ヤギの飼育を通して学べること ~環境学習の視点から~ 目 次

研究題目
ヤギの飼育を通して学べること
~環境学習の視点から~
目
次
Ⅰ研究のねらい
Ⅱ 研究の経過と内容
Ⅲ 研究のまとめ
長野県千曲市立屋代小学校
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教諭
中村 恒彦
Ⅰ 研 究 の ね らい
私は屋代小学校で現6年生のクラスを4年生のときから担任している。総合的な学習の時
間には、4年生のときから環境学習を中心に取り組んできた。今話題になっている地球温暖
化や放射能汚染などの問題は、もちろん避けては通れない最重要な環境問題だ。しかし、ま
だまだ様々な活動体験の乏しい小学生の子どもたちには、直接目に見えず、ある程度高度な
知識も必要である。今後成長段階に合わせて学習していくことを期待し、この時期の子ども
たちにとっての環境学習の目標は、
(1) 自然に親しみ、(2) 自然のすばらしさを知り、(3) 小さな実践で自然を大切にしよう
と設定するのがよいのではないかと考えている。自然に親しむことで自然のすばらしさを体
感し、だからこそその自然(環境)を守っていこうという動機が生まれる。また、一人ひと
りが自分にできる小さな実践の積み重ねが、将来環境問題を解決していくための実践力へつ
ながっていくと思われる。この目標のために今まで次の取り組みをしてきた。
・地域の川で生き物を探そう
・ウサギを飼おう
・地域に発生するホタルを観察しその幼虫を飼育し放流しよう
・ジャガイモ・ポップコーン・ダイコン・小麦などを栽培し、収穫して食べよう
・牛乳パックを集め、ネパールの植林をしているNGOの活動を支援しよう
・学校生活で出るゴミの分別に取り組もう~給食のカップや牛乳キャップリサイクル
・節電・節水をしよう
昨年4月、子どもたちが5年生に進級する頃、偶然知り合いの方から卒業までの2年間ヤ
ギが借りられる目途が立った。ヤギはおとなしくて比較的飼いやすい家畜で、身近にある草
をえさとし、フンや使用後のわらは田畑のたい肥に利用でき、たくさんの乳を提供してくれ
る。大きな動物であるので世話のしがいもある。ヤギの飼育を通して子どもたちが、
(1) 自然を知り、
(2) 自然に親しみ、
(3) 人と自然の関わりを学ぶ
ことを期待し、本研究テーマを設定した。
Ⅱ 研 究 の 経過と内容
1 ヤギを飼おう
4月6日
5年生に進級した 4 月、「総合的な学習の時間」の計画を立てた。さっそく子どもたちに
私の思いを伝えた。「ヤギを飼おう。ヤギを飼って、生き物について学び、世話をすること
で働くことの大切さや責任感を身に付け、出産に立ち会って命の大切さを知り、しぼった乳
でチーズやバター・ヨーグルトなどを作ろう。」と話した。子どもたちは、「おもしろそうだ
ねえ。」「いいよ、やってみよう。」と賛成してくれた。
2 田んぼを借りてお米を作ろう
ヤギを飼うには費用がかかる。小屋を作るだけで5万円はかか
りそうだ。担任は農業も営んでいるので、「田んぼを借りてお米
を作り、それを家の人に買ってもらって費用にあてよう。」と考
えた。さっそく学級通信で保護者に田を貸してくれる人を探して
もらった。容易には見つからなかったが、ようやくOS男のおじ
いさんが、「先生や子どもたちのヤギを飼いたいという望みをなんとか叶えさせてあげたい」
という一心で、おそらく10人以上の方に声をかけてくれたのだろう。とうとう3アールの
田を借りることができた。私も自宅の近所の方から4アールほどの田を借りることにし、費
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用捻出の目途は立った。田植えは6月 20 日実施。田で米を作るもう一つの目的は、ヤギの飼
育で大量に必要となる稲わらを調達することだった。
3 ヤギの小屋を作ろう
(1) コンクリートを打とう
5月 23 日
まずはコンクリートの材料集めから始まった。砂や砂利はセメント工場を訪ね、自分の軽
トラで何往復もして運んだ。
次に深さ 10cm ほど 地面を掘
り下げ、男子は足や石で叩いて
土を落ち着かせ、女子は鉄筋3
枚を針金で結びつけた。初夏を
思わせる暑さの中、子どもたち
は黙々と作業をした。
次はいよいよコンクリート打
ちだ。砂とセメントをよく混ぜ、
次に砂利と水を加えてコンクリ
