ダム管理の諸問題について(天ヶ瀬ダムを中心に)

ダム管理の諸問題について(天ヶ瀬ダムを中心に)
谷崎
1983年−1986年
保
淀川ダム統合管理事務所
広域水管理課
洪水予報係長
1.はじめに
一般に施設の管理は「施設の管理」と「機能の管理」があり、ともに重要でその設置目
的を果たすことは当然で、ほめられることは少ない。しかし、失敗は大きな事故・社会問
題に直結する。中でもダム管理ともなればなおさらである。
私が昭和58年度から61年度まで淀川ダム統合管理事務所で洪水予報係長であった4
年間においても何回かの洪水が発生した。大事に至らなかったが天ヶ瀬ダムと淀川ダム統
管にかかる洪水対応の諸問題について印象深かったものを回顧した。
遠い記憶の範囲で正確さに欠けることや、その後規則等や施設・システムの改良など様々
な変遷がある中で現在において語るのは筋違いかも知れませんが、少しでも当時の悩み・
議論を今になぞらえていただけたら幸いです。
2−1.操作規則の絶対性
年に一度、ダム管理演習があって机上や情報のやりとりが中心であったが洪水時の操作
シミュレーションを行った。ダム管理の初心者として大いに勉強になった。
前年の昭和57年に T8210 出水があり、これらの記録が十分に残っていたこと、経験ス
タッフがいた事から教えてもらえたことは大変ありがたかった。
実洪水として昭和58年の T8310 出水に対応することとなったが、上記訓練の結果など
により、何とか無事に乗り切った。
その後、S58 年 10 月に全国建設研修センターのダム管理研修に参加させていただいた。
この研修では、洪水時のダム操作の考え方、相模川(神奈川県)の相模ダム、豊平川(北
海道)の砥山ダムなどの事故の判例が示され操作の重大性を認識させられた。時に、近畿
では大迫ダムの緊急放水事故があった。
ダム操作・管理で発生するトラブルに対しては、組織としての対応が重要との認識から、
かかる事態に遭遇したときに、関係職員が共通認識で対応するため操作に関して疑問点・
問題点を洗い出し検討することにした。
既定の規則・細則・要領などには随所に「原則として」
「等」
「予想されるとき」
「ただし」
などの解釈・判断を求める箇所が出現し適切な判断が求められる。
これらの解釈・判断を求める箇所についてマニュアルや要領を作成すべく、実現には至
らなかったものの、検討・議論を盛んに行った。考え方の整理や既存資料の解釈を確認す
るのに有効との思いからであった。
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2−2.ダムの初期対応の問題
各ダムの放流初期の操作において、その急激な流入の立ち上がりから、放流が追いつか
ず、「制限水位を守ること」と「放流の原則」と「洪水に達しない流水の調節」の解釈をめ
ぐって議論がなされていた。常に問題となる事項であった。
昭和60年の梅雨明けは 7 月8日であった。しかし、その後も連日不安定な気象であっ
た。梅雨明け直後の7月9日には、木津川の上流に雷雨があり青蓮寺ダムで洪水調節が行
われる程の出水となったが、まさにこの議論が現実となった洪水となった。
この日は午後からは木津川の上流、特に比奈知、青蓮寺、室生、高山の各流域に限定
的とも言うべき局所で強いエコーが観測され、雷雨を観測した。降雨は18時頃から20
時頃までの短時間での集中豪雨となった。この中で青蓮寺ダムの放流増加と制限水位を守
ることで、淀川ダム統合管理事務所では本局河川部や水資源公団と操作をめぐって相当な
議論を交わした。
論点は2点で
①放流制限が優先か、制限水位が優先か。
制限水位を守るべきとして強い指導を受けた。
②出水ピ−ク後において制限水位を超えているとき継続して放流を増加すべきか。
流入=放流にむけ放流増加途中で流入ピークを迎えてしまったが規程放流量未満の
状態では、速やかに制限水位に戻すため放流量を増加するべきとの指導であった。
その後も、管理水位の考え方、その適切な値のあり方は各ダムでの議論をより活発にし
た。天ヶ瀬ダムでは発電との調整が大変であった。
2−3.瀬田川洗堰と天ヶ瀬ダムの関係
昭和60年6月∼7月の洪水は前述のように天候不順で長かった。6月25日に瀬田川
洗堰が100m3/s を増量してドン付け放流となった。この頃の琵琶湖の水位は彦根が36
cmで鳥居川が24cmで徐々に上昇していた。さらに翌26日には全開放流となった。
