おもな活動報告 - 慶應義塾大学スポーツ医学研究センター

Sports Medicine Research Center, Keio Univ.
11
慶應義塾大学スポーツ医学研究センター
ニューズレター 第 11 号
No.
[2012 年 9 月発行]
おもな活動報告
意を促していますが、それだけでは改善がみられず、翌年には
7 月 国民体育大会神奈川県代表選手健康診断
(5 〜 8 月約 100 名)
た積極的な介入、指導の必要性を感じています。またヘモグロ
貧血が進んでいる例が少なくなく、競技特性や活動量を考慮し
体育会蹴球部・重量挙部・高校蹴球部体脂肪率測定
レーシングドライバー メディカルチェック
教職員を対象とした運動教室(4 〜 9 月)
日本大学陸上競技部最大酸素摂取量、乳酸値、体脂肪率
測定
ビンは十分量を満たしていても、血清鉄値が低下している「貧
血予備軍」
(男 Fe<50 μ g/㎗、女 Fe<40 μ g/㎗)が男子 36
名(5.2%)女子 27 名(10.3%)に見られ、このまま放置すれば
貧血に進む可能性があるとして食事での鉄分摂取を心がけるよ
う文書で注意を促しました。
8 月 モトクロス選手体力測定
貧血関連以外の項目では、当センターの再検査基準により、
9 月 東京家政大学学生体脂肪率測定
法政大学第二中駅伝選手メディカルチェック
安静後の再検査を行います。多くは基準値に落ちつき、運動に
強くなるためのスポーツ医学基礎講座「下肢のスポーツ
よる一過性の高値と考えられましたが、再検査でも改善がみら
障害、その予防と治療」など
れず他の医療機関を紹介した 1 例がありました。
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ピ ッ
ク
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今回の検査では、軽度を含め鉄欠乏性貧血であった 11 名の
うち 8 名が活動レベルの高い持久性競技(ハンドボール、ボク
体育会学生を対象とした血液検査のご報告
シング、ラクロス、ホッケーなど)部に所属しており、3 名は
スポーツ医学研究センターでは、「2012 年度体育会学生を対
弓道や合気道など比較的活動量が低い部活動に所属していま
象とした血液検査」を 6 月 4 日、5 日、7 日、8 日の 4 日間で
す。運動選手の鉄欠乏性貧血は、鉄の需要と供給のアンバラン
実施しました。これは、塾内のスポーツ選手が安全にスポーツ
スから生じ、運動量に見合った食事量が摂れていないことで慢
に取り組み、そして最高のパフォーマンスを発揮することを目
性的に鉄供給が不足していることや、発汗による鉄の喪失や運
的に、スポーツ医学研究センターが開設当初より継続している
動時の足底部への強い衝撃による溶血で鉄需要が増えているこ
サポート業務のひとつです。この検査は、貧血関連項目として
とが原因と考えられます。とくに昨今見受けられる栄養素の不
末梢血(白血球数、赤血球数、ヘモグロビン量、ヘマトクリッ
足したバランスの悪い食事では貧血のリスクが高くなると考え
ト値など)と血清鉄値のチェックを行い、肝機能を中心とした
られます。貧血は、運動中に息が上がりやすい、記録が落ちる
生化学項目(GOT、GPT、CK、LDH)のチェックも行います。
など持久力の低下を引き起こし、持久性競技では大変不利益で
本年度は、36 部(男子部、女子部を別として)計 959 名(う
す。その場合は、食事や鉄剤で体内鉄量の不足を補い、血中ヘ
ち男子 696 名、女子 263 名)の希望者に対して血液検査を行い
モグロビン量を増加させ貧血を治療すれば競技成績の改善がの
ました。このうち、貧血関連項目が基準値を満たし、当センター
ぞめます。4 年間の競技生活を充実したものにするために一年
の判定基準で、貧血に関して「異常は認められない」と判定さ
に一回の定期的なチェックは大切です。その一方で、活動量の
れた学生は男子 648 名(93%)女子 226 名(86%)でした。
「鉄
あまり高くない部活動での貧血も毎年途絶えることがなく、こ
欠乏性貧血の治療を要する」(男 Hb<12.5㎎ /㎗かつ Fe<50 μ
れは、大学入学前に運動経験がない、食事量が少ないことなど
g/㎗、女 Hb<11.0㎎ /㎗かつ Fe<40 μ g/㎗)と判定された学
生活習慣の問題や、女子学生の場合は月経による出血量が多い
生は女子が 6 名(2.3%)であり男子は該当者がいませんでした。
ことなどいわゆるスポーツ性貧血とは異なる原因を併せ持って
