機 器 分 析 - 東海大学工学部応用化学科

機 器 分 析
(有機編)
赤外吸収スペクトル(IR)
クロマトグラフィー(GC・LC)
核磁気共鳴法(NMR)
質量分析法(MS)
東海大学 工学部 応用化学科
関村 裕彦
東海大学工学部応用化学科 機器分析 参考資料[有機編]
©2006 Yasuhiko SEKIMURA
有機化合物の機器分析
有機化合物の分析を行う場合には、その化合物を純粋なものとして取り出し(精製)、これを元素分析
する。精製法には再結品法・蒸留法・昇華法・抽出法およびクロマトグラフ法などがあるが、なかでも再結
品法と蒸留法が多く用いられている。また、物質の純度を判定するには通常、沸点または融点(混融試
験)を測定するかクロマトグラフを用いる。
機器分析の長所と短所
機器分析は旧来の化学分析と比較して、一般に次のような長所を有する。
① 選択性が良く、化学分析では得られない各種の知見が得られること
② 迅速であること
③ 操作が容易で個人差が少ないこと
④ 分析感度がよく、試料量が少なくてすむこと
⑤ 分析の自動化または連続化が可能になること
機器分析の一般的な短所を挙げると以下のようになる。
① 標準物質を必要とすること(間接分析のため比較が必要)
② 分析値の有効桁数が一般に少ないこと(DL・データ処理装置の問題)
③ 機器が高価なこと
④ 機器の保守が面倒なこと(ほとんどがブラックボックス・素人は触れない)
機器分析を実施するにあたっての注意
1. 試料中の含有元素や共存成分、試料の状態(気体・固体・液体)、主成分・微量成分いずれを対象と
した分析か?
2. 定性・定量いずれの分析か、あるいは構造解析か?
3. 分析範囲、機器の感度・精度・正確さ、および測定に使える試料量は?
4. 経済性・迅速性・安全性など
もちろん、これらの項目は単独ではなく互いに関連する場合がほとんどである。しかし、分析機器を使
用する前に「測定に適するように前処理を行う」必要がある。ここで前処理とは、分析を妨害する成分の除
去や目的成分の濃縮、試料の化学形態や物理形態の変換などを指す。
機器分析の計画と実施
目的の把握
何のために何を求めたいか理解
目的の具体的明確化 試料から化学的情報をどのような条件下で得たいか明確にする
機器分析法の計画
最適機器分析法の選択・前処理の要否
分析法の具体的立案 機器の選定・操作の詳細・具体的立案
実際試料への適用
結果の判断
方法の整値
結果の妥当性を総合的に検討・必要に応じて実用値へ修正
以上、これらを含めて赤外線吸収分析法・クロマトグラフィー・核磁気共鳴分析・ 質量分析について解
説する。
1
東海大学工学部応用化学科 機器分析 参考資料[有機編]
©2006 Yasuhiko SEKIMURA
表1 各種有機機器分析法の比較
分析方法
原
理
定
定性の基礎
性
検出限度
利用範囲
定
量
装
置
試
料
定量的取扱
の基礎
定量範囲
精度(誤差)
装置名称
概算価格
測定時間
形 態
所要量
特徴的用途
用
途
不適当な対象
有機分析
無機分析
備
考
赤外吸収スペクトル分析(IR)
ガスクロマトグラフ分析(GC)
試料に赤外線を照射し、分子振
動のうち双極子モーメントの変
化を生じる振動に起因する吸収
を測定する。
固定相に対する吸着性または
分配係数の違い等により、カラ
ム内の移動速度に差が生ずる
ことを利用して混合物を分離
し、熱伝導度変化などにより検
出する。
高速液体クロマトグラフ分析
(HPLC)
溶液中の分子の固定相に対す
る吸着性または分配係数の違
い等により、カラム内の移動速
度に差が生ずることを利用して
混合物を分離し、屈折率変化や
紫外線吸収などにより検出す
る。
分子構造により保持容量が異な
る。
核磁気共鳴吸収分析(NMR)
質量分析(MS)
強力磁場中で原子核のエネル
ギー遷移を試料に加えた電磁
エネルギーの吸収として測定
し、同時に核周囲の電子による
反磁性の差などで生じた化学
シフトで核の知見を得る。
試料を電子ビームや X 線など
の高エネルギー源でイオン化
し、電磁界などを用いて質量数
ごとにイオン量を測定する。
同一種類の核(主として 1H と 一定の測定下で、質量/電荷
13
C)で結合状態により共鳴位置 数とパターン係数が分子ごとに
固有となる。
がわかる。
10ppm
1ppm(場合により 1ppb)
10−7mol/0.01mL
1
H:約 10ppm
