日本大学大学院総合社会情報研究科紀要 No.8, 357-366 (2007) リストラ経験およびリストラの脅威が従業員の心理学的・行動 的側面に及ぼす影響 田中 堅一郎 日本大学大学院総合社会情報研究科 Psychological and Behavioral Influences of Experiencing and Threats of Organizational Restructuring TANAKA Ken’ichiro Nihon University, Graduate School of Social and Cultural Studies Influences of the experiences and threats of restructuring on Japanese employees’ stress reactions and organizational withdrawal were investigated. Japanese employees (N=138; mean age 43.1 years; 107 men, 31 women), working in Japan participated in the study by responding a specially designed questionnaire. Those employees who perceived a greater threat of organizational restructuring more complained of their psychological and psychosomatic disorders, and felt less the work empowerment. Structural equation modeling revealed that the low empowerment reduced employees’ self-evaluations of work performance, and tended to result in the organizational withdrawal. However, employees’ experiences of organizational restructuring did not influence their psychological and psychosomatic disorders, or their self-evaluations of work performance. リストラクチャリング(リストラ)やダウンサイ ジング(downsizing)はもともと組織機能の無駄を 職場に残された従業員は、レイオフ・サバイバー (layoff survivors)とよばれている。 廃し効率化するために組織を再構築することを意味 Cascio(1993)は、レイオフ・サバイバーが示す するが、リストラ実施が経済的効果を上げていると 特有の心理的反応を「サバイバー・シンドローム」 はかならずしもいえない。すなわち、企業業績が上 と呼んだ。多くの研究ではレイオフ・サバイバーが 向いたことがリストラ実施の成果であるとする因果 ダウンザイジング後に組織あるいは自分自身に対し 関係は必ずしも正しいとはいえない(Cascio, 1997)。 て否定的な反応を示すことが報告されている。 Cascio, Young, & Morris (1997)や Morris, Cascio, & Brockner (1988)や Cascio (1993)は、その否定的反応 Young (1999)によれば、アメリカ企業の約半数はダ として、①同僚の解雇に対する手続き上の不正・不 ウンサイジング実施後に生産性が落ちており、執行 公平に対する怒り、②抑鬱、③次は自分が解雇され 役員の約 3 分の 1 はダウンサイジングの実施が期待 る番かもしれないという不安、④(同僚が解雇され された結果をもたらしていないと回答している。 たにもかかわらず)自分が雇用され続けていること またアメリカでの研究では、ダウンサイジングや についての罪悪感、⑤上級管理者に対する不信感、 それに伴うレイオフによるネガティブな心理学的影 ⑥自信喪失、⑦会社への帰属意識(組織コミットメ 響は、レイオフを宣告された人々だけに留まらず、 ント)の低下、⑧モチベーションの低下、⑨職務に レイオフを免れて組織に残留した従業員にも波及し 対する自覚の欠如、⑩人員削減による個人あたりの ているとされる。