博士 (水産科学) 矢 吹 英 雄 学位論文題名

博 士(水 産科学 )矢吹 英雄
学 位 論 文 題 名
プロベラ特性を考慮した停止性能の推定と
操船・制御への応用に関する研究
学位論文内容の要旨
I研究の背景と目的1
調査船では、定点観測の必要性から、操縦性能を向上させる目的で推力調整の容易な可
変 ピッチ プロベラ (
CP
P)
が 使用され る。また 、種々 の超音波観測装置を使用することか
ら船の静穏化が要求され、プロペラをH
i
g
h
l
yS
k
e
w
e
dP
r
o
p
e
l
l
er (
H
S
P
)
とする傾向がある。
こうしたプロペラは、通常の操船の局面において特段問題にはならないが、調査船の多く
は1
軸1舵船 であるこ とから 、停止性能については必ずしもプラスとなるとは限らない。
CP
Pでは 、翼角を後進側に操作して船を停止させる場合は、針路保持が困難になることが
知られており、また、プロペラのスキューが大きくなるほど後進推力自体が弱くなるとい
う欠点も指摘されている。このような船の操船者にとって、停止性能は、船舶運航のさま
ざまな局面で安全な操船を行う上で重要な指標のひとっであり、航海速カからの緊急逆転
停止性能に加え、投錨、着桟時に行われる比較的低速カからのそれも風潮等の外乱を考慮
し た 実海 域 にお け る停 止性能 に関する情報を 提供する必要 がある。
操船者に高度な技術が要求される操船局面として、桟橋へのアプローチ操船が挙げられ
る。操船者は、停止運動に及ぼす風潮等の影響を推定しながら、舵、主機、スラスタ等の
複数のアクチュエータを同時に使用して複雑な船体運動を制御しつつ、本船を所定の位置
へ正確に停止させる必要があり、操船者の労働負荷と精神的負担が非常に大きくなる。こ
の時、労働負荷と精神的負担の増加により、操船者の処理機能が低下して過ちを犯すヒュ
ーマンエラーが起これぱ、桟橋への衝突、座礁といった海難事故にっながる。このような
事故を防止するためには、操船者が行うアプローチ操船を効率的に行えるように支援し、
操船者の労働負荷を軽減するための支援システムが必要である。
本 研究 で は 、ま ず 停 止 性能 に 及 ぼす HSP
と CPP
の 特 性 、実 海 域 にお け る CP
P1軸 1
舵
船の停止性能の特性を解明する。次にこの結果を踏まえて、安全運航に資する実用的な操
- 194一
船ブックレット及びプロペラの特性を考慮した実海域 における効果的な停止操船法を検
討し、また、操船者の労働負荷軽減のためのアプローチ操船支援システムの開発を目的と
する。
【方法及び内容1
本 研 究 で は 、 同 一の 実船 を用 いた HS
Pと CP
、 CP
Pと F
PPそれ ぞれ の比 較 実験 、模 型
試験及びシミュレーション計算により、停止性能に及 ばすHS
P
とC
P
Pの特性を検討する。
また 、実 海域 にお ける CP
P1軸1舵 船の 停止 運動 を表現する数学モ デルを誘導し、風力
下における停止運動の特性と自力着桟操船の限界を推 定する手法及び操船ブックレット
の作成法を検討するとともに、プロベラの特性を考慮 した効果的な操船・制御法につい
て述べる。さらに、操縦運動数学モデルによるシミュ レーション手法と操船ブックレッ
トを応用したアプローチ操船支援システムとその評価 について論じる。内容は以下のと
おりである。第1
章では、 停止性能に関するこれまでの研究を概括し、プロペラの 特性
を考慮した停止操船法と操船者の労働負荷軽減のため のアプローチ操船支援システムの
必要性について述べる。第2章では、実船実験、模型試験及ぴシミュレーション計 算に
より 、停 止性 能に 及ば すHSPの特 性を 解析 する 。第 3章で は、 C
PPとFPPの比 較実験に
よ り CPPの 停 止 性 能 の特 性を 解析 する 。第 4章で は、 C