この 6 名については、報告書により呼び出し、当センター医師
いる場合が少なくなく、自覚症状も乏しいため、入部時のなる
の面談を行い、保健管理センターでの鉄剤処方、または近医へ
べく早い段階でのチェックの必要性を感じます。
の紹介、そして保健師による食事を含めた生活習慣の改善を指
貧血に関する教育活動は、体育会学生向け教育プログラム
導しています。投薬治療までは必要としない「軽度の鉄欠乏貧
「強くなるためのスポーツ医学基礎講座」の「スポーツと貧血」
血」
(男 12.5 ≦ Hb<13.5㎎ /㎗かつ Fe<50 μ g/㎗、女 11.0 ≦
を行い、
「スポーツと栄養」ではスポーツ選手に必要な食事量、
Hb<11.5㎎ /㎗かつ Fe<40 μ g/㎗)と判定された学生は男子 4
栄養バランスについて講義しています。今後も塾内スポーツ選
名(0.6%)女子 1 名(0.4%)でした。この軽度鉄欠乏貧血者
手が安全に充実した競技生活を過ごせるように、サポート体制
については、食事での鉄分の摂取を心がけるよう、文書にて注
を整えていきたいと思っております。
特集
全身振動刺激(Whole-body Vibration)
を
利用したトレーニングの効果
研究紹介
慶應義塾大学スポーツ医学研究センター研究員
大澤祐介
背景
全身振動刺激(Whole-body Vibration)を利用するとトレー
ニング効果が得られやすくなるか?
図 1 Whole-body vibration を
利用したトレーニング例
1. レジスタンス・トレーニングを行うことの必要性
加齢や不活動による筋萎縮は、日常生活での活動制限や姿
勢の悪化などの原因になる。その対策に、身体に負荷をかけ
て筋機能(筋力、筋パワー、筋持久力及び筋量)を高める
ことを目的とするレジスタンス・トレーニング(Resistance
training, RT)の実施が推奨されている(Ratamess et al. Med
Sci Sports Exerc, 2009)。
2. WBV を利用したトレーニング方法
RT には多数の運動方法があり、枚挙に遑がない。しかし、
科学的に効果が検証された運動方法に限定すると数少ない。
図 2a WBV なしでスクワットを行っている最中の筋活動量
近年、WBV を利用した RT が関節に負担が少ないことから、
図 2b WBV を利用しながらスクワットを行っている最中の筋活動量
低体力者への導入、リハビリテーション用の運動として欧米
諸国を中心に普及している(図 1)。特に、運動習慣のない者
プレートが発生する加速度が負荷となることだ。現在広く普及
や高齢者が当該運動方法を行うことで、筋力及び筋パワーが
している RT では、ダンベルやバーベルなどの器具を負荷とし
向上すると期待され、注目を集めている(Rehn et al. Scand J
ている。一方、WBV を利用した RT では、プレートが発生させ
Med Sci Sport, 2007)。また、高齢者が WBV を利用した RT
た垂直方向の加速度が負荷となる。なお、WBV 専用機器は数多
を行うことによって、大腿部の筋横断面積が増大したという
くあり、機器及び周波数・振幅の組み合わせによって加速度は
報 告 も あ る(Bogaerts et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci,
大きく異なる。スポーツ医学研究センターに設置している WBV
2007; Machado et al. Scand J Med Sci Sport, 2010)。
専用機器の加速度を計測した結果を表 1 に示す。
WBV を 利 用 し た ト レ ー ニ ン グ 方 法 の 特 徴 は 主 に 2 点 あ
WBV を利用した RT に関する学術論文は、2005 年頃から
る。第一の特徴は、WBV を身体に付加することで、筋活動
毎年 10 篇以上国際誌に掲載されている。しかし、現在までに
量が増加することだ。WBV を利用しながら運動を行ったと
WBV を利用した RT には、標準化されたプログラムは未だ確
き、WBV なしで同一運動を行ったときと比べて、より高い
立していない。そのため、運動効果は一致した見解に至ってい
筋活動量が生じることは複数の研究グループが報告している
ない(Nordlund et al. Scand J Med Sci Sport, 2007;Rehn et al.
(Abercromby et al. Med Sci Sport Exerc, 2007; Roelants et al.
