滋賀大学教育学部紀要 自然科学 No. 59, pp. 1 - 6, 2009 IHヒーターの加熱機構 赤 穂 史 陽・神 山 保・村 本 孝 夫 Heating mechanism of induction heater Fumiaki AKOU, Tamotsu KOHYAMA and Takao MURAMOTO 要約 いわゆる IH ヒーターの加熱機構についてウエブ上や、高等学校の物理の教科書に不適切な表現が あるので、それらを正すべく、実験的に調べた。加熱機構は鍋底に発生する磁束による透磁ロス及 び円電流の電気抵抗によるロスであり、適合する鍋の材質は磁石に付くか付かないかに関係なく、鉄 やステンレスを主とした材料であることが分かった。 Abstract We experimentally investigated the heating mechanism of so-called IH-heaters because unsuitable explanation is seen in the Internet websites or textbooks for high schools. We concluded that the heating is due to the loss of hysteresis of the electric-magnetic field and electric resistance for the circular current in the bottom of pans. Kinds of suitable metal are ordinal steal and stainless steal. Connection with macroscopic magnetism is no found. はじめに の材質的な特性は電気抵抗ではなくむしろ磁性 の有無であると店頭等では説明される事が多 オール電化住宅の普及に伴い、IHクッキン い。 グヒーター(Induction Heating Cooker)とい 以上のようにIHに関する説明は統一がない う調理器具が昨今注目を集めている。この製品 うえ、間違があると思われる。教育の現場でも はニクロム線や炎を使わずに電磁誘導によって 混乱が起こる可能性がある。そこで発熱の原因 鍋を加熱するという特徴を持つ。加熱原理につ を明らかにすることを目的として実験・考察を (1,2 いては、複数のメーカー がWebページで 解説している。説明の要点をまとめると、 行い、一般に流布している加熱原理の真偽を検 証し、正しい解釈を試みた。 1 .発熱は電磁誘導により鍋に発生する渦電流 理論 が 鍋の電気抵抗によって発生する。 2 .アルミや銅などの鍋は電気抵抗が小さいた め、IHでの加熱には向かない。 円形コイルの上に非磁性金属の鍋を置き交流 (3 の 2 点になる。さらに中学校の理科の教科書 電流を流すと、コイルの中心を垂直に貫く交流 でも同様の説明がなされていることから、この の磁束密度 B が生ずる。この磁束密度の廻り ような認識が世間に広く受け入れられていると に(1)式に従って起電力が発生ずる。電場 E 考えられる。 は次式で与えられる。 上記の説明によればIHでの加熱が可能な金 属の条件は電気抵抗が大きいことだとされてい る。しかし一方、IHによる加熱に寄与する鍋 rot E =- B t (1) この電場E は対称性を考慮すると、鍋底に同 赤 穂 史 陽・神 山 保・村 本 孝 夫 心円状の電流(1 を流す。 (以下、この論文では「円 コイル上に金属円盤を乗せた場合の磁力線と 電流」と呼ぶことにする)この電流の大きさは 誘導電流の様子を図 1 に示す。磁力線は非磁性 交流電流の周波数に比例する。起電力は(1) 体の場合、コイルのある面に垂直な方向に、磁 により決められるので、抵抗が小さい程大きな 性体の場合、金属内(底面程強く、上面では殆 電流が流れる。従って鍋底の抵抗による発熱量 どゼロ)を放射状に生ずる。 は抵抗に反比例し、周波数の二乗に比例する。 実験装置 鍋が磁性を持つ金属の場合(簡単のために透 磁率を無限大とする。)磁束密度は境界条件(磁 性体と空気)より水平成分のみがゼロではない。 従って鍋では底面内のみに存在し、鍋を突き抜 けた上面には存在しない。 