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病原体の進化のモデル

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病原体の進化のモデル
中央大学大学院理工学研究科物理学専攻
博士課程前期
山崎
指導教官
浩由
田口
善弘
2005年2月25日
1
目次
第1章
序論
・・・・・・3
第2章
目的
・・・・・・6
第3章
モデル
・・・・・・7
3−A.弱毒化モデル
3−B.媒介者モデル
3−C.進化型弱毒化モデル
3−D.進化型媒介者モデル
・・・・・・8
・・・・・11
・・・・・12
・・・・・15
第4章
・・・・・16
平均場近似
4−A.弱毒化モデルの近似
4−B.媒介者モデルの近似
・・・・・16
・・・・・22
第5章
・・・・・24
シミュレーション結果
5−A.弱毒化モデルのシミュレーション
5−B.媒介者モデルのシミュレーション
5−C.2つの進化型モデルのシミュレーション
・・・・・24
・・・・・28
・・・・・30
第6章
・・・・・31
解析
6−A.平均場近似どうしの比較
6−B.平均場近似と実際のシミュレーションの比較
6−C.基本的なモデル同士の比較
6−D.無毒化による媒介者モデルの妥当性
6−E.進化型モデルの解析
・・・・・31
・・・・・32
・・・・・33
・・・・・33
・・・・・34
第7章
・・・・・40
まとめ
2
第1章 序論
私の研究の発端は
「今の世界情勢は、なぜこのようになったのだろう?」
という疑問から始まった。紛争は世界中で絶えることが無い。この原因を突き
詰めて、歴史をさかのぼって考えると、1つの疑問に辿り着いた
「なぜヨーロッパが科学技術をいち早く発達させられたのか?」
日本でも、中国でもなく、ヨーロッパの人々が科学を発達させて、世界中を
植民地化していった。ヨーロッパの人々が科学技術を発達させられたのはなぜ
だろうか?彼らは頭が良いのだろうか?そんなハズは無い。
悩んでいると、1つの本に出会った。
「銃・病原菌・鉄(上・下巻):ジャレド・
ダイアモンド著、倉骨彰訳、草思社」である。その本はさまざまな観点から自
分の持った疑問について、論理的に考え答えていた。ヨーロッパの人々は、科
学技術が発達しやすい環境を持っていたのだ。それは、簡単に述べると4つの
環境である。1つめは、栽培化や家畜化の候補となりうる動植物種の分布状況
が、大陸によって異なっていたこと。2つめは、伝播や拡散の速度が大陸内ご
とに大きく異なっていたこと。3つめは異なる大陸間での伝播の容易さに違い
があったこと、4つめは、それぞれの大陸の大きさや総人口の違いである。本
の内容を非常に簡単に書いてしまったが、それぞれの理由には十分納得のいく
解説がなされているため、詳しくは参照していただきたい。繰り返しになるが、
要するにヨーロッパの人々は、人口が多く、物や人や文化や技術の交流が盛ん
である環境を得ていたので、科学技術発達に有利だったのである。
さて、科学技術のことばかりを書いてはいるが、ヨーロッパでは他にも重要
なものが発達しやすかったのである、それは病原体である。文明が発達し、人
口が増えると伝染病が流行る話を聞いたことがないだろうか。また、家畜が持
っている病原体が、人間に感染するようになった話を聞いたことがないだろう
か。彼らは病原体が進化しやすく、また、彼ら自信がそれに対する抵抗力をも
てるような環境を持っていたのだ。ヨーロッパが世界を席捲した大航海時代で
は、彼らが持ち込んだ病原体が他の地域の人々に猛威をふるい、植民地化に大
いに貢献したのである。
3
私は病原体の進化について非常に興味を持ち、調べ始めた。病原体とは 疾
病の原因となる微生物。細菌・真菌・リケッチア・クラミジア・ウイルス・原
虫・蠕虫(ぜんちゆう)など。 の事である。他の生物の体内に侵入し、寄生す
ることで自分の種を増やす生物である。寄生された生物は、病原体によってさ
まざまな悪影響を受けるため、病原体に対する抵抗力を強めるように進化して
いく。生物と病原体はお互いに生き残るために、抵抗力と毒性をたえず進化さ
せていくのである。
しかし現実は、抵抗力と毒性がお互いに強力になっていく、という単純なも
のではなかった。先ほどの銃・病原菌・鉄の上巻に載っていた興味深い話とし
て、オーストラリアのウサギの間で流行した粘液腫症がある。大航海時代を経
て19世紀にヨーロッパからオーストラリアへ持ち込まれたウサギは、天敵の
いない環境のおかげで大量発生してしまい、農産物に甚大な被害を与えていた。
そこで当時の人々は、病原体 ミクソウィルス に目をつけた。このウィルス
は野生種のブラジルのウサギ特有のものであったが、ヨーロッパの飼いウサギ
にも、致死的な集団感染を引き起こすことで知られていた。こうして、人間に
よって意図的にミクソウィルスが持ち込まれた。