そして、7月22日に再びドン付け放流となるまで実に27日間の全開放流が続いた。過
去最長の全開であった。
洗堰が全開放流中にも降雨が続き 6 月30日には台風6号の降雨があったりして、7月
2日には彦根水位が92cm、鳥居川水位が62cmを記録した。
このような中、6月25日にはドン付け放流中に天ヶ瀬ダムの流入量が844m3/s を記
録し洪水調節となった。
(図−1)
さらに、7月1日には台風6号による降雨により、天
ヶ瀬ダムの流入量は892m3/s となり、全開中の洪水調節となった。
(図−2) 1週間の
内に2度の洪水調節となった。
このような、琵琶湖の水位調節のための洗堰放流中に降雨による流入量の増加が生じる
78
と、天ヶ瀬ダムの操作との対応が課題となり、天ヶ瀬ダムの流入量において洪水となる8
40m3/s まではわずかな降雨で達してしまう。
琵琶湖にも、天ヶ瀬の降雨量からみてもそんなに大きな洪水ではない状況でも洗堰の放
流と天ヶ瀬ダムの操作は緊迫した状況となり、洗堰の放流量制限を念頭に置いていた。
2−4
発電と天ヶ瀬ダムの水位管理
琵琶湖の水位にもよるが650∼700m3/s 近い洗堰の全開放流での流量は風浪などに
より微妙に瀬田川の水位が変化し、天ヶ瀬ダムにとっては大きな流量の変動となってくる。
この様ななかで、天ヶ瀬ダムの水位管理は極めて難しい。ともすれば喜撰山発電所の運転
計画に支障を与えることとなる。天ヶ瀬発電所を窓口とした発電サイドとの調整はいつも
緊密におこなった。
当時の規則では、事務所長は天ヶ瀬ダムが予備放流を行う必要あるとき、洪水調節を行
う必要が生ずると認められる場合において、発電所及び喜撰山発電所の取水が洪水調節に
支障を及ぼすおそれがあると認められるときは、当該取水の制限又は停止に関し必要な事
項を発電所長に指示しなければならない(当時:規則第14条2項)となっていたが、昭
和60年6月∼7月のように洗堰の全開中における降雨時の発電の制限はケースバイケー
スであった。
天ヶ瀬発電と喜撰山発電の運転計画をめぐって調整が続いた。
2−5
淀川ダム統合管理事務所の洪水予測
洪水予測は、当時としては数少ない大型汎用電子計算機 FACOM
M-340S が導入されて
いた。このシステムでは、収集されたテレメータの雨量を読み込み、平均雨量を求め、洪
水予測システムとして、YS
MT
AO の3つの貯留関数モデルのいずれかの予測モデル
を選択し、流出計算やダム洪水調節計算を規則どおりに実施し、指定地点の流況を表示す
るものであった。
3つの貯留関数モデルはそれぞれにモデルの考え方に特徴があり、どのモデルを選択す
るかについての判断のポイントの整理が必要であった。
ダム操作指示、洪水予報の準備、各ダムの状況把握、あちこちからの問い合わせで対応
に忙殺される中で、洪水予測情報の提供や予測に関しての問い合わせには困った。
時に、新型モデル(HN)が開発途上であったので期待された。また、計算のプロセスに
おいて、コンパクトでシンプルな小回りの効く予測モデルの必要性を痛感させられた。
2−6大型汎用計算機と卓上マイコン
このような経験からマイコン・ポケコンを駆使することとなった。大型汎用機がありな
がらのマイコン(パソコンの原型)の導入には反対意見があったが、導入の結果随分助か
79
った。手軽に定数を変えて検討ができるコンパクトさが便利であった。
特に天ヶ瀬ダムの流入は支配流量の大きな洗堰の放流量と分離して、残留域の流出計算
後の合算とした。残留域の単流域貯留関数のモデルを作り、そのときの出水に合う定数を
試行錯誤し、予測降雨を様々に想定し入力した。
中小洪水の度に、その都度試行錯誤で適合した定数と前期降雨状態など特徴を、自分な
りにパターン化し整理し、蓄積していった。適合の判断は目測で実績と計算が合うかであ
った。いくつかの出水を経験するうちに結構予測が適合するパターンが出現するようにな
った。①立ち上がりに適合させる。②ピークを合わせる。③低減を合わせる
など分類整
理した。このようにデータを蓄積したことで、その後に迎えた出水では前期降雨など条件
を整理することで、適合しそうな定数をあらかじめ想定できた。
また、中小洪水では流域全体が同時に洪水の予測において重要な地点になることはあま
りなく、天ヶ瀬流域以外でも、ダム地点にそれぞれ単流域で用いて確認した。
3.
