ボーン・グローバル・マーケティングの可能性

Japan Marketing Academy
★
論文
ボーン・グローバル・マーケティングの可能性
笊 ――― はじめに
笆 ――― G3.0 の時代
笳 ――― 社会生態学者ドラッカーの企業観
笘 ――― グローバル・マーケティングとイノベーション
笙 ――― アメリカン・マーケティングからグローバル・マーケティング
笞 ――― ボーン・グローバル・マーケティングの可能性
笵 ――― 結びにかえて―グローバル・コンテクストとマーケティング
嶋 正
1920 年代から 30 年代にかけてアメリカで
● 日本大学 商学部 教授
生まれたマーケティングは,生産過剰・過小
消費による不況を克服するためのビジネス・
笊――― はじめに
ツールとして広告や商標(ブランド)などの
手法を高め,その後 40 年代から 50 年代にか
20 世紀アメリカ自動車産業を象徴した「ビ
けて経営理念の中心になっていった。
ッグ・スリー」の経営破綻に見られるように,
第二次大戦後,西欧や日本に導入されたマ
2009 年は「100 年に一度の大不況」と呼ばれ,
ーケティングは,世界の国・地域の文化や習
1929 年のアメリカ大恐慌以来の資本主義の危
慣などの「コンテクスト」(context ;文脈)
機が叫ばれた年となった。
に対応し,アメリカン・マーケティングがグ
アメリカの産業を代表してきた自動車企業
ローバル・マーケティングと発展してきてい
の経営破綻はアメリカのみならず世界の多く
るのは周知の事実である。
の国々に影響を及ぼしてきている。相互依存
つまり,アメリカの東部や中西部を中心に
が進んだ今日のグローバル社会においては,
発展したアメリカン・マーケティングが州や
国内の経済や産業がすぐに他の国々に影響す
地域を越えて全国展開したように,21 世紀の
る一方で,かつては自国でしか解決できなか
G3.0 では国や地域を越えたグローバル・マー
った問題を世界的規模で解決可能になったこ
ケティングの実現につながった。
との意義は大きい。
本稿では,20 世紀のアメリカン・マーケテ
それは,戦後発足した IMF(国際通貨基金),
ィングを振り返りながら,G3.0 でのボーン・
GATT(関税貿易一般協定)から発展して
グローバル・マーケティングの可能性を探る
1995 年に「世界流通に関する国際機関」であ
ことにする。
る WTO(世界貿易機関)の設立によって,
笆――― G3.0 の時代
初めて世界的な流通問題解決の制度が確立さ
れたことが,グローバリゼーションの第 3 段
トーマス・フリードマン(Friedman, L.T.)
階(G3.0)に入る大きなきっかけとなった。
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マーケティングジャーナル Vol.29 No.2(2009)
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ボーン・グローバル・マーケティングの可能性
は,『フラット化する世界』の中で,グローバ
的な取引が行われていた。
リゼーションの時代区分を 3 つのフェーズで
2000 年以降の G3.0 となり,世界は「個」の
説明している 。
時代に入ったと指摘される 2)。
1)
フェーズ 1 (グローバリゼーション 1.0 :
G1.0)
IT 技術の進歩により世界中の個人が距離に
1492 年から 1800 年頃
関係なく世界のどこからでも繋がることがで
フェーズ 2 (グローバリゼーション 2.0 :
きるようになった結果,個人がグローバルに
G2.0)
力を合わせ,またグローバルに競争をくりひ
1800 年頃から 2000 年頃
フェーズ 3 (グローバリゼーション 3.0 :
ろげるという,新しく得た力を生み出した。
G3.0)
IT の普及は見たことも触ったこともない商品
2000 年頃以降
G1.0 は,コロンブスが航海に乗り出し,旧
を直接知ることができ,規模の小さな企業や
世界と新世界の間の貿易が始まった時代であ
個人のビジネス・チャンスを拡大させた。例
る。国家が物理的な力をどれだけ持ち,それ
えば,書籍をインターネット利用によって販
をどれだけ創造的に用いるかに左右されてい
売してきたアマゾン(Amazon)は,店舗を
た。その力によって国家や政府は,壁を壊し
持たないベンチャー企業として設立され,顧
て世界を一つにしようとしていた。
客情報のデータベース化によってグローバル