最初の年(1950年)には、ミクソウィルスは感染したウサギの 99.8%を致
死させるという、オーストラリアの農民にとっては満足のゆく結果を示した。
だがこの致死率は、2年目には90%に落ち込み、数年後には25%にまで減
少して、結局、ウサギの撲滅にはならなかった。
このような結果になったのは、ミクソウィルスが、ウサギの利益でも人間の
利益でもなく、自分の利益に合うように変化したからである。ミクソウィルス
は、宿主のウサギが死んでしまうと、そのウサギ自体の体内では増殖できるの
だが、それ以後の感染の機会を失ってしまう。そこで、宿主を死に至らせない
ように変化したのだ。また、ミクソウィルスに感染したウサギがいずれ死ぬ場
合でも、すぐには死なせないように変化したのである。その結果、もともと致
死率の高かったミクソウィルスにかわって、致死率の低いウィルスが多く繁殖
するようになった。
さて、ここで勘違いしないでもらいたいことは、ウィルスに 弱毒化しよう
という意思は無いという事である。ウサギを殺してしまうと感染の機会を失う、
ということも、ウィルスは当然考えていない。ここに進化の面白さがある。生
物は、たとえ同じ種のもの同士でも、まったく同じ形のものはいない。必ずど
こかに違いがあるのである。それは人間でたとえるならば、身長、髪の色とい
4
った外見的なものはもちろん、内臓の機能や病気に対する抵抗力など様々であ
る。ウィルスにも当然、個体によって違いがあり、毒性の強さに差があるのだ。
オーストラリアのウサギは当初、ミクソウィルスにほとんど殺されてしまった
が、その中でも比較的毒性の弱いウィルスに感染したウサギが生き残り、毒性
の弱いウィルスを広めていったのである。このようにウィルスは自然淘汰によ
って、弱毒化へと変化したのである。
病原体が弱毒化へと進化する、我々人間に馴染み深い話としては、ハシカや
風疹がある。今から500年ほど前の文献によれば、これらの病気でたくさん
の死者が出たらしい。しかし、今現在、これらの病気で死ぬ人はほとんど聞か
ない。医療の進歩を考えたとしても、この事実は病原体が弱毒化することを示
している。
この病原体の進化について、私は非常に興味深く、魅力的な事だと感じた。
この現象を理解するには、ウィルスやウサギ、一個体に着目しているだけでは
不可能で、全体を広く見渡して考えねばならない。私はそういう点が非常に面
白いと感じ、研究テーマにするにはふさわしいと感じて、このテーマを選んだ
のである。
病原体の進化にしぼって研究をすすめていくと、
「病原体進化論:ポール・W・
イーワルド著、池本孝哉・高井憲治訳、新曜社」という本に出会った。この本
には病原体の進化について、私にとって衝撃的なまえがきから始まっている。
「寄生者はその宿主と穏やかな共存関係へと向かうはずだという考え方ほど、
医学や寄生虫学の文献の中に深く浸透したものはない。証拠がほとんどないに
もかかわらず、これほど広く受け入れられてきた考えも科学の世界では珍しい。
またその考えが依拠するとされる基本原理とこれほど対立しており、成立する
見込みがこれほどないことが、それにそぐわずもてはやされてきたのも珍し
い。」
この本では、私が信じてきた 病原体が弱毒化する という事を 根本原理
と考える事を否定し、ダーウィンの提唱した進化論の観点から考えても、おか
しな事であると書いている。さきほどのウサギの話や、ハシカや風疹の例に目
を奪われていたのだが、広く世界中の病気について考えてみると、実に見落と
していたことが多々あることに気が付いた。本にはさまざまな例が載っていた
のであるが、そのなかの 1 つとして、熱帯地方で猛威をふるう、マラリアにつ
いて書こう。
5
マラリアは、赤道周辺の地域で、今もなお猛威をふるう病気である。初めて
人間が感染したのがいつかはわからないが、文献などを参照して、300年以
上前から存在していることがわかる。古くから存在している病気なのだが、今
現在、その致死率は5∼10%と、非常に強力な病気である。マラリアは、な
ぜこのような強力な病毒性を保つことができるのだろうか?その原因は、媒介
者の存在である。マラリアは、蚊という媒介者を経て人間に感染する病気であ
る。もし、強力な毒性で人間を殺してしまっても、マラリア原虫は蚊の体内で
生きつづけ、新たな人間に寄生することができる。病原体が弱毒化する理由で
ある、宿主を殺してしまうと新しい宿主に感染することができないという事を、
媒介者が存在することによって克服できるのである。
このように、病原体の進化というのは非常に面白く、魅力的である。その現象
をあげればきりがないが、私は特に 病原体が弱毒化する 現象と 病原体が
媒介者によって強毒化する 現象について、数値計算シミュレーションにより
理解しようと考えた。
第2章 目的
私の研究の大きな目的は
病原体の病毒性の進化をみる