ートを練った。なかなかの重労
働だった。
(2) 小屋の材料を集めよう
ヤギの小屋を建てるには多く
の材木やトタンが必要だ。いらない材料があったら提供してほしいと保護者にお願いした。
IN男のおばあさんはコンパネ2枚を軽乗用車に積んで体をかがめるようにして学校に届け
てくれた。KM子のおじいさんは仕事で仕入れた角材からコンパネ、屋根のトタンまで無償
で提供してくれた。子どもたちのためだからと、かたくなに費用の受け取りを拒んだ。家族
の協力は本当にありがたかった。
(3) 小屋を建てよう 6月4日
地域公開参観日。家の方にも小屋
作りを手伝ってもらった。設計図を
用意し作業の手順を示した。ノコギ
リで角材を切ったり、強力なハサミ
でタキロンの波板を切断したり、釘
で組み立てたりした。電動ドリルを
提供してくれた家庭の協力もあり作
業ははかどった。とうとう念願の小
屋ができあがった。
4 ユキがやってきた 6月 13 日
「卒業まで2年間のレンタル」でヤギがやってきた。Mさんご
夫妻がたいへんかわいがって飼っていたもので、「アルプスの少
女ハイジ」からとったユキちゃんという名のめすヤギである。1
才3か月。日本ザーネン種。出産経験なし。
5 映画「豚がいた教室」を観よう
6月
大阪の新任教師が「豚を飼って食べよう」と実践した話。給食
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を食べながら数回に分けて視聴した。子どもたちが飼い育ててきた豚を予定通り肉にして食
べるのか、それとも後輩たちに託して引き続き飼ってもらうのかの白熱した話し合いは、ま
だヤギの世話を始めたばかりのクラスの子どもたちにも伝わるものがあったのだろう。真剣
に観ていた。
6 におい対策を考えよう
7月
他の学年の担任から「ヤギのにおいが給食の時間風に乗って教室まで届くために、何人か
の児童の食欲が減退している」という話をいただいた。子どもたちに話し、何とかならない
か考えた。「毎日そうじする。」「消臭剤を買ってきて使う。」などの他に、「動物だから
におうのは当たり前。少しぐらいは我慢してもらう。」などの「強硬」な意見も出た。消臭
剤は高価な物であるし、屋外での効果も疑問だった。結局名案が浮かばず、こまめにきれい
にそうじしようということになった。
7 腰麻痺の予防接種をしよう
8月~
ヤギには蚊が媒介する腰麻痺という恐ろしい病気がある。小屋の内側にはおびただしい数
の蚊がおり、ユキはひっきりなしに追い払っている。蚊取り線香を焚いてみたが開放された
小屋での効き目は期待できなかったし、木酢液も散布させてみたが効果はなかった。結局獣
医に飲み薬を処方してもらった。理科室の乳鉢で錠剤をすりつぶし、ユキが大好きな米ぬか
に混ぜてなめさせた。妊娠が判明するまで続けた。
8 イネの収穫
9月 29 日稲刈り
10 月 12 日脱穀
9月から 10 月、いよいよ米の収穫だ。ユキのために借りた2
つの田で 30kg のもみが 15 袋収穫できた。さっそく保護者に注
文をとったところ完売。小屋を建てる費用や、その後必要とな
る費用が調達できた。小屋の材料の大半を提供してくれたKM
子のおじいさんには、お金の代わりに収穫したお米を差し上げ
た。「そういうことならありがたくいただきます。」と受け取
ってもらい、私の胸のつかえが取れた。
9 ユキが荒れる
子どもたちが「先生すぐ来て、ユキちゃん暴れていて私たちのいうことを聞かない。」と
呼びに来る。行ってみると当番の女子が泣いている。
子どもたちは午前と放課後の2回、500m のコースでユキを散歩させる。ヤギの行動は気ま
ぐれで力も強い。コースには他の学年が育てている花や野菜もある。何がなんでもそれを傷
付けてはならないと、子どもたちは力いっぱい綱を引く。するとユキも興奮してくる。子ど
もたちがえさで釣ろうと近寄ると頭突きをされる。大声で「ユキちゃんだめだよ。」と叱っ
たり、怖いといって騒いだり、ときには棒ではたいたりする子もいる。こうなるともうユキ
は子どもたちの手には負えなくなり、担任が呼ばれることになる。ヤギの習性をよく理解し
冷静に対処するようにいうのだが、簡単ではない。ときどき起こるこんな苦労は今も続く。
10 冬のえさを集めよう大作戦
10 月~
夏場のうちは野山にヤギのえさはいくらでもある。しかし冬場は家から出る野菜くずの他