次の G2.0 は,大恐慌と二度の世界大戦によ
な個人顧客とのマーケティングを成功させて
って中断されたものの,約 200 年続いた時代
きている。
である。時代を動かした多国籍企業は,市場
G3.0 がこれまでの時代と異なるのは,サイ
と労働力を求めてグローバル化した。この時
ズが縮小し,世界をフラット化し,個人に力
代にわれわれはまさに世界経済の誕生と成熟
を与えたことだけではない。もうひとつの違
を目の当たりにしたといえよう。つまり,大
いは,G1.0 と G2.0 の牽引力は欧米の個人やビ
陸から大陸へと大量の商品や情報が移動し,
ジネスだったという点である。グローバル化
世界市場が生まれ,生産と労働の両方の世界
とそのシステムの改良は,欧米の国や企業や
■図―― 1
グローバリゼーション・フェーズ(G1.0, G2.0, G3.0)の特徴と内容
フェーズ
G1.0
G2.0
G3.0
時代区分
1492年から1800年頃
1800年頃から2000年頃
2000年頃以降
グローバル情報社会
世界の動き
大航海時代
産業革命と工業化
世界のサイズ
L
M
S
富の源
貴金属、絹、香辛料
農産物、鉱物資源、工業品
知的財産権、
サービス
略奪
貿易・投資
グローバル・マーケティング
手段
推進力
腕力、馬力、風力、蒸気動力 鉄道、自動車、電話、人工衛星、パソコン インターネット、バイオテクノロジー、太陽光発電
ルール
軍事力
国際協定
国際機関
主な担い手
国家
多国籍企業
企業・個人
(出所)トーマス・フリードマン『フラット化する世界(上)
』日本経済新聞社,2006 第 1 章をもとに筆者作成。
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冒険家が主に進めていた。しかし,時代がす
リスクを補填するための余剰をつくり出さな
すむにつれて,この傾向はどんどん薄れてい
ければならないと彼は言った。しかもその源
った。なぜなら,世界をフラット化して縮め
泉はただ一つ,利益しかない。また,事業は
てゆく G3.0 は,日増しに欧米の個人だけでは
ただ自己のリスクだけにそなえればよいとい
なく多種多様な,非欧米,非白人の「個人」
うものではく,時には誤ったマネジメントに
の集団によって動かされるようになっている 。
よって他の企業が出す損失の穴埋めをしなけ
3)
このことから,G3.0 でのグローバル・マー
ればならない事態などもある。というのは,
ケティグの主体が,後述する「ボーン・グロ
社会が自由な競争を促す経済を維持してゆく
ーバル企業」であり,ボーン・グローバル・
ためには,経済的な新陳代謝が絶えず行われ,
マーケティングの可能性が高まってきている
つねにいくつかの企業が損失を出し,消滅し
とも言える。
ていかなければならないからである。そのた
めに,企業はイノベーションを行い,よりよ
笳――― 社会生態学者ドラッカーの企
業観
い商品を生み出し,将来の発展のための資本
をも生み出さなくてはならないと言いつつも,
これらのことよりも事業が第一に目指すこと
一般的に経営学者と呼ばれたドラッカー
は,自己のリスクを補填するに足る利益を確
(P.F.Drucker)は,社会生態学者(Social
保することなのだと主張した。
Ecologist)と自称していた。
事業の目的は,経済的資源を富に転化し,
ドラッカーは,1954 年に著した『現代の経
物を商品化するのは顧客以外の何物でもない
営』の中で,マネジメントの中心的機能をマ
という理由から,顧客創造を目的とする。顧
ーケティングとイノベーションとし,従来の
客が商品またはサービスに喜んで金を払おう
「事業の目的」や「利益」に関する考えを覆す
としなければ,その商品やサービスは存在し
見解を示した 。
えない。事業の成功にとって第一義的な重要
4)
「事業とは何か」については,多くの人は
性を持つものは,事業家の価値判断ではなく,
「営利を目的とする組織」と答えがちであるが,
むしろ顧客の価値判断である。つまり,顧客
このような答えは間違いであるだけなく,見
が「値打ちがある」と思うこと,それが決定
当違いであるとドラッカーは主張する。
的な重要性を持っているのである。顧客は事
なぜならば,利益は事業活動の原因ではな
業の土台であり,事業の存在を支えるもので
くて,その結果であり,利益は事業がマーケ
ある。
ティングやイノベーションによって生み出さ
企業目的は「存続と成長」であり,事業目
れると考えたからである。
的が「顧客の創造」となるのが,ドラッカー