こうしたリストラクチャリングや 作業負荷の増大や「サービス残業」に代表される長 ダウンサイジングによる人員整理の対象から免れて 時間労働によって、バーンアウト(燃え尽き症候群) リストラ経験およびリストラの脅威が従業員の心理学的・行動的側面に及ぼす影響 が生じ、結果的に作業能率の低下を招くこと、など 施の有無に関係なく、組織コミットメントが高かっ があげられている。最悪の場合は、レイオフ・サバ た。さらに、ダウンサイジングによって(個人的に) イバーの健康が脅かされ、病欠による欠勤が多くな 健康状態に悪い影響を感じていても、自己統制感が るとされる(Kivimäki, Vahtera, Thompson, Griffiths, & 高い従業員は職務パフォーマンスにはあまり影響を Cox, 1997; Vahtera, Kivimäki, Pentti, Linna, Virtanen, 受けていなかった。これらの研究結果から、仕事に Virtanen, & Ferrie, 2004)。 関わるエンパワーメントがリストラ実施に伴う従業 ま た 、 Grunberg, Moore, & Greenberg (2001) や 員への悪影響を緩和する効果があると思われる。 Kalimo, Taris, & Schaufeli (2003) 、および Moore, レイオフ・サバイバーに関する心理学的研究は主 Grunberg, & Greenberg (2004)の研究によれば、従業員 としてアメリカで行われてきたが、日本では関連研 が過去にダウンサイジングを経験していなくても、 究の紹介はなされていたものの(坂爪, 2002)、実際 将来にダウンサイジングによる人員削減の影響を被 に心理学的視点から行われた研究はほとんどなかっ ると考えているほど、精神的に消耗し身体的な不調 た。また、日本企業の執行役員はリストラクチャリ を訴えやすい。このことから、ダウンサイジングが ングが残された従業員に及ぼす影響についてあまり 従業員に及ぼすネガティブな影響は、過去の経験に 関心をもっていないとする報告もある(Robinson & よる影響だけではなく、将来に起こりうるダウンサ Shimizu, 2007)。 イジングの脅威もまた無視できないと考えられる。 そこで、当該研究では、日本企業におけるレイオ さて、レイオフ・サバイバーの心理学的・産業衛 フ・サバイバー(に該当する従業員)が受ける心理 生的な問題を緩和する要因はないのだろうか。その 学的負荷と職務行動との関連性について検討を行う。 一つにエンパワーメントの役割があげられる。エン まず、リストラによる人員削減の影響を直接的に パワーメントは、「従業員に大きな権限を与えると 経験する(従業員自身がリストラによる人員削減の ともに、従業員自らが設定した目標に責任を持たせ 対象になる)だけではなく、間接的に経験する(職 ることによって、従業員が自律的に問題解決に取り 場の友人や同僚がリストラの人員削減の対象にな 組む環境を醸成し、それを促すこと」 (『imidas2004』 る)ことでも、従業員の心理的・身体的にネガティ 集英社)と定義される。要するにエンパワーメント ブな影響が及ぶことが知られている(e.g., Grunberg とは、どれだけ自分の能力を生かして職務達成への et al., 2001; Kalimo et al., 2003; Moore et al., 2004)。 達成を可能にできると考えること、そしてその考え そこで以下の仮説を検証する。 を積極的に行動に反映させることのできる程度であ 仮説Ⅰa:リストラによる人員削減を直接的・間接的 る。ダウンサイジングを経験した後のレイオフ・サ に経験した従業員は、経験しなかった従業員 バイバーは概して組織コミットメントが低下するよ に比べてストレス反応を示しやすいだろう。 うだが、エンパワーメントの高いレイオフ・サバイ 仮説Ⅰb:リストラによる人員削減を直接的・間接的 バーは、レイオフ経験後においても高い組織コミッ に経験した従業員は、経験しなかった従業員 ト メ ン ト を 維 持 で き て い た ( Spreitzer & Mishra, に比べて、業績についての自己評価を低くし 2002 )。 Brockner, Spreiztzer, Mishra, Hochwarter, やすいであろう。 