズなんかではベースの方を確実に大きくすることが多いし、レゲエなんかでは、ベース
の音かキックの音かどちらかをメインで大きく出して重低音を作り出している。(キックに「ヤオヤ」(ローランドの初期のリズムマシンTR-808のこと)の音を使って
いる場合はキックをメインに、その他の場合はベースをメインにすることが多い)とにかく音楽の土台を支える部分なので、キックとベースのバランスはとても重要
だ。少しバランスを変えるだけで、ミックスのイメージがかなり変わってくるので、とりあえずバランスを決めておいて、一度全部の音源を混ぜてたあとに再びバラ
ンスを取り直すのがいいと思う。
ベーシストからは顰蹙を買うかもしれないが、私は基本的にベースを、遠慮なくコンプレッサで思いっきりぶっつぶしてやる事にしている。よっぽど巧いプレーヤで
ない限りコンプレッサをかけることによるデメリット(=音のヌケが悪くなり、自然なダイナミクスがなくなる)より、メリット(音のばらつきが無くなり、全体の音がまと
まる)の方が大きいと思うからだ。この場合コンプレッサによってヌケの悪くなった部分は、イコライジングやエキサイタでそこそこ補正出来る。またベースの音をラ
インとマイク2トラックに分けて録音してある場合には、ラインの方をコンプレッサでぶっつぶして、マイクの方をそのまま出すというようなこともやる。基本的にはこ
れでほとんどフェーダーを動かさないんだけど、ベースが「おいしい」フレーズを弾いている部分では、フェーダーワークで持ち上げてやることを忘れていかんぞ。
ベーシストはそのフレーズに「命」をかけているのだ。
ベースにもアーリーリフレクションをかけてやると、音像がぼけずに広がりを出すことができるので、キックと同じかやや薄めにかけるといい。一応リバーブは御法
度と考えておこう。なぜなら、ベースには、はっきりと音程があるので、前の音がリバーブで伸びてしまうと、ローワーインターバルリミット(許容できる低域での和
音の限界のこと。基本的にオクターブと5度和音以外は、低域で和音を作ると不協和音にしかならない)にもろにひっかかってしまい、音が濁りまくってしまうから
腕の差が出る部分だ。まともな音のCDなんかを聴いて、ベースの処理を研究しよう。
だ。とにかくベースの処理は、
7-7-5 コード楽器の調整
コード楽器とは伴奏を担当するパートのことで、ソロパート以外の、ギターやキーボードなどのことだ。このバランスは一口でいえるほど簡単じゃないのだけど、一
つ言えるのは、ボーカルやソロパートよりは小さくするということだ。(伴奏楽器なんだから当たり前だな)目安としてはコード楽器全体の音量が、ドラムとベースを
定位は中央にしない
合わせた音量とほぼ同じになるようにするって事くらいだろうか。ただしなるべく
こと。そうすれば同じ音量でも、定位を中央
にした場合に比べてボーカルやソロパートの邪魔になりにくい。またステレオで録音された音源や、エフェクトのステレオリターンなんかは、パンの振り方によって
音の広がり感をコントロールできるので、全てのステレオ音源を左右に振りきってしまうのではなく、必要に応じてパンを狭めたりするように。
ギター
とりあえずドラムベースと混ぜてみて、ぶつかっている周波数帯があれば、ギターか、ドラムベースどちらかのイコライジングを再調整する。特にベースとギターの
低域がぶつかることが多いので注意しよう。まれにベースとギターの低音がぶつかった濁りが、かっこよく聞こえることもなきにしもあらずだけど、基本的には濁り
は禁物だ。
定位はバッキングギターが2本ある場合や、キーボードなどがギターと同じようにバッキングをしている場合は、シンメトリー(対称)に配置する。左右にそれぞれ
振ったりするわけだ。この場合も完全に左右に振りきると、ちょっとやりすぎなので、パンのつまみは9時と3時ぐらいが丁度いい。バッキングギターが1本で、キー