にえさとなるものは思い当たらない。そこで、冬を迎える前に班ごとに「冬のえさ集め大作
戦」を実施した。ある班は放課後校内を回ってサクラの落ち葉を拾い集めた。MT男は休み
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の日に近所の家が大がかりな庭木の剪定をしてい
るのを発見し軽トラいっぱいの葉と枝を譲り受け
た。TY子はクズの葉が好物であることを知り、
休みの日に母と高速道路の斜面に生えている大量
のクズを採って来た。そしてある班はチラシを独
自に作り近所に配布し、喫茶店にも掲示してもら
った。チラシを見た地域の方が稲わらの提供を申
し出てくれた。あるラジオ放送局からは子どもた
ちの様子を取材したいとい
う申し入れがあった。
12 月 14 日には全員で最
後のえさ集めをした。本校
の近くには一重山という里
山がある。幸いまだ雪が降
らず、カラカラに乾いた落
ち葉がたくさん積もってい
た。全員で大袋 12 個ほど拾
い集めることができた。自
然の恵みを感じられた日だ。
11 ユキに赤ちゃんを産ませよう
10 月 31 日
ヤ ギ の 繁 殖 期 は 9 ~ 11 月 ご ろ だ 。 メ ス の 発 情 の 見 分 け 方 は 「 1
盛んに鳴く、2 尾を横に振る、3 性器が赤っぽくなり潤う」だそ
うだ。9月は残念ながら発情が見られなかった。10 月もなかなかそ
の気配が見られない。発情を見逃してそのまま繁殖期が終わってし
まうといけないので、子どもたちにも発情の見分け方を説明しみん
なで観察した。10 日ほどたった休日の 10 月 30 日(日)。ヤギ当番だ
ったKR男が結婚披露宴に出席している私に、甲高い声で「先生、
ユキちゃんしっぽ振ってるよ」と電話をくれた。
翌朝、さっそく須坂市の業者Uさんに連絡し、オスヤギをつれてきてもらい交配していた
だいた。子どもたちには、「交尾は何億年も前からずっとつながっている命を未来につなぐ
神聖な行為。真剣に見てほしい。」と話しいっしょに見守った。交尾はわずか数分間のでき
ごとだった。
【児童の感想文より】・HM子~オスはユキより大きくて、ユキが小さく感じました。オス
が ユ キ に 乗 っ た と き 、 ユ キ の 足 が ガ ク ッ と な っ た の で 大 丈 夫 か な と 心 配 で し た 。 あ と 20
日待ってしっぽを振らなかったりいっぱい鳴かなかったら、成功だから早く 20 日たってほ
しいです。
・IN男~ぼくは、交尾の意味があまり分かっていませんでした。でも先生の話を聞いて、
命をつなげるためなんだなと分かりました。じっさいオスヤギが来て見てみると、すごく
体が大きくて強そうでした。
・ T M 子 ~ ユ キ が お し り か ら 白 い 液 を 出 し て い た の で 「 何 か な ?」 と 思 っ て 聞 い て み た ら オ
スヤギが出した精子だったらしいです。
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12 わらを畑に還そう
11 月
子どもたちは4年生の時からい
ろいろな栽培活動をしてきた。こ
の年はイネ作りも体験したくさん
のわらも収穫した。ヤギは湿気を
嫌うために小屋にはいつもきれい
なわらを敷かなければならない。
糞や尿を大量にするのでよごれたわらを蓄える木枠がいっぱいになってしまった。子どもた
ちと学校園に移動して積み上げた。春には熟して堆肥になり、それが6年生になった今サツ
マイモを育てている。ヤギの排泄物も回り回って私たちの作物を育てるという「循環」が子
どもたちにも理解できたのではないかと思われる。
13 ラジオに出演しよう
11 月、翌4月の2回
ヤギを飼うことには話題性がある。地元の有線放送局が2
回ほど取材に来た。ヤギの番組は視聴者にも好評らしい。
続いて県内のS放送局も取材に来た。全県に流れるので多
少の準備は必要だ。どんな質問をされるだろう、そしてどん
なふうに答えればいいだろうと、班ごとに準備をして取材に
そなえた。収録は 11 月 17 日にテレビでもおなじみのNアナ
ウンサーとディレクターが来校して行われた。アナウンサーもびっくりするほどスムースな
収録だった。最後に用意した作文を読み上げた。
わたしたちはヤギを飼っています。名前はユキちゃんです。