Pepper, & Weinberg (2004)の研究でも、レイオフ・サ 次に、過去のダウンサイジングによる人員削減を バイバーの自己決定感の高さが、レイオフに起因す 経験していなくても、将来にダウンサイジングによ る否定的な反応を「解毒」することが報告されてい る人員削減の影響を被る可能性があると考えている る。すなわち、自己決定感の低い従業員は、ダウン ほど、精神的に消耗し身体的な不調を訴えやすいこ サイジングが実施された・されなかったによって、 とが先行研究の結果で示されている。そこで以下の 組織コミットメントに違いが見られた(実施された 仮説を検証する。 群では組織コミットメントがより低かった)が、自 仮説Ⅱ:近い将来ダウンサイジングによる職務上何 己決定感の高い従業員では、ダウンサイジングの実 らかの影響を受けると考えている従業員ほど、 358 田中 堅一郎 を入れて投函した。合計 60 名分の調査票を依頼し、 ストレス反応を示しやすいだろう。 52 名が回収された(回収率:86.7%)。 また、職務行動面においても、将来にダウンサイ ジングによる人員削減を被る可能性を認知している 調査項目 ほど、消極的になるであろう。そこで以下の仮説を 所属する職場でのリストラ経験の有無 検証する。 間接的なリストラ(すなわち要員削減)を経験した 仮説Ⅲ:近い将来ダウンサイジングによる職務上何 か否かについて、Grunberg et al. (2001)や Moore et al. 直接的・ らかの影響を受けると考えている従業員ほど、 (2004)による項目を参考に、4 項目が作成された(付 消極的な職務行動を示すであろう。 録参照)。いずれの項目も、経験の有無を「はい」 「い さらに、先行研究の結果から仕事におけるエンパ いえ」で回答された。 ワーメントはダウンサイジング経験による従業員の リストラ実施の可能性 ネガティブな影響を緩和する効果があることが示さ される職場でのリストラ実施の可能性を問うもので、 れた。同様に、ダウンサイジングによる人員削減の Kalimo et al. (2003)の項目を参考に、5 項目が作成さ 脅威が近い将来自分に降りかかる可能性についても、 れた(付録参照)。いずれの項目も、 「たぶん起こる 同様な緩和効果があると考えられる。そこで以下の (4 点)」から「ありえない(1 点) 」の 4 段階で回答 仮説を検証する。 された。 仮説Ⅳ:仕事上のエンパワーメントが高い従業員で 業績の自己評価 今後 12 ヶ月以内に予想 回答者は、自分の業績について は、低い従業員に比べてダウンサイジングに 「私は、高い水準の業績を上げている」他全部で 6 よる人員削減の脅威によるネガティブな影響 項目(付録参照)について、「非常に当てはまる(5 は少ないであろう。 点)」から「全く当てはまらない(1 点)」までの 5 段階で評定された。 方法 エンパワーメント 手続き Spreitzer (1995)は、エンパワ ーメントを、有意義、有能さ、自己決定感、インパ 本研究では郵送法と委託法の 2 つの方法による質 クトの4つの下位次元から捉えたエンパワーメント 問紙調査を行った。郵送法は、F 県の公立高校の卒 尺度を作成している。ここでの「意味づけ」とは仕 業生名簿をもとに、企業や地方自治体、公共企業体 事についての個人的な関係や目的についての認識で、 等に勤務しているとみなされる人を対象に 1,259 名 「有能感」とは自分の仕事を遂行するためのスキル を抽出し調査対象者とした。調査対象者に調査票、 や能力があると信じている程度である。「自己決定 返送料(140 円)が貼付された返信用封筒を同時に 感」とはどれくらい自分自身の仕事を行う自由があ 発送した(郵送業務は全国に事業展開する宅配業者 るかという感覚であり、「インパクト」とは、(従 に委託した) 。送付した 1,259 名のうち送付先の住所 業員が)組み込まれているシステムへ影響を及ぼす が不明もしくは該当する住所が見当たらなかった ことができるという信念のことである。当該研究で 476 名と、対象者が転居したり物故していた 26 名を は、Spreitzer (1995)の4次元モデルに準拠しながら、 除く、757 名に調査票が着送された。このうち 92 名 日本における先行研究(平野, 1999; 高坂・渡辺, の調査票が回収された。92 名のうち退職等で被雇用 2005)の日本語版から選び出された 15 項目からなる 者でなくなった等の理由で回答を拒否したか未記入 エンパワーメント尺度を作成した(付録参照)。