事業の目的を「顧客の創造」とし,利潤の
の「社会生態者」たる所以である。
最大化にあるのではなく,むしろリスクの回
資本主義における企業は,「経済性と社会性
避にあるという。事業の運営にはつねにリス
を備えた社会制度」である,とドラッカーは,
クが伴うものであるから,そのリスクに備え,
アメリカ資本主義の特徴として大恐慌以来の
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ボーン・グローバル・マーケティングの可能性
大企業を中心とした制度主義的な考え方を持
成り立たない。経済的資源を富に転化するこ
っていた。
と,つまりイノベーションが必要となる。イ
社会生態学者ドラッカーは,進化論を思想
ノベーションによって顧客が求める商品やサ
背景として社会の中で,「存続する」法人とし
ービスに喜んで支払おうとする顧客がいなけ
て企業を捉える。つまり,資本主義の弊害は,
れば,商品やサービスの価値はなくなるので
景気循環や企業業績の不振に伴う雇用の不安
ある。より良く,より経済的な商品ないしは
定であり,ひいては福祉の低下につながる。
サービスを供給することが重要なのである。
従って,この資本主義の弱点を克服するため
ドラッカーが,マーケティングと共にイノ
に,企業の存続は雇用の確保と法人税の納付
ベーションを持ち出すのは,偶然のことでは
という 2 つの重要なことを社会的に果たすか
ない。ドラッカーの父親が経済学者で,その
らである。この存続と成長のために,利益を
教え子がシュンペーターだったからである。
将来のリスクを補填するために使うべきだと
ドラッカーは,オーストリアのウィーンで
主張した。
生まれ,同じくアメリカに渡った経済学者シ
ュンペーターが,初めてイノベーションこそ
笘――― グローバル・マーケティング
とイノベーション
が資本主義の本質であることを『経済発展の
理論』で「新結合」という言葉で喝破した。
イノベーションとは,資本主義における商
利益が将来のリスクのために使われるだけ
品の価値を高めたり,コストを安くしたりま
でなく,顧客創造のためのマーケティングと
ったく新しい生産方式を生み出す源泉なので
イノベーションの費用として使われるべきで
ある。
ある,とドラッカーは考えた。
資本主義の主体としての企業の目的が,存
マーケティングは企業の 2 つの基本的機能
続と成長でなければならないと主張した。
の 1 つであり,販売部門だけに任せられるほ
なぜなら,資本主義において,イノベーシ
ど簡単な活動ではない。つまり,販売活動の
ョンが枯渇することによって企業経営が行き
ように限定された特殊な活動ではなく,もっ
詰まり,企業の存続が難しくなるからである。
と広範囲な活動であり事業全体のどの部分に
まさしく 2009 年のアメリカのビッグ・スリ
もかかわりのある重要な活動である。作った
ーの経営破たんはドラッカーのいうイノベー
ものを売るだけでなく,市場が要求するもの
ションの不足により新事業を生み出すことが
を作り,売ることが求められるのである。
出来なくなったために起きた。株主重視の経
このように顧客の観点から見ればマーケテ
営によって短期的な利益を求め,株主のため
ィングは,事業活動そのものにほかならない。
に高い配当を提供することが経営者の大きな
それゆえ事業のあらゆる領域において,すべ
目標となってしまった。その結果として,十
ての人がマーケティングに関心を持ち,責任
分な投資に回すための内部留保が不足し,イ
を持つ必要がある。
ノベーションが生まれにくいマネジメント構
しかし,マーケティングだけでは,企業は
造となってしまったのだ。
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このような,事業目的である顧客を創造す
笙――― アメリカン・マーケティングか
らグローバル・マーケティング
るために欠くことのできないマーケティング
とイノベーションの結合のために,利益を費
用と考え投資すべきである。
ドラッカーの考えをアレンジし,事業の目
G3.0 のグローバル・マーケティングの展開
的である顧客創造を支えるイノベーションと
を述べる前に,G2.0 のアメリカン・マーケテ
マーケティングのための費用の源泉を利益と
ィングの生成を見る必要がある。
すれば,図− 2 のようになる。
そして,アメリカン・マーケティグのメタ
この事業による顧客創造によって生み出さ
ファー(陰喩)を用いてグローバル・マーケ
ティングの展開を論じたい 5)。