PP1軸1舵船 の風 力 下の 停止 運
動を推定するための数学モデルを誘導する手法を述べ る。第5
章では、シミュレー ショ
ン計 算に より C
PP1軸1舵 船の 停止 性能 に及 ばす 風の影響を明らか にするとともに、風
力下における自力着桟操船の限界を推定する方法と実 用的な操船ブックレットの作成に
ついて述べる。第6
章では 、アプローチ操船におけるプロペラの特性を考慮した効 果的
な停止操船法について論じる。第7章では、シミュレーションと操船ブックレット を応
用したアプローチ操船支援システムについて述べる。第8
章に本研究のまとめを述べる。
【結論及び考察l
1
) HS
Pは 、低 速カ で前 進中に後進とした場合の推カが弱く、低速 カで行われる投錨操
船、 アプ ロー チ操 船の 局面 でCPに較 べ停 止時 間等 が長くなる。またHS
Pでは、プロペ
ラ逆 転に 伴っ て誘 起さ れる横力及びモーメントがCP
に較べ大きく 、停止操船における
横流れと回頭運動が大きくなる。この特性は、プロペラ自体の特性に起因するといえる。
2
) C
PPの停 止時 間等 はFP
Pに較べ短く、また、初速が大きいほど その違いが顕著であ
り、 C
PPの停 止性 能が 優れている。CPP
の回頭運動については、針 路安定性の良い船型
に あ っ て も 回 頭 方 向が FP
Pの よう には 一定 せず 、風 の影 響を 受け 易い 特 性が ある 。
3
) C
PP
の停止性能は、FPP
と同様に見掛け前進率Js
o(=U
o
/(
n
.P
))を用いて整理する
ー 195―
こ と が で き る が 、 こ の と き の ピ ッ チ と し て 有 効 ピ ッ チ を使 用 す る必 要 が ある 。
4) C
PP
1軸1舵船の 実海域に おける停 止運動 を表現す る数学モデルは、FP
P
船の数学モ
デ ルの考え方を適用して、模型試験及びデータベースから平均的流体力特性を特定する
方 法により誘導することができるが、後進操作に伴って誘起される流体カに関しては資
料 が少なく、煩雑な模型試験による推定が必要で、データベースの整備が課題である。
5)風 力下の停 止運動 特性及び操船限界をシミュレーションにより推定する手法を示し
た 。これにより、海上公試等で得られる操縦性能データを補足し、実用的な操船ブック
レ ットとして整理することが可能となり、船舶の安全かっ効率的な運航に寄与できる。
6) C
Pに較べ 後進推 カが弱い H
SP
船の 停止操 船では、 最小舵 効速カと した上 、C
P船よ
り 少し強めの後進とする操船法により、停止距離をC
P
船と同程度とすることが可能で、
か つ、回 頭運動を 小さく 抑えることができる。また、C
P
P船の回頭運動は、翼角を後進
と する直前の操船履歴によって方向付けされる傾向があるが、後進とする前に大舵角で
操 舵を行う操船法により回頭運動の制御が可能である。この操船・制御法は、停止操船
と 同時に回頭運動の制御が必要な風力下の投錨操船、衝突回避等危急時の避航操船にも
適 用 可能で、実 海域におけ る港内操船 の安全と効 率運航に寄 与できる。
7)操 船記録と 操船ブ ックレットで構成するデータベース及ぴ操縦運動のシミュレーシ
ヨ ン手法を用いて、操船計画の立案、操船時の運動推定と制御法の事前検討、操船の事
後 評価を行う操船支援システムにっいて実船データによる評価を行い、その実用性を示
し た。操船計画支援機能では、操船者の操縦運動法則についての知識をシミュレーショ
ン により補完することとしており、操船者は安全で効率的な操船計画を立案することが
で きる他、事前検証と予習が可能で、労働負荷の軽減と安全運航に寄与できる。操船者
の 経験則を補完するデータベースは、操船を行う都度情報の質と検索の確度が向上する