保持時間:0〜数時間程度
質量数 1〜2000
13
C:約 200ppm
ピーク面積 濃度
−Log(透過率) 濃度
ピーク面積 濃度
ピーク面積 濃度
吸収ピーク面積 共鳴核濃度
(試料の分圧)
0.01%〜高濃度
10ppm〜高濃度
数 ppm〜数%
1%〜高濃度
10ppm〜高濃度
1〜5%
0.5〜5%
0.5〜5%
2〜5%
0.1〜5%
赤外分光光度計
ガスクロマトグラフィー
高速液体クロマトグラフィー
核磁気共鳴吸収測定装置
質量分析装置
200〜1500 万円
80〜300 万円
200〜1000 万円
700 万〜1 億円
1000〜5000 万円
数分〜十分程度
数秒〜数十分
数分〜数時間
数分〜十分程度
数秒〜十分程度
気体・液体・固体・溶液
気体・液体
液体・溶液
液体・溶液
気体・液体・固体
数 mg〜10mg 程度
1〜数 mL
1µL〜数 mL
試料の状態・濃度による
液体:1mL・固体:数 mg
有機官能基の定性・定量、芳香 多成分混合試料、無機ガス、各 多成分混合試料、無機イオン、 化学シフトより有機化合物の各 有機基準物質では分子量の決
種官能基及び構造の推定、特 定、分子構造の検討。混合物で
族置換体や高分子化合物の分 種有機化合物の分析等、微量 各種有機化合物の分析等。
は各成分の分析、無機物質で
徴的吸収を利用した定量。
成分の検出・定量。
析、反応機構等の解明。
は極微量不純物の分析。
陰イオン原子団を除く無機化合 金属、高沸点・熱分解する試料 気体・不溶性(固化する)試料。 固体試料はそのままでは高分 質量数の重なる混合物、高沸
物一般。
は定性的情報が少ない。
解能スペクトルは得られない。
点・腐食性試料。
定性:◎・定量:◎
定性:○・定量:◎
定性:○・定量:◎
定性:○・定量:◎
定性:◎・定量:◎
各官能基に特有な吸収波長域 分子構造により保持容量が異な
(いわゆる指紋領域)における る。同属列ではその値が沸点の
関数になる等の関係有。
同定が可能。
0.01〜1%程度
1ppm(場合により 1ppb)
波長:2.5〜25(50)µm
保持時間:0〜1 時間程度
波数:4000〜400(200)cm−1
定性:(○)・定量:(○)
定性:○・定量:○
定性:○・定量:○
定性:△・定量:△
定性:○・定量:○
溶媒は CS2・CHCl3・CCl4、担体 沸点が 400℃以下の液体・固 多種の検出器があり目的に応じ CCl4、各種含水素溶媒の重水 常温で 0.1Torr 以上の蒸気圧を
には KBr、多原子無機ガスは分 体。測定必要量は全体で 1µL て選択する。分配・吸着・イオン 素化合物など。特に 13C では水 有する液体。測定必要量は気
交換・ゲル浸透の各方式あり。
〜50µL、微量用では 1nL。
析不可。
体0.01〜0.1mL、液体10−4mL。
が使用可能。
2
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赤外線吸収スペクトル
原理
試料に赤外線をあてると、分子骨格の振動や回転運動のような双極子モーメントの変化に対応するエ
ネルギーが吸収される。このエネルギーは有機化合物を構成する基ごとにほぼ固有であるため、スペク
トルを測定すれば吸収波数より試料の定性分析が、また吸収強度から定量分析ができる。
特徴
①
②
③
④
入射光のエネルギーがボーアの量子条件を満足すること。
分子の振動により分子の双極子モーメントが変化する。
吸収強度は双極子の変化の2乗に比例する。
振動エネルギー準位間のエネルギー差は、回転エネルギー準位の変化だけ増減がある。
赤外吸収スペクトルの基礎
赤外吸収スペクトル法に利用される赤外線の波長は 2.5〜25µm
(波数:4000〜400cm−1)である。
分子に光があたると、ボーアの量子条件を満足するとき光エネ
ルギーの一部が分子に移行する・・・ΔE=hν ,ここでΔE は二つ
の量子状態のエネルギー差、h はブランク定数、ν は光の振動数
である。ΔE=E’−E より、基底状態 E から励起状態 E’へ励起され
たときに分子はΔE=hν =hc/λ の光を吸収する。
図1 赤外吸収スペクトル
分子の運動(振動)
分子は化学結合によってつなぎ合わされた原子から構成されている。そのため、分子の振動は「お
もり」と「バネ」で結んだモデルとして考えることができる。フックの法則より、バネ振動と振動数は式(1)
