海上コンテナトラクターにおける全身振動と健康との関連 安達 晋吾・池田 幸司・國友 健生・田畑 浩・千原 孝志 永山 真也・西井 洋一・松島 暁・守時 通演 1. 背景・目的 1-1. 背景 1983 年本学予防医学講座によって、海上コンテナトラクター運転手の全身振動測定及び健康調 査が実施され、運転中の全身振動と運転手の腰痛との関連性が指摘された。その結果、全日本港湾 労働組合のトラクターメーカーへの働きかけにより、トラクターのサスペンションにエアサスペン ションが導入され、1992 年の 2 度目の測定・調査において、振動値の減少と腰痛の軽減が確認され た。 1-2. 目的 1) 海上コンテナトラクターの運転席での全身振動測定を行い、過去 2 回の測定値と比較し、現 状の振動値を評価する。 2) ISO2631(1997)健康影響の評価を用いて振動値の評価を行い、振動曝露時間の許容値を求 める。 3) 測定したトラクターの積載条件による振動値の差を比較、検討する。 4) 得られた結果(振動値、健康調査結果)から、運転者の健康増進を図るための改善案を提示す る。 2. 測定対象及び条件 2-1. 測定対象車輌 対象車輌を阪神湾岸地域にて使用されている、国内 4 社(三菱ふそう、いすず、日野、日産 ディーゼル)と海外 2 社(ベンツ、ボルボ)の海上コンテナトラクター各1台、ヘッド、シャ ーシ(2 軸、3 軸)、コンテナ長(20ft、40ft)などの積載条件別に測定した(図 1~3 参照) 。 また、測定対象とした走行ルートは、主として大阪南港のかもめ大橋とし、他には阪神高速湾 岸線、神戸ポートアイランドである。また、対照として、乗用車(トヨタマークⅡ)を測定し た。 図1 2 軸・20ft トラクターの外観 図2 3 軸・40ft トラクターの外観 コンテナ(20ft,40ft) ヘッド シャーシ(2 軸,3 軸) 図 3 ヘッド、シャーシ及びコンテナ 2-2. 測定方法 1) 図 4 に示すような測定システムを用いて測定した。すなわち、座席用振動ピックアップ(リ オン製 PV62)を運転席の席面に設置し、その振動データ(上下、左右および前後方向)をア ンプ(リオン製 XW-10)により増幅して記憶装置(TEAC 製 DR-C2)にて PC カードに保存 した。 またハンディ GPS(SONY 製 PCQ-GPS3S)を用いて時刻および位置を測定、記録した。 2)測定中、同乗者は手書きにて走行状況の変化等を時刻とともにノートに記録した。 シガーソケット コンバーター(24V→12V) 変換機(型番なし) スイッチ 座席スイッ X Z 記憶装置 TEAC 製 Y アンプ リオン(株)製 XW-10(特注) 12V 動作 座席用振動ピックアップ リオン(株)製 電池 BOX(6V) 図 4 測定システム概略図 2-3. 解析方法 解析は PC カードに記録した振動データの再生信号を Labview5.0(National Instruction Inc.) を用い、パソコンで構築した振動感覚補正回路を介して振動レベルに変換した。ISO2631(1997) に基づく。 2-4. 解析評価法 全身振動とは、下肢、殿部および腰部を伝わって全身に伝搬する振動であり、海上コンテナト ラクター運転手が受ける振動も全身振動に含まれる。このような振動が人体に加わった場合、そ の振動の強さに応じて、全身の臓器に様々な影響が及ぶ。その影響が好ましくないときには不快 感が生じ、時間と共に疲労が起こってくる。 振動の強さとその影響の関係から、振動の曝露限界を設定する研究が行われ、1974 年に ISO(国 際標準化機構)は「全身振動曝露の評価に関する指針」を決め、これが今日国際的に統一された 唯一の評価基準として用いられている。1997 年度に改正された ISO の基準には次に示した 3 種 類がある。 1) 作業能率の保持を目的とした基準(疲労・能率減退境界) 2) 健康や安全の保持を目的とした基準(曝露限界) 3) 快適性の保持を目的とした基準(快適減退境界) また、1)、2)、3)それぞれに上下・前後・左右方向の振動基準がある。 労働現場での振動の問題を扱うのには、上記 1)の「疲労・能率減退境界」が用いられる。振 動の大きさがこの限界を超えると、作業能率が悪化し、疲労によって人間の機能も低下するとい うもので、今回の調査も、この基準に従って評価を行った。