1 .低周波発生装置 実験に用いた装置の概略を図 2 に示す。加え る低周波の周波数を 20 ~ 60kHz とし、低周波 有限の透磁率の場合でも表皮効果を考慮する 発信器により供給された波を自作の増幅器によ と、磁性体内部には交流電磁場はわずかしか進 り増幅した。コイルは 直径 1.0 mm のエナメ 入し得ない。 ル 線 を 用 い、 直 径 13 cm、10 回 巻 き と し た。 IHを稼動させると鍋の底面を放射状に通 数個の 1000μF コンデンサーをコイルと並列 る、時間変化する磁束が発生するので、この磁 に加え、同調周波数を調整した。同調周波数が 束の廻りに同心円状に回る電流(2(以下、この 38kHz の時、出力は 21.45W(無負荷の時)で 論文では「渦電流」と呼ぶ)が流れる。しかし あった。 磁束密度の分布が一様であれば「渦電流」は打 ち消し合ってしまう。実際には垂直方向には一 様ではない(上部ほど小さい)ので、底面成分 が残り、鍋底を回る「円電流」に一致する。 また時間変化する磁束が磁性体を通ると磁気 モーメントを変動させるが、透磁率の虚数成分 があると磁気モーメントの変動に時間的な遅れ を引き起こし、ロスとなる。これを透磁ロスと 呼ぶ。透磁率の周波数変化がない範囲でロスは 周波数の二乗に比例する。トランスの場合は鉄 損と呼ばれ、磁性体では一般的な現象である。 図 2 低周波増幅装置 2 .冷却装置 コイル自身の発熱がコイルの上に置かれた試 しかしながら数 10KHz での透磁率の値が不明 料の金属を温める事のない様に、コイルと金属 であるので定量的な解析は出来ていない。 の間に厚さ 3 mm のプラスチックの板を置き、 なお(1)に従う誘導電流はすべて渦電流と 試料金属との間に更に 3 mm の隙を空け、板 呼ばれるが、Web上では、上で定義した「円 の下部に送風した。試料の金属がコイルの熱で (1 (2 電流」 か、「渦電流」 のいずれか一方のみが 直接暖められないことをコイルに交流電流と等 図示されている。 量の直流電流を流す実験で確認した。 (図 3) 図 1 「円電流」、「渦電流」の定義 図 3 実験装置および冷却装置の配置 IHヒーターの加熱機構 3 .温度計 くい。円盤の熱容量や表面からの放熱を考え、 熱電対型の温度計(METEX M-4660A)を 用い、試料の金属に密着させた。 以下実験 2 として、リング状の板を用いた加熱 実験を行った。 4 .試料金属の種類、及び厚さについて 実験 2 用いた試料金属は鉄、ステンレス、真鍮、ア ルミニューム(以下アルミ)であり試料の厚み は 0.5 mm(鉄のみは 0.6 mm)であった。「ス 金属試料を図 5 のようなリングに加工し、 「円 テンレス」は鉄にクロムやニッケルを加えた合 電流」を切断した場合との比較をするために図 金であるが、合成の比率、製法等によって磁石 の様な切断部を作った。 「円電流」が流れるよ に付くものと付かないものがある。両者はとも うに切断部にアルミ箔を挟んだ場合(導電)と、 に「ステンレス」として流通しているため、本 流れないように 2mm 幅のダンボールを挟んだ 論文では便宜上、磁石に反応するステンレスを 場合(絶縁)について加熱実験を行った。なお 「A-ステン」、反応しないものを「B-ステン」 交流に対しては 2mm のギャップでも絶縁が不 と呼ぶ。 完全であるが、両状態での幾何学的な配置を余 り変えない様に、2mm に留めた。なおアルミ 実験 1 の 場 合、 幾 何 学 的 な 違 い を 無 視 し て 間 隔 を 7mm にした場合や、リングの半分のみを加熱 先ず磁性体、非磁性体の種々の金属について 鍋の形状に似せて加熱実験を試みた。 先に示した実験装置を用いて、外周がコイル と一致する円盤状の金属試料を加熱した。この 実験では「円電流」が試料に流れる。コイルに した場合は発熱しなかった。 コイルに流れる電流値はほぼ一定で、リング の半径(外周) 、厚さは実験 1 で用いた円盤と 同様である。 これらの金属試料についての導電時のデータ 流れる電流値をほぼ一定に保って加熱を行い、 を図 6 に示す。この温度変化は基本的には図 4 試料表面の 10 分間の温度変化の様子を調べた。 と同様な変化を示すが、放熱面積の減少(発熱 結果を図 4 に示す。 