窪田 崇秀助教 - 東北大学金属材料研究所 低炭素社会基盤材料融合

ハーフメタル熱電材料を用いた巨大ペルチェ冷却効果の実現
窪田崇秀 1 、Bosu, Subrojati 1,a 、桜庭裕弥
1
東北大学金属材料研究所
1,a
、高梨弘毅
1
磁性材料学研究部門
概要
金属多層膜から成るサブミクロンオーダーの接合面積を有する面直通電型の素子におい
ては、比較的大きなペルチェ冷却効果が得られることが知られている。本研究では、 冷却
効果増大のための指針を得ることを目的に、冷却効果の材料依存性及び素子サイズ依存性
を実験的に調査した。実験の結果、ホイスラー合金 Co 2 MnSi 又は Co 2 FeSi と Au との接合
界面を有する微細素子(直径 60 nm)において、従来材料(Fe/Au、Co/Au 接合)を用いた
場合との比較で 3 ~ 5 倍もの大きな冷却効果を得ることに成功した。また、冷却効果の素
子サイズ依存性を調べることで、接合部の直径の微細化が冷却効果の増大に寄与すること
を示した。一連の成果は磁気メモリ素子や微小磁気センサー素子の自己冷却機構としての
応用が可能とされており、電子デバイスの省エネルギー化に寄与するものと期待される。
1.前書き
熱流を電流に 変換す るゼーベック( Seebeck)効果や、電流 を熱流 に変換する ペル チェ
(Peltier)効果は、熱電現象と呼ばれ、 温度の計測や冷却モジュールへの応用などで活用
されている。また、ゼーベック効果による熱電発電は、排熱を利用した環境負荷の小さな
発電が可能なことから注目を集めている[1]。熱流活用という観点では、近年、スピンゼー
ベック効果[2, 3]、異常ネルンスト効果[4, 5]といった、磁性体のスピンに依存した熱電現象
(スピンカロリトロニクス、Spin caloritronics[6])も脚光を浴びており、熱エネルギーの有
効活用に向けた研究が盛んに行われている。一方、ペルチェ効果に関しては、2005 年に産
業技術総合研究所の福島らが面直通電(CPP)型の微小金属接合界面におけるペルチェ冷
却効果が、バルクサイズの試料の場合と比較して増大することを報告し ており[7, 8]、微細
回路中の高効率な冷却への応用といった観点で着目されている[9, 10]。福島らはの実験で
は、Co/Au、Cr/Au、などの種々の金属微小接合素子(接合面積~ 200 nm × 400 nm)を作製
し、ペルチェ冷却に起因する電流 – 抵抗値(I - R)曲線を測定した。金属素子においては
一般にジュール発熱によって抵抗値が増大するため、I – R 曲線は原点に極小値を持つ二次
関数の形になることが期待されるが、そこにペルチェ冷却効果が重畳することで I – R 曲線
が極小を示す電流値がシフトする(図 1)。即ち、電流値ゼロにおける素子抵抗値(R 0 )か
らの抵抗値の変化(ΔR)はジュール発熱(RI 2 )とペルチェ冷却(П CPP I)の差分に比例す
ると考えられ、次の(1)式のように表される。
ΔR ∝ RI 2 – П CPP I
(1)
ここで П CPP は金属接合素子のペルチェ係数で、実験的に、ジュール発熱とペルチェ冷却が
釣り合う点(ΔR = 0)における電流値(図 1 における I p )より、次のように算出される。
[7, 8]
a
現所属、物質・材料研究機構
23
П CPP = R 0 I p
(2)
また、福島らの実験ののち、杉原らは Cu-Ni 合金薄膜と Au から成る微小金属接合素子を
作製し、バルク値の 10 倍以上もの П CPP が得られることを示した[11]。杉原らの実験では
Cu-Ni 層が数十 nm オーダー径の柱状に成長していることが確認されており、金属薄膜層
の 微 細 組 織 化 が 冷 却 効 果 増 大 に 何 ら か の 影 響 を 及 ぼ し て い る こ と が 示 唆 さ れ て い る [11,
12]。冷却効果増大のメカニズムに関しては、磁性体から非磁性体へと電子が流れる際の断
熱的なスピンエントロピーの膨張 が寄与しているとするモデル [13]、古典的な電流・熱流
のモデルより、微小接合部における電流通過領域に有効半径を仮定したモデル [14]、精密
な熱流・電流のモデルを構築し数値計算を行った例[15]、などがあり、部分的には実験を
説明し得るモデルもあるが、結論には至っていないのが現状である。
本研究では、巨大な冷却効果を得るための指針を得るべく、ホイスラー合金を用いた CPP
型素子に着目した。ホイスラー合金は一般的な遷移金属合金材料と比較してゼーベック係
数が大きいものが多いことに加え、高いスピン偏極度を有する材料がある。冷却効果の大
小のみならず、論点の一つである、冷却効果増大に対するスピン偏極電流の寄与度を議論
する上でも有用な材料といえる。
2.本論
2.1 試料構成・実験方法
本研究では、強磁性材料としてホイスラー合金 Co 2 MnSi(CMS)、Co 2 FeSi(CFS)を用
いた。これらの材料はスピントロニクス分野で用いられるホイスラー合金材料の典型的な
組成であり、室温におけるスピン偏極度は Co 2 MnSi の方が Co 2 FeSi よりも小さいことが知
られている[16]。両材料のゼーベック係数は同程度のオーダーであるため、両者を比較す
ることで系統的にスピン偏極度と冷却効果との関係を議論できると考えられる。 ホイスラ
ー合金材料と併せて、Fe、Co を用いた素子も作製した。また、微小接合素子の作製におい