ユキちゃんの世話はたいへんです。朝や昼の散歩のとき、他の学年が育てている花を食べ
ようとして綱を引っ張るので、転んで引きずられすりむいたことがありました。また、ユキ
ちゃんはどこでもうんちやオシッコをするので、うんちは一粒一粒ひろわなくちゃいけませ
ん。また、ユキちゃんは私たちをバカにしています。気にいらないと頭つきをしてくるので
そんなときはこわくて逃げます。小屋そうじもたいへんです。オシッコやうんちがべちょべ
ちょになってたくさん出てきます。休みの日にも2回、学校に来てヤギの世話をします。
しかしそんなユキちゃんも、おなかがすいているときには近寄ってきます。えさを食べ始
めると集中してコンテナ一つ分ぐらい食べてしまいます。とっても食いしん坊です。ユキち
ゃんは毛づくろいしている姿や、四角いおっとりした目がとてもかわいいです。
ヤギは赤ちゃんを産ませるとお乳が出るのでチーズやバターそしてヨーグルトなどが作
れます。それで赤ちゃんを産ませることにしました。10月31日に須坂のUさんがオスヤギを
連れてきて、交尾させてくれました。私たちは交尾を初めて見ました。オスヤギとユキちゃ
んが交尾をすることで命をつなぐことを先生によく教えてもらったので、見ているときには
感動しました。このようなことはあまり見られないのでいい経験でした。交尾がうまくいっ
ていれば、4月1日頃赤ちゃんが生まれます。その日をとても楽しみにしています。これか
らもユキちゃんをかわいがって世話をしたいと思います。
1月 10 日午後2:40、いよいよ放送が流れた。教室でラジオ放送を聞くのは初めてだ。ラ
ジオから流れる友だちの声にみなで聞き入った。
14 絵本「やぎのしずか」を読もう
2月
絵本作家田島征三の作だ。著者が自らヤギを飼育した実話をもとにした作品だ。絵にも文
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にも何ともいえぬやさしさやユーモアが満ちている。子どもたちがユ
キの世話をしていて出会う事件や苦労がそっくりそのまま重なるの
で、うんうんとうなずきながら読み聞かせを聞いていた。出産や乳搾
り・子ヤギとの別れなどこれから体験するであろうさまざまな事にも
期待を寄せているようだった。
15 2頭の子ヤギを出産
3月 29 日
交配日より 150 日目。この日は午前中5年生が登校し新年度準備作業をした日だ。
2:20、下校後うららかな天気に誘われてヤギのようすを見に遊びに来ていたKM子とWI
子が、職員室に「ユキちゃんのおしりから何か出ている」と知らせてきた。透明な粘液が
出ている。Uさんに連絡したが、出産はまだ先らしい。
3:05、今度はID男が、「おしりから足が出ているよ」と知らせに来た。確かにユキはわ
らの上に寝転び、おしりからは前足のようなものがのぞいている。いよいよ出産だ。再び
Uさんに連絡。破水したためか足がはっきり見える。そのまま出てくるかと思えばユキは
立ち上がり子ヤギの足は引っ込んでしまう。次に出たときには口先も見えて呼吸をしてい
るのがわかるが、また引っ込んでしまう。ユキは今まで出したことのない低い声で苦しそ
うにうなる。O先生は学年児童の家庭に、来られる人は来るようメールを一斉配信した。
3:40、出たり入ったりをくり返すうちにとうとう1頭目が
生まれた。子ヤギはすぐに自力で呼吸を始めた。全身黄色
の羊膜に包まれていたが親がなめ取るとみるみるきれいな
白毛が現れる。
3:52、子ヤギは何度も挑戦した末にとうとう立ち上がった。
感動的な場面だ。さっそく親の乳を探し飲み始める。体重
3.8kg のオスだった。
3:55 ごろ、メールを見た子どもたちが続々と集まり始め、職員も入れ替わりきてくれる。
2頭目が出始めた。今度は水風船のような羊膜と羊水に包まれている。
4:05、2頭目が生まれた。口の周りには羊膜がべっとりついているのでふき取ってやった。
呼吸をするがゼーゼーいっているようだ。親がなめても毛がやや黄色みがかっている。
4 : 20、2 頭目も 立つ。 体重 は 3.6kg、 今度は メス だ。 この頃 Uさん が到 着。 後から 飼い主
のMさんご夫妻も到着。Uさんの指示で元気づけにユキに味噌をぬるま湯にといて与えた。
6:15、出てくる胎盤はユキが自分で食べたが、長い胎盤の最後が落ち、出産は終わった。