事である。そのために私が使うのは、プログラミングを用いた数値計算シミュ
レーションである。コンピューターの出現と、性能の向上により可能になった
研究をしようと考えた。現実に動物実験などをすることとは違い、あくまで理
論ではあるが、しっかりとしたモデルを構築し、病原体の進化を理解できるア
ルゴリズムを見つけることが重要である。そのために、ベースとなるモデルに
は、誰もが知っているような非常に有名で、信頼性のあるモデルを用いる事に
した。そして、このモデルを発展させて、病原体の進化を再現し、進化の原理
に迫ることを目的にしたいと考えている。
6
第3章 モデル
病原体などの寄生者と、人間などの宿主を表すために、セル・オートマトンモ
デルを採用する。これは、2次元平面に格子状の空間を作り、その1つ1つの
場所(サイト)に様々な状態を設け、それらが相互に影響しあいながら、時間発
展していくというものである。このモデルを採用する理由は、二次元平面を現
実世界の土地、サイトの状態に人間を用いれば、病原体と人間を容易に表現で
きると考えたからである。私の研究では、4つのモデルを作成した。初めに、
他の様々な論文でも見かけられる極めて基本的なモデルを作り、それによって
病原体の弱毒化を再現する。次に、そのモデルに媒介者の影響を導入したモデ
ルを作る。この2つのモデルで、病原体の進化を見るという目的をひとまず達
成できるのだが、2つのモデルにおける問題点などを考慮して新たな概念を導
入し、より複雑な3つめ、4つめのモデルを作る。
私がモデルを作る際、常に年頭に置いたことは、 全てのモデルにおいて、基
本的なモデルをベースに考える という事である。単純で信頼性のあるモデル
に、きちんとした理由付けのある条件を付加していき、新しいモデルを構築し
ていくことで、意味のあるモデルであることを示せると考えている。
※モデル作成に際し、以下の論文を参考にさせていただきました。
YOSHIHIRO HARAGUCHI AND AKIRA SASAKI, The Evolution of Parasite Virulence
and Transmission Rate in a Spatially Structured Population, J. Theor. Biol.
(2000) Vol.203, 85-96
7
3−A.弱毒化モデル
ハシカや風疹といった、近年では弱毒化した病原体を再現するのには、2次
元平面の格子構造に、3つの状態を配置すればよいと考えた。それは、宿主、
感染された宿主、空、の状態である。
3つの状態を、以下の記号で表す
H:宿主(Health)
I:感染された宿主(Infected)
0:空(無を表す”ゼロ”)
各サイトの状態が、隣接するサイトに影響をあたえつつ、時間経過とともに変
化していく。具体例としては、以下のようになる。
H
H
0
0
H
0
0
H
I
0
I
I
0
I
0
0
I
0
時刻t
経過
単位時間あたりに定められた確率によって、各サイトは変化していく。
上図の中央のサイトは、隣接するIの病原体に感染し、H→Iとなった。また、
左上のサイトHは、H→0となっており、寿命がきて死んだことをあらわす。
8
サイトの状態の変化を模式的にあらわしたものが以下である。
H
感染
誕生
自然死
I
0
病死
それぞれの変化の確率は、単位時間あたりに、以下のようになる。
感染(H→I):健康な人が病原体に寄生される確率で、感染はHがIに隣接
した時に一定の確率で起こるものとする。正方格子では、あるサイトに隣接す
るサイトは4つあり、隣接するIの数によって感染のしやすさが変わるものと
する。
α
nx ( I )
Z
αは比例定数、n x (I ) は隣接するIの数、Z は隣接するサイトの数を表す(正方格
子では4)。この確率における比例定数αを以後
感染性
と呼ぶことにする。
自然死(H→0):健康な人が単位時間あたりに死ぬ確率で、これを d1 とする。
病死(I→0):病気の人が単位時間あたりに死ぬ確率で、これを d 2 とする。
ただし d 2 > d1
病死の確率は、病原体の毒性の強さを表すとも言える。今後はこの確率を
毒性 と呼ぶことにする。この値を中心に解析を行う。
9
病
誕生(0→H):人が誕生する確率で、誕生は0がHに隣接した時に一定の確
率で起こるものとする。隣接するIの影響は受けないという事は、病気の人は
子供を産めないということである。H→Iの時と同様に考えて
β
nx (H )
Z
これらの状態変化に関係する確率は、隣接するサイトの状態により、値が変化
するものの、比例定数は一定の値のままである。実際のシミュレーションに際
し、様々な初期値を試す必要がある。
10
3−B.媒介者モデル
先ほどのモデルに、媒介者を導入する。媒介者を導入するには、媒介者がい
ることによる環境の変化を考える。マラリアにおける蚊や、コレラにおける水