で表せる。ここでω は角速度(rad/s)、またω =2πν であるので、式(1)→式(2)となる(波長で表す場合は
式(2’))。ここでν は振動数(λ は波長)、f は結合の強さを表す定数、µ は換算質量であり式(3)で表さ
れる。なお、式(3)の M1,M2 はそれぞれ原子1と原子2の質量である。
ω=
f
µ
• • • (1) ν =
1
2π
f
µ
• • • ( 2)
λ−1 =
1
2πc
f
µ
• • • ( 2' )
µ=
M1 × M 2
• • • (3)
M1 + M 2
表2 CH2 基の振動モード(例)
伸縮(stretching)
変角(bending)
対称
逆対称
内面
外面
(symmetric) (antisymmetric)
はさみ
横ゆれ
縦ゆれ
ねじれ
(scissoring)
(rocking)
(wagging)
(twisting)
3
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表3 装置の種類と構造・特徴比較
分散型(旧型)
FT(フーリエ変換型)
1. 多くの可動部があるため、機械的なズレが生じ 1. 光学系が単純で、可動鏡のみが動く。
る。つまり装置に由来する系統誤差がある。
2. レーザーで波数を校正するため、波数精度が
2. 上記1の理由から、参照スペクトルを測定して
高い(0.01cm−1程度)。
波長を校正しなければならない。
3. 全てのシグナルが変調しているため、検出器
3. 装置内には光学部品が多用されているため、
は迷光の影響を受けない。
迷光によりスペクトルに誤差が生じる。
4. 一度に多量の赤外光が使えると共に、全測定
4. 波長(波数)分解能をあげるためにはスリットを
波長のシグナルを同時に検出するため、デー
狭くして赤外光を絞らなければならない。
タ収集が容易。
5. 波長をスキャンしながらシグナルを検出するた 5. 上記4の理由から、迅速に多数の試料を測定
め、迅速に多数の試料(GCの試料を同時分析
可能。
する場合など)を測定することが困難である。
6. 上記4の理由から、試料は熱の影響を受けな
6 フォーカス(集光)した赤外光を試料に当てるた
い。
め、試料が熱の影響を受ける。
7. 試料から発生するどのような赤外光も検出され
7. 試料から発生するすべての赤外光が検出器に
ない(検出器に入らない)。
入る。
ダブルビーム方式赤外分光光度計(IR)
フーリエ変換型赤外分光光度計(FT-IR)
測定試料:試料は固体、液体、気体のいずれでもよい。
固体試料 : ヌジュール法・ KBr 法・フィルム法
液体試料 : 薄膜法・セル法
気体試料 : 気体セル
繊維またはプラスチックなどは全反射(ATR:attenuated total reflectance)法を利用する。
分析の応用:定性分析と定量分析がある。
分子によって吸収される赤外光の振動数がその分子に特有なものであり、また有機分子中の官能基
はほぼ独立した基として振動するため、官能基に特有な振動数(吸収)を示す。よって、赤外吸収スペ
クトル分析法は特に有機化合物の構造推定に利用される。その際には、未知化合物中にある官能基を
同定し、さらに未知化合物の構造を推定するという手順が取られる。
赤外スペクトルデータ集
日本赤外データ委員会編「IRDC カード」, 南江堂,1977
「The Sadtler Handbook of Reference Spectra」(Infrared Handbook), Sadtler Research Lab. Inc.,1978
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©2006 Yasuhiko SEKIMURA
クロマトグラフィー (Chromatography)
原理
試料成分は固定相と移動相への分配を繰り返しながら固定相中を移動するが、各成分によりその分配
の割合が異なると、固定相中の移動速度に差が生じ、各成分は分離される。
クロマトグラフィーは移動相が気体の「ガスクロマトグラフィー(GC)」と、移動相が液体の「液体クロマト
グラフィー(LC)」に大別される。各成分の定性分析は Rf 値や保持値(時間・容量)で、定量分析はスポッ
ト面積やピーク面積などで行われる。
特徴
クロマトグラフィーは多成分混合試料の分離分析に特に威力を発揮し、他の分析法の前処理としても