すべ であった 6 名を除く、86 名のデータを有効とみなし ての項目は、 「よくあてはまる(5 点)」から「まっ た(有効回答率: 11.4%)。 たくあてはまらない(1 点)」までの 5 段階で評定さ 委託法は、著者が 2 名の企業経営者に対して従業 れた。 員に調査票への回答を依頼してもらうよう委託した。 ストレス反応としての心理的・身体的症状 調査票は直接回答者に手渡し、回収方法は切手の貼 者が実際にストレスによる心理的・身体的反応を示 られた返信用封筒に回答者自身が回答済みの調査票 しているかを田中(2002)によるストレス反応尺度 359 回答 リストラ経験およびリストラの脅威が従業員の心理学的・行動的側面に及ぼす影響 を構成する下位尺度のうち、 「身体的不調徴候」 と「苛 かどうかについての質問に対する回答は、図2に示 立ち感」を用いて測定した。身体的不調徴候は、 「ひ される。回答者自身が退職せざるをえなくなると考 どく疲れて、考えることができない」他 7 項目、苛 えていたのは約 12%、雇用調整の対象と考えていた 立ち感は、 「人と話すのが苦手になる」他 8 項目から のは約 18%であった。 構成された(付録参照) 。 職場引きこもり はい 本研究で用いられた職場での いいえ 無回答 引きこもり行動の測定尺度は、Lehman & Simpson 13 同僚がリストラで解雇された 13.8 自分がリストラ対象の通告をされた 2.2 自分はかつて解雇され、現在再雇用 1.4 87 86.2 97.1 97.8 友人がリストラで解雇された (1992)の作成した尺度をもとに田中(印刷中)が作 成した 13 項目のうち、信頼性が高いと認められた 6 項目が用いられた(付録参照)。回答者は、これら の項目について自分が仕事をする上で最も当てはま 0% 0.7 0.7 50% 100% るかを5段階(「まったくない(1 点)」「あまり ない(2 点)」「時々ある(3 点)」「かなりある(4 図1 点)」「大変よくある(5 点)」)から選んで回答 リストラ経験の有無 した。 本研究では、これら 5 項目の得点を合計して、回 回答者 答者にとっての「リストラの脅威」の指標として用 回答者の属性は以下の通りである。①性別:男性; 107 名、女性; 31 名。 ③ いる試みを行った。合計得点についてα係数を算出 ④学歴:高校卒; 22 名、 したところ、α= .862 となり、内容的な整合性が保 ②平均年齢:43.1 歳、 平均勤務年数:14.9 年、 証された。 専門学校卒:12 名、短期大学卒:7 名、大学卒; 84 名、大学院修了; 13 名。 ⑤職階:一般社員; 53 名、 ありえない 係長; 11 名、課長; 20 名、部長; 27 名、局長以上; 4 たぶんない 起こるかもしれない たぶん起こる 名、取締役; 20 名(不明; 3 名) 。 ⑥職種:製造業; 22 名、建設業; 13 名、電気通信業; 6 名、飲食サービス; 退職せざるをえなくなる 42.8 3 名、販売・営業; 38 名、金融・保険; 6 名、教育・ 希望でない職種に就く 42 医療関連; 9 名、小売業; 7 名、運輸; 4 名、その他(主 雇用調整の対象 として福祉・介護業); 30 名。 ⑦雇用形態:正社員; 勤務時間変更 132 名、非正規社員(派遣社員、アルバイト・パー あたなが配置転換 34.1 44.2 図2 50% 2.9 3.6 15.9 2.2 9.4 3.6 34.8 35.5 0% ト労働); 5 名(不明; 1 名)。 20.3 37.7 52.2 34.1 9.4 44.9 23.9 6.5 100% 今後 12 ヶ月以内に起こる可能性 結果 リストラの経験 測定尺度の信頼性の検討 回答者がリストラを経験したかどうかについての 業績に対する自己評価 業績の自己評価に関す 質問に対する回答は、図 1 に示される。自分以外の る 6 項目について、α係数を算出したところ.926 と 誰かがリストラされた経験は 13~14%の回答者が なり、尺度としての一貫性が確保されたとみなされ もっていたものの、リストラの対象となったり解雇 るので、これら 6 項目の合計得点(M=19.67, SD=4.97) されたのは、回答者全体の 2%程度であった。 を、業績に対する自己評価指標として用いる。 