は、宿主が死滅しても病原体が生存できる環境を与えている。したがって、宿
主が死んでも病原体が生き残れるようにすればよい。そのために、新しい状態
I0 を作る。 I0 は病原体に感染された宿主 I が死滅した後に、 宿主は
死んでいるが病原体のみが媒介者の体内に生き残っている状態 として定義す
る。
つまり、今まではI→0となっていた変化が
I→I0→0
という変化になる。I0 はIと同様の感染能力を持つ。
模式的に表すと、以下になる。
H
感染
I
誕生
自然死
0
病死
無毒化
I0
先ほどのモデルとの違いは、 I0 である。新しく追加された変化について説明
する。
無毒化(I0→0):媒介者体内の病原体が、宿主に感染しえなくなる程度まで減
少したことを表す。
状態 I0 のとらえ方であるが、熱帯地域にあるマラリアなどにおいて、媒介者で
ある蚊は年中存在しており、広範囲で活動している。したがって、I0 だけ
11
が媒介者である、ということはない。I0 とは感染された宿主の死後にも媒介者
の体内に存在する病原体の感染源である。
3−C.進化型弱毒化モデル
基本的なモデルで欠落している、以下の点を導入して、応用モデルを作る。
・病毒性についての見直し
現実世界では、病原体は短期間でものすごい進化を遂げる。そのため、病毒性
が絶えず変化するようにする。
・感染性についての見直し
病毒性と並んで重要な値である。病毒性が変わるのならば、感染性もそれに影
響されるようにする。
・空間のエネルギーについての見直し
ある空間におけるエネルギーは有限である。そのことをモデルに導入する。
・病毒性についての見直し
先ほどの2つのモデルでは、病毒性は初期値のまま一定で、時間を経過させ
ても変化が無いようにしたが、単位時間ごとにランダムに微小変化させること
にする。病毒性を持つサイトを単位時間ごとに
新しい毒性=元の毒性+比例定数×乱数
とする。
これを導入すると、以下のような問題が出てくる。
H
I
0
I
H
0
H
図のように複数の
H
I
0
I
I
I
I
0
0
H
0
I
単位
時間
経過
に隣接した
H
が、単位時間経過後に
H→I
となった場合、それぞれのサイトIの毒性は、変化する病毒性により異なって
いるため、どのサイトの毒性を引き継ぐかが問題になる。この場合、毒性が強
12
いとは、宿主の体内への適応能力が高い(後述)ということを考慮して、以下の
ように処理することにする。
感染されるサイトを(x,y)とした時
サイト(x,y+1)の病毒性を引き継ぐ確率=
(x,y+1)の病毒性/隣接する4つのサイトの病毒性の和
他の3つの隣接サイトも同じように考えていく。このようにどのサイトの病毒
性を引き継ぐのかの確率を決めておいて、乱数をあてがって、病毒性の引継ぎ
を決定していく。
また、進化の過程で、病毒性が下がりすぎて、自然死する確率を下回るとおか
しいので、毒性の下限も設定する。下回ったときは、I→Hとなるようにする。
つまり、応用モデルにおける、状態の変化の模式図は
H
感染
誕生
回復 自然死
I
病死
0
上図のように、新しくI→Hという変化が必要になる。
回復 (I→H):病毒性が時間発展により、ある値を下回った時、感染された宿
主は病原体に対する抵抗力を十分つけたとみなし、I→Hとする。
13
・感染性についての見直し
先ほどの話で、病毒性は変化するようになった。感染性は一定の値を保った
ままでよいのかを考える。現実世界から考えてみると、病原体の毒性が強いと、
それだけ人間の抵抗力に打ち勝ち、体の多くの部分を寄生することができる。
多くの部分に寄生していれば、喉ならば咳に、腸ならば便に、という感じで感
染の機会も増えるはずである。しかも、病原体の数そのものが多くなり、単位
体積あたりの数が増えるため、なおさら感染しやすいであろう。したがって
感染性=比例定数×病毒性
というようにする。隣接するサイトは4つあり、病毒性はそれぞれ異なってい
るため、感染性は上式を4つのサイト分計算した和になるようにした。
・空間のエネルギーの導入
基本的なモデルでは考慮してなかったが、自然界において空間のエネルギーに
は限りがある。例えば、ある湖について考える。
湖底から生える草を、草食の小さな魚が食べ、その魚を肉食の大きな魚が食べ
る。草と小魚と大魚の比が適当に保たれていれば、湖の中に生物が無限に増え
るかと言えば、それは不可能である。なぜならば、草は湖底の土から得た養分
で育っており、それには限りがあるからである。このように、自然界にはかな
らずエネルギーの上限があり、それを超えることは出来ない。先ほどの2つの
モデルでは、初期値次第でHとIが際限なく増えてしまう可能性があるので、
これを制限するために、次のように導入する。
空間と、H,I,0の各状態にエネルギー値を設定する。そして、各時刻で空
間(私のシミュレーションでは100×100の格子空間)の全エネルギーを計
