妊娠中に内服した抗てんかん薬によって赤ちゃんの大脳の構造に 異常を

プレスリリース
2016 年 10 月 19 日
報道関係者各位
慶應義塾大学医学部
妊娠中に内服した抗てんかん薬によって赤ちゃんの大脳の構造に
異常を生じる仕組みを解明
このたび慶應義塾大学医学部小児科学教室の高橋孝雄教授、三橋隆行専任講師、藤村公乃
助教、電子顕微鏡研究室の芝田晋介専任講師らの研究チームは、抗てんかん薬として広く使
用されるバルプロ酸への胎内曝露によって、胎児の大脳皮質の構造に異常をきたす仕組みを
解明しました。
てんかんは最も頻度が高い慢性疾患の一つで、約 100 人に一人が発症します。抗てんかん
薬を長期間内服する場合、女性患者では胎児に与える薬物の影響を十分に考慮する必要があ
ります。実際、中等量以上のバルプロ酸を妊娠中に服用すると、生まれた子どもに知能低下
や自閉症などの高次脳機能障害を認めるリスクが増加することが報告されています。
本研究では妊娠全期間にわたり母マウスがバルプロ酸を内服すると、胎仔の神経幹細胞が
増加し、仔マウスで大脳皮質が不均一に厚くなる点を明らかにしました。さらに、この異常
には、神経幹細胞の秩序ある細胞分裂がバルプロ酸により、かく乱されたことが関係してい
ることを証明しました。
本来、大脳皮質の正常発生プログラムは遺伝子配列により規定されていますが、本研究で
は特定の薬物曝露といった子宮内環境の異常が発生を障害する新たな知見を示しました。本
成果は、脳の発生異常、さらには子どもの脳機能障害を引き起こす現象について、臨床面で
の貢献だけでなく、創薬に関連した科学領域への波及効果も含め大きな社会的意義があると
考えています。
本研究結果は 2016 年 10 月 19 日(米国東部時間)に北米神経科学会誌「The Journal of
Neuroscience」の表紙を飾り掲載されます。
1.
研究の概要と成果
A)
研究の背景
てんかんは生涯有病率が約 100 人に一人と頻度が高い慢性神経疾患の一つであり、多くの
場合、治療のために抗てんかん薬を内服します。小児期に発症したてんかんについては、約
7割が治癒し良好な経過を経る一方、一部の患者ではてんかん発作が持続するため、生涯に
わたって抗てんかん薬を内服する必要があります。特に妊娠が可能な年齢の女性では、抗て
んかん薬が胎児に移行することによる影響を考慮することが重要です。
バルプロ酸は国内で最も広く使用される治療効果が高い抗てんかん薬である一方、妊娠中
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に内服した場合、量によっては出生児において中枢神経先天奇形である神経管閉鎖障害をは
じめとする様々な先天奇形、知能指数低下、自閉症をはじめとする発達障害の発症リスクが
増加することが報告されていました。このことは、バルプロ酸胎内曝露が神経管閉鎖障害の
みならず、大脳皮質の形成過程を障害している可能性を強く示唆します。
また、バルプロ酸は抗てんかん作用に加えて、遺伝子の発現を調節するヒストン脱アセチ
ル化酵素の働きを妨げることが知られています。ヒストン脱アセチル化酵素は胎児の発育に
おいても働いているため、バルプロ酸が生じる先天奇形や高次脳機能障害についてはバルプ
ロ酸がもつヒストン脱アセチル化酵素の働きを妨げる作用が原因である可能性が考えられま
した。
当研究チームでは、マウスをつかった大脳皮質形成についての研究を過去 20 年以上にわた
り行ってきました。一般的に大脳皮質は、1)神経幹細胞から神経細胞が作られる神経細胞
産生過程、2)大脳皮質の表面側への移動、3)神経細胞同士がシナプスを形成したり不要
な細胞をアポトーシスで除去するなどの成熟過程、の三段階を経て完成します。マウスの場
合、大脳皮質の神経細胞産生過程は妊娠 11–17 日頃に胎仔大脳壁内の脳室帯で行われます(図
1)。
私たちは、この神経幹細胞の細胞分裂動態(細胞周期の長さ=細胞分裂の速度、分化誘導
の確率=分裂により産生された細胞が神経細胞となる割合)に着目し、生後及び胎仔期マウ
スの大脳皮質形成に対してバルプロ酸が与える影響を解析しました。
脳室帯
前脳
図1
B)
神経幹細胞
胎生 11 日マウス前脳大脳壁脳室帯内の神経幹細胞
バルプロ酸胎内曝露による大脳皮質形成異常の概要
本研究では、実際にヒトで行われるてんかん治療に似せて実験するため、妊娠マウスに比
較的少ない量のバルプロ酸を飲み水に加えて妊娠全期間にわたり投与しました。
その結果、バルプロ酸胎内曝露群の生後マウスでは大脳皮質表層に分布する興奮性投射神
経細胞数が約 21%増加し、その結果、大脳皮質表層の厚さが約 15%増加することが判明しまし