非常に重要である。
ガスクロマトグラフィーは熱的に安定な揮発性物質の分析に適しているが、難(不)揮発性物質の分析
には直接適用できない。逆に、液体クロマトグラフィーは難(不)揮発性物質(ただし適当な溶媒に可溶の
もの)の分析に適している。またガスクロマトグラフィーは分離能が高く、高感度で迅速な分析が可能であ
る上、構造や操作が簡便である。
表4 クロマトグラフィーの分類
分類基準
移動相の種類
分離機構
(固定相の種類)
固定相の形式
クロマトグラフィーの種類
ガスクロマトグラフィー(GC:gas chromatography)
気−液クロマトグラフィー(GLC:gas-liquid chromatography)
気−固クロマトグラフィー(GSC:gas-solid chromatography)
液体クロマトグラフィー(LC:liquid chromatography)
液−液クロマトグラフィー(LLC:liquid-liquid chromatography)
液−固クロマトグラフィー(LSC:liquid-solid chromatography)
分配クロマトグラフィー(partition chromatography)
吸着クロマトグラフィー(adsorption chromatography)
イオン交換クロマトグラフィー(ion exchange chromatography)
ゲルクロマトグラフィー(gel chromatography)
ペーパークロマトグラフィー(paper chromatography)
薄層クロマトグラフィー(TLC:thin-layer chromatography)
カラムクロマトグラフィー(column chromatography)
分離手段
分 配
吸 着
分 配
吸 着
イオン交換能の差
分子ふるい
分 配
ガスクロマトグラフィーによる分析
キャリアガス:不活性ガスであり電気抵抗が小さく・安全であること→窒素・ヘリウム・アルゴン・水素
キャリアガス流量(流速)を増すことで分析時間は短縮できるが、分離能は低下する。
試料注入部:10〜50µL のマイクロシリンジ(精密な注射器)を使用して、瞬時に気化させる。
表5 ガスクロマトグラフィーで利用する各種計算式
2
t 
N = 16 r 
 w
L
H=
N
 t −t 
R = 2 r 2 r1 
 w1 + w2 
理論段数 N
(NTP:number of theoretical plate)
理論段高さ H
(HETP:height equivalent to a theoretical plate)
近接する二本のピーク分離度 R
(Resolution)
5
tr:保持時間
w:ピーク幅
N:理論段数
L:カラムの長さ
二本のピークは R=1.5 で完全
に分かれたものとみなせる。
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ガスクロマトグラフィー用検出器
熱伝導型検出器(TCD:thermal conductivity detector)・・・無機ガス・有機化合物の検出。
水素炎イオン化検出器(FID:flame ionization detector)・・・有機化合物の検出。
電子捕獲検出器(ECD:electron capture detector)・・・X,P,SやNO2基を含む有機化合物の検出。
液体クロマトグラフィーによる分析
種類
順相クロマトグラフィー
逆相クロマトグラフィー
イオン対クロマトグラフィー
表6 分配・吸着クロマトグラフィーの分離
特徴
固定相の極性>移動相の極性
固定相の極性<移動相の極性
イオン成分の対イオン試薬を移動相に加えて行う逆相クロマト。
表7 液体クロマトグラフィーの充填剤(固定相)の種類
液−液クロマトグラフィー
液−固クロマトグラフィー
化学結合型充填剤(シリカゲル)の結合基による 吸着剤:シリカゲル・アルミナ・ポーラスポリマー
疎水性結合基:オクタデシル・オクチル・フェニ
疎水性:ポリスチレンゲル・PMMA・ポリ酢酸
ルメチル・ジクロロフェニル
ビニルゲル
極性結合基:アミノプロピル・シアノプロピル・
親水性:ポリヒドロキシエチルメタクリレート
ニトロフェノール・ジオール・アクリ
ゲル・ポリビニルアルコールゲル
ルアミド・プロピルアルコール
液体クロマトグラフィー用検出器