算し、設定した空間のエネルギーと比較する。もしも全エネルギーが空間のエ
14
ネルギーを上回っていた場合、生物の死滅以外の活動を停止するものとする。
つまり、自然死:H→0となる変化か、病死:I→0(またはI→I0)となる変
化のみを許可する。
3−D.進化型媒介者モデル
前の節で説明したモデルに状態
I0
を導入して作成する。
H
感染
I
誕生
回復 自然死
病死
0
無毒化
I0
特に新しく説明することはない。
15
第4章 平均場近似
作成したモデルにしたがって、プログラミングして計算する事に加えて、モデ
ルを数学的にとらえて計算する。
4−A.弱毒化モデルの近似
弱毒化モデルの平均場近似を考える。
ある1つのサイトがH状態である確率を PH とする。同様に PI , P0 を定める。
PH + PI + P0 =1である。
nx ( I )
は PI に置き換える事ができる。 PH , PI , P0 の時間発展について、
Z
方程式を考えると。
先ほどの
dPH
= −αPI PH − d1 PH + βPH P0
dt
dPI
= αPI PH − d 2 PI
dt
dP0
= d 2 PI + d1 PH − βPH P0
dt
の3式が書ける。十分な時間が経過すると、式の左辺である増加量が0になる
ため、 PH , PI , P0 は以下のように解くことができる。
PH =
PI =
P0 =
d2
α
β−
β
d 2 − d1
α
α+β
α + (d1 − d 2 )
α+β
式の右辺は全て自分で定める値であるから、シミュレーションに入る前に、結
果を予測することができる。
16
H
αPI
βPH
d1
I
0
d2
α:伝染
β:誕生
d1:自然死
d2:病死
dPH
= −αPI PH − d1 PH + βPH P0 = 0
dt
dPI
= αPI PH − d 2 PI = 0
dt
・・・②
dP0
= d1 PH + d 2 PI − βPH P0 = 0
dt
PH + PI + P0 = 1
・・・①
・・・③
・・・④
ただし
PH , PI , P0 ≥ 0
0 ≤α ≤ 4
0≤β ≤4
0 ≤ d1 ≤ 1
0 ≤ d2 ≤ 1
d1 < d 2
①より
P0 = 0
または
− αPI − d1 + βP0 = 0
17
②より
PI = 0 または
αPH − d 2 = 0
PH =
→
d2
α
③より
d1 PH + d 2 PI − βPH P0 = 0
まとめると
PI = 0
PH =
P0 = 0
− αPI − d1 + βP0 = 0
○
PI = 0
×
d2
○
α
以下の三つの状態が考えられる
(1) PI = 0
PH = 0
(2) PI = 0
PH = 1 −
(3) PI =
P0 = 0
d1
P0 =
β
β
d2
α
α+β
β − d1 −
PH =
d1
β
d2
α
P0 =
条件がさらに考えられる
(2)では
d
1 − 1 > 0 → β > d1
β
(3)では
β − d1 −
β
d2 > 0
α
α + d1 − d 2 > 0
→
→
α (1 −
d1
β
) > d2
α + d1 > d 2
18
α + d1 − d 2
α+β
→
P0 =
d1
β
近似の計算では具体的な値として、
伝 染:α=0∼4 までを細かく試す
誕 生:β=0.205
自然死:d1=0.02
病 死:d2=0.02∼1 までを細かく試す
を代入し、Ph,Pi,P0 を求めた。この値は、モデルの実際のシミュレーションか
ら定めた。詳しい説明は次章以降を参照。
αと d2 の値の組み合わせによって、(1)(2)(3)のどの条件が満たされる
のかが決まってくる。各条件がどの(α,d2)の値で満たされるかを考えてい
く。
以下は平均場近似およびモデルを長時間シミュレーションした(t→十分大きな
値)ときの最終的な2次元平面の状態の説明である。以後もたびたび登場するこ
とになる。
(1)絶滅相
PI = 0
PH = 0
P0 = 0
これは、生物も病原体も、すべて死滅したことを表す。
この条件は、特にないため、どのα、d2 においても考えられる解である。
d
d
(2)Hのみ相 PI = 0 PH = 1 − 1
P0 = 1
β
β
これは、病人がいなくなり、病原体が消滅したことを表す。人間にとってもっ
とも望ましい状態と言える。
さきほど具体的にβ=0.205、d1=0.02 と値を決めたので、β > d 1 であるため、PH
が負の値をとることは無い。どんなα、d2 の値を定めても、この条件は成り立
つ。したがって、どのα、d2 においても考えられる解である。
(3)共存相
PI =
β
d2
α
α+β
β − d1 −
PH =
d2
α
P0 =
α + d1 − d 2
α+β
これは、病原体と人間が共存している状態を表す。病原体は病人の中で生きて