学 習型とし、操船者問の共有データベースとしたことより、操船者は、比較的短期間の
う ちに操船技術を習得することが可能で、船員の減少と急激な高齢化に伴って、従来の
OJT
によ る操船技 術の伝 承が困難となりつっある現状に対応できる。なお、労働負荷の
更 なる軽減のためには、提案したシステムの機能のみでは不十分で、操船計画に従って
操 船者が半自動で操船を行うことができる機能等、操船の実行段階における支援機能の
開 発が課題となる。以上の、シミュレーションにより実海域における停止性能を推定し
て 操船ブックレット及び操船・制御法にまとめ、操船支援システムを構築する手法は、
一 般船 舶にも適用可能で 、安全運航と効率運 航に貢献できる。
− 196ー
学 位 論 文 審 査 の要 旨
主査
副査
副査
副査
教授
教授
教授
助教授
芳村康男
山本勝太郎
木村暢夫
蛇沼俊二
学 位 論 文 題 名
プ ロ ベ ラ 特 性 を 考慮 し た 停 止性 能 の 推 定と
操 船 ・ 制 御 へ の 応 用 に 関 する 研 究
漁業 ・海 洋調 査 船で は, 定点 観測 の必 要性 から ,操 縦性 能を 向上 させ る 目的 で推 力調整の
容 易な 可変 ピッ チ プロ ベラ (
CPP)
が 使用 され る 。ま た, 精巧 な超音波観測装置を使用すること
から船の 静穏化が要求され,騒音の低いHi
gh
ly S
ke
we
dP
r
op
e
ll
e
r(
H
SP
)
が使用される。こうした
プ ロペ ラは ,通 常 の操 船の 局面 にお いて 有益 であ るが ,停 止性 能に っい て は問 題が 多い。本
研 究で は, HS
Pと CP
Pの プロ ベラ 特性 が停 止性 能に 及ば す影 響を 明ら かに し ,こ れら のプロペ
ラ を装 備し た船 の 停止 性能 の特 性を 解明 した 。続 いて ,安 全運 航に 資す る ため ,外 乱を含む
実 海域 にお ける 効 果的 な停 止操 船法 を検 討し ,ま た, 港内 のア プロ ーチ 操 船支 援シ ステムの
開発研究 を行った。
主要な 研究成果は以下のとおりである。
1.
H
igh
ly S
ke
we
d Pr
op
el
le
r(
HS
P)における停止性能の把握
High
ly S
kewe
d Pro
pell
erは, 低速 カで 前進 中 に後 進と した 場合の推カが弱く,低速カで行わ
れ る投 錨操 船, ア プロ ーチ 操船 の局 面で 通常 のプ ロベ ラに 較べ て停 止時 間 等が 長く なる。ま
た プロ ベラ 逆転 に 伴っ て誘 起さ れる横力 及びモーメントが大きく,停止操船における横流れと
回 頭運 動が 大き くな る。 これ を模 型船 のみな らず 実船 試験 で定 量的 に明 らかにした。
2.可変ピッチプロベラ(C
PP
)における停止性能の把握
可 変ピ ッチ プロ ペ ラ(CP
P)の停 止時 間等は通常の固定ピッチプロペラ (
FP
P)
に較べ短く,また,
初 速 が 大 き い ほ ど そ の 違 い が 顕 著 で あ り , CPPの 停 止 性能 が優 れて いる 。CPPの回 頭運 動に
っ い て は , 針 路 安 定 性 の 良い 船型 にあ っ ても 回頭 方向 がFPP
の よう に は一 定せ ず, 風の 影響
を 受け 易い 特性 が ある こと を実 船実験で 明らかにした。また,停止性能が見掛け前進率を用い
て整理す ることができることを明らかにし,このとき解析に適用するプロペラピッチとして有効ピ
ッ チ を 使 用 す れ ば 通 常 のプ ロ ベ ラ と 同 様 に 取 り 扱 え るこ と を 明 ら か に し た。
3
.数 値シミ ュレーシ ョンに よる停止 性能の 推定法の 開発