6:30、外はもう暗い。大勢の子どもや保護者の方が見に来てくれた。子ヤギ誕生の感動と
これからの成長への期待を胸に、子どもたちはみな帰った。
4時間にわたる出産が終わった。ユキは子どもたちの午前の作業が終わるのを見計らった
ように出産してくれた。気にいらないと頭突きばかりしていたユキだが、子ヤギをさわって
も、みんなが出産にワイワイさわぎながら立ち会っても穏やかだった。生まれた子をすぐな
め乳を与える姿はすっかり母親のユキになっていた。
16 6年生に進級 ユキちゃんの出産ビデオを観よう
4月6日
メール配信はしたが出産に立ち会えなかった児童は多い。ビデオを撮影しておいたので、
始業式当日、みんなで観た。
【児童の作文より】・KS子~ユキちゃんは産むとき、すごい低くてこわい声を出していま
した。今まで聞いたことがない鳴き声でした。かわいそうで、子ヤギを産むってたいへん
だなと思いました。
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・KN男~ぼくはこれを見て生き物の生まれるときは感動するなあと思いました。ぼくのお
母さんもこんな苦しんで産んだんだろうなあと思いました。
・KR男~生まれたあとに赤ちゃんが一生けんめい立とうとしていたとき、がんばれ、がん
ばれ!とずっと心の中で思っていました。立ったときには、やったーよくがんばったねと
思っていました。双子の赤ちゃんはユキちゃんのおっぱいをごくごく飲んでいたので、生
まれてすぐ飲めるんだととても感心しました。ぼくは赤ちゃんのオスの方が早く大きくな
ってもらいたいです。オスはどんなことがメスとちがうのかなあと思ったからです。
・IN男~ユキちゃんと交尾をしたオスヤギはもう沖縄に送られてこの世にいないそうで
す。
17 名前を付けよう
4月 10 日
全校みんなで名前を決めることにした。まずクラスからの候補を3つにしぼった。
オス~春・弥生・マーチ
メス~卯月・美桜・小雪
3月の春に生まれたことから付けたものが多いが、交尾をさせた月から考えたものや、親
の「ユキ」から考えたものもあった。いずれも子どもたちの願いがこもった名前だ。他のク
ラスからの候補も加え全校児童からアンケートをとって決定し昼の放送で全校に知らせた。
オス;白(はく)
18 子ヤギの飼い手をさがそう
メス;美桜(みお)
4月
子ヤギの父はもうこの世にいないと知った子どもたちは、この先子ヤギがどうなるのか心
配している。今回生まれた2頭の子ヤギはいずれも新しい飼い手を探さなくてはならない。
これから地元の有線と S ラジオの取材がまたある。これらのメディアを通じて新しい飼い手
を探すのも一法だが、まずは子どもたちが自分たちの力で、家庭や親戚で飼ってくれそうな
人を探す方が先だ。学年通信で呼びかけたり、子どもたちが家で話題にしたりしたが、さす
がに大きな動物である。新たな飼い主は容易には見つからなかったが、2週間ほどたってよ
うやく学区内に住む6年生児童のおじいさんがメスを、上山田の農家の方がオスを飼ってく
ださることになった。いずれも動物飼育の経験が十分な方で、安心してお譲りできそうだ。
心配は収まった。
19 文学・アニメ作品に触れる 5月 21 日~
「ユキちゃん」はお借りしているMさんが「ア
ルプスの少女ハイジ」から取ってつけた名前だ。
しかし私は原作もアニメもよく知らない。
4月末、私は「アルプスの少女ハイジ」(角
川文庫版)を読んでみた。ペーターの世話する
ヤギの中に「雪」は確かに出てきたが、ほんのわずかな扱いで最後ま
でストーリーの中心に上ってくることはなかった。病気のクララを元
気にしたのは「白鳥」という別のヤギの乳だった。原作に近いこの本
とアニメの作品は全く別の作品と考えるのがよさそうだ。
次にアニメ作品 10 巻 52 話も入手し視聴してみた。主人公のハイジが大自然の中で素直に
のびのび育っていく姿から子どもたちが学ぶことも多いと考え、給食の時間を中心に少しず
つ視聴している。6年生の子どもたちに大好評で、先回りしてレンタルを借りさっさと全部
観てしまった子もいるほどだ。
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20 ヤギの乳を飲んでみよう 5月 30 日
子ヤギの乳離れも考えて日中は親子別々に外につないでいる。昼ごろになるとユキの乳房