おり、病人がつねに存在している状態は、病原体にとって最も望ましい。
19
条件
β − d1 −
β
d2 > 0
α
α + d1 − d 2 > 0
→
→
α (1 −
d1
β
) > d2
α + d1 > d 2
を満たす(α,d2)の値は、以下の図の領域となる。
共存相以外は、どのα、d2 においても考えられる解である。つまり、与えた(α,
d2)の値に対して、条件を満たす解が複数存在している。結局、どの解が安定
なのかを調べるために、各(α,d2)値において、オイラー法によって解を求
める事となった。それが次の図である。なお、伝染性・病毒性以外のパラメー
ターは、先ほどと同様に、実際のシミュレーション(5−B)で用いた値と同様
のものを使う。 PH : PI : P0 =8:1:1を初期値としている。
20
図の緑の点は共存相、赤の点はHのみ相、青の点は絶滅相である。
これにより、ほとんどの個所において、共存相が安定している。絶滅相は左上、
Hのみ相は右下に集中しているが、この理由は簡単に納得できる。病毒性が低
く感染性が高いと、I状態である時間が長くなり、感染しやすいためにIが増
え過ぎて、H状態がほとんどなくなってしまう。IはI→0という変化しか無
いため、絶滅相への道をたどるのである。また、病毒性が高く感染性が低いと、
I状態である時間が短くなり、感染しにくいため、H状態に感染できずにI状
態は消えてしまい、Hのみ相になるのである。
21
4−B.媒介者モデルの近似
媒介者モデルの平均場近似を考える。
先ほどと同様に式を書くと
dPH
= −α ( PI + PI 0 ) PH − d 1 PH + βPH P0 = 0
dt
dPI
= α ( PI + PI 0 ) PH − d 2 PI = 0
dt
dPI 0
= d 2 PI − d 3 PI 0 = 0
dt
・・・②
・・・③
dP0
= d1 PH + d 3 PI 0 − βPH P0 = 0
dt
PH + PI + PI 0 + P0 = 1
・・・①
・・・④
・・・⑤
これは先ほどと同様に条件を整理して解く事はできないので、オイラー法によ
る近似計算を行なう。なお、こちらの計算においても、伝染性・病毒性以外の
パラメーターは、後の実際のシミュレーション(5−B)で用いた値と同様のも
のを使う。 PH : PI : PI 0 : P0 =8:1:0:1を初期値としている。以下で表
示する図は新しい確率 d 3 を 0.3 とした時のものである(値の決定の仕方は、5−
Bを参照)。
22
緑の点は共存相、赤の点はHのみ相、青の点は絶滅相である。
※進化型弱毒化モデル・進化型媒介者モデルに関しては、モデルが複雑化して
いるため、平均場近似を行なわなかった。
23
第5章 シミュレーション結果
5−A.弱毒化モデルのシミュレーション
具体的に定めなければならない値がたくさんある。
整理して並べてみると
・ 格子空間の大きさ(x,y)
・ 感染(H→I)、自然死(H→0)、病死(I→0)、誕生(0→H)
・ 初期(t=0)でのHの総数、Iの総数、0の総数
以下のように考えて、値を定めた。
計算上、100×100の格子空間とする。これについては簡単に検証してみ
たところ、これ以上大きくしても結果に影響が無かったので、十分な値である
ことを確認した。
定めるべき変数のなかで、重要なのは
感染、自然死、病死(病毒性)、誕生
の4つの確率である。その中でも、もっとも重要だと思われるのは、感染と病
死である。病死の値は病原体の毒性の強さ(病毒性)を表す。この2つの値を最
終的に操作して解析する。そのために、先に自然死、誕生の確率を決める。こ
の決め方は、病原体のいない、Hと0のみの状態を考えて、十分な時間経過後
にHと0の比が一定となる値を探す。言い換えれば、人口を一定に保つための
値を探すことである。
誕生
H
自然死
具体的には
H:0=1:9,3:7,5:5,7:3,9:1
の5つの比を実現できる、自然死、誕生の値を求めた。
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0
以下の図はH:0=9:1となるように自然死と誕生の確率を決めておいて、
H状態と0状態のサイトの初期(t=0)における総数を変化させたものである。
H:0=9:1、7:3、5:5、3:7、1:9を試みた。どんな初期値か
ら始めても、結局H:0=9:1となることが分かる。
横軸は時間、縦軸は数、グラフは100×100格子でのH状態の総数
この値用いて、Iを導入したモデルで、感染性と病毒性の2つの確率を幅広く
試してみた。十分な時間経過後に、考えられる格子空間の状態は以下の3つで
ある。
Hのみ相:Hが生き残る
共 存相:HとIが共存する(病原体にとって、最も望ましい状態)
絶 滅相:0のみになる
Iのみが生き残れないのは、Iには増える能力が無いからである。激しい伝染