量の少ない中央部分を切り取った効果も含む。 ) この実験により、アルミや真鍮に比べて鉄・ により、アルミでの温度上昇は大きくなった。 ステンレス群の優位が明らかになった。このこ とはメーカーの発表している金属の分類と一致 している。なお銅はアルミと同じ様な温度上昇 を示したが、厚さが同じではなかったので結果 は示していない。 しかしながら、実験 1 ではアルミや真鍮の温 度変化が小さいために温度の変化量が分かりに 図 5 導電リング(左)と 絶縁リング(右) 図 4 円盤表面の温度変化 図 6 リング導電時の温度変化 赤 穂 史 陽・神 山 保・村 本 孝 夫 しかし鉄やステンレスは円盤に比べて発熱量は 存していることを使用する周波数を変えて確認 かえって少なくなった。 した。なお、実験 1 ~ 2 では加えた低周波の周 これらの金属の絶縁時の温度変化を図 7 に示 波数は 56KHz であった。 す。アルミの温度上昇は小さくなるが、鉄やス この実験は金属円盤をプラスチック容器に入 テンレスの温度上昇は導電時に比べて余り減少 れ、市販のサラダオイルに浸した状態で加熱を していない。さらに鉄とアルミについて導電状 行なった。この容器を図 3 の金属試料の替わり 態と縁状態を殆ど同じ形状にして温度上昇を比 に置き、低周波を加えた。コイルを流れる電流 較した。(図 7)鉄では絶縁状態でもそれ程発 値を一定に保ちながら周波数を変化させ、オイ 熱量は下がらないが、アルミでの減少は顕著で ルの温度変化を比較した。なお、この実験では ある。 A - ス テ ン 円 盤 を 用 い た。60Hz、27kHz、 これらの実験は、IHによる発熱要因として 鍋底を同心円状に流れる「円電流」が大きく関 56kHz における 19 分間の加熱結果を図 9 に示 す。 わっている事を示す。しかし絶縁条件下でも鉄 装置の熱容量が大きいので温度上昇は小さ やステンレスは十分に発熱しておりこれらの金 い。IC温度センサー(LM 35)を用いた自 属は「円電流」以外の発熱要因を併せ持ってい 作の温度計を使用した。 (温度変化の読みとり ることを明瞭に示している。 精度は 0.01 ℃) 27kHz、56kHz について近似曲線の立ち上が 実験 3 り部分の傾きを比較すると 1:2 となっており、 周波数依存性が確認された。しかし、実験精度 IHの加熱原理として考えられる誘導電流及 が十分ではないので、 定性的な説明にとどめる。 び透磁ロスの大きさはいずれも周波数に依存す また 60Hz では温度上昇は全く見られなかっ る。そこで、IHによる加熱効率が周波数に依 た。 図 7 リング絶縁時の温度変化 図 9 周波数による温度変化の違い 結論 実験 1 により、磁性体がより大きな発熱を起 こす事は明らかである。実験 2 において「円電 流」を流れ難くすると非磁性体では発熱量が激 減した。しかし磁性体では少ししか減少しな かった。リング状にすると円盤状に比べて、非 磁性体では温度上昇が大きくなり、磁性体では 小さくなった。これは、非磁性体では放熱及び 図 8 鉄及びアルミの加熱結果 熱容量が減少し、より大きく温度が上昇し、磁 IHヒーターの加熱機構 性体では中央部の金属をなくした事で磁束が金 アルミや銅の鍋が加熱に向かない理由は他に 属中を通過する距離が短くなり透磁ロスが減少 もある。先ず、アルミや銅では発生する磁束密 した、とすれば説明が出来る。透磁ロスを考え 度が小さいので、 発生する起電力が小さくなる。 ないで、単なる電気抵抗による発熱が原因であ 更に、これらの金属では発生した「円電流」が るとすれば、磁性体でもリング状試料の方が温 コイルの同調周波数を変えて出力を減らす効果 度上昇は大きくなるはずである。 もある。この現象は「円電流」を殆ど流さない さらに、B-ステンの温度変化が鉄やA-ス 絶縁リングでは起きない。鉄やステンレスでも テンに似ていることから、巨視的には磁石に反 この効果は少しあるが、大きな透磁率による効 応しないB-ステンが微視的には磁性体群と同 果がこれに勝る。 様の透磁ロスによって発熱を起こしていると考 IHの主たる加熱原理は「円電流」の電気抵 えられるが、ステンレスの種類も多く、詳細な 抗によるロス及び透磁ロスであることを示す結 ロスのメカニズムについては不明である。 