第7回「病気と検査の思い出エッセイ」 最優秀賞 『小さなメッセージ』 山下 純子(42歳/主婦・岐阜県) その日から私にとって『検査』は病気を発見するための怖いものではなくなった。 …6時間に及ぶ骨移植手術の後、 あまりの痛さと苦しさに眠れぬ一夜をやっと越えた私の枕元で、 声をひそめた話し声がする。 「でも6.9ですよ?ヘモグロビン。出血も多かったし、輸血した方が…」 「いいのはわかってる。でもこの人は、輸血を怖がってたんだ。もちろん輸血同意書にもサイン はもらってるけど、ぎりぎりまで見合わせる約束をしてるんだ」 私はハッとして目を開けた。目の前には私の主治医のグループの若い医師が2人いた。 「先生、私作ります、血。次の検査で駄目と判断されたらバケツ1杯輸血してください。でもそ れまで努力させてもらえませんか?」 ここまで言って、くらくらと眩暈がした。 「ほら…気持ち悪いでしょ?力が入らないのも血が足らないからですよ。今も傷口に差したチュ ーブから出血は続いているんです。それに、1週間で1.0も上がりませんよ普通」 心配顔の医師を、もう1人が制した。 「3日だけ待ちます。3日後に数値が上がっていれば輸血せずにいきましょう」 私は大喜びできちんと食事をとることを約束した。とはいえ、病気が見つかってから食欲が落 ち、10キロ近くやせていた体で急に大食漢になるのは難しく、困っていると看護師がニコニコ しながら何かを持ってきて、先ほど輸血を勧めた方の医師からの指示だから飲めという。中身は コンデンスミルクのような味の栄養価の高いジュースで、一緒についてきた伝票にはその先生の いたずらか『3時のおやつ』と印字されていて、思わず笑った。 「術後にてっとり早く血を作るにはとにかく食べることと、体に血栓作らないよう足首を動かす こと。頑張ってね」 と言って、看護師は戻った。そこからはひたすら努力し、3日後の血液検査を迎えた。 「7.4!すごい!出血があって3日でこれだけ血が作れるなら今は輸血しません。 でも1週間後 にまた判断しますよ」 私の挑戦がどこまで申し送りされていたのかはわからないのだが、1週間後にきた検査結果の 伝票を見て、胸が熱くなった。朝一番で採血しても昼過ぎにしか結果は出ないのが普通なのに、 昼前に持ってきてくれたヘモグロビン値の横にVサインをした手の絵が鉛筆で小さく書いてあっ たのだ。書き込みの通り、結果がよかったのも嬉しくて、採血から検査、カルテに至るまでにこ の伝票に携わった人達の誰が作者なのかはあえて探さずにいた。誰かが私の回復を一緒に喜んで くれている、そのことが純粋に嬉しかったからだ。 私のカルテに貼り付けられた血液検査の伝票が増える度、ちらっと覗き見するヘモグロビン値 の横に書き込まれたアップマークだったりVサインだったりする作者のわからない小さなメッセ ージに励まされ、数週間後に元気に退院を迎えた。
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