性でHがすべてIになったとしても、やがてすべてI→0になってしまう。
先ほどの検証で、さまざまな自然死と誕生の確率を試みたが、十分な時間経過
後にH:0=9:1となる場合が一番共存状態を取れるようである。これは、
人口が密集すると伝染病が流行ることに沿っている。共存状態が多いほうがこ
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れからの解析では便利であるので、H:0=9:1となる値を採用することに
した。
以下は弱毒化モデルにおける、時刻を横軸、各時刻ごとに100×100の全
てのサイトの状態を集計した数を縦軸にしたものである。
左から順に、絶滅相、共存相、Hのみ相、の結果になる確率の値を採用した
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相図
毒性と伝染性の関係を調べるために、さまざまな値を試してみた。
上図は、十分な時間経過後の格子空間の状態をプロットしたものである。
横軸が病毒性、縦軸が感染性である。緑の点は共存相、赤の点はHのみ相、青
の点は絶滅相である。
相図をみると、病毒性と感染性にある比例関係が成り立つ時に、共存状態をと
りやすいようである。
※平均場近似などとの比較は、次章の解析で説明する。
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5−B.媒介者モデルのシミュレーション
先ほどと同じような考えに基づいて初期値を定めていく。新しく、無毒化(I0→
0)という確率が登場する。この値について、いったいどのくらいの値が適切な
のかは難しい問題である。複数の値を試して、先ほどのように相図を書いてみ
ることにする。そして結果をみて、今後の進化型媒介者モデルで使っていく無
毒化の確率を決める。
以下はグラフである。無毒化=0.02、0.05、0.1、0.3、0.5、0.7、0.9 の7つを
試みた。確率の 0.02 とは、自然死(H→0)の確率と同じ値である。
横軸が病毒性、縦軸が感染性。青が絶滅状態、緑が共存状態、赤がHのみ。
左上から右へ順番に、無毒化=0.02、0.05、0.1、0.3、0.5、0.7、0.9 としたと
きの相図である。全体に共通して言えることは、媒介者モデルでは、病毒性が
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強力(1に近い)でも共存状態をとりやすいことである。これにより、媒介者が
いると、病原体は強毒性になりえる事がわかる。さて、今後のモデルで使うた
めに、この中から無毒化に適切な値を 1 つ決める。目的は 病原体の病毒性の
進化をみる 事であるから、病原体が安定した状態でシミュレーションするた
めには、共存状態が多く、グラフの分布が比較的穏やかな、無毒化=0.3 を採用
した。
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5−C.2つの進化型モデルのシミュレーション
進化型弱毒化モデル、進化型媒介者モデルの2つの結果を同時に表示する。
今回は伝染性・病毒性で相図を書くことはできない。研究の目的にある、病原
体の病毒性の進化を見るために、ある時刻において全てのIと I0 サイトでの病
毒性の平均値を求めてプロットしたのが以下である。
横軸は時刻、縦軸はその時刻における病原体の病毒性の平均値である。赤が媒
介者あり、緑が無しである。結果は、明らかに媒介者がいたほうが病原体が強
毒性になるということを示している。
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第6章 解析
6−A.平均場近似どうしの比較
4章で扱った、弱毒化モデルと媒介者モデルの平均場近似の結果を比較する。
左が弱毒化モデル、右が媒介者モデルの近似結果である。横軸は病毒性、縦軸
は感染性である。緑の点は共存相、赤の点はHのみ相、青の点は絶滅相である。
病原体にとって、自分自身が存在しうる共存状態を取ることが最も望ましいた
め、緑の点の分布に注目して考える。
モデル作成の目的から考えると、媒介者がいるほうが強毒性病原体が存在する
ことに有利に働くべきなのだが、この結果ではそうなってはいない。残念なこ
とに、平均場近似の観点からは、モデルの作成は失敗であるという結果になっ
た。
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6−B.平均場近似と実際のシミュレーションの比較
弱毒化モデルにおいて、左が平均場近似、右がシミュレーション結果である。
平均場近似と、実際のシミュレーションでは結果が異なるようである。しかし、
青、赤、緑の分布の位置関係はやや似ている。2つの結果に違いはあるものの、
おおまかな傾向は似通っていた。