ギ
ボードもステレオで中央に定位させる場合などは、ディレイでダブリングしたり、少し右か左に定位をずらして、とにかく中央には定位させないのが鉄則。
ターは一番ボーカルの邪魔をしやすい楽器なのだ。
キーボード
70年代のロックなんかでは、キーボード(といってもアコースティックピアノとオルガンぐらいしかなかった)はアレンジ上ギターと対等な立場だったので、ギターは
右でキーボードが左なんていう定位が多かったんだけど、最近のキーボードは、ゴージャスな音を出すのを第一と考えていることが多いので、下手に定位を左右
どちらかに偏らせてしまうと「ださださ」になる恐れがあるんだな。だからストリングスとかシンセブラスのような音色は、キーボードのステレオアウトをそのままいた
だいて、そのままパンを左右に振ってしまうのが一番無難だ。この場合定位は中央になるんだけど、このような音色はキーボード本体でコーラス系のエフェクトが
かけてあるはずだから、音が左右に広がってそれほどボーカルの邪魔にはならないのだ。もしこのような音をモノラルで録音してあったら、コーラスやディメンジョ
ンをかけて左右に広げてやればいい。その他の音色は中域成分の多いものはギターと同じ方法で中央には定位させないようにするといい。(キラキラ系の音な
んかは中央にしてもボーカルと帯域がぶつからないのでさほど問題はない)
さてここまで来たらいわゆるカラオケ(完成品から歌を抜いた状態)を作ってみよう。だいたい満足のいくものが出来ていればいよいよ歌をのせてみよう。
7-7-6 ボーカルとソロパートの調整
ボーカルとカラオケのバランスは音楽の形態によってかなり違うし、ボーカルを大きくすると聞き易くなるが迫力がなくなり、カラオケを大きくすると何を歌っている
のか判らなくなるといったジレンマがあるけど、基本的には歌詞が聞き取れるバランスを基準にする。ボーカルメインの曲の場合は、「必ず」歌詞が聞こ
える状態、ロックなどでは聴く気になれば、全て歌詞が聴こえる状態だな。(正しい「聞く」と「聴く」の使い分けだな。)バランスをとるときには、静かな部分ではボー
カルの音量が小さくなるし、盛り上がる部分では大きくなるので、その辺りにも気を付けて、ボーカルを上げるのか他を下げるのかを良く考えなきゃいかんぞ。ま
たボーカルメインの曲では
ボーカルとスネアが大体聴感上同じくらいの大きさになることが多い。
ボーカルはオーバーダブの時に、複数のトラックにまたがって録音されていることが多いので、歌詞カードを用意し、どの部分でどのトラックを使うかを決める。
で、さらにカラオケにざっとボーカルを混ぜてみて、フェーダー操作の必要なところを歌詞カードにチェックしとくわけだ。場合によっては、「あいうえお」という歌詞
の「い」を上げて「お」を下げるというようなかなり細かいフェーダー操作を行う必要があるぞ。とにかく、ボーカルのフェーダは常にコントロールしている状態になら
なければ嘘だ。
ソロパートはボーカルと同じ扱いにして、カラオケの上にソロパートかボーカルのどちらかがのっかっていると考えるといい。
7-7-7 全体の調整 祝!確変
まずは音量感のばらつきが出ないように注意する。下の図7-7-2のように、ボーカルがない部分でボーカルの分の音量感が減ってしまわないように、ボーカルの
代わりにソロ楽器を入れたり、バッキングの音量を上げるという事だ。図7-7-2では極端に音量を平坦化してあるけど、これはあくまで説明上そうしているだけだ
からね。もしこんな曲があったならこんな音量感のメリハリのない音楽などつまらなくて仕方がないぞ。(笑)
図7-7-2 音量の平均化の概念図
さらに例を1つ。ギターから始まって、そのあとにベースとドラムが入って、さらに唄が入ってくるというパターンの始まり方の曲があるとしよう。(ありがちありがち)