閉ざされた情報
3−1ダムの流入量把握
喜撰山発電所が揚水・発電を行えば天ヶ瀬ダムの水位が不安定になることから、ダムの
流入量の把握が困難となった。
喜撰山の揚水時には天ヶ瀬の流入量が少なく、発電時には大きくなったような現象がみ
えた。このため、喜撰山の運転容量確保を考慮したゲート操作が必要なときもあった。
ダムの流入量の算出は、所定時間内の水位変化を H-V テーブルから貯水量の変化に換算
し、その間の放流量を用いて水収支から求める逆算流入量であった。
天ヶ瀬ダムではあたかも縦断水位変化が一様でなく、喜撰山の取水口(排水口)で折れ
線が生じているように思えた。天ヶ瀬ダム湖の水理特性と言うべきか、ダム湖の水位が不
安定になる。つまり、その揚水口(排水)地点を境に上流と下流の水面勾配が異なるよう
な現象が起き運転開始時や終了時には特に、ダム水位が不安定となり、ひいては逆算流入
量が不安定となるものと考えていた。
一方、喜撰山の H-V 天ヶ瀬の H-V の精度差にも一因があると考えていた。
また、洗堰の放流量と天ヶ瀬ダムの流入量が不整合であった。洪水時でなく残流域の流況
が安定していても合わなかった。
瀬田川洗堰の全開が決まると、天ヶ瀬ダムの放流計画を立てるが、鳥居川や彦根水位か
ら洗堰の放流量を過去の経験値から想定し、さらに補正した数値を用いた。通常の値と合
わないための補正であった。そして洗堰の操作時間により洗堰から天ヶ瀬までの到達時間
を想定し、天ヶ瀬ダムの放流計画を作った。
80
3−2
情報障害
昭和60年6月∼7月の長期放流操作のなかで、6月30日は洗堰全開のなか、台風6
号の接近により午前中より降雨があった。そして夕方から深夜にかけ天ヶ瀬ダム流域の降
雨が一番強くなることが予想された。レーダーでは大きな雨域が目前でいよいよ主降雨を
迎えようとしていた。
そんななか、21時48分に突然電子計算機がダウンした。全館の停電ではなかったの
で室内照明は残った。電子計算機は現在のパソコン以下の能力かも知れないが当時は広い
専用の電子機室にあった。通常の停止操作を行わない電源断による停止は一瞬であり、気
のせいか高速度で回転中の磁気ディスクの停止は衝撃音が出たように思えた。計算機ダウ
ンした室内は、電子計算機のファンから発する高周波のような特有の発信音も止まり、異
様な静けさであった。
当然ながら、端末ディスプレイ装置なども停止したためあらゆる水文情報は全く得られ
なくなった。唯一のこったのは直送しているサイクリックテレメータによる天ヶ瀬ダム水
位のみであった。
悲壮感のなか、電気通信の職員による原因究明がはじまったが、CVCF(停電時などにも
安定的に電源を供給するための無停電電源装置のうち、特に交流電力を供給するための装
置のこと)の障害とのこと。何とも皮肉な事態となった。
いつの洪水時か定かではないが、豪雨時にレーダーが(レドームの水膜で)異常値を示
したり、豪雨時に(強降雨による)通信障害が発生し、相当数の観測所が同時欠測となっ
たこともあった。現在では、機器は改良されたと思われるが、当時は想定外の豪雨による
支障があった。
重要なシステムや情報は二重化やバックアップが大切であるとの教訓であった。
4.おわりに
防災設備の機能は、瞬時においても適切に機能しなければならない宿命を持っている。
うまくいって当然であり、不具合やミスは事故等につながる。このため平常時からも保守
点検等において緊張をゆるめられない。防災情報は日頃から肌で異常を察知する感性を磨
く様に先輩方に言われた。先輩の的確な操作等実績を基に、施設に対する社会的期待のプ
レッシャーのなかで、大変である。
日頃からの訓練、問題認識の共有・関係機関との事前の確認は特に大切と思う。
(図−1)
81
昭和60年6月25日・26日
900
最大流入量844m3/s
800
流量・雨量・水位
700
雨量*100
Qout
Qout-gate
Qout-P/S
Qin
水位(H-65)*100
彦根H*10
鳥居川H*10
600
500
400
300
200
100
21
18
15
12
9
6
3
0
21
18
15
12
9
6
3
0
0
時間経過
註)水位・雨量は変化量を強調してグラフ表示している。
(図−2)
昭和60年6月30日・7月1日 (台風6号)
1000
最大流入量892m3/s
900
流量・水位・雨量
800
雨量*100
Qout
Qout-gate
Qout-P/S
Qin
水位(H-65)*100
彦根H*10
鳥居川H*10
700
600
500
400
300
200
100
21
15
18
9