ては、接合の面積が異なる素子を作製し、冷却効果の素子面積依存性についても実験を行
った。
試 料 は す べ て MgO(100) 単 結 晶 基 板 上 に 成 膜 し た 薄 膜 で あ り 、 構 成 は 基 板 側 よ り 、
MgO(100) sub./Cr (20 nm)/Ag (40 nm)/強磁性層 (40 nm)/Au (10 nm)である。試料は、電子線
リソグラフィー法とアルゴンイオンによるドライエッチング法を用いて円形の微小接合に
加工した。接合部分は円形で大きさは直径 60 nm ~ 430 nm の範囲で変化させた。微細加工
後、上述の積層の上部に測定のための電極として Cu (100 nm)/Au (30 nm)を成膜した。図 2
に試料の模式図と、接合部分の走査電子顕微鏡像を示す。
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ペルチェ冷却効果は、素子の I – R 特性を測定することで評価した。測定は、直流電流に
振幅数百マイクロアンペア程度の交流電流を重畳させたバイアスを素子に印加し、交流成
分に対する応答をロックインアンプで検出することで素子抵抗を求めた。 測定温度は室温
である。ペルチェ係数は福島らの手法[7, 8]に倣い、前出の(2)式を用いて求めた。
2.2 実験結果・議論
図 3 に各素子における I – R 特性の測定結果を示す。作製した試料では、微小接合部分は
強磁性体/Au の接合だけではなく、上部部分に Au/Cu の接合を含む(測定用電極を引き出
すため)。図 3 (e)は強磁性体層を含まない素子であり、その Au/Cu 界面の冷却への寄与を
あらかじめ評価する目的で作製した。素子サイズ(D)は 60 nm 又は 80 nm である。
冷却の大きさ(П CPP )は、CFS 及び CMS を用いた場合に 100 mV 乃至それ以上、Fe 又は
Co の場合には 10 ~ 35 mV 程度であり、ホイスラー合金を用いた場合の方が大きい。 この
大小関係は素子サイズが大きな領域でも同じである(但し、差は小さくなる)。なお、Au/Cu
接合における冷却効果は 2 mV 程度であり、上述の素子の П CPP は主として、強磁性体層/Au
界面からの寄与であると言える。また、冷却が起きるバイアス方向は Fe を用いた素子は負
バイアス方向で、それ以外の素子では正バイアス方向であった。これは、バルク試料のペ
ルチェ係数(П bulk = (S A – S B )T, S A(B) は材料 A (B)のゼーベック係数、T は温度)の符号が Fe/Au
接合の場合は負、その他の接合では正となることに起因している。 CFS 及び CMS を用い
た素子の П CPP の大きさは、杉原らによる相分離を含む Cu-Ni 合金の値[11]には及ばないも
のの、典型的な遷移金属強磁性体を用いた試料よりも十分に大きな値である。CFS、CMS
の薄膜は均質な単結晶的膜であり、Cu-Ni のような相分離の無い均質な系で大きな冷却効
果を得ることに成功した。
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続いて、冷却効果の素子サイズ依存性を図 4 に示す。図中のエラーバーは複数個の試料
を測定した際のばらつきの範囲を示しており、実験で得られた代表値をデータ点としてプ
ロットした。特に素子サイズの小さな領域(D ≤ 100 nm)でばらつきの範囲が大きくなっ
ているが、微細領域における試料サイズ又は形状のばらつきに起因するものと考えられる。
ここでまず着目すべき点は、強磁性材料に依らず試料の微細化に伴い П CPP が増大している
点である。Cu-Ni 合金を用いた素子においても相分離に伴う微細組織の形成が冷却効果の
増大の主たる要因であることが示されているが[12]、本研究における結果からも素子サイ
ズの微細化が冷却効果の増大に大きく寄与することが示された。一方、D ≤ 100 nm の領域
における増大の割合には材料依存性が明確に表れている。即ち、ホイスラー合金 CFS、CMS
を強磁性体層に用いた素子は Fe、Co のものと比較して素子サイズの微細化に伴う ПCPP の
増大が顕著である。CFS 及び CMS 素子の D = 60 又は 80 nm の素子における П CPP は П bulk
から予測される値の 10 倍から 20 倍以上となる。これは、Fe、Co を用いた素子の場合の 5
倍程度と比較して非常に大きな変化である。
これまでのところ、微細化による П CPP の増大の起源は明らかにはなっていない。 一方、
ホ イ ス ラ ー 合 金 を 用 い た 素 子 の П CPP が Fe 、 Co 素 子 よ り も 大 き い 点 に つ い て は 、
Juarez-Acsota、Bauer らがバルク及び界面それぞれにおけるスピン、熱、電気伝導の各物性
値をスピン依存の二流体モデル [14]を拡張し、計算を行っている。その結果によれば、ス
ピン偏極度が高くなることである程度冷却効果が増大することが示されており、定性的に
本研究における D > 100 nm の領域の素子の傾向と合致している[18]。
本研究では Co 系のホイスラー合金の他、Fe 2 VAl の組成に代表される Fe 系のホイスラー
合金についても実験を行った。いくつかの組成についてエピタキシャル多層膜の作製に成