で、この時ギターが全く同じ音量で録音してあるとすると、まずギターだけで始まる時は全体の音量感をギターだけ
で出さなきゃいけないので、音量を上げて出す。次にベースとドラムが入ってくると最初の音量のままではベースと
ドラムが入る隙間がないので、ギターの音量を少し落として、ベースやドラムとのバランスを取る。さらに唄が入って
きたらもう一段階ギターの音量を下げる。なぜベースやドラムなどのリズム楽器を下げないかというと、これらの
パートは曲の底辺を支える物なので、音量は余り変化させない方がいいのだな。よって周波数帯域的にボーカルと
重複するところの多いギターの音量をコントロールするわけだ。
図7-7-3 各パートの調整
7-7-8 ミックスダウンの手直し
ボーカルをカラオケの上にのっけてバランスを取ってみると、聞こえなくなってしまった音や、ボーカルとぶつかってしまう音、エフェクトが判らなくなる音などが、必
ずあるので、(必要ならば個別に音を出して)手直しをして、納得のいくまでバランスを取る。文章にするとあっけないが、ここがミックスダウンの作業のメイン部分
だ。とりわけボーカルパートは大事で、特に注意を払ってミックスしよう。また常にミキサのVUメーターが適正に振れているかどうかも確認しとこうね。結局このよう
にミックスにはかなり細かいフェーダーワークが要求されるので、まじめにフェーダー操作を行うとミックスダウンは発狂しそうになるほどややこしい作業になる。
最近ではこのフェーダー操作を記憶してくれる、コンピューターミックス(オートメーションフェーダー)装備のミキサが大流行なんだけど、装備されていないミキサを
使う場合には、原始的だけどフェーダーの横にドラフティングテープを縦に貼って、そこに曲中の部分部分でのフェーダーの位置を印を付けて、番号をふっておく
と、「最初は1の位置で、サビになったら2の位置にする」といったように判りやすくなるので、少しはミックスダウンが楽になるはずだぁ。
7-7-9 プレイバック
一通りバランスが取れたら、DATや2トラックオープンに仮ミックスを録音して、プレイバックを聴いてみる。ミックス中は操作に集中していて気づかないところが判
ることが多いので、このプレイバックは数回必ず行うこと。レコーディングミキサには2トラックテープレコーダのプレイバックボタンが必ずあるので、フェーダー等
は一切動かすことなくプレイバックを聴くことが出来る。(基準レベルをきっちりと合わせてあればモニター音量も一緒になる)間違ってもチャンネルにテープレコー
ダの出力を立ち上げてプレイバックを聴くなどというまねをしないこと。ちなみにプレイバックをしてみて明らかにミックスダウンをしていた時と音質が違う時は、何
かがおかしいわけだから、テープレコーダ本体やテープ、パッチベイなどを確認しよう。
次に仮ミックスをプレイバックしてみて気が付いた所を(必要なら個々に音を出して)修正する。で必要なら仮ミックスを繰り返して本ミックスに移る。この時にス
レートで「テイク1」とか入れておこう。
本ミックスをプレイバックして満足のいくものだったらとりあえず完成だけど、出来るだけ本ミックスをカセットにダビングして、家のラジカセや家庭用オーディオなん
良いミックスダウンはスピー
かでも聞いてみよう。スピーカや再生システムの違いで音が変わるのは当たり前なんだけど、
カを選ばない。もしこれで音のバランスが極端に変わるようであればミックスダウンの失敗なので、再びミックスダウンし直そう。考えてみれ
ば一般にみんなが聞いているCDなんかは、プロ用のレコーディングスタジオの豪華なシステムでミックスされた物だけど、みんなの家にあるようなシステムで聞
いてもちゃんとしたバランスで聴けるでしょ?(一部のCDを除く。(^_^;)