紫外吸収検出器(ultraviolet absorption detector)・・・検出限界:10−11g/mL
示差屈折率検出器(differential refractive index detector)・・・検出限界:10−7g/mL
蛍光検出器(fluorescence detector)・・・検出限界:10−11g/mL
電気伝導度(電気化学)検出器(electrochemical detector)・・・検出限界:10−8g/mL
表8 イオン交換およびゲルクロマトグラフィーの充填剤(固定相)の種類
ゲルクロマトグラフィー用固定相
イオン交換クロマトグラフィー:交換基によるイオン交換体の分類
イオン交換体
交換基
有効pH 多孔性シリカ
強酸性陽イオン交換体
−SO3H
2〜14 多孔性ガラス
弱酸性陽イオン交換体
−COOH
8〜14 ポリスチレン
強塩基性陰イオン交換体 −NH+(CH3)2Cl−
0〜6 ポリビニルアルコール
+
−
弱塩基性陰イオン交換体 −N (CH3)3Cl
0〜10 ポリヒドロキシエチルメタクリレート
薄層クロマトグラフィー(TLC)・・・試料成分の確認はプレート上のスポットで判定する
溶媒に対する試料成分の移動率:Rf
a
Rf =
b
標準物質に対する移動率:RX
a
Rf =
b
(Rf:0.1〜0.7)
移動率の決定
ゲルの仮想的な校正曲線
図2 TLC による移動率の決定と校正
6
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核磁気共鳴分析法 (Nuclear magnetic resonance)
概要
核磁気共鳴法は、1946 年に行われたエタノールのスペクトル測定を最初の例として、水素を持つ有機
物の分析への応用から開始された分析法である。その後、コンビュータ処理によるフーリエ変換法の進
展と超伝導磁石の開発により、1H 以外の原子核(13C,19F,29Si,31P など)を含む化合物や物質について
も測定可能となった。
また、固体の分析にも応用可能なことがわかり、高分子物質などをはじめ、固体酸として知られている
アルミナやケイ酸化合物など触媒化学の研究にも利用されている。さらに NMR の原理・技術を医療分野
に応用したものが MRI 断層撮影法であり、病理研究や治療において重要な役割を果たしている。
原理
磁気モーメントを持つ原子核(1Hや13C など)を磁場中におくと、ゼーマン効果(Zeeman effect)によりエ
ネルギー順位の「ずれ」が生じる。このエネルギー差に相当する周波数を持つ電磁波を照射すると、分裂
した核スピン状態の遷移に基づくエネルギー吸収が観測される。その共鳴吸収位置(化学シフト)の相違
により、色々な化合物の定性が可能であり、共鳴吸収の強さから定量分析への応用も期待できる。
特徴
試料は適当な重水素化溶媒に溶かして、主に溶液の状態で測定される。コンビュータ(ハード・ソフト)
技術の発展により測定データの積算が可能になったが、それでも他の測定法と比較すると検出感度はよ
いとはいえない。また、混合物でも必ずしも分離する必要は無く、混合状態での同時測定も可能である。
吸収の原理
原子核は「磁気モーメント」を持っている。これらの磁気モーメントは磁場が無いときには任意の(ラン
ダムな)方向を向いているが、磁場中では一定の方向に揃う。1Hや13C のような核が磁場中に置かれる
と、磁気モーメントは磁場と平行(α−スピン:磁気量子数 +1/2)、または磁場と逆平行(β−スピン:磁気量
子数 -1/2)に配向する。β−スピン状態はα−スピン状態よりも高いエネルギー状態にあり、もし適当な周
波数の光(電磁波)が系に照射されたならば、α−スピンを持つ核は光子(電磁波)を吸収してβ−スピン
状態へと変わる。
図4 エネルギー吸収によるスピンのα β変換
図3 磁場による磁気モーメントの配向
このα−,β−二つの状態のエネルギー差は右式で表される。ここで、h:プランク
定数、ν:共鳴周波数、H0:外部(印加)磁場の強さ、γ:磁気回転比である。
∆E = hν =
hγH 0
2π
図5 外部磁場の強さ(H0)に対するα−スピン状態と
β−スピン状態のエネルギー差(ΔE)
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プロトン( H)の場合、γ =2.6753×10 radian・sec ・gauss =核定数 4.2576×103 であり、これを 2.1