すなわち、 1) x 軸(前後)、y 軸(左右)、z 軸(上下)の 3 方向の振動データそれぞれについて、0.5~400Hz を 30 個の周波数(1/3 オクターブバンド)にわけ、その周波数ごとの加速度 ax,f(例として、x 軸、周波数 fHz における加速度)に weighting〔ISO2631(1997)が定めた kf を乗する〕を施し、 以下の式に従って、ある時間 t の加速度 ax(t)を得た。 a x (t ) = ∑ (k f ⋅ a x, f ) 2 2) 記録時間(測定車輌に同乗した学生が記入したもの)および GPS データをもとにして、ある 一定の条件(ヘッド、シャーシなど)の時間におけるデータを切り出す。また、その時間にお ける加速度の平均値 ax を以下の式により得た。 ax = 1 T 2 a x (t )dt T ∫0 但し、T はある条件(ヘッド、シャーシなど)の継続する時間である。 3) 1)、2)の計算により、ISO2631(1997)の Health Evaluation の定める vibration total value av を以 下の式より得た後、ISO2631-Health Evaluation のグラフから、許容振動曝露時間を得た。 1 2 2 z av = (k ⋅ a + k ⋅ a + k ⋅ a ) 2 x 2 x 2 y 2 y 2 z (但し、kx、ky、kz は ISO2631(1997)の Health Evaluation に適用される定数で、kx=1.4、ky=1.4、 kz=1.0 である。) 3. 結果 図 5 において、3 つの道路条件(阪神高速、かもめ大橋、一般道)における、az(上下方向加速度)の値 の時間的変化の例を示す。阪神高速では、変化の幅が小さく、かもめ大橋や一般道では大きな値をとるこ ともあるが、平坦部では 3 条件ともほぼ同程度であることがわかる。 上下方向加速度 az(m/s 2 ) 1.6 阪神高速 かもめ大橋(往路) 一般道 1.4 1.2 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 0 5 10 15 20 25 30 時間(秒) 図 5 道路条件による上下方向加速度 az の時間的変化(三菱ふそう社、ヘッド走行時) 図 6 に測定年別の前後方向加速度 ax、上下方向加速度 az の値を示す。図 6 のグラフにおいて、1983 年度の データはグラフ右側の 5 点で、順に 1992 年度、2001 年度の点と結んでいる。また、時間の表示とともに 区切った領域は 1992 年度評価時に用いた ISO2631 の FDP(曝露限界時間)を示している。1992 年度と 2001 年度は同じ領域内に収まっており、振動レベルに差が少ないことがわかる。 上下方向加速度 az( m/s2) 0.8 三菱ふそう社無積載 92 150min> 01 0.6 三菱ふそう社積載 240min> 83 0.4 日産社積載 480min> いすゞ社無積載 92 0.2 いすゞ社積載 01 自家用車 0.0 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 前後方向加速度 a x ( m/s 2 ) 図 6 測定年別の前後方向加速度、上下方向加速度の値の変化 表 1 に、メーカー別積載条件別 vibration total value av の値を示す。また、測定した積載条件が比較的揃っ ている 2 社(三菱ふそう、ボルボ社)について、図7において積載条件別の av の値を示す。また、図 8 に おいて、ヘッドの条件におけるメーカー別の av の値を示す。 ここから、表 1 および図 7 からほとんど全てのメーカーにおいて、ヘッドにおける av 値が他の条件より も高い値となった。また、他の条件(シャーシ、空バン、実入り)同士においては、明確な大小関係は見 られなかった。図 8 から、外国製のトラクターの方が日本製よりも av の値が低いことがわかる。 