には乳がたまってくる。500mL ほどしぼれたのでクラスのみんなでほんの一口ずつ飲んでみ
た。ふだん世話しているユキの乳だ。子どもたちの表情は複雑だ。
【児童の日記より】・NM子~今日は帰りの会にヤギの乳を飲みました。みんな、飲むより
においをかいでいました。私ももちろんいっしょでにおいをかぎました。なんか、「よも
ぎ牛乳」の味がしました。よもぎだんごを牛乳の中に入れた感じです。飲むと最初は草の
味がするんだけど、あとからほんのりあまい味がしました。
・KM子~今日昼休みにユキの乳を当番の人がしぼって、それを帰りの会の時に飲みました。
味はくさったビスケットみたいな味で私はあまり好きな味ではなかったです。一回飲んだ
ので、一生飲みたくありません。
・WK男~今日の帰りの時間にヤギのユキちゃんのちちを飲みました。ぼくは、飲んだこと
がなかったので、どういう味か楽しみにしていました。においをかいでみたら、草の強れ
つなにおいがしました。思い切って飲んでみたら、すごく独特な味がしました。みんなは
まずいなどと言っていたけれど、けっこうおいしかったです。なれればもっとおいしくな
ると思います。
21 ヤギの乳をしぼってみたよ 5月 31 日
ユキは乳を搾られるのが嫌いだ。子ヤギが飲むのすらいや
がる。そのため地域の方からいただいた器具(鉄製のフレー
ム)に足を固定し、好物のえさを食べている間に搾る。乳を
搾り始めると、子どもたちも寄ってきて順番に搾ってみる。
ヤギの乳首は子どもの手のひらにちょうど収まるいいサイズ
だ。
【児童の日記より】・KM子~今日は少し幸せでした。なぜかというときのうより乳しぼり
がうまくできたからです。きのうはちょびちょびしか出なかったのに、今日は先生みたい
にできたのでよかったです。
・KA子~おっぱいはとってもやわらかく、あたたかかったです。またしぼってみたいです。
22 子ヤギとのお別れ会をしよう 6月 14 日
子ヤギの白と美桜は順調に育っている。オスとメスの乳離れ
の目安は、体重がそれぞれ 20kg と 18kg といわれている。お別
れ会前日の測定では白が 22.8kg、美桜が 21.2kg に達していた。
別れに際し、子どもたちは全員で作文を書いた。どの作文もた
いへんすばらしい内容だった。子どもたちにとって子ヤギと過
ごした時間がそれだけ有意義だったのだと思う。
会では、新しい飼い手を紹介し、これまでの経過を振り返り、
代表児童が子ヤギとの思い出や新しい飼い手の方へのメッセー
ジを発表したりした。子どもたちはその後、家から用意してき
た子ヤギの好物を食べさせながら、首をなでたり、ひとこと子
ヤギの耳元でささやいたりして、別れを惜しんだ。そしていよ
いよ子ヤギとの別れだ。リードを手渡し、軽トラに乗せられて
いく場面を目に焼き付けた。軽トラを長々追いかけるものもあった。
【作文発表より】・NS男
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Sさん、白をよろしくおねがいします。白はとてもやんちゃですがよろしくおねがいしま
す。ぼくと白との思い出はいっぱいありますがその中の4つをお話しします。1つ目はぼく
の指をかんだ事です、その時とてもうれしかったです。ぼくに白がなついた感じでした。2
つ目はいっしょにお散歩をしたことです。白はちょっとずつ進みました。とても楽しかった
です。3つ目は白がキャベツを食べた事でした。前までは白はキャベツを食べてくれなかっ
たのでとてもびっくりしました。4つ目はぼくの背中に乗った事です。その時とてもうれし
かったです。
Sさん、白のことはおまかせします。白を大事に育ててください。白は元気がいいので気
をつけてください。散歩やえさを十分にやってください。
【児童の日記より】・TH子~私は美桜と白にサクランボを持ってきました。
・TY子~今日の6時間目のお別れ会で、子ヤギは私たちとユキちゃんとお別れしました。
私は今日はさみしくて、昼休みずっと子ヤギといました。お別れ会になると、本当に行っ
ちゃうんだ…と思いました。飼ってくれる2人の話を聞くと安心する気持ちも出てきまし
た。家に帰ってから犬の散歩をしていると、美桜ちゃんの声が聞こえました。ユキちゃん
とはなれてしまって少しかわいそうだけど、また会いに行きたいです。
・YM子~子ヤギをトラックに乗せました。美桜がユキちゃんにむかって「メー」と鳴いて