れる利益が株主への配当と,内部留保による
アメリカでは 1849 年にサンフランシスコで
新たな投資費用に回されることによって,イ
ノベーションとマーケティングが可能になり,
の金鉱の発見による「ゴールドラッシュ」に
事業により,顧客の創造と維持が可能になる
よってカリフォルニアへ到達し,アメリカの
のである。
広大な国内市場への認識が深まった。1860 年
イノベーションは,G3.0 のボーン・グロー
代の南北戦争による北の勝利が南部の奴隷解
バル企業にとって,グローバル・マーケティ
放と黒人労働者の中西部や東部への移動を引
ングとともにもっとも重要な機能である。
き起こし,70 年代からの工業化における重要
ボーン・グローバル・マーケティングはド
な労働力として役割を果たした。その後,エ
ラッカーの思想とうまくかみ合う論理展開が
ジソンの白熱電球の発明や,ベルの電話の発
当てはまる。
明,そしてカーネギーによる鉄鋼業の寡占化
など,東部や中西部での電気製品や鉄鋼の大
■図―― 2
マーケティングとイノベーション(ドラッカー・モデル)
マーケティング
事業
顧客
イノベーション
売上
内部留保
投資
利益
費用
配当
株主
出所)Drucker,P.F.(1954),野田一夫監修,現代経営研究会訳(1987),
『現代の経営(上)』ダイヤモンド社,42 頁∼ 93 頁までを参照して筆者作成。
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ボーン・グローバル・マーケティングの可能性
量生産によって,アメリカは世界最大の工業
売していた「Ice Station」が第二次大戦後コ
国になっていった。1880 年代,フロンティア
ンビニとして「Seven Eleven」として新業態
の消滅と同時に西漸運動は終わりを告げ,以
を生み出すきっかけとなったように,マーケ
前はミシシッピ川以東がアメリカだと思って
ティング・イノベーションも急速に進んだ。
いた国民にとって,巨大な国土と豊かな資源
第二次大戦をはさんで,アメリカはヨーロ
を持つ国内市場に大きな関心が移っていった。
ッパの復興計画であるマーシャルプランを利
それと同時にミシガン州,オハイオ州などの
用して,ヨーロッパへの財政支援による有効
中西部で農産物流通への関心が高まり,1902
需要を利用して,ヨーロッパへの進出がはじ
年にミシガン大学で「農産物流通」(market-
まった。特にフォードや GM はヨーロッパに
ing of farm products)という marketing とい
子会社社を持ち,GM はドイツのオペルを買
う用語を用いた講座が世界で初めて開講した。
収することになる。アメリカ多国籍企業の進
1920 年代から 30 年代は,大量生産・大量
出である。
消費による高度大衆消費社会の時代である。
アメリカから,10 年以上遅れはしたがイギ
文化的生活を営むためのいわゆる「三種の神
リスやフランスを始めとする西欧にもマーケ
器」である白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫を東
ティングが導入され,続いて 1955 年に日本に
部および中西部の人々の多くが購買するよう
も導入されるに至った。
になり,次第に西海岸や南部の方にも普及し
このようにして,アメリカから生まれたマ
ていった。大量生産により価格競争が激しく
ーケティングが世界中に広がり,アメリカ
なり,価格競争に耐えられない企業が倒産し
ン・マーケティングがグローバル・マーケテ
たり,買収の対象とされたりした。その結果,
ィングへと進化していった。
寡占化が高度化する一方で,職を失った労働
マーケティングが誕生した当時のアメリカ
者が増えることによって,消費が急速に落ち
企業の多くは,世界最大の国内市場を重視す
ていった。その結果,1929 年のニューヨーク
る傾向が強かった。アメリカ市場は世界最大
市場の株価暴落によってアメリカ資本主義の
市場であり,アメリカ企業はあえて国内市場
危機を招いた。
を重視することになったのだ。これがアメリ
この様な背景により,アメリカにマーケテ
カン・マーケティングの特徴で,巨大な国内
ィングが導入された。つまり,大量生産に基
市場を前提に構想されたものであった。
づく大量消費のメカニズムが過剰生産と過少
しかし,今日のグローバル・マーケティン
消費という供給過剰の状況では通用しなくな
グは「グローバル・コンテクストにおけるマ
った結果,マーケティングを導入し,多くの