×104 gauss の磁場においた場合、ν =90MHz となる。周波数90MHz は、333 cm の波長に相当し、これ
はラジオ波の領域に入る。このとき∆E の値はわずか 0.036 J・mol−1 である。磁場が強くなるほど NMR
の感度が向上して解析が容易になる(6.3×104 gauss:270MHz → 9.4×104 gauss:400MHz → 1.4×
105 gauss:600MHz.なお、104 gauss≡1T(テスラ))。
今日では磁場源に超伝導磁石(〜20T の高磁場発生可能)を使用した装置が主流になっている。
1
4
−1
−1
測定
測定には外径φ5mm の NMR 試料管(石英ガラス製)を用い、溶媒は CDCl3 や(CD3)2SO などの重
水素化溶媒を用いる。測定試料は 5~20mg を用いて試料管に約4cm入れる。また、スペクトルの基準と
なる(CH3)4 Si(TMS)を微量加え、TMS の共鳴する位置を 0 として表示する。試料濃度が低いときは、
溶媒中にわずかに含まれる CHCl3 による吸収が相対的に強くなるため注意を要する。
NMR の測定は試料管を磁石の中に入れ、圧縮空気で回転させる。次にピークの分離を良くするた
めに分解能調整を行う。その後、測定条件を入力して測定を開始する。良いスペクトルを得るには積算
回数を数回~数千階行うと良い。測定終了後、横軸にδ 値、縦軸にはシグナルの相対強度をとったチ
ャートを作図する。
ケミカルシフト
NMR に用いられる核の中で最もポピュラーなものは、天然存在率 99.98%で測定感度の高い 1H で
ある。分子中のプロトンは電子に固まれているが、磁場中では核のまわりの電子が外部磁場に逆らうよ
うに誘導電流を生じる。したがって、核の感じる正味の磁場は外部磁場よりやや小さくなり、核の感じる
磁場は次のように表される。
H=H0−H' ・・・式(4)
ここで、H0:外部(印加)磁場の強さ、H':誘導磁場の強さである。
核の感じる磁場が外部磁場より小さいこのような遮蔽は「反磁性遮蔽」と呼ばれる。もし、90MHz の周
波数のラジオ波を裸のプロトンに照射すると、210000 gauss(21T)の磁場でα−スピン状態からβ−スピン
状態への変換が起こる。しかし分子中では反磁性遮蔽が起こるため、核の感じる磁場をちょうど
210000 gauss にするには、遮蔽された磁場を補う分だけ外部磁場を大きくしなければならない。また異
なった電子的環境にあるプロトンが受ける反磁性遮蔽の程度は異なるため、ラジオ波の吸収が起こる
のに必要な外部磁場の強さも異なる。δ=H'/H0 とすると、式(4)は H=H0(1−δ)のように表せる。δは
核の周りの電子による遮蔽の効果を表す指標で「遮蔽定数」という。
核の共鳴定数を一定にして外部磁場を変化させていくと、δ が大きいプロトンほど高磁場側で共鳴
を起こす(逆に外部磁場を一定にして共鳴周波数を変化させていくと、δが大きいプロトンほど低周波
数で共鳴を起こす)。これを「化学シフト」といい、次式で表される。
δ=
( H 0 )r − ( H 0 ) s
× 10 6
( H 0 )r
δまたは ppm は、
100
× 10 6 = 1.00
100 × 10 6
ここで、(H0)r:基準物質中のプロトンが共鳴を起こすために必要な外部磁場の強さ、(H0)s:試料中
のプロトンが共鳴を起こすために必要な外部磁場の強さである。また、δの単位には ppm を用いる。
1
H−NMR 用に最適な基準物質は(CH3)4 Si(TMS)であり、このメチルシグナルのδ値を 0 とする。
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質量分析法 (Mass analysis method)
原理
試料をイオン化し、イオン化された試料分子およびその分子の断片イオン(フラグメントイオン)を磁場
型もしくは四重極型の質量分析計により質量/電化数の大きさに応じて分離し、得られた質量スペクトル
のピーク位置から定性分析を、強度から定量分析を行う。
特徴
有機化合物の場合、分子量の正確な決定や同定ができる。また試料の構造が未知の場合、分子構造
の推定を行うことができる。混合物の場合は各成分の定性・定量分析ができる。一方、無機化合物の場合