CPP
を 装 備 し た1軸 1舵船 の 実 海域 に お ける 停 止 運動 を シ ミュ レ ー シ ョン 計算する ための 数
学モ デ ル を開 発 し た 。具 体 的 には , FP
P船 の 数学モデ ルを基 本に,上 記2.で明ら かにした 有
効ピッ チを適用 して,後 進操作 に伴って誘起される流体カの表現を試みた。シミュレーションは
実船 実 験 の結 果 を 比 較的 精 度 良く 推 定 する こ とが可能 になっ た。ただ し,後 進操作時 の流体
カに つ い ては 資 料 が 少な く , 煩雑 な 模 型試 験 による推 定が必 要で,今 後はこ うした流 体カデ
ータベ ースの整 備が課題 である 。
4
. HS
P,C
PP
装 備船の 停止操船 ・制御方 法の開 発
上記の 数値シミ ュレー ションを 種々の操船環境の下で行うことによって,最適な停止操船・制
御方 法 の 開発 を 試 みた。 H
SP
にお いては ,最小舵 効速カ とした上 ,通常プ ロペラ より強め の後
進とす る操船法 により, 停止性 能を通常 プロペ ラと同程 度にすることが可能である。また,C
PP
を装 備 し た船 で は , 後進 操 作 直前 に 大 舵角 で 操舵を行 う操船 法により 回頭運 動の制御 が可能
なこと を明らか にした。
5
.港 内操船 支援シス テムの 開発
操船記 録と操船 ブック レットで 構成したデータベース,及び操縦運動のシミュレーション手法
を用 い て ,操 船 計 画 の立 案 , 操船 時 の 運動 推 定と制御 法の事 前検討, 操船の 事後評価 を行う
操船 支 援 シス テ ム に つい て 実 船デ ー タ によ る 評価手法 を開発 し,その 実用性 を示した 。操船
計画支 援機能で は,操船 者の操 縦運動法 則につ いての知 識をシ ミュレー ションに より補完する
ことと しており ,操船者 は安全 で効率的 な操船 計画を立 案する ことがで きる他, 事前検証と予
習が 可 能で , 労働 負 荷の 軽 減 と安 全 運航 に 寄与 で きること が明らかと なった。
審 査員一 同が評価 した点 は以下の 通りで ある。
1)漁 業・海洋 調査船 によく使 用される 可変ピ ッチプロ ペラ(C
PP
),ある いは騒 音の低いH
ig
h
l
y
Ske
wedProp
elle
r(HS
P)を 装備 し た 場 合の 船 の 停止 性 能 の問 題 点 について ,力学 的にメカ
ニズムを 解明し, また, 多くの実船試験を実施することによって,これらを定量的に明らかに
したこと 。
2) プ ロ ペラ を 後進に操 作した 場合の船 の停止運 動や停 止性能に ついて ,数値シ ミュレ ーショ
ンを行う という実 用的な 推定手法 を開発 したこと 。
3)各 種の外力 条件下 に対して数値シミュレーションを行うことにより,上記1
)の停止性能の問
題 点 に対 し て ,こ れ を 上手 く 解 決す る 実用的 な操船手 法・制御 方法を 考案し, これを 確認
したこと 。
4) 更 に ,操 船 の労働負 荷の軽 減と安全 運航を目 的とし て,接岸 ,錨泊 を行う港 内操船 の新し
い支援シ ステムを ,各種 のデータ ベース ,及び操 縦運動 のシミュ レーショ ン手法を用いて・
操 船 計 画 の 立案 , 操 船時 の 運 動推 定 と 制御 法 の 事前 検 討 ,操 船 の 事 後評 価 を 行う 操 船 支
援システ ムを開発 し,そ の実用性 を確認 したこと 。
審査員一同は本研究が,漁業・観測調査船を含む一般船舶に対して,実海域における港内
操船の安全と効率運航に資するものと高く評価し,本論文が博士(水産科学)の学位を授与さ
れる資格のあるものと判定した。