Scand J Med Sci Sport, 2007)
。例えば、プレート上に乗って
J Strength Cond Res, 2006)。この筋活動量の増加は、WBV
いるだけでも筋力などが向上するのか、または何らかの運動と
を身体に付加したとき、固有受容器(筋紡錘など)が振動刺
組み合わせなければ筋力などは向上しないのかについても一致
激を感知して、WBV の周波数と同期した筋収縮活動が生じる
していない。また、WBV を利用しながらトレーニングを行う
(この現象は、緊張性振動反射 tonic vibration reflex と呼ばれ
場合、WBV の有無、それぞれの条件で同一運動プログラムを
ている)ことが主たる機序と考えられている(De Gail et al. J
行ったとき、WBV によって上乗せされるトレーニング効果の
Neurol Neurosurg Psychiatry, 1966; Hagbarth et al. Brain Res,
程度および運動中断後の影響は明らかではない。
1966)
。我々でもスクワット運動中の筋活動量を測定したとこ
そこで、我々は、運動習慣のない健常成人を対象に、WBV 利
ろ、先行研究と同様の結果を得ている(図 2)。
用の有無によって、どの程度トレーニング効果の発現に違いが
第二の特徴は、WBV を利用したトレーニングでは、専用の
あるかを検証した。特に、本研究では、WBV を利用することで
表 1 WBV プラットホームの加速度
表 2 WBV を利用したトレーニングによる筋力および筋持久力への効果
得られる筋機能に対するトレーニング効果の効率性及び運動を
中断した場合のトレーニング効果の持続性に着目して検討した。
研究 1
1. 研究の目的
12 週間の WBV を利用した自重の RT プログラムが除脂肪
表 3 WBV を利用したトレーニングによる体重および除脂肪量の結果
量及び筋力に及ぼす影響を検討する。
2. 方法
研究デザイン : 運動習慣のない健常男女 18 名(27.3 ± 5.2 歳)
を対象に、12 週間の WBV を用いた RT プログラムによる除脂
肪量及び筋力への効果を検討する無作為化比較試験を実施した。
対 象 者 を WBV 下 で RT を 実 施 す る(VT) 群、 ま た は
WBV なしで同一 RT を実施する(Control, CON)群の 2 群に
無作為に割付けた。運動内容は、監督下にて 1 回 40 分、週 2
日下肢及び体幹を中心とする自重による 8 種目の RT を実施
した。両群ともに介入期間中、運動時間は 1 セット当たり 30
秒間で固定した(インターバルは 60 秒間)。なお、WBV 群では、
介入期間を通して振動の周波数(30–40Hz)によって負荷を
漸増させた。介入前後に、二重エネルギー X 線吸収法による
除脂肪量計測及び下肢・体幹筋の筋力計測を行った。
量、筋力、筋パワー、及び筋持久力への効果を検討する無作為
3. 結果
化比較試験を実施した。
自重による運動では、除脂肪量及び筋力に対する WBV の
対象者を WBV 下で RT を実施する(RT-WBV)群、または
上乗せ効果は生じない。
WBV なしで同一 RT を行う(RT)群に無作為に割付けた。運動
いずれの測定項目においても、VT 群と CON 群との間で有
内容は、監督下にて 1 回 60 分、週 2 日下肢及び体幹を中心とす
意差を認めなかった(表 2, 表 3)。本研究結果より、自重の運
る計 8 種目を実施した(図 3)
。両群ともに 介入期間中、ゆっく
動または振動の周波数による漸増負荷では、WBV による上乗
りとした動き(例えば、スクワットでは 4 秒かけてしゃがみ、4
せ効果は生じないことが示唆された。
秒かけて立ち上がり、膝を伸ばしきらないところで 2 秒維持する
リズムで行った)を 1 セット 8 回繰り返した(うち 2 種目は、そ
研究 2
れぞれ 64 秒と 48 秒)
。なお、両群ともにセット数(1 セットか
ら 2 セット)または荷重(女性、
自重から体重の 30% 相当の荷重 ;
1. 目的
男性、
自重から体重の 45% 相当の荷重)によって負荷を漸増した。
13 週間の WBV を利用した RT が、筋肥大、筋力、筋パワー及
介入前及び 13 週間の運動終了後に核磁気共鳴撮像法(MRI)
び筋持久力に及ぼす影響とトレーニング中断後の影響を検討する。
による腹部筋横断面積(L4-5)を計測した(図 4)
。また、
介入前、
7 週間後、13 週間後、
及び全運動期間終了から 5 週間後に、
等尺性・
2. 方法
等速性膝伸展筋力、等尺性背筋力、および垂直跳び高を測定し
研究デザイン : 運動習慣のない健常男女 33 名(36.8 ± 9.1 歳)
た。加えて、介入期間中の日常生活を評価するために、加速度
を対象に、13 週間の WBV を利用した RT プログラムによる筋
計による身体活動量の評価及び質問紙による栄養調査を行った。
図 5 WBV を利用し
図 3 Whole-body