リストラ実施の可能性 エンパワーメント 4つの下位尺度(有意義、有 回答者が 12 ヶ月以内にリストラや雇用調整ある 能さ、自己決定感、インパクト)について、α係数 いは自分が希望しない配置転換をこれから経験する を算出したところ、有意義: .937、有能さ: .838、自 360 田中 堅一郎 この結果は、仮説Ⅰb を支持していない。 己決定感: .865、インパクト: .882 となり、尺度とし ての一貫性が確保されたとみなされるので、これら エンパワーメント尺度の得点についても、リスト 4つの下位尺度が構成する項目の合計得点(有意 ラ経験がある・ないによる差を検討した(表 2)。分 義:M=15.69, SD=3.48、有能さ:M=14.57, SD=3.51、 析の結果、リストラ経験有無によるストレス反応尺 自己決定感:M=15.10, SD=3.46、インパクト:M=10.85, 度得点には有意な差は見出せなかった(有意義:t SD=2.72)を、それぞれ有意義、有能さ、自己決定 = 0.45、有能さ:t= 0.97、自己決定感:t= 0.80、 感、インパクトの指標として用いる。 インパクト:t= 0.63)。 ストレス反応としての心理的・身体的症状 2つ 表 2 の下位尺度(身体的不調徴候、苛立ち感)について、 α係数を算出したところ、身体的不調徴候: .882、苛 立ち感: .896 となり、尺度としての一貫性が確保さ れたとみなされるので、これら2つの下位尺度が構 リストラの経験の有無によるエンパワーメント 尺度得点の平均値 リストラ 経験 有意義 有能さ 自己決定感 インパクト あり 16.00 15.23 15.64 11.18 (2.98) (3.29) (3.66) (2.36) 15.63 14.44 14.99 10.78 (3.58) (3.54) (3.42) (2.79) 成する項目の合計得点(身体的不調徴候:M=14.38, SD=5.92、苛立ち感:M=16.62, SD=6.10)を、それぞ なし れ身体的不調徴候、苛立ち感の指標として用いる。 リストラの経験が従業員のストレス反応と業績の 注:括弧内の数字は標準偏差 自己評価に及ぼす影響 まず、「リストラの経験」 (4 項目)のいずれかを リストラの脅威が従業員のストレス反応と業績の 体験した(22 名) ・していない(116 名)に分類した。 自己評価に及ぼす影響 次に、ストレス反応に関する 2 つの測定尺度(身 リストラの脅威が従業員のストレス反応と業績の 体的不調徴候、苛立ち感)について、リストラ経験 自己評価に及ぼす影響についての因果関係を、共分 がある・ないによる差を検討した(表 1)。 散構造分析を用いて分析した。潜在変数であるリス トラの脅威の観測変数はリストラ実施の可能性に関 表 1 リストラの経験の有無によるストレス反応と業 する 5 項目が該当し、業績の自己評価の観測変数は、 績の自己評価得点の平均値 この測定項目である 6 項目が該当する(図 3)。分析 リストラ 経験 身体的不調 兆候 苛立ち感 業績の自己 評価 あり 14.77 16.86 20.18 (7.24) (6.97) (5.05) 14.30 16.57 19.57 (5.67) (5.95) (4.97) なし の結果、因果モデルのデータとの適合性はほぼ満足 い く 数 値 が 示 さ れ た ( CFI=.937, NFI=.876, RMSEA=.079)。 まず、リストラの脅威→ストレス反応の標準化係 数がやや低い値(.169)ながら統計的に有意であっ た。この結果は、ダウンサイジングが将来にわたっ 注:括弧内の数字は標準偏差 て自分の身に降りかかってくると考えている従業員 分析の結果、リストラ経験有無によるストレス反 ほど、ストレス反応が強くなることを示している。 応尺度得点には有意な差は見出せなかった(身体的 この結果は、仮説Ⅱを支持している。次に、リスト 不調徴候;t= 0.34、苛立ち感; t= 0.21)。この結果 ラの脅威→エンパワーメント→ストレス反応に至る は、仮説Ⅰa を支持していない。 標準化係数(-.418/-.397)、およびリストラの脅 次いで、業績に対する自己評価指標について、リ 威→エンパワーメント→業績の自己評価に至る標準 ストラ経験の有無による差を検討した(表 1)。分析 化係数(-.418/-.737)がすべて有意となった。リ の結果、リストラ経験有無による業績に対する自己 ストラの脅威→業績の自己評価の間接効果は-.299 評価得点には有意な差は見出せなかった(t= 0.53)。 となった。