いるのが悲しくて泣いてしまいそうでした。放課後、ユキちゃんが泣いていました。これ
からもユキちゃんを大切にしていきたいです。
23 チーズを作ろう 6月 26 日
子ヤギがもらわれていった翌日から本格的な乳搾りが始まり1日で3L 近い乳がとれた。
さっそく当初から計画していたヨーグルトやチーズ作りに取り組んだ。ヨーグルトは家で作
ってみたが子どもたちの口には合いそうもなかったので、まずチーズを作ることにした。
チーズの作り方にはいくつかの方法があるが、かんたんなのはカッテージチーズだ。乳を
いったん 80℃まで熱して殺菌し、60℃まで下がったら 200mL の乳に対して 30mL の酢を加え
ると凝固する。これをさらしなどの布に包んで漉す。漉したあと水の中で何度か振って酢の
味を洗い落とし、最後に絞ってできあがり。食べてみると臭みはあまりない。塩をわずかに
加えて練るとチーズらしくなる。200mL から 約 30g のチーズがとれた。それをみんなで持ち
寄ってタッパーに入れチーズケーキ作りまで冷蔵庫で保存した。
【児童の日記より】・KM子~今日は、待ちに待ったチーズ作りをしました。最初はできる
か心配だったけど、やってみるととても楽でした。家でもやってみたいです。早くチーズ
ケーキを作って食べたいです。
24 チーズケーキを作ろう 6月 28 日
チーズケーキにもいくつか種類がある。オーブンで焼き上
げるベイクドチーズケーキは施設の制約上難しいのでそれは
担任が代表で作ることにして、子どもたちは火を使わないレ
アチーズケーキに挑戦した。クッキーをくだきバターとから
めて台座にし、その上に砂糖・チーズ・生クリーム・ヨーグ
ルトを混ぜ合わせたものを入れ、冷蔵庫で3時間冷やしてで
きあがり。
【児童の日記より】
・TM子~今日は、チーズケーキ作りをしました。レアチーズケーキ
は、意外と元がドロッとしていて固まるのかな?と思ったけどちゃんと固まりました。家
に帰ってお家の人にあげたら、「ヤギ乳だと気づかなくて、おいしかった。」 と言ってく
- 10 -
れました。
25 バターづくりとヤギ乳をおいしく飲む方法 7月 12 日
ヤギ乳には独特の青臭い風味がある。ヤギ乳はコンディションや
えさの種類によって味がだいぶ違うようだが、最も悪い状態のもの
を子どもたちに初めに与えてしまったのが失敗だった。ヤギ乳の「復
権」のためにとなりのクラスのK先生が作ってくれたヤギ乳プリン
も、「口に入れたときはおいしいけど、後味が悪い」とすこぶる不
評だった。
毎日搾れるヤギ乳は希望する子どもが家に持ち帰っているが、希
望者はとても少ない。子どもがせっかくヤギ乳を持ち帰っても保護
者の理解・協力が得られなければ利用してもらえない。そこでヤギ乳のおいしい飲み方をイ
ンターネットでみんなで調べてみた。いろんな方法が出てきたので、7月の授業参観日に「バ
ターづくりとおいしくヤギ乳を飲む方法」の授業を試みた。
まずはバター作りだ。500m L のペットボトルに 100mL ほどのヤギ乳を入れ、何回も何回
も振る。ひたすら振る。こうすることによってバターが分離するのでそれをキッチンペーパ
ーで漉してバターを分離しこれを食パンに塗って食べてみた。
次においしく飲む方法だ。子どもたちはカルピスやミロ・ミルメーク・シロップ・サイダ
ー・コーヒーなど思い思いの材料を家から持ち寄り、乳に混ぜて親子で試飲した。まずまず
のできだった。この授業の後は、乳を持ち帰る子が増えた。家の人の理解も少し高まった気
がする。
チーズにすると8割が無駄になる。カルピスなどを入れると糖分の取り過ぎでかえって不
健康な体を作ることにもなりかねない。やはりヤギ乳はストレートで飲むのが一番だ。
【児童の学習カードより】・TM子~味付けなしでも甘くておいしかったです。作戦1のカ
ルピスは大成功!すごくおいしかったです。Aさんのヤギ乳カフェオレもすごくおいしか
ったです。
・WK男~ミルメークで飲みました。前よりは少しおいしくなった気がした。お父さんはそ
のままの方がおいしいと言っていました。
Ⅲ 研 究 の まとめ
1 これまでの学習の考察
ヤギの学習が始まって1年4か月がたった。当初思いえがいた学習活動は、運良く一通り
体験することができた。これまでの活動を環境学習の視点で考察してみたい。
(1) 自然と関わることができた
世話の第一はえさ集めだ。家で出る野菜くずを基本に、家の周りの雑草や樹木の葉を、と