積載条件 調査日 メーカー シャーシ 空バン 実入り ヘッド 2 軸 2 軸 3 軸 2 軸 2 軸 2 軸 2 軸 3 軸 20ft 40ft 40ft 20ft 40ft 20ft 40ft 40ft 8 月 6 日 三菱ふそう 8月7日 いすゞ 0.97 1.12 0.88 0.78 0.73 0.77 0.73 0.89 0.86 0.67 8月8日 8月9日 日野 日産 0.80 0.94 0.76 0.95 8 月 20 日 11 月 7 日 ベンツ ボルボ 0.88 0.78 9 月 19 日 乗用車 1.06 0.92 0.71 0.76 0.71 0.72 0.71 0.69 0.33 表 1 メーカー別積載条件別 vibration total value av の値 (但し、空欄は測定していないことを示す) 許容曝露時間(h) 最短 最長 >6 18 4 12 3 9 2.3 7 2 6 1.8 5.5 ヘッド 空バン(20ft, 2軸) 空バン(40ft, 2軸) 実入り(40ft, 2軸) 三菱ふそう社 ボルボ社 実入り(40ft, 3軸) 0.50 0.60 0.70 0.80 0.90 2 vibration total value a v (m/s ) 図 7 積載条件別 vibration total value av の比較(かもめ大橋往復平均) 1.00 許容曝露時間(h) 最短 最長 ボルボ社 0.75 ベンツ社 0.90 三菱ふそう社 0.97 いすゞ社 1.01 日野社 1.05 日産社 1.10 自家用車 0.31 0.0 > 24 9 27 4 12 2.3 7 1.8 5.5 1.1 3.5 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 2 vibration total value a v (m/s ) 図 8 メーカー別の vibration total value av の比較(ヘッド走行、かもめ大橋往復平均) 4.考察 図 5 より、かもめ大橋、一般道、阪神高速湾岸線における海上コンテナトラクターによる全身振動の特 徴がよく現れている。阪神高速では、全体的に大きな振動はなくほぼ一定な上下方向加速度 az を示した。 一般道では、場所により路面の凹凸やマンホールなどの影響で大きな az を示すことがあった。また、前回 (1992 年)の調査で振動が大きく問題となっていたかもめ大橋に関しては、一般道と変わらぬ低い振動を 示した。ただし、かもめ大橋の道路接合部分では大きな振動があった(グラフ両端部分)。これらのことか ら、かもめ大橋、一般道、阪神高速湾岸線ではそれぞれ特徴的な振動パターンを示すが、全体としては同 程度の az を示すため、今回測定した道路に関しては路面の違いによる影響はないと考えられる。 図 6 より今回の振動値は、1983 年よりは大幅に振動量が少ない(曝露限界時間が上昇した)が、1992 年 並みのレベルであった。前々回の時点で海上コンテナトラクターは主に板バネを使用していたが、前回か らはエアサスペンションが導入され大幅に改善されたが、今回は予想通りに前回と同程度の振動レベルで あった。 図 7 では三菱ふそう社とボルボ社で積載条件による振動を比較したが、ヘッドのみの状態では他の積載 条件に比べて高い振動値を示した。これは、ヘッドのみではバランスが悪く、後ろにシャーシ、コンテナ が付くと、安定性を増しバランスがよくなるものかと思われる。表 1 からも今回測定を行った全てのメー カーの海上コンテナトラクターにおいて、同様の傾向が見られた。これらの結果から、ヘッドのみの走行 よりシャーシなどを接続した上で走行するほうが全身振動による影響を受けにくくなることがわかった。 図 8 より、かもめ大橋をヘッド走行したときの往復の平均振動値を求めたところ、メーカー間で大きな av の差が見られ、特に外国製の海上コンテナトラクターの方が日本製のものと比べて低い値を示したこと が注目に値する。しかし外国製特にボルボ社の測定値は低いとはいえ、自家用車の測定値にははるかに及 ばないものとなった。ISO2631(1997)の許容振動曝露時間を参照すると、ボルボ社製の振動許容曝露時間 がはじめて 7 時間を越えたということもあり、やっと実務上問題ないレベルに達したということがいえる。 また、ヘッド走行ではなくシャーシやコンテナを積んだ上で走行した場合、さらに振動が抑えられると期 待できるため、さらに許容時間が増えることが予想される。 1994 年に起こった阪神大震災の復興事業の一環として道路が再舗装され、さらに今回の測定対象とした かもめ大橋も一年前に再舗装されており、道路別の振動にさほど差異がなくなっている。