しかしながら、ストレス反応→業績の自 361 リストラ経験およびリストラの脅威が従業員の心理学的・行動的側面に及ぼす影響 E1 E2 E3 項目1 項目2 項目3 .728 .592 E6 身体的不調徴候 .927 項目4 E9 E11 ストレス反応 項目5 D2 .027 -.418 -.397 E5 有意義 有能さ .748 .737 図3 E12 .888 項目2 E13 項目3 E14 項目4 E15 .812 項目5 E16 .862 項目6 E17 .822 .699 自己決定感 インパクト 項目 1 己評価 エンパワーメント D3 .821 .812 業績の自 .933 .891 E10 1.029 .812 E4 E8 苛立ち感 .702 .169 リストラの脅威 .664 E7 D1 リストラの脅威が自己評価に及ぼす影響についての因果分析 注:項目内容は付録を参照。波線の数字は統計的に有意でなかったことを示す。 己評価の標準化係数は有意ではなかった(.027)。こ ト → 職 場 引 き こ も り に 至 る 標 準 化 係 数 ( - .411 れらの結果は、リストラの脅威が従業員のエンパワ /.311)、およびリストラの脅威→エンパワーメント ーメントを低下させ、それが間接的に業績の自己評 →ストレス反応→職場引きこもりに至る標準化係数 価を低下させたことを示しており、これらの結果は (-.411/-.399/.345)が、すべて有意となった。ま 仮説Ⅳを支持した。 た、リストラの脅威→職場引きこもりの間接効果は リストラの脅威が従業員の職場引きこもりに及ぼ -.138 であった。これらの結果は、リストラの脅威 す影響 が従業員のエンパワーメントを低下させストレス反 リストラの脅威が従業員の職場引きこもりに及ぼ 応を増大させて、それが間接的に職場での引きこも す影響についての因果関係を、共分散構造分析を用 り行動を喚起させたことを示しており、仮説Ⅲを支 いて分析した。潜在変数である職場引きこもりの観 持した。 測変数は、この測定項目である 6 項目が該当する(図 考察 4)。分析の結果、因果モデルのデータとの適合性は ほぼ満足いく数値が示された(CFI= .910, NFI=.838, 分析結果から、まず自分にもリストラの影響が降 RMSEA=.085)。 りかかってくると感じている回答者は、以下の特徴 まず、リストラの脅威→ストレス反応の標準化係 を示した:①ストレス反応としての心理的・身体的 数がやや低い値(.177)ながら、ここでも統計的に 反応(身体的不調徴候、苛立ち感)をより多く訴え 有意であった。この結果は、ダウンサイジングが将 がちであった。②仕事に対するエンパワーメントを 来にわたって自分の身に降りかかってくると考えて 感じにくかった。 いる従業員ほど、ストレス反応が強くなることを示 低くなったエンパワーメントが業績の自己評価を している。次に、リストラの脅威→エンパワーメン 下げ、職場での引きこもり行動を起こしやすくする 362 田中 E1 E2 E3 項目1 項目2 項目3 .168 .749 E6 項目5 E4 有意義 E9 有能さ E11 .791 ストレス反応 D2 .345 -.411 -.399 .451 項目 1 E12 .785 項目2 E13 職場引き 項目3 E14 こもり 項目4 E15 項目5 E16 項目6 E17 E5 E8 E10 苛立ち感 .773 .177 リストラの脅威 項目4 E7 身体的不調徴候 .689 .769 .765 .891 .331 エンパワーメント 自己決定感 D1 インパクト 図4 堅一郎 D3 .891 リストラの脅威が職場引きこもりに及ぼす影響についての因果分析 注:項目内容は付録を参照。波線の数字は統計的に有意でなかったことを示す。 のならば、従業員のエンパワーメントが高ければリ 本研究の制約 ストラの脅威によるネガティブな影響は緩和される 本研究での分析結果は、当該研究で実施された調 といえよう。また、リストラの脅威によるストレス 査においてリストラ経験者が非常に少なかった点を 反応への直接的影響が予想したほど大きくなかった 考慮しなければならない。先行研究(e.g., Grunberg et ことも、 「エンパワーメントの緩和効果」を裏づけて al., 2001; Moore et al., 2004; Kalimo et al., 2003)では いる。すなわち、従業員が自分の能力を生かして職 この点を配慮して、2000 件から 3000 件ものデータ 務目標を遂行できるという実感をもつことができる を収集している。