功してはいるものの、現在のところ Co 系を上回る冷却効果は確認出来ていない。なお、
本論の冷却効果とは無関係ではあるものの、 Fe 2 VAl 組成の薄膜と Au の接合素子において
は I – R 特性が非金属的(トンネル的伝導)となることが確認されており、材料物性の研究
という観点で興味深い結果も得られている。
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3.結び
本研究では、ホイスラー合金薄膜 Co 2 FeSi、Co 2 MnSi 及び強磁性体薄膜 Fe、Co と Au と
の接合を有する微細素子を作製し界面におけるペルチェ冷却効果を調査した。ホイスラー
合金薄膜を用いることで、典型的な強磁性体である Fe、Co 薄膜を用いた場合よりも大き
な冷却効果を得ることに成功した。また、ホイスラー合金薄膜系における冷却効果は素子
を微細にすることで顕著に増大することが明らかになった。
一連の結果は、先行研究グループが提案するような微細スピントロニクスの冷却・出力
向上に効果的に利用出来るものと考えられており[9, 10]、電子デバイスの省電力化に貢献
できるものと期待される。
4.謝辞
本研究の遂行にあたり、Isaac Juarez-Acsota 氏(メキシコ国立工科大学)、Gerrit Bauer 教
授(東北大学金研 金属物性論研究部門)とは多くの有益な議論をさせて頂きました。ま
た、斎藤今朝美 技術職員(元東北大学金研、現所属、原子分子材料科学高等研究機構)、
杉山知子 技術職員(東北大学金研)、成田一生 技術職員(東北大学金研)にご助力頂きま
した。ご議論、ご助力頂いた皆様に御礼申し上げます。また、本研究課題は、平成 25 年度
低炭素社会実現のための基盤材料創製研究事業に係る研究プログラム助成の他、科学研究
費補助金・基盤研究(S)(25220910)、泉科学技術振興財団の援助を受けて行われました。
5.参考文献
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Takanashi, G.E. W. Bauer, arXiv: 150602777 (2015).
6.発表論文
[a] S. Bosu, Y. Sakuraba, T. Kubota, I. Juarez-Acosta, T. Sugiyama, K. Saito, M.A.
Olivares-Robles, S. Takahashi, G.E.W. Bauer, and K. Takanashi, Appl. Phys. Express 8, 083002
(2015).
[b] I. Juarez-Acosta, M.A. Olivares-Robles, S. Bosu, Y. Sakuraba, T. Kubota, S. Takahashi, K.
Takanashi, G.E. W. Bauer, arXiv: 150602777 (2015).
28
Peltier effects in sub-micron-scale junctions using full-Heusler alloy
Takahide Kubota 1 , Subrojati Bosu 1,a , Yuya Sakuraba 1,a , and Koki Takanashi 1
1
Magnetic Materials Laboratory, Institute for Materials Research, Tohoku University
[Abstract]
Peltier cooling effects were investigated in sub-micrometer-size junctions consisting of metallic
multilayers with a Heusler alloy/Au interface. Heusler alloys Co 2 FeSi and Co 2 MnSi were used for
the Heusler alloy layer, and junctions using Fe or Co were also investigate d as reference samples.
It was found that the Peltier cooling coefficients (П CPP ) for Heusler alloys were higher for samples
using Heusler alloys than those for Fe or Co. The values of П CPP for Heusler-junctions were more
than ten times larger than those expected from bulk values, when the junction size was smaller
than 80 nm. Our results suggest that the use of Heusler alloys and the reduction of the junction
size are important for achieving a large Peltier cooling effect.
a
Presently at National Institute for Materials Science
29