は一般に極微量成分の定量分析が行われる。
分析の流れ
質量分析では原子や分子に由来するイオンの質量が測定できる。質量分析法の流れ(装置構成)は、
[試料のイオン化]→[質量分離]→[イオンの検出]→[データ処理]となる。
磁場型質量分析計
四重極質量分析計
図6 質量分析計の装置構成
質量分析計の種類
磁場型方式
イオン化室で生成したイオンは、イオン化室とフォーカススリットの間に印加された加速電圧(高電圧)
によって加速され、磁石によって作られた磁場に入る。磁場に入るときのイオン速度をν、イオンの質量
をm (原子質量単位)、電荷をze とする。イオンは加速電圧(V:ボルト)によりzeV なる運動エネルギー
を得ているので、1/2 mV2=zeV なる関係が得られる。磁場(強さ B:ガウス)に入ったイオンは、磁場か
らその運動方向と直角の方向にBzeV なるカを与えられ、円運動を行う。この円の半径をr とすると、イ
オンはmv2/r なる遠心力を受ける。この遠心力と磁場から与えられた力は釣合うので、mv2/r =BzeV と
なる。これら2つの式よりv を消去すると、m/z=er2B2/2V となる。e には電気素量1.602×10−19クーロン
を用いると、m/z=4.82×10−5 r2B2/2V なる関係式を得る。ここでイオンは m/z=4.82×10−5 r2B2/2V を
満足する半径で方向を曲げられ、コレクタースリットを通じてイオン検出部に入る。ここでは電子増倍管
により増幅され、イオン量に比例した強度がデータ処理装置に記憶される。さらに磁場の強さB を連続
して変化させると質量数の異なるイオンが次々と検出され、これらの関係からマススペクトルを得る。
四重極方式
磁石のかわりに四本の電極を用いたものが四重極質量分析計で、装置が小型にできることから汎用
型の卓上質量分析計として広く用いられている。
四重極電極には直流(バイアス)と高周波(交流)を重畳した電圧±(U+Vcosωt )を印加しておく
(U:直流(バイアス)電圧、V:交流電圧の最大値)。イオン化室から出たイオンは、四重極電極に入ると
高周波電場の影響を受けて振動しながら電極内を進行する。
印加電圧と周波数により、特定のm/z値をもつイオンだけは振幅が大きくならず、安定な振動をして
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電極聞を通り抜けることができる。この原理を利用して、交流電圧V をゼロから増すことにより、イオン
源から入ったイオンは低質量のものから順次検出器に到達する。
イオン化の方法
電子衝撃法(EI:electron impact ionization)
最も一般的な方法で、気化された試料分子の電子を電子流によってたたき出し、イオン化する。
化学イオン化法(CI:chemical ionization)
試薬ガスと呼ばれる気体をイオン化室に導入する。このガスが電子流に衝撃されると一次イオン
(CH4 や CH3 イオン)が生成し、さらに試薬ガスと反応して生成する二次イオンが試料分子とイオン−分
子反応を起こす。この結果生じた[M+H]+ イオンや[M+C2H5J]+ イオンなどは安定なイオンであり、イ
オン化に伴う結合の開裂が起こりにくく、断片イオン(フラグメントイオン)の少ない単純なスペクトルが
得られる。
この他にも、電界イオン化法(FI:field ionization)や二次イオン化法(SI:secondary ion)がある。
マススペクトルで何がわかるか
1. 正確な分子量がわかる。
3. 化合物の同定ができる。
2. 化合物の構造が推定できる。
4. 分子中の Cl,Br などの原子数がわかる。
[チャートの見方]
図7 安息香酸のマススペクトル(70eV)
分子イオンピーク(親ピーク): [C6H5COOH]+ ; M=122
フラグメントイオンピーク(開裂ピーク): m/e ; 105(M-OH), 77(105−CO), 51(77−C2H2)
同位体イオンピーク(同位元素によるピーク): m/e ; 123 13Cで1.108%存在する。
基準ピーク(最も強いピーク): この場合、m/e ; 105 が基準ピーク
図8 ハロゲンの単量体〜多量体とそのピーク
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