ーケティング」である。グローバル・マーケ
企業は,生産から販売へと経営の軸足を移さ
ティングは,巨大なグローバル企業に限定す
ざるを得なくなっていったのだ。
るものでなく,小さな企業やサービス企業,
この時代に,小売りのイノベーションが始
あるいはインターネットを利用した企業もそ
まっていた。例えば,1930 年代に内部では冷
の主体となることができるのである。つまり,
蔵庫が十分普及しておらず,日曜日に氷を販
ボーン・グローバル企業である。
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■図―― 3
ィングは常にグローバル競争を意識したグロ
マーケティングの方向性
ーバル・マーケティングを強いられてきた結
主体
果,中小企業でもグローバル・マーケティン
個人
。
グ能力を身につけてきた。(図− 3 参照)
図− 4 は,20 世紀にマーケティンがアメリ
中小企業
カで始まって「アメリカン・マーケティング」
寡占企業
が G3.0 の「グローバル・マーケティング」に
至る地理的拡大を示したものである。
国内
50 の州から構成されるアメリカは多様な人
有形財
国際
客体
サービス
世界
種・文化を持ち「人種のサラダ・ボウル」に
アイデア
たとえられる国であり,グローバル・コンテ
クストの縮図とも呼べる。
広大で豊かな国内市場でマーケティングを
EU(欧州連合)も 20 を超える国から構成
行えば企業の存続が可能であった 20 世紀のア
され,アメリカに匹敵する経済規模になって
メリカン・マーケティングも 21 世紀以降つま
きている。1995 年発足した WTO には 153
り G3.0 になるとグローバル競争にさらされる
国・地域が加盟し(2008 年 7 月現在),ロシ
ことになり,ビッグ・スリーの破綻に見られ
ア,中東,アフリカの一部を除いて世界の 7
る「国内市場」志向のマーケティングの限界
割近くが加盟していることになる。
が露呈した。
WTO はまだ世界のすべてを包摂する国際
翻って,日本やドイツに見られるマーケテ
機関ではないが,「個人が世界的に活躍する力
■図―― 4
アメリカン・マーケティングからグローバル・マーケティング
アメリカ50州
WTO 153 加盟国・地域(2008 年 7 月現在)
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ボーン・グローバル・マーケティングの可能性
伝統的なグローバル企業は,グローバル企
を持った G3.0 の特徴であるが,企業も,規模
の大小を問わず,この時代に新たな力をえた」
業または多国籍企業と呼ばれてきた。これら
のである 。
の企業は,欧米をはじめとして豊かな国内市
6)
場の中で寡占的ないし独占的企業として成長
笞――― ボーン・グローバル・マーケ
ティングの可能性
し,その後国外市場に事業展開するパターン
である。つまり,本国市場で経営資源を蓄積
したうえで,その生産能力を国外の新たな市
1993 年にオーストラリアのマッケンゼー・
場に移転し,企業としての成長を持続しよう
メルボルン支社が報告書の中で初めて使用し
とするものである。国境の壁を克服するため
たのが「ボーン・グローバル企業」(born
の手段として,企業は国際企業や多国籍企業
global firm)であった 7)。
として取引を「内部化」しようとしたのであ
オーストラリアは広大な国土の割に人口が
る。
少なく,国内市場は小さく企業成長にはグロ
1950 年代後半以降,急速に多国籍化したア
ーバル市場を目指す必要があることに着目し,
メリカ系企業は西欧,中南米などのアメリカ
成功企業の要因を分析する中で比較的早い段
本国と比較的近い地域に子会社を設立する傾
階からグローバル市場を志向する企業を「ボ
向が強かった。多国籍企業は経営のパッケー
ーン・グローバル企業」と呼んだ。
ジを移転することで,進出先の市場での活動
オーストラリアに限らず,国内市場の小さ
を内部化することが多い。
な国から生まれた企業には共通の特性として
このような多国籍企業が成長する一方で,
ボーン・グローバル・マーケティングを行う
非多国籍企業の成長も著しかった。先進国は
ことがわかってきた。
もちろん途上国においても,非多国籍企業に
企業の国際化のモデルについては,伝統的
よる輸出が急増し,グローバル市場を生かし
に国内市場の確立のあと数十年かかって国際
て急速な成長を遂げている。とくに,本国市
化の完成がある,と言われてきた。しかし,
場が比較的小さな国にある経営資源の乏しい