また尼崎騒音公 害訴訟をきっかけに、阪神間の走行には下道ではなく阪神高速湾岸線を使用するようになった。このよう に前回測定時と比較しても、道路に関する状況は一変しており、同じ場所を走行しても全く同じ結果にな るとは限らない。また、技術の進歩とともにサスペンション周りの状況も板バネからエアサスペンション へと確実に改善している。2001 年 3 月実施の健康実態アンケートより、腰痛の数は僅かながら減少してい る。また、その中でも、トラクターの形式が新しいものを使用している運転手ほど腰痛が減少していると いう事実がある。ここからは、トラクターの振動に対する改善はなされて続けていると思われる。ただ、 今回の全身振動測定から日本車の振動は外国車に比較して大きいことが示されたが、自家用車の技術を考 慮しても、日本の海上コンテナトラクターの製造技術が外国に劣っているとは考えにくい。ではなぜ日本 車の方が外国車より振動が大きくなる傾向を示したのだろうか?現在の日本において、海上コンテナトラ クターの開発は、メーカーの自由競争のみにまかされており、法による規制はない。また、基本的にメー カーは自家用車でも海上コンテナトラクターでも購買者のニーズに応えて開発をしている。このような規 制のない状況下で直接の購買者である運送会社が安価な車を望み、価格競争が起こった結果として、運転 手が振動で天井に頭をぶつけるような劣悪なトラクターが製造されたのだろう。つまり、運転者に対する 振動削減の開発に、充分な技術力を注がれてこなかった、あるいは振動を削減する技術はあるものの製造 コスト削減によるあおりをうけた、ということが考えられる。一方、ヨーロッパでは厳しい法規制が存在 し、改善を繰り返すことによって日本のトラクター以上に運転者に対する振動軽減がなされている。その ような状況を踏まえ、日本でも運転者に対する振動削減をすすめるためには、やはり法規制が必要である と考えられる。 また、積載条件別の振動量比較から、ヘッド状態での長時間の運転は避けるべきということを別の改善 策として挙げたい。これについて阪神港湾労働組合ではすでに自主規制を行っている。この自主規制が全 国的に広がることが理想的であるが、そのためには、この件についても法規制があることが望ましい。ヘ ッドにシャーシあるいはコンテナを積載すれば、その分燃費、占有面積等などの面で振動削減とは相反す る結果になるため、実行は意外に難しいかもしれない。 また、法規制という枠組みをつくり、作業や環境の改善を図るだけでなく、健康教育などの啓蒙活動も 推進し、これによって国民の産業労働に対する意識を高めることが必要である。 5.結論 ・現在導入されているトラクターにより、腰痛発生は十分減少は期待できる。(1 日 8 時間以上の運転 では、新たに発生する可能性が無いとは言えない。) ・必要以上に、ヘッド状態での長時間の運転は避けるべきである。(連続運転をなるべく避け、適度な 休憩を入れる。) ・法規制や自由競争を促すことにより、欧州メーカーが実現している振動レベルを、日本メーカーも目 指すべきである。 参考文献 1) 中田 実、西山 勝夫.海上コンテナ・トラクタ運転労働と腰痛-腰痛等の発症の人間工学的要因の検 討-.産業医学 1988;30:28-48. 2) 西山 勝夫、垰田 和史、渡部 眞也.海上コンテナトラクタの人間工学的評価.日本人間工学会第 34 回大会(名古屋、1993). 3) K. Nishiyama, K. Taoda, T. Kitahara.A decade of improvement in whole-body vibration and low back pain for freight container tractor drivers.Journal of Sound and Vibration 1998;215(4):635-642. 4) ISO 2631-1 second edition.Mechanical vibration and shock –Evaluation of human exposure to whole-body vibration– 1997 5) H・デュピィ、G・ツェレット著、松本 会 1989. 忠雄、岡田 晃 他訳.全身振動の生体反応.名古屋大学出版
© Copyright 2024 Paperzz