統計的検出力を高めるためにはこ ならば、リストラの脅威がもたらすストレス反応や の程度の数のデータが望ましいかもしれない。 消極的な職務行動を抑制することができるだろう。 また、当該研究で実施された郵送調査の回収率が 本研究の結果は、リストラクチャリングやダウンサ 著しく低かったことは回答結果の信憑性に関わる問 イジングを実施して成果をあげる(ネガティブな結 題であり、深刻に受け止めなければならないだろう。 果をもたらさない)ためには、従業員のエンパワー 郵送調査の回収率低下は当該研究に限った現象では メントをいかに低下させずに実施するかがカギであ なく、最近の調査研究における一般的傾向であると ることを示唆している。 いえる。ただ、当該研究での調査手続きに問題がな 一方で、自分が雇用調整の対象と考えている回答 かったとしても、少しでも回収率を上げるための手 者は、2 割弱であった。この数値を Kalimo et al. 立て(例えば、回答者が標本抽出の対象となったこ (2003)によるアメリカのデータと比較すると、彼ら とについての理由の明示、返信を促すための催促状 のデータにおいて「起こるかもしれない」「たぶん の郵送、回答者にギフトチケットを返送する等の報 起こる」の回答率が 4.0%から 9.0%であったことか 酬付与)を講じるべきだったかもしれない。 らすれば、本研究のデータではかなり高い回答率で 引用文献 あると考えられる。したがって本研究では、回答者 自身もしくは身近な人々にリストラ経験は少なかっ Brockner, J. (1988). The effects of work layoffs on たものの、将来に来るかもしれないリストラの脅威 survivors: Research, theory, and practice. をひしひしと感じていたと思われる。 Staw & L.L. Cummings (Eds.), Research in 363 In B.M. リストラ経験およびリストラの脅威が従業員の心理学的・行動的側面に及ぼす影響 organizational behavior (Vol.10, pp. 213-255). 82, 858-872. Lehman, W., & Simpson, D. (1992). Greenwich, CT: JAI Press. Brockner, J., Spreiztzer, G., Mishra, A., Hochwarter, W., Pepper, L., & Weinberg, J. (2004). Employee substance abuse and on-the-job behavior. Perceived Journal of Applied Psychology, 77, 309-321. control as an antidote to the negative effects of Moore, S., Grunberg, L., & Greenberg, E. (2004). layoffs on survivors' organizational commitment Repeated downsizing contact: The effects of similar and job performance. and dissimilar layoff experiences on work and Administrative Science well-being outcomes. Quarterly, 49, 76-100. Cascio, W.F. (1993). Downsizing: What do we know? What have we learned? Health Psychology, 9, 247-257. 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Journal of Occupational and Health 田中堅一郎 (印刷中). Psychology, 8, 91-109. 行動および心理的・身体的側面に及ぼす影響 Kivimäki, M., Vahtera, J., Thompson, L., Griffiths, A., & Cox, T. (1997). 