1990 年代に「市場のグローバル化」によって,
企業は,輸出志向によってグローバル市場で
従来の考え方では説明できない「ボーン・グ
の売上を伸ばす傾向にある。このような非多
ローバル企業」と呼ばれる企業が生まれた。
国籍企業の役割は 1990 年代以降むしろ高まっ
ボーン・グローバル企業は,事業設立と同時
ており,最近では中国やインド,東南アジア
に,あるいは設立直後から国際市場での売上
にある企業の中にも世界的なシェアを占める
高が(通常)25 %以上を占める企業である。
非多国籍企業が多く見受けられるようになっ
ボーン・グローバル企業は,国際ニュー・ヴ
てきている。
ェンチャー(international new ventures),
多国籍企業の成長と限界を考える中で,多
ボーン・グローバルズ(born globals),グロ
国籍企業の役割も大きく変化してきている。
ーバル・スタートアップス(global start-ups)
一般に考えられる企業行動の特性としては,
と呼ばれることもある 。
既存市場からの動因と新しい市場の誘引から
8)
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説明することができる。企業が,既存市場あ
■図―― 5
るいは国内市場よりも新市場,あるいは国外
ボーン・グローバル企業との比較
市場に魅力を感じるのは,たとえば本国市場
グローバル化
での参入が厳しい,競争が激しい,成長が乏
ボーン・グローバル企業(非アメリカ型企業)
しいなどの理由が考えられる。逆に,新たな
単独事業
国外市場に魅力を感じるのは,参入が容易で
ライセンシング
ある,市場の成長が見込まれる,競争が比較
合弁事業
伝統的多国籍企業
(アメリカ型企業)
的穏やかである,特定のニーズ(ニッチ市場)
直接輸出
間接輸出
がある,などがあげられる。かつて多国籍化
することで競争優位を得てきた企業も,国境
時間
という障壁の低下に伴って,国外市場を国内
(出所)筆者作成。
市場の延長として捉えることができるように
なってきている。
ーネットの普及は企業の内部と外部のボーダ
近年,EU(欧州連合)や NAFTA(北米自
ーを希薄にさせてきている。その結果,イン
由貿易協定)にみられる FTA(自由貿易協定)
ターネットを利用することでグローバル・サ
のように経済統合にともなって国境の壁がな
イバー・マーケットを通じた多様な商品のマ
くなりかけている。このような世界の動きの
ーケティングが可能になってきている。
中で,欧州,東アジア,北米,日本,オース
グローバル・ネットワークの発達によって,
トラリアなどから新しいタイプのグローバル
国内外のメーカー,流通業者,物流業者など
企業として,ボーン・グローバル企業が生ま
とのネットワークや提携を通じて,多国籍型
れてきている。
の組織ではなく,フラットなグローバル組織
ボーン・グローバル企業の急速な出現には
が可能となってきている。その結果,多様な
IT の普及・発達が貢献してきている。国際電
ニーズに対応し,乏しい内部資源を補完する
話の利用減少とは対照的に,国際 FAX やイ
ために,ネットワークを通じて OEM(相手
ンターネットを使った E メールおよび衛星放
先ブランドによる生産)供給を受ける場合が
送の普及にともなって,1990 年代以降,情報
多い。これによりグローバル・ニッチに対応
ネットワークの利用が容易になった。これま
した商品供給が可能になり,多国籍企業が参
で,国際ビジネスでは海外出張や国際会議,
入しないユニークな市場を確立することが可
あるいは国外に支店や支社を設けることが不
能になる。
可欠であったが,IT の普及・発展に伴って,
ボーン・グローバル・マーケティングでは,
スモール・オフィス・ホーム・オフィス
企業の成長とイノベーションと高い相関がみ
(SOHO)でのグローバルな取引が可能になっ
られる。なぜなら,このようなボーン・グロ
てきている。逆に大規模な多国籍企業は企業
ーバル企業の組織上の優位性は,ボーン・グ
内部で情報を独占することによって,情報独
ローバル企業の企業家は,一般企業の企業家
占の優位性を享受してきた。しかし,インタ
と比べて若く,官僚制や階層組織とらわれず,
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ボーン・グローバル・マーケティングの可能性
比較的迅速で柔軟な意思決定が可能な点であ
ローバル・マーケティングへの大きなステッ