た。大脳皮質表層の神経細胞は神経細胞産過程後半に産生されることが知られており、実際、
バルプロ酸曝露群では胎生 16 日に産生された神経細胞数が増加し、それらは生後大脳皮質の
表層に分布していました。
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C)
バルプロ酸胎内曝露が神経幹細胞の分裂動態を障害するメカニズム
バルプロ酸胎内曝露による大脳皮質形成異常のメカニズムを解明するため、私たちは胎仔
大脳壁の構造と神経幹細胞の分裂動態を解析しました。その結果、神経細胞産生過程が開始
する胎生 11 日には前脳の大きさがバルプロ酸胎内曝露群では対照群と比較して減少してい
たにもかかわらず、胎生 17 日までに同等の大きさになることが明らかとなりました。上記期
間中、神経幹細胞の細胞周期の長さについてはバルプロ酸胎内曝露群と対照群で同等でした。
一方、分化誘導の確率については神経細胞産生期間の前半にバルプロ酸胎内曝露群で減少す
ることが明らかとなりました。このような分化誘導の確率の変動は神経幹細胞プールの増大
をもたらすと考えられ、実際、胎生 16 日における脳室帯内の神経幹細胞数はバルプロ酸胎内
曝露群で約 15%増加していました。異常増加した神経幹細胞が神経細胞産生過程の後半に産
生される神経細胞数を増加させ、それらの神経細胞が大脳皮質表層に分布したと考えられま
した(図 2)。
図2
バルプロ酸胎内曝露は神経幹細胞数と神経細胞産生数を増加させる
このような神経幹細胞の分裂動態の異常をもたらすメカニズムを検証するため、神経幹細
胞内の細胞周期調節蛋白(p27Kip1, cyclin D1, cyclin dependent kinase (cdk) 2, cdk4)量を計
測したところ、バルプロ酸胎内曝露群ではいずれも増加していました。さらに、バルプロ酸
胎内曝露群ではアセチル化された総ヒストン蛋白 H3 量が増加していることが判明し、細胞周
期調節蛋白の無秩序な増加の原因と考えられました。
D)
本研究の意義
本来、大脳皮質の正常発生プログラムは遺伝子配列により規定されていますが、本研究で
は特定の薬物曝露といった子宮内環境の異常が発生を障害するメカニズムを解明しました。
この研究成果は、将来的に神経発生の異常から保護・修復する方法を開発する上で極めて重
要な発見であり、臨床面での貢献だけでなく、創薬に関連した科学領域への波及効果も含め
大きな社会的意義があると考えています。
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2.
特記事項
本研究は JSPS 科研費 JP20390299, JP23390276, JP26293248,JP25461560,JP22791001,
JP22791038,公益財団法人
母子健康協会小児医学研究助成,公益財団法人
研究振興財団研究助成,公益財団法人
益財団法人
てんかん治療
川野小児医学奨学財団川野正登記念研究助成金,公
小児医学研究振興財団研究助成金(以上,三橋隆行)等の助成を受けて行われ
ました。
3.
論文について
タイトル(和訳)
:
”In Utero Exposure to Valproic Acid Induces Neocortical Dysgenesis via
Dysregulation of Neural Progenitor Cell Proliferation/Differentiation”
(バルプロ酸胎内曝露は神経幹細胞の増殖/分化誘導を障害し大脳皮質形成に異常を
きたす)
著者名:藤村公乃、三橋隆行、芝田晋介、下郷幸子、高橋孝雄
掲載誌:The Journal of Neuroscience
※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。
※本リリースは文部科学記者会、科学記者会、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブ、各社科学部
等に送信しております。
【本発表資料のお問い合わせ先】
【本リリースの発信元】
慶應義塾大学医学部小児科学教室
慶應義塾大学
三橋
信濃町キャンパス総務課:鈴木・吉岡
隆行(みつはし たかゆき)
〒160-8582 東京都新宿区信濃町 35
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TEL:03-5363-3816 FAX 03-5379-1978
TEL 03-5363-3611 FAX 03-5363-3612
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