12
6
3
0
18
21
12
15
9
6
3
0
0
時間経過
註)水位・雨量は変化量を強調してグラフ表示している。
流出予測の問題(2−5の補足)
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当時、淀川ダム統合管理事務所の洪水予測システムは、電子計算機(S56.4∼FACOM
M-150
S60.4∼は FACOM
M-340S)により「洪水予測シミュレーション」と「中・下
流洪水シミュレーション」が稼働状態であった。
これらの使い分けは、前者が流域全体を対象としているのに対して、後者は今回の説明
対象としないが、河川公園や樋門操作の管理用として下流本川の状況を予測するもので、
元々は淀川河川事務所で開発されたものである。
洪水予測シミュレーションシステムについては、2−5で記述したように3種のシステ
ムと1つの開発途上のシステムがあった。いずれも貯留関数によるもので、それぞれの特
徴は以下のとおりである。
1)MT 方式
定数固定方式と呼ばれ、18 流域・8河道から成る。過去の大洪水に適合するように定数
が求められており、洪水シミュレーション中は固定定数としている。
T8210 の経験や検証では近年淀川には大きな洪水発生していなかったから、予測精度は
良くなかったとされた。
2)YS 方式
定数逆算方式と呼ばれ、14流域・6河道から成る。計算時の洪水において累加雨量と
累加流量から貯留関数の定数(K’)を逆算し、前3時間の平均を求めていく。この方式は特
性上ある程度の流出がないと不安定となる。また、いくつかの流域の TL を2通り選択でき
るが時の判断が必要となる。
T8210 の経験や検証では、定数(K’)の変動範囲を制限する必要があるとされた。
3)AO 方式
初期流量評価方式と呼ばれ、10流域については、計算初期流量で K 値を二次式で決定
するとともにf(一次流出率)や飽和雨量(Rsa)を用いない。また遅滞時間を予測雨量も
含む合計雨量を用いて指数関数で算出する。
中小洪水に対して適合精度が高いとされていたが、T8210 の経験や検証では精度は良く
なかったとされた。
4)HN 方式(開発途上のモデル)
定数固定現時刻合わせ方式と呼ばれ、予測雨量を毎時間入力でき計算初期値と実測値の
乖離を修正する。また、下流河道では不定流計算で予測できるなど様々な改良がされて開
発途上にあった。
このような各種モデルがあって、現実の洪水を目の前にして、今回どの手法を採用する
か判断する必要があり、モデルの選択には苦慮した。
コンパクトな予測モデル(2−6の補足)
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複数の洪水予測モデルに対して、いずれにも課題があり、この課題を解消するために新
システム(HN)を開発中にあった。そこで急場の検討モデルとして、コンパクトでシンプ
ルな小回りの効く予測モデルを使用した。
これは単流域モデルで、所定ダムの操作を焦点として検討するもので、パソコンで計算
することのモデルとしたため各定数は全てプログラム上で与えた。計算結果には使用定数
を出力させて、後に再現可能なものとした。
モデルは、通常貯留関数の考え方とは異なっており変則であったが、計算値と実績値が
そこそこ合うのなら良し
として、モデルを構築した。概要は以下のようなものであっ
た。
流域流出量の考え方
通常の考え方(木村法)
浸透域と流出域を別々に求めるので
(図−3)
Q = Q1+Q2+Qi となる。(図−3)
f1は流域に
Q1=1/3.6・f1・A・ql
(流出域)
かかる関数
Q2=1/3.6・(1−f1)・A・qsa,l
(浸透域)
ここで
f1:一次流出率
ql :全降雨による流出高
(mm/h)
qsa,l:飽和点以後の降雨による流出高
Qi:基底流量
(mm/h)
(m3/s)
である。従って飽和点に達したあとも Q1、Q2 を個別に計算する必要がある。
これに対して、今回のモデルは
Q=1/3.6・Re・A + Qi
Re:有効雨量(累加雨量が Rsa までは Re=r*f それ以降は Re=r)
とした。
このため計算は一回で済む(図−4)
これは、通常の貯留関数のfは流入係数と呼ばれ流域面積にかかる係数とされるのに対し、
このモデルは雨量にかかる係数としたことによるものである。
モデルの概念を示すと以下のとおりに考えられる。
(図−4)
f1は降雨に
かかる関数
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