媒介者モデルにおいて、左が平均場近似、右がシミュレーション結果である。
平均場近似と、実際のシミュレーションでは結果がかなり近い。
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6−C.基本的なモデル同士の比較
弱毒化モデルの相図と媒介者モデルの相図を比較する。媒介者を導入した意
味があったのかを考えるには、より多くの強毒性病原体の共存状態を実現でき
るかを調べればよい。
左が弱毒化モデル、右が媒介者モデルの相図である。図をみてわかるとおり、
媒介者モデルの方が、強毒性病原体が共存できる可能性が高い。研究で作成し
たモデルの妥当性が、シミュレーションにより示されたといえる。
6−D.無毒化による媒介者モデルの妥当性
媒介者モデルにおいて、無毒化(I0→0)となる確率は、1に近ければ、それは
媒介者のいない、弱毒化モデルになるはずである。
左が弱毒化モデル、右が媒介者モデルにおける無毒化=0.9 とした時の相図であ
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る。見てわかるとおり、二つのグラフはほぼ似ている。これにより、媒介者モ
デルは、弱毒化モデルをしっかりとベースにして作られた事が示された。
6−E.進化型モデルの解析
横軸は時刻、縦軸はその時刻における病原体の病毒性の平均値である。赤が媒
介者あり、緑が無しである。結果は、明らかに媒介者がいたほうが病原体が強
毒性になるということを示している。この2つのモデルの結果を比較しやすく
するために、ヒストグラムにしてみた。図を見てわかるとおり、初期の時刻が
小さい個所では、2つのモデルとも病毒性が変化し続けている。そこで、少し
でも安定した個所をサンプルにとるため、t=10000∼25000 までをヒストグラム
にした。
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赤が進化型媒介者モデル、緑が進化型弱毒化モデルである。図中の矢印は、病
毒性の平均値である。両方の場合において平均値を求めたが、進化型弱毒化モ
デルでは明白なため、図示しなかった。一応、標準誤差も計算したが、十分に
二つは異なるという結果になった。
上図は各時刻における病原体の病毒性の平均値を t=10000∼25000 までプロッ
トしたものであったが、今度はある時刻における、全I,I0 サイトの毒性をヒス
トグラムにしてみた。
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赤が進化型媒介者モデル、緑が進化型弱毒化モデルである。
図を見て気付く事は、媒介者を導入すると、毒性の分布が幅広くなることであ
る。気になるので、進化型媒介者モデルにおいてもっとたくさんの Snap Shot
をとってみた。
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t=2500 おきに調べてみた。時刻によって病毒性の分布は、ピークを1つ形成す
るか、2つ形成している。ピークが2つ形成されている点は大変興味深い。し
かし、時刻が十分に経過すれば、2つのピークがあらわれつづけるわけではな
いようだ。全体を通していえることは、病毒性の分布は、進化型弱毒化モデル
に比べてなだらかな事である。この原因は、媒介者がいなくても元から存在出
来た弱毒性病原体と、媒介者が存在することで存在できるようになった強毒性
病原体が同時に存在しているからであると考えられる。
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第7章 まとめ
病原体の進化を見るという目的は、4つのモデルにより達成された。病原体は
弱毒化する、しかし、媒介者がいる場合強毒化するという事が示された。媒介
者がいる場合、病原体の病毒性の分布が広くなるという件についてであるが、
現実がどうなっているのかを、マラリアについて考えてみた。現在蚊を媒介し
て人に感染するヒトマラリアは、三日熱マラリア、四日熱マラリア、卵型マラ
リア、熱帯熱マラリアの4種類がいることがわかっている。このなかの1種類
だけにおいて、弱毒性と強毒性がはっきりと分かれるような事があるかどうか
はわからないが、マラリア4種類について考えると、4種類のうちの前半の3
種類は比較的温和な症状と致死率で、熱帯熱マラリアに関しては、重篤な症状
で致死率も高い(10%)ということがわかっている。媒介者を必要とする病原体
において、弱毒性の病原体と強毒性の病原体が同時に存在することが、お互い
にとって利益になるのか、またはそうならざるをえないのかはわからないが、
興味深い結果を得られたと思う。
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