産業組織心理学研究, 21. Psychological factors 田中祐子 (2002). predicating employee sickness absence during economic decline. 職場の迫害が従業員の職務 カニシヤ出版 Journal of Applied Psychology, 364 単身赴任と心理的ストレス ナ 田中 堅一郎 3. 今の仕事にプライドをもっている。 Vahtera, J., Kivimäki, M., Pentti, J., Linna, A., Virtanen, 4. 今の仕事は、自分にとってやりがいがある。 M., Virtanen, P., & Ferrie, J.E. (2004). <有能さ> Organisational downsizing, sickness absence, and 5. 自分が職場や組織を支えているという実感があ mortality: 10-town prospective cohort study. る。 British Medical Journal, 328, 555. 6. これだけは誰にも負けないという仕事の領域を 付録 もっている。 リストラ経験の有無 7. 自分の意見が職場や組織の運営に反映されてい ・勤めている会社で、あなたの友人がリストラで解 る。 雇された。 8. 自分の仕事に必要な技術や知識をマスターして ・勤めている会社で、あなたの同僚がリストラで解 いる。 雇された。 <自己決定感> ・あなた自身が、リストラ(人員削減)の対象にな 9. 職場に意思決定に自分の意見が尊重されている。 ったという通告を受けた。 10. 仕事の重要性と優先順位は、自分の判断で決め ・かつてリストラで解雇されたことがあり、現在は られる。 再雇用されている。 11. やりたい仕事は自分で提案して、自発的に取り 組んでいる。 業績の自己評価 12. 自分の仕事に具体的にどう取り組めばよいかに ・(項目 1)私は自分の役割を全うしている ついて、自分自身で決定できる。 ・(項目 2)私は高い水準の業績を上げている <インパクト> ・ (項目 3)私は自分の立てた業績目標を達成してい 13. 仕事を通じて自分の行動が周囲に与える影響は る 少なくない。 ・(項目 4)私は効率的に仕事を行っている 14. 自分の担当している仕事は、会社に対して少な ・ (項目 5)私は仕事において質の高い成果を上げて からずインパクトを与えている。 いる 15. 私の仕事は職場や会社に何らかの好影響を与え ・ (項目 6)私は業績に関する上司の期待を満たせて ていると実感できる。 いる 田中(2002)によるストレス反応尺度 リストラ実施の可能性 <身体的不調徴候> ・(項目 1)あなたが職場を配置転換される。 ・ひどく疲れて、考えることができない。 ・ (項目 2)自分の希望に関係なく、あなたの職務時 ・食欲がない。 間が変更になる。 ・朝起きたとき、気分がすぐれない。 ・(項目 3)あなた自身が雇用調整の対象になる。 ・胃腸の調子が悪い。 ・(項目 4)自分の希望とは関係ない職種に就く。 ・毎日の疲れがとれない。 ・(項目 5) (自分が希望していないのに)今の会社 ・よく眠れない。 や組織を退職せざるをえなくなる。 ・頭が重い。 <苛立ち感> エンパワーメント尺度 ・人と話すのが苦手になる。 <有意義> ・ちょっとしたことでも、すぐ怒り出す。 1. 自分が今やっている仕事に価値を認めている。 ・物事に熱中できない。 2. 今の仕事に意義を認めている。 ・ささいなことが気になる。 365 リストラ経験およびリストラの脅威が従業員の心理学的・行動的側面に及ぼす影響 ・何となく気力がない。 ・何事もめんどうくさい。 ・なんとなくイライラする。 ・憂うつな気分だ。 職場引きこもり尺度 ・ (項目 1)職務時間中に、仕事以外の話題について 同僚とおしゃべりをした。 ・(項目 2)私用で仕事の持ち場を離れた。 ・(項目 3)職務中に空想にふけった。 ・(項目 4)個人的な用事で勤務時間を浪費した。 ・(項目 5)認められた時間よりも長く昼食や休憩 をとった。 ・(項目 6)勤務中に居眠りをした。 本研究は、平成 18 年度日本大学学術研究助成金(一般 研究(個人) )の支援を受けた。 (Received: December 31, 2007) (Issued in internet Edition: February 8, 2008) 366
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