るからだ。従って,より革新的かつ顧客志向
プになるとの思いから,あえてアメリカの高
で,新しい技術を用いたニーズへの対応を迅
級レストランやバーでの「お通し」としての
速に行うことができる。
需要も見込んでいる。
日本に参入しているスペインの「ZARA」,
笵――― 結びにかえて―グローバル・
コンテクストとマーケティング
スウェーデンの「H & M」,「IKEA」などの
マーケティングこそ G3.0 のボーン・グローバ
ル・マーケティングであり,生活に溶け込ん
20 世紀までの G2.0 では多国籍企業による内
でいる多くのボーン・グローバル・マーケテ
部化の利益が強調されてきたが,G3.0 では,
ィングにわれわれが,気付いていないのかも
「個人」を主体とするライフスタイルが見直さ
しれない。
れている。
日本人だから清酒を飲み,アメリカ人はベ
注
1)Friedman, L.T.(2006),伏見威蕃訳(2006)『フラ
ット化する世界(上)』日本経済新聞社,13 ∼ 76
頁。なお,本稿の論旨は,「同質でフラットな世界
市場」を前提とするものではなく,あくまでも多
様な「コンテクスト」の中で世界市場を捉えるも
のである。
2)同上訳書,24 頁。
3)同上訳書,24 頁。
4)Drucker, P. F. (1954),野田一夫監修,現代経営
研究会訳(1987),『現代の経営(上)』ダイヤモン
ド社,59 ∼ 61 頁。
5)アメリカン・マーケティングとグローバル・マー
ケティングの発展については,嶋 正(2003)「グ
ローバル・マーケティングの実現と背景」『季刊マ
ーケティングジャーナル(第 22 巻第 4 号)日本マ
ーケティング協会,に詳しい。
6)Friedman, L.T.(2006)
,前掲訳書,24 頁。
7)McKinsey & Co. (1993), Emerging exporters ;
Australia's high value-added manufacturing
exporters. Melbourne ; Australian Manufacturing
Council.
8)Knight, G & Cavusgil, S.T. (1996), The born
global firm; A challenge to
traditional
internationalization theory, in Cavusgil, S. & Madsen, T. (Eds.), Advances in International Marketing, Vol.8. Greenwich, CT ; JAI Press.
9)Moses, E(2000),田中洋訳(2002)『ティーン
ズ・マーケティグ』ダイヤモンド社。
ースボールを観るというステレオタイプのセ
グメンテーションから,世代や年代によるセ
グメンテーションを行い,例えば,若者を
「ティーンズ・マーケティング」9)の対象と考
え方を持ちることで,グローバル・ニッチの
マーケティングが可能となった。
例えば,石川県の清酒メーカーがアメリ
カ・ミシガン州のアナーバー市の顧客からイ
ンターネットで受注し国際宅配便を利用して
ケース単位で日本酒のマーケティングも実現
可能なのだ。
実際,柿の種で有名な新潟の亀田製菓は,
2008 年にアメリカ・カリフォルニア州に
KAMEDA USA, INC.を設立し,
「亀田の柿の
種」
(Kameda Crisps)の販売を始めた。進出
のきっかけは,成田空港で帰国の際アメリカ
人やインド人が大量にお土産として買って帰
ることに注目し,「人種のサラダ・ボウル」と
呼ばれ多様なセグメントを持つアメリカ市場
で「餅米を健康食と考えるリッチなセグメン
ト」に着目して,マーケティングを本格化し
た。世界の縮図であるアメリカでの成功はグ
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嶋 正(しま ただし)
日本大学商学部教授。
1987 年日本大学大学院商学研究科博士課程単位取得
満期退学。
日本大学商学部助手,助教授,ミシガン州立大学客
員教授を経て,2003 年より現職。
専攻はグローバル・マーケティング,戦略マーケテ
ィング,グローバル・サービス。
共著書に『グローバル・マーケティング入門』(日
本経済新聞出版社),『グローバル・ビジネス戦略の
革新』
(同文舘)などがある。
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