きには家の遠くまで足を伸ばして子どもたちは採ってきてくれた。ヤギにも好みがあり、必
ずしも全部食べてくれるわけではなく、苦労が報われないこともあったし、食べさせてはい
けない毒草があることも知った。クワやクズなど植物の名も少しずつ覚えてきている。
(2) 動物に対する理解が深まった
世話の第二はフン尿の始末や散歩などだ。ヤギのフンは粒状でどこででもする。ヤギは人
類の歴史の中で2番目に家畜化した動物らしいが、野生動物としての性質も強く残しており、
力も強い。散歩は子どもたちにはとてもたいへんな作業で、男子2人がかりでやっとのこと
もある。せっかく世話をしているのに気にくわなければ頭突きもされる。子どもたちは動物
のたくましさ、力強さやその性質を身をもって体験できた。
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(3) 命のいとなみに立ち会えた
生物の命をつなぐ神聖な行為としての交尾や出産に立ち会った子どもたちは、目の前ので
きごとを先入観なくありのままに受け入れた。誕生で苦しむ母ヤギをみて、自分を産んでく
れた母の苦しみを想像する子もいた。子ヤギは誕生後ほどなく立ち上がり、驚異的な早さで
成長し乳離れしていくことも知った。性や命をまじめにとらえ、今後の自分の人生としっか
り向き合っていってくれればと願っている。ヤギの親子が別れる時かなしむ姿を見て、人間
の気持ちを重ね合わせていた子も多かったように思われる。
(4) 家畜と人間との関わりを知った
子ヤギのオス親は交尾後その役割を終え肉として人間に消費されたことを知り、子どもた
ちはショックを受けていた。家畜と人間との関わりの現実を子どもたちは知った。
(5) 自然の恵みを受ける
ユキが自分の体を削って出してくれている乳を、飲むだけでなく、バターやチーズに加工
して利用することで自然の恵みを感じることができた。
環境学習以外の視点からも多くのことが学べた。えさやりからフン尿の始末などの世話を
通して勤労のたいせつさや、大型動物のたいへんな世話を通して友だちと協力することのた
いせつさを学び、コンクリート打ちや小屋作り・米作りなど多くの体験ができた。また、一
生けんめい活動していると地域や保護者の方がいろいろと協力してくれ関わりを持つことが
できたこともありがたかった。
2 ヤギを飼う意味
環境問題と並んで今世界的な問題の一つに食糧問題がある。たとえば牛肉生産には大量の
小麦やトウモロコシなどの飼料が必要で、牛肉消費の急激な拡大は飼料の高騰を招き、その
ために途上国の人々が飢えて死んでいくという現実がある。しかしヤギのえさは雑草ですみ、
基本的には人間の食料とは競合しない。アレルゲンが少なく栄養価の高い乳をだし、フン尿
は良質の堆肥となり、最後には肉を提供してその役割を終える。おとなしくて病気に強く世
話もそれほどたいへんではないとても飼いやすい動物だ。
日本はかつて、どこでもヤギが飼われていた。人の母乳の出が悪かったためにヤギ乳を飲
んで育ったという人は数え切れない。生活様式の変化から、昔のヤギがいた頃の生活にその
ままもどることは考えられないが、ヤギがいる生活から学ぶべきことは多いはずだ。日本で
はヤギの飼育数が年々減少しているが、世界的には増えているという。ヤギは今後ますます
深刻になるであろう食糧問題を解決する一つの手段になるかもしれない。
3 反省・感想
子どもたちはさまざまな活動をしてきたが、たいていのことは教師からの発案であった。
子どもたちは一生けんめい取り組んでくれたが、もう少し彼らの主体性や自発性を生かせる
取り組みができたらよかった。
今回の一連の学習は、私自身にとっても多くのことが初めてであった。初めて学び、初め
て体験することにとまどいや失敗はつきものだったが、その分楽しかった。初めてのことに
挑戦することは労力も必要だがやりがいもある。
今も毎日、朝夕の乳搾りと乳の殺菌、えさ集めに1時間以上がかかる。負担は決して小さ
くないが、ヤギはまさに「癒やし系」の動物だ。その平和でのんびりした顔つきは見ていて
飽きることがなく、いやなことがあっても忘れさせてくれる。これからも子どもたちと、ヤ
ギのいる生活を楽しんでいきたい。
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