たトレーニング
vibration を利用し
による体幹筋横
たトレーニング例
断面積の結果
図 4 核磁気共鳴撮像法を
用いた体幹筋横断面
積の評価
図 6 WBV を利用し
ES, 脊柱起立筋 ; IABD, 内
たトレーニン
外腹斜筋、腹横筋 ;MF, 多裂
グ終了後のパ
筋 ;PS, 大腰筋 ;QL, 腰方形
フォーマンスへ
筋 ;RA, 腹直筋
の影響
3. 結果
軽い荷重をかけて、ゆっくりとした動きの運動をしたとき、筋
を用いた RT を行うことで、効率的に筋機能(特に、筋量、筋
肥大、筋力及び筋パワーに対して WBV の上乗せ効果がある。し
力及び筋パワー)を改善できることが示された。ただし、研究
かし、短期間の運動中断によって得られた効果は減衰しやすい。
1 及び 2 の結果より、WBV の効果は運動内容に影響されると
13 週間の運動終了後、等尺性膝伸展筋力、短縮性膝伸展筋力、
考えられる。つまり、WBV を利用した運動を考える際には、
等尺性背筋力及び垂直跳び高は、RT-WBV 群のほうが RT 群
運動時間を長めに設定することないし荷重を用いて負荷を漸増
よりも高い改善を認めた。
することが必要だと考えられる。また、WBV を取り入れるこ
大腰筋横断面積が RT 群では +3.8% 増大に対して、RT-WBV
とで、従来の RT より効率が良いが、その効果の持続性は短い
群では +10.7% 増大した(図 5)
。また、RT-WBV 群のほうが等
可能性を加味する必要があるという結論に至った。
尺性膝伸展筋力、短縮性膝伸展筋力、等尺性背筋力、および垂
直跳び高において、より高い改善を認めた。
参考文献
しかし、運動終了から 5 週間経過後と 13 週間終了直後を比
較すると、RT-WBV 群のみ膝伸展筋力が− 11.5%(等尺性膝伸
1)Osawa, Y and Oguma, Y. Effects of combining whole-body vibration
展筋力)
、− 19.9%(短縮性膝伸展筋力)と有意に低下した。一
with exercise on the consequences of detraining on muscle performance in
方、
RT 群では、
いずれの測定項目でも有意差はなかった(図 6)
。
untrained adults. Journal of Strength and Conditioning Research(in press).
以上より、長めの運動時間または荷重による漸増負荷を取り
2)Osawa, Y and Oguma, Y. Effects of resistance training with whole-
入れたプログラムを利用することで、大腰筋に対する筋肥大、
body vibration on muscle fitness in untrained adults. Scandinavian
体幹筋と下肢筋群の筋力及び筋パワーへの WBV の上乗せ効
Journal of Medicine & Science in Sports 2011(ahead of print)
果が生じる可能性が示された。一方で、運動を中断した場合、
(doi:10.1111/j.1600-0838.2011.01352.x). WBV なしで行う RT と比べて早期にトレーニング効果が減衰
3)Osawa, Y and Oguma, Y. Effects of whole-body vibration on
し始めることが示唆された。
resistance training for untrained adults. Journal of Sports Science and
Medicine 10: 328-337, 2011.
まとめ
運動習慣のない者を対象に上述 2 つの研究を実施して、RT
4)Osawa, Y, Oguma Y, and Onishi S. Effects of whole-body vibration
training on bone-free lean body mass and muscle strength in young
adults. Journal of Sports Science and Medicine 10: 97-104, 2011.
プログラムに WBV を付加することによる筋機能への効果を検
証した。2 つの研究より、運動習慣のない者が定期的に WBV
No.11
慶應義塾大学スポーツ医学研究センター ニューズレター 第11号
Newsletter
慶應義塾大学スポーツ医学研究センター Sports Medicine Research Center, Keio University
発行日:2012 年 9 月 28 日
代 表:戸山芳昭
〒223-8521 横浜市港北区日吉4-1-1 慶應義塾大学スポーツ医学研究センター TEL:045-566-1090 FAX:045-566-1067 http://sports.hc.keio.ac.jp/