果を得た。 <IHの発熱原因と迷信への提言> 世間に広まっている 3 つの迷信は、間違いで IHの発熱には電磁場や電流といった目に見 えないものが主役として関わっている。 しかし、 ある。 教育の場で扱う以上は漠然としたイメージで教 1. 「IHや電磁波で加熱できる金属は磁石に えるのではなく、正しい認識を与えなければな 反応するものでなければならない。」というも らない。 の。これについて、磁性体は非磁性体に比べて 参考文献 発生する磁束が大きい故、大きな磁束変化を示 すので発生する起電力は大きい。しかしこれら のロスは磁石に反応しないB-ステンでも同様 なので、磁石に付くか付かないかは判定の基準 としては意味がない。いわゆる「オールメタル 対応」型が登場する以前に市販されたIHは、 非磁性体の鍋を乗せた場合には電磁波が発生し ないようにしてあったので、このような迷信を 生んだのではないかと思われる。尚、発熱効率 は落ちるが「円電流」によって非磁性体である ( 1 パナソニックキッズスクール 火がないのにどうやって加熱するの? http://pks.panasonic.co.jp/kyoushitsu/lab/ lab09ih/l090102.html ( 2 日 立 の 家 電 品 よ く あ る ご 質 問 ク ッ キ ン グ ヒーター http://kadenfan.hitachi.co.jp/q_a/kitchen_05_07. html#headerArea ( 3 『サイエンス』 桂林館 中学校 1 分野 上 アルミ、銅の鍋でも加熱することは可能である。 付録 (オールメタル対応が可能) 2. 「アルミや銅等の鍋は電気抵抗が小さいの で加熱に向かない。」という説明。これは理論 磁束密度の分布及び生ずる電流 で述べた様に全く間違った説明である。発熱量 図A 1 は鍋底を放射状に通る磁束密度を模式 は抵抗に反比例する。電流が流れ難くなる様に 的に図示(断面図)したものである。磁束は紙 図 5 にある切断面の間隔を広げてゆくと発熱量 面の裏から表に向いていて磁束密度が増加して は減少した。 いる状態とする。なお紙面の裏は円の中心に向 3. 「渦電流」が電気抵抗により発熱するとの説。 かっている。 本論文で定義した「渦電流」が発熱の主原因で あると図示している説明(2 もある。しかし理 論で説明した様にこの「渦電流」の垂直成分は お互いに打ち消し合い水平成分は「円電流」に なる。この「円電流」が発熱原因であると説明 図A 1 磁束密度及び渦電流 し、且つ図示する方が誤解を招かないと思われ る。 図示しているように磁束に沿って同心円状に 赤 穂 史 陽・神 山 保・村 本 孝 夫 生じる電流が本研究における「渦電流」である。 する成分が残る。上面ほど指数関数的に減少す 対称性について考える。右端と左端は鍋底が円 る。 形であるため繋がっているので無限にある場合 と同等であり、対称性がよい。従って磁束の垂 直成分はお互いに打ち消し合う(図A 2)。 図A 3 電流の水平成分の消失 表皮効果 図A 2 電流の垂直成分の消失 表Aに使用した金属のδを示す。なお、δは e 分の 1 に減衰する距離である。使用した磁性 さらに垂直成分の分布の対称性がよいと(無 金属の比透磁率は少なくとも 100 以上ある。比 限に分布していると)水平成分もキャンセルす 透磁率を 100 とすれば 0.5mm 進入した場合、 る。 およそ 1000 分の 1 に減衰する。鉄の比透磁率 しかしながら、実際には上面と底面があり、 は 100 ~ 1000 と言われているが鉄の種類に依 対称性が崩れる。この場合、上面と底面成分が 存する。実験に使用した金属の透磁率のデータ 残る(図A 3)。さらに表皮効果を考えると上 は得られていない。 面ほど磁束密度は小さくなるのでキャンセルさ れず底面成分が残る。残った底面成分は鍋底を 円形に流れる。これは「円電流」に一致する。 このように、「渦電流」は対称性が良ければ互 いに打ち消し合って最終的に「円電流」に一致 表A 1 鉄とアルミのδ 純鉄 アルミ 比透磁率 δ(ミリ) ~ 100 0.08 1 0.43
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